レインはゴミカス。三度復唱してから読みましょう。
『蜂蜜レモンパイ買いに来たの?』
お目当ての商品が直前で売り切れていて項垂れていた私に声を掛けてきた男の人は。
『上げるよ、これ』
『え!? い、頂けませんよ!!』
細く長い剣を携えただけの、何ら特徴のない服装の彼は押し付けるように私にパイを二つ渡してくれて。
『まあまあ。ラッキーって思っとけば良いよ』
『ら、らっきー……? よく分かりませんが、お金だけでも払います』
『強情だなキミ』
私の両手を塞ぐようにパイを渡してきた彼は人懐っこい笑顔で「そんなんじゃ人生得しないよ」と言って、どこかへ消えた。
一瞬のことでぽかんとしていた私は、その人の足跡を辿ることは出来なかったけど、それから月に一度か二度の頻度でその人と出会うようになっていた。
いいや、以前からその人はここら周辺を歩いていたのかもしれない。ただ、私がその人の姿を目で追っていたから出会うなんて言う表現になっていただけ。
『アドにバレて怒られても面倒なんだけどなぁ』
『?』
自然と。そう、自然と、私はその人を探していた。
気になってしまって、名前も教えてくれないし、踏み込んでこようとしない知り合い止まりのその人のことが知りたくて、お話を続けようとしていたところで突然会うことはなくなって。
何かあったのかな、と。漠然とそう思っていた私は学校で剣技を学び、キリト先輩からの指導を経て、それなりには剣は上達したと思う。
そういえば、と。
あの人も剣を持ち歩いていたなと思い出して、どれほどの実力を持っているのだろうと気になったりもしたけど、それを確かめる術はその時の私は持っていなくて。
「────道を空けろ」
劇的な再会を望んでいたわけじゃない。道で偶然出会うような未来を思い描いていた私にとって、その光景は言葉に出来ない衝撃だった。
「てめぇ、は────」
「振り出しに戻ってろ、ヴァサゴ」
今まで見た私服とも違う。けれど騎士様達が身に纏うような鎧でもない。
彼だけの装備。軽装に見えるけれど、確かな性能があるであろう布でできた服とマントを靡かせ、悠然と私達の前で背を向ける彼は。
「────」
【騎士】を具現化したような、そんな存在に見えた。
◈◈◈◈
「……アバター他に無かったわけ?」
「自動生成です」
生身リンクスタートシーズン2。どうもレインです。
うんうん、分かってたよ。どうせALOと同じだろうなって。そうだよ。
「生身でGGOログインしてるの? って言うくらい雨宮くんまんまだね」
あらヤダ、鋭いわこの子。
というわけで、はい。GGO購入しましたよっと。
マジでやる気はなかったんだけどね。ログインした瞬間殺される可能性しかないし。まあけどセーフティゾーンぐらいなら過ごしてみるのもありかなと、というか詩乃からの誘いが多すぎたというのが本音ではあるが、まあ金は有り余ってるしサクッとソフト買ってログインした。
相も変わらずアバターは俺。五感はパーフェクトに現実のそれ。あーはいはい、死んだら死ぬやつね、分かりましたよ。
火薬、オイル、工場から排出される有害物質が空気中に漂っているような臭い。そこまで酷くは無いけど、慣れるまでには時間がかかりそうな不快臭が蔓延していた。
世界樹ほどでは無いけれど、現実でも多くは存在しないほどの高い建造物が並ぶ。色合いなんて考えてない、殆どが黒系統の如何にもな雰囲気を感じさせるそれらは鉄製の古臭い印象を抱くのと同時に、どこか近未来な造りにも見えるなんとも言えないものだった。
で、目の前にいる美少女が詩乃ことシノンである。クソ可愛いなこいつ、外伝見てみろや、みんなアバターガチャ外れてんぞあの中学生か高校生かわかんねぇ集団。
薄い水色の髪は現実と変わらない髪型。瞳も髪に合わせるように彩っていて、顔の造形とかはまんま現実と変わらないように見えるけれど印象は全然違った。
「そういうシノンもほぼ現実と一緒じゃね? 眼鏡外して髪色変えたくらいか?」
「そう? 結構違うと思ってるけど……ていうか、私プレイヤーネーム教えてたっけ?」
「詩乃って割と安直なところあるから、【シノン】か【しののん】の二択だったから後はニブイチ決め込んだ結果よ」
「後者は有り得ないわね流石に。ていうか、そんな見られ方してたのが腹立たしいわ」
俺の腹筋を指先でこずいてきた。こそばゆいからやめい。
「で? なんて呼べばいいの?」
「レインだよ」
「よく人に安直って言えたわね」
だって名前も勝手に決められてるんだもん、しょうがないじゃん。まあ元々の原点考えたのは俺だけども。
「じゃ、レイン。行きましょ。案内してあげるっ」
リアルの友達がゲーム内に来たからか、若干テンション高めの詩乃……シノンと言うべきか。元々は彼女のことはシノンで統一していたのに、この世界であの子と出会ってからは詩乃としか呼んでこなかったからなんかシノンがむず痒い呼び方に感じてしまう。まあ普通に呼ぶけどね。
B.o.B予選は三日後。受付も三日後までで、まだシノンはエントリーをする気は無さそうだ。出るつもりではいるだろうけど、呑気にしてていいのかね?
