相棒枠に収まろうと思う   作:ラトソル

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OS要素皆無。
次話ではちょっとだけあると思う。ちょっとだけ。




オーディナル・スケール
200年前のキミへ


 思えば、歯車が狂い始めたのはあの日からだろう。

 

 ユウキが死んで、同日にレインが死んだ。

 

 シノンは心を折られた。アスナはユウキの意志を継ぐという大義名分によって何とか堪えた。けれど、それはただのハリボテに過ぎなくていつ折れても……違う。いつ折れている事実に気付くのかは時間の問題だった。

 

 レインが死んだと連絡があったのはその後日。俺は親友の死に目にも立ち会うことも出来ずにあいつの死を聞かされた。

 

 その話を聞かされて、俺は泣くことすら出来なかった。

 受け入れることが出来なかった。

 またふらっと現れてくれるのではないかと期待した。

 

 そして、俺は……俺たちは────

 

 

 友と呼べる存在が出来た。

 初めての親友。

 その響きに何処か違和感を覚えながらも、相棒であり親友である男と共に剣の道を歩んで行った。

 

 頼りになる先輩、しっかりとした後輩。色々な繋がりが俺に出来ていて。

 

 そして、そして……そして。

 

 目の前で胴を両断されてこれでもかと言うほどの血を噴き出し、瞳から光が抜け落ちていく親友の姿を見て。

 親友の胴を両断した鮮やかで残酷な剣技を見せた見覚えのない男(親友)の姿を見て。

 

 既に狂っていた歯車の全てが合致して、全てが結合していくのを感じ取り……俺はただひたすらに叫び声を上げる。

 

「────かやばァァァァァァァァァあああ!!!!」

 

 あの日、あの瞬間から……俺が辿る道は既に定まってしまっていたから。

 

 俺は────全てを取り戻すために、俺を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 

「木綿季くんの抱える病は治療不可能なステージまで症状が進んでいました。我々にできることは治療ではなく悪化の阻止。メディキュボイドはその目的に最適であり、事実木綿季くんは当初想定されていた年月を遥かに超えた時間を生きることが出来ていました」

 

 明日奈と共に訪れた無菌室に隔たれた対面室でユウキの担当であろう先生の話を聞く。

 

「しかし、メディキュボイドの効果は悪化の遅延以上のものはありません。投薬による治療は効果が薄く、副作用が強いために木綿季くんの身体には負荷が強すぎることから使用は早々に断念していました」

 

 ナーヴギアやアミュスフィアと比べることすら億劫になる巨大な装置。それがメディキュボイドであることは見るに明らかで、今までユウキはあれを付けて過ごしてきたのだろうと漠然と頭の中で想像した。

 

 先生は抑揚を僅かに上げて言葉を続ける。

 

「今までにも何度か病の急変は起こっていましたが、木綿季くんは何とかそれらを乗り越えてきました。この時点でも、私は『奇跡』と評していいと……実際に奇跡だったと思っていました」

 

 明日奈の視線は真っ直ぐに無菌室のベッドへと向けられていて。

 その上で、顔をさらけ出した状態で静かに深呼吸を繰り返し眠っている細々とした少女を見つめる。

 

「────あの日。一時は心臓が停止するまで追い込まれた彼女は手の施しようのないほどに弱りきっていて……息を引き取るまでは時間の問題だったのです────いえ、そうでなければ説明がつかない状態だったのですよ」

 

『あの日』……それがいつを指しているのか、考えるまでもない。

 

 だってそれは、つい二日前なのだから。

 

「明日奈さんが木綿季くんに会うために面会室にあるフルダイブ機器から彼女がいる世界……ALOにログインしてから、10分に満たない程のことです。木綿季くんの心拍数が劇的に向上しました。それはもう、有り得ないほどに正常値へと」

 

 今にも途絶えそうだった心拍数が、血圧が……生命機能の全てが、正常値へと戻ったのだと。

 そう語る先生は嬉しそうに、そして興奮したように笑みを僅かに浮かべているが、対照的に俺たちの顔色は笑顔には決してならない。

 

