剣の世界に来たらしい。チュートリアルどこ?
美しい草原が広がる湖。
風になびく草花と鳥のさえずりが耳に心地良さを感じさせる。
季節は春を思わせる気温、湿度、太陽光。正しく昼寝日和と言える最高の一日。
花の香り、眩い光。現実のものと遜色ないと思えるそれらは、しかし目を凝らして見れば人工物のようで、ポリゴンのように角張っている箇所が見受けられるのは此処が現実ではなくゲームの世界であるからか。
そして現実世界とは異なるという点で、まず聞こえてこないはずの剣戟の轟音。
一撃、二撃と繰り返され、鼓膜を貫く金属と金属が激しく衝突するような音は止まることなく、その間隔を狭めていき音の大きさも増幅されていく。
HPの全損が「死」を意味するこの世界で、そうそうPvPが成立することは無い。ラフィンコフィンのような殺人ギルドは是としてプレイヤーキルを行ってはいるが、それは例外も例外。
基本、プレイヤー同士の対戦となれば採用されるのはデュエルシステム。勝利条件が設定でき、初撃決着が多く採用されていることだろう。例に漏れず、この場で起きている私的決闘もそれに則り行われていた。
そこで戦闘を行うのは二人の少年。
片や、片手直剣を高速で振り捌き、スキルを駆使して一撃の威力を高める黒いロングコートを羽織る黒髪の幼さが残る顔立ちの少年。
片や、細く鋭い刀を持ち、スキルの一切を使用することなく立ち回り、相手と互角に渡り合う茶髪の少年。
そして、その二人の戦いを楽しそうに眺める栗毛の長髪を下ろした美少女。
「──はははっ!!」
「戦闘狂かよッ」
歯を剥き出しにして笑い、剣に光を帯びさせ突撃する少年、キリトはヴォーパル・ストライクの発動と共に事前にインベントリから取り出していたもう一本の直剣を背中から抜き出し、彼だけにのみ許されたユニークスキル、二刀流を使用する。
それに対して焦るでもなく、少し引いた表情でソードスキルを避ける少年は呆れたようにため息を吐いた。
「今日は勝たせてもらうぞ、レイン!!」
「──こっちのセリフ!!」
◈◈◈◈
鼻腔をくすぐる草特有の青臭い香り。
少し暑く感じる程に感じるのは太陽が雲に隠れることなく俺の体を照らしているからだろうか。
程よい風と気温。さざ波のように草が音を奏でていることからここは草原なのだろうか。
目を開ける。仰向けで寝転んでいたようで、太陽の光が目に差し込んできて眩しく咄嗟に目を閉じるがじわじわと慣れてきたのか白一色の視界から段々と空の青さが映り込んでくる。
ボーッとする頭。眠たげに細めている瞳。酒を飲める歳などでは無いが二日酔いはこれよりも酷いのかなと意味のわからない思考に至るほどには混乱しているのかもしれない。
ゆっくりと起き上がる。そして目の前の光景をじっくりと見渡す。
「お。起きたか」
「……ん?」
草原だ。何処までも続いてると感じるほどに、草原だった。俺の頭に草生えたのかという程に馬鹿らしい感想だったが、そう形容する他ないほどに草原だった。
「流石に不用心だぞ。エネミーが少ない位置とは言っても、普通に湧いてくる。現に3匹はお前目当てに近づいてきてたんだ」
「……ん〜?」
声のした方へと顔をむける。なんだか聞いたことのあるようなボイスだったが生憎とどこで聞いたか思い出せない。頭がまだ覚醒していないのか。
黒かった。陽の光が照らす地上では燃え尽きて死ぬのでは? と言うくらい黒かった。そのロングコート熱くない? とか。そもそも誰? とか。色々聞きたいことはあった。けれど、まず最初に現状把握に意識を注ぐ。
「……ん?」
さっきから「ん?」しか言っていない。けれどそう言う程の発見をする。なんか左上にメーターが見える。なんだこれ?
ゲームで言うところのHPゲージだろうか。例えるならそんな感じ。名前欄のようなところが??? だったが。
「見た事ない顔だけど……前線に出てるってことは攻略組、か? いやでも、前のボス戦の時は居なかったと思うけど」
「ん?」
なんか剣のようなものを背負っている童顔の少年が何やら呟いている。攻略組って何? ボス戦って何? あれか? 体育教師がクソ怖い時にラジオ体操のテストあった時の空気感をボス戦って言ってんのか? そんなわけないですね、はい。
「装備も安物だし……パーティメンバーは? 一人か?」
「ん〜……ん?」
何となく何かを探るように手を動かすとカチャッという音と硬くて重い何かに当たり、目を向けると刀のような何かがある。
────なんかバグってない?
草原のような、完全に本物だと思える質感とは思えない、ポリゴンのように角張ってバグっているような見た目をしていたそれはたちまち消えていく。アハ体験だ。
「おい……聞いてるのか? ラグってるのか?」
「え。キリト?」
「うわっ。急に喋りだした……てか、俺の事知ってるのか?」
ラグってるのかで有名(俺調べ)なイキリト……キリトだ。
コスプレ? と思ったがそういうわけでもなさそう。精巧って言うか、なんて言うか。何となく? という他ない。
「ちなみにここ、何階層?」
夢か、夢だ。腕をちねり強烈な痛みを感じながら俺は現実逃避をしつつ、そして自身を追い込むような質問を暫定キリトさんへと投げ掛ける。
俺の質問が意外だったのか、それとも意味がわからないと思ったのか。馬鹿を見るような目で、訝しむように俺の質問に答えてくれる。
「何処って……2階層だけど」
「──すぅ────」
────せめて一階層にしろよ。
拝啓、俺のことを知ってる誰か様へ。
俺はどうやら、SAOの世界に来てしまったようです。しかも途中参加。
「────チーターやん、そんなん」
「えぇ……」
死んだ記憶、無いんですけどぉ。