「B.o.Bの受付は当日限りなの」
「心読まないで貰える?」
「レインも出るでしょ?」
「今日ログインしたての真っ白ペーパーピープルが出れるわけないでしょ」
何かにつけて俺を参加させようとするなこの子は。そんなに俺に死んで欲しいの? 死のうか? キリトの前で。
ゆっくりと二人で銃の世界を歩く。俺にとっては新鮮な世界でも、シノンにとってはもう見なれた空間。迷うことなく案内をしてくれて、小話なんかもチラホラと挟んでくれる。
周りを見ればやはり男ばかり。そっち方面の怖いアバターばかりが埋め尽くされていて、俺とシノンを見ては舌打ちを打つ奴らもチラホラ。へっ、青春の光で溶けろい!
シノンは割と有名らしく、目で追うやつ、コソコソと話す奴など、人気なようだ。まあ女性プレイヤーが少ないからこそのものもあるだろうけど、実力も高い。
で、流石に装備を買おうと言うことでショップに来て、とりあえず所持金やらを調べようと例のごとくインベントリを開いてみる。
やはり所持金に関しては初期費用だけで、大したものは買えないだろうがシノンがウキウキに選んでいるのを見るに買ってくれそう。やったね。
「なんで剣あるの??」
何も無いだろうけどと、一応確認した所持品の欄にはお馴染みの刀が入っていた。一瞬取りだしてみると普通にあの刀で、使えそうだがなんか面倒なことになりそうなため直ぐにしまった。キリトと違って俺は銃の世界では銃が使いたい。刀は最終手段ね。
「これかなぁ……いやでも、こっちもいいか……あえてこれなんかも……」
なんで銃にトラウマ持ってる女の子がウキウキして銃を吟味してるのか不思議で仕方がない。マニアの領域では? まあ俺は銃の種類とか一ミリも分からんから全任せだけど。
銃買ったところでいつ使うんだよ、って話ではあるけどね。
その後、一時間ほど入念に選んでくれたシノンのオススメ二丁を有難く頂戴した。出世払いするから待っててね!!
てな感じで、射撃体験やらミニゲームやらをやって一度も圏外に出ることなく過ごして三日。B.o.B予選当日。
総督府に先乗りしてシノンを待つ。今日一日やること無かったしGGOのミニゲーム割と面白いからハマっちゃったね。本来の楽しみ方とは逸脱してはいるけれど。
遅い。とても遅い。
もうエントリー時間も迫ってきている。あの子は時間ギリギリなタイプじゃないし、なんか事故ったか? と一人ソファで時計を眺めながらふと思う。
なんか忘れてる気がする。
「────間に合ったぁ!!」
と、違和感を感じている時に聞きなれた少女の声が真っ直ぐに飛んでくる。どうやら到着したようだ。
エントリー終了間際ということもあってエントリー用の機器には誰もいないけれど、参加者らしきプレイヤーがチラホラと周りに散見される。シノンの何やら楽しそうな声に殆どが振り返って注目を集めていた。
俺はソファからゆっくりと立ち上がってシノンが来ているであろう方へ顔を向けて声を掛ける。
「遅か……おっほ……」
「……は?」
キリコ が 現れた !!!
