んで、キリトと対峙したアドミニストレータが取り出した本は正史の原作小説第一巻で、そのシーンが挿絵にされてるので考察班が活発化してたりする。
俺は、俺の行動の全てが間違いであったことを自覚している。
『……つまらない結末ね』
全ての終わり、全ての始まり。
結末を迎えた俺に降ってきた、アドミニストレータからの言葉を思い出す。
『まあ、予定調和と言ったところなのかもしれないわね。何一つ、お前に魅力を感じることはなかったけれど』
神聖術によって傷一つ無くなった万全の身体。
誰からの干渉もなく、重圧も無い中で、俺は膝を地面について動くことは出来なかった。
反論もできず、反応もできず。
ただひたすらに、現実逃避と楽観的な未来を想像する。
二度あることは三度ある、という言葉だけが、俺の心をギリギリで守っていたから。
『無理よ? もうこの道は終わり』
そんな俺の、既に罅割れた心へと、その女は容赦なく攻撃を打ってくる。
『あの子がユージオを斬り殺した時点で……違うわね。もっと前から……朝田詩乃がオーグマーを被った時から……紺野木綿季が死亡した時から……もう全ては終わっていた』
一つの世界の女王だと言えども、俺の住むリアルワールドの人間が創り上げた世界の存在が、外側の事象を把握している事実に恐怖する。
口を動かす気にもなれなかった俺を置いて、ペラペラとその女は俺の過ちを告げてきていて。
『いや────お前と出会ったことが、何よりもの間違いだったのかもね』
分かっている。そんなことを言われなくても、全ての元凶が俺なのだとわかっているのだ。
もう親友に会うことが出来ないという事も分かっていたから。
『────パパ、ママ……っ』
それと同時に思い出した、かつての記憶。
後悔しかない俺の人生に差し込んできた、薄く小さな光。
夢のように薄い記憶。本当にあったのかも分からない、けれど確かに刻まれた冒険の記憶。
一人の少女の孤独によって引き起こされたあの日の事件。
異なる世界、或いは時代が繋がった、隠されし異界戦争。
原理の一切が不明。只人でしかない俺に出来るのかも分からない途方もない目標。
『────手を貸してやろうか?』
もう、俺は手段を選ばない、選べない。
この世界を諦めた俺に失う物はなく、叶わぬ夢を追い続ける蛮勇を咎める者など誰も居ないのだから。
何をしても、何を失っても、俺はそれを掴まんと手を伸ばし続ける。
夜空に浮かぶ星々を睨み付けて。降りしきる雪を燃やし尽くして。咲き誇る金木犀の花を切り刻んで。
────かつて守ると決めた世界を破壊する覚悟なんて、とっくに済ませているのだから。
◈◈◈◈
崩壊した大門。
人界とダークテリトリーを隔てる果ての山脈の谷が開放され、互いの戦力が顔を見合せた。
開戦を告げるのは戦士の雄叫びでは無い。
「────エンハンス・アーマメント」
焔を纏いし紅き騎士は、未完成の弓を携えて、全てを燃やし尽くす矢を生み出して射出した。
味方にも伝わる熱波。パチパチという軽やかな音は小さな火花が散ることによって生じたもの。
その焔は、赤い色の限界温度を遥かに超えた高温を秘め、軌道上の地面を溶かしながら進み、ゴブリンの群れをいとも容易く焼き尽くしていった。
その様子をはるか後方から眺める男……すなわち、俺は先の展開へと思考を巡らせた。
三人称視点だと思った? 残念俺でしたァ! どうもレイン・シンセシス・トゥエニです。
補給部隊よりも後方。ここはキリトが居る場所でも無く、ただ俺だけが戦場を俯瞰する為の場所。
肉眼では爆発ぐらいしか見えないために、神聖術とシステムの掛け合わせで強化した視力と位置情報を用いた擬似的千里眼で戦況把握を行う。
デュソルバートさんの武装完全支配術による狼煙。
炎の矢だからこそ際限なく放てるし威力もまあまあ高い。普通にぶっ壊れである。ゴブリンでは太刀打ちできないだろうな。頭首なら突っ込んできそうだけど。
もちろん戦場はそこだけではない。イーディスには東の大門の防衛、ファナティオさんには自由に動いてもらってるし、アリスは敵の狙いであるから後方待機だ。
そしてシノンは、アリスと一緒に留守番。
今回の戦争。単純に戦えば、結果はこちらの圧勝になるだろう。
戦力の数ではダークテリトリーが上だが、個の強さで圧倒的にこちらが上回っている。
