相棒枠に収まろうと思う   作:ラトソル

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もう少しまともな転生特典は無いのか

『こんばんは。三十番目の騎士ちゃん』

 

 アリス・シンセシス・サーティが初めて目にしたのは、見目麗しき女神の姿だった。

 

 最高司祭、アドミニストレータ。

 人界を統べる女王。そして、アリスを天界から召喚した張本人とされている。

 

『貴方には北セントリア地域を統括してもらうわ。けど、初めての人界で慣れてないでしょう? 暫くは、他の整合騎士達と親睦を深めなさい』

 

 上司と言える存在からの言葉。一枚の布だけを身に纏う最高司祭は神聖さのようなものが滲み出ており、支配者の風格というものが感じ取れた。

 彼女の言葉に従い、セントラル・カセドラル内部に留まり、同僚と呼ぶべき者たちとの交流を重ねていた。

 

「あら、アリス?」

 

「ファナティオ殿」

 

 深い紫のややカーブのかかった長髪。口元には軽くリップが付けられ、化粧もしているのだろう。兜をつけることなく、素肌を晒す彼女はファナティオ・シンセシス・ツー。二番目の整合騎士であり、序列は第三位。整合騎士副長を務める。

 

「ここには慣れた?」

 

「そうですね。まだ全ての騎士と交流をもててはいませんが、ここにいる方々とは親睦を深められているかと存じます」

 

「そ。なら良かったわ」

 

 ほのかに香る花の香り。軽く香水も振っているのだろうか。

 アリスが好きな部類の香りがしたことで、ほう、と顔が綻びながらファナティオを見る。

 

 見つめられた本人は「どうしたの?」とアリスに問いかける。

 

「いえ。ファナティオ殿はいつ見てもお美しいと思いまして」

 

「あらあら。お世辞でも嬉しいわよ?」

 

「お世辞だなんてとんでもない。とても女性らしいと言いますか。私も見習うべきなのでしょうが、そのような知識を持ってはいませんので」

 

「ふふ。ありがと。今度アリスもお化粧してあげましょうか?」

 

「い、いえ。私は……」

 

 アリスもファナティオも今日は非番。帯刀はしているが、鎧の類は脱いでおり、動きやすい服を着ている。

 女性二人。整合騎士と言えど、そのような話になるのは必然と言えるだろうが。

 

 アリスの目から見ても、ファナティオの見目はとても整っていると感じている。さらにそこに加わるナチュラルメイクでより一層彼女の美しさを引き出しているそのメイク術は圧巻の一言。

 けれど、整合騎士として召喚されたばかりのアリスには共感はすれど、人界の守護が役割の整合騎士にメイクは必要なのか否か、という考えは捨てきれない。

 

 新参者であるアリスが言ったところで、と考えていると、ファナティオはその思考を見透かしたようにアリスを小突く。

 

「なに? 騎士にメイクだなんて……とか思っちゃってる?」

 

「……そう、ですね。いえ、女性としての嗜みだとは理解しているのですが」

 

「いいのよ。私も昔はそうだったから」

 

 その言葉に、アリスは目を丸くして驚愕する。

 今でこそ、口調も雰囲気も、そして見た目だって優しく、美しいファナティオだ。それは生来のものだとつい思っていたアリスは今考えていた私の考えと同じことを思っていた過去のファナティオの姿が想像出来ずに戸惑いを見せる。

 

「意外かしら?」

 

「想像がつきませんね……」

 

「なら、私も変わったって事かしら。その点だけは、あの坊やに感謝しないとね」

 

「『坊や』……?」

 

 ファナティオの口から出てきた固有名詞。そこに引っ掛かりを覚えたアリスはその言葉を復唱すると、ファナティオは意外なものを見たと言う表情で見つめ返す。

 

「もしかしてアリス、あの子にはまだ会ってないの?」

 

「あの子、というと……?」

 

「まあ、そうね。あの坊やはいつも人界を行ったり来たりしてるからセントラルカセドラル(ここ)にいるのも不定期だしね。会ってないのも当然かしら」

 

 というか、一回会ったら忘れるわけないしね、あの子。

 

 そう言うファナティオの文言の中で、アリスは見逃せない言葉があったことに慌てて確認を入れる。

 

