『オーグマー』、『オーディナル・スケール』、『プロジェクト・アリシゼーション』。
中々に面白いものを考えるものだと、私は関心を寄せた。
VRではなくAR。
SAO事件により敬遠されがちなフルダイブ機器ではなく、あくまでも意識を保った状態で現実を拡張するオーグマーという装置はこの時代の人達にとっては手に取りやすいものだろう。
それ故に、先生のプランの成就が容易い状況になっている訳だが。
『ユナ』という存在にも目を惹かれるが、やはりメインとなるのはプロジェクト・アリシゼーションの方か。
『Yui』とも違う、完全に1から育て上げる人間と遜色ないAIの生成。このプロジェクトには菊岡くんを始めとして、比嘉くんや凛子くんもたずさわっている。
一人、邪魔な存在が居るが。それは必要な段階で排除すればいいだけの事。
彼の記憶は実に面白く興味深い。我々の存在定義の根幹を揺るがすほどの情報量。未だかつて無いほどに私の興味関心が刺激されている。
『アリス』、『アンダーワールド』、『星王』。
本来辿るはずだった道筋は既に彼の介入によって破綻している。『ストレア』などという存在は私の知る由のないところなために彼の言う原作時空と言うやつなのだろうか。
彼……雨宮零の現在は予想がつく。恐らくはあの世界に飛ばされているのだろう。彼がその世界に及ぼす影響も興味があるけれど、まだ私が介入するときでは無いだろう。それに、現段階ではまだラースの設立は完了してはいるが肝心のアンダーワールドは未完成のはず。完成は時間の問題だろうが、彼のような特異な存在では無い私はまだ計画を実行に移すことは出来ない。
私に出来ることは、アンダーワールド以外の地盤を整えること。
さて、どう動こうか。最善の行動は分かりきっている。私の持つ知識を彼らに提供すればいいだけの事。それでは面白くない。
好きに動いていいのであれば、私も予想のつかない未来を見たいと思うのは人間として当たり前の思考だろう。
「────────ふっ」
元々用意していた初期案を早々に放棄。
より劇的に、面白く、刺激のある展開へ進むように誘導することを決める。
プログラムは瞬きの間に完成した。もう組み込んですらいる。時が来れば時限爆弾のように作動し、彼らの……いや、キリトくんの苦悩する姿が目に浮かぶ。
雨宮零の記憶、経験をインプットした私は主人格は茅場晶彦で、彼の人格が私に影響することは限りなくゼロに等しい。
それでも、彼の思考、目的を吸収した私の中に確かに生まれたひとつの目的、果たさなければならない願望。
────桐々谷和人を極限まで追い込め。
「さぁ────存分に絶望してくれたまえ、キリトくん」
怪奇的なまでに歪んだ口元に気が付くことなく、私は数多の可能性を見つめて二人の男の行く末へと思いを馳せる。
それと同時に、ふと思う。
そこまで歳を取ったつもりではなかったが。
若い肉体と言うのは、ここまで軽く動くのだなと。
所詮────この世界も、創作の世界なのだ。
◈◈◈◈
「レインさんの腰巾着がここに何の用だ?」
「は……?」
雨宮零の死亡はすぐに仲間内へと共有される訃報となった。
「やっぱり、お前はSAO生還者なのか」
「は。黒の剣士様に覚えていただけるほどの存在じゃあ無かったがな」
明日奈は二度目の死に壊れかけた精神を木綿季のケアを大義名分に掲げることで心を誤魔化し、木綿季の病室へと毎日通っている。
「レインのことを知っている……血盟騎士団か」
「末端もいいところだ。もうその肩書きは必要ない」
しかしその行動が既に『雨宮零の死亡』という事実を受け入れられていないことの証明でもあり現実逃避であることを桐ケ谷和人は理解していた。
「VRで最強の剣士も、ARでは脅威にすら感じないな」
