キリト君は青春謳歌中
笑えるくらい娯楽が無いので人と話そうと思う
「アスナの好きな人……? キリトでしょ。何、嫌味?」
気持ち悪い。
「SAOからずっとそうじゃねぇか。どうしたんだお前? 遠回しに彼女自慢か?」
気持ち悪い、気持ち悪い。
「……ええっと、ごめんね?」
そんな目で俺を見るなよ。
お前は俺に恋愛的な好意なんて向けたことないだろ。
どうしてそんなに俺に触れようとするんだ。手を握るな、寄り添うな。それをするのは俺じゃないはずだろ。
「レインって────誰のこと?」
なんで。
なんで、なんでなんでなんでなんで。
なんで……俺の記憶を改竄しなかったんだ、茅場。
差し出された彼女の手を、俺は力なく取る。
もう何もかもが、どうでもいい。
「キリトも……にいちゃんのこと、忘れちゃったの……?」
「ゆ、うき……」
やめろ。
もう、俺に希望を抱かせるのはやめてくれ。
俺の記憶が改竄されていて、周りが正常……それでいいじゃないか。
「キリトお兄さん」
やめろよ。
『パパ』って呼べよ……なんで、俺の知ってる呼び方で俺を呼ぶんだよ。
「ママも、リズベットさんやシリカさん、エギルさんにクラインさん、リーファさんまで……皆さんの記憶が何者かにより改竄されています!! パパの存在が皆さんの記憶から消えていて空いた穴を埋めるような捏造された記憶が」
「もう、いい……」
「っ……キリト、お兄さん……?」
「ごめんな、ユイ────俺、疲れたんだ」
ああ。やっと分かった。
どんな逆境でも、修羅場でも、地獄でも。俺は諦めずに立ち向かってきたけれど。それは最適解じゃ無かったんだ。
────諦める。ただそれだけでこんなにも晴れやかな気持ちになるんだから。
「────────ははっ」
俺は、桐々谷和人。剣士、キリト。
SAOの英雄で……明日奈のパートナーだ。
それで……いいんだ。
それで……いいはずなんだ。
いいはず、なのに。
「え……」
どうして俺は、差し出された明日奈の手を振り払ったのだろうか。
気持ち悪い、気持ち悪い。
何もかもが、気持ち悪い。
諦めさせてくれない周りが気持ち悪い。
それ以上に、立ち上がろうとする自分自身が……気持ち悪い。
◈◈◈◈◈
こんちゃー。雨宮零改め、レイン・シンセシス・トゥエニでっす!
目が覚めたら目の前に裸の美女がいて驚いてたらまさかのアドミニストレータでした。いやここSAOの世界なのかよ、なんでアンダーワールド? 終盤にも程がある。どうせならキリトとかと絡みたかったのに。
アスナいいよね。見た目最高だし、家事できるし料理美味しいとか最高か? 惚れられてるキリトが羨ましいぜ! その席交換してくれない? え、いいよ? なんで???
シリカエルにも会いたかったけど。あの子いいよね、あんなにいい子なのに手出したら犯罪の年齢してるからヒロインレースに乗れないし一瞬でモブ扱いされてるんだから。
さてさて。この世界、アンダーワールドで目覚めてから十年ほどが経過しましたが何も変化はありません。肉体の老化が止まってるね。やったね、永遠の16歳だ! 実は18歳くらいの肉体までは成長したけどそこから止まったから多分全盛期を維持してくれるシステムでもあるんだろうね。
はい、十年経過しましたよ?
いや、ながっ。原作まだまだ先なんですけど?? アリスちゃんどこですか?
「知らないわよ、そんなの」
「なんでだよ。この世界の管理者権限半分ぐらい持ってるだろ。ちゃちゃっと調べてくれよアド」
「調べても居なかったから言ってるのよ。未来予知なんて出来るわけないでしょ。そんなシステムこの世界にはありませんもの」
「使えな」
「管理者権限で殺すわよ?」
「すみませんでした」
この世界に来てから一週間ぐらいは律儀に着ていた鎧はもう何年も着てない。動きにくい、重い、煩い。いい所なし。
「アリスアリスアリスアリスってうるっっっさいわね。その名前聞きすぎて私がアリスなんじゃないかって思っちゃうでしょ」
「それはアドの脳が老化して……おっほ……」
「女性に年齢関連の話はしないこと。ファナティオから学ばなかったのかしら?」
自動迎撃システムが反応した。怖い怖い、今本気で殺そうとしたよねこの人。遠慮して?
油断してたらすぐこれだ。なんか光ったなと思ったら横の壁ぶっ壊れてるし。ええ、あれってほぼ破壊不能オブジェクトじゃなかったっけ……?