「じ、人界を行ったり来たり……!? 自由行動が認められているのですか!? その整合騎士の方は!?」

 

「制限は勿論あるはずよ? 人界の民に接触してはならない、とか。けど、それを除けば、あの子の行動範囲は基本的に人界全土だからいつも飛竜に乗ってどこかに行ってるのよ」

 

 基本的に、整合騎士にはそれぞれの配属先が存在している。例えばアリス。アリスはセントリア地域統括。それ以外の地域には他の整合騎士が統括をし、果ての山脈にも複数の整合騎士が配置されている。

 

 その中で唯一の例外。遊撃部隊という肩書きを持ち、その実その部隊はその整合騎士ただ一人。最高司祭からの勅命以外は基本的な行動の自由が認められている男が居た。

 

 ここに来て一番の驚きを受けたアリスは、その整合騎士の特徴を聞き出そうと少し前のめりになりファナティオに詰め寄る、と。

 

「痛い痛い痛い!! 撫で方下手くそかベルさん!?」

 

「はっは! 相変わらずクソ生意気だな坊主! 久しぶりに捕まえたんだからよ、酒呑むぞ!」

 

「アンタの介抱する俺の身になってくんない? ファナティオさんに怒られるの何故か俺なんよ?」

 

「こまけぇこたぁいいんだよ!! で、今回はどこ行ってたんだ?」

 

「蜂蜜レモンパイ最高!」

 

「また一般人の振りして人界に出たのかよ。俺以外に話すんじゃねぇぞ……例のブツは?」

 

「もちもち。ベルさんにはいつもお口チャックしてもらってるからねぇ」

 

「おお! 美味そうな肴じゃねぇか! よし、呑むぞー!」

 

「これはデザートかおやつって言うんですけどね?」

 

 ギャーギャーと、広大な廊下を向かい側から歩いてくる二人の男。

 剣すら置いて、完全な軽装な壮年の男性は整合騎士団長、序列一位、ベルクーリ・シンセシス・ワン。アリスが「叔父様」と呼び慕い、剣の師でもある。

 

「噂をすれば、ね」

 

「……はい?」

 

 呆れたようなファナティオの声。意表をつかれたような声を出したアリスはファナティオの視線の先を辿り一人の少年へと意識を向けた。

 

 公理教会の証たる十字の紋様を鎧に付ける……整合騎士の称号。

 帯刀する刀。他の騎士と比べれば軽装と言える鎧を身にまとい、ベルクーリに乱雑に頭を撫でられながら小突き合う、見たことの無い少年。

 

 整合騎士という風格は全く見られない。どこにでも居るような少年。きっと、鎧を脱ぐだけで一般人と同化できてしまいそうだと、アリスは率直に考えた。

 

 そして、パチッと。声が出ないアリスと、向かいから歩いてくる少年の目が交わる。その少年はアリスの姿を収めると、僅かに目を開くも動きを止めることなく、次の瞬間にはいつも通りの表情でニヤリと笑って目的地をアリスの元に定めて歩く。

 

「お、嬢ちゃんか。ファナティオも一緒とは珍しいな」

 

「ご無沙汰しております、叔父様」

 

「そこでばったり会いましてね。坊や、また変なことしたんじゃないでしょうね?」

 

「してないっすよファナティオさん! なんでそんな目で見るんですか! こんなにも純粋無垢な少年なのに!」

 

「私の神器を持ち出して生ゴミを燃やしてたの、まだ許してないわよ」

 

「てへぺろ」

 

「……あの」

 

 年齢相応という少年。今まで関わってきた整合騎士の誰とも違う存在に戸惑い、そして聞こえてきた会話の内容に若干引きながらも、アリスは居た堪れない気持ちを隠しながら声を上げる。

 

「ああ。はじめまして! ベルさんから聞いたよ。三十番目の騎士なんだって?」

 

「……はじめまして。アリス・シンセシス・サーティと申します」

 

「よろしく〜」

 

「名乗れ馬鹿」

 

「あいったぁ!?」

 

 何処までも気が抜ける。ベルクーリからゲンコツを落とされる少年の姿を見て、アリスはさらに引いた。余程痛かったのか、涙目で頭を撫でる少年は言い返そうとして、拳を準備しているファナティオに気づき佇まいを正す。

