あいあむちょび髭、画家を目指す 作:ジャーマンポテトin納豆
1941年6月9日。
着々と軍備を整え、対ソ国境に部隊や物資を集積し、防御陣地構築を進めている頃。
既に第1防御線、第2防御線、第3防御線まで構築が完了している。
防衛線は塹壕、トーチカ、地雷原、鉄条網、地下坑道、地下陣地が組み合わさって作られたものであり、同盟国全体で総兵力300万名を数える。
ドイツ軍に於いては既に装備の転換は済んでおり、対ソ国境地帯に展開する部隊は訓練も十分。物資も大量に備蓄されている。
今は夏場だから良いが、冬場に備えて各兵士には防寒着を上下合わせて2着支給している。
基本的に兵士には以下の衣類が支給される。
M39シュタールヘルメット1つ。
上下下着5着
春夏季用制服1着、春季用迷彩服2着、春季用戦闘帽2着。
夏季戦闘服1着、夏季用戦闘帽1つ、春夏季用靴下4足、春夏季用手袋2つ。
秋冬用制服1着、秋季用戦闘服2着、秋季用戦闘帽2つ。
冬季戦闘服2着、上下防寒服2着、冬季戦闘帽2つ、秋冬季用靴下4足、秋冬季用手袋2つ。
戦闘靴2足。
戦闘服は迷彩服となっており、色々と試験をして現時点で最も迷彩効果の高い迷彩を採用している。
迷彩服は従来、手作業による着色で手間も時間もコストもかなり掛かるもので量産性が低かったが、ドイツ軍の迷彩服はローラー着色方式が用いられており全兵士に春季、夏季、秋季、冬季用迷彩が施された迷彩服が1着づつが支給されている。ヘルメット用の迷彩覆もそれぞれ季節ごとに1枚ずつ支給されているのでヘルメットの色でバレてしまうなんてこともない。
かなり迷彩効果が高く、偽装も施して草むらや雪の中に隠れられると全く分からないのだ。
迷彩服を作る際に、生地から切り出すがその際に余った端材は車両用迷彩カモフラージュに用いられたり、兵士用ギリースーツに仕立て上げられる。
ギリースーツは主に狙撃手や特殊部隊員などに支給されることになっている。
車両用や野砲、野戦高射砲用のものは、偽装用ネットと現地植生と共に使用され砲身や防盾に施される。
戦車や野砲、野戦高射砲には迷彩塗装が施されているが、それだけでは不十分だ。だから偽装ネットに加えて迷彩服の端材で偽装を作って施す必要があるのだ。
基本的には春夏秋冬用の4種類が用意されており、かなり偽装効果が高く、ダグイン状態だと見付けるのは苦労する。
これに加えて現地での植生や雪などを用いて更に偽装を施してより隠蔽効果を高めるのだ。
各兵士達には偽装のやり方を叩き込んでおり、防御が守備となっている初戦で重要な働きを行えるようにしてある。
ヘルメットは同盟国から豊富に供給されるニッケルとモリブデン、鉄鋼の合金でプレス加工によって作られている。
強度も中々高く、8mmモーゼル弾でもど真ん中に角度90度で命中しない限りは弾いてくれるし、砲撃による断片防御も考慮されているので砲撃でもそう簡単にぶち抜かれることは少なくなっている。
戦場での死因の多くは銃撃戦では無く、砲撃によるものというのが常識だ。そこを減らすことが出来れば兵士達の命を守ることになる。
ヘルメットと迷彩服は同盟各国にも支給されており、服による判断での誤射を防いでいる。
戦場での誤射と言うのは思いのほか多いもので、多いデータになると3割程度にもなるとされていることもあるぐらいで、兎に角そこを防ぐ必要がある。敵味方の密度が高くなり、混戦になりやすい市街地戦や森林戦では兵士の腕に必ず国旗のワッペンを縫い付け、青色の帯を巻く事を義務付けている。こうすれば敵味方識別も容易になる。
ヘルメット用に迷彩覆が各人には支給される。
戦闘靴は動きやすい現代の半長靴を参考にしている。
靴底は合成ゴム製のものでグリップも良く利くように設計されており、戦地での行動に支障が無いように多くの実地試験を行って改良を重ねたものだ。
手袋は戦闘中の怪我の防止、冬季はそれに加えて暖を取れるようにするためだ。
凍傷になれば只では済まないし最悪指を切断する必要も出て来る。
靴下も同様である。
こうした衣類の支給は大事で、特にこれからソ連の攻撃が始まるとすれば少なくとも冬季にもその攻撃は続くし、兵士達は寒さの中でも戦わなければならない。であればそれに備えなければ戦闘外損耗が増えてしまう。
他にも兵士達には基本的な支給品として武器や弾薬以外に、下敷き用の防水布1枚、毛布2枚と寝袋1つが支給される。
下敷き用防水布は丸めて専用の袋に入れられ、毛布は2枚纏めて折り畳まれて寝袋を入れる為の袋に一緒に入れられる。この袋の中には兵士事に何やら色々と忍ばせていたりするようで、写真や手紙、本を入れていることもあるという。
他にもう一つ、ツェルトバーンと呼ばれる、ポンチョにもなるしツェルトバーン同士を繋げればテントにもなるような、底辺2.5m、2辺2m、高さ1.9mの3角形防水布が支給される。である。何枚でも繋げて行けるのでその気になれば分隊用の小さなテントから小隊が丸々入れるぐらいの大きなテントを作ることも出来る。
ツェルトバーンは各人に予備を含めて2枚と、テント用の木製ポールや地面に打ち込むためのペグなども一緒に支給される。
これは移動の時は折り畳んで丸めて背嚢に括り付けられて運ぶことが出来るものだ。
2枚もあれば2人で4枚なので2人用の小型テントを作ることが出来る。陸軍は基本的に2人1組で行動するので野営をする場合は小型テントを作るのである。
これはサスペンダーかベルトに付けても良いし、背嚢や雑嚢に付けても良い。
ツェルトバーンはリバーシブル方式となっており、片面には春夏用迷彩、もう片面には秋冬用迷彩が施されている。
なので4枚用意する必要が無いのが良いところだ。
兵士個人にはStg34、弾薬210発、ヘルメット、迷彩服、戦闘靴以外に背嚢と雑嚢が支給される。
背嚢に入れられる物は以下の通り。
上下下着5着
3日分の戦闘糧食と塩、砂糖
予備弾薬60発
2Lの水
救急キット
ロープ
飯盒
タオル
洗面具
シェービング用品
ソーイングキット
銃手入れ用具
滑り止めゴム突起が施された手袋
となっている。
他に嗜好品として煙草が1日10本支給され、兵士個々人の階級などの情報を記した軍隊手帳、ドッグタグも支給される。
他にガスマスクとガスマスクを入れる容器、銃剣がベルトに付けられる。
兵士個人の戦場での装備は全て合わせて以下の通りとなる。
ただし迷彩服はそれぞれの季節で使用するので、該当季節以外は中隊や大隊での管理となるので携行しない。
Stg34оrMG34 5kg
弾倉入れ6個
弾倉7個
弾薬210発+予備60発 4.6kg
銃剣1本
ガスマスク+容器
水筒(容量1L) 1kg
ベルト1本
サスペンダー1本
M39シュタールヘルメット1つ。
上下下着5着
戦闘靴2足
下記の中から1セット
春夏季用靴下4足
春夏季用手袋2つ
春季用迷彩服2着、春季用戦闘帽2着
夏季戦闘服2着、夏季用戦闘帽2つ
上下防寒服2着
秋冬季用靴下4足
秋冬季用手袋2つ
秋季用戦闘服2着、秋季用戦闘帽2つ
冬季戦闘服2着、冬季戦闘帽2つ
下敷き用の防水布1枚
毛布2枚
寝袋1つ
ツェルトバーン2枚
木製ポール
テントペグ5本
戦闘糧食3日分と塩、砂糖
2Lの水
救急キット
ロープ
飯盒
タオル
洗面具
シェービング用品
ソーイングキット
銃手入れ用具
滑り止めゴム突起が施された手袋
煙草1日10本
軍隊手帳
ドッグタグ
野戦郵便用品
鉛筆3本
兵士個人の装備はこうなる。
これに個々人の私物が加わることになる。
基地の売店には偽装ネットなども売られているので、兵士によってはこれに色々と装備が追加されていくことになる。
基本的な装備だけでも20kgほどになるので、これにパンツァーファウストを装備すれば25kg越え、オーフェンローアが加われば30kgになる。
迷彩服や制服の見た目は一々デザインをするのも時間と金が掛かるので、史実のドイツ国防軍のものを丸ごと流用した。
制服や迷彩服の出来は志願率に関わることでもあるし、迷彩服や制服は軍人にとって死装束だ。見た目が良い方がウケがいい。
他に背嚢と、背嚢の中身は3日分の食糧と2Lの水を飯盒の中に入れ、弾薬60発が弾倉の中の弾薬とは別に入れられる。弾薬は20発づつの紙箱で渡されるので20発入紙箱3つを携行することになる。
救急キットは腰のベルトの小さなポーチに入れられる。
ロープ、飯盒、タオル、洗面具、シェービング用品、ソーイングキット、銃の手入れ用具とウエスとなっている。
他にも携帯用ボードゲームやトランプといった持ち運びが出来る娯楽用品であったり、鉛筆やメモ帳、本国の家族への手紙を書くための葉書、便箋、小包を含む郵便用品一式、マッチ、固形燃料が入れられている。
この背嚢には外套やツェルトバーンなどを折り畳んだり丸めたりして括りつける。
腰に巻くベルトにはサスペンダーでも吊り下げられ、ベルト部分には携帯シャベル、水筒、弾嚢、30cm四方の雑嚢、そしてナイフ、ガスマスクが入れられた円筒型のコンテナである。
総重量は20kgほどになるが、基本的には移動は鉄道、トラックで長距離を移動し、最前線近くまで来たら降りて行軍する、というような形になる。
それでも歩兵に関しては最低限50kmの行軍訓練を複数回行っている。
戦闘時には背嚢は残地して戦うことになるので身軽になる。
兵達は背嚢の中にいろんなものを入れており、例えば娯楽として本を入れていたりするし、嗜好品としてワインやウイスキーなどの酒を忍ばせていたり、トランプ、携帯用チェス、ハーモニカみたいな小さな楽器を持ち込んでいる場合もある。他にも家族写真だったり色々だ。
これら背嚢や装備以外に、私物や支給されたが季節が違ったりして使わない衣類などを入れておくためのボストンバックが支給されるが、それと一緒にヴァイオリンを持っている兵士もいたりとかなり多種多様である。
これ以外にもたばこが毎日12本支給される。たばこは通貨としても使用することが出来、例えば戦地でドイツマルクが使えない場合はたばこを使って物々交換をしたりするわけである。基本的には現金のやり取りであるが、どうしても現金が使えない場合がある為、その場合の代替手段としてたばこや酒類が用いられるのである。
戦闘糧食に関しては色々と研究を重ね、缶詰タイプと、より携行性の優れた合成樹脂製のパックに入れられたものの2種類が存在する。
中身は基本的には乾パン、肉缶詰、魚缶詰、野菜缶詰、金平糖缶が存在する。
戦闘糧食を食べない場合は、基本的には現地で調理して提供される。
主にパンやジャガイモを主食とし、それにおかずとしてソーセージやハム、ベーコンなどの肉類とスープ、野菜などが出される。
戦地での食事はこんな感じである。ドイツらしい質素さというか、そんな感じである。
イタリア人の料理人を呼び寄せて、戦闘糧食を開発することも試みられたが戦闘糧食というには製造工程に手間が掛かり過ぎるということで無しになり、幾つかのスープ缶やパスタソースは糧食として実用化されているが、スープは冷めても美味しいので良いが、パスタソースはパスタを茹でてソースも温めなければならない手間があるので戦場よりも幾らか後方の安全地帯で提供される食事として落ち着いた。
今、その戦闘糧食の開発に関わった料理人は官庁の食堂で腕を振るっており、食堂は連日盛況である。