はい。アドって俺が言っている相手は目の前にいらっしゃる最高司祭様です。出会った当初はロールプレイングしてるなこいつって感じに神々しい姿を演じてたのに、今では俺の前限定だがだらけきっている。服は着てるけど。
「その姿。他の騎士が見たら発狂しそうなんだけど。デュソルバートさんとか」
「いい歳した大人がこんなことで狂うはずないでしょうに。あなた以外に見せる予定なんてないし」
「全然可愛くないぞ」
おっと、システムの反応を掻い潜って俺の頬を斬り裂いて来たぞこの人。なんでもない時間の時だけ簡単にシステム超越するのやめてください。
「普通に痛っ」
「罰よ、罰。腕飛ばさなかったんだから感謝して欲しいわね」
なんか怖いこと言ってるぞこの人。
「アリスも居ないし、貴方の言う主人公君も来ないし。あと何年後の話になるのやら」
やめて? もう十年経ってるから原作知識結構薄まってきてて多分キリトが来た頃には流れしか分からないとかいうパターンなの自明すぎるから。
アリスって原作通りキリトとユージオが公理教会に殴り込むとしたらその時ってだいたい15歳とかそんなもんだったっけか? 長いって。まだ生まれてもないでしょあの子。あと十年以上確定してるの泣きそう。
唯一の救いは肉体が衰えないからこそ精神年齢も止まってるってとこか。さすがに見た目青年中身おっさんはキツイだろ。恋愛したいよ俺も。アドは恋愛的には見れないからごめんなさい。
え、なに? いきなり時間飛ばしすぎ? 何があったのか教えろ?
えぇ……別に語るようなことないし、面白くもないけどな。まあいいか。
てなわけで、急だけど過去回想とシャレこもうじゃぁないか!
「顔が煩い」
「黙らっしゃい」
状況を整理しよう。
目が覚めたらアンダーワールドだった。うん、もう分からない。けど無視して進めよう。
初めに見えたのは全裸の美女。うん、最高。けど一旦置いといて進めよう。
何故か既に整合騎士として名を連ねていた、というか召喚(笑)直後に目覚めたようだ。うん、スリーアウトコールド負けです。
あ、どもども。レインって言います。いやぁ、本名は雨宮零なんだけどね、何故か俺がよく使ってたアバターネーム採用されてて驚キリトですわ。
「お前さんが今日召喚された整合騎士かい」
「どもども」
「おっ、今までのやつらと違ってノリが良さそうなやつだなぁ!」
騎士服を着ることなく、浴衣を羽織ってケタケタと笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてくる大柄の男はベルクーリさん。整合騎士の団長だ。
ラスボス様の手前、騎士の振る舞い(俺調べ)をしたけど、やっぱり性にあわないね。アドミニストレータが怖かった訳では無いですよ? 本当だからね?
というわけで初日にして素で振る舞うことが確定しました。騎士団長はお気に召したようだ。めっちゃ背中痛い。叩かれるならファナティオさんが良かった。
ひょろっちぃなぁ! と次は頭をガシガシ乱雑に撫で回してくる。孫か。いや年齢差的にそうだけども。
「俺はベルクーリだ。お前は?」
「レイン・シンセシス・トゥエニっす」
「レインか。よし、酒呑むぞ!」
「展開早すぎだろこの人」
トゥエニ……今更ながらその名前に思考を寄せる。
二十番目の整合騎士。新たな騎士として割り込んだのか成り代わったのか。二十番目の騎士の描写はなかった気がするけど、その人の代わりに俺が入ったのだろうか。アリスは確か三十番目、その地位が揺らぐことは無いだろうからあと十人、エルドリエを入れれば十一人か。ながっ。
「がぁぁぁぁ……がぁぁぁぁ……」
ベルクーリさん……ベルさんと言っておこう。
ベルさんとの飲み会はだいたい三時間呑みっぱなしで続いた。で、目の前には顔真っ赤でいびきをするただのおっさんの姿。
初めて酒を飲んだけれど、俺は全くと言っていいほど酔うことがなかった。気分が上がる訳でもないし視界が揺らぐこともない、火照ることもない。そういう機能でもついているのだろうか、お酒で気分良くなってみたかったために少し残念だ。というか素面でこの相手しなきゃならんのか。
酔っ払いの後始末をしなければと思ったけれど良く考えればここはベルさんに宛てがわれた部屋だし放置して問題ないなと思い至り、瓶に残っていた酒を飲み干してから部屋を出た。んー、あんま美味しくないな。苦い水飲んでる感覚。
無駄にでかく無駄に螺旋状の廊下を歩く。そして腰に携わったままの刀の柄に手を添える。
不思議と馴染む感触。触れたことの無いはずなのに懐かしく、何度も使ってきたような、そんな説明できない感覚。
それはそうか。剣なんて無縁の俺が剣の世界に転移させられて。しかもいきなり戦地に投入されそうな整合騎士になっていて剣技が素人ならば即死物だろう。流石にこれは転生特典だろう。まだ扱ってはいないけれど、何となく使い方が分かる気がする。
