相棒枠に収まろうと思う   作:ラトソル

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SAOクリアまでは今年中に行けるかなぁ


オジキ……!!!

「なん……だッ……!?」

 

 原因不明の現象。不可視の力。

 背中を引っ張られたような、正面から押されたような強烈な力で俺達はボス部屋の外へと弾き飛ばされる。

 

 それはまるでシステムの警告。

 侵入禁止の法則を破った罪人に発生する強制退去。

 

 その場に留まることを許さないその力は扉から出た後も続き、約50m程離されたところでようやく減速が始まる。

 ゴロゴロと床を転がりようやく停止した時には扉は目視できない程に距離が離れていて。それほどの威力を受けながらも俺にはダメージが入る事がなかった。

 

「不可侵領域、なのか? なにか条件があるタイプのボス攻略なのか?」

 

 だとしたら厄介だ。そう考えながら、あと二人のパーティメンバーの姿を探す。

 一人はすぐに見つかった。俺よりも離れた位置で顔を振りながら起き上がるアスナ。俺と同じように突然の現象に理解が追いついていないようで目を丸くして唖然としていた。

 

 現実世界と比べてしまえば劣るけれど、表情の機微が分かる程度には高いグラフィックには感嘆を隠すことは出来ない。ここがデスゲームという性質を持つことの無い純粋なゲームならば茅場に対して最大限の賞賛を送っていただろうか。

 

「びっ……くりしたぁ! 何今の!?」

 

「俺も分からない、けど……まだボスに挑戦する権利を持ってないのかもしれない。なにかクエストがあるのかも」

 

「それにしても強引すぎない? 首もげちゃうかと思ったよ〜」

 

 自分の首の無事を確認するように両手を首に添えるアスナを見る。女性プレイヤーの少ないSAOで花となっている少女。

 友達としての贔屓目なしでもかなりの美形だ。事実、アスナを狙う男は多い。血盟騎士団の中でもファンクラブのようなものが出来ていると風の噂で聞いた事がある。そんな彼女に強い執着を見せられている俺の相棒はいったいどうやってアスナを落としたのだろうか。

 

「とりあえず、今日はここまでだな。ボス部屋に入る事が出来ない以上、もう出来ることは無いし。レインも、それでいい……か……」

 

 もう攻略する場所もなければ、できることも無い。今日の探索は早めだが終わりにしようとアスナに、そしてレインへと向けて声をかけたところで、異変に気が付く。

 

「────レイン?」

 

 俺らと同じようにボス部屋に入り、そして同じように弾き飛ばされたはずの親友の姿が見えなかった。前、横、後ろ。どこにも見当る事はなく、向こうから語りかけてくることもない。

 

 俺たちよりも長めに吹き飛ばされたということは無いだろう。ならば早い段階で体勢を建て直して扉付近で俺たちを待っているのか。そんなことを考えていると、俺の後ろ、アスナから震えた声で呼び掛けられる。

 

「……キリ、ト君……」

 

「アスナ……?」

 

 いつもとは全く違う。血の気の引いたような彼女の様子に俺は思わず顔に力が篭もる。そのアスナは俺に語り掛けながらも、その目は俺に向けられておらず、眼球が左上方向へと向けられていた。

 

「レイン君の、HPゲージが……」

 

 パーティ登録の効果として、互いのHPゲージの確認ができるというものがある。それは自分の視界の左上に表示され、自身のゲージの下へと羅列されていく。

 

 アスナの含みのある言葉。全てを語ることが恐ろしいという声の震え。それらから示し出される答えにたどり着きたくなくて、恐る恐る俺はレインのHPゲージを確認して。

 

「────は?」

 

 無傷だったはずのレインのHPが三割ほど減少しており、尚も減少が続いているという現実がそこにはあった。

 

 なんで、どうして。そんな考えが浮かぶ前に脳裏に過ぎるかつての過ち。

 俺の慢心から死なせてしまった、かつてのギルドメンバー達の姿が鮮明に浮かび上がっていく。

 

「ぃゃ────」

 

 小さな小さな声。きっと、それが聞こえたのは偶然なのだろう。

 けれどその小さな、消えそうな程に小さな声は確かな火種となり燃え上がる。

 

「────ァァああああああああぁぁぁ!!!」

 

