あいあむちょび髭、画家を目指す 作:ジャーマンポテトin納豆
艦隊がキール港を出発してから1ヶ月後。
艦隊が丁度、日本に到着するぐらいの頃合いに合わせて出発するわけである。
ベルリン郊外に設けた、ベルリン空港に政府専用機として改造させたMe366B型に乗り込む。
長距離飛行の為に装甲も全部取り外されており、燃料搭載量も大きく増やされており航続距離は最大5300kmにまで伸ばされている。
政府専用機に改造されている機内は快適そのもので、1個小隊もの兵士を丸ごと完全武装状態で載せられるだけの積載能力があるから、その機内を丸ごと改造して拵えたものになる。
私以外に搭乗しているのは、交代要員を含めてパイロット4名と航法員、通信員、機上整備員。それに護衛の特殊部隊員が2チーム8名。執務補佐の為に各省庁の人間が20名。それに医師と看護師が1名ずつ。
合計で38名の乗員、乗客となる。
武装や装甲は取り外されているので、多めの人数でも搭乗することが出来る。
一人が寝るのでやっとだが機体後部に仮眠用3段ベッドが2つ、執務室1部屋、かなり狭いが会議室1部屋、トイレ3つ、小さなキッチンと冷蔵庫などが備えられている。
行きと帰りで丸々2日間づつだ。最も長い飛行距離でスエズからムンバイとなる。都合10時間以上の飛行だ。
機体前部には座席があり、それぞれの座席は2席づつ仕切りで覆われており、防音も施されている。
各省庁の人間がそれぞれ執務を行えるようにしてあるのである。
日本訪問の主な目的は同盟国としての関係強化、軍の協力体制構築及び強化、軍官民問わずの技術的交流などが挙げられる。
現状の日本は対米戦開戦の可能性は少なくともアメリカ側から仕掛けられなければ有り得ない。と言うのも史実に於ける対米戦開戦の理由に軍の暴走に加えて、それによるアメリカの対日石油輸出の全面禁輸措置などがあり、最終的に石油を求めたことでアメリカ、欧州各国と戦争になったわけであるが、現状の日本は欧州各国とは同盟関係にあり、しかもイギリスとは第二次日英同盟を結んでいる。
アジア南方資源地帯、バリクパパンやパレンバンから豊富に産出される質の良い石油や高オクタン航空ガソリンを正規価格で問題無く輸入することが出来ており、それ以外の資源に関しても不足するという事態にはなりにくい。
だから日本はわざわざ戦争を吹っ掛けてまで資源を得ようとする必要が無いのだ。
とは言えども日本は資源に乏しいというのは変わらない。
そこで日本はドイツとイギリスに対して、石油採掘技術、石油精製技術の供与を望んだのである。
日本は自国領内や、傀儡国家である満州である程度の鉱物資源を得ることが出来ているが石油の算出はあるにはあるが極々少ない。
日本全国各地に油田があるにはあるが、その産出量や埋蔵量は軍の需要どころか民間需要ですら碌に満たせないレベルである。それを解決する為にも技術を欲したわけだ。
現時点でも1920年代頃から日本は大慶油田の存在を認識してはいるが、実用化をする上で問題が数多くあった。
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・石油がある正確な位置を掴み兼ねている
これはどの緯度経度、というわけではなくどれぐらいの深さにあるのか、ということである。
取り寄せた資料によれば1931年~1938年までの調査で『玄武岩の隙間に油質が見られている』、『地中深くの海成層に油質がある可能性がある』、とされているが東京大学の西松教授によると、地震調査で断層の位置を探ったが日本製機材では精度が出ずに結果として分からず仕舞いに終わってしまったという。
アメリカの民間企業に頼むことも検討されたが、国防資源である石油の採掘は機密事項である為に旧来のように優れた機材を持つアメリカの民間企業に頼れないという実情がある。
現時点でも日米関係は冷え込んでおり、禁輸措置こそ採られていないものの、アメリカは日本の太平洋における仮想敵国であることに変わりはない。
そこでドイツやオランダ、イギリスに頼んできた、というわけだ。
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・油田がある場所が軟弱地盤で、油井のすぐ隣に精製施設を建設できない。
これはジャライノールでは無く『阜新』でのことだ。
元々炭田があったわけだが、調査の結果新たに油脈の兆候があるとされたらしい。トロホ地区という場所で採掘される粘結炭が採掘されていたのだが、これはコークスになるものだ。
その粘結炭から分離された不純物の中に石油が含まれていた上に、炭田近くでアスファルトが発見された。
そこでジャライノールと並行して阜新でも調査が進められることになったのだが、1937年に1000mボーリング調査を実施した際に地下30mの砂泥層で大量のアスファルトが発見された上に、地下600m付近では採掘された際に沁み出る泥水に原油が混ざり始めたという。
1938年に700mまで掘り進めた際にはその時点で200Lの原油を回収しており油脈の存在が確定したわけだが、問題はそれからだった。
先に記したように阜新での石油の存在は間違いなく、その上埋蔵量もかなりのものであるとされているのだが石油が埋まっている深さの場所が問題だった。
地下500m~1000mの沙海頁岩という馳走に泥と混ざった状態で原油が埋蔵されているようだが、油層が薄く石油を溜めている貯留岩となる砂岩が十分に保持しておらず大量にあるにはあるが、薄く広くばらけて沈殿しているらしい。
日本の技術者や学者から直接話を聞いたところ、もう少し地質が違っていたら埋蔵量1億バレルは下らないと言っていた。
それでも色々と採掘計画は立案されているようだが、実施はされていないというのが現状だ。
と言うのも日本にはそれら石油を採掘出来るだけの採掘技術と、精製技術、添加技術が全く足りていないからであった。
それに加えて日本地質学会の考え方にも問題がある。どうやら日本地質学会では石油が存在するのは海成層だけという考え方が主流というか、支配的であるようでそれ以外の地層には石油は無い、だから調査する必要は無いとしているようだった。
これは誤りであり、もっと広範囲に、様々な地層を調査する必要があると我が国や各国の学者や技術者は言っていた。
ここに日本の採掘技術の問題が加わる。
先んじて技術者を派遣し現地を調査、視察させたところ大慶油田の油層は泥炭層の中、分かり易く言えば湿地の底にあるらしく、地上部分は湿地になっているそうだ。
こういう地形は、地中の圧力が低く石油が自噴しないので採掘には通常よりも高い技術と設備が必要になる。
採掘するには水を送り込んで油層内の原油を押し出して別の油井からくみ上げる『水攻法』という採掘技術が必須なわけだが、これには莫大な手間と時間が掛かる上に、要求される技術レベルも高い。当然日本にそんな技術はあるわけもない。
さらに地盤が悪い湿地帯に設備を建設する難易度も加算されており、少なくとも現状の日本では大慶油田から石油を得ることが出来ないのだ。
一応言っておくと、水攻法の導入に関してはアメリカからの技術提供を考えていたらしいがご破算になった。
アメリカ側がこの技術の見返りに要求したのは満州鉄道の日米共同経営を認める、満州権益を認める、というものだったので日本としては認められるわけが無い。
それに加えて、試掘で得られた石油を我が国で分析したところ、この石油はパラフィン系重質油で、これはディーゼル燃料に適したものであり、日本が喉から手が出るほど欲しい航空ガソリンには向いていない。
重質油の精製は輸送の都合上、採掘所の近くに精製施設を建てる必要があるが先述の通り地盤が弱い湿地帯なので少なからず地盤改良が必須だ。
さらに大慶油田の石油は、硫黄の含有量がかなり多く、硫黄分を抽出する必要がある。
日本にはこの硫黄成分抽出に必要な、『水素添加式脱硫技術』が存在しないのだ。この技術も技術者ごとアメリカから設備丸ごと輸入する計画だったらしいが日米関係悪化の為に頓挫している。
これとは少し違うが、高オクタン化ガソリン精製技術も日本には存在しない。
高オクタン航空ガソリンを精製するには『四エチル鉛添加精製技術』が必要となるのだが、残念ながら日本にはこちらも存在しない。
仮想敵国であるアメリカ頼みだったが関係悪化によって得られなくなった、なのでこれを欲したというわけである。
総括すると現状の日本ではそもそも発見出来ていないし、発見出来たとしても採掘出来ないし、採掘出来たとしても精製出来ないし、精製出来たとしても航空ガソリンのような分野はカバー出来ない、というのが実情なのである。
どれだけ日本にとって都合良く事が運んだとしても、まぁ9割以上無理だろうし採算が取れる、戦争に活用出来るレベルともなると10割方無理、というのが我々の出した結論である。
そのために日本はその辺の技術をドイツ、オランダ、イギリスに要求したわけだ。
現在ドイツには北海油田があるが、そこの採掘をする技術の流用も出来るだろうしオランダに関しては蘭印アジア領の石油産出地帯があるので採掘技術がある。
イギリスも同様に持っているので頼む相手を正しく導き出したというべきか。
その辺の技術供与などの話を纏める為に日本へ向かうのである。
「閣下、日本が余程楽しみなご様子ですね」
「日本、というより日本での食事が楽しみだ。日本食はさぞ美味しいと聞く」
「イタリア料理と、どちらが美味しいでしょうか?」
「それは食べてみないと分からんな。少なくともイギリス料理よりは遥かにマシだろう」
イギリスの料理は、はっきり言ってクソである。
なんだってあんな不味いものばかりになるんだろうか?