それは並の剣士の話ではなく、ベルさん達一部の整合騎士の評価。
広範囲殲滅攻撃を有するファナティオさん、単純に対策不可能なベルさん。そしてダークテリトリーという地域では最強のイーディス。いや、イーディスがチートすぎるな。夜になったらあいつに勝てるやついないんじゃね? 原作でもあの性能なのだろうか。だとしたらインフレ崩壊である。
他の整合騎士も粒揃い。レンリやリネル、フィゼルなどは不安が残るけれど、それ以外……シェータなんかは普通に強い。心意が鋭いからねあの人。イスカーンの拳も多分斬れる。
それらを加味した結果、俺はほぼ不参加ということになった訳だが、理由はひとつ。
この戦争を、拮抗した状態に見せるため。
今回の戦争の俺たちの目的はただ勝つことでは無い。暗黒界との和平の成立である。
それは対等な関係の構築。決して一方的なものではなく、双方の納得があり利益があっての決断で無くてはならない。
故にこそ、一方的な蹂躙などは行ってはならないのだ。そんなことをすれば、向こうからすれば俺達は強者であり支配者である認識を持たれてしまうし、人界の中にも対等な関係を不満に思うやつが出てくるだろう。
あくまでも、対等。そうでなくては、この世界の先は無い。
俺はこの世界の王ではない。王は既に消えてしまったから。だから、王にならなければならない男にはさっさと目覚めて貰わなければ困るのだが。
「こいつか……?」
千里眼の拡張。ダークテリトリー側まで視野を広げる。
奥の奥まで、ぐんぐんと伸びていく視界。ジェット機に乗ったような感覚を覚え、軍隊の最奥に担がれている玉座に座り込む男を目視する。
瞬間、こちらへと向けられた瞳。俺は焦ることなくゆっくりと瞳を閉じる。
あれがベクタ。暗黒神のアカウントを使っているだけの外の人間、という訳にはいかないな。ログインして数ヶ月であそこまで高められるのか。余程厨二病なようだ。包帯をあげたら喜んで撤退するんじゃないだろうか。
(まあ、ベルさんだけで勝てるな)
様子見をしなければの話だけど、多分勝負にならんだろう。『我が名は』の段階で首チョンパして終わりだ。もう展開覚えてねぇ……アドの本棚にあったSAOの小説なんか知らんけど消えてるから読み返せないんだよなぁ。この世界来てから一回ぐらい読み返せばよかったか。おのれベルトルト。お前ら伏線多いから何周もしたわ。
千里眼の使用は制限しないといけないかもしれない。ベクタを長時間見れば最悪逆探知されるだろうし。
シノンはまだ使えない。ヒロインズの降臨に合わせるか、それか向こう側の戦力が予想より強ければ動いてもらう形になるな。
こういう時、外側への干渉が出来ないのが少し悩まれるな。介入のタイミングが分からないし妨害も出来ない。変なタイミングで入ってきたら困るな。普通に殺すか。
「……」
ふと、手持ち無沙汰になったために考えてしまったのはシノンから聞かされた話。
『アマミヤレイ』が朝田詩乃の同級生であり、キリトの親友ポジにたっていたという過去。
SAO……アインクラッドやALO、GGOの記憶なんてもちろん無い俺にとっては意味不明な話だった。
ただし、
『親友が死んで、動けなくなるやつの未来を変えるためにそいつの親友になって目の前で先に死んで耐性を付けさせるみたいなこと言ってたよ、雨宮くん』
(クソ野郎じゃねぇか。でもマジ共感ですわ)
話に聞くクソ野郎の行動理念が理解できるというか、共感できるものしかないんだよなぁ。
そいつ、というのはキリトの事だろう。ユージオ死んじゃった悲しい寝ます状態になるキリトの予防策としての荒療治。ん〜、他人ながら完璧な作戦である。失敗してるんですけどね? もっといい感じに死ねよ。一度で無理なら二度死ねばモーマンタイ。
しかし、シノンの言う話の現実味というか、俺らしさが多分に含まれていたために、とりあえずその男が本当に俺だと仮定してみよう。
なぜ今その時の記憶が残っていないのか、その時だけの記憶が消えているのかは全くもって分からないけれど、SAOやALO、GGOでの戦闘経験が体に染み付いていたのだとすれば、この世界に来たばかりの俺がベルさんに勝てた技量を持っていたというのは説明がつくだろう。