 

 改めて、アリスに身体を向ける。

 

「統括地域はまあ無いと言えば無いけど……一応全域、かな? 猊下からの勅命が無い限り暇してるから会ったら声掛けてね────改めまして。整合騎士、レイン・シンセシス・トゥエニです……宜しく、アリス?」

 

 三十人の整合騎士。

 序列一位は団長たるベルクーリだが、副団長を差し置いて序列二位を奪い取った男。

 

 アリスにとって、第二の剣の師匠となる存在との初邂逅である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 キリトとアスナからの衝撃告白。なんとユイはメンタルヘルスカウンセリングプログラムというAIだった。涙ぐむアスナ、そして暗い影を落とし何があったのか話すキリトに対して、俺はその衝撃の事実を聞き内心で一言呟く。

 

(知ってます)

 

 シリアスな顔は疲れるよ。どうもレインです。深刻な表情って割と筋肉使うんよね。ユイが消えたことはもちろん悲しいが、その流れはもうヒースクリフと二人きりの時にやってしまったからなんとも言えん。泣いては無いが、涙が涸れたと表現するのが正しいか。そういうことなんです。

 

 どうやら、ユイのデータはキリトが所持しているようだ。俺に渡そうとしてきたが、普通に断った。だって俺死ぬし。てか、そのデータってアイテムとかじゃないだろ? なんで渡せるんだよお前天才か? 

 

 その話を聞き、感傷に浸り、そしてヒースクリフからの伝言を伝える。と言っても、準備期間はあるようで、三日間の調整を終えてからの突撃なようで、実質的な三日の休暇を得た。

 

 三日間。時間にすれば72時間。短いと感じるだろうその時間。俺は2人と、ありふれた日常を謳歌する。

 未練にならないように。二人の記憶に残るように。

 

「なあ、レイン」

 

「どした?」

 

「お前は……いや、なんでもない。次のボス戦、頼りにしてるぜ相棒」

 

 盛大な死亡フラグを建てまくったり。こいつ実は俺に死んで欲しかったりする? という程のフラグオンパレード。これで死なない方が逆に難しいだろうと思う。

 

「レインくん」

 

「どした?」

 

「……これからも、ずっと一緒に居ようね」

 

 こいつらなんなの? どんだけ俺の事殺したいの? 家の外出た瞬間に死んでもおかしくないフラグの数々に俺は白目を向きそうになるのを堪えながら白目を剥く。まあ死ぬんですけどね? 

 

「ま、死ぬまでは(あと三日)一緒に居るよ」

 

「……うん!!」

 

 そうして、瞬きの間に過ぎ去る三日間。刀を取っていた時間は酷く短く、この次にはラスボスとの決戦があるとは思えない程の気の緩み。けれど、いいだろうと思う。やれるだけの事は今までやってきた。直前にどうこうしたところで大して結果が変わる訳では無いのだから。

 自分を信じること。それが、アレを使う鍵になるのだから。

 

「よっ」

 

「エギルさん」

 

「お前さんも来ると思ってたぜ。まあ、なんだ。頑張ろうぜ」

 

「俺もいるぜレイン!」

 

「クラインさん」

 

「クラインで良いって言ってんだろ? 頼りにしてるぜレイン!」

 

 彼らと話すのも最後。そう思えば、この一言一言が重いものに感じる。

 彼らの表情を、仕草を、声を、生で見ることが出来るのはこの戦いで最後なのだから。

 

「レイン」

「レインくん」

 

 この世界で出会った、二つの宝物。

 キリトという親友を得た。この世界で一番の親友。俺を見つけ、導いてくれた師であり友。

 

 アスナという友人を……友人……友人? どこか引っ掛かりを覚えるが、まあ友人と言って良いだろう。

 

 俺にとってかけがえのない存在となった二人を、俺は自らの手で繋がりを断ち切る。この矛盾した行動こそ、俺の目的地点。最初から決めていた俺の最期。

 

「準備はいいか、諸君」

 

 血盟騎士団の団服、その色違いを身に纏う。俺だけの特注品。白と赤を反転させた、特例の俺に許された装備。

 マントがはためく。それは最初にキリトと出会った時にキリトから貰った装備に酷似していた。

 