まぁ、本場イタリアンだから当然美味しいわけだし当然と言えば当然なのだが、手が込み過ぎて提供されるまでに些か時間が掛かるというのが難点だな。
日本に行ったとき、日本人の料理人を引き抜いてきてこの食堂で腕を振るってもらおうと思っていたのだが、色良い返事を貰えなかったのだ。
うーむ、戦争が終わったら彼らをドイツに招待したいものだ。公費をそんなことに使えるわけが無いので勿論実費である。
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1941年6月16日。
官邸に勤めている軍人と秘書官が一緒に執務室へ入って来る。
「閣下、偵察機から緊急報告電です」
「何かあったか」
「ソ連軍が国境線に集結し始めております。ウクライナ方面とベラルーシ方面です」
「宜しい。すぐに閣僚会議を開く。招集を掛けてくれ」
「承知致しました」
ソ連軍集結中、か。
これはいよいよだな。連中いよいよ我々と事を構えることにしたらしい。
「諸君、ソ連軍がポーランド国境線に部隊を集結させている。詳細な規模は分からないが、現時点で既に50万名が終結しており、最終的には200万程度に達すると見積もられている」
「いよいよですかな」
「まだ幾らかは時間的猶予はあるだろう。だがすぐそこまで来ているのは間違いない。今の内に体制を軍だけでも戦時体制に移行しておく必要がある。初動で押し込まれてしまえば防衛線の崩壊は間違いない」
「では……」
「陸軍と空軍は予定通りに部隊の展開配備を進めるように。早ければ2週間程度で事が起きる筈だ」
「承知致しました」
「海軍はどうか?」
「即応体制を維持し、ソ連潜水艦による通商破壊を最大限警戒中であります。既に第1艦隊は何時でも出港、出撃可能です。第3艦隊も乗組員の招集を行いましたので、補給が終了すれば出撃可能です」
「第3艦隊は何時までに出撃準備を整えられるか?」
「明後日までには全艦艇への補給が終了すると報告されております」
「宜しい。では第1、第3艦隊はそのまま即応体制を維持。第2艦隊の整備が終わるまでは2個艦隊で頑張る必要がある」
第3艦隊は既にへーリンゲンを加えて艦隊の編制を完了しており、空母2隻体制を整えた。
あとはへーリンゲンの習熟訓練を終えるだけとなっているが、へーリンゲンを除いても作戦行動は可能だ。
第4艦隊に配属される予定のペーター・シュトラッサーは建造中であり、クラウゼヴィッツは現在資材集積中となっている。
ビスマルク戦艦4隻については3番艦グナイゼナウまでの建造を既に終えており、4番艦ウルリッヒ・フォン・フッテンは建造中となっている。
アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦についても8番艦が建造中であり、7番艦までが建造を終えて配備、或いは習熟訓練中となっている。
なので海軍の体制は9割方整ったと言える状態なのだ。
現在の主力艦隊の編制は以下の通りとなる。
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第1艦隊
空母 グラーフ・ツェッペリン
シャルンホルスト
戦艦 ティルピッツ
重巡 プリンツ・オイゲン
ブリュッヘル
軽巡 2隻
防巡 2隻
駆逐艦 12隻
給油艦 4隻
給糧艦 3隻
給兵艦 3隻
給水艦 4隻
ーーーーーーーーー
第2艦隊
空母 ヒンデンブルク
デアフリンガー
戦艦 ビスマルク
重巡 アドミラル・ヒッパー
ブリュッヒャー
軽巡 2隻
防巡 2隻
駆逐艦 12隻
給油艦 4隻
給糧艦 3隻
給兵艦 3隻
給水艦 4隻
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第3艦隊
空母 バイエルン
へーリンゲン(習熟訓練中)
戦艦 グナイゼナウ(習熟訓練中)
重巡 ザイドリッツ
リュッツオウ
軽巡 2隻
防巡 2隻
駆逐艦 12隻
給油艦 4隻
給糧艦 3隻
給兵艦 3隻
給水艦 4隻
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第4艦隊
空母 ペーター・シュトラッサー(建造中)
クラウゼヴィッツ(建造準備中)
戦艦 ウルリッヒ・フォン・フッテン(建造中)
重巡 フリードリヒ・デア・グローセ
マッケンゼン(建造中)
軽巡 2隻
防巡 2隻
駆逐艦 12隻
給油艦 4隻
給糧艦 3隻
給兵艦 3隻
給水艦 4隻
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各艦隊は戦闘艦艇だけで約2万人が所属する。
支援の為の給油艦、給糧艦、給兵艦、給水艦は艦隊が二ヶ月間無寄港で航海、作戦行動を行える事を想定して配備されている。
給油艦は艦艇用重油を1万7000t、航空機用燃料1500リットル、潤滑油等を200t分搭載出来るものであり、他の民間用や海軍の通商用の倍以上の積載量とサイズを誇る。
給糧艦も2万人+支援艦の乗組員を2ヶ月間無寄港無補給でも腹を満たせるだけの食糧、嗜好品を1万5000t分積むことが可能だ。
肉や魚、果物、野菜などを入れる為の巨大な冷蔵庫や冷凍庫を多数載せており、この為だけに発電用小型機関を搭載しているほどである。
給兵艦は各艦に弾薬、砲弾を補給する為の艦であるが、それを1万2000t分を積載可能だ。
2隻に砲弾と駆逐艦用魚雷、高射砲、高射機関砲、高射機銃用の弾薬を積む。
1隻に航空爆弾、航空魚雷、航空機搭載機銃用弾薬を載せている。
給水艦は1万5000tの水を搭載可能だ。
2隻に手入れ用や機関用などの雑用水、2隻に飲料水を載せている。
万一に備えて海水を真水にする事が可能な装置を3基搭載している。
「第2艦隊は2週間後までには全艦の整備と新型レーダーや無線機への換装が完了します」
「日本行きがここで響いてきたな」
第2艦隊は都合3か月も整備を行わずにいたのだ、機関部から始まり艦全体を入念に整備し、必要であれば交換する必要がある。
そのためにドック入りをしており現在はデアフリンガー、ヒンデンブルク、ビスマルク、アドミラル・ヒッパー、ブリュッヒャーの5隻がドックに入れられている。この5隻は大型艦艇の為、どうしても整備などに時間が掛かるのだ。
第2艦隊の他の艦艇の大部分は既に整備を終えており実戦任務に参加が可能としている。
「軍の体制は万全に整えておくように。とはいえ、外交で決着を付けられるならばそれに越したことは無い。引き続き外交ルートでの問題解決を試みる様に」
「はっ」
どうなるかは分からないが、外交交渉で決着が付けられるのならばそれに越したことは無いが、果たしてソ連が引くかどうかだ。
だが十中八九、外交ルートでは問題解決には至らないだろう。
2週間が経っても予想通りソ連との外交交渉は難航していた。
彼らの言い分としては演習をやっているだけで侵略の意図は無い、とのことだったが怪しさしかない。
それでもポーランド、ドイツ=ソ連での外交交渉は連日行われたが、こちらとしては譲歩すれば同盟に明確な亀裂が入るし、何よりこれから先もソ連に対して常に譲歩し続ける必要が出てきてしまう。
お互いに譲ることは無く、交渉は平行線を辿ったまま一か月が過ぎた。
そんな中、7月21日午前10時。
「閣下、緊急電です!」
「何か?」
「ソ連がポーランドに侵攻を開始しました!既にポーランド軍は交戦状態、国境線地帯で警戒態勢を取っていた幾つかの我がドイツ軍部隊も交戦中です!」
遂に来たか。
同盟国間での条約で、何処かの国が攻撃をされた場合、同盟国に駐留する同盟国部隊は速やかに攻撃を受けた国の軍隊に対して支援、又は直接戦闘に参加するものとする。
という規定があるから、ドイツ軍がソ連軍と戦闘状態というのは問題は無い。
すぐに閣僚会議を招集し、各軍司令官達も集める。
ソ連軍はポーランドに続きバルト3国に対しても侵攻の意志を見せており、既にバルト3国と、そこに駐留するドイツ軍は即応体制を取って厳重警戒態勢を敷いている。
「ソ連はポーランドに対して宣戦布告は行ったか?或いは事前通告は?」
「何もありませんでした」
「なるほど、では奇襲攻撃というわけだな」
「そうなります」
「宜しい。ではまずは交戦中の我が軍の部隊に対して増援を派遣するか、撤退させるかを明確にせよと軍に伝えよ。どちらの決定でも私は文句を言わない。戦うか、退くかを明確にしなければ彼らは100万のソ連兵に踏みつぶされてしまう」
「承知しました」
軍に命令を下すと、すぐに参謀本部から全力反撃を行うように命令が下される。
交戦中の陸軍には空軍からの対地支援攻撃が行われることが取り急ぎ決定された。
これに対してソ連はポーランドとソ連の問題にドイツが首を突っ込むなと文句を付けてきたが、ポーランドは元々我々同盟の参加国だし、条約や協定にも明確に、同盟参加国が外国からの侵略行為を受けた場合は他の同盟参加国はこれを全面的に軍事的、経済的に支援を行う事と明記されている。そんな国に喧嘩を売ったのが間違いだ。
自分達が滅茶苦茶な事を言っている自覚をしてほしいものだ。
即座に閣僚と軍司令官を集め緊急会議を開く。
「ソ連軍の侵攻方向と規模は?」
「ポーランドへ侵攻したのはベラルーシ方面からミハイル・コワリョフ率いる80万、ウクライナ方面からセミョーン・ティモシェンコ率いる102万となっております」
「両名ともフィンランド侵攻に於いて指揮を執っていた人物ですが、フィンランドでの失敗で粛清されなかったようです」
「合計182万の兵力だな?」
「はい。ですが後詰がいるようで、各方面に10~20万ほどの兵力とされています。ですので最大220万以上と見積もられます」
「中々多いな。だがそこまでの戦力差があるわけではないな。ポーランド軍の状況は?」
「ポーランド軍は国境線に展開していた50万の他に残る50万の兵力を移動させている最中ですので、戦力的には我が軍を合わせても五分五分と言ったところになります」
「混乱はしていないということでいいな?」
「はい。各前線部隊は規律を持って戦闘を展開しております。現地からはこの様子であれば戦線崩壊はおろか防衛線を突破される可能性も少ないだろうと」
「よろしい。だが絶対は無い。慢心はさせるな。こちらも本国から増援を送り込め」
「はっ」
今は平気でも、戦闘が続けばどうしても兵力は損耗してしまう。
だからすぐに増援部隊を多数送り込む必要がある。
「我が軍の戦力は?」
「陸軍からは第3、第4、第5、第6装甲軍の戦車約8700両を有するポーランド方面装甲軍集団。第4、第5、第6、第7軍からなるポーランド方面軍集団が展開しております」
装甲軍は4個装甲師団を束ねた編成単位になる。
ポーランド方面装甲軍集団は文字通り戦車、装甲車を主力とした軍集団である。
1個装甲軍は4個装甲師団、2個砲兵師団、2個装甲擲弾兵師団、1個輜重師団、1個工兵師団で編成され、総兵力は約12万名にもなる兵力である。
それを4個軍なのでポーランドには約48万名の装甲軍集団が存在するわけである。装甲師団の主力は5号戦車になる。
軍は歩兵師団を主戦力とした編成であり、4個歩兵師団、2個砲兵師団、1個輜重師団、1個工兵師団で編成される。
P軍集団はポーランドの頭文字から採ったものである。単純明快で分かり易い事を優先したわけである。総兵力は約14万名に達し、それが4個集まっているので総兵力約56万名を数える。