ドイツの食事も質素で味気無いことも多いが、あくまでも質素なだけだ。
イギリス料理は質素云々では無く、単純な不味さなのだ。
何というか、料理というモノに対してのセンスが皆無なのだ。
「同じ島国ですが、大丈夫でしょうか」
「……大丈夫だろう。まぁ、なんにしても到着してからの楽しみだ」
基本的にはドイツ料理というのは質素だ。
どれぐらい質素かと言うと、前世での現代ドイツでは自宅に誰かを招いて歓迎する場合、大抵は料理を作ったりしてもてなすが、ドイツではそのもてなす際の料理で一番良い料理が、パスタを茹でてレトルトのソースを掛けて出すというものである。
我々の食事も、黒パンにハムやサラミ、チーズをのせて食べるとか、本当にそれぐらいなのだ。
あとはジャガイモ。ドイツ人のジャガイモ好きはおかしい。
そんなのばかりだから、日本食に飢えているのである。
「閣下、お水で宜しかったでしょうか?」
「うむ。ありがとう」
休憩する為に執務部屋から出て座席に座っていると、秘書が水を折り畳み式机に置いてくれながら声を掛けてくる。
流石にこんな、昼間っから酒を飲む訳にもいかんしなぁ。私は酒が好きなタイプでは無いし、結局水が一番落ち着くのである。
何時間も座っていれば腰も背中も意外と辛いのである。身体を伸ばすとバキボキと凄まじい音がする。
「いたたた……」
「大丈夫ですか?」
「歳を取ると言うのは、難儀なものだ……」
年齢を重ねるというのは、良い事は勿論沢山あるが、こうして身体のガタが来るという点に関しては年齢を重ねる事の悪い点と言えるな。
「貼り薬をお持ち致しましょうか?」
「いや、そこまでには及ばんよ。とは言っても、少し休憩させてもらう」
「承知しました。おやすみなさい」
痛い腰を摩りながらベッドに向かう。
執務室には仮眠用のベッドが備え付けられているのでそれで横になれば幾らか楽になるだろう。
3時間ほど仮眠をとると、随分と腰も楽になった。
ぐっと身体を伸ばしてから執務室を出る。
「おはようございます。お食事になさいますか?」
「うむ。お願いしよう」
少しして持って来てくれたのは白パンにサラミとチーズ、マッシュポテトを挟んだサンドイッチである。
まぁ、うん、分かっていたとも。別に不味いというわけでは無いのである。美味しいのだが、こればかりが続くと何か別の食べ物を食べたくなる。あぁ、不味いな、どんどん頭の中が日本食に侵され始めたぞ。
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丸々2日間の長旅を終えて東京に到着である。
国歌を奏でる軍楽隊に出迎えられ、そこには高橋是清総理大臣の姿があった。
史実では2・26事件で暗殺された訳だが、この世界では何故だか生きている訳である。私としてもなんでだろうか?というのが正直なところである。
しれっと日本に将校が反乱を起こしそうとか情報を流したからだろうか?史実通り殺された政治家も居たが、何人かは助かったのだがその一人が高橋是清なのだ。
高橋是清は、この時代の日本人としてはかなり恵まれた体格をしている。身長は173cm、体重75kgと平均身長が150cm〜160cmが精々なところだから尚更だ。
それでも184cmもある私と比べると小さく見えてしまう。
「閣下、お初にお目に掛かります。高橋是清と申します。お会いすることが出来、大変光栄です」
「こちらこそ。お出迎え有難うございます」
「それにしても、閣下は身長がかなり高くスタイルが良いですな」
「ありがとう。何、頑丈に産んでくれた母に感謝するしかありませんな」
タラップを降りると、高橋総理が笑顔で出迎えてくれる。
私の身長体重は184cmに89kgなる。何故か史実とは違って随分身長が伸びたが栄養状態に気を使ったからだろうか。
お互いに握手をしながらカメラに二人揃って向かい、笑顔を浮かべて少し。
それが終わると黒塗りの自動車まで歩く。
道中は多くの記者がくっ付いてきてフラッシュを焚いており、我々が歩いている少し離れたところに民衆が詰めかけている。
規制線の向こう側から握手を求める声やサインを求めて色紙やペンを出している。
それに幾らか応える。
三十人ほどと握手を交わし、同じぐらいの数のサインを書く。
「随分熱心な出迎えですな」
「日本国民にも閣下のご活躍の噂が轟いているのでしょう」
「いやいや。それよりも高橋総理の、経済方面での大きなご活躍を聞き及んでおります」
「あれは……、当たり前のことをしただけです。軍事費が国庫の7割を占めるなど馬鹿げたことです。それを大きく削減して、国内の開発や経済成長に充てただけの事なのです」
日本の予算の内の大部分を占めた軍事予算は2割にまで減らされた。
減らされた分の予算は全て日本国内への投資や開発に充てられ、かなりの速度で経済成長を遂げている。
既にGDPは日中戦争開戦時の2.5倍にまで増えており、ここ2、3年の予算も当時と比べれば増えているし健全なものだ。
「それでも、そう簡単に出来ることではありますまい。粛清があったとは言っても軍からの反発も強かったでしょうし、命の危険もあったでしょう」
「生い先短い命です。国の為ならば惜しむものではありません」
車内で雑談に興じながら街並みを眺める。
懐かしい日本の風景だ。
「良い街並みですな」
「ドイツに比べれば道路の舗装も全くされておりません」
「私はこちらの方が好きです。どこか懐かしい、居心地の良い気持ちになれる」
「そう言って頂けるとは思ってもおりませんでした」
懐かしい、日本の風景と街並みだ。
思わず笑みが零れてしまう。
ドイツの場合は補給を安定させる為に主にアスファルトで、戦車などの重量物が通る道はコンクリートで舗装した経緯がある。
歩きやすくはなったが、雨が降れば吸収されないから、側溝を設けて排水する必要がある。古き良き景観はどうしても失われてしまった。良し悪しだ。
つい何年か前までベルリンも土が剥き出しの道路が多かった。だから土が剥き出しの地面は懐かしいのだ。
「それにしても閣下は随分と日本語がお上手なのですな」
「なに、こうして円滑に意思疎通を図る為にはお互いが、お互いの国の言葉を話せた方がいい」
「確かにその通りですな」
前世は日本人でした、なんて口が裂けても言えまいよ。
高橋総理を始めとした日本政府の閣僚とその日は会談を行い、対ソ戦略に始まり技術交流について話し合うことが出来、非常に有意義な時間を過ごすことが出来た。
その日は晩餐会に参加するということで、延々に多くの人と挨拶をしながらフレンチやイタリアンといった食事を食べる。期待していた日本食には残念ながらあり付けそうにない。
いや、だがしかし、私は何としてでも日本食や和食を食べたい。食べたいのだ!
こっそり抜け出して厨房に行って日本食や和食を作ってもらえないか頼んでみよう。
これだけ美味しい料理を作るのだ、日本食もさぞ美味しいに違いない。
「ハイダー君、少し移動する」
「はっ、どちらに」
「厨房だ」
「はっ?」
護衛のハイダー君に伝えると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「少し良いかな」
「!?こ、これはヒトラー閣下!」
厨房に顔を出すと、料理人達が直立不動で固まる。
まぁ、私も厨房に勤めていていきなりどっかの国のお偉いさんが来たらこうなる。それどころか内心は頭抱えるだろうな。
「閣下、その、どうされましたか?何か料理に不手際が……」
「いやいや、そんなことはない。とても良い腕をしていた。美味しかったよ、ありがとう」
「は、はっ!」
「要らぬ気を使わせてしまったようだ、申し訳ない」
「いえ、そんなことは!」
慌てながら頭を深く下げている。
「そこで迷惑でなければ、でいいのだが」
「なんで御座いましょう?」
「ぜひ日本食、和食を作って欲しい」
「おぉ……!」
料理人達が腕によりを掛けて作った味噌汁、唐揚げ、すき焼き、とんかつ、うどん、そば、てんぷら、刺身、肉じゃが、豚汁、たこ焼き、焼き鳥、牛タン、お好み焼き、親子丼、オムライス、生姜焼き、炊き込みご飯、卵焼き、お茶漬け、茶わん蒸し、揚げ出し豆腐、きんぴらごぼう。
そして輝かんばかりの白米!
これだ、これこそが私の望んでいた食事というものだ!
明日になって胃もたれするとか、夜に寝れなくなるとか、どうなろうと知ったことか!全部平らげてやる。私は目の前に並んでいるこの料理たちを、全て胃袋に詰め込んでやるのだ!
おっと、食べる前に写真を撮らねば。
今回の訪問の為だけに買った、ライカ製のカメラでパシャパシャと写真を撮る。
「美味しい、これは美味しい!」
「喜んで頂けたようで何よりでございます」
50年ぶりの日本食、和食である。こんなに幸せな食事は初めてだ。
こうして食べているとイタリア人やフランス人が、イギリスやドイツの食事を憐れむのも納得というか頷いてしまう。
「君達も食べてみたまえ。味覚が、脳が幸せに包まれるぞ」
「はっ、では」
ハイダー君たちにも料理を食べさせると、美味しかったのか表情が変わる。
「これは、美味しいですね」
「だろう」
「閣下、寿司職人とうなぎ職人を呼びました。よろしければ……」
「ぜひ食べたい。熱望してもよろしいかな」
「はっ、彼らも大層喜ぶでしょう」
料理人達は態々寿司職人とうなぎ職人まで呼んでくれたようだ。
寿司は前世でも大好物だったし、うなぎも言わずもがな。あぁ、思い出しただけで涎が溢れてくる。
「閣下、閣下どちらにおられますか!?」
「まずい、誰にも言わずに出てきてしまったから探しているのか」
廊下の方から秘書の声が聞こえる。
「閣下、こちらにおられましたか!」
「すまない」
「どこかに行かれるのなら一言仰ってからにして下さい!会場も大騒ぎです!」
やってしまった。
日本食、和食というものに目が眩んで周りが全く見えていなかった。反省はしている。しかし後悔は無い。
「申し訳ない」
「いやいや、それにしても我が日本の食が余程お口に合ったようで大変喜ばしいことです」
「高橋総理、料理人達は叱責しないであげてもらえないか。私の我儘を聞いてくれただけなのです」
「それは勿論。彼らも、こうまで言って頂けたのであれば料理人冥利に尽きるというものでしょう」
是清総理に笑いながら迎えられる。
いやはや、盛大にやってしまった。国家の代表として、顔としてあってはならない失態だ。
「閣下」
「ん?おぉっ」
料理人が態々出来立てのうな重を持って来てくれる。
これだ、この匂いだ。タレとご飯が合わさったこの凄まじく食欲をそそる匂いだ。
「……美味しいっ」
あぁ、泣きそうなほどに美味しい。
これだ、私が求めていた食事というのはこれなのだ。
ふわっふわのうなぎに、米、そしてこの絶妙なまでに美味しいタレである。
これが合わさったら、それはもう最高に美味しいのだ。今まで死んでいたのではないかというぐらいに、今までに無いほどに味覚細胞がこの味を感じている。脳のあらゆるところ、隅々にまで美味さが染み渡っている。
「閣下は箸の使い方もお上手ですな」
「練習しましたからな」
「いやはや、本当にお上手だし綺麗だ。失礼ながらお聞きしますが、日本へ来られるのは今回が初めてのはずでは?」
「そうですな。ヨーロッパ諸国以外の国へ行くという事自体も初めてになります」
「それでここまで箸の使い方がお上手なら私達の立つ背がありませんなぁ」
「いやいや」
あぶないあぶない。
つい当たり前のように箸を使ってしまったがそうだった、私は今生では日本に来たことなど全く無かったんだった。
目の前に美味い食事があって、それを味わえることに夢中になり過ぎてついついボロを出してしまうな。
「閣下、寿司職人が到着致しました。今から握らせますので少々お時間を頂きたく……」
「おぉっ!せっかくなら目の前で握ってもらえないか?直に見てみたい」
「で、ですが……」
「閣下のご希望だ、ぜひ握ってくれたまえ」
「で、では僭越ながら」
是清総理に言われ、縮こまりながら準備をする。
準備が終わり、いざ握り始めた。
すると寿司職人は見事なまでの動きでネタを捌き、寿司を握っていく。
赤酢のシャリとネタが合わさり、見事な見栄えだ。
「おぉ、見事な腕前だ」
「ありがとうございます」
次々と握っていくその動きはとても洗練されていて、見ていて飽きることは無い。
「閣下、生魚です。お止めになられたほうが……」
「大丈夫だ」
秘書が止めて来るが、それどころではない。
私は寿司が食べたいのだ!50年ぶりの寿司!
