私を救ってくれたのはキリトくん。
『くっ付くな馬鹿。キリトにやれキリトに』
独り彷徨っていた私と共に生きてくれた愛する人はキリトくん。
『ごめん、めっちゃ今更なんだけどなんで俺ら同棲してんの??』
ユイちゃんは、私とキリトくんの娘で。
『ママ、パパ、キリトお兄さん!』
鳥籠に囚われた私を救いに来てくれたのも彼。
『────エンハンス・アーマメント』
────分からない、分からない。
私はキリトくんを愛しているはずなのに。キリトくんと共に生きると誓ったはずなのに。
彼と過ごした日々を鮮明に思い出せるのに。
「ヤバいです!! 桐ヶ谷くんのフラクトライトが焼き切れます!」
愛する人を探して、ここまで来たのに。
「明日奈さんはこっちに!!」
分からない、分からない。
私がキリトくんに抱いているこの感情がなんなのか、私には分からない。
愛のはずだ、恋のはずだ。私は、キリトくんに恋愛感情を抱いているはずだから……抱いていなければならないのだから。
『兄ちゃん……レインのこと……忘れちゃったのかよぉ……』
分からない。
『ママ、パパのこと……いえ、なんでもありません』
分からない。
ユウキとユイちゃんが何を言っているのか、私には分からない。
懐かしい気持ちにも、既視感も、何も感じない。
ただ、何故だろうか。
その人の名前を知らないということが、酷く悲しいことに思えてしまう。
喪失感も、何かが欠如しているとも思わないのに。
ただただ、悲しいと思ってしまった。
『────私は、貴女に期待しているのよ』
誰の言葉だろうか。
知りたいと思った男の声が聞こえた。
囁くような女の声が聞こえた。
分からない、分からない。
私には、何も分からない。
『貴女の行動次第よ────
私には、もう────なにも、分からない。
◇◇◇◇
「叛逆者を処刑するべきです」
「ダメだ。許可しない」
「承知しました」
「「「うっわぁ……」」」
仲良い人の前で上司ムーブはキツすぎる。どうもレイン・シンセシス・トゥエニです。
「レイン、お前……」
「坊や、貴方……」
「あんた……」
「言葉を失うな。泣きそうになるでしょうが」
「「「正直、気持ち悪い」」」
「やっぱ叛逆者殺すか」
「八つ当たり極まってるわね」
アドがこの世界から消えてから半日。
壁を破壊して床を壊して斬りまくっての痕跡は既に自動修復により影も残っていない。
日も沈み、人界にある家屋の窓から漏れ出る灯りを天から見下ろせばそれは一種の芸術作品に見えるほどで。
これからの人界についての会議を開く小さなこの空間の空気とは真逆の景色だった。
緊急会議ということで、この場に集めたのは主要な整合騎士数名。エントキアは警備のため果ての山脈に置き、ネルギウスはこちらへと帰還させたために参加させている。
ここにいるのは俺、イーディス、ベルさん、ファナティオさん、ネルギウス、デュソルバートさん。
そして、俺の膝を枕にして眠ったままのアリス。
ちなみにキリトはこの場にいたらカオスになりそうなので廊下に捨てておいた。通りかかった騎士が勘違いして殺さないように、『私は人畜無害の勘違いクソ雑魚野郎です』というプラカードを掛けておいた。配慮ができる男ですよ俺は。
てか、デュソルバートさんもファナティオさんもそれなりの傷を受けてたんじゃないの? デュソルバートさんは治療のあとが見られるけれどファナティオさんピンピンしてるな。
「一時的に戦闘続行が不可だっただけで傷自体はさほど受けなかったのよ」
思考を読まないでください。
「んんぅ……」
膝枕でぐっすり寝ているアリスの身動ぎする感触と微かな声が可愛すぎて大優勝。まだ起きなそうだから存分に髪を撫でて愛でる。
「私に撫でさせてよ!!」と言いかけたイーディスの口を心意で塞いでおく。
「それで、レイン。現状の整理からしてくれ」
「最高司祭アドミニストレータ、並びに元老長チュデルキンが死亡。ユージオという叛逆者も死亡しています」