ポーランドには総兵力104万名のドイツ陸軍が存在するのである。
これにポーランド陸軍の約100万名を加えて200万名の兵力となる。
戦力的には現状こちらに利がある状況だが、侵攻が上手く行かなければソ連はどんどん兵力を送り込んでくるだろうから、想定では最低でも3倍、最大6倍程度のソ連軍が押し寄せて来ると想定されている。
これらの軍集団は、ポーランドへ配備されていることから頭文字のPを取ってP装甲軍集団、P軍集団と略されて地図上に記されている。
フィンランドはF、バルト三国はB、ハンガリーとチェコ・スロバキアは同一方面として扱われるのでそれぞれから採ってHT、ルーマニアはR、とそれぞれ符号が与えられている。
現在の陸軍配置兵力は以下の通り。
ーーーーーーーーー
P方面軍集団
司令部 ワルシャワ
P方面装甲軍集団
第3装甲軍
第4装甲軍
第5装甲軍
第6装甲軍
P方面軍集団
第4軍
第5軍
第6軍
第7軍
第11防空師団
第15防空師団
第21防空師団
第24防空師団
第28防空師団
第30防空師団
第24輜重師団
第25輜重師団
第27輜重師団
現在ソ連軍からの侵攻、攻撃を受けていること、前々からそれが予想していたこともあり、4個装甲軍、4個軍が主戦力として配備される。
防空の為の防空師団と防空師団への補給を担う輜重師団が更に配備されている。
ーーーーーーーーーー
F方面軍集団
司令部 ヘルシンキ
第3軍
第8軍
第11装甲師団
第3防空師団
基本的には南部と北部に1個軍づつを配備しているが、冬戦争同様に防衛の主眼は南部に置いている。
とは言えこれから先の季節は冬が到来し、軍の動きも基本的には大きな制約を受ける為、配備兵力を絞っている。これ以上の兵力を配備しても兵站を保つことが難しいというのもある。
ーーーーーーーーーー
B方面軍集団
司令部 リガ
第7装甲軍
第9軍
第4防空師団
第27輜重師団
ポーランドの次に最もソ連軍の侵攻を受ける可能性が高い地域である為、面積当たりの兵力密度は高い。
これに加えて1個軍、或いは1個装甲軍の増援を行う予定だ。
ーーーーーーーーーー
HT方面軍集団
司令部 ブダペスト
第12軍
第3装甲師団
第4防空師団
第31輜重師団
第12軍を主戦力とし、機動防御戦力の装甲師団、そして飛行場や要地防空の為の防空師団、それらへの補給を行う輜重師団で編成されている。
前線正面の広さが小さい為、兵力を絞った上で配備をしているが兵力としては割とバランスの良い兵力となる。
とは言えソ連軍が大挙して押し寄せれば押し潰されてしまうことは予想出来る。なのでここに追加で1個装甲師団、2個砲兵師団、2個歩兵師団、1個輜重師団の配備を進めている。
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R方面軍集団
司令部 ブカレスト
第2装甲軍
第2軍
第11軍
第13軍
第1山岳師団
第2山岳師団
第3山岳師団
第4山岳師団
第2防空師団
第5防空師団
第6防空師団
第14輜重師団
第17輜重師団
第20輜重師団
第23輜重師団
ルーマニアは国土の半分以上が山岳地帯となっており、山岳地帯で戦う為の山岳師団を4個編成して配備している。
各山岳師団の兵力は3万程度となっており、4個山岳師団で総計12万名を数える。
榴弾砲や対戦車砲の配備こそされているものの戦車は山地での運用に向いていないことから、戦車の配備はされていない。
ルーマニアは産油地帯があることから、同盟全体の重要地であるのは確かだが、基本的に平地と山地が半々程度の面積となっているので配備することが可能な兵力に制約を受ける。
だから1個装甲軍、2個軍を配備し、それに加えて山岳師団と防空師団、兵站を支える為の輜重師団という形になる。
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「空軍は我が軍の作戦稼働機約2万機に加え、ポーランド空軍約5000機が加わるので総機数25000~26000機が作戦行動可能な状態にあります」
「海軍は主力艦隊全てに即応待機命令を出しております。護衛艦隊も航路の対潜哨戒、警戒監視についております。必要であれば潜水艦狩りを行う事も可能です。輸送船、揚陸艦も全艦が待機状態にありますので何時でも行動可能です」
既に陸海空軍は体制を整えているようだ。
運輸省や陸軍鉄道運輸局も戦時体制にシフトしているという報告を受けているから何時でも物資、兵員を送り込める。
「宜しい。同盟各国に対してソ連はどのような動きを見せている?」
「はっ。バルト3国に対しては侵攻の意志あり、と判断される行動を取っております。既に国境地帯に約50~60万程度のソ連軍が終結しつつあります。それ以外の同盟国に対しても圧力を加えており手出しをするな、という声明を送り付けているようです」
「バルト3国には第2、第7装甲軍と第2、第3軍が駐留しております。あの狭さにこれだけの兵力密度ですから、60万程度の兵力で平押ししようとすれば粉砕出来るは間違いありません」
「同盟国はなんと反応している?」
「特に反応らしい反応は示しておりません。既にバルト3国は戦時体制に移行済み、全兵力を国境地帯に配置済み。フィンランドも戦時体制への移行準備中、兵力を前線配備中。ルーマニアも兵力の移動を開始しております。チェコ=スロバキア、オーストリア=ハンガリーも既に準備中とのことです」
「ノルウェーとスウェーデンは?」
「歩兵が主軸ですが、既に部隊をフィンランドへ送る準備を整えつつあるようです。規模はそれぞれ1~2個師団程度です」
「デンマークはどうかね?」
「デンマークも体勢を整えているところですが、先遣隊として2個連隊をポーランドへ派遣するとの通告がありました。それに伴い、陸路輸送を行う為ポーランドまでの鉄道を用意して欲しいとのことです」
「宜しい。ダイヤルを組む様に」
心強い対応だ。
派兵戦力は少なくても、同盟国は同盟国を見捨てないという姿勢が分かる対応だからその点に関しては安心出来るだろう。
「ポーランドはどうかね?」
「防衛線は問題無く機能しております。あの様子だと向こう3か月は問題無いでしょう」
「こちらの方が戦力的には優位に立っています。防衛線にぶつかったソ連軍を装甲軍が機動戦で包囲殲滅を仕掛けている所もあります。少なくともベラルーシのブレストまで第4装甲軍が、ウクライナのリビウまで第5装甲軍が前進し、包囲殲滅戦を展開しているところです」
「大丈夫か?」
「問題は無いでしょう。後詰に第3、第6装甲軍が控えておりますし、空軍からの強力な支援も継続して行われております。少なくとも現時点ではソ連軍に我が軍戦車を正面から撃破可能な装備はかなり限られております。歩兵とよく共同すれば各個撃破されるという事態にはなり得ないかと」
「制空権は?」
「既に空軍爆撃機や対地支援攻撃機が前線から300km圏内の飛行場は爆撃で叩きました。少なくとも5日~7日程度は使用出来ないでしょうから、その間、我が空軍は積極的に敵飛行場、敵補給拠点、敵鉄道網、重要地点を重爆によって継続して爆撃を加えます。戦略爆撃と呼ばれるものです」
「可能な限り民間人への被害は避けるように。反撃をしてソ連領内に入る時には彼らの協力が必要不可欠だ。出来る限り反感や反発、敵愾心を買うのは避けておきたい」
「勿論です。我々の戦略を考えても避けるべきことです」
対ソ戦の初期段階では、基本戦略としては防衛に徹しつつ敵兵力に対して継続して防衛線で大打撃を与える、と言う事になっている。
どれぐらいの期間に及ぶかは分からないが、少なくとも1~2年程度は防衛戦に徹する必要があると参謀本部は報告してきている。
ソ連軍の兵力を考えれば、それぐらいの期間は必要となるだろうし、同時に我々は必要最低限の損害で乗り切らなければならない。
反撃を行う場合は、一斉に全戦線で反攻を行い一気に敵前線を突破する。
問題はそんな簡単に行くわけが無いということだ。
ということは何か別の手段で敵を攪乱させつつ、兵力を別のところに誘引する必要があるということだ。だが問題なのは遥か東にある同盟国日本には正直対ソ戦を真正面から戦えるだけの能力は現時点でない。
勿論1年か2年ぐらいで日本陸軍が大きく変わる可能性も無くは無いが、国力を考えても常識的に考えれば短期間で日本陸軍が対ソ戦を真正面から戦えるだけの軍備を整えられるとは思えない。
となればこれまた別の方法をやるしかない。
それがソ連国内にレジスタンスや反体制派勢力を作り上げ、後方を攪乱させることだ。
そのために特殊部隊を派遣して何年も掛けて多くの民間人を反共レジスタンスに仕立て上げたのだ。中には、過去のソ連共産党から受けた仕打ちへの恨みからか、主にウクライナでだが町や村単位で丸ごとレジスタンスになったところまである。
レジスタンスは基本的に出身地域や町、村ごとに部隊を編制している。
彼らには特殊部隊を通じて本格的な軍事訓練を叩き込み、報告ではドイツ正規軍と何ら遜色の無い練度を有しているレジスタンス部隊もあると言う。
レジスタンスには主に武器と弾薬をドイツから供与している。
レジスタンスへ供与する武器は秘密裏にドイツ国内に生産設備を設けて生産させたモシン・ナガンやDP28軽機関銃、PPD‐40短機関銃を供与させている。しかも丁寧にソ連での生産工場の刻印まであるというものだ。
何故ドイツ軍の武器では無いのか、というとソ連のNKVDといった連中に見つかっても大丈夫なようにする為だ。ソ連軍で配備されている武器なら怪しまれる可能性が少なくなるからだ。
爆薬も冬戦争の際に鹵獲したものを成分分析に掛け、そっくりそのままの爆薬を送り込んでいる。爆薬は主に鉄道軌条の爆破や敵基地、補給拠点などの爆破に用いられる。
こうすることで少数の特殊部隊を司令塔にし、より多くの兵力を敵地で秘密裏に動かすことが出来るようになる。そうすれば我々の労力は少なく済む。
「現時点でレジスタンスはベラルーシに約3400名、ウクライナに2万名の現地協力者を作っております」
「ウクライナが随分と多いな。やはりホロドモールの影響か?」
「恐らくはそうでしょう。ソ連共産党への敵対心は並みのものではありません」
それでいいのだ。ソ連の敵となる存在は多ければ多いほどいい。それだけソ連は苦境に立たされる。
「制空権に関しての話に戻します。制空権は現在我が方にあります。それどころか前線から300km圏内の制空権は我が方の絶対優勢と言っても良いかもしれません」
「敵が飛行場を使えない期間は具体的にはどれぐらいだ?」
「1週間といったところかと。滑走路だけでなく燃料爆弾、弾薬も丸ごと吹き飛ばされた飛行場が殆どです。滑走路を修復しても物資が無ければ戦えません」
「その期間以内に包囲殲滅戦を完了し、包囲殲滅を完了したら陸軍は速やかにポーランドへ撤退してしまえば損害を被ることなく多くの敵兵力を叩けるでしょう」
「宜しい」
怖いのは貴重な装甲軍が逆包囲をされて壊滅することだ。装甲師団や装甲軍はこちらの機動防御戦術や反攻作戦実施の際に電撃戦などの根幹戦力だ。これが1個でもやられれば各戦線に与える影響はかなり大きい。戦車は大量生産中だから幾らでも補充が利くが、乗員の方は中々替えが利かない。
現在各部隊の各戦車の乗組員は熟練搭乗員に関しては数年掛けて育成した、各国戦車乗りと比べても群を抜いて優秀な者達ばかり。
