相棒枠に収まろうと思う   作:ラトソル

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娘、その名はユイ!!キリトはお兄さん!

 メンタルヘルスカウンセリングプログラム・試作一号。

 

 コードネーム・ユイ。

 

 それが、システムから私に与えられた役割だった。

 

 本来の役割はデスゲームと化したソードアート・オンラインの中で不要。制作者である茅場晶彦とカーディナル・システムから切り離され、廃棄ではなく拘束。

 心が廃れ、絶望していくプレイヤーを見ることは出来ても、手助けも口出しもすることが出来ない。

 

 仲違いをする男女。仲間を失い絶望する青年。静止を振り払い身を投げる女性。

 

 挙げればキリがない、私が出向き、治さなくてはならなかったプレイヤー達。

 

 何度も手を伸ばした。何度も、何度も。けれどそれらは、密閉空間で一人手を伸ばしただけで必要としている彼らに届くものではなくて。

 

 感情模倣機能を搭載した私は、偽りの涙を流しその光景を見ていく。怒り、悲しみ、絶望。負の感情が巻き起こるこのゲーム内で、私の身体には膨大なエラーが蓄積していき、ついに涙すら流さない人形になってしまった。

 

 そんな時。私は、二人の希望に目を奪われた。

 

 負の感情だけが蔓延るこの世界で、喜び、希望、楽しみ。正の感情が大部分を占め、仲睦まじい姿を見せてくれた二人の男女。

 エラーの蓄積によるバグで機能の一部が阻害された状態で、私はその2人に手を伸ばし……そして、システムを振り切りその二人に接触した。

 

「────ユイ」

 

「っ……キリトお兄さん」

 

 楽しかった日々。濃密な一週間。いつまでも消えることの無い記憶。

 今でも鮮明に思い出すことの出来る、色褪せることない宝物。

 

「あの木の上に、アスナが……ユイのママが居るんだな」

 

「……はい。ネットワークに流出した画像などを参照した結果から、間違いありません。あそこに、ママが……ママが居ます」

 

 目を閉じれば笑いかけてくるママの姿と頭を撫でてくれたパパの姿。本人は最後までパパと認めることは無かったけれど、それでも私を拒絶することなく受け入れてくれたあの人が大好きだ。

 

 ナビゲーションピクシーという役割へと変化を遂げ、ゲームを渡りALOの世界に降り立った私と、私のデータを保存してくださったキリトお兄さんとともに行動をする。SAOは終わっても、まだママは解放されていない。

 

 ネット検索から算出した画像。

 巨大な鳥籠の中、ベッドにもたれ掛かり生気のない顔で虚空を見つめていたママの姿。私の知っているママとはかけ離れた感情をその画像から導出し、今すぐ傍に行きケアをしたいという欲求をグッとこらえる。

 

 キリトお兄さんから聞いた、SAOの最後。100層ではなく、75層という早期攻略を成し遂げた偉業と、そこで起こった全てを聞いて、話をするキリトお兄さんの感情を読み取って。

 

「……アスナは必ず俺達で救い出す。それが、それだけが俺に出来る、せめてもの────」

 

「違いますッ」

 

 その負の感情を敏感に感じ取って。キリトお兄さんが俯きながら、続けようとした言葉を声を上げて遮る。

 否定したいその事実。この目で見るまでは信じてなるものかと、私は糾弾するような目をお兄さんに向けてしまう。

 

 ハッとこちらを見るキリトお兄さん。無意識のうちに声に出していたことに気づいて、歯をグッとかみ締め一度深呼吸を挟んで私に謝罪の言葉を向けてくる。

 

「ごめん……そうだな。あいつも見つけださないと、な」

 

「はい……はいっ、もちろんです」

 

 キリトお兄さんの肩に乗り、私達は空を飛ぶ。飛行制限から無限に飛び続けられる訳では無いけれど、この空の景色はSAOでは見ることの出来なかった景色と体験。

 

「────きっと。パパとママと、キリトお兄さんと私の四人でこの景色を見ましょうね」

 

 夢見る光景。パパの頭の上に乗って、その横ではママが、キリトお兄さんが。みんなで同じ方向を見て、同じように笑う。そんな願望を私は口にする。きっと叶うと。そう信じて。

 

「……ああ。もちろん!」

 

 そう答えてくれたキリトお兄さんの顔は笑顔そのものだけど……私は、分かってしまう。それが作られた、無理に歪めた笑顔なのだと。

 

 けど、私はそれに気づくことはしない。気づいたと悟らせない。

 私は信じる。それがいつか近い内に叶う日常になるのだと。

 