「貴方が新しい整合騎士か?」
ベルさんに初めに尋ねられたことと同じ内容なのに、言い方の棘というか圧というか。女性の鋭い声ってちょっと怖いよね。何もしてないのに謝りそう。
「ファナティオ・シンセシス・ツー。よろしく頼むわ」
「レイン・シンセシス・トゥエニです。ある程度化粧品使った方がいいですよ」
「は?」
怖っ。ごめんやん。
他の騎士の何人かとも交流を重ね、一週間ほど。
俺の中で燻っていた問題は、アドミニストレータについてである。
彼女はこの世界の神と言っても良い力を有し、システム権限も半分以上を有している。元老院システムを始めとした、この世界を監視、管理する力を持っている猊下にとって、俺という存在は特異なものであり興味深い存在なのだろう。
まるで全てを見通すかのような目。チュデルキンとかいう二頭身から異常なまでの好意を向けられている可哀想な人。それは関係ないか。
それはさておき。魔王とも神とも言えるような存在に、俺は正体を隠さなければならないのだ。
その苦労、難易度を考え、対策を考えに考えた俺は、
「────リアルワールドの、更に向こう?」
隠すのが面倒臭いので普通に話した。
「俺が目覚めたのは、召喚(笑)の茶番をしていた時です。それ以前のこの身体の記憶は有りませんが、向こうで過ごした記憶は薄らと残っています」
「シンセサイズを知っている……いや、それは……そもそも貴方の身体はこの世界で生まれた、正真正銘この世界の人間のもののはず。それがどうして、なぜ……いや、まさか……」
やっぱり。この身体は元々この世界を生きた存在のようだ。ただ、そこに俺が憑依した、というにはこの身体は俺と酷似しすぎている。というか同じ肉体だ。見た目も、体格も。
顎に手を添え、「今私は考え事をしています」ということが分かる格好のアドミニストレータ猊下は相も変わらず服を着ていない。おい髪の毛、前を隠すなよ邪魔。
では、質問。とアドミニストレータから声がかけられる。
「あなたはこの世界についてどれだけ知っている?」
「『世界』については詳しくは知りませんが、成り立ちやシステムは大まか理解しています。アドミニストレータ猊下……クィネラについても」
「ほう……」
「あとはこの世界が辿るであろう未来。貴女の最期。俺の知っている道筋ならば」
「いいわ。信じます」
あっけらかんと、そう言うアドミニストレータ。
正直驚いた。彼女ならば言葉だけでは疑いにかかり、しかし可能性があるために俺の記憶を覗きみようとすると踏んでいたのに。
目を丸くした俺の顔を見たのか、少し笑うアドミニストレータは芸術のような姿で。相変わらずふさふさを見せてくれない。下は見えてるのに。逆では?
「貴方と敵対するつもりは無いもの。それを今、確信した」
「善良な一般市民ですが???」
俺のどこが危険なのか。転生特典か何かですか?
「こちらの被害が大きすぎる。それでも、今の貴方になら私が勝つ。だから取引よ」
足を組みかえたアドミニストレータ。ブラックホールが目に焼き付く。もう何も興奮しません。嘘です、ちょっと反応しました。
「恐らく貴方に禁忌目録は適用されないでしょう。だから、貴方には私の刀になってもらいます」
「え、ソードゴーレム?」
「……あはっ。その計画も知っているのね。いいえ、そういう意味じゃないの。貴方には私の命令を聞いてもらいます。と言っても、強制では無いわ。貴方の担当する統括地域をこの世界全域に設定し、遊撃手として向かってもらう。それ以外は自由にしてもらって構わない」
「あー。なるほど?」
分からん。
まあいいや。俺がこの人に知略で勝てるわけないし、強引に記憶いじられて従わされるよりはマシだろ。
「じゃあ、アドで」
「? ……もしかして私の事?」
不思議そうに、少女のように目を丸くした彼女の姿。
「……ふふっ。良いわ、そう呼んでちょうだい……レイン?」
さてと。どこまで情報共有しようか。どうせ全部話すんだろうけど。
初手でラスボス側に付いた俺。原作開始したらキリトに殺されるんじゃね? せめてアスナ見たいよォ。
さて、改めて。
アンダーワールド全域統括、整合騎士。レイン・シンセシス・トゥエニ。
とりあえず、ビジネスの関係でしかないこの騎士団の関係を取り持っていこうと思います。
「……ねぇ、坊や。私の神器で何をしているのかしら?」
「生ゴミ焼いてましたおいおいおい馬鹿でかいエレメント生成するのやめて?」
「二十番!!! あのお方のお気に入りだからといって調子に乗るんじゃないんでぶべらっ!?」
「身長伸ばしたら?」
「あんた!! 私の弟になりなさい!!」
「ならねぇよ馬鹿か」
「……あの、あなたは騎士様ですか……?」
「うん……レインだ。よろしく────アリス?」