「話にならねぇよ侵入者」
いつの間にか裂かれていた胸元と斬り飛ばされた左腕から吹き出す鮮血を見ながら激しい痛みよりも先に俺の中を駆け巡る困惑。
「何年騎士やってると思ってんだ」
血が付着することがないほどに滑らかな刀を構え、純粋な敵意を向けて俺を見据える。
「整合騎士第二位────レイン・シンセシス・トゥエニ」
今まで敵対してきた整合騎士と同じように自身の名を告げる男は純粋な騎士には到底見えず、けれど誰よりも鋭いその在り方が目を離させない。
「無理です!! 私達では彼には勝てない! お前だけでも逃げなさい!!」
アリスの叫びは緊迫したもので。
アリスから告げられていた最悪……それが目の前に現れてしまったことを無情にも告げてくるようだった。
────彼が今人界を離れていることがせめてもの救いです。
────彼?
曰く。
整合騎士の序列二位。それが意味するのは整合騎士内での実力が上から二番目である……ということでは決してない。
それは一部の騎士が知る事実。
彼の騎士を表現する言葉は、誇張なく……【人界最強】。
「殺して欲しかったら向かってこい」
最高司祭アドミニストレータが有する最強の剣。
整合騎士を『駒』と評する彼女が唯一『切り札』と呼ぶ例外。
そんな情報が全てどうでもいいと感じてしまうほどに……その男は、俺の親友に酷似していた。
◈◈◈◈
「ALO売ろうかな?」
PK推奨とか何それ無法地帯過ぎん? どうも雨宮零でっす。
いやはや、まさかまさかのまさかですねぇ。
うんうん。そうだねぇ。
そこまでリアル求めてないんよ???
「これでGGOとかも同じ感じだったらこの世界で生きてる意味無くね?」
あの後二回試した。もう一度アミュスフィアを被り、ゲーム起動を試みて、当たり前のように失敗して。
今度はアミュスフィアに触れる状態で「リンクスタート」と唱える。
あ〜、草の香りがする〜。
直ぐに戻ってきて、次はアミュスフィアに触れることすら無く世界へと繋げる呪文のような言葉を紡ぐ。
「なんで入れんだよ」
そこはやはり異世界で、なんなら空を飛行していく羽の生えた妖精が見えた。
分かったことは四つ。
一つ。アミュスフィアを被った状態、つまり正規ルートでのゲーム起動は不可能という謎仕様。
二つ。アミュスフィアに触れた状態で「リンクスタート」と唱えるとあら不思議、内蔵されたゲームの世界に入れる。
三つ。その世界ではSAO同様、感覚が現実のそれと遜色ない。痛覚に関してはまだ検証していないが恐らくSAOと似たような仕様になっているはず。
四つ。二度目以降の世界へのログインはアミュスフィアに触れることすら不要。しかし、行ったことない世界にはアミュスフィアに触れる必要がある。なんの違いこれ?
「オーマイガッシュ……」
ゲームの取説じゃなくて俺自身の取説が欲しいと思ったのは生まれて初めてだ。この先も無いだろう。
まだALOしか買っていないが、これがGGOなどにも適応されていればもうフルダイブで遊べるものが無くなってしまう。セーフティゾーンから一歩も出れねぇよ。SAOと違って死なない奴らしかいないから平気でPKしてくるし。無理無理、ALO買い取り一番高い店どこ?
GGOなんて以ての外だ。戦場に立った瞬間脳幹ぶち込まれて即死する未来しか見えん。俺が死ぬ時のエフェクトはちょっと気になるけど。死体が残ったりして。トラウマ製造機かな?
「リンクスタート」
まあそんなの考えながらもALOに入るんですけどね? 暇なんで。
キャラメイクの画面に行くことなく、名前も勝手にレインで固定。金は初期金額らしき量しか入っていなかったけれど、装備はSAOラストで使った■■の剣が何故かあった。逆に言ったらそれだけだが。服装はSAOと変わらない。現実の物とは異なっているのはどういう仕様かは知らないが、割とお気に入りな装備なので良しとしよう。
この世界はレベリングの概念がないから純粋なプレイヤースキル。湖の反射で顔を確認したらビビるぐらい俺で笑った。耳も普通、妖精の枠組みにすら入れて貰えない俺クソぼっちじゃん。羽生えるの? 空は飛びたいよ?