 思い出が蘇る。まだスカルリーパーを倒していないのにこの気の持ちよう、俺だけだろう。

 

「背中は任せる……キリト、アスナ────お前らは生きろよ」

 

「「────こっちのセリフ!!」」

 

 さあ、俺の集大成をここに示そう。

 スカルリーパーという前座を潜り抜けて。俺はこの世界に居たという証を残す。そしてキリトに俺の死に様を見せつけるんだ。

 

「────上よ!!」

 

 ────始めよう。

 

「────つっよ!? は!? なんこいつ!? はぁ!?」

 

 前座じゃなくてこいつがラスボスでいいだろ。そう感じるくらいにスカルリーパーは強敵でした、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通に死ぬとこだった……っぶねぇ!? なんだあいつ気色悪い動きしやがって!! 攻撃力高すぎな!? 防御貫通してくんなやゴミカスが死ね!! 

 

「クレームもんだろこれ……なぁキリト」

 

「────」

 

 あ、気づいたなこいつ。

 

「キリトくん……?」

 

 誰もが疲労困憊。腰を下ろし、仰向けになり天井をみあげる。

 遥か遠い天井。その先に待つ25の階層。今回のボス戦で死者が出たこともあり全体の士気は大きく下がっている。

 このままでは次の階層でも死人が出かねない。キリトが気づかなければ、俺が直々に暴露タイムを行うつもりだったがその心配は無さそうだ。

 

 ただ一人。HPを余裕に残し、二本の脚で立つ男、ヒースクリフを見つめる。こちらの様子には気づいてないようで、ボス戦が終わったのにも関わらず武器を持つキリトに一瞥も行わない。やはり、ここではないと思っているのだろう。残念ながら、ここが終幕だ。

 

 剣を取り、膝を曲げる。突進の構え。繰り出されるはヴォーパル・ストライク。

 相手との距離を一気に縮め、一撃を見舞う有効打。

 

 誰もキリトの奇行に気づかない。俺とアスナを除いて、誰もがそんな余裕なんてないから。

 そして、ヒースクリフはさすがの反応速度。接近したキリトに気づき、盾を構えるも、キリトの攻撃速度はそれを大きく上回る。

 

 障害物の存在しない一直線。キリトが進む道筋が光の軌跡が跡を残し、飛び散る火花と共に表示される破壊不能の文言。

 

「キリトくん何をッ……!?」

 

 皆の視線がヒースクリフに集まる。正確には、ヒースクリフの正面に表示された不可思議な警告文。キリトは徐に語り出す。自分の推測を。それを聞くヒースクリフは実に自然体だ。けれど、キリトの話を聞く中で、チラリと俺に視線だけを向けてくる。

 

 ────『その時』が今……ということかな? 

 

 ────ええ。ここからですよ。

 

 俺たちにだけ分かるアイコンタクト。俺がキリトに正体を伝えたとは微塵も考えていない様子。実際教えていないけれど、謎の信頼を受けてどう評価するべきかと悩む。

 

 推理ショーは終局へ。そして茅場晶彦の名前が出て、それを本人が肯定したことでこの場はカオスに。

 一人の団員がヒースクリフに剣を振り上げる。ヒースクリフは片手で慣れたようにシステムを操り、その男を瞬く間に麻痺状態にし、その流れのままに俺を含めてキリト以外の全員を麻痺状態にする。

 

 痺れる感覚。これぞ麻痺といった状態。立ち上がった姿勢から自然と膝が崩れ落ち、地面へと顔面が激突して冷たい大理石が頬の熱を奪っていく。唯一動く眼球で周りの状態を確認。俺のそばにいるアスナは俺に倒れ込む形で麻痺状態に陥り、その他も同じように倒れ伏している。

 

(────『治れ』)

 

 イメージする。言霊がシステムにすら干渉する力を発揮するイメージを。

 俺のHPゲージの上に表示されていた麻痺のマークはそのままに、体の痺れが全て吹き飛び自由を取り戻す。軽く手を握り動けることを確認。そして時が来るまで倒れた状態で待機する。

 

「悪趣味だな……茅場」

 