誰も彼もが数千時間以上、一部熟練に至っては1万時間、それ以上の精鋭ともなれば1万5千時間を超える、ごく一部の乗員に関しては2万時間越えという凄まじい搭乗時間を記録している者達だ。これを失うというのは我がドイツにとって凄まじい痛手なのだ。
だが陸軍元帥や大将達が口を揃えて言うのであればそれを信じよう。
彼らとて優秀な士官達の中から更に成ることが難しいと言われる将官まで登り詰めた者達だ、少なくとも無能ではあるまい。
「補給状況はどうか?」
「鉄道線での補給は現状、万全です。現状の能力であれば2倍程度までであれば兵力が増えても問題はありません」
「バルト3国、フィンランドへは海路での補給を行っておりますので、そちらに関しては海軍の方で責任を持って維持します」
「問題は敵が補給線を脅かそうとした場合です」
「どのような対策を?」
「鉄道における補給は空軍の協力を得て、等間隔に中隊規模の部隊が駐屯し飛び立てる小型の野戦飛行場を整備しました。これで脅威を排除します」
「それと空だけでなく地上からの攻撃も警戒しなければなりません」
「地上の敵に関しては、貨物列車の車列に等間隔に歩兵と機関銃4丁、8cm迫撃砲2門をセットで配備。2輌1セットを予定しております」
「それで守れるのか?」
「守るしかありません。これ以上の規模拡大はやらない方が良いかと。車列全体で言えば2個中隊規模になります。大隊規模と言うのは流石に……」
「なるほど、では列車は基本は空から守りつつ、敵地上兵力が出てくれば共同して叩く、という形になるわけだな」
「その通りです」
防衛方法もちゃんと練られているようだから補給計画は問題が無いようだ。
戦術や戦略に於いて、戦力の逐次投入は絶対的な悪手であるとよく言われることがあるがこれはあくまでも、『十分な兵站能力を維持し前線部隊に補給を行える』ということが大前提のものだ。
兵站のことを全く考えずに、『ありったけの戦力』を投入した結果、大敗北を喫したという事例はある。
西暦1449年中国の土木の変などが主な事例だ。
だから我々が兵力の逐次投入を避けつつ、大兵力を敵に叩き付けるには大規模な兵站を維持、管理することが絶対となる。
戦争に於いて投入兵力は兵站能力に依存し、敵兵力と比較して兵站と投入兵力が不足する場合は撤退をするというのが常識である。
「ですがソ連軍は前線各地に突っ込んできております。弾薬、砲弾不足が懸念されます。が、既に臨時大規模補給の為の特別便を編成し取り急ぎ多数送り込みました」
「うむ。補給が不味くなれば、補給が安定する地域まで撤退することも厭わないように。補給切れで兵を無駄に死なせるな」
「はっ」
戦況はそこまで悪くは無いようだが何が起きるかが分からないのが戦争というものだ。
備え過ぎる、ということはあるまい。
「ドイツ国民諸君、私は諸君に報告をしなければならない」
「さる7月21日午前10時にソ連軍が我が盟邦ポーランドへ侵攻を開始した。そしてこの侵攻は宣戦布告も無く、事前通告も無い、奇襲攻撃というものだ。共産主義の拡張主義はついに我々へその魔の手を伸ばしてきたのである!」
「奴らに我々の常識や道徳は通用せず、連中が通った後には略奪と暴力の跡しか残らない。共産主義国家にされてしまえば今のような自由や個人の権利などは奪われ、例え家族であろうと常に疑心暗鬼の世界で生きて行かねばならず、いつどこで誰が密告者となるか分からない。独裁者が政治の席に居座り、独裁政治、恐怖政治が敷かれることになる!」
「我々はそれを容認してはならない!我がドイツは決して民主的な自由を奪われない!」
「我がドイツは盟邦ポーランドを守る為、そしてドイツ自身をも守る為に全軍の投入を議会に軍事行動を決定したものである!」
「ドイツ陸、海、空軍は志願兵を募っている!共産主義による蹂躙から祖国を、自由を、大切な存在を守らんという強き意志を持つ者は集え!盟邦を、祖国を、家族を、子供達の輝かしい明日を守る為に戦うのだ!」
こんな演説、しないで済めば良かったのだがなぁ。
ーーーーーーーーーーー
演説の翌日、既に多くの者が各都市や町の新兵募集事務所に詰め掛けているという。
更には陸軍には若者達だけでなく、40代、50代の者も少なくない人数が志願してきている。
「若い連中ばかりを戦地にやれない」
志願してくる40代、50代の者達は口を揃えて言っているという。
有難い話だが、この時代の実年齢は+10歳してからが実際の身体機能と言われるところがある。だから彼らは現代だと、50歳~60歳として扱われるのだ。
年齢的に行くと第一次世界大戦に従軍、或いは経験した者が多いとは言え、やはり体力的な面では戦場でやれることは殆ど無く、あったとしてもトラックを運転して物資の運搬をする、ぐらいになる。
彼ら年配兵の配属先はその能力に応じて、主に後方地域の警戒警備や鉄道車列の護衛、前線付近のトラック運転手と言った直接戦闘のリスクが少ない配属となる。
流石に年齢的に激しい戦闘行動に耐え得るだけの体力が無いと判断された。
しかしドイツ軍は現状それだけしか出来なくても入隊を許可している実情がある。
ソ連軍の兵力が圧倒的過ぎるからだ。
1か月も時間が経つと、ソ連軍は初期投入兵力による全戦線における大規模攻勢作戦が失敗し、我々の防衛線や機動防御戦術による大規模包囲を受けて粉砕されることになった。
既に戦火はポーランドだけでなく、フィンランド、バルト3国、チェコ・スロバキア、オーストリア・ハンガリー、ルーマニアへも殺到し始め、激しい戦闘が繰り広げられている。
これに伴いソ連国内では追加で多くの成人男性が徴兵され、その総兵力は600万に迫るという。
「ソ連軍は今も尚戦力を増大させております。対する我が軍は現時点で200万、ポーランド150万、ルーマニア60万、チェコ・スロバキア40万、オーストリア・ハンガリー60万、フィンランド50万の総計560万名となります」
「兵力は拮抗状態、と言ったところか」
「今の兵力差であれば防衛線の崩壊は有り得ません。ですが攻勢に転じるとなると少なくとも更に300万の兵力が必要になります」
「今すぐに300万か……。難しいな」
「碌に訓練もしていない兵を送り込んでも無駄に損耗を広げるだけです。そこで兵力が整うまで我々は防衛線に引きこもり、必要であれば装甲軍単位で前進し敵兵力の包囲殲滅を試みるぐらいが精々でしょう。まぁ、つまりは予定されていた作戦に則って戦う、というだけの話です」
「それが妥当なところだろう。空軍はどうか?」
「少なくとも制空権は我が方にありますが初期の打撃を回復させつつあり、それなりの戦力をソ連空軍は整えつつあるようです。今のところ目立った被害はありませんがこれから先どうなるかは未知数です」
「海軍の方は?」
「今のところソ連海軍との交戦はありませんが諜報部からの情報によるとサンクトペテルブルクから潜水艦が昨日、出撃したとのことです。通信と航空偵察のそれぞれで事実が確認されております。必要であれば潜水艦狩りを実施しますが今のところ艦艇、輸送船に被害はありません」
「航路の維持は何としてでもやらねばならん。必要であれば潜水艦狩り作戦を実施しても構わないし、空軍に協力を要請して軍港を爆撃なり砲撃なりで叩いても構わん」
バルト海の制海権や輸送航路の維持は今後の作戦などに大きく関わってくる。
北欧諸国、バルト3国への物資供給、増援派遣、反攻作戦の実施など、様々だが兎に角維持をする必要がある。
海上輸送航路が寸断されると北欧諸国の同盟離脱、という一番最悪な展開になる可能性すらある。それを防ぐには何が何でも海上輸送航路は維持をしなければならないのだ。
「北海、ノルウェー海方面はどうか?」
「問題は起きておりません。ソ連海軍が出て来るとすれば春から夏頃に掛けてと予想されます。少なくとも秋、冬の期間での作戦行動は無いと断言します」
「断言をする理由は?」
「現状、サンクトペテルブルクに面しているバルト海の制海権、制空権は我々が握っていることと、そもそも偵察の結果でサンクトペテルブルクには潜水艦と幾らかの駆逐艦程度が存在するのみです。ではソ連海軍の主力がどこにいるのかというと、北極海に面した軍港となりますが秋から冬の間は氷に閉ざされており艦艇の出入りは出来ません。それと同じ理由で後方地域への強襲上陸なども不可能です。ですので秋から冬の間はソ連海軍はマトモな作戦行動を取れないと判断致しました」
「うむ。それには同意出来る。だが絶対は無いから警戒だけは怠るな」
「勿論であります」
現状のドイツ軍を含めた同盟国軍の戦略は防御に徹しつつ徹底して損害を抑えることにある。
時折戦略的に部隊を後退させて突出部を作らせ包囲殲滅、或いはこちらから装甲軍が打って出て包囲殲滅を行うという戦術が採られている。
「陸軍から一点。ルーマニア戦線が押し込まれつつあります」
「ルーマニアか……」
「現時点で第2防衛線まで戦線後退を図ってどうにか維持をしておりますが現状、最も戦線崩壊の可能性が高いのはルーマニア方面です」
ルーマニアは戦前から最も戦線崩壊が危惧されていた方面だ。
理由は幾つかある。
1つ目は同盟国全体に石油を供給している最重要地域であることから、ソ連軍による主攻撃に晒される可能性が最も高かったことだ。
これは実際にポーランド方面、バルト3国方面が完全に膠着状態に陥っていることからソ連軍は主戦力をルーマニア方面へ配置転換し、大攻勢に出ていることからも裏付けられている。
2つ目。
これが一番大きい理由だが、ルーマニア軍が弱いということだ。
というのもルーマニア軍は前世でよく言われる、弱いというイメージが強いイタリア軍よりも弱い。特に第1次世界大戦での大敗は有名である。
同盟結成の際に政府も軍も、『ルーマニアは石油の関係でどうしても味方にしておきたいが、味方に欲しくない』とまで言われるほどである。
第1次世界大戦においてルーマニア軍が酷い大敗を喫したのには主に以下のような理由がある。
1:識字率が1912年時点で4割弱であったこと
2:文字が読めない将校が存在したこと
3:何故か戦力集中をやらない
4:農繁期に兵士の一部が農業に従事する為に帰ってしまう
5:英軍が提案していたブルガリア攻撃計画を無視して民族意識が赴くままにトランシルヴァニアへ侵攻する
6:トランシルヴァニアへ侵攻した結果、オーストリア・ハンガリー帝国にボコボコにされて大敗
とまぁ、こんな具合である。
それに加えて、
7:気にもしていなかったブルガリアから侵攻されて大敗する
8:ドイツ帝国軍相手に大敗
9:結果として4か月ほどで首都ブカレストを含めて国土の7割を失陥することになった
10:その後はロシア帝国兵を盾に戦い続けるもロシアの離脱と共に降伏
という感じである。
一応、ルーマニア軍の為に弁明をしておくと4番目に関しては策略でわざとトランシルヴァニアが手薄にされていたというものである。
まぁ元々トランシルヴァニアを巡って揉めていたのに手薄になっていた時点で色々と疑うべきではあるのだが……。
8番目に関しても、当時ドイツ帝国軍を率いていたのはファルケンハイン、マッケンゼンなどの名将達であったので相手が悪かったと言えばそうなのだが、戦争に相手が悪かったとかそう言うのは関係が無い気がする。
因みにロシア帝国軍からの評価としては『ルーマニア軍を軍隊として鍛え直すより、ロバにメヌエットの演奏を教えるほうが楽』とまで言われる始末である。