「目を疑いました。また一時的なものなのかとも思いました。しかし、明日奈さんが戻ってきてからも数値は下がる様子を見せなかった。私達はすぐに木綿季くんの身体から血液サンプルを採取して調べました」

 

「……どう、だったんですか……?」

 

「────完治していたのです」

 

 微かに漏れ出たに過ぎない明日奈の問いかけに、その先生は答える。

 それは有り得ないことだった。

 

 信じられない……そう続ける先生。

 

「先程も言った通り、木綿季くんのAIDSは現代医学では治療不可能な段階まで進行していました。それが、ものの一時間程で、急激に、劇的に……回復したのです」

 

 ────正しく『奇跡』。

 

 そう断言した先生はペラペラと言葉を発していくけれど、俺はあまり聞き取ることができなかった。

 呆然と見つめる先に眠る一人の少女。俺自身、リアルで見るのは初めてで、あの子がユウキの現実の姿……紺野木綿季なのだ。

 

「先生」

 

 けれど、俺がここに来た目的はユウキの無事を確認することだけでは無いから。

 向き合わねばならない時が来たからこそ、俺は短く、はっきりと先生に尋ねなければならない。

 

 先生によるスピーチも終わりごろだったのだろう。ピタリと口を閉ざした彼は続くであろう俺の言葉を静かに待つ。俺の視線は依然ユウキへと向けられている。その態度が既に逃げているようにも思えてしまって、ここまで来ても俺は目を背けるのかと嫌気が差した。

 

「雨宮零は────生きてるんですか?」

 

 無事ですか……とは聞けない。もうそういう領域では無いことは、微かに覚えているあの日の記憶で分かっている。

 

 あの日……ユウキが死の間際に立たされ、そして驚異的な回復を見せた日。

 シノンの部屋でレインが刺された。

 

 犯人の名前は新川恭二。GGOで起きた死銃事件の主犯格である赤目のザザ……新川昌一の実の弟らしい。

 犯行に使われた凶器は例に漏れず、死銃……筋弛緩剤。それも、かなり強力なもので彼の殺意が如実に現れていた。

 

 先日、警察関係者から聞かされた話では、新川恭二はシノン……朝田詩乃に並々ならない感情を抱いていた。対する詩乃は、新川恭二とは面識が無いらしい。詩乃はその情報を話したきり、部屋に引きこもってしまったが。

 

 詩乃の部屋にマスターキーを使い予め潜伏していた恭二は、詩乃の家に訪ねていた零が油断したタイミングで犯行を始める。状況証拠を見るに、恭二の頬は大きく腫れていたために刺された直後に零が恭二を殴り飛ばし気絶させたと見ている。

 

 しかし、死銃は零の身体を貫いてしまった。

 

 そこまでが、俺がたどり着いた時にすでに起きていた事件。その先を俺は知らなければならなかった。

 

 零はこの病院に運ばれた訳では無い。最も近かった別の病院へと緊急搬送された。らしい。

 ならばなぜ、俺がユウキの主治医と言える人の元へと訪ねたのか……それは、この方も零の治療に一枚噛んでいるそうだ。

 

 本来そういった治療は専門外であろうこの人が何故呼び出され、何故零の治療に参加したのかは全く分からないけれど、そんなことを考えている時間が勿体無いし必要ない。

 

 必要なのは、あいつが生きているのか否か、それだけだ。

 

 先生は一度息を吸い、もう一度吐いてから姿勢を正した……ように思えた。実際は俺の視線はそちらに向けられていないから、僅かに聞こえてくる服の擦れる音でしか判断できないけれど。

 

「……希望を持たせることほど酷な事は無いでしょう。はっきりと言います」

 

「「っ……」」

 

 分かっていた。

 そんなこと、言われなくても分かっていたんだ。

 希望なんて持ってはいけないし、奇跡なんて起こるはずがないと理解していた。

 

 けれど、心の奥底で燻る「もしも」が小さく輝いてしまっていたから。

 答えを聞く前に嗚咽が小さく漏れだした明日奈に気付かないふりをする。

 

「先日、雨宮零さんの死亡が確認されました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

「何、泣いてんのお前?」

 

 小さく蹲った詩乃の鼓膜を、聞き慣れた大切な人の声が揺らしてくる。

 