「いやなに。私の正体を見破ったキミに対するささやかな報酬と言うやつだよ。剣を取りたまえ、キリト君。ここで私を打ち倒せば、その時点でSAOはクリアとなる……簡単な話だろう?」

 

 ここから始まるのはキリトのターン。俺が出るのはその後。俺は息を潜める。麻痺状態を演じる。闘いたいのに、動けない。そう表現するんだ。

 正直、その行動に意味があるかと問われれば首を傾げる。茅場晶彦は俺の特異性に最も気づいている人物。俺が何をしても驚かないだろう────ただ一点を除いて。

 

「キリトくん……だめだよ。今は引こう……?」

 

「アスナ……レイン」

 

「キリト……ッ」

 

「────ふっ」

 

 おいこら。鼻で笑いやがった茅場(あの野郎)。俺のこれが演技って気づいてますね? 急に恥ずかしくなってきたやっべぇ。

 

「レイン。お前のおかげで、俺は折れずにここまで来れた……本当に、感謝してる。あの時お前と出会えてよかったよ────親友」

 

 死亡フラグビンビンですやん。

 なんだろう。めっちゃ嬉しいこと言ってくれてるし、感動的なシーンなんだろうけど……メタ的思考になってるのかな。虚無顔になりそうなんだわ。

 

「アスナ。あいつは鈍感だからさ。キミからどんどんアタックしないと攻略できないよ……頑張ってくれ」

 

「分かってる……分かってるから。ダメだよ、キリトくんッ」

 

 キリトの身体を青緑の輝きが包み込む。パーティ登録により共有されているキリトのHPが満タンに回復した。ヒースクリフのGM権限によるものだろう。同様に、ヒースクリフのHPが全回復し、続けてパネルを操作し不死属性を解除する。

 

 ありゃ。アスナの自殺を止めるように計らうことを要求しなくていいのか? まあここでクリアされるなら別にいいのか。

 エギルさんが、クラインが。キリトと関わりのある人間が、動けない自分自身に怒りを向け、悔しそうに歯噛みする。ごめんなさい、俺動けるけど動きません。

 

「……さて。不死属性は解除した。これでキミは私を殺すことが出来る訳だが……その意味、キミは正確に理解しているのかな?」

 

「理解しているさ。お前を殺して、SAOをクリアする。それで全員が現実世界に帰るんだ」

 

「────なるほど。良いだろう。その認識がズレないことを、私は願うとしよう」

 

 待ち構えるのは、このゲームの製作者。神にも等しき創造主たるラスボス。

 

 挑戦者は、二刀流に見初められ、世界の主人公という立場に収まった勇者。

 

 最強と最強。この両者のぶつかり合いであり殺し合い。それを間近で見ることの出来る幸運に感謝を示す。

 時期を見誤ればキリトが死ぬ。これから先のコンマ数秒を見逃さないよう、踏み込んだキリトとヒースクリフの行動の全てに意識を割いた。

 

 始まる最終決戦。状況は全く芳しくない。

 キリトの技量は相当なものだ。剣道を習っていたからなどという言葉では言い表せない天性の才能。ソードスキル無しでここまで動けるのは俺を除けばキリトがトップと言えよう。

 

 それでも、やはり茅場の神聖剣は理不尽なまでに硬い。

 全てを捌く。たとえ予測のできない純粋な剣技で相手が攻めてこようとも、冷静に、隙が生じるまで何度も、何度も。

 

 キリトの焦り。それが叫びとなって現れる。その感情が伝わるように、観測するプレイヤー達の顔色も悪い。

 

「────ぁぁああああ!!」

 

 ソードスキル、ジ・イクリプス。二刀流の中での最大火力となる27連撃。しかし、二刀流を設計した茅場にとって、その攻撃は愚策極まりないもので。半ば反射的に使用したキリトは、口角の上がる茅場の顔を見て己の失策に気付く。

 

「……頃合い、だな」

 

「レイン、くん……?」

 

 倒れた状態を維持していた俺はゆっくりと体勢を立て直し、何時でも飛び出せるようにクラウチングスタートに近い形でその時を待つ。俺の足元で未だに倒れるアスナは下から俺を見上げ、揺れる瞳で困惑し、何かを訴えかけるように口を開いては閉じてを繰り返す。