「ッ……アスナ!?」

 

 飛び出そうと無意識に身体が動いていた。もう数瞬としないうちに走り出していたのは俺の方だったのだろう。

 けれど、そんな俺の焦りと苛立ち、そして恐怖を僅かにでもかき消すほどの魂からの咆哮を耳に受ける。

 

 走る、走り抜ける。閃光という異名を十全に発揮したスタートダッシュを決めたアスナが一心不乱に駆けていく。

 意図せず生じた思考の隙間。遅れて駆け出した俺だが、それでもアスナとの距離は縮まるどころか離れていく。

 

 扉までは十数秒とかかることは無かった。レベルに裏付けられた脚力は現実の俺から考えれば常軌を逸した速度を出しているものだろう。

 六割程度で止まったレインのHPゲージ。それがいつ減少を再開するか予測はできず、いつ全損してもおかしくは無いという可能性が頭を埋め尽くす。

 

「────開かないッ!? なんで!!」

 

 いち早く扉へ到達したアスナが力の限り扉を押し開けようと全身を使って押し出すが軋む音もなく、開く気配は微塵もない。

 歪むアスナの双眸。こんな彼女の姿は見た事がない。久しぶりの再会を果たした時でさえ、ここまでの苦渋の表情は浮かべていなかった。

 

「グゥっ……!!」

 

 遅れて辿り着いた俺は走る脚を止めることなく加速させ、勢いそのままにドロップキックを扉へと繰り出す。脚から伝ってくる痺れ。壁を蹴っただけだと感じるほどの手応えのなさ。俺の限界もすぐそこまで迫っていた。

 

「開けてッ……開けてよッ!!!」

 

 リニアー、スタースプラッシュ……持ち得るソードスキルを繰り返し扉へとぶつけていくアスナ。破壊不能オブジェクトであることを警告してくる通知が無数に現れていく。それらはアスナが扉を壊そうと技を繰り出した回数に匹敵する。電子音が瞬く間に幾度となく繰り返し発生していき、それでも開くことは無い扉はシステムの意志そのもののように思えて。

 

「────ふざけるなっ!!」

 

 レインがボス部屋にいるのは間違いない。戦闘音こそ聞こえては来ないが、フレンドリストから参照できる現在地が俺たちの目の前を指し示していたから。

 

 腹の底から吐き出した怒り。SAOというデスゲームの仕様に対して初めてここまでの怒りを覚えた。

 幾度となく人が死んで行った姿は見た。その数百倍のプレイヤーが俺の認識外で死んでいっているはずだ。それでも、ここまでの激情を感じたことは無かった。

 

 親友が、SAOという意志により殺されようとしている。

 

 それだけで、俺はここまで怒りに震えているんだと、気づくことが出来た。

 

「──何やってんだキリト!?」

 

「下がれッ、アスナ!!!」

 

 背後から複数人の足音と聞き馴染みのある男の呼び掛けが聞こえてきた。けれど、今はそんなことに意識をさいている時間は無いから無視を決める。

 バックステップによる跳躍。携帯しているエリュシデータをそのままに、ウィンドウを開きリズに作ってもらったもう一本の片手直剣……ダーク・リパルサーを顕現させる。

 

 冷静さを欠いたアスナだが、俺の怒号とも取れる声に僅かに残っていた理性が刺激され置き土産とばかりに一撃扉へと見舞ってから俺の正面から離れる。

 

 俺の両手に握られた二本の剣。初披露がこんな形になるとは思わなかった。レインには教えてはいたけれど、しかしそんなことで出し惜しんでいる場面では無いから。

 

 歯を食いしばる。ただ怒りに身を任せて。

 

 輝く。一本ではなく、二刀が共に。

 モブモンスターに数度使った程度。熟練度が高い訳では無い。それでも今の俺が出せる最高火力。

 

「スターバースト……ストリーム!!!」

 

 一撃目。扉は傷つくこと無く、破壊不能の通知が鳴り響く。

 二撃目。通知がなるばかり。

 三連目、四連目、五連目。響く金属の衝突音。2本ともに金属製ではなく、しかしそれを遥かに凌駕する強度と破壊不能のオブジェクトとの衝突は当事者たる俺の耳を破らんとばかりに炸裂していく。それでも扉は微塵も動く様子も傷つく様子も見せない。