カーディナルの情報は不要だろう。説明が面倒だし、特に影響も無い。
チュデルキンはどうでもいいが、アドの死亡……正確には喪失だが。この影響は大きすぎるもので、それを理解している皆の表情は少し険しい。
「……最高司祭猊下の死亡をダークテリトリーに知られるのはちと不味いな」
「ですが、知られるのは時間の問題でしょう」
「私、あの御方が戦ってるところとか見た事ないからあんまり分からないけれど。それでもかなりマズイ状況っていうのは分かるわ」
「アドミニストレータの力は単純にこの世界最強だ。その力が露呈していなかったとしても、俺たち整合騎士を束ねる存在だという肩書きだけでダークテリトリー側の抑止力になっていた」
「それでも、レインがいる時点でシャスターあたりは蛮行に走ることは無いだろうが、物量で攻めれば勝てるとか言い出すバカも出てくるだろう」
「ダークテリトリーの軍勢が此方へと攻め込んでくるのは自明か」
「上位の整合騎士なら暗黒界人に遅れは取らないけれど、戦力の数の差は圧倒的にあちらが上ね」
「此方が先手を取るべきでは」
「駄目だ。範囲が広すぎる。向こうのアタマを取ったところでゴブリンあたりは侵略を続けるだろう。なら、俺達は門で迎え撃つべきだ」
「一年しないうちに暗黒神ベクタと呼べる立場の存在がダークテリトリーに降臨する」
「「「え」」」
めちゃくちゃ会議してて笑いそう。こんな真剣な話し合いしたの何気に初めてでは? アドの部屋で漫画読み返した思い出しかない。
ベルさんの部屋で酒呑んで、潰れたベルさんのスターバーストストリームをチュデルキンの頭に転移させるというお決まりの流れ。懐かしいねぇ。
「目的は多分アリス。向こうの狙いがはっきりしてて、統率の下に動いてくれた方が対処し易い。それを待ちましょう」
「色々言いたいが……なんだ、ベクタが降臨するだと?」
「その立場に収まるやつが来るだけです。本物では無いので。ベルさんなら普通に勝てると思いますよ」
「……はぁ。まぁいい。なら、俺達は来たる侵攻に向けて戦力強化に励むばかりでいいわけだな」
「そうですね。デュソルバートさんには下位の整合騎士を含めた騎士達の訓練をお願いします」
「分かった」
「ネルギウスは引き続きエントキアと共にダークテリトリーの動きの監視、並びに死守」
「はっ」
「ベルさんは抜けた最高司祭の代理」
「それはお前さんだろ」
「ええ……まあ騎士団長なんで。表向きはベルさんで」
「あ〜……分かったよ」
「ファナティオさんはベルさんの補助」
「ええ」
「以上」
「私はッ!!?」
「叛逆者……キリトの処遇は保留で」
「私私っ!! 私になにかないわけ!?」
「アリスが起きるだろうが。この天使の寝顔見て何も思わないのか空気読めカス」
「ぐ……この……くぅぅ……ッ」
ざまぁ。言い合いで俺に勝てると思うなよイーディス。
声を荒らげようとして、しかし眠るアリスのスーパーエンジェルフェイスを見て口を塞ぐイーディスは地団駄を踏むことすら許されずただただもぐもぐと口を動かすだけ。
アリスは少し眉を顰めたかと思えば寝返り、俺の腹に顔を埋めて腕を回してギュッと抱き締めてきた。
「が……はっ……」
「吐血したぞあいつ」
「あんなに幸せそうに吐血できるのね」
何だこの子は。可愛すぎてもはやダイナマイトだわ。は?
もうなんだろう。なんて言えばいいんだろう。うん、可愛い。抱き締めたい。
思わず昇天しそうになった身体を取り戻そうと天を仰ぎ顔を手で覆う。幸福感でドーパミンやら何やら名称が分からないけれどそういう成分がドピュドピュ量産されているのが分かる。
何名かからドン引きされている空気をようやく感じ取った俺は僅かに正気を取り戻し、ゆっくりと顔の位置を元に戻そうとしたところで真下から高速で上がってきた顔によって顎を撃ち抜かれた。舌噛んだイッタ!?