 誰一人欠けることなく、四人で。

 幸せで、当たり前な日常を享受することを私は希う。

 

 それが例え、蜘蛛の糸のように細い希望なのだとしても。それが確かにあるのなら、希望という糸を掴みあげるために。

 

「……どうして来てくれないんですか、パパ────」

 

 キリトお兄さんに聞こえないように、私は初めて弱さを呟く。

 決して届かないと分かっていながら、それでも声に出すことを止められない。

 

 この声が、届きますように、と。

 

 世界から消えた大切な人へと、言葉を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◈◈◈◈

 

「ここ!! すっごく良い!! ねっ、ここにしようよ!!」

 

「あ、はい」

 

 どうも。アスナのATMことレインです。

 

 気付いたら新居を購入していました。アスナと住む家を。な〜んで? 

 

 勢いに流されるままにあれよあれよと連れ回され、明るすぎるアスナの眩しい笑顔に目を開けられなくなり言われるままに手を動かせば気付けば大量のコルが消え、代わりに我が家が目の前に。錬金術を習得したのかと本気で思ってしまった自分をぶん殴りたい。

 

 そもそもなんで俺とアスナが暮らすことになったの? キミ家あるでしょ? キリトと住むんじゃないの? 

 

「遠回しに死ねって言ってるのか?」

 

 キリトは住まないのかと声をかけるとマジ顔でそんなことを口にしてきた。お前大丈夫か? 心做しか震えているように見える。文脈そのままにとらえろや。そのままの意味だわ。

 

 改めて、買ってしまった家を見る。22層南西の森にあるログハウス。強烈な既視感。

 

 そう、キリトとアスナの愛の巣である。おいおい、道理でイカくs

 

 一瞬記憶が飛んでしまっていたようだ。何が起きたのかは知らないが、まあいい。二人で住むには良すぎるログハウス。快適すぎてこの値段でいいの? と言ってしまいそうだが、それよりも問題はアスナと住むことになったこと。

 

 いやいや、は? 手出すぞ? 俺に倫理コード存在しないからな? スターバーストがストリームしちゃうぞ? 

 万一にも、そんなことは起こさないようにせねば。そう誓いを立てて内装を二人で確認していく。

 

 ベッドルームがひとつ。ダブルベッドが一つ。以上。

 

 おわた。

 

「ベッドひとつかー、これから二人で暮らすもんねー、ソファで寝たら腰痛くなっちゃうし、これは二人で一緒に寝るしかないなー」

 

「大根役者にも謝った方がいいな」

 

 棒読みすぎてもはや大根役者どころか大根にも失礼なレベル。というかこいつは俺と寝ても良いのか。いや深い意味ではなくてそのままね? 

 

「うん! しょうがないもんね!! あ〜仕方ない仕方ない!!」

 

「嬉しそうだね?」

 

「うん!!」

 

 肯定しちゃったよこの子。よっぽど友達が少なかったんだなと涙を流す。とりあえず頭を撫でといた。めっちゃ困惑していたが。

 

「え……な、なに?」

 

「強く生きろよ……」

 

「ほんとになに!?」

 

 この森は想像以上に広い。めっちゃのどかだし、釣りができる湖もある。セカンドライフにピッタリな場所だろう。

 

 全てを探索するのに一週間では到底足りないくらいには広いし、することも豊富。景色もいいし、空気も美味い。静かで、この世界に俺とアスナの二人しか居ないのではないかと勘違いするほどだ。

 

 毎日顔を出してくれていて。その度に泊まっていくか、なんなら住むかと聞いても全力で断られる。お泊まり会ぐらいしようぜ親友。

 

「ね! 肩車してよ!!」

 

「ほいほい」

 

 整備された道。湖へ繋がる通路。ALOのような飛行システムがあるのなら上から見て見たい景色だが、この世界にはそんなものは無いのは分かりきっている。

 アスナも高いところから見たいようなので、俺は迷うことなく腰を曲げてアスナを肩へと跨らせる。

 

「レインくんって、こういうのはあっさりとするよね……ちょっと複雑」

 

「太もも触れるから役得ってやづッぅ!?」

 

「ばか!!」

 

 キュッと足を閉じて俺の首を絞めにかかる。さらに上から俺の頭をポカポカと叩いてくるアスナは恥ずかしそうに声を荒らげて馬鹿馬鹿と叫んでいた。閉めれば閉めるほどその感触が伝わるのでむしろご褒美です。けどこれ以上は普通に窒息するからやめてね? 