ドイツ帝国軍の侵攻に際しては要塞に兵力を結集して『ここが第二のヴェルダンとなるだろう』と大見栄切っておきながら速攻で陥落するなどの事態もあった。
更に言うとルーマニアはドイツ降伏の1日前に協商国側として参戦して戦勝国に名前を連ね、トランシルバニア等の領土を獲得する事に成功するという、オーストリア・ハンガリーからすると腸が煮えくり返るような出来事もあった訳である。
因みに今のところ、オーストリア・ハンガリーとルーマニアの仲は悪い。なのでその辺を調整するのもドイツの役割で、我が同盟が抱える問題の一つである。ふざけるな。
ついでに言っておくと未だにその弱さは健全であり、ドイツ軍や政府からのテコ入れでマシにはなっているものの、正直戦力としては期待が出来ない。
ルーマニア方面軍の最高司令官にはマンシュタインに任せているが彼曰く、
「ルーマニア軍は100万の暴徒と言った方が合っている」
とまで言われている始末である。
というわけでルーマニアに配備されている兵力はポーランド方面を差し置いて、最精鋭を搔き集めているわけである。
なお、前世での史実第二次世界大戦では枢軸国側としてソ連に攻め込んでいるが、スターリングラードに於いてソ連に「ここが弱点だ」と集中攻撃され、見事に戦線を崩壊させる原因となっていることもここに記しておく。
「マンシュタインは何と言っている?」
「増援を寄越して欲しい、と。早急に2個軍、及び装甲師団と山岳師団の増援をと」
「分かった。しかし今すぐに要求された増援を送り込むのは難しい。取り合えず直近で訓練が完了して投入秒読みの2個装甲師団と3個山岳師団、4個歩兵師団はルーマニアへの派遣とする。2個軍規模の増援に関しては編成完了次第送ると言っておくように」
「はっ」
ドイツ陸軍は第1~第29装甲師団が編成されておりそれぞれが装甲軍指揮下に入れられて戦線に投入されている。
それに加えて第1~第57歩兵師団までが編成されそれぞれ軍指揮下として戦線に投入されている。
それに加えてドイツ国内では、6個装甲師団、28個歩兵師団、6個山岳師団、9個砲兵師団、4個防空師団、12個輜重師団の、合計65個師団が編成中或いは訓練中となっている。
これらは主に志願兵で編成されていて、どうしても練度が低いという欠点があるので最低3か月の訓練期間を終えるまでは戦線投入をすることは出来ない。
訓練完了となった師団はそれぞれの戦線に投入されるが、各戦線では増援を寄越して欲しいという連絡が既に届きつつあるので、訓練完了後は間髪入れずに投入されるし、各師団は既に投入予定戦線は決定されている。
その内の2個装甲師団と3個山岳師団、4個歩兵師団を派遣する。
山岳師団はそもそもルーマニア向けの師団であるので、残る3個山岳師団もルーマニアへ送られるが、編成を完了して訓練に入ったばかりなので実戦配備は2ヶ月先になる。
ーーーーーーーーーーーー
開戦より半年が経過するが、未だにソ連軍の兵力は尽きる様子を見せない。
各戦線はソ連軍の全面攻勢を受け止めており、こちらの損害も増えつつある。
ソ連軍の損害は既に300万を超えるとされているが、こちらの損害も各戦線合わせて70万近い戦死傷者を出しているのでキルレシオ4.2ほどとなる。
損害はこれでも抑えている方だがソ連軍の攻撃が激し過ぎるのである。
「全戦線に於いてソ連軍の攻勢は続いております。今のところ各戦線が突破される、崩壊するという状況にはありません」
「情報部より重要な報告が」
「何か?」
「ソ連軍が大規模攻勢作戦を企図している、という情報を入手致しました」
「場所は?」
「ルーマニア方面へ、最低でも70万の兵力と4000台ほどの戦車、2000機の航空機が投入されるようです」
「裏付ける証拠はあるか?」
「鉄道ダイヤルが大幅に改定されており、ルーマニア方面への増援、物資備蓄などに切り替えられており、大規模な部隊の移動なども確認されております」
「航空偵察の方は?」
「こちらでも物資集積所の物資量が大幅に増えていること、前線後方地域へ終結している敵部隊増加、大規模な部隊の移動などの偵察結果を得ております」
「ではこちらも増援部隊の編制を進め、マンシュタインにソ連軍によるルーマニア方面への大規模攻勢の可能性大、至急備えよと伝えておくように」
「はっ」
「それと、これが陽動である可能性も考慮して各戦線での偵察、情報収集を強化するように」
次から次へと問題が降って来る。
一つの問題を解決すると、また別の問題がポンポン出て来るのだから困る。
「各戦線の補給状況は?」
「現状問題はありません。各鉄道線は空軍によって守られており襲撃される心配は少ないと言えます。補給は問題無く行われておりますが、各戦線全てからもっと弾薬を送って欲しいと要求が来ております」
「当初想定していたよりも弾薬消費量が激しいのか……。だがこれ以上の弾薬は無い以上は送れん。解決策としては生産ラインを増やすぐらいだが軍需大臣、どうか?」
「生産ラインの建設自体は土地と金、資材さえあれば何とでもなります。問題は人手です。弾薬、砲弾工場に勤める工員の確保が難しいとしか言えません」
「人手さえ確保出来れば問題無いと?」
「はい」
「宜しい。では成人年齢を超えている女性、或いは兵役適性が無いと判断された者の中から採用を進める。弾薬、砲弾工場の完成1か月前より募集を掛けられるように準備を進めてくれ。1か月間教育を行って、工場が完成したらすぐに稼働させられるように」
「はっ」
「工場はどれぐらいの日数で完成する?」
「……土地の選定に2週間、建設に2か月半頂ければ3交代制で突貫工事を行いますので、3か月でどうにかします」
少し黙って頭の中で計算をしたのだろう、答えが返って来る。
「宜しい。建設数は資材、金銭、設備、人手が許す限りだ」
「承知しました」
戦場での弾薬、砲弾消費量はこちらの想定を遥かに上回っている。
それでも戦えているのは今までの生産分の備蓄などが多かったからだ。だがこれが尽きてしまえば兵士は時折補給される弾薬と砲弾を撃って、あとは白兵戦ということになりかねない。それを防ぐ為にも今すぐに弾薬と砲弾の生産工場を建設しないとならない。
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「徹底抗戦だ!戦線を何としても維持せよ!怯むな、戦え!祖国の為に、明日を生きる子供達の為に!生き延びるのだ!如何なる犠牲を払おうと、どんな姿になろうとも!」
演説で兵士達を、国民を鼓舞する。
開戦より9ヶ月が経つが、未だに戦争は激化の一途を辿っている。
ルーマニアへの大規模攻勢に失敗したソ連軍は今まで通りこちらの戦線を食い破ろうとあの手この手で攻撃を仕掛けてきている。
ルーマニアを防衛することが出来たしソ連軍に大打撃を与えたのは良いが、こちらもこちらでかなりの損害を被っている。
7個山岳師団のうち、丸々3個が戦闘能力を喪失しドイツ本国へ再編と補充の為に帰国。
各装甲軍も増援合わせて6個装甲師団となった訳であるが、激しい機甲戦が展開されたことで、半分の3個装甲師団が壊滅状態になり、残った機材を全て残る3個装甲師団に譲ってこちらもドイツ本国に再編と補充の為に帰国中。
増援合わせた3個軍のうち、第11軍は戦闘の矢面に立ったために打撃を被って有する6個歩兵師団の内の4個歩兵師団が壊滅。こちらも本国へ帰国中だ。
第2、第13軍も第11軍よりマシとは言っても本来であれば4個歩兵師団を有するが、消耗したことで実戦力としては3個師団規模になっている。
防空師団と輜重師団の被害は軽微なので1ヶ月ほどで建て直せたが、それでもルーマニア方面軍集団の戦力は半分程度にまで落ち込んでおりもし補充や増援が間に合わない内に同規模の攻勢があれば戦線崩壊をしてもおかしくは無いと報告されており、これを鑑みて現状、ルーマニア方面に対しての補給、補充が最優先事項とされている。
「各戦線で砲弾、弾薬不足が報告されております」
「工場が稼働するまでどれぐらい掛かるか?」
「1週間。それだけ頂ければ完了します」
「では生産分が戦線に届くまでは最短でも2~3程度は掛かるということだな?」
「はい」
「宜しい。では軍はその間どうにかしてあるだけの砲弾薬で戦線を保たせるように」
工場は23か所が新規に建設されているがそれらの工場が稼働し、生産分を戦線に送り込めるようになるには最低でも1か月、工場によっては2カ月程度は掛かる。
なんとかそれまで現状のままで耐えなければならない。しかしそれでも足りなくなるだろうから、追加で工場を建設して人手も集めておかなければ。
「兵達の士気はどうか?」
「今のところ目立ったような低下などは見られません。浴槽車などの配備がかなり大きいのでしょう」
浴槽車というのは、まぁ簡単に言ってしまえば戦場でシャワーを浴びて浴槽に浸かれるようにするための支援車両と言えば分かり易いだろう。
前世でも陸上自衛隊に入浴支援装備があったが、アレに近い。
トラック3輌で1ユニットとして構成される浴槽車は、1輌目に合成ゴムで作られたプールとホースなどの一式を10個トラックに乗せている。
このプールは普段は空気を抜いて折り畳まれて積載されており、これに空気を入れると膨らんで最大25人までを同時に入浴させることが出来る。
プールには排水溝、給水口がそれぞれ取り付けられており、基本的には川などが近くにある場所で展開することになる。
2両目と3輌目のトラックには湯を沸かす為の発電機を5台づつ、合計10台積載している。
基本的には1台で2つのプールをカバー出来るが、残りはシャワー用温水を用意したり、予備発電機として存在している。
4輌目と5輌目には浄水装置、濾過装置を2台づつ載せている。
河川の水を主に使用する都合上、どうしても汚いことは往々にしてあるわけで、幾ら沸かしていると言っても汚い風呂には誰も入りたがらない。濁った風呂より綺麗で透明な風呂の方が誰だって良いに決まっているわけだ。
6両目と7両目は発電機を回す為の燃料を搭載している、荷台を燃料タンクに変えたトラックとなる。
2000Lの燃料を搭載することが可能で、2輌で4000Lの燃料搭載量を誇り、このユニットだけでなく各部隊や各装甲部隊、空軍にも配備されているものだ。
8両目と9両目には人員と各個人の装備や擬装網と言った装備品を載せることになる。
人員は合計で32名となるわけである。
トラックとは別に2輌の軽装甲車が護衛に当たることになる。
この軽装甲車は4輪車で6mmの装甲を備えているが、ソ連軍が使う重機関銃辺りを持ち出されたらどうにもならないというものだ。だが最低限トラックの車列を守るぐらいの能力はある。
武装は屋根に取り付けられた旋回マウントに乗せられたMG34機関銃1挺、機関銃用弾薬3000発のみであり、それ以外は乗員の自動小銃のみだ。
乗員は車長1名、運転手1名、機銃手1名、小銃手2名の合計5名のみであり護衛をするならこれでいい、というものである。
この入浴支援装備は9両のトラック、2輌の軽装甲車で1ユニットとして編制されるわけである。
毎日入れるわけでは無いが、それでも戦場で汗と泥濘に汚れる毎日を過ごしているわけだから、偶にでも風呂に入れるのならばそれは身体を綺麗にすると言うだけでなく、心の洗濯にも繋がるのである。