神器がやけに手に馴染んだことも、そういうことであれば納得する。キリトが俺の顔を見てあんな表情を浮かべていたのもそうだろう。かつての親友が敵意バキバキで対峙していたのだから。
ただ、俺がキリトやシノンを見て、過去の話を聞いて、なんの懐かしさも感じないというのはどうなのだろうか。
人間はきっかけさえあれば物事を思い出すことの出来る生き物だ。これは俺調べ。
だから、イーディスは記憶の改竄が行われようとも無意識的に妹を求めているし、たまに夢に出ているのだろう。
そういう予兆が俺には全くない。考えられるのは、キリトやシノンではきっかけとして弱いのか、まじの他人説か。
かつての俺の記憶を思い出したいとかは全然思わないし、疑いの方が大きい。
それでも、もし。その時が来たのなら、俺はどういう反応をするんだろうか。
「アスナ辺りの顔を見たら思い出したりしてな」
有り得るはずもない妄想をして、俺は再度戦場の俯瞰へと戻る。
赤黒い空に隠れた星々の中で、弱々しく輝く星が流れたような気がした。
◇◇◇◇
あいつと初めて出会った時からの事を、俺は鮮明に思い出せる。
第一層のボス戦攻略を終え、孤立してしまったばかりの俺。
新たな階層……ベータ版では攻略していたために初見ではないが……に降り立ち、時間が惜しいと狩場へと向かって活動して二日目だったか。
「……ん? プレイヤーか?」
安全圏では無い。モンスターがポップする可能性が十分にある草原の上で、そいつは眠っていた。
見るからに初期装備。武器も装備していない、文字通りの丸腰だった男は、まるで死んでいるかのように眠っていた。
僅かな胸の動きは辛うじて解明度が捉えていて分かったからこそ、俺は念の為にとそいつが起きるまでの護衛をしようと決めた。
見たことの無い顔だった。
髪の色は■色。少し■毛気味で、顔はどちらかといえば■■印象。
俺よりも高めの身長。少なくとも、第一層のボス攻略戦には参加していなかっただろう。
最前線に居るということは、それなりのレベルを持っているのだろうが。
数時間経っただろうか。
ようやく目覚めたその男は、焦点の合わない瞳を向けて来て、覚醒してきてからもずっと俺を見つめてきていた。
懐疑的なようで、ただ不思議そうな色を含んだ瞳。
俺を見て嫌悪感や奇異的な視線を向けられなかったのはアスナ以来か、と思い返してみたりして。
その男は、■■■と名乗った。
あまりにもこの世界についての知識がなく、装備も無い。
しかしレベルは俺よりも二つ上だったために、上位プレイヤーにありがちな縛りプレイをしているのかという予想をした。
デスゲームと化したこの世界で、そんなことをするやつなんていないと分かっていたのに。
やけに馴れ馴れしくて、変わらず俺に接してくる■■■と俺は行動するようになった。
友達というやつが出来てこなかった俺は■■■と過ごす日々が新鮮で、大切な友人だと感じるようになるまでに時間はかからなかった。
楽しい。
ソロで動いてきた俺は、友達とプレイするゲームの楽しさに初めて気が付いた。
俺の世界が色付いた様な気がした。
そうして俺は、とあるギルドに加入することになった。
最前線で活躍するような力はそこには無かった。
けれど、そこに所属する人達に惹かれたから、俺は加入しようと決意した。
きっと、以前の俺ならもっと渋っただろう。
けれど、あいつと過ごして、人と関わる価値を知った俺は、即決で加入を決めた。
あいつは一緒には入ってくれなかった。今までずっと一緒にレベリングをしていたあいつと数ヶ月ほどの離別。寂しくはあったけれど、いつかは再会するだろうという気持ちと、ギルドの心地良さに俺は心温まる時間を過ごせていた。
……嗚呼、俺のせいでみんな死んだ。
『ラーメン食おうぜ』
世界が白黒になって、自暴自棄になりかけた俺を励ましてくれたのはあいつだった。
心の底から親身に接してくれたと感じた。あの時のあいつは、俺の為に悲しんでくれていた。そう、わかった。
■■■は俺の親友になった。
■■■がいない世界が考えられなくなった。
これは依存では無い。けれど、隣にそいつがいるのが当然だと考えるようになっていて。
そこからはずっと一緒に過ごしていて。
アスナがそこに加わって、変わらぬ日常が過ぎていって。
……あれ? ■■■って、どんな顔してたっけ……?