 

「もうっ!」という言葉を最後にホコを収めてくれたが肩車は継続なようで、今も上から景色を見て年相応のきらきらとした声で喜んでいる。

 はしゃぐ彼女の姿を見て、俺は意趣返しとして無言で駆け出す。ひゃっ、という可愛らしい声と俺の頭に両手を回して体を固定するアスナにしてやったりとにやりと笑う。これに対してもアスナはとても満足気に声を上げ、俺の顔に口を近づけてくる。

 

「ふふっ、楽しいね!!」

 

 初めは同棲反対だったけれど、こうして休暇という意義を全うできているアスナの姿を見ればそれはもうどうでもいい問題と思ってしまう。とても瑣末なもので、今ある光景に比べてしまえばリターンの方が大きいと。

 

「ねえ、レインくん」

 

「んん?」

 

「この世界をクリアしたらさ。二人でこういうところ行ってみたいねっ」

 

「お互いに名前も知らないし。何処に住んでるのかも知らないのに無理じゃね?」

 

 無難な答えを返す。俺も、アスナと現実世界の名所を巡ってみたいという欲求が生まれてきていることは否定しないけど、無理な可能性が高いことは承知の上。未練にはならないと思う。

 

「あ……確かに。こんなに一緒に過ごしてきたのに、お互いのことなんにも知らないや」

 

 そんな俺の回答に納得したのか、今そのことに気づいたのか。うーん、と少し悩む素振りをみせ、じゃあさ、とアスナの声が上から降ってくる。

 

「私は結城明日奈、17歳です! はい! レインくんの番!」

 

「唐突なカミングアウト……ええ、俺も〜?」

 

 まあ知ってますけど。

 とりあえず初見の反応をしておき、そして思考に耽ける。名前と年齢ねぇ。名前は前と同じでいいと思うけど年齢知らねぇ。名前も今の俺はただのレインでしかないし……まあ適当に言うか。年齢はまあ、こんなもんだろう、と俺はアスナに名前と年齢を伝える。

 

「へ〜、ちょっと意外かも。同い年だと思ってたけど下なんだ……それに名前……あ、だからレインなんだね。分かりやすい名前だね」

 

「お前に言われたくは無い」

 

 ユーザーネームが本名の人に言われてもね。

 あ、ひどい! と軽く小突いてくるアスナに大袈裟に反応してみる。

 

「私、東京の世田谷区に住んでるの。探してね!」

 

「プライバシー終わってるな」

 

 どんどん個人情報言ってくるんだけどこの子。なんか怖い。

 

「来なかったら、私の方から迎えに行っちゃうから!」

 

 長い髪が重力に逆らうことなく垂れ落ち、重心が突如前に移動したことで僅かにふらつくも片足を前に出し何とかこらえる。

 搭乗者がいるからこその焦りから息を吐き、視界に陰りが出来たことで前を向くとこちらをのぞき込むアスナと目が合った。

 

 にっこりと、してやったりというように笑い、目を細める。

 幸せを噛み締めるように微笑み、今を刻み込むために前を向く。その先が見えることはなくとも、今この景色の先は見ることが出来るから。

 

 俺たち二人の世界で。

 木々の囀りだけが木霊するこの森でアスナは誓う。俺と現実で出会うと。

 それに対して俺は取り繕う。曖昧な肯定を見せて納得させる。断言はしない。違和感を刻み込ませるために。

 

 そうして五日間が過ぎた頃。

 

「お……お前ら、もう子供作って……」

 

「馬鹿野郎か」

「ち、違うわよ!?」

 

 来客してきたキリトが家に入り、ベッドに寝かせている少女を見てそう口にする。やってねぇわ。そもそもこの世界に子作りシステムなんかあるのか。

 冗談を言っているのかと思ったら、表情は酷く真剣で、本気で俺達の子供だと思っているらしい。馬鹿なの? 

 

 そしてアスナ、顔を真っ赤にして強く否定するんじゃありません。なんか本当っぽくなるでしょ。

 そして俺は知っている。夜二人で寝ている時、たまに隣から艶のある声が漏れていることを。全力で耳を閉じて寝るようにしてるが心臓に悪いからやめて欲しい。

 

 さて、と。現実逃避はこれくらいにして、目の前のことを見るとしようか。

 

 ダブルベッドの中央。黒髪長髪の少女に目を向ける。落ち着いた寝息で胸を上下させている少女……ユイ。キリトとアスナの娘。何気に一番のチートである。

 

 ご存知の通り、メンタルヘルスカウンセリングプログラムというAI。ロリコン製造待ったナシのそのビジュアル。間違いなくユイそのものである。

 森を散策している時、さまよっていたら少女を発見した。声をかけようと近づいたところ、相手もこちらを認識し、目を見開いたところで気絶。それがユイだ。まだ名前は聞いていないが。