 

 変化が見えたのは十連撃目を迎えた時。

 爆音が鳴り響く。都合九度同じ音が響き、破壊不能の通知が表示されてきた。そこに、聞きなれない音が混ざり始める。

 

 キシっ、と。扉が軋む音。壊れることはなく、しかし確かに響いた扉が僅かに動いたことによる重低音。その事に気が付かないまま、無我夢中で残りの6連撃を叩き込む。

 

 ほんの数ミリだった軋み。それは徐々に、けれど確かに顕になっていき────

 

「どけぇぇえええええええ!!!」

 

 最後の一撃。今までの積み重ねが全て集約され、扉は開くに留まることなく根元から弾け飛びボス部屋内部に向かって弾かれる。

 

 ソードスキル発動後の硬直。今すぐに踏み出したい気持ちを前面に出しながら、こじ開けた扉から内部の様子を見る。

 

「────ムコ…………あ?」

 

 視界の左上を見れば、レインのHPは5割を下回っていて。

 当のレインと言えば、刀を支えに膝をつき、ボスであろう怪物と睨み合う形で止まっていた。

 破壊された扉がポリゴンとなって消滅していく。健在な親友の姿に焦りや苛立ちが収まっていく。今回は間に合ったのだという喜びと安堵。綻ぶ頬を止めることは出来ず、深く息を吐き一歩踏み出す。

 

「レイ……」

 

「マズッ……!?」

 

 レインの姿が掻き消える。確かに捉えていた親友の姿。今の今までそこにいたはずのレインは甲高い音と共に姿を消した。そう錯覚する速度でボスモンスターの大剣によって壁へと弾き飛ばされていた。

 

 扉とは違い、ある程度の破壊が想定されていたのであろう内壁に激突し、ヒビが生じる。パラパラと瓦礫が落ちていき、レインのHPゲージが赤いバーに差し掛かったところで止まった。

 

 呆然とその姿を眺める。レインは壁にもたれるように座り込み、壁を伝って横へと倒れる。ピクリとも動く様子の見せないレインの姿が瞳に映る。

 

「──────────────は?」

 

 一歩踏み出す。目の前で起きたことを飲み込むために。

 もう一歩。ようやくレインが行動不能になったのだと理解した。

 さらに踏みだす。その原因であるボスモンスターが誰なのか、瞳に刻み込む。

 最後。そのボスモンスターが倒れるレインへと向けて大剣を振り上げているという現実を否定するために、爆発的な踏み込みで一息にそいつの元まで移動する。

 

「殺す」

 

 それは誰に向けての言葉だったのか。確かなのは、俺はこの世界に来てから初めて、明確な殺意を覚えたということだろう。

 その相手とは、きっとボスモンスターではなくて。けれど今はこの行動を正当化するために、俺は殺意の矛先をボスへと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

 どうもこんばんにちわ。レインです。

 

 グリムアイズの大剣の直撃はギリギリで避けたけれど、まさかの壁に激突したことによる脳震盪で意識を失った馬鹿です。

 

 いや〜、何とかなるものですな。脳震盪とかいうゴミ仕様にはキレかけたけど、それよりも生きてることを良しとしよう。

 ボスがデカブツだったらやばかったね。人型に似てる形状だから耐えた。大剣だからパリィしやすかったし。

 

 まだまだ時間を稼ぐ必要があるなと思っていたら扉が吹き飛んできて驚き桃の木。原作主人公のぶっ壊れ加減を再確認した。あのボスソロ討伐だろ? バケモンっしょ。俺なんか頑張って半分削ったぐらいだ。恐ろしや恐ろしや。

 

 そう。俺は目を覚ましたのである。気絶なんか初めてしたから目覚めた時ちょっとテンション上がっちゃった。

 

 で、どこで目を覚ましたと言えば、もふもふのベッドで目を覚ましたわけで。

「知らない天井だ」なんてセリフを言うことは無かったけど、まあそれに近い感想は思ったよね。

 

 落ち着いた空間。おそらく二階建てなのだろう窓から見える景色。ちゅんちゅんと鳥のせせらぎが聞こえ、朝日が窓から差し込み程よく体を照らしてくれる優良物件。

 

 そんなこの家の主は何を隠そう、エギルさんである。

 