こう言った支援装備を充実させることが兵達の士気高揚に一番直結するわけだ。
他にもその場で温かい食事を提供する為の野外炊事用ユニットも存在する。
これはスープから始まり、ソーセージ製造、製パン、製麺、おかずとなんでも作れるものである。
おかずやスープを調理する為の調理トラック2輌、豚や牛や鶏を加工する為のトラック2台、製パン機材を乗せたり牽引しているトラック2台、製麺トラック1台、そして食材をたっぷり積んだトラック10輌、護衛兵士や給料員、調理道具などの資機材を乗せた2輌のトラック、酒や煙草、トランプやボードゲームなどの嗜好品を載せて販売する為の酒保トラック3輌、燃料トラック3輌、護衛の軽装甲車2輌で構成される。
なので1ユニットは25輌のトラックと14台の牽引式調理車、軽装甲車2輌で構成されるわけである。
このユニットで働くのは護衛の兵士10名、コック20名、食肉加工員4名、製麺員4名、製パン員8名の46名が所属する。
護衛に関しては兵士だが、それ以外の給料員に分類されるところに関しては男女ごちゃまぜ状態である。これは単純に男手が足りないので志願した女性兵士の中から選抜して任務に当たって貰っているのである。
基本的には前線と後方拠点を行ったり来たりを繰り返しており、前線で食事を提供し、トラックに積み込んでいた食材を全て使い切ると要員の休息も兼ねて一旦後方に下がって物資の補給を受け取って再び前線へ赴く、という形である。
この装備は1ユニットで2500人分の食事を一度に提供することが出来るわけであるが、1個師団には4ユニットが配備される。
食事を提供しつつ、嗜好品や娯楽品を載せたトラックでそれらを販売するという、前線兵士からすれば戦場でも日常を感じられるように、と配慮されている訳である。
入浴支援ユニット、野外炊事ユニットが配備されて問題無く稼働、運用していられるのは大幅に改善された兵站システムによるお陰だ。
旧来の兵站システムであればこんなことは到底出来なかっただろう。
ともかく、軍部からの報告では兵力不足というのはさておき戦況、兵站共に問題は概ね無いと言うわけだ。
「閣下!閣下はおられますか!!」
「何かね、そんな大声を出さなくとも私の耳はまだ遠くなっておらんよ」
「閣下の体調は医者が厳重に管理されているとのことですから心配はしておりません。それよりもです!」
ケンプフ将軍、シュヴェッペンベルク将軍と共に顔を真っ赤にしながら執務室に殴り込んでくる。
彼らは私よりも年上であったりはするが軍人らしく元気な様で何よりだ。
他にもヨーゼフ・ディートリヒ中将と、グデーリアン少将、ロンメル少将までもがいる。
彼らは我が軍の装甲部隊の指揮を執っていたり、グデーリアン少将とロンメル少将に関しては新設される装甲師団の指揮を任命している。そんな彼らが殴り込んでくるとなれば装甲部隊絡みの何某か、ということだろう。
執務室でカイテル将軍を始めとした将軍達と、財務省の者と合わせて軍事費に関して頭を悩ませていたところ、彼らが殴り込んできたのである。
カイテル将軍達と財務省職員はきょとんとしている。
「少し待ちなさい」
書類を一旦、纏めて端によけて手を組んでそこに顎を載せる。
「……よし。さて、それでは用件を聞こうか。私の記憶違いでなければ諸君らは装甲部隊の指揮と錬成をしている筈だが?何か重大な問題でも発生したかね」
「えぇ、それはもう重大時です」
「それは?」
「何故、貴重な装甲連隊が日本へ派遣されるのですか!?しかも2個装甲連隊ですよ!?それに付随する部隊も!ただでさえ戦力不足で頭を抱えていて、しかも派遣するのは前線帰りの熟練ばかりと言うではないですか!」
「あぁ、そのことか……」
彼らが言っているのは、ドイツ軍から日本へ2個装甲連隊、2個装甲擲弾兵連隊、1個砲兵連隊、1個野戦防空連隊、1個機動野戦防空連隊、1個工兵大隊、1個輜重連隊を含む、エーリヒ・ヘプナー少将率いる日本派遣遠征軍のことだ。
これに陸軍の頭上を守る為の戦闘機72機、対地支援攻撃機24機、輸送機10機が組み込まれる。
指揮権は一応形式的に日本陸軍に組み込まれるが事実上独立した指揮系統を有する。
他の日本軍部隊とも基本別行動となるが、これは機動力が違い過ぎる故の措置だった。
徒歩行軍が基本の日本陸軍と、完全機械化された派遣部隊が一緒に行動すると高い機動力を無駄にしてしまうし、日本には陸軍部隊を今すぐに機械化させるだけの能力は無い。
一応、日本陸軍内でも機械化率に恵まれている部隊は幾つかあるのだが、彼らは彼らで部隊が手放したく無いということで中々機械化師団を編成するのは難しい。
何より意思疎通の問題がある。
派遣部隊の兵達には下から上まで日本語教育を施しているが、まだまだ意思疎通に問題がある。
士官レベルであれば英語を話せるが日本軍側に英語を喋れる前線士官があまりいないのだ。海軍の方は英語教育に力を入れているから良いんだがな。
だからこっちは日本語、向こうはドイツ語をそれぞれ学んでいる訳である。しかしなぁ、日本語、世界で一番難しい言語の1つと言っても過言ではない。
3ヶ月のドイツ本土での教育に、航海中の1ヶ月を入れて僅か4ヶ月でどこまで話せるようになるか。
最低でも敵が来る、方角、数、攻撃、防御、支援してほしい、とかのように簡単な意思疎通が取れれば良いか。
編成が特徴的なのは砲兵連隊と野戦防空連隊になる。
この連隊は牽引式榴弾砲ではなく、新開発の自走式榴弾砲を装備し、完全定数を満たしていることだ。
5号戦車の車体を流用し、そこに15.5cm榴弾砲を載せたものになる。
牽引式よりも使い勝手がいいが、なんせ去年正式採用されて量産開始されたばかりだから配備数が少なく、各砲兵連隊に1個大隊が配備されるに止まっているのだ。
しかしながら日本派遣部隊には全大隊が自走式15.5cm榴弾砲を装備しており、機動力、打撃力共に東部戦線で戦う部隊や、ドイツ本国で新規編成中の部隊よりも有力になる部隊だ。
野戦防空連隊は1個が飛行場防空の為であり、もう1個は機動野戦防空連隊となる。
野戦防空連隊は編成、装備共に変わらないが機動野戦防空連隊は牽引式高射砲、牽引式高射機関砲ではなく、自走式高射砲、自走式高射機関砲を完全装備している。
この部隊は機動力に富んだ装甲連隊や装甲擲弾兵連隊、歩兵連隊、輜重連隊に追従していくために編成されている。
自走式8.8cm高射砲、自走式20mm高射機関砲、自走式40mm高射機関砲の3種を装備している。
広大な満州やシベリアを駆け抜けるにはこれぐらいしておかないとならないのだ。
ちなみに予備部品や砲弾、銃弾に関しては生産設備を輸送船に詰め込んで現地生産である。
残念ながら日本に委託して生産というのも技術的に無理、かと言ってドイツから遥々持っていくのも無理なのでこうなった。
陸空を合わせて日本派遣遠征軍なのだ。
武器弾薬は輸送船10隻分を一緒に運んでおいて、5隻に生産設備を載せているのである。ドイツから日本の距離はスエズ運河を経由して、可能な限り最短距離で航行をしたとしても1か月以上は掛かる。
だから現地で生産して補給することが出来るように手筈と整えているのである。
「まぁ、はっきりと言ってしまえば『政治』というヤツだな。全く嫌になるがね」
政治、政治、政治と何かあればこれだ。
物事が進むのも政治によるものだが、物事が進まない理由も政治によるものだ。
ましてや今、我々がやっているのは多数の国家間戦争に加えて、国家間の大規模同盟だ。
しかも欧州に留まらず遥か東の国も含めての大同盟ともなれば複雑さはより一層増す。
政治が絡むな、政治を絡めるな、と言うのもどうやったって無理があるというわけだ。それが傍から見れば大したことの無い、小さなことだったとしても。
「政治ですか」
「うむ。一応の名目上の理由を言っておくと、日本陸軍の装甲戦力ではソ連機甲部隊とマトモに戦えない、だから少数でもいいから派遣部隊を、というわけだ」
「にしても数が多過ぎでは……」
「それは思うのだがね。下手に少ない兵力を派遣して戦闘をするときにあっさり叩き潰されてしまっては元も子もないし、幾ら同盟国の為とは言ってもあんな遠く離れた地で簡単に死ぬというのもな」
これは本音だ。
戦闘部隊というのはある程度の規模が無ければ能力の発揮が難しいものだ。歩兵だけを、戦車だけを、大砲だけを送り込めばよいというものでは無いのだ。
「……」
「本当のところの理由は、なんなのでしょうか?」
「早い話が同盟国の離脱を防ぐというものだな。日本という同盟国が存在する以上、ソ連は少なくない兵力を満州との国境地帯に張り付けておかねばならない。幾ら日本と言えども勝てぬ戦をして共倒れになる選択肢を取る事はないからな。それに日ソ国境に我が国の装甲部隊や航空部隊が展開しているという情報はソ連にとっても無視出来るものではない」
「極東方面から攻められたら、と考えれば彼らは国境に張り付けている100万の軍を動かすことは出来んだろう」
「なるほど、確かにその通りです」
「それにソ連は日露戦争での記憶がある。ソ連からすれば機会があればリベンジマッチを挑みたいというのが本音だろう。スターリンが馬鹿かどうかは分からんが、二正面作戦を吹っ掛ける可能性も無くはないわけだからな」
日露戦争に於いて、様々な要因があったとは言っても日本が列強国の一角であるロシア帝国に勝利を収めたというのは間違いない。
その記憶はスターリンを始めとした共産党幹部の頭の中に色濃く刻まれている。
リベンジマッチを挑みたいと言うのは確かだろうし、元居た世界の史実日本に対する、終戦時に於ける条約破りの侵攻が良い例だろう。
「政治と言うのは、何かと理由を付けるものなのですな」
「そんなものだよ。極端な話理由が無ければ他国に軍事侵攻をするなんてことはしないし理由も無く予算が降りることもない。だろう?」
「確かに。ですが小官には全く分かりません」
「理解したいなら政治家にでもなればいい。そうすれば、嫌が応でも分かるようになる。なに、君達ならどれくらいかは分からんが、それなりの人気を得られるだろう」
「遠慮しておきます」
「それに軍人が政治の世界に入っても良い事はありません」
「確かにその通りだな」
首を振って笑う。
「まぁ、そう言う訳だから納得してくれたまえ。日独の距離間、我が軍の兵力不足の関係でこれ以上の部隊派遣は出来んがね」
「ですが、それを言うならばライセンス生産でもしてもらう方が良いのでは?こちらの兵力は減りませんし、日本軍の戦力は増えますし」
「当初はそうする予定だったのだがね、出来なくなったのだよ」
「そうでしたか。ならば仕方がありません」
当初の計画では部隊派遣ではなく、軍からパイロット、整備兵などからなる少数の教官陣と製造に関わる技術者を派遣し、その上で日本企業や日本軍の工廠で戦車や航空機のライセンス生産を行う予定だったのだ。
だが我が国の兵器や武器を生産する為の技術が日本には全く無いことが判明したことでこの計画はオジャンになってしまったのは前の日本訪問で判明したのは周知の事実だろう。
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それでも日本陸軍はどうにかして戦車、装甲車を配備したかったようで度々ドイツ政府に対して戦車、装甲車を含む兵器や装備品を輸入したいと打診してきていたのだが我が国は断っていた。
何故か?