「わーお……」
羽は生えない。代わりに身体が浮いた。ん〜、なんじゃこりゃ。外から見たら羽生えてたりするのかもしれないが、飛んでると言うより浮いてるという感覚が正しい。これはあれだ。心意だ。
SAOの時と違って頭痛がしない。この程度の力の行使なら許される段階に入ったのか? 剣の力は解放したくない。怖い。痛いの怖い。あとこの世界は剣が変化するとかじゃないし。魔法の世界だ。
「詠唱知らねぇ……」
英語で手一杯なのに異世界言語覚えれるわけなくない? 説明も無い、チュートリアルも無い。攻略法も見た事ない……それは俺が悪い。
ていうか冷静に考えて意味わからん言語覚えて魔法放ってる魔法職の人達凄くないか? 噛んだら終わりじゃね?
「システム……いや」
世界に干渉する言葉を紡ごうとして、途中で止める。
誰かに聞かれたら事だし。そもそも詠唱自体が必要ないのでは、という考えが浮かんだから。
本物は知らない。アンダーワールドという世界はまだ存在すらしていない筈だし、あったとしてもその世界に入ったことの無い俺はこの現象を認知していないから完全なる推測でしかないけど。
イメージする。水素があり、酸素があり。そこから火種が巻き起こり、炎となって現界するイメージ。
ホンモノを見れればこんな具体的なイメージは要らないだろうけど。それを知らないからこそ、火が起こる具体的なイメージが必要だから。
上へと向けた手のひらの上に、小さな炎が産声を上げる。
炎と言うには揺らめきは少なく、球体と言って差し支えないそれは確かに感じる熱気が心地好い。
開いた手のひらをキュッと絞めて、捻じる。手の動きに合わせるように火の元素が長く細く伸び、そして捻れて螺旋状に渦巻く。針のようで、槍のようで、弓のようなそれを射出。
「……ちょぉっ!?」
適当に、本当に何も考えることなく真っ直ぐに放出したそれは凄まじい速度で直線に進んでいく。木々を貫通し焼いていくそれは止まることなく進んでいき、木を抜けたあたりで何やら驚嘆の声が聞こえたが、俺は俺で再現が出来たことに驚きを感じた。
なるほど、これも使えるのなら剣も使えるのか。使う気は無いけど。
けれど、一体全体どういう仕組みなわけ? 心意システムなんてこの世界に存在しないのに、SAOだけは例外と加味しても全てのゲームの世界で使えるとなるとワケワカメなんだが。
といったところで、上空から詠唱と共に飛んできた光の球体四つを刀で斬り飛ばす。
「なに?」
「『なに?』じゃないわよ!!」
敵意を向け、俺の方へと飛んでくるのは妖精の羽が生えた少女。少女と呼ぶにはあれが実りすぎな気がするが、声のトーンが高いから仕方がない、少女と言っておこう。
俺の刀に似た刃渡りで、しかし剣の分類に入るだろうそれを上段に構えて振り下ろしてくる様はまるで剣道のよう。
何やらキレてる少女は迷いなく俺に向けて剣を振り下ろし、速度と相まって明らかに重そうな一撃を浴びせてくる。
俺はそれをゆっくりと見定めて、少女が剣を持つ両手だけを切り飛ばして回避。驚愕に目を見開き地面スレスレで停止した少女の首筋に刀を突きつける。
「なに?」
「……こっちのセリフなんだけど」
「ナンパだったら他所でやってくれる? 過激なやついるんだよね俺の隣」
「違うけど!?」
妖精……というかエルフって色んな作品の中で純潔を守る清い存在とか言われてるけど、大体は素肌晒してエロいよね。太腿やら谷間やら脇やら項やら。大好物ですけど。この子も例に漏れずにすんごいことなってる。
「急に襲われて悲しいっすよ。てか誰?」
「そっちが先に攻撃してきたんじゃない!! 私が被害者なんだけど!?」
ん〜。めっちゃリーファじゃんこの子。おっぺぇの大きさがそうだわ。
俺親友の妹の首に刃物突きつけてるの草すぎだろ。絶許案件だわコレ、訴えられても文句言えないだろ。言うけど。
「いや、ほら? 試し打ちしたらそこに君が居たからさ。うん。君が悪いね」
「え? ああ、そういうことなら私が……なわけないでしょ!!」
両手の先が無くなったリーファはそれに気にすることなくぷりぷりとノリツッコミをしてくれた。やはり義理とはいえ妹、キリトそっくりである。
SAO同様、肉体の断面だけはリアルじゃなくて良かった。どういう線引きなのかね。
「あんたどこの種族? ……って、人間? 何そのアバター?」
「そうそう。レアスキンレアスキン」
「適当感が凄すぎる……」