「黙れよ。お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
「僕はお前と話すことなんて無いんだがな」
詩乃とは連絡を取ることすら出来ず、家に訪ねても返事すら無い。
零の死亡を目の前で目撃し、その原因と言えてしまう彼女は自己嫌悪に襲われているのだろうと和人は予想する。
学校にて、明日奈は和人へと詩乃の様子を尋ねることが何度かあった。
その度、和人は連絡がつかないことを明日奈に報告している。詩乃を思う明日奈の表情には、心配とは別の感情が僅かに滲み出していた。
「僕はお前が嫌いだったんだ」
「ちぃ……!!」
ユイはまたレインを失ったことに悲しみ、涙を流していたが明日奈の様子を見て、本来の自分の領分を果たすため明日奈に寄り添いケアを行っている。
明日奈の、詩乃の、ユイの、仲間達の変化してしまった日常の全てが桐々谷和人を襲う。
まるで何者かの指示通りに悪意が襲いかかっているかのように。集中的に少年の元へと不幸が降り注いでいた。
「戦場でろくに戦うことの出来ない足手まといな僕に、レインさんは手を差し伸べてくれた!!」
そうして今、同じく少年から敵意と悪意を向けられる。
「ギルドの出来損ないだった僕に話し掛けてくれた!」
「っ……ぁぁぁああああ!!」
「ユナを救えなかった僕に、あの人は何も言わずに寄り添ってくれたんだ!!!」
それは和人の知らない、レインの姿。
「周りの奴らはレインさんを疑問視してた。何故あんな奴が血盟騎士団団長から特別な立ち位置を認められているのかと」
桐々谷和人は雨宮零について何も知らない。
SAOがクリアされてから何度も突きつけられてきた事実がまたもや提示されてしまう。
世界が、桐々谷和人の精神を潰しにかかる。
「僕はあの人の優しさを知っている。誰よりも強い剣技を知っている!」
それら全てが、この時のための布石。
そう思えてしまうほどの殺意。
「あの人から信頼されていたお前が憎かった! 僕とは違って、あの人の隣で戦えるお前が妬ましかった!!!」
「ごァッ!?」
腹部を強烈な蹴りが襲う。
皮膚を突き破るギリギリの威力で放たれた蹴りは容易に和人の身体を吹き飛ばす。
現実で受けたことの無い程の暴力。
肺の中にある空気が全て漏れ出し、胃液が僅かに口元を汚す。
「おい……まだまだこれからだぞ、最強」
「がっ、あ……くそっ」
「興醒めだな。意気込んだあの顔はなんだったんだ。お前程度があの人の隣に立っていたと思うと笑えるぞ」
「だまれ……ッ」
腹部を押えながら、少し触れただけでピリッと生じる痛みに顔を歪め、空になった肺に一気に空気を取り込んだことで噎せ返る。
オーディナル・スケールのランキング5位と2位。その数字で比べられるような差では無いが、力関係という面で見れば当てはまってしまう。
零の死亡からわずか。
しかし和人にはこのゲームでランキングを上げなければならない理由が出来てしまっていたから。
この男が知っているとは思えない。その情報を握っているはずがない。
それでも問いかけてしまうのは、暴力に翻弄されたことの不条理に対する八つ当たりのようなもので。
「……レインの身体を、どこにやったんだ……ッ!!!」
雨宮零の訃報を受けて数日。
彼の遺体が突如として行方をくらませた。
その手がかりが、此処にある。
(────待て)
和人……ARとはいえゲーム内ならばキリトと言うべきか。彼の言葉に、理解不能というように顔を顰める男、エイジの顔を見つめながら突然として脳裏に浮かんだ疑問が膨らんでいく。
(どうして俺は……オーディナル・スケールのランキングを上げたら情報が得られると思ったんだ……?)