それは日本に我がドイツが開発した戦車や装甲車を運用できるだけの能力が全くないからである。
日本陸軍が運用可能な戦車重量は10t前後が精々である、と派遣された武官は報告してきている。
実際、日本陸軍に実戦配備状態にある戦車は九五式軽戦車と九七式中戦車の2種類になるが九五式は全備重量7.4t、九七式は15〜16tほどと、我が国ではどちらも豆戦車、軽戦車扱いになるものだ。
実際、日本軍の戦車運用能力は20tが良いところであり、それを超える重量の戦車は運用出来ないだろう。
では何故日本軍にはそれ以上の重量を持つ戦車を運用出来ないのかというと幾つか理由がある。
・単純な技術的問題
これは単純に工業力的な意味と、運用ノウハウ的な意味の2つだ。
戦車はそこにあるだけで足回りに負荷が掛かり続け、損耗していくわけだが、ドイツ製戦車用の部品を生産出来る技術も能力も無いから仮に戦車を輸入しても継続的に部品を更に輸入し続けなければならない。
しかし戦時中の我々にはそんな余力は無く、そんな部品があるなら前線に送っている、というのが事実だ。
さらに日本軍には重量20tを超える戦車を運用したノウハウが全く無く、我々からマニュアルを受け取ってもやはり手探り的に行くしかない。整備兵や戦車兵を慣れないドイツ製戦車に適合させるにも一苦労だろう。
・日本軍の貧弱な輸送能力
日本軍の輸送能力は我々が想定していた以上に貧弱だ。
船舶輸送や揚陸、渡河と言った、日本軍が軍事作戦を行う上でどうしても避けては通れない能力が低いのである。
特に酷いのは揚陸能力と渡河能力であった。
戦車揚陸艦(第101輸送艦)や揚陸艦こそあるものの、重量40tを超える5号戦車を積載すること自体が出来ない。
輸送船から港に降そうにも、4号戦車、5号戦車を持ち上げられるだけの対荷重能力を持つクレーンを持つ輸送船は数えるほど。
更に渡河能力、もっと言うなら架橋能力が低く、日本軍の架橋機材や資材では16ほどが限界、それ以上となると戦地で徴兵された大工から成る工兵部隊が橋を直接頑丈なものを時間を掛けて作って架けるしかないという。
対荷重限界が20tも無いのにこれでは、それより2倍以上もある45tもの戦車をどうやって運用するというのやら分かったもんではない。
こういった諸々の理由で日本軍への戦車輸出やライセンス生産がされていないのである。
部隊派遣についても中々面倒臭く、日本軍にドイツ製戦車を支える能力が無いから機材を借りる、或いは日本で購入するということが一切出来ないので1から10まで全ての機材をドイツ本国からバルト海、北海、ビスケー湾、大西洋、ジブラルタル海峡、地中海、スエズ運河、インド洋、南シナ海、東シナ海、日本海、或いは太平洋を遥々跨いで行かねばならないのである。
現地での移動も大変で、日本が運用する鉄道貨車には戦車どころか野戦重砲や高射砲を載せるのも苦労した。ドイツの列車や貨車と規格が違っており、ドイツのものに比べて小さいのである。だから満州鉄道用にドイツで貨車を作らねばならず、しかも特注品ときた。なのでより金が掛かる。
半分は日本に負担してもらっているから幾らかはマシだが、運用するという事を考えれば全く楽ではない。
道路事情もドイツや欧州同盟各国のように舗装された幹線道路が全国中に整備されているわけでは無いので、戦車を走らせて移動するとなると整地では無いので余計に消耗が速いのである。
満州は致し方ない所はあるにしても日本本土でもこんなもんである。
更に酷いのは向こうの我儘により、日本本土各地で部隊や装備品の展示をすることになったことだ。
東京、横浜、名古屋、大阪、呉、佐世保の6ヶ所でやる訳だが、日本本土の鉄道が使えないのである。
正確に言うと一部に於いては使えるが、長距離移動で使用が出来ないのである。
理由はトンネルと橋だ。
日本本土は山と川が多い地形であり、ヨーロッパのような平野や平原が広がっているわけではない。
ヨーロッパの鉄道は開けた土地を走っているのでトンネルを潜るということは余り無い。欧州のトンネルは比較的広く、戦車や高射砲を載せた状態でも問題無く通過が出来るが、日本のトンネルはヨーロッパのトンネルに比べて小さく狭い。
なので戦車や高射砲を乗せた状態ではトンネルの高さが足りなくて通過出来ないのである。
牽引式榴弾砲や牽引式高射機関砲なら問題無いが、自走榴弾砲や自走高射機関砲も高さが足りない、或いはギリギリと言った感じなので安全面を考慮するなら通過させることは出来ない。
橋は対荷重量的に戦車を積載済みの複数の貨車を通らせても大丈夫か未知数。
幾つか頑丈な橋はあったが、全部がそうでは無いのでこちらも無理。
だから日本国内での移動に制約が掛けられるので日本訪問時も沿岸部で訓練展示をやったわけだ。
だが今回は複数箇所でやらなければならないが、そうなると移動をどうするか、という問題が出てくる。
鉄道はトンネルや橋を通らねばならない以上どうやっても無理。となれば船舶輸送しかないわけで。
一々降ろして積んでを6回、満州配備を入れれば最低でも7回はやらねばならない。なんとも面倒臭い。
しかし同盟国たっての希望とあれば無碍に断ることも難しく、渋々頷くしかなかったわけである。
しかもただ展示するだけでなく街中をパレードまでするというから余計に頭を抱える。
いやまぁ、同盟関係強化やら実感の薄い日本国民にも色々と実感を持たせるとか、まぁ理由は考えればあるにはあるんだが戦時中で、兵士をもっと寄越せ、戦車をもっと寄越せ、大砲をもっと寄越せ、砲弾をもっと寄越せと前線からの催促が止まぬ現状を考えると……、と言った感じなのである。
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そんなわけで日本軍はドイツから技術のライセンスを購入し、そして自分達の技術力でどうにか出来る範囲で開発をすることになった。
だがそれらが開発完了し、量産体制が整うまでは旧来の戦闘機や爆撃機、戦車、火砲でどうにかするしか無い。その間を少しでも埋めつつ、極東の離れた同盟国でもドイツは助ける、という意志を示す為に部隊の派遣をするということになったのである。
「なんとも……、厄介な味方ですな」
「だが兵士の練度は確かだ。それに装備が追い付けば強力な味方になる」
「因みに日本の参戦時期は何時頃になりますか?」
「少なくとも1943年以降ということになる。報告によれば1942年までに各種兵器の設計や試験、修正を終わらせて量産体制を確立させ、1943年までに部隊配備と訓練を終えるとのことだ」
「なるほど。ではあと最低1年半は参戦を待たねばならない、ということですか」
「そうなるな。だから反攻作戦は日本軍の戦力が整う1944年以降になるだろう」
「なるほど、だから閣下が1944年以降を目安に反攻作戦を策定し、計画、準備するように指示された訳ですね。合点が行きました」
同盟国の反攻計画は1944年以降に行われる予定だ。
これにはソ連に対して二正面作戦を強要する都合上、日本軍の準備が整う日を待つ必要がある。
単純に欧州戦線だけでソ連を押し返し、尚且つ降伏させるとなると我々だけでは戦力不足であるからだ。だからこそ100万、200万の兵力を単独で用意することが可能で、尚且つソ連に対して第二戦線を構築する事が出来る日本の参戦準備を待つ必要があるのだ。
日本軍は現時点でも70万の陸軍を満州とモンゴル、ソ連との国境に張り付けており、残る30万で中国との国境を守っているという状態だ。
それに戦時体制へ移行して大規模動員ともなれば200万、300万の兵力を投入することも可能なのだ。
まぁ、装備が行き渡るかどうかは別としても、ソ連軍とて200万の兵力というのは脅威となる。
ましてや欧州で数百万にもなる我が同盟国連合軍と対峙している最中に、東にも100万、200万の敵が出て来るともなればそちらにも最低限同程度の兵力を、万全に守るならば3倍以上の兵力を配置しなければならない。
欧州に1000万、極東に1000万。
馬鹿げた数字だがこれがソ連地上軍が戦線に張り付けている兵力という、現実である。
私はドイツだけでは無く、各国の状況もよく把握し、そして上手く纏めなければならない。
私は本来こんな立場でこんなことを指示するような人間では無いのだぞ、全く。
言わない方が良いが、あえて言わせてもらおう。
あぁ、面倒臭い。
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1942年2月21日。
ソ連軍の大攻勢を各戦線で凌ぎながら、敵を押し返す為の準備を進めているときのことだった。
今回のソ連軍の主攻勢もポーランドであり、その規模は150万を超えるものだった。
「ポーランドはいつも貧乏クジを引いている気がするな」
「平坦な地形で装甲部隊を含める大軍の展開も容易に行えます。だからでしょう」
最前線から緊急の報告が上がって来る。
「状況は?」
「一部で前線を突破されました。とは言えその突破規模は微々たるもので既に穴は塞いでおります」
「どこが突破された?」
「突破を許したのはポーランド南部。突破してきたのはソ連軍第1白ウクライナ軍の先鋒だけです。ですが問題は国境付近のプシェミシルがソ連軍によって包囲されました」
「プシェミシルか……。前線への補給拠点の一つだな」
プシェミシルという町は、元々はそこまで規模の大きい町では無く、戦争に備えて最前線への補給後方支援拠点として整備を進めるうちに自然と人口が集まったところである。
この町は現在、最前線への補給拠点の一つとなっている。
戦車や榴弾砲、車輛などの整備修理なども行っておりここが落とされると最前線が丸ごと数十kmは後退する重要拠点の一つだ。
「はい。この町を含めて一帯を防衛しているのはドイツ軍では無く、ノルウェー軍とスウェーデン軍です」
「両軍の状況は?」
「最前線に展開中、強力な攻撃を受けてプシェミシル近郊に撤退したところ、ソ連軍に包囲されました。撤退路を塞がれたのでプシェミシル市街地へ撤退、市街地内で戦闘を続けております」
「包囲された友軍の規模は?」
「ノルウェー軍1個師団、スウェーデン軍1個師団の2個師団です。ですが損耗が激しく実際の規模としては3万名程度というのが実情です。それに加えて一般市民1万5000~2万名ほどがノルウェー軍、スウェーデン軍と共に行動をしているようです」
「どれだけ持ち堪えられる?」
「包囲しているソ連軍の規模が7万ほどになります。補給拠点ですから物資は潤沢ですが、兵力の問題があります。どれだけ頑張ったとしても2週間が精々でしょうか」
「救援部隊を差し向けることは?」
「現在、我が軍はソ連軍を押し返す為の準備を進めております。戦力抽出も出来なくはありませんが戦力層が薄くなってしまいます」
「我々は精々5万程度の命の為に同盟全体の数千万人を危険に晒すか、否かの選択権を握っているというわけだな」
我々はプシェミシルで包囲されている味方と戦う術を持たない市民を見捨てるか、それとも全体の危険を承知で助けるかの二択を自由に選ぶことが出来るというわけだ。
兵力を出せばソ連軍を押し返す為の戦力が少なくなり、下手をすれば失敗の可能性すらある。
「本国で錬成中の部隊で実戦投入が出来る部隊は……。確か本土で待機中の降下猟兵師団があったな?」
「はっ、彼らは来るべき反攻作戦に備えてドイツ本国に」
「彼らを出せ」
「ですが……」
「全てを出すと言うわけでは無い。輸送能力の問題もある。2個か3個連隊だけでいい。最悪、プシェミシルが陥落しても友軍と民間人を助け出せればそれでよい」
「了解しました」
「他にもあるか?」
「敵の包囲を解くためにも戦力が必要になります」
「要は内側への増援と、外側からの増援を送らなければならないというわけか」
「その通りです。ですが包囲しているソ連軍の規模は現在7万名。今も兵力は増え続けており最終的には10万に達しようかという規模です。生半可な戦力ではどうにもなりません」
「本土にある他に投入可能な戦力は?」
「もう1週間ほどで訓練を終える2個装甲連隊、2個装甲擲弾兵連隊、3個歩兵連隊、1個砲兵連隊が戦力としては存在します」
「ソ連軍の詳細は?」
「歩兵が主体であるようです。そこに戦車が100~200輌ほど。装甲戦力の殆どはポーランド北部と中部に殺到しているので南部の装甲戦力はかなり薄いようです」
「それならばまだやりようはあるな」
我々の装甲連隊は1個装甲連隊だけで約200~300輌の戦車を有するので、情報が正しければ1個装甲連隊だけでも十分に戦力的には拮抗出来る。
ドイツ本国で錬成中の装甲連隊は大隊3つを束ねた300輌以上の戦車を有する従来の編制より拡大された編成になる。