なるほどね。俺だけじゃなくて、第三者視点で見ても俺は人間なようだ。そりゃ知らん間にどこかの所属にされてたらたまったもんじゃない。集団行動強要させんなよ。このゲーム続けるか知らんし。
ていうかこの子リアルで見たらクソ可愛いな。キリト死ねよ。こんな子とひとつ屋根の下で暮らしやがって。傘で突き刺してやろうか。
「……で?」
「っかい」
「蹴り殺すわよ」
殺意高くないこの世界の人? 巫山戯ただけですやん許してよ。
「トドメは刺さないわけ? 何が目的? お金?」
「自慢じゃないが金だけはあるんでね」
「じゃあなに? 私と喋りたいだけとか?」
笑いながら冗談のように言ってくるリーファだけど、敵意がビンビンでこっちとしては笑えないんだよなぁ。
さてどうするか。もう普通に切り飛ばしていいけど、まじで今暇すぎる……というか刺激が欲しいんだよねぇ。
というところでふと、思った。
俺がSAOにいる世界線の読者達は、このシーンをどう見ているのだろうか。
きっとリーファ視点で、正体不明のヤバいやつ。あるいはこのシーンはカットされていて後々チョロっと伏線で出てくるのだろうか。
俺がいるSAOの世界が原作となる世界が存在しているのかは不明だけれど、ここら辺で協力してあげてもいいのかもしれない。というか暇つぶしでしかないが。
「リーファ」
「は……?」
暇だからとか、愉快犯でしかないけど。伏線ぐらい残しておいてやらんこともない。
「GGO練習しとけってキリトに伝えといてくれ」
「ちょっ────」
首を撥ねる。同時に俺は即座にログアウトボタンを押して現実に帰還する。
座った状態でベッドから目覚め、スマホを見て時間が数分しか経っていないのを確認。
た〜のしぃ〜!!!
数分の満足度じゃねぇぞこれ! ALOが面白いって言うか、謎の人物ムーブが面白かった。考察厨が掲示板に書き込んでるのかもしれない。なんかめっちゃ面白い。いいじゃんいいじゃん! なんかテンション上がっちまったぜ!
あとはキリトの目の前でもう一回死ぬだけだな!! はは!
『随分と楽しそうだね』
「楽しい楽しい、ちょー楽しいよ」
『それは何より。ところで、君の生存写真をキリト君に渡していてね。随分前のことだから、その内接触することになるだろうが気にしないでくれたまえ』
「りょー。全然問題な〜……い?」
テンションが上がったままに会話を続けていると、会話が続くという異常に気付き、一瞬にして現実へと意識が戻される。
何やら聞き捨てならない事を言われた気がする。というか、俺今誰と話してた……?
辺りを見渡す。けれどもちろん俺の家には誰もおらず、人の気配なんて感じるわけがなくて。
『そういえば、SAOの生還者である学生は専用の学校が用意されていると聞く。キミは其方には行かないのかい?』
「あ〜……俺もう高校通ってるんで。てかおいちょっと待て」
声のする方へと歩く。階段を降りて、やはり異常に広いリビングへと向かえばそこには最初から置かれていた一台のパソコンが起動した状態で置かれていて。
『何かな?』
「なにしてんねん」
ほんま何しとんねんこの人? あきまへんでほんま。ごっつ驚いてしもうたわどつき回しますどすえ?
おいおいおい。本当に何してんだこいつは。須郷の汚職データを送ってくれただけだったからそれ以降は何も無いし完全に油断してたわ。
ていうか。
「俺の写真キリトに送ったってなに?」
『若気の至りと言うやつさ』
「違うだろ」
『安心したまえ。キミが女の子を家に連れ込んでいる時は極力見ないようにしているからね』
「どこに安心しろと?」
ピロン、という通知音とバイブ。俺から見て右側のポケットから伝わってきた微量の振動を感じ取って右手でポケットに手を入れスマホを取りだし通知を見る。
【GGO、平気かも】
『微笑ましいね』
「見るなぁ!!」
『カマをかけただけさ』
なんかめっちゃ恥ずかしくなった。顔は見えず、生声ではなくて電子音により作り出された偽物の音だけれど、それでも我らがラスボスの声だとわかるトーン、抑揚。
俺を弄って笑っているこの人はなんなんだろうか。俺なんかよりもこの人の方がやべぇ性質してるだろ。
色々と情報が襲いかかってきて限界だったので、とりあえずパソコンの電源を切って画面を落とす。それきり声は途切れて聞こえてくることはなく、一時的にも退けることが出来たけれど、多分盗聴は出来てるんだろうな。
キリトに俺の写真を送った。
その言葉が脳に焼き付いて離れてくれない。
まあ、俺の生存はアスナから聞かされているだろう。だからまあ、どうということでは無いが。