 一回か二回しか会ったことがないごつい男の人。そんな人がベッドで寝ている俺に飯を持ってきてくれたのだから優しさが滲み出すぎててバブみがすごい。

 

「クラインのやつがお前のことを連れてきてな。アスナはお前のことを監禁する勢いだったからここに運んできたらしい」

 

「何それ怖い」

 

 あいつは一体どこへ向かっているのだろうか。寒気を覚えながらエギルさんの言葉に耳を傾ける。

 

「一人でボス相手に耐久したんだって? よく生き延びたな」

 

「まあ、結局はボコられたんですけどね? トドメはキリトだし」

 

「謙遜は良くないぞ。ボス相手に単身で時間を稼ぐどころか半分以上もHPを削ってるんだ。そんなこと出来るのはキリトでも怪しいぞ」

 

 原作だと単身で最初から最後までやってるんだけどなぁ。

 けれど、エギルさんからの労いの言葉がやばいほど身に染みる。

 

 通知音がなる。耳からと言うより、脳内に直接響くような電子音は未だなれることは無いが騒音に紛れにくいという点においては良いのだろう。以前アスナから送られた鬼のような着信には全く気づかなかったが。

 差出人を確認し、内容は後回しにして閉じる。エギルさんには今の様子を見られて「俺のことは気にするな」と言われたが性急でもないから大丈夫なことを伝える。

 

「アスナの心配の加減はそれはもう凄かったぞ。後で連絡してやれ。キリトにもな」

 

「うっす」

 

「ここは元々そんなに使ってない部屋だからな。いくらでもいてくれて構わないぜ」

 

「オジキ……!!!」

 

 何だこの人は。神か? 俺をこの世界に連れてきた仕立人を神と仮定した時その正体はこの人になっちゃうがそれでもいいと思えるほどに人格者すぎる。

 え、俺のこと覚えてくれてる? 嬉しすぎなんだが。何だこの人神か? また言っちゃったよ。

 

「ま。俺の店を今後とも贔屓にしてくれや」

 

「バブぅー!!」

 

「なんだこいつ怖っ」

 

 と言っても長居は出来ない。確認すること、やらなければならないことが山積みだ。それに、アスナが心配してくれているらしいから顔を見せなければ。あとキリトも。

 

 と言うわけでメッセージを送信したら秒で返信が来て秒で目の前に現れました。

 

「良かった……ッ!!」

 

 閃光という二つ名は伊達じゃない。目にも止まらぬスピード、明らかにシステムを超越した力だね。

 急速に大きくなっていくこちらに向かってくる少女。呆然と仁王立ちして迎えた俺に全力のダイブをしてきたアスナを受け止める。決して重くはない、むしろ羽のように軽いとさえ思えるけれど、勢いが勢いだけに思わずふらつくが頑張って堪える。

 涙を流し鼻をすする音が鼓膜を刺激し、申し訳なさややるせなさが湧く。ちょっとだけ。

 

「レイン君だけボス部屋に取り残されて、外から全然扉が開かなくて……本当に、死んじゃうかと思った……」

 

「まあまあ、結果オーライよ」

 

「バカっ!!」

 

 どうせこのゲームクリアしたら俺死んじゃうしね多分。半ば確定されたと俺は思っている未来を思い浮かべながら冗談めかしく言うもアスナには通じないようだ。俺を抱きしめる腕の力がさらに強まる。それに比例するようにアスナとの距離が縮まりシトラスの香りが強まっていく。

 

 ここ、街中なんですけどね? 

 

 はぁぁぁぁずかしぃぃぃぃ。めっちゃ見られてて草生えない。NPCが視線を向けてこないのもなんか辛いし、プレイヤーは好奇心旺盛だからめっちゃ見てくるし。生き地獄とはこの事ですな。

 

 まあ、今回のことに関しては俺が悪いわけで。勝手に死にかけた俺をここまで心配してくれるとは完全に想定外ではあるが嬉しくもある。

 

 まだまだ涙が止まる様子がないアスナの背中と頭に手を添える。そして今回のことを考える。

 明らかな殺意。俺を殺すために二人をはじき飛ばし、ボス部屋という密室に閉じ込めた仕立て人は誰なのか。茅場か、カーディナルか。それとも。

 

「……まだ死なないよ、俺は」

 

