「……」
貧窮な大地。
赤く、固く、栄養なんてどこにもない地面に、咲き誇る緑。
それは生命。命の発芽。
意識的ではなく、システムのまま無意識的に行われた無限再生は地母神テラリアの固有能力である。
身体が圧縮され、霧となって霧散したとしても、彼女の生命に終わりが訪れることはなかった。
はたまた、今回だけの復活なのか。能力の枠組みを超えた再生能力は、もはや呪いのように再生を強要した。
「ぅ……ぶ」
神聖さの欠片もない再生。
花々の光に照らされて、細胞達が活性化し、ジュクジュクと音を立てながら無から身体をつくりあげていく。
それを見下ろして、男はなんて事ないように小さな口を足で踏み潰した。
淡く光る花。再度、男はそれらを踏み潰す。
何度も、何度も、何度も。
それは草花を踏み鳴らすような軽快な音ではない。
肉を抉るように、血肉を潰すかのように。
不快な音が響き、それは三十秒と経たずに光を失い、花は枯れていく。
入念に、何度も。
そして最後には、何も残らなくなったそれらに向けて炎を放ち、大地を燃やし尽くす。
赤く、紅く、パチパチと弾ける火花は何を焼いていても美しい。
そして男は、何も心を動かされることなく、静かに炎を見つめた。
じっくりと、勢いを衰えていく炎を見つめて、男は何を思ったのかゆっくりと空へと浮かび上がっていく。
「まさか────」
顔の見えない漆黒の男の背後に現れた一人の騎士……レイン・シンセシス・トゥエニは、数十年とこの世界で過ごしてきた中で感じることのなかった緊迫した表情で瞬きひとつすることなく男を見やる。
振り返る男は構えない。ただ遠心力に身を任せるかのように自然に振り返った彼はレインの姿を瞳に収める。
そして男は、ただ一言呟いた。
◇◇◇◇
アバターを変更して再ログインしてきた男、ガブリエル。
二十年前の記憶を上書きされたことにより原作知識をある程度思い出せた俺は、目の前で相対する敵の名前を頭の中で復唱し、何度も繰り広げられた攻防を繰り返した。
笑顔やら無表情やら色々な表情を行き来して向かってくる男に対する評価をくだす。
(面倒くさ)
これは倒せないわ。どうもレイン・シンセシス・トゥエニです。
原作小説の挿絵を意識して玉座を作り出して見下ろしてみたりしたけれどあまり効果はなし。自己満だね。
んで、瞬殺で終わったベクタの頃よりも今の方がガブリエルは厄介だとは分かってはいたけど、改めて剣を交えて感じ取った。
勝てるか勝てないかでいえば、まあ圧勝できるだろう。相性的にも総合力的にも俺に分がありすぎる。傷一つ負わずに倒せばすると思う、が。
こいつに関していえば、勝利条件が大きく異なる。このアバターを殺しても、こいつは別のアカウントでまたこの世界に入ってくるだろう。原作キリトが行ったように、『ガブリエルを倒す』+『現実世界のガブリエルも殺す』というようなことをしなければならないのだ。恐怖を覚えさせるとか知らんけど、俺にそんなことできんの? とは疑問だ。やはりここは時間稼ぎをしながらキリトにバトンタッチが一番か。主人公補正でどうにかしてくれるだろ。
「ハッハッハ!!」
笑いながら突貫してくる男の身体から溢れ出てくる気持ち悪い触覚のようなものを心意の壁で弾く。まだ侵食されるような予兆は無い。けれど。
全属性の元素を生成し、まばらにガブリエルへとぶつける。前回のベクタなら即死待ったなしな威力を持ってはいるが、今回に関しては左腕の欠損に留まっている結果となった。
これが厄介なところ。一撃一撃を受ける度に攻撃への耐性が飛躍的に向上している。あえて威力を落として放ってはいるけど、そろそろこのレベルなら効かなくなるのは時間の問題かもしれない。そうなったらキリトが難易度ハードでこいつに挑まなくてはならなくなるだろうなら頻度を下げないとな。
今回は別にアリスを外へ逃がすために時間稼ぎ、というような制限時間は存在していない。外へ逃がす必要が無いからだ。ただ、このサイコパスを永遠にこの世界からおさらばさせるために色々工夫していかなくてはならない。
(精神干渉の類いはからっきしなんだよなぁ)
アドからは精神汚染を受けていたわけだが。あいつまじでクソだな。完全に娯楽でやってやがる。
アスナとの初邂逅時には一際強く嫌悪感を抱くようにプログラムされてたようだし。自分より可愛いからって妬むなよババァが。
その点、シノンに対してはなんにも思わなかったのはアドが彼女を下に見ているからなのだろうか。女怖ぇ。
「バードシェイプ、フェンリルシェイプ」
土、風、水、火。その他にも少しずつ調合して生み出した鋼鉄の動物達。
ただの質量攻撃が今のところは一番効きそうだ。吹き飛ばせるしね。時間稼ぎにはもってこい。
直径十メートルはあろう巨鳥と、数十体の狼がガブリエルへ向けて飛んでいく。もはや近代兵器を持ち出さなくなったガブリエルは背中から出てくる触手のようなものや心意を使っての防御と攻撃を繰り返す。
(なんでもう心意使えてんだよ)
本当にネームドキャラはチートばかりだ。この世界に来てすぐに心意を使えるとかバグだろ。精度は低いが、それでもアリスといい勝負しそうな練度だ。軍人とはいえ、世界が違うのにその点は強いのなんなんだろうな。
「アリスを狙ってるんじゃねぇの?」
追加の攻撃手段を生成する片手間、不意にガブリエルへと話しかけてみる。
時間稼ぎの名目もあるが、まあ話してみたいと感じたからか。