問題があるとするのなら、その写真をリーファ……キリトの妹が見てしまった時。ちょっと面倒になりそうだということぐらい。
あとは有り得ないだろうが、俺の写真から住所を特定してアスナが凸ってくるとか……ま、有り得ないか! というフラグを残しておこう。これでまじで凸って来たら面白すぎる……命の危険を感じるけれど。
キリトと会うのは早くてGGOの死銃事件が終わってからだと思っているけれど、どうなる事やら。
「どうだ、ユイ?」
ALO内部。俺は例の写真を持ち込んで、ナビゲーションピクシーという立ち位置に納まっているユイへと解析を頼んだ。
ユイは数分写真と睨めっこを続けた後、フルフルと弱々しく首を振る。
「……ダメです。この写真がいつ頃撮影されたものなのか、ということ以外の全ての情報にアクセスしようとした瞬間に弾かれます。何か強いセキュリティが掛かっていると思われます」
「そう、か……」
「これはおよそ二ヶ月前の1月24日に撮影されたものです……だから、もしこれが本当だとしたら……ぱ、ぱは……生き、て……」
小さな、手の平に乗るほどに小さな体。
小さな小さな妖精の瞳から、溢れてくる大粒の涙。鼻をすすり、声が震え、小さな声を漏らす少女は悲しみではなく喜びの涙を流す。
もっと小さな両手で顔を隠して、必死に止めようとする涙は止まることなくさらに勢いが増していき。
俺は俺で、アスナの目覚めた直後の記憶が偽りでは無いことが分かったからこそ……怒りが込み上げてくる。
どうして会いにこないのか。アスナの顔を見に行ったということは、少なくともアスナの居場所は分かっているはず。
だからこそ思う。会いにこない理由がない。逆に会いに来る理由なんて無数にあるのに。どうして連絡のひとつも寄越さない。
会ったら文句のひとつでも言ってやりたい。きっと喜びよりも怒りが上回るだろうから。あんな別れ方、俺は許すつもりは無い。
そして、あいつが言っていた『アリス』という人物についても、問い質さなくてはならない。
「これ……レイン、くん?」
「ッ……アスナ?」
俺とユイが二人で写真を凝視している時、足音に気づくことなく接近を許した少女が俺の後ろから写真を覗き見る。
SAO、そしてALOの世界樹の上に囚われていた時とは姿が変わり、水色の髪、水色の瞳。
ウンディーネの種族のアバターでこの世界にログインしてきたアスナだった。
「ママッ」、と震える声と涙で濡れた顔で飛んでいくユイをアスナが優しく受け止める。ユイの髪を軽く撫でたアスナは、そのままもう一度例の写真へと目を向ける。
「レインくん……」
小さく、呟くように声を出したアスナはじっくりと写真を眺めて、何かを考えるように目を閉じる。そして、やっぱり、と納得の声を上げる。
「アスナ……」
「私のお父さんもね。レインくんを知ってたんだ」
「なっ……」
驚きの言葉に、俺は唖然としてアスナを見る。
「須郷伸之の汚職にお父さんが気付いたのも。須郷伸之が警察に逮捕されたのも、全部。レインくんが動いてくれていたんだって言ってた」
自分の手のひらを見つめて笑うアスナ。
「あの時の刀も……きっとそう」
ユイを両手で覆って、胸に抱く。
荒れた感情は見えず。水面のように穏やかな声が響いていく。
もっと感情的に、焦った様子を見せるものだと思っていたからこそ、落ち着いた様子のアスナに小さく口を開く。
「────会いに行こう。レインくんに」
その瞳は光に溢れていた。
確かな希望を胸に抱いて。最愛の存在に会いに行こうと、凛とした声で言ってくる。
恨み辛み。俺はレインに再会したら、きっと一発は顔面を殴るだろう。その後で、アスナはレインを抱き締めるだろう。ユイは泣きながら胸に飛び込むだろう。
確かに描くことが出来た未来。きっと実現する確かな光景。
誓いを。
現実で出会うと、その誓いを今こそ履行しよう。
────きっと、その誓いは果たされる。
俺達とレインは再会する。そうして穏やかで楽しい日常が戻ってくる。
それがどれだけ続く日常なのかは、俺には分からない。
「雨宮くん……あまみや、く……」
俺達は謳歌する。新たな出会いと、レインを交えた新しい日常と冒険を。
「……れ、い……くん……」
俺は知っている。
日常は突然崩壊する。他でもない、俺が体験したことなのに。もう起こらないと決めつけて仮初の幸せを噛み締めて。
「……ぁ、あぁぁああああ────」
平穏なんて……いつでも崩れ去るもろいものだと言うのに。
「ァァァァァああああああああぁぁぁ!!!!」
俺はまた、間に合わない。