目の前に並んだ、キラキラと輝くような寿司を眺める。これだ、この光景が見たかったのだ……!
ライカ製のライカII型カメラでパシャリ、と何枚か写真を撮る。
白黒ではあるが、これはこれで味がある写り方だ。うむ、良い思い出になるな。
幾つもの交換レンズを買い込んだ甲斐があったというものだ。
安くはない買い物だったが、これだけのものが撮れれば値段以上の価値がある。
まずは鮪から。寿司と言ったら鮪だろう。
「うぅん……!これは、美味しい……!」
最高だ。私は今、前世を含めて一番の時を過ごしているのかもしれない。
「素晴らしい時間だった。ありがとう」
「きょ、恐縮です!」
「良かったらぜひ一緒に写真を撮って貰ってもいいかな?」
「は、はいっ!」
厨房の料理人達、そして態々来てくれたうなぎ職人と寿司職人と一緒に写真を撮る。
うむ、彼らの表情は物凄く緊張しているな。
「ありがとう。とても美味しかった。もし機会があればまたお願いするよ」
「こ、光栄です!」
最初から最後までペコペコとしていた彼らだった。
後日、現像された写真を店主や料理人達のところへ感謝の手紙と共に届けさせた。
帝國ホテルの最上階、最も良い部屋を日本滞在中の部屋として用意してくれている。
その部屋で、皆と軽く連絡や報告を済ませた後にそれぞれの部屋へ戻って羽を伸ばす。
「閣下、本日はお疲れ様でした」
「今日はとても素晴らしい日だった。そうは思わないかね」
「それはとても喜ばしいことですね」
「うむ。しかし、だ。些か食べ過ぎた気がする。違和感が……」
「あれだけ食べたのです、当然でしょう。胃薬を貰っておきます」
「ありがとう」
いや、だが本当に美味しかったからつい……。
誰だって50年ぶりの日本食となればああなっても仕方があるまいよ。しかし私も歳だな、沢山食べてしまうと胃もたれというか、消化器系に違和感が出てきてしまう。
コンコンコン。
ゆっくりしながら幾つかの報告書類をペラペラと読みながら、緑茶を飲んで過ごす。
8時ぐらいになるとドアが叩かれる音がする。
護衛の一人が懐の拳銃に手を伸ばしながらドアへ近付く。
この時間に誰かが訪ねて来る予定は無い筈だが、大方怪しい者ではあるまい。
他の護衛の者達も何時でも反撃出来るように自動小銃のセレクターを射撃に入れる音がする。
プロ意識があって職務に忠実で大変宜しいが、下には日本の警護も数多くいるし、そもそもこの階に上がって来るには護衛の者達の手荷物検査と全身検査を受けないと上がってこれない。不審者という線は薄いだろう。
実際、確認しに行った者は問題無いとサインを送って来る。
開けても良いか、と目で聞いてくるので頷くとそこには是清総理が立っていた。
「閣下、宜しいですかな」
「おぉ、総理。こんな格好で出迎えてしまい申し訳ない」
「突然訪ねたのはこちらです。こちらこそ申し訳ない」
「それで、どうされました」
「いやなに。晩酌を一緒にどうか、と思いまして」
「それはそれは、ぜひ」
コップを二つ取り出し、椅子に腰掛ける。
是清総理は手に持っていた酒を机に置く。
「ほう、透明で綺麗なものですな」
「日本酒です。醸造酒の一種でしてな。我が国が誇る一品です」
「それは楽しみだ」
一升瓶を開けて、注いでくれる。
「おぉ、かたじけない」
「そんな日本語まで御存知とは、ますます脱帽せざるを得ませんな」
「はっはっはっ」
危ない危ない。
ついつい気が緩んでボロが出てしまう。
二人で日本酒を煽りながら、色々とプライベートな話をする。
「閣下は、ご家族は居られないのでしたな」
「殆ど連絡は取っておりませんが兄弟と姉妹が何人か。妻はおりません。ですが、実の子同然の子供達が」
「ほう。詳しくお聞きしても宜しいですかな」
「大戦の際に、多くの老人や女性、子供が最前線に送り込まれてきていました。勿論私の指揮する部隊にも。大戦終結の折に家族を亡くした子供達を引き取ったのです」
「それは……」
有名な話だ。
この世界での第一次世界大戦は、兵力の消耗速度が両軍共に速過ぎたのだ。ドイツ本国もイギリスやフランス領から飛び立った飛行船や航空機に爆撃を繰り返されたし、こちらも同様に相手へ爆弾を落とした。
兵力消耗速度が速過ぎたお陰で学徒動員になり、それですら兵力不足はどうにも出来ず結局根こそぎ動員となったわけである。その結果はご存知だろう。
女子供老人問わずの文字通りの根こそぎ動員だ。
あれだけの根こそぎ動員をしておいて、よくもまぁこれだけ国が立て直ったものだ。それを主導した立場だとは言え、驚きである。
根こそぎ動員が発動されたのが戦争終結の1年前と短い期間で損害が少なく済んだ、というのも理由だろうか。
総力戦というのは、人命すらもただの数字として処理するものだ。性別、年齢は関係無いのだ。
「皆、良い子です。それぞれ才能に溢れておりました。勉強を教えたらみるみるうちに吸収していって。ある子は科学者に。ある子は教師に、ある子はスポーツ選手に。ある子は私と同じ政治や経済の世界に。ある子は軍人に。皆、私の自慢の子です」
「そうですか」
「ついこの前に久しぶりに皆で集まって撮った写真です」
「ほう、皆さん聡明な顔立ちをされておられる」
「また、いつ皆で集まることが出来るか分かりません。これが最後になったとしても、せめて一つでも多く思い出を形にして残しておきたかった」
戦争の足音は着実に迫ってきている。
子供達の中には軍人になった子も3人いるが、3人が戦地から無事に帰ってこれるとは限らない。
「こっちは初めての孫です。可愛いでしょう」
「ほぉ、これは可愛い。将来有望ですな」
スーツの内胸ポケットに仕舞ってあった写真を見せる。
子供達は今でも元気に過ごしている。
ベルリン近郊に住んでいる子とは時間を見つけては会うようにしているが、仕事に関係で遠くに住んでいる子とは手紙でのやり取りが主になる。
特に軍人である子は配属がポーランドなので中々会うことが難しい。それでも色々な近況報告をしてくれて、その土地の土産を一緒に包んで送ってくれたりする。
一番上の子と2番目の子は既に結婚しており、1年前とつい先日に孫が生まれたばかりである。
これがもう、可愛くて可愛くて仕方が無い。
あの子達の為にも、私はこうして働くことが出来る。
「はっはっはっ、辣腕を振るわれている閣下も子や孫には甘いようだ。これは勝てなさそうですなぁ」
「全世界、どこの国の人間でも祖父は孫に甘いものです」
「違いない」
酔っているからか、普段よりも饒舌な気がする。
「そうだ、出して貰ってばかりでは悪い。持って来たドイツワインも出しましょう」
「おぉ!」
ドイツは寒冷な気候故にワインを作る為のブドウを栽培する為の北限とされている。
ライン川やその支流沿いでワインが生産されている。
主なアペラシオンとしては、ライン川に面したラインガウやラインヘッセン、ライン川の支流であるモーゼル川、ザール川、ルーヴァー川の3つの川の流域にまたがるモーゼルがよく知られている。
所謂モーゼルワインというもので、これが中々良いものが出来るのだ。
ワイングラスと一緒に取り出して、コルクを開ける。
ポン、と良い音がする。
ワイングラスに注いで香る。
そして一口。
「ほう、これはとてもいいワインですな」
「でしょう。私は滅多に酒類を呑むことはありませんが今日は特別です。一緒にいきましょう」
そうして是清総理と大きく盛り上がり、明け方頃まで酒盛りに興じ、気が付けばベッドにいた。どうやら是清総理は運ばれて行ったようで、部屋に姿は無い。
しかし不思議と二日酔いは無い。
私は特別アルコールに強い人間ではないが、昨晩は気持ち良く飲むことが出来たようだ。
「おはようございます。昨晩は随分と楽しまれたようですね」
「ありがとう。確かに、久しぶりに美味しい酒を呑めた」
水を差し出してくれる。
うむ、飲み明けの水は美味しい。
「結構です。では、本日のスケジュールですがーーーーー」
今日は軍の視察をとなる。
皆、普段よりも一層気合を入れているようで気迫も凄まじい。
「彼らはとてもよく訓練されておりますな」
頷きながら双眼鏡を覗く。
だがまぁ、装備という点では彼らは余り良い状態とは言えないな。
「外部からの忌憚のない意見は貴重です。遠慮無く仰ってください」
「ふむ……。では。彼らは良く訓練されておりますが、装備の性能が彼らには見合っていないようだ」
もっと良い装備を支給されていても良い筈だが……。
日本という国の国情を考えれば仕方が無いと言えばそうなのだが、それで良しとしてはならん。
「貴国はサイエンスで解決すべき問題をテクノロジーで解決しようとし、テクノロジーで解決すべきことをテクニックで解決しようとし、テクニックが期待出来ないと素人の動員で取り繕おうとするところがあるようだ」
「は……」
「要は、金銭で解決すべきことを知恵で、知恵で解決すべきことをお金で解決しようとするということだ」
「彼らにしてもそうだ。本来ならばそれに見合った装備を開発し、支給して行き渡らせるべきところを、兵士個々の技量でどうにかカバーしようとしている」
「それは……」
「今は平時だ、それでもいいだろう。だが彼らの様な熟練兵を多く失ったら、動員されるのは素人ばかりになる。その時はどうやってもテクニックではカバー出来なくなる。そうなればその時の予想は簡単に想像出来る」
ぐうの音も出ない。
事実だからだ。何人かの将官や士官達は何やら熱心にメモを取っているが、そんな当たり前のことなのだからメモを取るほどのことではあるまい。
「戦車はどうですか?」
「確かに性能は良いようだが……。見たところ、対戦車戦闘を念頭に開発された戦車ではないようだ。申し訳ないが、あれでソ連の戦車と戦おうというのならば無謀極まりないとしか言えませんな。戦う兵達があまりにも可哀想だ」
確かに日本は資源に乏しい。