 

「────じゃあな、アスナ」

 

「ぇ────」

 

 頬に触れる。これで最後だと、再確認するために。

 柔らかく滑る程にキメ細かいアスナの肌。ひんやりと冷たく感じるのは彼女の心そのものを投影しているかのようで、か細い声が、泣きそうな悲鳴が小さく木霊する。

 

 視線が交わる。けれど俺は軽く微笑むだけですぐに視線をハズし、しがみつこうとしてきたアスナの手を抑えていなす。

 

「さらばだ……キリト君」

 

 イメージは、足裏からターボエンジンが噴き出すように。

 不可視の手で背中を押して加速するように。

 

 生じる軽い頭痛。その程度で俺の動きは止まらない。最後の一撃が剣の破壊という現象で終わりを迎え、硬直状態に至ったキリトに対して剣を振り上げる茅場。その現場に、俺はアスナから向けられた言葉を振り切り一瞬で到着し、キリトをアスナ達の所へと蹴り飛ばし茅場の剣を避ける。

 

「あっぶな!? アンタ今俺の事狙ったろ!?」

 

「さて? なんのことかな?」

 

 飛び出した俺に視線向けてきてたの知ってたからな!? 明らかに軌道がキリトじゃなくて俺に向けられてたし! 

 完全に諦めていた状態からの不意打ちに、キリトは鈍い声を出してHPを僅かに削り盛大に吹き飛ぶ。

 ワンバン、ツーバン、スリーバン……ごめんめっちゃ強く蹴っちゃった。その後首の角度大丈夫か? という程に転がり続けたキリトはアスナの隣で停止したから問題無しだな! 

 

「選手交代だぞ、キリト」

 

「…………は?」

 

 信じられないものを見るようなキリトの瞳。麻痺状態は継続していて、しかし動ける俺が理解不能なのか。殺しを決意していた無我夢中な先程までとは打って変わって、ぽかんとした年相応の表情に思わず笑いが込上げる。けれど空気を読んで我慢した。

 

「無粋な真似……なんて言いませんよね、茅場さん?」

 

「無論だとも。他の誰かの介入なら兎も角、キミの乱入は最初から想定していた……違うな。キミから伝えられたものと言っていいのかな?」

 

「おっと。取り敢えずキリトに麻痺状態付与してもらっても?」

 

「ふっ。用心深いなキミは。性格が悪いと言った方がいいかな?」

 

「アンタに言われてもねぇ」

 

 自然体で茅場と話す。周りの人達からは俺たちはどう映っているのかだろうか。

 相変わらず手馴れた手付きでキリトを麻痺状態にする。動けないながらにも、倒れることなく片膝突いた状態で耐えているキリトは主人公感満載と言ったところか。拍手喝采上げたいレベル。

 

 静寂に包まれた空間。俺の介入という更なるイレギュラーに思考が間に合っていないのか。それとも、なんと言えば分からないだけなのか。

 この静寂に逆らうように、茅場は俺に語り掛けてくる。

 

「思えば、半年以上前になるのかな? キミが私の正体を言い当てたのは」

 

「「「ッ!?」」」

 

「そうなりますかね?」

 

 この人、わざと言ってるな? 分かりやすいほどに混乱状態のキリト達。俺が茅場側だとは思っていないだろうけど、それ以外の人達は最悪の状態を想像しているのかもしれない。絶望の表情が深まっている。

 

「一応、聞いておこうか。キミは何を為そうと私の前に立っている?」

 

「前から言ってるでしょ────貴方を殺す。『その時』ですよ」

 

 緊張は思ってたよりもしていない。これで最後なんだな、という漠然とした感想が出るばかり。

 茅場も今更感傷に浸ることなんてない。俺と殺し合うことは当然の結果で、彼もそうなることを分かっていたから。

 

 けれど、茅場は俺に問うてくる。

 以前にも伝えたはずの問いかけ。それでも、この局面で質問を投げかけてくるのはラスボスとしても矜持なのか。

 

「分かっているのか? 私を殺す、つまりSAOをクリアするということは────キミの死を意味することを」

 

「────────────────は?」

 