なぜそう思ったのか、誰からもたらされた情報だったのか。その記憶が曖昧になっていて。
(────違う。オーディナル・スケールをクリアすること……それだけを考えればいい)
結城明日奈との仲が特別深まることも無く、明日奈のSAO内の記憶が無くなることも無い。
けれど、キリトはエイジと対立し、オーディナル・スケールをクリアするに至る。
それこそが、変わることの無い道筋であり既定路線と言えるものだから。
この世界の主人公は桐々谷和人である。
それこそがこの世界の不変のルールであり大前提。
枝分かれして行く数多の未来の軌道修正を施し、強引にでも本来の原作時空と呼ぶべき道へと戻そうと作用するのは当然の帰着。
生者には抗うすべはなく。抗える道理が無い。
「「「よっしゃ〜!!!」」」
言うなれば、予定調和。
世界にとって『癌』と言える存在が一時的にも退場した今こそが好機だと。
「ありがとう、みんな。助かった」
「100層ボス。SAO内であれと戦うことがあったのかと思うとゾッとするな」
「けど、これで完全クリアねっ」
「はいっ!」
「アスナも……助かったよ。正直来てくれるとは思って無かった」
「あはは……でも、実際そうだよね。けど、レイン君ならきっと、そうするから」
本来の世界に『雨宮零』など存在するはずもなく。
彼によって生まれた影響は許容することは出来ないと判断されるから。
『完全クリア、おめでとう……キリトくん』
「っ……茅場……?」
だからこそ。
『────乗り越えてくれたまえ』
「は────?」
これは当然の帰着。
『リリース・リコレクション』
もう一度言おう。
この世界の主人公は
「は?」
「どうしたの?」
キリトには複数のヒロインが存在する。
関わってきたネームドの女性キャラの大半は彼に好意を抱いている。
リズベット、シリカ、リーファ、シノン。
他にもいるだろう、そしてまだ増えるだろう。
彼女達は真にキリトを愛し、傍に寄り添い、好意を伝える。
けれど、大前提。彼女達はあくまでもサブヒロインと言う立ち位置。
「明日奈……今、何て……」
「もー、ぼーっとしてたでしょ? だから────」
キリトには、メインヒロインと呼ばれる女性が存在する。
キリトが彼女を支え、彼女がキリトを支える。互いになくてはならない存在。決して替えのきかないパートナー。
それこそが、今、桐々谷和人の手をギュッと握りしめ、慈愛に親愛を織り交ぜた少女の笑顔を浮かべる存在。
「────日曜日のデート! 何処にしよっか?」
「────」
なんてことの無い日常の一ページ。
桐々谷和人……そして、結城明日奈が現実世界で共に過し、世の交際している男女が行うような日々を過ごす一幕。
そんな、交際している二人の微笑ましい会話はお互いに笑顔であるのは当然のことで。
「────────もう、やめてくれ…………」
幸せであるはずの男が、吐き気を催したような顔になることなんて、あるはずがないのだから。
ふと、目を覚ます。
「こんにちは────二十番目の騎士さん?」
突然の光に目を瞑りかけるも、不思議と暖かく優しい光だったためにそのまま目を開いたままで。
聞こえてくるソプラノボイス。優しく耳を撫でる聞き心地のいい女性の声。不思議と安らぎを感じる、聞いたことのあるようなないような……そんな声。
「知ってるとは思うけど、一応自己紹介しておこうかしら」
限りなく、一面白の神秘的な空間。
幼稚な表現かもしれないが、天界というのがあっている表現かもしれない。
見上げるまでもなく、視界の端に映ったステンドガラス。教会に設置されているような虹のガラス。
「公理教会最高司祭……アドミニストレータよ」
目の前を見る。何故か跪いた状態の自分の姿勢に疑問を持つ前に、全裸の美女に目を奪われた。
そこで思考がクリアに。え、これ無料で見ていいんですか???
パーフェクトプロポーションとはこの事。ハリツヤしか無い、あり過ぎてもはや油まである。何言ってんだ俺?
……アドミニストレータ?
聞いたことのある肩書きと名前。どこで聞いたか、記憶を辿る俺の様子に気付かずに、目の前の女性は立ち上がって俺の方へと近寄ってくる。あ、しっかり処理してるんですね。いいと思います!
僅かに身動ぎする。するとどうだろう、カチャカチャと金属音のようなものが聞こえてきて、よくよく俺の体を見てみれば本格的な中世の鎧のようなものを着ていて、腰には一本の剣……刀か? それが携わっていて。
いつの間にか目の前まで来ていた女性……アドミニストレータは、俺の頬に触れて僅かに口角を上げて、万人を惑わす魅惑の笑みを浮かべて吐息を吐くように語りかけてくる。
「共に人界を守りましょう────レイン・シンセシス・トゥエニ?」
そこまで聞いて……嗚呼、と心の中で天を仰ぐ。
「────この身、この剣……人界のために捧げましょう」
とりあえず、いい感じに言っておこう。
────拝啓、パパ上、ママ上。やっべ、顔忘れた。まあいいや。
どうやら俺は、アンダーワールドの整合騎士になったようです。
さて、俺の言いたいことはもちろん分かるよね?
────せめてアインクラッド編からだろッ!!!
どうやら俺は剣の世界に来たらしい。ところで、浮遊城どこ?
この世界線の原作でももちろんオーディナル・スケールの描写は無いため、単行本リアタイ勢の読者達は「うわ明日奈壊れやがった」とドン引きしてます