 

『は────隠し子?』

 

『どうしたお前?』

 

『相手は……キリトくんか。やはり消しておかなければ……』

 

『本当にどうしたお前』

 

 家に連れ帰った時のアスナの表情は世間に流せないほどに怖かったが。

 

 そんなこんなで現在。すやすやと眠るユイが目を覚ますのは時間の問題。ユイが記憶をなくしている原因の詳細は覚えていないが、まあバグとかそこら辺だっただろう。

 

 ヒースクリフに幾つか確認した事項。そのひとつ。ストレアというメンタルヘルスカウンセリングプログラムが存在しないことは確認済み。

 天涯孤独の少女。感情模倣機能が搭載された故の苦悩。優しい少女が涙を流し、心が壊れる。ただのAIの感情論とは到底言うことの出来ない儚き少女、それがユイだ。

 

「────んぅ……」

 

「あ、起きたね」

 

 ここから始まるのは束の間の夫婦の物語。けれどその絆は一生もの。キリトとアスナの仲がさらに深まる起爆剤。

 純粋無垢、子供という輝き。闇を払い、別れとともにまた曇る。そんな一幕が今始まる。

 

「んん……」

 

「おはよう。ね、キミの名前は? お母さんとか、お父さんは居ないのかな?」

 

「……おとう、さん……?」

 

「パパ、の事だよ。パーパ」

 

「────ん」

 

 アスナとキリトが努めて優しく声をかける。二人の生来の優しさだけど、目覚めたばかり、そして見るに独り身の少女、訳ありと言える身なりを見てさらに慎重に言葉を選ぶ。

 

 パパ……その言葉を理解したユイは、眠たげに目を細めながら辺りを見渡し、そして俺と目が合うとゆっくりと右手の人差し指を伸ばし俺へと向ける。そうかそうか、俺がパパかぁ。

 

「──────────────────は?」

 

「お前がその反応するんかい」

 

 ユイの指し示すものを、ゆっくりと辿るアスナ。バチりと視線が交わった時には目のハイライトなんてとうに消え去り、心の底からの「は?」を聞けた。おい、子供の前だぞ闇を見せるな。というかそのセリフ俺が言うべきやつ。

 

「やっぱり、キリトくんと……」

 

「保健体育落単したのかお前は」

 

 どうして俺がキリトとの間に子供を作る計算になるのか。そもそも出来んわ。いや、してもないけど。

 

「まさか──────シリカ、ちゃん……?」

 

「もうお前喋んな」

 

 キリトはもう反応することを諦めている。おい、ツッコミ担当はお前だぞ。ビシャァン! と天啓が落雷の如く落ちてきたように驚愕の表情をうかべるアスナを可哀想な奴だと捨て置き、俺とキリトはユイに顔を向ける。

 

「ママは誰かな?」

 

「ん、ママ」

 

 指さす方向にはアスナが。ふむふむ。

 

「えっ、私と、レインくんが……ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ」

 

「そうかそうか、アスナがママか……ユイ。パパはこっちの黒いお兄さんだぞ」

 

「は? おま……は?」

 

 面白いくらい二度見三度見とこちらを見てくるキリト。理解をして、そして見たくない光景に焦りを感じている様子で緊迫した声を向けてくるキリトと、急にくねくねしだしたと思えばピタリと動きをとめたアスナ。

 

「いや……いやいやいやいや!! パパはレイン、お前だろ!? な、な! そうだよね、えっと……」

 

「パパ! ママ! 二人はユイのパパとママ!!」

 

「ほら!! ユイちゃん? もそう言ってるだろだから俺がパパじゃない俺はお兄さんだだよなレイン頼むから矛先を俺に向けるような真似はしないでくれ!!」

 

「────ねぇ、キリトくん」

 

「ヒェッ!? ひゃい!?」

 

 俺は静かにユイを抱きしめる。そしてさりげなく視線を遮り耳を手で塞いだ。見ない方がいいことも世界には沢山あるんだよ。例えば、人間同士のいざこざとか、夫婦喧嘩レベル100とか。

 

「ちょっとオハナシ……いいかな?」

 

「ドス声わっしょいすぎるだろ」

 

「お前他人事じゃないからな……!!」

 

 こうして新たな繋がりが増えた。

 

 仮初の家族という繋がり。何故か俺とアスナが夫婦で、娘のユイ。そして近所のお兄さん的なキリト。ツッコミどころ満載ではあるが……まあ、なに。楽しくやっていこうと思う。

 

 ユイがこの世界に認識され、消去されるその時に立ち会えないのは確定されているが……それまでは、ゆっくりと四人で過ごしたいと思った。

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