朝田さん、朝田さん、朝田さん。
たまたま目にした少女。
ボロボロで、痛々しくて、自己嫌悪に苛まれた可愛い可哀想な少女。
────人を殺した、キラキラとした女の子。
キミを見つける度に、僕は高揚し、自然と口元が歪み、血流が腰の方へと集まっていくのを感じる。
ああ、好きだ。
その顔、その瞳、その体。
何より、人を殺した過去……僕しか、キミを愛せないよね。
嗚呼……スキだ。
僕が先に見つけたんだ。壊れかけの少女を。
ひとつ、きっかけがあれば僕好みに壊れてくれるであろう悲劇の少女を。
彼女を調べあげて、その事件にたどり着いた時の鼓動の高鳴りと言えば、言葉に出来ないものがあって。
僕が先に見つけた。僕が声をかけようとした。僕が彼女を守るんだ、僕が彼女を壊すんだ。
「────引きこもってろ、モブ」
「……は?」
何時からだろうか。
丁度、僕が彼女に話しかける算段を付けていた時か。その男が現れたのは。
僕の横を突然通り過ぎた時に呟くように警告してきたその男は、その日からずっと朝田さんの傍にいた。
毎日、毎日、毎日。
日々あの男といる朝田さんはどんどんと表情に光が点って、殺人者であるはずの彼女は暗闇の中から光へと這い出てくる過程を見ていた僕の苦悩と言えばキリがない。
僕と朝田さんの間に割り込んできた異分子、ゴミ。
憎らしい、おぞましい。
でも、もう大丈夫。
朝田さんは僕とひとつになる。
僕と一緒になって死ぬんだから。
『ざぁこ、ざぁこ♡お前なんかお呼びじゃないんだよモブキャラぁ♡』
「……………………ぁ?」
けれど、居るはずの朝田さんの姿はなくて、代わりに出迎えた巫山戯た音声。
その声、その抑揚、そのセリフ。
一度しか聞いた事のない男の声と寸分違わず一致する、僕の魂の奥底までにこべり着いた憎き男の肉声。
死ねよ。死んでくれよ。
僕と朝田さんの関係に口出しするなよ、部外者が。
僕と朝田さんはひとつになる運命なんだよ。
『……余計な真似は、するなよ、恭二』
兄さんが警察へと引き渡される直前に僕へと伝えた言葉。全く理解はできなかった。敵討ちなんてしないし、僕のこれは当然の権利だろう?
殺す。死ね。
「……ふひ、ひひゃはははははははは」
待っててね、朝田さん。今すぐ解放してあげるよ。
その男にどんな弱みを握られてるのか知らないけれど、僕が君を救ってみせるから。
その時は……僕とひとつになろうね、朝田さん。
「あひゃはははははははははは!!!」
嗚呼……楽しみだなァ。
◈◈◈◈
「なんで俺の事押し倒してんの?」
「なんで押し倒されてると思ってる?」
「普通に犯されるのかなって」
「別にそれでもいいけどそうじゃないわよ」
「おい聞き捨てならないこと言ってんな?」
俺詩乃と付き合ってたっけ? どうも雨宮零です。
ゴミが詩乃の部屋に入ったということで、念の為彰三さん経由で警察の方に連絡し、派遣してもらって、詩乃優勝おめでとういぇーいということで割と豪華な夕食の準備をしていた。
んで、詩乃から呼ばれたために部屋に行ったらベッドに押し倒されて今に至ります。
「私、納得してないんだけど」
「いやそんなのいいからさっきなんて言った?」
「なんで棄権なんて……ていうかどうやって棄権したのかも聞きたいけど。わざとでしょ?」
いやもうそんなことどうでもいいよ。それより何? ヤってもいいって言った今?