「……ぉ、ぉはよう、ございます……すみません……」
しおらしく、恥ずかしそうに、頬を赤く染めた天使はモジモジと身体をうねり、視線を揺らして、少し乱れた髪を整えながらうつむき加減でそう言った。
よし、許す。お釣りが来るまである。
心配だったアリスとの関係性も悪化していないようでなにより。それが確認できたところで、今回の会議は終了となり各々はこれからの人界に思いを馳せて役目を果たすべく持ち場へと向かっていった。
「────リアルワールド、ねぇ」
ベルさんを除いて。
「あの少年がそうだと?」
「飲み込み早いっすね。まあアレだけじゃなくて俺もなんですけど」
「ほーん。道理でたまに意味の分からん言葉を使うわけだ」
リアルワールド……つまり、現実世界の存在を発露。
来たる戦争で必ず介入してくるであろう敵と、ステイシアのコスプレして降りてくるアスナ達。いずれこの事実が追い込んでくるとはいえ、知識として先に伝えておくことは重要だろう。もっとも、内容が内容なだけに今のところはベルさんにだけしか話さないが。
顎に手を置き唸るベルさんは異常な適応力を発揮して俺の言葉を飲み込んでいく。自分が創作物だって言われてんのに平気なのこの人やべぇな。
「正確には、この世界の外側に位置するキリトの世界の更に外側の世界の人間なんですが、まあそれはいいでしょう」
「良くねぇが、まあいいか」
「スーパーアカウント、だったかな……神の名を冠する肉体でこの世界に降りてくる奴らが問題でして。それ以外も居るけど、さっき言ってたベクタもそれに該当します」
「神、ねぇ……名前を聞くだけでも厄介そうだな。神様相手に俺なら勝てるって?」
「初めは手こずると思うけど、多分圧勝出来ると思いますよ。その後は分からんけど」
「いちいち意味深なこと言わねぇと気がすまねぇのかお前さんは……まあいい。とりあえず今は俺だけにしとけ。タイミングを見計らって俺からも話しておく」
「助かります」
気が利くおっさんは頼りになるぜ。
言いながら思ってたけど、アスナ達原作メンバーがあと一年足らずでやってくるのか。俺の行動範囲的に関わるのかは分からないけどアスナとはちょっと話してみたいよね。キリトの正妻でしょ? ヒロインランキング一位でしょ? 可愛い顔と声とおっぱいがあれば最強なんだね。
「今のうちに暗黒界と和解するってのは……まぁ、無理だよな」
「ですね」
原作でいい感じの関係を構築できたのは戦争というビッグイベントを乗り越えたからである。過激派を殺せたというのも大きいだろう。
至って平和で何も起きておらず、そんな日常でいきなり和睦交渉なんて通るはずもないし反感も大きいだろう。速攻で選択肢から排除したわ。
俺と同じ考えであろうベルさんはガシガシと後ろ髪を搔く。面倒だという感情を息と共に吐き出して諦めたように笑う。
「ま、なるようになるだろ」
その時の俺、頑張れ。
さてさて。ベルさんとの話し合いも終わり一息。
誰も居なくなり、妙に寂しい会議室から出ていった。
そして、一応、念の為にとキリトの様子を見に行ったわけだけど。
「ァァァァァァァァァァァァァああああああああぁぁぁ!!!??」
腰掛けたアリスが生気のない男の介抱をしていたために、やはり植物人間状態になりやがっためんどくせぇと思いながら医務室へ入ると、虚ろな目をしたキリトの身体が震え、俺の方へ目を動かした瞬間発狂した。
とりあえず顎と鳩尾に一発ずつ拳を捩じ込み気絶させる。
「俺そんなに酷い顔してた?」
「貴方の顔は整って……失礼。今のはそういう類のものでは無いのでは……」
何こいつ、俺の事トラウマになっちゃったのか? 初対面の頃からクソ失礼なやつだなこいつ、メンタルやられ過ぎだろ。ユージオが死んだのそんなにショックだった?