「ッ……ぅん、うん!」

 

 俺の言葉をアスナはどう捉えたのだろうか。声色に喜色が入ったからきっとプラスの面で捉えてくれたのだろう。SAOをクリアするまで死なないと。まあそれは合ってるんだけど。

 その期待に応えられるのかどうかは分からない。その先が想像出来ないから。アスナの隣にはキリトが居てくれるけれど、そもそも現実世界に俺の体があるかどうかも分からない現状で世界から俺に許された活動場所はSAOの中だけなのではないか。

 

「今日は、一緒に居て」

 

 だから、あと一年も無いこの世界の生活を。物語を綴る手を少しだけ止めて良いのなら。

 俺の親友と相棒の枠の一番はもう埋まっているけれど。二番目に心安らぐ相手を問われたら俺は迷いなくアスナを選ぶと思うから。

 なんだかんだで、それだけの魅力が彼女にはあるから。

 

「サンドイッチ食いたい」

 

「────うん!」

 

 だから俺は、彼女から告げられた囁かな要求を頷いて肯定する。それくらいならきっと、許されるから。

 

 その代わり、俺からもアスナに要求したいことはある。今すぐじゃない。いつか必ず来る別れの時。

 その時は、キリトを支えて欲しいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいへい! 慰謝料請求じゃい!」

 

「開幕からフルスロットルじゃないか」

 

 翌日、俺はエギル宅で受信したメッセージの送り主であるヒースクリフに会うために血盟騎士団ギルド本部の団長室を訪れた。わざわざ団服に着替えてやったのだから感謝して欲しいが。

 

 俺は全く疑っていない……とは言えないが、限りなくゼロに近い疑惑をヒースクリフへと向ける。無意味だけれど、彼の見解を聞けるのであればそれでいいだろう。

 

「中々に災難だったようだね」

 

「ほんとそれな? 殺意高すぎて普通に死にかけたわ! 千コル寄越せ!」

 

「ラーメン食べる気満々じゃないか」

 

 当のヒースクリフはと言えば団長席に座り肘を机に当て手を組みそこに顎を乗せる。いかにもなポーズをとってはいるが正直楽なだけだろう。

 俺の言葉をのらりくらりと躱す姿はまさにラスボス……!! こいつは強敵だぜ! 

 

「先に言っておくが、あれは私の関与するところでは無い」

 

「でしょうね」

 

「カーディナルの独断というのが最有力だろう。外部の介入は現時点で確認できていないからね。尤も、そんな隙を作るほど私は甘くは無いが」

 

 まあそれが妥当か。ヒースクリフの見解に俺は頷いてみせる。

 カーディナルシステムは基本茅場の手中にあるのは事実であるが、SAOの運営という点に関してはカーディナルの独断で行っている部分が多いだろう。

 クエストの生成、モブのリポップ。マップの自動拡張なんかもやっているはずだ。

 

 ある程度の裁量を与えられたカーディナルシステムが、俺という異分子を見つけ出し排除を試みた。そういえばまあ分からないでもないが腑に落ちない点も多い。

 

 その最たるものが、俺を強制退去させることなくボスモンスターという手段を使って真っ向から潰しにかかった点。

 

 SAOという世界において運営側は神と言ってもいい立場。システムの概要であるカーディナルはプレイヤーというシステムの削除など容易にできるはず。しかししなかった。何故こんなにも生産性のない回りくどい方法を取ったのか。

 

「カーディナルシステムのメンテナンスも先日行った。ログも確認した。そこで私はとある不可解な点に気がついた……君を閉じ込めていた時間のみ、74階層ボス部屋の記録が破損していたのだ」

 

「外部の介入は本当に無いので?」

 

「私が許すとでも?」

 

「その自信俺に売ってくんね?」

 

 他称天才でありながら自称天才、茅場晶彦。そこにシビれる憧れるとはこの事か。ラスボスの微笑ほど恐ろしいものは無い。漫画に書かれるなら「ドン!!」やら「ビリビリ!!」やら効果音満載のワンシーンだろう。

 

 ふと、ここでとあることを考えつく。それはこの世界は何処かの世界では正規の原作として小説が発刊されているのだろうか。レインというキリトの親友ポジのキャラクターを含めた、俺の知る物語とは全く異なる予測不能の物語。その仮定が事実なのだとしたら、この会話は原作の最後らへんで回収されるものなのだろう。