「とりあえずシャワー浴びる?」
「それは後で頂こうかな」
おいおいおい、確定演出かよ。
「で? 答えても」
「いつでもどうぞ」
「もうそれはいいから」
男の純情を弄びやがって。魔女かこいつは。
「棄権は最初からする予定だった。理由はまあ、諸事情ということで」
「なんであのプレイヤーと組んだりしたの? 正体知らないの?」
「知ってるよ。死銃だろ?」
ムッ、とほほを膨らませる詩乃の顔はちょっと動かしたら当たるくらい近い。長めじゃない詩乃の髪が俺の顔に当たって妙にこそばゆいし、アスナとも違う女の子のいい匂いがして大変ご満足ですよ。
この様子、詩乃は過去を乗り越えたかのように見えるけれどまた違うベクトルだなこれは。捉え方によっては悪影響を及ぼしてしまったかもしれない。俺が死ぬまでにはそこら辺を修正出来ればなとは思う。
「理由はキリトと敵対するべきだと思ったから」
まあ敵キャラやってみたいって言うのが大部分ではあるけど。
「私のため?」
……ん〜。そういうところは鋭いのなこの子。
気付かれたくなかったところにきづいてくる。
「違う違う。キリトのことボコしたかったんだよ」
「……下手だね、雨宮くん」
言い方やめてね? 俺のテクが終わってたみたいに聞こえるから。経験ないのに自信なくすわ。
まぁ、いいや。と言って詩乃は俺の顔の横へと自分の顔を埋めてくる。完全に密着して、俺の体に重なった彼女の身体は軽く、けれど出るとこ出てるため胸の辺りがめっちゃ柔らかい感触が凄い。
「あいつと私の同時優勝になったよ」
ASMR? 耳元がゾワゾワするし、耳周りが詩乃に囲まれてるから反響して凄いことなってる。
というか、キリトのこと名前で呼んであげて? 原作じゃキミはキリトのヒロインなのよ?
「お土産グレネードで抱きついたとか?」
「そんなことする訳ないじゃん。あいつの口にグレネード突っ込んで被爆する距離まで近づいてただけだよ」
「グッロ」
初めてキリトに同情したかもしれない。この先二度としないけど。
「賞品いっぱい貰ったよ。雨宮くんにあげるね」
「いらんいらん。有難く貰っときな」
「……ありがとう」
小さな囁き。俺の耳の間近から真っ直ぐに飛んできた彼女の言葉。
この一言で、感謝の対象が複数あるんだろうなと感じるほどの重み。
記憶の結合を行ったことによる、追憶の体験によってこの言葉の認識が変わる。
「ごめんね」
その言葉も、よく分かる。
俺の肩へ手を入れて、そのまま抱き締めてきた詩乃。
さらに密着することによって彼女の柔らかな身体を強く感じてしまってやるせなさを感じ、同じように俺も詩乃の体を腕で包み込む。
『────愛しています』
なんかめっちゃ罪悪感。別にアスナとも詩乃とも付き合ってる訳では無いけど、明確に好意を示してくれてるアスナの言葉が脳に過ぎる。
まあそれでも腕を解くことは無いんですけどね。女の子と密着するのを堪能しますよ。
てか、アスナと会わざるを得ない気がするんだよなぁ。まあもうちょい先か、それは。会うってなったらどうしよ。当たり前みたいに「おっす〜、元気〜?」って言ったら耐えるかな。
「……ありがとう」
また繰り返された言葉。何に対して、とか。そんな事を聞かなくても互いに意思疎通出来ているからこその一言完結。
……気の所為か? シャッター音が聞こえたような。まあ流石にないか、あのおっさんも流石にそこまでのことはしないでしょ。
「……ご飯用意してるから。一緒に食べようぜ」
「────うんっ」
数秒の間を置いて、顔を上げた詩乃。その途中で俺の頬に詩乃の唇が触れた気がしたけれど、様子が変わったようには見えないからそのままにして置いた。
「……ふふっ」
艶かしい表情で、唇を舌で舐めた詩乃は何故か笑って俺を見下ろした。
その笑みを見て、やはり……宿り木から羽ばたくまでには少し時間がかかるかもしれないなと思った。
夜も遅いからというよく分からん理由で詩乃を家に泊め、後日。
◇◇◇◇◇
「……そんな、露骨に席を離さなくても」
「黙って変態。今日はあんたと会話しに来たんじゃないの」
「ははは。酷い嫌われようじゃないかキリト君」
以前、GGOを始める前に菊岡との話し合いの場として設けた場所とは異なる、けれど同じような高級感漂うカフェに俺とシノンは訪れていた。
対面に座る胡散臭い男、菊岡は俺とシノンの距離感を見て心底ウザったらしい笑いを見せてくる。
