めでたしダンジョン〜昔話でわりを食う〜   作:南豊文哉

5 / 6
行けっ蚊の集団!都会っ子の肌は軟弱だ!

 あくる昼、わくわくと「竜之介と一緒に馬に乗って来る」と優子に電話した和彦に返ってきた言葉は「あんな、そろそろ六歳とはいえ……五歳児が大人しくできると思ってるん?」という正論だった。

 竜之介が馬に乗っている間はその様子を見ておかねばならないし、馬から下りた後もなるべく目を離さずにいなければならない。和彦は代理とはいえ保護者なのだ、未就学児から目を離して良いわけがない。

 

 そうして和彦の二度目の乗馬は流れてしまった――が、和彦のやる気が底辺に落ちても、土曜日はやってくる。

 

 朝の9時少し前、雑草が茂る駐車場にファミリーワゴンがバックで入ってきた。普段はコンパクトカーが一台停まるだけのスペースに車高も車幅も大きなワゴン車が停まると、少し圧迫感がある。

 二階の自室から優子の来訪を見た和彦はもそもそとベッドを下り着替える。といってもパジャマズボンからジーンズに履き替えただけだが。そしてショルダーバッグを手に取ると階下に爪先を向けた。

 やる気も元気もない足取りだ。

 

 ずるずると二段ほど降りたところで、玄関の引き戸が開くガラガラと豪快な音が響く。

 

「おはよう! 和彦ぉ迎えに来たえー、駅まで送ったるから(はよ)う降りて――来たやん。偉っ」

「姉ちゃん朝から大声出さんとって……しんどいねん……」

「あんたがしんどいのはいつものこっちゃん。財布、ハンカチちり紙お茶スマホ薬、持った?」

「全部持った……」

 

 居間に顔を出し「ほな行ってくるわ」と一声かけ、くたびれたスニーカーを履いて玄関を出る。玄関の直ぐ側に停まったワゴンの後部座席は窓が空いており、優子によく似た幼児がチャイルドシートから身を乗り出して和彦を迎えた。

 

「かずひこー! おはよー!」

「竜之介、和彦兄ちゃんやろ!」

「かずひこ兄ちゃんおはよー!」

「おー、おはよー」

 

 幼児――竜之介はシートベルトなどなんのそのとばかりにチャイルドシートの上で跳ねている。和彦が助手席に乗り込んだ後も元気よく暴れる音が聞こえ、もしやチャイルドシートから落ちているのではと後ろを振り返ったが、こんなにはしゃいで暴れているにも関わらずベルトは外れていなかった。

 

「なあかずひこ兄ちゃん! おれ馬のるんやろ! どこに馬おんの!?」

「電車乗った先におるよ」

「でんしゃ!? なに線にのんの!?」

「学研都市線と鶴見緑地線」

「竜之介大人しくしい、車動くえ」

 

 慣れた手つきでギアやらハンドルやらを操る優子をぼんやりと眺めれば、優子が免許を取ったばかりの頃に山向こうの広い霊園での練習に毎日のように付き合わされた記憶が和彦の脳裏に蘇った。アクセルとブレーキを踏み間違えてあわや事故……などという恐怖体験、もう二度と味わいたくない。

 

「安全運転してな」

「もう踏み間違えへんわ、あほ。こっちはバンバン車通る枚方から子供乗せて来てんねやで、讃良の道路なんてただ細いだけやしカンタンコンチンや」

「ほうか。とりあえず駅まで事故らんとってくれればええわ」

 

 和彦の家は讃良駅から飯盛山に登るハイキングコースの道中にある。

 駐車場からのろのろと車の鼻先を出せば、車が動いているのが見えたのだろう、下山してきた二人が立ち止まって待っていた。優子が窓を開けて「ありがとうございます〜!」と声を張り上げながらハンドルを切り、坂を下る方向に車を向ける。相手に見えているかは分からないが和彦もぺこりと頭を下げた。

 二人は清潔な長袖長ズボンに汚れたスニーカーを履き、寝袋(シュラフ)の乗った大きな登山用リュック(ザック)を背負っているようだ。ちらりと見た顔は疲れ切っている。

 

 うねうねとした道を下り二人の姿が見えなくなった頃、優子がおもむろに口を開いた。

 

「なんか、日本アルプス行ってきましたぁみたいな人らやったね」

「せやな……まあ、あの人ら登山客ちゃうし」

「へ? せやけど山から下ってきてたやん。ザック背負っとったえ」

 

 車幅に慣れているからだろう、細くなったり太くなったりと道幅が安定しない道をするすると進みながら優子はちらりと和彦を見やる。

 

「あの(しと)らは讃良ダンジョンの人やねん。わりかし見かける顔やから分かる」

「ダンジョンの……へえ、あの人らが。見た感じ普通の人やのに」

「まあ、せやね」

 

 三年ほど前のことだ。突如として日本各地に「ダンジョン」が生え、同時に「神託を受けた」という者たちが幾人も現れた。「ダンジョン」が生えてからの二ヶ月は、大阪市内の谷町ダンジョンはもちろん讃良ダンジョンにも人が溢れかえり、ハイキングコースには昼夜なく長蛇の列が伸びていた。

 「ここ電波悪ーい」やら「讃良マジで田舎やん草生える」やらと悪口で盛り上がる連中全員死んでしまえばいいのに、と和彦が毒づいた回数は数え切れない。ダンジョンが生えたのが夏の盛りだったならせめて蚊の餌食にできたろうに、全く残念だった。

 

 神託を受けた者しか「ダンジョン」に入れないと分かって列は消え、ハイキングコースは平穏を取り戻したが……さっきの二人のような者たちが山に登っていく姿を週に何度も見かけるようになった。

 ダンジョンに何があるのか、中で何をしているのかは知らない――ダンジョンに関する情報がほとんど出回らないというのもあるが、興味がないため調べていないというのも理由だ。けれどあのように疲れ切った顔で下山していく彼らの姿を見ると、ラノベやアニメによくある「楽しい冒険」はできないだろうことは分かる。

 

 ほぼ道なりに坂を下って旧国道に合流、左折して讃良神社の下の鳥居を過ぎ、学園の横を抜ければ讃良駅に着く。

 讃良駅はいかにも旧国鉄でございという雰囲気の駅だ。元々貨物列車の走る終着駅だったこと、高架線化の工事をしようにも場所がないこと、駅が讃良市内になく隣市の三箇市内にあること等々の理由により駅前開発がかなり遅れており、駅周辺はどこか平成初期の雰囲気が漂う。

 

「あ、せやせや。五歳やから切符買わんでええし!」

「ほうなんか、分かった。ほんだら行ってくるわ」

「ん。ほな竜之介のこと頼んだえ」

「あいよ」

 

 車を降りれば早速竜之介が金網に張り付いて「とーざい線のでんしゃと(おんな)しや!」と騒ぎ始めたため頑張ってそれを引き剥がして改札への階段を上り、普段電車に乗らないため京橋までの運賃を確かめて購入し――その間ずっと竜之介の襟首を捕まえていた――ホームに入る。

 讃良駅で折り返しの普通電車が四番線に停まっている。それに乗るのが一番早そうだ。

 

 土曜のこの時間帯なら乗客は少ないだろう。和彦はほっと胸を撫で下ろした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。