実際問題、日本でマトモに、纏まった量で手に入る資源は石炭と石灰、それに硫黄ぐらいなものだ。
それ以外の鉄鋼、希少金属なんかは産出はあるが極小で、第一次世界大戦型の近代総力戦、到底現代戦をやるとなれば余りにも向いていない国家なのだ。
一応海底に眠る多くの資源の存在というのは、現時点でも多少は判明していることだが海底鉱床というのは採掘するのに、高い技術と莫大な資金が必要となる。
この時代の日本は、技術力で言えば精々2流が良い所で、基本的には3流と見るのが妥当なところだ。高い技術力も無ければ、莫大な資金も無い。
今の今まで軍事費に予算の7割以上を注ぎ込んでいたのだ、それ以外の技術が醸成されるのも資金確保も出来ないのは当然と言えるだろう。
それこそ、この時代でも海底鉱床を開発して採掘出来るのは、皮肉ではあるがこの世界でもアメリカぐらいしか私は思い付かない。
日本はそもそもの基礎工業力が低いのである。
「陸軍はつい最近、力を入れ始めたばかりです。これからです」
「その『これから』の成果が出るまで、果たして敵は待ってくれますかな?」
敵はこちらの都合など考えてくれない。
今この時に攻め込んできてもおかしくは無いのだ。
「砲兵隊の射撃数が少ないが、何故か?」
「砲弾節約の為であります」
「砲弾の節約……?戦争に於いて火力投射量が勝敗を決すると言うのは常識だと思うのだが、それを節約?」
「閣下、我が国の砲弾生産量と日本の砲弾生産量を考えてください。日本の砲弾生産数は我が国の100分の1程度です。砲兵による弾幕射撃は望めません」
「なるほどな。となると鉄鋼の生産量も関係してくるか」
「日本は鉄鉱石の産出が殆どありません。それも大きな原因でしょう」
やはり日本の資源不足は大きいな。
満州国や朝鮮から鉱物資源の産出があるとはいえ、それでも全く足りていない。
「それと、何故別の大きさの砲弾を配備されているのです?規格統一をなされないのには何か理由が?」
「閣下、早い話が我が国は規格統一に失敗したのです。だから各砲弾の規格も、銃弾すら違いますし、部品も融通出来ません。同時期の砲も中途半端に薬筒が流用出来るものもありますが、アレでは寧ろ混乱するだけでしょう」
「この辺りからもテコ入れしないと、対ソ戦は戦えんな……」
日本陸軍の将校、山下中将が答える。
彼は冷静に物事を見ているようで何よりだ。
「その辺りの改革は政治の領分だろうな……」
「はい。それに軍上層部も説き伏せる必要が御座います」
日本軍は確かに精強かもしれないが、ソフト面でもハード面でもまだまだお粗末と言わざるを得ない。
金も無く、資材も無い。はっきり言って日本陸軍砲兵は弱いな。
重工業の開花が欧米に比べて数十年遅いと言えばそれまでだが、それでは困る。
あと1年程で解決してもらうと言うのも難しいだろうが、やれるだけはやってもらわねばな……。
日本軍の戦闘展示が終わると次は我々ドイツの番だ。
「次はドイツ陸軍の戦闘展示、ですか」
「そうですな」
「それにしても、積まれている砲弾の数が尋常ではありませんな……」
砲の側には100発を超える砲弾が集積されている。
実戦を想定しているので弾薬運搬車や、地面に置いているとしても土嚢などで守られている。
最初に行われるのは砲兵による弾幕砲撃である。
15.5cm榴弾砲と12cm迫撃砲が次々に火を噴く。
15.5cm榴弾砲の射撃は分離装薬式、より厳密に言うと薬嚢分離装填式と呼ばれる小さな薬嚢を、射距離などに応じて減らしたり増やしたりする方式で砲撃を行うものだ。
防御でも攻撃でも、真っ先に敵に向かって攻撃を行うのは砲兵だ。
砲兵という兵科はどれだけ技術を駆使しても工夫を凝らしても、最終的には用意出来た砲門数、砲弾数、そして掛けた金額がそのまま強さに直結するクラシックな兵科だ。
実際各国では砲兵科は他科に比べて金を食い過ぎるということで真っ先に議会の敵にされ、削減対象となったし、前世でもGPSやら誘導砲弾が当たり前のように降って来る時代においても砲兵隊の火力、強さを保証するのは結局のところ数である。
対ソ戦を考える場合、どうしても我々も砲兵を強くする必要がある。
だからこそ我々は多数の榴弾砲や迫撃砲を配備しているのだ。
「な、なんという……」
歩兵連隊と装甲連隊を支援する為に、砲兵隊は全力射撃を行う。
目標地点は凄まじい爆炎と土煙で何があるやら分かったものではない状態だ。あの様子ではあの辺り一帯が完全に耕されただろう。元の地形の面影も無い。だが砲兵の仕事とはそういうものである。
我がドイツ陸軍砲兵の仕事は歩兵が突っ込んで制圧する場所を砲撃で徹底的に耕すことなのだからな。
砲兵隊は主に2種類に分けられる。
最前線近くで直接照準などを用いて砲撃を行う、主に迫撃砲や100mm以下の口径を有する火砲であるダイレクトサポートアーティ。
そして最前線から離れたところから砲撃を行う射程が長く、口径が100mm以上の口径を有するジェネラルサポートアーティ。
我が軍で言えば、ダイレクトサポートアーティに分類されるのは12cm迫撃砲、8cm迫撃砲の2種類。
12cm迫撃砲は主に歩兵部隊に配備される。
8cm迫撃砲は主に降下猟兵師団や山岳師団に配備される。
ジェネラルサポートアーティに分類されるのは、15.5cm榴弾砲と10.5cm榴弾砲の2種類になる。
15.5cm榴弾砲は主に歩兵師団、砲兵師団、装甲師団などに配備される主力火砲だ。
10.5cm榴弾砲は主に山岳師団に配備される火砲だ。
15.5cm榴弾砲に関しては以前から配備がされていた火砲だが、10.5cm榴弾砲はつい最近開発されて山岳師団へ配備が進められている軽量化火砲となる。
10.5cm榴弾砲が開発、生産、配備がされた理由は山岳師団の砲火力が迫撃砲に限定されていたことが原因だ。
降下猟兵師団はその性質上、どうしても榴弾砲を装備することは難しいから迫撃砲に留まるのも仕方が無いが、山岳師団に関してはルーマニア方面の守備の主力となる兵力で、そこに火砲が迫撃砲だけというのは余りにも心許無いとなったわけである。
そこで新規に榴弾砲を開発し、山岳師団に限定して配備をするという決定を下した。
そうして陸軍兵器開発局によって開発されたものが、10.5cm榴弾砲と言うわけである。
10.5cm榴弾砲の特徴はその重量にある。
15.5cm榴弾砲の重量が牽引式で6t、最大射程20000mを超えるのに対して、10.5cm榴弾砲は重量1.6t、最大射程12000mというものだ。
山岳部などで運用をすることを念頭に置いてあり、設計段階で戦闘重量は1.5t、最大でも2t程度に抑える事とされていた。
それに対して陸軍兵器開発局のメンバーは幾つかのプランを提出してきた。
1つ目の案は要求の上限重量2tとし、最大射程約17000mというもの。
2つ目の案は第1案とは真逆に重量を最も抑えて1.5tとし、それに伴い最大射程も12000m程度で我慢、山岳部での運用を最大限効率化する案だ。
3つ目の案は、第1案と第2案の真ん中ぐらいの重量1.8t、最大14000mというもの。
これらは全て試作を行い、山岳部で最も運用に適した砲はどれかを判断することになった。
山岳部での運用ということは車両牽引はあんまり望めないし、そうなると輓馬牽引か人力輸送ということになる。それを考えた場合、最大限軽量であるほうが望ましいと第2案が山岳師団の各部隊から要求され、結果として第2案が採用された訳である。
この10.5cm榴弾砲は、車両牽引、輓馬牽引の何れも望めない場合は砲架、砲身、防盾、車輪、開脚支持架に分解して人力で運ぶことが出来る。
現地に分解して輸送したら基本的には最初に陣地構築が行われる。この砲兵陣地は予め工兵隊によって構築されており、そこに砲兵が榴弾砲を持ち込み、組み立てて射撃を行うと言う形になる。取り合えず組み立てれば射撃は出来るので、この時点でまずは偽装を施して敵の目から砲と陣地を隠す。
榴弾砲には防盾が砲撃の際の砲炎と爆風から兵士を守る為に備え付けられている。
偽装のやり方は戦車や他の榴弾砲、陣地の偽装と同じだ。
防盾には人力輸送の際に木製或いは鉄製の棒を通す取っ手があるが、そこに紐を通してまず偽装網を被せたりする。そして偽装網の上から通した紐に葉のついた枝などを付けるのである。こうすることでより効果の高い偽装になる。
この偽装のやり方は新兵教育の時点で叩き込まれるので、ドイツ軍や同盟国の兵士ならば誰でも出来て然るべき技術だ。
10.5cm榴弾砲は、口径の割には重量がかなり軽いという利点があるが射撃の際は欠点になる。
基本的に榴弾砲はある程度重さが無いと反動が押さえられず、命中精度が低下してしまうことなどが起きる。そこで10.5cm榴弾砲では射撃の際は開脚支持架に左右それぞれ2か所の杭を地面に撃ち込むための穴が空いているので、そこに杭を通して地面に撃ち込む。そうすることで反動を抑えられるようにするのだ。
ここまで来たら射撃が出来る。
それでも緊急射撃を行わなければならない場合もあるので、命中精度の低下を飲んで、その場で組み立てて杭を打たない、防盾を装備しないと言う状態でも射撃は可能だ。
ただし先にも行ったが命中精度は悪化するし、操作要員は防盾を装備しないことで爆風や爆炎をモロに食らう危険性があるのは留意すべきことだ。
10.5cm榴弾砲は車両や輓馬で牽引出来ない場合に分解して人力で運ぶことが出来るが、分解して人力で運ぶ場合は砲身4人、砲架4人、防盾4名、車輪片側4人、開脚支持架片側4人で運ばねばならず、28名の人員が必要になる。
しかしながらこの10.5cm榴弾砲の運用要員は6名になるので、足りない人員は輜重兵や歩兵から人員を引っ張って来る必要がある。しかもこれに加えて砲弾の輸送もしなければならないので、実際に人力輸送をするとなると必要になる人員はこの3倍となるわけである。