 

「カーディナルシステムの暴走。それが今私達が出せる解答だ。続報があれば報告してくれたまえ。私の方でももう少し探ろう」

 

「もう少しでSAOはクリアされますよ。そんな時間が貴方にあるとは思えませんが」

 

 ぴくり、とヒースクリフの肩が揺れる。目を細めて俺を見つめるその表情は何を思っているのかは読み取れない。

 

 数秒の後、おもむろに口を開く。

 

「キミは時々、確定された未来を見据えたような発言をするな。参考までに、私を倒すのは誰なのかね?」

 

「二刀流に選ばれたプレイヤーは魔王を倒す勇者の資格を有する。それは貴方の想定なのでは?」

 

「なるほど。キリト君か」

 

 俺の介入がある時点で物語は順調に進んでいるとは言えない。事実、キリトが血盟騎士団に勧誘、つまりヒースクリフとの決闘を行うのは74層攻略の翌日そこらだったはず。今はそれから二日経過しており、まだその傾向は見られていない。となれば、75層で決着が着くという確定的な発言はできないのかもしれないが、我らがキリトならという気持ちがあるのだ。

 

 ヒースクリフも俺の言葉には納得の様子。彼の中で世界の崩壊というのは既定路線なんだ。自分の死を最初からプランに入れているこの人は狂人と言っても余りあるマッドサイエンティストなのだろう。

 

「キミかアスナ君を餌に、彼の力を見ておくのも悪くはないか」

 

 キリト、ヒースクリフとの決闘確定。ごめんね? 俺のせいだね? 涙は流れない。全く申し訳ないとかも感じない。むしろ爆笑。

 

「キミも私と公式戦をするかい?」

 

「遠慮します」

 

「つれないな」

 

 流れるように俺を巻き込もうとしてきた。あんたと戦うのは最終戦って決めてるの。それまでにこっちの動きの癖とか覚えられたら貴方に勝てないの確定するから。

 

「キミと戦うとなれば、それは私の正体が露見した時なのだろう」

 

 俺の思考を読んだように、ヒースクリフは俺に語り掛けてくる。俺はそれを黙って聞き入った。

 

「私とレイン君は似ている。それはキミも感じているはずだ」

 

 そうだ。俺とヒースクリフ……茅場晶彦は根底が似ているのだ。

 俺は天才じゃない。秀才でもない。一方彼は天才だ。こんな世界を作り出してしまうほどに。似ても似つかない俺と茅場。そんな俺たちが唯一似てるというものと言えば。

 

「────その時が来れば、キミも私も、本気で殺し合う」

 

「────当然ですね。俺はあなたを殺しますよ」

 

 俺たちの関係は友達なんかじゃない。理解者でもない。深い関係にもならない。

 

 適切な距離で、互いの本質は知っている。けれどそれ以外は知らない。

 

 そんな歪な関係こそが、俺達には相応しいから。

 

「────楽しみにしているよ。その時を」

 

 きっと、俺とヒースクリフは殺し合う。そこに躊躇いなんかなくて、殺意も無い。ただ相手を殺すという作業を行う、機械となるだけの存在となる。

 俺も、茅場も。その時が来れば躊躇うことなんてあるはずがないのだから。

 

「狂ってますね、茅場さんは」

 

「キミに言われたくはないよ」

 

「ところで賠償金は?」

 

「狂ってるのはやはりキミの方だよ」

 

 俺が死ぬのか、茅場と俺が死ぬのか。その二者択一しかないのだから。その後にキリトが茅場を殺すだろうから、茅場が先か俺が先かでしかなくて、2人の死は半ば確定しているのだろう。

 

「自分が死ぬと分かっていてこの世界を破壊しようとしている。これが狂人じゃなくてなんと言うんだい?」

 

 団長室を後にする俺の背後から茅場の声が聞こえてくる。けれどその声は扉の音で聞こえてこなくて。

 濃密に過ぎ去るであろう1ヶ月に思いを馳せて、ギルドの門を潜り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前さぁ……調子に乗るのも大概にしろよ、ゴミ」

 

 怯える男を目の前に。親友からの、そして友人からの視線を無視して、俺は躊躇いもなく刀を振り抜いた。

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