「すみません、こんな高級そうなお店にお連れ頂いて」
「いえ。こちらで処理すべき事件に巻き込んでしまったんですから。お気になさらず」
しおらしく、申し訳なさそうにお礼を伝えるシノンはこの先俺にこんな表情を見せてくれるのか。地の底から上がる様子の見せない好感度はそんなことを許さないのだろうなと嘆息する。
「本日はどのようにここまで? 宜しければ帰りはタクシーを手配しますが」
「いえいえ、大丈夫です。友達に送って貰っているので。今は外で待っててくれてます」
「……は? あいつ来てるのか?」
俺がバイクで迎えに行くと言えば、頑なに嫌だと断っていたシノン。その交友関係は知らないけれど、何となくあいつだろうなと思った。
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くは無いけど……あいつも関係者なんだし、ここに呼べば良かったのに」
というか、現実のレインと会ったことがない俺としては早く会いたい気持ちが強い。
俺の言葉を聞いて、シノンは首を横に振る。
「私もそう言ったけど、彼に断られたの」
「彼、とは?」
俺とシノンのやり取りに出てくる言葉に反応した菊岡。目敏く、鋭く指摘をしてくるあたりこいつの嗅覚も厄介極まりない。
隠すことでもないから、俺はそれがレインだと言うことを伝えると僅かに眉間に皺を寄せた菊岡が俯きげに呟く。
「本戦で死銃と組んでいた彼か……まさかキリト君が言っていた人物が実在したとはね。正直驚いたよ」
「なんだよ。俺が嘘を言っていたとでも?」
「正直な話、SAOというデスゲームの中での極限状態が心理的異常を引き起こし、その結果君の中で生み出された架空の存在だと思っていたよ」
明らかに興味の対象がレインに変わっていて。厄介だな、と僅かな警戒を滲ませる。シノンはその変化にあまり気づけていないようだ。
「ALO内から君たちの大会を観戦していたが、その時のアスナ君の様子といったら凄まじいものだった」
「……参考程度に聞いとこうか」
「涙を流したかと思えば、シノンを彼が抱えた時は世界を破壊する勢いで感情を消失していてね。ゲーム内とはいえ、あれは死ぬかと思ったよ」
ははは、と笑う菊岡から聞いた内容は全く笑えない。
多分この後、シノンとアスナは会うだろうし……嫌だなぁ、怖いなぁ、と先の展開に涙を流す。
「レインくんについては僕も興味があってね。良ければ教えて頂きたいが」
「俺からはもう今まで伝えた以上のことは言えない。俺よりもシノンの方が知ってるだろうし」
個人的に、この男にレインの情報を渡すのは嫌だと感じる。やむを得ずシノンに標的を移せば、菊岡の瞳はシノンへと向けられ、無言での圧力をかけていた。
少し身動ぎしたシノンは、少し吃りながらも申し訳なさそうに口を開く。
「えっと……ごめんなさい、私からも彼のことは言えなくて」
「────言えない、ですか?」
表現に引っかかった菊岡は気になる点を詰めていくとシノンは言葉を続ける。
「その、雨宮くん……彼からさっき言われたんですけど……『菊岡誠二郎が俺について聞いてきたら何も伝えないように』って」
「な……」
「……ほう」
何故あいつが菊岡の存在を知っているのか。俺自身予想外で、その言葉がさらに菊岡の興味を駆り立てる。菊岡はさらに質問を重ねようと前のめりにも見える体勢で矢継ぎ早に質問を投げかけようとして、
「あ、あと……」
その言葉に。
「────『プロジェクト・アリシゼーションを完遂出来たら、考えてやらなくもない』……とは、言ってました」
「────」
「……?」
俺は初めて、菊岡誠二郎が言葉を失った、という姿を目にした。
◇◇◇◇◇
「着いた……」
「なんでそんなに絶望した顔してるの」
着いた〜、オワタ〜。
ダイシーカフェ……ん〜、何度読んでもダイシーカフェ。
詩乃がバイクに乗せてと言ってきて、なんだかんだ初めてだなと思い連れていけばここ菊岡おるところやん、となって。
そして詩乃が出てきたかと思えば「ここに来て欲しいんだって」と言って見せてきたマップに書かれていた見たことある店名。
うわ〜、キリトのバイク止まってるし……嫌だなぁ、怖いなぁ。絶対アスナいるじゃん。暗黒のオーラが見える見える。
「温かい飲み物ご馳走してくれるって」
「嫌だ、凍え死にたい」
「もうっ。行こ?」
くっそ可愛いなこいつ。行っちゃう行っちゃう!