なので人力輸送となれば84名の兵士が必要というわけだ。
しかしながら山岳部でも榴弾砲を使えるというのは大きな意味を持つ。
基本的に山岳歩兵連隊には砲兵の輸送には全面的に協力し、それに加わった歩兵に関しては以後の歩哨などの任務を数日程度免除することを義務付けている。
でないと砲兵の手伝いに歩哨、偵察などの任務を不当に押し付けられる兵が出て来る可能性があるからだ。
10.5cm榴弾砲の弾種は主に2種類が用意されており、榴弾と対戦車徹甲弾になる。
榴弾は言わずもがなである。
砲弾重量15kg、炸薬量4kg、破片効果をより高める為に砲弾内部には直径5mmの鉄球が多数内蔵されており、炸裂時には360度全体に鉄球がバラ撒かれることになる。鉄球自体はただの鉄球なので炸裂しないが、ショットガンの弾のようなものだ。
これの効果は凄まじく、半径100m以内がトラックや軽装甲車両を含めての殺傷範囲、150mまでが人員、輓馬に対する殺傷範囲、200mが加害範囲となる。
15.5cm榴弾砲よりも殺傷範囲、加害範囲は50mづつぐらい小さいと思ってくれればいい。
殆どの砲弾は榴弾となる。
対戦車徹甲弾は一応、万が一の対戦車戦闘に備えて各砲に5発づつが配備されているものだ。
無い事を願うが、無いとは言い切れないのが戦場だ。
山岳師団は以下の編制になる。
4個山岳歩兵連隊
2個山岳砲兵大隊
2個輜重連隊
2個工兵大隊
2個衛生大隊
1個偵察大隊
山岳歩兵連隊は通常の歩兵連隊と違う点は、対戦車砲が削除され、高射機関砲の数も減らされている事だ。
榴弾砲の輸送でヒィヒィ言っているのに対戦車砲や高射機関砲の輸送までやってられないから数を減らしたのだ。対戦車砲は無し、高射機関砲は20門が配備されるに留まる。
対戦車火器は変わりにパンツァーファウスト、オーフェンローアを通常歩兵師団よりも多く配備して補っている。
ここに10.5cm榴弾砲を装備する山岳砲兵大隊を2個入れ、火力を確保するのだ。
山岳砲兵大隊は24門の10.5cm榴弾砲を装備する。それが2個なので48門となる。
そこに輜重連隊、2個工兵大隊、2個衛生大隊、偵察大隊が加わり兵站維持、陣地構築、後方支援を担うのだ。
通常の歩兵師団には現在の編制だと装甲大隊が加わるが、勿論山岳師団にはそんなことは無い。
山岳師団には車両や輓馬による補給が困難な場合に備えて2個輜重連隊が組み込まれ、人力輸送で補給が出来るようにしてある。
山岳歩兵連隊はそれぞれ3000名程度の兵員を擁し、山岳砲兵大隊は48門の10.5cm榴弾砲と操作要員288名、砲兵大隊司令部要員として30名前後の合計320~330名ほど。
輜重連隊は人力輸送を行う場合も考えて1000名となる。
山岳歩兵と山岳砲兵の両方に十分な補給を人力でも可能とする為にかなり数が多い。
山岳師団は最大で17000名ほどの人員を要することになる。
ーーーーーーーーーーーーー
砲兵隊の神髄はその圧倒的な火力だ。
戦争とは兎に角大砲を沢山用意して、大量の砲弾を撃って、火力投射が出来た方に圧倒的な有利がある単純明快なものだ。優勢火力ドクトリンとは良く言ったものだと思う。
そしてその火力を保証する為には大砲の口径の大きさや質では無く、大量の砲弾が必要になる。砲兵隊の火力を保証するには十分な砲弾生産能力と砲弾を供給する為の補給システム、物流システムを構築しておく必要があるわけだ。
「ド、ドイツは普段からこれだけの砲弾を……?」
「今回は時間も限られておりますから、かなり少なくしたほうです。普段なら、実戦であれば最低でも1門辺り1日200発、理想を言うならば1日当たり300発は射撃を行いたいところですね」
「なっ、なんと……!凄まじい数だ……」
「我が軍では逆立ちしても用意出来ませんぞ……」
実際に日本軍は史実でも工業力不足でかなり苦労している。
太平洋戦争中、各砲の1日当たりの砲弾割り当て数がたったの14発だったというところもザラにあったようだし、この世界でも日本の工業力不足は改善されているとは言っても多少マシになったぐらいでしかない。だから史実と比べても1割、良くて2割向上していれば良い方だろうと思われる。史実とそう大して変わらないのだ。
「砲兵隊の火力を保証するのは、用意された人員と砲と砲弾の数に大きく依存します。詳しい事は申し上げられませんが我がドイツでは最低でも各門が1日200発を射撃出来るだけの生産体制と補給体制を整えております」
「一か月だと1門辺り6000発を超えますが、本当に可能なのでしょうか?」
「可能です。そもそもそれぐらい出来なければ近代戦を戦い抜くことは出来ませんよ」
日本は本格的な第一次世界大戦型の戦争を経験していない。
日露戦争も近代戦と言えばそうだが、総力戦かと言われると微妙に片足を突っ込んでいるぐらいといったところだ。近代戦の初期段階ということは事実ではあるがまだまだ甘い。
日本軍は日露戦争に於いて105万発の砲弾を1年半掛けて消費したわけだが、第一次世界大戦でのマルヌ会戦では僅か1週間で90万発を消費し、ソンムの戦いなどでは英仏両軍合わせて4か月ちょっとで3400万発の砲弾を消費することになった。
それを考えれば日本軍の砲弾消費量の想定は、かなり甘いと言わざるを得ない。
「皆さんは第一次世界大戦で英仏両軍がドイツ軍に向かって砲撃した砲弾の数を御存知ですか」
「い、いえ……」
「マルヌ会戦では1週間で90万発以上。ソンムの戦いに至っては4ヶ月で3400万発です。日露戦争全期間を通して日本軍が消費した砲弾は105万発。それと同じ数の砲弾を当たり前のように1週間ぐらいで消費するのが今の戦争なのですよ。これぐらい出来ないと現代の戦争は戦い抜けないのです」
日本には現状これだけの砲弾を生産する工場も人手も、資源も無い。
1年半で日本軍が用意出来る砲弾の数は、現状でも全力で生産したとしても精々200万~300万発が精々だろう。それでは対ソ戦となっても逆に叩き潰される。
ソ連は腐っても陸軍大国であり、その砲兵戦力や装甲戦力を侮ることは全く出来ない。そして色々問題はあったりはするが、
なんだかんだ言いながらソ連という国は、アメリカとタメを張れるだけの工業大国だ。
「日本が我が同盟国として対ソ戦を本気でやるという覚悟があるのならば、戦場で戦う兵士達の為にも多くの事を改善する必要がありますな」
砲撃が終わると、戦闘機、対地支援攻撃機航からの支援を受けながら戦車が前進し、歩兵が後に続く。
ドイツ陸軍の戦術の基本は機動打撃戦となる。
これは高度に機械化された装甲師団や装甲旅団、装甲連隊が戦力の要になるものだ。
攻撃、防御のどちらでも言える事で、攻撃の場合は機動打撃戦となり、防御の場合は機動防御戦になるわけである。
この戦術を問題無く行うには、その部隊の高度な機械化と高度な指揮通信能力が必要不可欠になるが、勿論これに関してはドイツ軍に問題は存在しない。
「ドイツの戦車は凄いですな……」
「そうでもありません。運用出来るかどうかは兎も角として技術的には70t以上、恐らく100t程度の戦車を作る事自体は出来ます」
「ひゃっ、100t!?」
「別段おかしいものではありませんよ。ただまぁ、そんなものまともに運用は出来ないでしょうし、精々技術試験で造って、諸々の試験やデータ収取が終わればスクラップ行きでしょうな」
彼らが驚くのも無理は無い。
日本陸軍が配備する戦車の重量はせいぜい15tと言ったところで、ドイツ陸軍が配備する4号戦車や5号戦車の重量の3分の1以下にしかならないのだ、そこに重量100tを超える戦車も作れますよ、なんて言われれば驚く。
戦車の性能差というのはドイツと日本で戦車の運用目的という点で差があるからというのもある。
ドイツ軍の戦車は基本的には機動戦や対戦車戦闘を行う為に運用されているが、日本軍の戦車は主に歩兵戦闘支援が目的だ。だから戦車砲も対戦車能力は低いしそんな戦車で戦車と戦っても負けるのは目に見えている。
話を戻すが実際現時点でも70tクラスの120mm対戦車砲を搭載した戦車と、それよりも重い100tを超える重量を持つ戦車を開発している。
しかしこれは実戦投入を目的としたものではなく、技術開発や技術試験、技術集積、データ収集を目的としたものだ。将来的にこれらのデータやノウハウは大きく役に立つことになるだろうから、予算を投入しているのである。
史実でも欧州標準戦車であったレオパルト2は改修に次ぐ改修で70tを超えている。
この世界でのドイツが将来的にここまでの重量を持つ戦車を開発、配備、運用するかどうかは不明だが、データがあるに越したことは無いだろうし、MBTともなれば少なからず50t程度、下手をすると60tや70tに行くことも有り得る事だ。
ともあれ研究目的なわけだから、これらの戦車が研究所、工場、試験場から出る事は無い。もし出ることがあればその時は同盟国の敗北が決定したときだろう。
戦争中にびっくりどっきりメカに頼ったら、その戦争はもう負けなのである。
これらの技術試験や技術実証用の重戦車や超重戦車があるのはクンマースドルフ兵器試験場となる。
この試験場は880haという広大な土地を有しており、陸海空軍の全てがここであらゆる兵器の試験や実験などを行っている。
ビスマルク級戦艦の主砲や重巡の主砲などもここで射撃試験を行っている。
「彼らは何を……?」
視線の先にはベニヤ板で作られた迷路状のフィールドを、プレハブ化されたモジュールで次々に組み立てていく。
「市街地戦、閉所戦闘の訓練を行う為のモジュールですよ。どこにでもドイツ本国の演習場にある市街地を模したものがあるわけではありません。その訓練をどこでも出来るように可能とする為にああしているのです」
ドイツ本国にある演習場には5km四方の市街地戦を想定した施設がある。