「もちろん。アリスは私がいただく……が、その前にキミだ!」
全ての攻撃を捌ききったガブリエルはもはや半身はヒトの形を保っておらず、自身の身のうちから湧き出たドス黒い心意に侵食されたかのように変貌を遂げている。
堕天使の片翼のようなものが三つ。ジワジワと、残りのからだへの侵食も始まっているようだ。
「キミの魂はきっと……美味なのだろう」
「甘くないんかい」
『your soul, maybe so sweet』で有名なガブリエルさん、セリフ間違えてますよと言ってあげたい。初めの二単語が『弱そう』に聞こえたのは俺だけではないはず。
(────キリトの方は終わったようだな。そろそろこっちに着きそうか)
一際輝く心意が単身、こちらへと飛んできている。恐らくというか、間違いなくキリトだろう。あいつ復活した瞬間に心意自在に扱いすぎでは? 俺は転生特典とかかもしれんけどお前現地人だろ。物語的な意味でね。
あいつが来るのも時間の問題。ヴァサゴさんワンパンされてて涙を禁じ得ないが、まあどうでもいいだろう。ていうか、クラインが言ってた【
あと一発、キリトが来る前に起こしておこうか。
ん〜、派手なヤツでいきたいよね。核爆発とか、こいつ軍人だからめっちゃ想像してそうだな。ということはダメージクソ入るか。作り方知らんけど。それっぽい爆発になるだけだな。
にしても、なかなかに順調に進んだ戦争だったと、一人で評価をくだしてみたり。
イスカーンをはじめとして、ダークテリトリーと人界側が手を組んで外の人間の対処にあたった。いいシナリオになったのではないだろうか。
これで融和に繋がる。面倒な戦いも減るはず。貴族共は禁忌目録で捩じ伏せれば良いだろう。あいつら関わったことないけどカスしかいないからな。上に行くにつれて。
さて、花火でも咲かせようか。そう考え、俺は火と風と水を手元に生み出してクルクルと回してみる。
瞬間。
「────アリス!! 今すぐ果ての祭壇に行って外へ逃げろ!!!」
俺は、脳内で念じるだけで通るはずの念話において、必要のない口に出して叫ぶという動作を行うほどに、全身が警鐘を鳴らしていた。
『レインっ?』
「シノンっ、アスナでもいい! アリスをワールドエンド・オールターに連れて行け!!」
『雨宮く』
「早くしろ!!! お前が生きていればこの世界は終わらない!! 行け!!」
俺は構わず向かってくるガブリエルを本気で蹴り飛ばす。その方向はキリトが向かってきているであろう気配がする方角。
本来であればこいつの相手をしながら合流したキリトにバトンタッチ……という流れを想定していたが、もはやそんな猶予は残されていなかった。
おそらく、最高司祭としての権限を引き継いだ俺にだけ感じ取れるであろう……圧倒的な脅威の降臨。
それは闇。心意の化身。今まで『世界の意思』と呼称していたそれらが現れた時とは似ても似つかないナニカがこの世界に現れた。
(転移のマーキングが無い地点ッ、一番近い場所に転移してから最短経路で翔ぶ!!)
そこは、荒野。
何も無い、硬い大地だけがある、ダークテリトリーのど真ん中。
ナニカ以外が存在しているのか分からないほどに、ソレの存在感は常軌を逸していた。
まだ視認していない段階で冷や汗が止まらない。喉元に刃を突きつけられたかのような緊迫。
俺はキリトに何を伝えることもなく、顔を見あわせることもなく、ソレの対処へと向かった。
瞬間的に切り替わる視点。即座に方向転換し、ソレの元へと全力で飛行する。
そして、ソレの目の前に辿り着くまでに十秒とかかることはなかった。
「お前────」
ガブリエルのように漏れ出たドス黒い心意とはまた違う。瘴気のように全身にまとわりつく黒いモヤ。
黒いロングコートのようなものを纏った男のようなソレは、なんて事ないように空で、背を向けたまま停止していた。
ビリビリと、肌を突き刺す威圧。
ただそこにいるだけで、全身から血が吹き出しそうなほどに鋭いオーラを纏った男は、ゆっくりとこちらへと振り返る。
その男の背に背負われていた、二振りの剣を瞳に焼き付けながら、俺は自然と震える唇を動かしていた。
「まさか」
俯き、虚ろな瞳を俺の腹部ほどに向けてきたそいつの顔を……知っていた。
そいつのことは知らない。けれど、その顔を知っていたからこそ。
ぶわりと、全身のうぶ毛が沸き立つ。
寒く、痛い何かが全身を駆け巡る。
「────【星王】か……!?」
その名を口にして、なんの反応も示さない男の姿を視認して。
グヂュッ、と。
なんの前触れも無く、俺の左脚と右腕が捻れ潰された。
瞬間、暗転する視界。痛みを痛みと認識出来ないほどの激痛が一瞬で全身を駆け巡り、俺の意識は消えていった。
「眠れ」
もはや機能していない五感。
自由落下を始めた俺の身体に触れず、何もすることなく、世界と世界を繋げた元凶である【星王】は一人、誰に聞かせる訳でもなく呟く。
「────全てが終わるその
その声を聞くまでもなく。
俺は、無様に、呆気なく。
何も出来ずに、星王の前にその身を沈ませた。
────【星王】キリト、降臨。
──【星王】キリト──
レインの死亡フラグの全てを踏み抜いた世界線のキリト。
世界の全てに絶望した男。アドミニストレータ、茅場晶彦に並び到達者へと至っている。
時間加速から119年が経過した段階で王妃アスナを殺害。アンダーワールドを守るためではなく、ただ自分の目的を果たす為だけに行動を開始する。