俺の手を握って引っ張る詩乃の力は弱く、震えていて。
顔も強ばっていたから。
「……何となく、分かるんだ」
声も震えていた。瞳も心做しか下を向いている。
「多分。雨宮くんが前に言ってた、過去と向き合う時なんだろうな、って」
キリトが言っていたのか。詩乃はここで会う存在がどう言った人なのか薄々気づいているようで。
まだ完全に過去と向きあえていない詩乃のターニングポイントであり、乗り越えなければならない絶対の壁。
「まだ、私一人じゃ……怖い、かも」
俺の手を握る力が少し強くなる。
自立にはまだ時間がかかるという本人からの言葉の通り、まあ自覚しているのならまだマシか。
「隣にいて欲しい、とまでは言わないから」
そこに居るという安心が欲しいと。
目の届く範囲にいるという安心が欲しいと。
弱音にも聞こえるけど、確かな挑戦の気合いが感じとれる言葉。
何もゼロからゴールまで行かなければならないことはなく、あらゆる手段を使って最終的にゴールへたどり着ければ良いから。
「ん」
「……ありがと」
応えるように、俺も彼女の小さな手を握る。震えは止まっていないけど、視線は前へと向けた。俺の視線は後ろ向きだけど。めっちゃ嫌、超嫌。でも入らないとだよねぇ。
扉を開けるのは詩乃。ギギっという木の扉を開ける音が妙に合っているなと思わせる景観、いいね、この店。中にいるメンツを除けば最高。
「────────ぁ」
さてさて。どう声をかけたものか。予定通り「おっす〜、元気〜?」と声をかけようか。
なんでだろうな。そんなこと言った瞬間殺されそう。というか視線が痛すぎる。俺のオアシスは初対面のお前だけだよリズベット。
「……あ〜……」
やばいな。口がドモルガンだわ。まじでちゃんと考えてから入るべきだった。何気に二年近くぶりか。詩乃は俺らの関係とか知らないだろうし、気まずすぎて吐きそう、帰ろうかな? 名案すぎんか? 帰ろ。
────そんな泣きそうな顔で見ないでくれよ。
「……ちょっと挨拶してくる」
「え? うん」
適当な席を指さして詩乃をそこに座らせて。
俺も過去に向き合う時が来たとかいうやつですかね。
相変わらずの長くて綺麗な髪。見たことない制服はきっとSAO生還者の支援学校のもの。
相変わらず綺麗な瞳で、笑ってくれたら満開の花が咲くだろうに、今は真逆の顔をさせてしまっていた。
ちょっと身長伸びてる? どうだろ、わかんない。ブーツのせいかな、まあどうでもいいか。
てか俺冷静に考えて、告白してくれた相手がいる空間に別の女の子と手を繋いで入ってるとか鬼畜過ぎない? それで泣いてるこの子? もしそうならごめんね? やめないけど。
足が震えてる。そんな彼女はやっとの思いで椅子から降りて、小走りに俺の方へ向かってきて。俺も少し嬉しくなって、周りの視線はもう無視しよう、と飛び込んできた少女を抱き寄せた。
「ぅ……ぅぅ……ぁあ……」
俺の胸に顔を埋めた少女は小さく縮こまって見えて、震える様は正しく子供。弱々しい、庇護すべき対象なのだ。
「……お待たせ」
もう、そんな言葉しか捻りだせなかったけど、これが俺の精一杯。
ギュッと力の限り抱きしめられているからこそ、俺ももう少し力を込めて彼女を引き寄せる。
あやす様に背中を撫でて、髪を撫でて。久しぶりにかいだ少女の香りは懐かしく、あの日々を思い出させてくる。
何秒たったか。多分数分はそのままだっただろうけど。奥にいる人たちには申し訳ねぇなと思いつつ、まだまだ涙が止まる様子のないアスナは無理矢理に自分の涙を止めようとして、失敗して咳き込んで、そのまま俺の顔を見上げてさらに涙を流す。
こんなことならもっと早くに会えばよかったのかなという若干の後悔。むしろ会わなければよかったのではと思わなくもなかったけど、空気を読んでその思考は消し飛ばした。
「……しよ?」
「ん……?」
嗚咽が漏れて、肩が震えて、涙が止まらなくて。
小さな小さな女の子でしかないアスナを割れ物を扱うように優しく抱き締めて、嗚咽の他にようやく聞こえてきた彼女の言葉。
「……結婚、しよ……?」
「え、無理」
キリトから思い切り頭を殴られた。