そこではすべての建物で室内戦闘から市街地戦闘まで出来るようにしてある。どの建物にも地下室がある。
建物の階層は異なるが、最大で10階まであるので本当にあらゆる状況を想定して訓練が出来るし、5km四方の市街地を模したフィールドだからその気になれば師団単位での対抗訓練も出来る。
こうした訓練施設を整えさせたのには、史実独ソ戦での戦訓を思い出したからである。
スターリングラード攻防戦など、独ソ戦は地獄のような市街戦が展開されたのは有名な話だ。そしてその戦いで両軍が凄まじい損害を出したことも有名だ。だからどのように損害を少なくして攻略して行けばいいのかを各兵士に学ばせる必要がある。
市街地戦なんて面倒だし危険極まりないので私としては包囲してあとは兵糧攻めで良いのだが、どうしてもそれだけでは済まない可能性があるのが戦争だ。訓練して備えておくのに越したことはないのだ。
「市街地戦は兎に角視界が狭く、敵味方が過密になりやすいし、しかも敵味方の位置把握がし辛い。貴国も中国での戦闘で大いに苦しんだと思いますが」
「そうですな」
「そのための訓練ですよ、あれは。私は兵達に戦場に行けと命令する立場にある。それは死ねと言っているも同然。ならば私の務めは如何に彼らを死なせずに済むかと言う事に全力を尽くすことですよ。軍人、兵士であろうとも、幾ら国家、国民の為とは言え、彼らだってドイツ国民だ」
兵士とて、ドイツ国民に変わりはない。
彼らはドイツ国民だからこそ軍人となり、兵士となり、ドイツという祖国とドイツ国民の為に死ぬことを覚悟して兵士となり、軍人となったのだ。なればこそ、私もそれに報いねばならない。
2日後。
国内で色々と会談や天皇陛下への謁見を行ったりして何かと忙しい時間を過ごした。
今日は海軍の視察である。
「ふむ、やはり海軍も兵の練度は高いようだ」
日本は島国だ。
だからこそ開国以来海軍力の整備に力を入れて苦心してきた過去がある。実際今でも戦艦、空母を多数実戦投入レベルで、しかも世界トップクラスの練度で有している。
空母6隻、戦艦10隻、艦載機、基地航空隊などの大兵力を有する艦隊はアメリカ以外の国であれば撃破することも難しい戦力だ。
「だが、何故レーダーを装備していない?」
「我が海軍には夜間でも遠くを監視出来る見張り員が多数おります。態々自ら電波を出さずとも良いのです」
はぁ……。
まぁ、分かってはいたが実際に目の当たりにするとなると違うな……。
「陸軍と同じだ。人員を消耗した時のことをまるで考えていない。あれだけの技量を誇る兵を育てるのに、どれだけの年月が掛かることか。戦時下で悠長にそんなことはやっていられないでしょう」
「彼らはレーダーのように数百km先を見通せますか?はっきり言いましょう。努力の方向性が間違っている。日本という国は、官民問わず人間1人1人に頼り過ぎているのだ」
日本という国は、努力の方向性を改めた方が良いだろうな。
このままだと人的資源の枯渇で勝ち戦にも勝てなくなるのは目に見えている。
何故科学で解決できることを個人の能力でどうにかしようとするのだ?
「これより砲撃訓練に移ります」
戦艦長門、陸奥の2隻が主砲の仰角を上げる。
目標は18km先の標的であるが、2隻は観測機による弾着観測射撃を行うとのことで、既に観測機を射出している。
我々が乗っているのは長門である。
射撃が始まると、流石は41cm砲とも言うべき閃光と衝撃、爆炎が海面を叩く。
「……弾ちゃーく、今!」
『全弾遠!』
「全弾が遠弾、敵艦より遠くに着弾したようです」
「ふむ、ではこれを繰り返して命中弾を得るということか」
「その通りです。まぁ、100発撃って数発命中すれば、と言ったところでしょうか」
戦艦による砲撃戦は殆どギャンブルのようなものだ。
何度か射撃を行い、夾叉を得られ、命中弾を得ると斉射となった。
まぁ、分かってはいたが砲撃戦というのは非効率的なものだな。
「では、続いてドイツ海軍の番ですな。お手並み拝見させて頂きます」
「我が国の実力、とくとご覧あれ」
侮っているというわけでは無いが、やはり自分達の方が海軍においては一日の差があると思っているようだ。
だがね、科学技術や工業力では我がドイツの方が圧倒的だし、海兵達も日本海軍ほどとは行かずとも猛訓練を重ねてきているのだ、諸君が思っているほど甘くは無いよ。
日本艦隊後方からドイツ艦隊が30ノットで追い越していく。
ドイツ海軍の艦隊は高速空母打撃艦隊として編制されており最大艦隊速力30ノットの発揮が出来るし、機関部への過負荷を考慮しなければ33ノットぐらいまでならば何とかなる。
「あれがビスマルクですか」
日本海軍士官達が感嘆の声を上げる。
日本海軍の象徴と名高い戦艦長門と陸奥は艦齢20歳の老朽艦に分類される艦だ。どうしても古めかしさが目立つし、近代化改装で無理矢理後付けされた感は否めない。
対してビスマルクは艦齢3年ほどだ。
まだまだ真新しいと言えるし、より洗練された艦形に武装をしている。
「41cm3連装砲3基9門ですか。長門と陸奥と言えども撃ち合ったら、ただでは済まないでしょうな」
それはどうだろうか。
ビスマルク級戦艦が装備する41cm砲は50口径に加えて最新の爆薬を砲弾に充填し、そして最新の爆薬を装薬として用いている。お陰で41cm砲でありながら射程は40kmに達する。
基本的に最大射程での砲撃は行わないが、ビスマルク級戦艦は装備する射撃用レーダーなどの装備のお陰で砲戦距離25kmで、命中率が3~4割程度になる。これは現状の海軍戦艦の常識から大きく乖離しているものだ。
それに主砲旋回速度も速いし自動装填装置を備えているが、この自動装填装置はどの仰俯角でも装填可能なものだ。装填時間も速い。
彼らも驚くだろうな。
「ビスマルク、射撃始めます」
ビスマルクの砲撃は矢継ぎ早に次々に撃ち込まれて行く。
「しゃ、射撃速度が速いですな」
驚いている、驚いている。
ビスマルク級戦艦の射撃速度は25秒に1発の射撃速度だ。
一応理論上では20秒ぐらいにまでに短縮することも出来るらしいが、機械への負荷が大き過ぎる為にそれを実施したら点検する必要があると説明されている。
「あれだけ速射しても、命中するのですか?」
「まぁ見ていなさい。今に分かります」
『こちら陸奥2号機!ビ、ビスマルクの射撃初弾命中!初弾命中です!』
「なにぃ!?」
くっくっくっ。
驚いているなぁ。これが技術力の差だよ、日本軍の諸君。
『こちら長門1号機、ビスマルクの射撃命中率は3割!3割です!』
「あれだけの速射をして、3割の命中率だと!?観測を間違ったのではないか!?」
『い、いえ、全弾が標的に対して夾叉、或いは命中しております!集弾率も120m程度に殆どが落着しております』
ざわついているなぁ。
おや、レーダー君達も笑みを隠しきれていないようだね。
「レーダー君、もう少しポーカーフェイスを鍛えた方が良いのではないかな?」
「これは、隠しているつもりだったのですが……。失礼しました」
「嬉しい気持ちも分かるがね」
「はっ。将兵の日頃の訓練と、我がドイツが誇る技術者や科学者たちの努力の賜物ですな」
「うむ」
ざわついている日本機軍関係者を横目に、レーダーとドイツ語で小さな声で話す。
流石にこれを大きな声で言う訳にはいくまい。
基本的に日本海軍の砲撃は人間の目と腕に頼っている。
見張り員の目は夜間でも視力が良いと聞くし、昼間であれば猶更だろう。しかし彼らは数千時間という訓練時間を積んだ者達だ。そう易々と替えが効くものではない。
だがドイツ海軍の射撃レーダーを含めた機械は、人間に比べて安上がりで簡単に替えが効く。人的喪失を抑えながら最大の戦果を叩き出せるのだ。
日本軍はその辺、おざなりというか、なんでもかんでも人間の腕に頼るくせにその訓練やマニュアルを軽視しがちなところがある。
今は長い期間を掛けて、手塩に掛けて育てた熟練兵が多いから良いだろうが、戦争が激化して行けば彼らは次々に擦り減っていくしかなくなる。そうなれば回復不可能な損耗を負うことになるわけだ。
その辺の意識改革をせねば日本軍に未来は無い。
戦艦が終わり、空母となる。
空母は発着艦訓練を互いの空母でやるという案が当初はあったが、Fw190が日本海軍の空母だと発艦も着艦出来ないということで、日本海軍の艦載機のみをヒンデンブルクとデアフリンガーの2隻に発着艦させることとなった。
Fw190が日本空母に発着艦が出来ない理由は重量が重いからである。
日本空母に装備されている制動索の耐荷重量がどうやってもFw190の重量に耐えられないのだ。しかもカタパルトを装備していないから発艦することも難しいとなったのだ。
「貴国の艦載機は1機種だけなのですな」
「装備は若干違うが、あの機体だけで戦闘機、急降下爆撃機、雷撃機の3役をこなせます」
「それで大丈夫なのですか?」
「機体の量産性、整備性を考えてもこれが最良だと我が海軍では判断しました。我が国の中心は陸軍と空軍。どうしてもその2軍を優先せざるを得ません。そこに3機種もの海軍機を生産して配備して、維持するだけの余力は無いのですよ」
「そ、それなのにあれだけの艦隊を4つも整備しているのですか……」
「我が国とは大違いだ……」
そりゃそうだろう。
そのためにあらゆる努力をして基礎科学力、基礎工業力、経済能力を向上させたのだから。
国庫の7割も戦争に注ぎ込んでいた国とはそもそもの根本が違う。
「にしても、随分と速いですな……。時速600kmは出ているのでは……?」
「機密に該当するので詳しくは申し上げられません」
彼らの指摘は事実だ。
現在海軍の艦載機として配備されているFw190は初期型のものより、馬力の強化されたエンジンを搭載した改良型なので戦闘機型であれば623km/hを出すことが出来る。
複座雷撃型、急降下爆撃型でも最高速度を20km/h程度向上させることに成功している。