「分かってますよそんなこと。元よりこの闘いは、俺が死ぬか、俺と貴方が死ぬかの二択でしかない。どうせ死ぬなら、一緒にあの世に行く人が欲しいでしょ?」

 

「ははっ。やはり狂っているなキミは。相変わらず面白い回答だ」

 

「……なに、言ってんだ……お前ら」

 

「三択目が欲しいところですけどね。女神のクソ野郎がそれを許すとは思えないんで。居るのか知らないけど」

 

「────何言ってんのかって聞いてんだよ!!!!!」

 

 耳を劈く悲鳴にも似た叫び。僅かに声が裏返るほどに心の底から発せられた雄叫びは俺と茅場に向けられたもの。

 振り返る。肩を上下させ、荒々しく息をするキリトは瞳孔が開くほどに目を開き、睨みつけるように俺を見る。

 

「おい、レイン……なんだよそれ。冗談にしては面白くもなんともないぞ……」

 

「残念ながら事実だ。そして今はレイン君の番でもある。観客になりさがったキミは口を閉じていたまえ、キリト君」

 

「────お前には聞いてないんだよ!!!」

 

「ふっ……子供の癇癪だな。さあどうするレイン君?」

 

「時間が惜しい。さっさと始めましょう……俺自身、いつ消滅()ぬのか分からないんで」

 

 ここが原作で言うところのSAOの最後。

 それが仮に世界の修正力とやらで干渉してきた時。SAOクリア時間が本来のものを遵守させようと世界が働きかけた時、俺という異分子が消されないとも限らないから長居は出来ないし、無駄な時間は省かなければならない。

 

 息を呑む気配を背後から二つ感じる。それに対してリアクションしている場合では無いから、意図して気づいていない振りをしなくてはならない。

 

「キミがソードスキルを使わずに己の剣技のみで闘ってきたのは知っている。それは偏に、この時のためだろう?」

 

「そうだったんですけどね」

 

 ログには俺の姿が残らないくせに情報収集だけは欠かしていない。俺の事を警戒していたのか、気に入ってくれていたのか。

 俺のスタイルも、その目的も正確に分析しているこの人はもうゲーム制作とかいう枠組みに収めていいものなのか疑問が絶えないが。

 

 そうだった。過去形にしている俺の言葉。今までの二年間をこの時の為だけにソードスキルを使わずに剣技を極めるという名目で行っていたのに、キリトが二刀流を発現したのと同じタイミングで判明した初期から所有していたバグアイテムによってそれらは全て水の泡になった。

 

 けれど、まあ剣技も必要か。この武器の性質的にほぼほぼそれは必要ないのかもしれないけれど、最初から全力で行かなければこの人に傷を付けるなんて出来ないから。

 

 ウィンドウを開き、装備画面へ。現在俺が装備している刀を外し、キリトにさえ見せたことの無い刀を取り出す。

 

 武器を変えたことに僅かな疑問と好奇心を抱く茅場。

 開戦の合図は存在しない。あくまでも彼は待ちの姿勢。余裕などではなく、そういう戦闘スタイルなのだろう。

 

 けれど────これを聞いても、その状態を保てるのか? 

 

 ゆっくりと、新たに装備した刀を抜刀する。

 芸術的なまでの刀身。闇のように深い桜色の刃と、複雑な装飾の施された柄。

 

 誰もが言葉を失う。それがこの武器を見たからなのか、それとも先程までの俺たちの会話が理解出来ていないからなのか。

 

 もう後ろは振り返れない。振り返るのは全てが終わりを告げた時。

 決着が着くその時まで、俺の瞳には茅場しか映らない……他の人間が映ってはならない。

 

 刃を下に、突き刺すように構える。そしてイメージする。

 

 構造も、理論も何も知らない。けれど、使えるということだけは分かっているのだから。

 本来必要な準備の何もかもを省略する。これこそが転生特典なのだとしたら、こんな一場面でしか役に立たないものよりも、ユニークスキルとか恒常的なものが良かったのにな、といるかも分からない女神様とやらに愚痴を零し────唱える。

 

 それはこの世界において……何よりも優先される言葉。

 

「システムコール────武装完全支配術(エンハンス・アーマメント)

 

 さあ……最期を飾ろう。

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