ん〜、あんま設定なんかは覚えてないけど、ユージオが死んでメンタルやられたところに何らかの負荷が掛かったんだよな? まあキリトが今まで友達作ってこなかったのが悪いでしょ、うん。
俺とキリトのファーストコンタクトが敵だもんなぁ。こいつが寝たきりにさえならなければもっと楽に戦争も勝てるだろうに。こいつ戦犯だろ。
アインクラッドあたりでユージオに並ぶかそれ以上に仲のいい親友作っとけばよかったのに。んで、茅場戦とか死銃辺りにその親友をぶち殺されてメンタル養っとけばこんなことにならないだろうにな。俺だったらそうするね。たらればの話なんか意味ないけど。
「もう一発入れとくか」
「……む、惨い……」
二発じゃ足らなかったか、少し眉が動いたために念の為もう一発キリトの顔面を殴っておく。傷つかないように痛みと衝撃だけを与えるようなやり方で。今度こそ完全に沈黙したようだ。二時間は起きないだろう。
「レインは、キリトに何か怨みでもあるのですか……?」
顔を引き攣りながらに問いかけてくるアリス。ちょっと、離れないで泣きたくなるから。
怨み……なんも無いっすね。初対面なんで。
別に原作読んでても嫌いとかなかったし。ハーレム構築してるのはマジで死ねよカスと思っていたけど別に怨みに発展するものは無いからなぁ。
ただ、なんだろうか。加虐心燻る顔してるじゃん?
ボコボコにしたいって言うのとは違うんだよなぁ。なんて言えばいいんだろうか。精神的に死ぬ寸前まで潰したいというか……いやいやいや違いますよ? あくまでもあいつのためにね? 何がキリトのためになるのか知らんけど。
童顔で身長普通で。手頃なサンドバッグというかなんというか……違いますよ? イジメじゃないからね? 健全にね?
アスナとかいう美人妻侍らせやがって死ねよゴキブリが。おっと本音が。
「私は……ルーリッド村で、キリトを匿おうかと思います」
アリスが男とひとつ屋根の下で暮らす……だと……。
まあ分かっていたことだけど。ルーリッド村、つまりはロリスが暮らしてた村の名であり、妹のなんちゃらちゃんが居る故郷。
その話はキリトから聞いているのだろう。アリス自身、記憶はないにせよ妹に会いたいという気持ちは大きいはずだ。止める理由もない。
キリトの処刑は俺の言葉で止めているけど不満のある人達も多いはず。ネルギウスも、心の奥底ではキリトに対する悪感情が渦巻いていることだろう。そういう人達の心の爆発を考えれば、目につかない場所に置いておくのは道理だ。
「そいつに手出されたら言えよ。すぐに殺しに行くから」
「殺意が高すぎませんか」
俺のアリスちゃんに手を出すやつは殺します。あ、さっき俺アリスと殺しあってましたわ。自殺しようかな?
もちろん俺は付いていかない。公理教会でやる事あるし。アドが遺した諸々を整理したり発掘したりしないといけないし。
「レイン」
「ん」
「これを機に、私は一度自分を見つめ直します。あなたの手伝いを出来そうにはありません……申し訳ありません」
「そうした方がいいよ。こっちは人手も足りてる。長めの休暇だと思ってくれ」
「……はい。ありがとう、ございます」
俺の手に軽く触れ、ゆっくりと包み込み、胸の高さまで持ち上げられる。
なにか思うところがあるのだろうか。なんとも言えない顔で、安堵でも悲しみでもない感情を含んだ様子で祈るように額に手を当てる。
ボコボコにされて寝てるキリトの横ですることじゃないね。アリスもキリトのことあんまり思い入れなさそうで笑いそう。ざまぁ、ハーレム主人公。
「鍛錬は継続します。来たるダークテリトリーとの戦争には……参加出来るのか、分かりませんが」
「お前が無事ならそれでいい。のんびり生きてくれ」
「ぁ────はい」
キリトの寝息邪魔だなぁ。口も塞ごうかな。となれば鼻息も邪魔か。穴全部塞ぐか。
まあ半分冗談として。
アドの部屋の整理しに行きますか。
「ユイちゃん……それ、ほんと?」
「はい、ユウキさん」
そこは妖精国。
大樹蔓延る大自然を妖精が羽を広げ羽ばたく世界。
空を飛ぶという夢を叶えたこの世界で、一際目立つ大樹の枝と言うには太すぎる幹に座る剣の姫と電脳の姫。
「パパの居場所が判明しました」
絶剣・ユウキ、電脳の姫・ユイ────地下世界への道筋を拓く。
「分かった────行こう、ユイちゃん」
「はいっ」
一つの世界にて最強の称号を手にした剣姫が携えるは今は形を変えた彼の神器。
その光が指し示す方へ絶剣は向かうのみ。
大戦を待たずして、二人は世界へと降り立つ。