…………。
…………いや、別にいいか、そんなこと。
■■■が誰か、とか。どうでもいい。そういう奴が居たって思っておけばいいんだろう。
声も、顔も、名前も。
消えていく。確かにいた大切な親友の姿が。
【起きなさいよ】
消えていく、消えていく。
……何が消えていく?
分からない、分からない。
俺は今まで何をしていたんだろう。
【あんた、ロクな顔色してる時無いわね、ほんと。さっさと起きて、戦争中よ】
目を、開ける。
広い、広い、教室の左後ろの窓際の席にぽつんと一人。
何も見えない窓から外を眺めて、俺は溜息を吐く。
何してたっけ、俺。
【蹴り飛ばしていい? この男】
【だ、ダメですよ!? アッ、脚っ、脚を構えないで!?】
何か、忘れてる気がする。
なんだろう。
大切な用事じゃなかった気がする。
「……ああ。移動教室か」
そうだ。次は実験だった。
教室に誰もいないのは、もうみんな次の教室へと移動していたからなのだろう。
いつの間にか机の上に置かれていた教材一式を持ち、席を立つ。
窓ガラスに反射した自分の姿の後ろに、誰かが映ったような気がして振り返る。
────嗚呼。
「予鈴、鳴りそうだな」
教室の扉を開く。
窓際に立っていたはずなのに、一歩で辿り着いてしまったドア前。
やけに広く感じた教室は驚くほど小さく。
教卓に載せられていた花瓶の中には氷の薔薇が一本と桜の枝が三本がいけられていて。
「授業が始まってしまうぞ。早く移動したまえ、桐ヶ谷君」
「……あ、すみません。先生」
俺の後方……廊下側から声を掛けられる。
白衣を着た男性教師。顔は見えなくても、見覚えのあるその先生は正しく次の授業を担当する教師。
「一人か?」
やけに耳に残るその声。この先生と特段仲の良かった印象の無かった俺は会話が続いたことに少し驚きながらもその問いかけに答えるために口を開く。
「まあ、はい」
「■■■■君と■■■君は一緒では無いのか?」
「……?」
なんて言ったのだろうか、この人は。
聞き取れなかった人名。心当たりのない空白。
誰について言及したのだろうか。
親しい友人の居ない俺にとっては意味の無い言葉なのだろうけど。
【ほら。壊れたテレビって叩いたら直るでしょう? それと同じよ。大丈夫大丈夫】
【何を言っているのか分かりませんがとにかくダメですッ!?】
先生の問いかけに答えられる言葉が見当たらずに、俺は俯いて視線を逸らし僅かなお辞儀をして先生の隣を通り過ぎる。
「────本当に弱いな、キミは」
奥が見えないほどに長い廊下。一人歩く。
カツカツ、コツコツ。やけに響く足音。
反響して、だんだん小さくなっていく音の一つ一つを聞いて、少しの寂しさを感じながら、下を向いて歩き続ける。
白いラインを頼りに辿っていく。何分も、何時間も。
疲労感は無く、飽きることなく、ただ歩いていく。
枯れた木の葉が何枚か落ちていた。空いた窓から入ってきていたのだろうか。
茶色く、萎れた桜の花弁を踏んで歩いていく。
「────朝、何食べたっけ」
手には教材は無く剥き出しのハサミがひとつ握られていて。
特に意味も無く、俺はそのハサミの切っ先を見つめていた。