アメリカがF4FやF2Aバッファローを、日本海軍が零戦を装備していることを考えても艦載機としての性能は現状世界1と言っても過言では無かろう。
とは言え元々は陸上機であるものを無理矢理艦載機にしたのでそれなりにしわ寄せがある。
まず一つが、発艦用カタパルトが無いと同時に運用出来る機数が10機程になってしまうということだ。
重量が重いが故に、滑走距離が長く必要なのだが、空母の甲板にはそんな長さは無い。合成風力を用いても10機が限界なのである。
二つ目が大重量に耐えられるだけの制動索、着艦フックを掛ける為のワイヤーが必要。
次に艦載機化をするにあたって、着艦フックや主翼折り畳み機構、カタパルトからの射出に耐えられるよう機体各部の強化でより重量が増していることだ。
空軍機の者に比べて700kgは重くなっていると言えばどれだけのものか分かるだろう。
模擬空戦では引き分けとなった。
速度に勝るFw190は2機、或いは4機で常に一撃離脱と波状攻撃を仕掛けていたが、日本海軍パイロットも精鋭ばかりの母艦搭乗員というだけあって絡めとって格闘戦に巻き込むのが上手いのだ。
一撃離脱と波状攻撃に徹すれば我々が完勝していてもおかしくは無かったのだがああも絡めとられてはなぁ。
空軍機も、日本陸海軍航空隊と模擬空戦を行いこちらもざっくり引き分け程度になった。
やはり格闘戦となると日本軍に分があるようで、旋回半径の大きいFw190では中々厳しいものがある。
とは言えども馬力に圧倒的に余力のあるこちらが速度にものを言わせて引き離すと言う場面が多発した。
そうこうして1週間の日本滞在を終えて、帰路に就く。
「ふぅ……。一週間と、短いようで長かったな」
「異国の地です、長く感じたのでしょう」
「だが、とてもいいものだった。得る物も多かった」
「料理人を連れて帰ることが出来ないのは残念でしたね」
「そうだな。どうにかして一人ぐらいは連れて帰って官庁の食堂を盛り上げたかったのだがな」
「仕方がありません。彼らも生まれ故郷をそう簡単には捨てられませんから」
ドイツでも日本食を食べたかった。
2日間の空の旅を終えて、ベルリン空港に降り立つ。
到着の日付は公表していないので何人かの出迎えがいるだけだ。私は大勢に出迎えられるのは性に合わないから、こっちのほうが落ち着く。
「ふぅ」
「閣下。ご無事のお戻り歓迎致します」
「ありがとう。変わりは無かったかね?」
「はい。これと言って大きな変化は御座いませんでした。諸所諸々も計画通り進んでおります」
「うむ、ありがとう」
車に乗って官邸へ向かう。
仕事は山ほどあるのだ、11日間も空いてしまったのだからその分しっかり働かねば。
日本訪問で得られた成果、というか突き付けられた現実と向き合わなければならない。
当初の計画ではドイツの兵器や武器を日本でライセンス生産してそれを配備して軍を整えるという方向だったのだが、残念ながらこれは全く殆どが現実的に実行出来る計画ではない判明して破棄されてしまったのだ。
と言うのもライセンス生産を行う上で、日本の工場や技術力を精査した結果、日本にはドイツの戦車や航空機を製造するだけの能力が無い、ということが判明したのである。
ドイツは日本という国の技術力、工業力を見誤っていたわけである。
そもそもの話、基礎工業力や基礎科学力が全く不足しているとなればどうしようもない、と手を上げるしかない。
確かに軍の練度は高く、兵士の指揮は高いが工業力というものはどうしようもない。
日本が工業化、特に重工業化してから70年かそこらで、欧米列強から数十年は遅れている。
にも関わらずこの短期間でここまで成長したことは驚きであるし、賞賛に値するのだが、如何せん技術力というのはどうにもならない。
ましてや4号戦車、5号戦車、Fw190、各種火砲はドイツの技術の粋を集めて作られた工業製品だ。
兵器と言えども『工業製品』であるし、それを製造する為には相応の工業力と科学力、化学力、技術力が必要になる。
日本に作らせても、ガワは作れても内側を作る事が出来ないことだ。
試作として日本に4号戦車、5号戦車、Fw190と言った各種兵器を製造させ、そしてドイツ人が調査して判明したのは悲惨、の一言だった。
ライセンスを購入して製造を担当予定だったのは海軍が愛知航空機、陸軍は川崎重工だった。
ライセンスは基本的に製造会社ごとに購入しなければならないため、この処置は妥当だと言える。
では何故2つの会社になったのかというと、製造能力の問題だった。
既に愛知航空は海軍向けの機体製造を行っており、海軍向けの生産数ならばまだしも、陸軍分まで生産出来るほどのキャパシティが存在しなかったからだ。
そこで陸軍は愛知航空機ではなく、生産能力に余力があった川崎に買い与える、という方針になったわけである。
戦車は三菱重工業での製造が予定されており、自動小銃や榴弾砲は陸軍造兵廠で、と予定されていた。
そこで各社はドイツから派遣された技術者の元で試作を行ったのだが、これが酷かった。
代表例として航空機であるFw190やMe366、Bf101を挙げると以下の問題が多発した。
・電装系、油圧系の信頼性の低さ
銅線一つを取っても、我々基準での耐久性や信頼性が低く、同じように電気を通して運転すると焼け付いたりしてしまうのだ。だから運用しようとすると必然的に運転制限を掛けられてしまう。
普通に作動しないというのが頻発し、油漏れは当たり前と言う状態のものしか製造できなかった。
そして何よりもエンジンである。
このBMW社製エンジンはドイツ人が設計したものと言うなんとも『らしい』エンジンだ。
量産性や整備性は十分に考慮されているが、それでも複雑かつ精巧なエンジンであり、燃料噴射装置や無段変速の為のフルカン継手などの新機軸を多数採用しており、更には新兵でも複雑な操作をしなくてもエンジンやフラップを操作出来るようにコマンドゲレートといういわばアナログコンピュータまで連結されている代物なのだ。
もうこの時点で明らかに日本の技術水準を超えているのだが、技術者達はそんなことは気にするような立場ではない。
そもそも政府から日本に技術指導をしてこい、と言われて日本に行ったのだ、普通なら日本に同等の技術があると考えていて当然なのだ。
ではこのエンジン製造に必須とされる技術を1つづつ並べて考えると以下のような結果になった。
先に結論から言ってしまうとそもそもエンジン製造に必要な技術が軒並み壊滅状態だった。
Fw190やMe366、Bf101に使われるエンジンは基本的には同じエンジンだが、細かいところが違ってくる。
大元の設計は同じなので部品の流用が効きやすい様にしてあるわけだ。
このBMW社製エンジンは少なくとも現時点において世界で最も優れた航空機用エンジンと言っていい性能を誇る。
戦闘機用のエンジンであれば離昇馬力2340馬力を発揮し、公称出力2130馬力を発揮する世界的に見ても世界初の実戦に耐え得る2000馬力級エンジンであるし、このエンジンは冷却器や過給機のインペラの調整に関しては先述のコマンドゲレートというアナログコンピュータによって高度に自動化されている。
爆撃機用のエンジンでも離昇出力2020馬力、公称出力1780馬力を発揮しそれを4基も搭載しているのだ。
ではこれらエンジンの製造に必須の技術は以下の通りになる。
・クランクシャフト製造技術
・燃料噴射装置とその加工技術
・軸受けとベアリング製造技術
この3つが必須だ。
コマンドゲレートは無くても問題は無い装備なので省いたが、それでも基礎工業力の塊ともいえる3つの技術が必要不可欠である。
だがこの3つの技術全てが全く駄目だったのだ。
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・クランクシャフト製造技術
これに関しては、我が国でも製造の際に色々と苦労したもので、最終的には5階建てのビルに相当する蒸気式巨大ハンマーで一気に形成するという製造方法で解決したものだ。生産性に関しては、巨大蒸気ハンマーを大量に並べて作ればいいということで各工場に100基~200基用意することで無理矢理とでもいうべき方法で解決している。
そしてこれの製造には大量のニッケルを必要とし、更に表面窒化処理を施して強度を確保するという手法を取っている。
表面窒化処理は無くても問題無いが、強度が高ければ高いほどエンジンを改良した時にその分の負荷に耐えられることになる。
所謂発展性、冗長性の向上に繋がるというものだ。それを考慮して表面窒化処理を施しているわけである。
クランクシャフトに関してはドイツ本国でも完成させるのに苦労したものであるが、それをドイツよりも工業力や技術力で劣る日本にどうこう出来る代物では無かったのである。
ニッケルなどの材質に関しては同盟国からの輸入でどうにかなったが、製造技術の方が不味かった。
愛知航空機、川崎航空機で製造されたクランクシャフトは強度不足や工作精度が甘かったりなどで頻繁に故障し、破断することも頻繁していた。さらに言ってしまうとドイツの基準で審査したところ、その審査基準を満たしているものは0、基準をかなり落としてみてもそれでも合格基準に達しているクランクシャフトは製造数500基中たったの13基。
しかもその合格とされたものも表面にヒビが入っているものがあったりと悲惨な状態だった。
ドイツのように巨大蒸気ハンマーなんてものも無いので、製造する際には削り出しでどうにかしようとしたが、品質には酷くバラつきがあり、尚且つ許容出来る出来ない以前のレベルで歪みがあるものも多かった。
この時点でドイツから派遣されていた技術者は、この時点で『これはもう無理だろう』と考えていたそうだ。
