めでたしダンジョン〜昔話でわりを食う〜   作:南豊文哉

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宇宙を救わない、ありふれた五歳児

 花まつり乗馬園は花まつり記念公園の一角にある乗馬クラブで、最寄り駅から歩いて十五分ほどの場所にあるらしい。生まれも育ちも大阪の和彦だが、花まつり公園を訪れるのはこれが初めてだ。

 歩道は広々としており、管理が行き届いている。大阪市内にこんな公園があったとは。

 

 公園の随所に立っている地図と案内板を頼りに歩くこと二十分ちょっと。あっちへ走りこっちへ飛び出しと落ち着かない幼児は坂道と見るや大喜びで駆け登っていき――その先に、馬場があった。

 クラブハウスは築年数の古い科学館を思わせる無機質な建物で、風除室は屋根以外全面ガラス張りになっている。隣にある駐輪スペースにママチャリと子供用自転車が雑多に並んでいるのを見た和彦は「うへぇ」と表情をゆがめた。先客がいるなら順番待ちしなければならない。

 

「かずひこ兄ちゃんここで馬のんねやんな! あれ馬やろ!?」

 

 遠目に馬の姿が見えたらしい。竜之介は目を輝かせながら馬場を指さした。

 

「せやで。まあ竜之介が乗るんはポニーって馬やから、あすこにいる馬よりは小さいのに乗る」

「なんで!?」

「なんでってソラ……考えてみ。大人と子どもは体の大きさが全然ちゃうやろ。たとえばやけど竜之介はお父さんの服着たらデカすぎて大変やし、お父さんは竜之介の服なんて小そーて着られへん。せやからな、あすこにいるお馬さんは大人の乗るお馬さんやねん。竜之介が乗るお馬さんはもっと小そないとあかんねや」

「お父ちゃんの服ぼくもきれる!」

「はいはい、もっと体が大きくなってからな」

「きーれーるー!!」

「はいはい静かにしとこかー入るでー」

 

 人様の前で大人しくできるのは躾の賜物なのかそれとも本人の気質なのか、クラブハウスに入ったとたん静かになった竜之介の手を引いて受付に向かう。

 

「あの……曳き馬体験の申し込み、したいんですけど」

「曳き馬体験ですね。体験されるのはそちらのお子さんですか?」

「あ、はい」

「こちらのクラブに来られるのは初めてでしょうか」

「あ、そです」

「かしこまりました。公式LIMEをお友達登録して、曳き馬体験スタンプカードを発行されますと、スタンプ1個目でポストカードをお渡ししています。よろしければぜひお友達登録をお願いします」

「あ、はい」

 

 七百円払えばヘルメットやエアバックベストを貸し出され、「お馬さんの近くで大声を出さないでね」などの注意のあと、スタッフの案内で曳き馬体験専用コースに向かう。ここの曳き馬体験は一本道をスタッフと一緒に進むものらしい。

 

「でか……」

 

 竜之介がポカンと口を開いてポニーを見あげる姿に、和彦は「おれにもこんな時があったな」などと考えた。まだ彼自身も一度しか乗ったことがないのに。

 

 ちなみに「ポニー」は仔馬ではないし、そういう品種というわけでもない。ポニーとは「肩(き甲という)が規定の高さに満たない馬」全般のことを指す。

 

 日本において馬は軽種、中間種、重種、在来種の四つに分類され、競馬でよく見かけるサラブレッドは軽種にあたる。名前だけなら聞いた覚えのある人がいるだろうクオーターホースは中間種で、乗馬や軽い馬車を引くのに向いている。ばんえい競馬に出ている馬が重種、体重1トンを超える農耕馬だ。そして日本固有の馬である道産子、木曽馬、トカラ馬などをまとめて在来種という。

 なお、在来種はき甲の高さが規定――147センチに満たないため、ポニーに含まれる。

 

「このお馬さんはノブタカくんって名前なんですよ。よろしくねって挨拶してあげましょうか。首をポンポンって叩いてあげるのがお馬さんへの挨拶ですよ」

「うん。ノブタカくんよろしく!」

 

 そうトレーナーが竜之介の相手をしている間に、和彦は花まつり乗馬園の公式LIMEをフォローし曳き馬スタンプカードも取得した。ポストカードを貰えるというし、優子に渡せば喜ぶだろう。

 竜之介が馬に乗る姿も、乗って高さに驚いている姿も、馬の手綱を引いてもらい進む姿も、何枚も撮る。撮らねば後で締められるので。

 

 何事もなく無事に曳き馬体験を終え、ポストカードも受け取る。さっさと家に帰りたい和彦の気持ちなど知るわけもない幼稚園児は、馬場の柵にしがみついて「まだお馬さんみるー!」と駄々をこねた。

 

「りゅーのすけー、お兄ちゃんもう帰りたいんやけどぉー」

「やや! まだお馬さんみるったらみんねん!」

「ええー……」

 

 二人が花まつり公園に着いたのが十時少し前で、乗馬クラブにたどり着いたのは十時二十分頃。先客はいたがさくさくと順番が回り、十一時になる頃には解放された。

 というのに、結局、二人が駅前に戻ったのは十二時過ぎ。子どもの集中力や執着心を考えれば一時間で済んだのはマシな方かもしれない。

 

「腹減ったな、な、竜之介。どっかで何か食べよか」

「なんか……。うん……おにくたべたい。ステーキ……」

「ステーキは高いからあかん」

 

 空腹でぐずりだす前にどこかで昼食を摂れれば何よりなのだが、和彦はこのあたりに詳しくないし、調べてきてもいない。このあたりより飲食店が多い京橋まで戻ることに決める。

 

 スパゲッティは――イヤかぁ。ドーナツはどないや――気分ちゃうかぁ。お寿司!――魚が嫌いならしゃーないわ。

 五歳児の「あれもイヤこれもイヤ」という厳しいご意見によりまたもや時間は無為に過ぎていく。時計の針が一時を回った頃、二人が入ったのはハンバーガーショップだ。

 駅から少し離れたビル一階にあるバーガーコング、ここも月見バーガーを販売中らしく、店の壁に広告幕が張ってある。

 

 竜之介は月見テリヤキバーガー単品、和彦はスパイシーステーキバーガーセットを頼む。

 

「はんばっがーうまー」

「せやな、うまいなー」

「兄ちゃんパイナップルあげる」

「ほうかー」

 

 五歳児が押し付け……もとい、譲ってくれた甘いパイナップルを噛み締めながら、和彦は「二度とこいつの引率なんてしない」と固く心に誓う。

 『酢豚にパイナップルは邪道』派閥に属する和彦に、テリヤキソース味のパイナップルなど許せるものではなかった。

 

 そこから京橋駅に向かうも、少し寄り道して買い物をしたためホームに着いたのは二時過ぎ。

 

「かずひこ兄ちゃんさー、なんでガーデンでドーナツかわんかったん? ママドーナツすきやで」

「買う暇あったか?」

 

 京橋駅のホーム。豚まんの袋を抱えて電車を待つ竜之介の言い様に先程の決意をよりいっそう固くして、和彦は姉にLIMEを送る。

 

『京橋なう1415普通で帰る迎え求む』

 

 既読がすぐにつき、返信。

 

『りょ』

 

 和彦が解放されるまで、あと二十分。




2024/10/10追記
半月くらい更新途絶えます
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