レイン の オホ声 !!! 声 は 届かないようだ !!!
「ごめんっ、お待たせ!!」
「ちょっと俺エントリーしてくるわ」
「えっ!? 参加してくれるの!?」
だって視線が痛いもん。ここを離れる理由が欲しいからね。
早歩きでエントリー機器へと向かいエントリー情報を記入し始める。死銃対策に住所とかは書かないけど、あたかも書いているふうにして時間稼ぎ。
「私達もまだなんだよね」
なんぜやねん!!!
離れられたと思ったら急接近。シノンが俺の隣で作業を始め、「後であの子のこと紹介するね」と囁いてくる。結構です。女装趣味の人に興味無いので。
え? 俺今エントリーした???
何してんの俺? 自分から死にに行ってる? 自殺願望者かな? まあ既に死が目の前まで迫ってきてるんですけどね?
「……お前」
「早くエントリーした方がいいぞ時間ないから」
早歩き世界代表です。宇宙人にも勝てます。それほどまでの記録を残し、俺は再度ソファへと項垂れた。
……ザザかは分からないけど、誰かいるな。あれが透明化のアイテムってやつか? 透けてはいるが微妙に見える。
と、シリアスを挟もうとしたところで現実を見る時間がやって来ました。
「レイン、この子と知り合いなの?」
「女装して女の子を騙して更衣室に侵入しようと企んでるやつは俺の知り合いには居ないよ」
「は? おま……は?」
「女装……?」
「お前……やっぱりレインなんだな……?」
やっぱりって何? 今のどこに納得の情報あったの??
「レイン────」
髪が長くて、心做しか腰のクビレも強調されているように思えるキリトが一歩近づいてくる。いや可愛いなこいつ。髪の質がレベチだぞ。
瞳を震わせて、声も震えているように思えて。急変した態度にシノンが居た堪れない様に視線を右往左往させている。
キリトに目線を合わせるために俺も立ち上がる。ごめん、俺の方が身長高かったわ。屈んだ方がいいかな?
もう言い逃れできないしなー。素直に認めるしかないし、そうなったら詩乃への説明が面倒だけど、まあいっか。説明しなければいいのである。
ギリっ、と。歯をかみ締めたキリトは少し俯くと、相変わらず泣き出しそうに震える肩と声で俺へと近づくと拳を強く握り締めた。
「避けるなよ……ッ!!」
右手の拳を力一杯握り締め、振り被ったキリトは俺を鋭く睨んで拳を振り絞る。
「ちょっ……!?」とシノンが慌てたような声を上げる。俺は迫ってくる拳を見つめて、避けるなとキリトに言われたからそれを守って、左手でキリトの拳を受け止めて空いた右手でキリトの左頬を撃ち抜いた。
「甘いんだよ」
「……えぇ……」
シノンからのドン引きの声を聞きながら、ぶべぇっ、と間抜けな声を出して倒れたキリトを見下ろす。
めっちゃ泣いてんじゃんこいつ。怖っ。
「ちょ、ちょっと。流石に殴るのはダメよ!? 二人の関係は知らないけどさ!!」
「こいつ男だよ」
「男だとしても……え、男?」
うわっ、ゾンビみたいにゆらゆら揺れながら起き上がりやがった。怖っ。
そのままフラフラと歩いてきて俺の肩に片手を置き、もう一方で俺の胸元を握り締める。
ギュッと、力の籠った手だった。
「……あの場面で殴り返すのなんか、お前ぐらいだぞ、レイン……」
「お前だし良いかなって」
「俺の……扱い……もうちょっと良く出来ッ……出来ないのかよ……」
流れていた涙はそれ以上溢れることは無かったけれど。
既にびしょびしょになるまで濡れていた顔を俺の肩に乗せるほどに俺を抱きしめてくる。肩と胸元を引き寄せて、キリトは俺の懐で静かに肩を揺らす。
────男かぁぁぁぁぁぁ……。
そう思ってしまった俺は薄情ですか?
「久しぶりだな、キリト。元気してた?」
「────最悪の毎日だったよ、お陰様でな」
GGO編割と長引きそうだなぁと感じてきた所存。
あと何回殺そうかな……二回は確定してるけど。もう一回くらい殺しても良いか……?