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・燃料噴射装置と加工技術
燃料噴射装置というのは、シリンダーに直接燃料を噴霧することでどんな機動をしていても安定してエンジンを作動させるための機構となる。
これに関しても高度な加工技術、シリンダー内の高い内圧に耐え得る材質が求められるが日本にそんなものは当然無かった。
ドイツ製工作機械を導入してどうにかしようとしたが、それでも技術が足りなくて失敗し、審査通過率は僅か10%。製造数400基を数えたが、マトモに使えると判断されたのは立ったの40基しか存在せず、それ以外は使い物にならないと判断が下された。
勿論この審査基準はドイツ本国仕様では無く、大幅に基準を落とされた日本仕様である。
高い内圧に耐えられず、爆発、破裂してしまうものや亀裂が入ってしまうものなど、様々な欠陥が発生し、碌に使い物にならないという烙印を押されることになる。
最終的に三菱や空技廠などに技術協力を求めたが、そもそも単純に技術が足りなくて失敗。
技術者からの報告によれば、
『ドイツ製工作機械で製造したから審査通過率は10%を示したが、ドイツ製工作機械、或いはアメリカ製工作機械を用いて製造しなかった場合、審査通過率は5%を下回ることは確実、下手をすると1~2%だと思われる』
と記されていた。
加工技術は言わずもがな、材質においてはクランクシャフトと同様に何とかなったが加工技術の方が全く駄目、ということだった。
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・軸受けとベアリング
軸受けとベアリングに関しても、軸受け用ベアリングは極めて高い精度での加工と、加工技術が必要不可欠であり、どうやっても避けては通れないものだ。
本家でのベアリング精度許容交差は0.005であるのに対して日本製ベアリングは0.12という、本家のものの10分の1以下の精度のものしか確保出来ず、しかも耐久力不足によりすぐに潰れてしまった。
この軸受け用ベアリングはクランクシャフトとコンロッドの結合に使用されるため、避けては通れない。
精度が10分の1というのは如何ともし難く、これでは……、となる。
上記の技術以外にも、単純な基礎技術、科学技術の不足による問題が多発した。
点火プラグの信頼性が低い、シリンダーフレームの強度が全く足りない、油圧系システム、電装系システムの故障や焼き付きは当たり前、パイプはすぐに破断する。
搭載されている自動化装置の冷却に必要なエチレングリコールの製造に失敗し、代案として無理矢理加圧した水を冷却液として使用したために冷却効率不足で装置が故障するし、ついでに強度不足の冷却用パイプが破断。
日本は工業製品の規格統一や品質管理に未だ問題が多く残っており、生産を担当する予定であった川崎や三菱などの航空機メーカーからは、少数生産ならばまだしも大量生産ではより精度が悪化し、品質低下に拍車は掛かるという報告まで上がって来たのである。
日本の場合、ドイツ製エンジンを製造しようとすると、戦争によって増えた需要を満たす為にどうしても粗製乱造をすることになるだろうことは容易に想像することが出来たので、メーカー側のこの報告も納得が行くものだった。
これらの状況を鑑みて、
『稼働率は2割に達すれば良い方、最悪1割以下と言うのも現実味を帯びている』
と判断されてしまったのだ。
前線では全く通用しない、というわけである。
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単純な基礎技術が不足しているという結果だった。
それどころか、本家には存在しない問題まで多発したのである。
・点火プラグの信頼性が低い
・シリンダーフレームの強度不足
・各部に異常振動が発生
・電装系統の信頼性が低いので電動で動く機関砲が動かなくなる
・コマンドゲレートの冷却液であるエチレングリコールが製造出来ないので、無理矢理加圧した水を冷却液として使用したら冷却効率が悪化
・冷却系パイプが頻繁に破断する
目立つものを上げると以上の問題がある。これ以外にも細々とした問題が発生し、上げてしまうとキリが無い。
必要技術を満たしていないどころか欠陥が追加されるという、もう、なんとも言えない状態に陥ってしまったのである。
少数生産ならば時間を掛けて丁寧にやればまだ何とかなったかもしれないが、最低でも4000基は生産されるともなればもうどうしようもない。
4000基ものエンジンや電装系を丁寧に丁寧に作っている暇など戦時ともなれば無いのだ。
戦時に増大する予備部品や予備エンジンの生産を考えればどうやっても粗製乱造をやるしかなく、それでは精度低下や品質悪化により拍車が掛かるのは目に見えている。
戦闘機でこれであり、戦車も同じぐらいひどい。
戦車の問題は上記の戦闘機と同じエンジン回りの問題に加えて、足回りが強度不足で碌に動かせなかったのだ。
それに加えて砲身の製造は出来ても、それに付随する砲塔旋回装置や照準装置や懸架装置が全く駄目。
油圧ポンプは強度不足で砲身や懸架装置を支えられないし、足回りも同様。
足回りを油圧ポンプの代わりに板バネ式にしようとしたら、これはこれで板バネの強度が足りなくて駄目だった。
日本が製造、運用したことが無い、今までにないほどに重い戦車ということで、重量に耐えられずに足回りがぶっ壊れるし、エンジンは航空機用エンジンと同じような問題が続発して碌に使い物にならない。
同じ設計なのに工作精度が足りなかったりで出力不足で走行速度は本家よりも劣る、ドイツ製では問題無く行える変速や方向転換をやるとぶっ壊れる、何故か不整地で地面に沈んでいく、付随装備の通信装備も使い物にならない。
運用するのに必要な架橋装備は重量に耐えられずに崩落し、渡っていた戦車の搭乗員が大怪我を負う事故になる。
航空機同様にあらゆる箇所で問題が発生し、そして現状の日本の技術力では解決出来ないレベルなのだ。
更に火砲でも同じような問題が続発した。
自走榴弾砲は、そもそも15.5cm榴弾砲を搭載出来る車台を持っていなかったので新規開発するしかなくなり、同じようにエンジン回り、足回りで問題が続発し油圧系統は駄目、電装系統も駄目という有様だった。
陸海軍向けの対砲兵レーダーや対空レーダー、射撃用レーダーなども基礎技術に加えて電子技術に劣る日本では何をどうやっても駄目だった。
では歩兵火器はどうだったかというと、以下の顛末になる。
・Stg34
この自動小銃はプレス加工を多用して生産コストを減らし、生産性を大きく上げる工夫が採られているが、日本のプレス加工技術では精度が足りなくて駄目だった。
・MG34
これも同様にプレス加工技術が多様されているので同じように駄目だし、工作技術が足りなくて内部の機構のローラーロック機構をコピーすることが出来なかった。
・オーフェンローア
これも工作技術不足、強度不足で使い物にならない。
・パンツァーファウスト
これは意外と上手く行った。基本的に製造にはプレス加工技術が必要になるが、これぐらいであれば日本の技術でもなんとかなったようだ。
それでも貫通力が幾らか低下するという問題はあったが、対戦車火力に圧倒的に劣り、歩兵携行対戦車火器の研究が全くされていない、或いは進んでいない日本にとっては大喜びをする代物となった。
とまぁ、ざっくりとしたところでいうとこんなものである。
それでも各企業での努力や技術的な落とし込みが上手く行って、改善した点もあるにはあったがそれでも殆どの兵器や武器は全く使い物にならなかったのである。
こうして日本陸海軍の、航空兵力と地上兵力のドイツ製兵器をライセンス生産しての近代化計画というのは丸ごと潰れてしまったのである。
それでも日本陸海軍は未練たらたらだったが、マトモに動かせない代物を売るわけには行かんし、そもそもそんな装備で戦争をされて逆に日本がソ連に負けられたらそっちの方が困るのだ。
だから出来る技術で良いモノを作ってもらうしかないのだ。
とまぁ、日本でのライセンス生産はこのようにして露と消えてしまったが、それでも多くの技術が持ち込まれた日本では大幅に進歩している。
既に日本で実現可能なレベルでの軍用機の設計や開発が進められていると聞く。
それでも開発完了、生産ラインを整えて配備、となると1943年まで待たなければならない、とのことなのでそれまでは日本の参戦は望めないだろうから、それまでの場繋ぎをする必要がある。
幾つか案はあるが、現実的なところで言うと陸軍、空軍部隊の派遣だろう。
この部隊派遣には日本を繋ぎ留めておくという政治的な意図もあるが、問題はどれだけの規模で派遣するか、だ。
こっちもこっちで対ソ戦となれば少しでも多く兵力を必要とするし、そこまで大規模な派遣は出来そうにない。
精々1個か2個装甲連隊とそれに付随する装甲擲弾兵連隊、砲兵連隊、後方支援部隊。
空軍も1個戦闘航空団と1個対地支援航空団が良い所か。
何とも悩ましいところだ。
軍事技術以外だと、大慶油田の開発の為の技術を得る事が纏まった。
技術者、設備をドイツ、イギリス、オランダから丸ごと輸入して1943年までに採掘を開始することを目指している。
ただ、この油田の存在が日ソ間の対立をより際立たせたのは間違いない。
油田があるのは日ソ国境の近くで、ソ連が領有権を主張し始めたのである。
我々としてはんな訳ないだろ、そもそも対ソ戦を意識している以上認められるわけがないという事で日本の肩を持っているが、あの国はそれで引き下がるほどマトモではない。
時代も時代だし、軍事侵攻もあり得るという事で油田付近の国境線沿いには日本陸軍が大規模に駐屯し防備を固めているところである。
総じて日本訪問は良い方向に転がったと言えるだろう。
実りのあるものだったのは間違いない。