「どしたん、話聞こか? いやぁ、俺だったらそんなこと絶対しないけどな〜」

 

 いつものように巫山戯て、よく分からないことだったり調子のいいことばかり言ってくる、この世界で一番気の許せる大切な友達……いや、大切な人と言っておこう。

 

 身体を縮こませて折り畳めて、三角座りのようにして顔を埋めて。

 

「……まじで大丈夫か? え、俺なんかした??」

 

 ゆっくりと、何時間かぶりに腕から目を離して顔を僅かにあげる。

 そこに居たのはやっぱり彼女の思い描いていた人物で、今最もそばに居て欲しい人。

 

 居るはずのない、私を守って……私のせいで死んだ人。

 

「ねぇ」

 

 久しぶりに出した声は思いのほか枯れていなかった。水分を取ったのはいつだっただろうか。けど、関係ないだろう。

 

 だってここは、現実じゃないんだから。

 

「次、その顔で、その目で、その姿で、その声で話したのなら────殺すわよ」

 

「────ほう、初見で見破るか」

 

 真っ白い、無限にも感じる空間で二人。彼女と、雨宮零の姿をした誰かが睨み合う。

 自分でも驚く程に殺意を抱いていた。こんな低い声が出せるんだなと思ったり。

 

 相も変わらず、雨宮の身体で、声で話し続けるその男に怒りが高まり、いつの間にか握っていた拳銃を向けて引き金を引く。

 

「なるほど。まぁ、そういうこともあるだろう」

 

 銃の世界で聞き慣れてしまった発砲音と衝撃、そして火薬の舞う匂い。

 耳をキーンと響かせる音に僅かに瞬きをして、銃弾がその男の正面で回転したまま停止していることに歯ぎしりをする。

 

 そんな詩乃とは対照的に冷静に分析しているような様子を見せる男は、零の声で、彼とは全く違う話し方と抑揚で声を重ねていく。

 

「ここが何処かは……以前にも経験がある君には説明不要だろう。尤も、理解はしていないだろうがこの空間の理解など必要でもなんでもないからね」

 

「口を閉じて。次こそ殺す」

 

「生憎と私は既に死人ではあるんだがね。君の言う「死」を今の私が受けるのは……いや、そうか。君になら可能なのか。まあそれも、私が何もせず受け入れた場合に限るが」

 

 二度重なるように放たれた銃弾は、止まることなくその男の体をすり抜けていく。

 依然として佇むその男に鋭く舌を弾く。透かしたように鼻で笑う男にさらに殺意が迸っていく。

 

「雨宮零くんは死亡した」

 

「────」

 

 死なないと約束したはずの彼が。

 ずっとそばに居ると誓った相手が。

 

 たった一つの消失は、弱き少女には耐えられるものでは────

 

「私のせいで雨宮くんは死んだ」

 

「そうだ」

 

「知ってる。そんなのは……知ってるの」

 

 生きる気力を無くした少女は一人言葉を紡ぐ。

 過去に犯した大罪。それを遥かに上回る罪の意識が心を澱む。

 

 唯一無二の大切な人。

 彼を失った幼き少女は世界に一人、孤立したように座り込む。

 

「君は雨宮くんが生きていると確信しているな」

 

 その様子を冷徹に見下ろす男は淡々と言葉を紡ぐ。

 詩乃はその言葉に対して反応することなく座ったまま。

 

「本当に、彼の記憶の中の人物像とは掛け離れた存在になっているようだ。これに関しては彼の失態でもあるだろうね」

 

 心臓の鼓動を感じないことに今更ながらに気付いた詩乃は改めてこの空間を見渡す。

 何も無い、真っ白な空間。

 

「────幸せになりたいのなら、オーグマーを装着しろ」

 

「──」

 

「しかし、抗いたいのなら事が起きるまで大人しく部屋に閉じこもっている事だ」

 

 この選択が、全てを変える。

 

 そう告げた男は、いつか見たような白衣の姿を取り戻し、顔だけがボヤけた状態で詩乃を見下ろす。

 

 特に驚くでもなく、質問がある訳でもなく、詩乃は顔を上げて男を見やる。

 

「────次は殺す」

 

「ふ────期待している」

 

 

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