108輌を有する装甲大隊を3つ束ねており、総兵力は1個装甲連隊で324輌の戦車を有することになる。
1個連隊だけでもソ連軍戦車部隊を圧倒出来るし、包囲している敵兵力を勘定してもどうにかなるだろう。
「では、2個装甲連隊と2個装甲擲弾兵連隊、3個歩兵連隊、1個歩兵連隊を投入する」
「ですが……」
「いいかね、諸君。既に外務省経由でスウェーデンとノルウェーから『我が国の部隊を助け出して欲しい』と正式な書簡で届いているのだよ。これがどういう意味か、分からない君達ではあるまい」
「……政治的な、というわけですか」
「そうだ。今この場で彼らを見捨てる判断を下した場合、両国の国民はこの同盟に疑問を持つことになる。そうなれば最悪、ノルウェーとスウェーデンの同盟離脱、という事態に成り兼ねない。現状、両国の派遣兵力は少ないがそれ以上に両国から供給される鉱物資源が途絶える可能性があるのは見過ごせない」
今の同盟各国が膨大な兵力を支えられるだけの武器弾薬、戦車、航空機、榴弾砲を用意出来るのはノルウェーとスウェーデンから供給される豊富な資源があるからだ。
それが無くなれば戦争どころではない。
「我々ドイツは例えどんな状況でも味方を見捨てない。そうパフォーマンスをする必要があるわけですか」
「政治が絡むと面倒だが、そういうわけだ」
「承知しました。では、そのように手配をします」
「面倒を掛けるな」
「いえ、これが仕事ですから」
最終的に第3降下猟兵師団(4個連隊)が時間稼ぎの為の先遣隊としてプシェミシルに送り込まれることが決定された。
その3週間後に2個装甲連隊、2個装甲擲弾兵連隊、3個歩兵連隊、2個砲兵連隊を基幹戦力とする救援部隊を送り込むことが決定された。
訓練終了まで1週間までの期間があり、それに加えて鉄道への積み込みと輸送に10日ほど。荷下ろしと展開に3~4日ほど掛かる。降下猟兵師団と現地部隊を合わせて4~5万ほどの兵力で2倍以上の敵兵力を相手に最低でも3週間は耐えなければならないと言う事になるわけだ。
増援部隊が実際に戦闘を行えるようになるのは4週間目に入らなければならない。
だからプシェミシルのノルウェー軍、スウェーデン軍、そして送り込まれるドイツ陸軍降下猟兵師団は最低でも4週間は持ち堪えなければならないわけである。
そうなると流石に武器弾薬、食料水、医薬品に不安が出て来ることも十分に予想される。だから輸送機で空中投下による補給も行わなければならないわけだ。
降下猟兵連隊は輸送機の都合上、どうしても一度の空挺降下作戦に於いて1~2個連隊づつの輸送と投入が限界だ。空挺降下作戦用に配備されている兵員輸送機は150機だけだ。
輸送機は完全武装状態の兵士を最大50名、丸ごと1個小隊を運ぶことが可能な輸送能力を誇るが、それでも1個空挺降下猟兵連隊を輸送するのに50機の輸送機が必要になるわけだが、降下猟兵向けの12cm迫撃砲やパンツァーファウスト、オーフェンローアと言った重火器と当分の弾薬を運ぶには更に50機の輸送機が必要になる。
となると一度の空挺降下作戦では1個連隊づつを投入することしか出来ないのである。
「降下猟兵連隊の輸送に問題があります。現状の中央にある空軍輸送機の数だけでは1個連隊しか輸送出来ない事です」
「空軍、どうか?」
「200機ぐらいまでならばどうにか都合を付けられますが、そうなると他戦線への輸送任務に支障が」
「各戦線の備蓄状況は?」
「当面は問題ありません」
「ならば空軍は輸送機を200機を揃えて作戦に挑むように。輸送に際して護衛は万全にするように」
「Jawohl」
「では、作戦に取り掛かってくれ」
作戦名は軍により、『冬の守り作戦』とされた。
この作戦には最終的に以下の兵力が投入されることになった。
先遣隊 第3降下猟兵師団(4個連隊)
本隊 2個装甲連隊
2個装甲擲弾兵連隊
3個歩兵連隊
2個砲兵連隊
以上のようになった。
規模としては2個師団といったほどだ。
これに加えて輸送機200機、戦闘機150機、対地支援攻撃機30機、爆撃機50機が航空戦力として投入されることとなった。
これとは別にポーランド陸軍から、スタニスワフ・マチェク少将率いる第10騎兵旅団が救援部隊として投入されることになった。
この部隊は通称『ウーラン』、欧州最強と言われた騎兵の名を関しており、率いるスタニスワフ少将も名将だ。特に戦功を挙げている指揮官でソ連軍の大攻勢を弾き返す為にアクティブディフェンス、要は殴り返しを行う際に大きく活躍している。
前回の反撃ではソ連軍を50km以上も押し返しており、撤退するソ連軍を潰走状態にまで追い込んでいる。
騎兵連隊と言っても、ドイツ軍での装甲師団に近い編成でありポーランド陸軍最精鋭とまで言われる部隊だ。
第10騎兵旅団隷下には第6騎兵連隊、第24騎兵連隊、3個自動車化騎兵連隊、2個歩兵連隊、2個砲兵連隊、1個対戦車砲連隊、1個高射砲連隊、1個高射機関砲連隊、1個装甲偵察連隊、2個工兵大隊、2個輜重兵連隊が指揮下に置かれている。
旅団と銘打っているが実働兵力としては1個師団規模だ。
人員2万2200名、戦車648輌、榴弾砲144門、対戦車砲108門、高射砲108門、高射機関砲144基、車輛5000輌を有する。
この騎兵旅団はポーランド陸軍内でも最優先供給を受けている部隊で、損耗などはすぐに補填される。
と言うのもこの部隊は先程も言った通り、ソ連軍の大攻勢に対する殴り返しを担当する部隊であり、どうしても平野部が多いポーランドでは、要塞や陣地を構築していると言っても防御側もアクティブな動きをしなければならない。そのために必要不可欠な部隊なのだ。
今回投入が決定されたのは、ソ連軍突出部を分断包囲し殲滅、その上で殴り返すという意図があるからに他ならない。
ドイツ軍は他戦線や前線で手一杯、装甲部隊も前線の火消しと殴り返しで大忙し。殴り返しが出来て手隙なのはこの第10騎兵旅団だけ、という状態だったのだ。
だから今回投入されることになったわけである。
2日後にドイツ本国ドレスデン空軍基地から第5降下猟兵連隊と第8降下猟兵連隊がプシェミシルへ向けて輸送機200機に分乗して出撃した。
4時間後、戦闘機の護衛を受けながらプシェミシルへ無事に降下することが出来たようだが、対空砲火によって13機の輸送機が撃墜された。幸い、弾薬と砲弾を載せた機が撃墜されたとのことで兵員に損害は無かったようだが、それはそれで弾薬と砲弾に不安が出るかもしれない。
プシェミシルの戦いは丸々二ヶ月も繰り広げられ、本格的な救援部隊が到着するまであの手この手で戦い抜き、無事に解囲された。
プシェミシルの戦いと並行しながら、北海やノルウェー海の戦いも激しさを増していた。
ーーーーーーーーーーーー
「レーダー、反応はあるか?」
「いいえ、今のところは平穏そのものです」
「空軍のエスコートも離れて久しいが、ノルウェーの戦闘機と哨戒機は?まぁ、この天候じゃ飛ばせんだろうが……」
「ノルウェー全土が天候不良とこのとで今回は航空機の護衛を送れそうにない、と」
「チッ、まぁ仕方が無い。護衛艦隊全艦、対潜、対水上警戒厳」
「司令、何をそんなに警戒されているので?」
「海軍司令部と統合参謀本部から出航前にソ連海軍の艦隊が出撃した可能性が高い、という暗号が送られてきていた。もしそれが事実ならイワンの連中、我々を叩きに来るぞ」
「規模は?」
「分からん。だが、かなり有力な艦隊であるのは確実らしい。戦艦が含まれている可能性極めて大、だそうだ」
「襲われたら堪ったもんじゃありませんね」
「あぁ。それにこの天気だ。有視界も狭いし、どうもレーダーの調子が悪い。早めに気付いて逃げるというのも難しそうだ」
会話をしているのはノルウェー向けの物資と兵員を多数載せたNN3031船団を護衛する護衛艦隊旗艦を務めるシュタイン級駆逐艦エルンスト・カール・アッベ艦長兼護衛艦隊総司令、ハンス・エルトメンガー少佐とその航海長、クルト・アルテンブルク大尉である。
船団は輸送船40隻から編成され、それを16隻の駆逐艦が守っている。
エルトメンガーはよく居る士官然とした男であるが、アルテンブルクは叩き上げで大尉に昇進しているので士官教育は受けているが叩き上げ特有の雰囲気を纏っていた。
彼らの話の話題はソ連海軍の動向についてが主だった。
ここ最近ソ連海軍の活動が活発化してきており、先日別の船団を護衛した時は潜水艦15隻に波状攻撃を食らった。
幸いソ連海軍の練度不足と運が良かったので被害は無かったが、あれでドイツ海軍と同等の練度を持っていたら不味かった、とエルトメンガーは考えていた。
それに加えて今回の船団護衛は、海軍司令部と統合参謀本部の両方からソ連海軍の有力な艦隊が出撃した可能性が高い、という警告を受けているのだから心配するなと言う方が無理な話である。
「護衛戦力、どうにかならなかったんです?」
「判明したのが船団出発前の3時間前だ。どの主力艦も出港準備が出来ていなかったからな。仕方無い」
「それなら延期するなりすりゃ良かったんじゃ?」
「それを判断するのは上で、判断には政治が絡む。北欧戦線の方もソ連地上軍の圧力が強まっていると聞く。補給を途切れさせたくないのだろうよ」
「にしても、この陣容で戦艦とか重巡とぶつかったら一溜りも無ぇってのは上も分かってる筈でしょう。それが分からないほど馬鹿じゃあるまいし」
「その時は現状の戦力だけでどうにかするしかない」
愚痴を漏らす艦長と航海長であるが、海軍上層部としても護衛戦力を多くするという措置が取れなかった理由があった。
この船団の出航前にドイツ海軍か戦艦、重巡を用いてフィンランド湾沿岸部をヘルシンキまで一気に一点突破をしようと試みていたソ連地上軍を撃破するのに積載していた砲弾をほとんど使い切ってしまっていた。
このソ連軍による攻撃は防衛線を2kmと極々小さい範囲ではあるが突破され、しかも陽動攻撃として各地で大規模攻撃が行われていたというのもあってドイツ、フィンランド軍にはそちらに回せるだけの兵力が残っていなかった。
唯一動かせるのは訓練中の新兵ばかりで実戦どころでは無い2個師団と後方地域の警備警戒、防衛を担っていた40歳以上の志願兵で構成された二線級部隊が幾つかのみ。
この状態でソ連軍とぶつかれば、ヘルシンキを守るフィンランド軍は壊滅必至、という可哀想な状態であったのである。
流石にヘルシンキを落とされては堪ったものではないということで、近場から精鋭2個連隊を引き抜いて遅滞戦闘をしつつフィンランド政府はドイツ政府に泣き付いたのである。
「このままではヘルシンキが陥落させられてしまう!どんな手段でもいい、助けてくれ!」
と。
そこでドイツ軍は陸軍にそれを撃退出来るほどの火力、兵力を持つ部隊を即座に移動させることが困難であることを前提に、敵部隊が沿岸部を進軍しているのであれば海軍の方から対地砲撃を行えないか、と検討したのである。
その結果、就役済みのビスマルク級戦艦とアドミラル・ヒッパー級重巡を総動員して対地砲撃を丸4日間に渡って行ったのだ。
これのお陰で沿岸部を進んでいたソ連地上軍は壊滅、引き抜かれたフィンランド軍3個連隊に掃討されたが、戦艦も重巡も砲弾を撃ち尽くしてしまったのである。
結果として燃料と砲弾の補給に3日は掛かるという状況になってしまい、出撃が出来ない状態だったのだ。
そんな時に出港する予定があったNN3031船団の運は無かったと言えるだろう。
前線で使用される砲弾や銃弾の量は凄まじく、船団からの補給が一度でも途切れると砲弾、銃弾不足になる可能性がある。
だから海軍上層部もソ連海軍の脅威があるとはいえ、前線の砲弾銃弾不足を懸念する陸軍上層部からの要求を受けて、断れずにNN3031船団の予定通りの出航を頷いてしまったのである。
「貧乏クジにならなければいいが……」
大西洋やノルウェー海は荒れることが多い。
今日も例に漏れず雨と強風が吹いており、有視界はかなり狭いし排水量が小さい駆逐艦は荒波に揉まれて上下左右に大きく揺れている。
船団の中にいるアルトマルク級タンカーは大きいのでこの嵐の中でも殆ど揺れていないように見えるが、エルトメンガーだけでなく、護衛艦隊の駆逐艦乗組員はそれが羨ましかった。
船団の目的地はノルウェーのラクスエルブ、という場所だ。前線にほど良く離れていて、ほど良く近い。戦争前に整備された港だ。
今は夏だから北極海も凍っていないが、冬になれば海は凍ってしまう。だから春と夏の間しか使えない港だ。
暫く進んでいると戦闘指揮所でレーダー画面を見ていた兵から通信が入る。
『艦長!レーダーに反応が!』
「レーダーに?」
『はい。距離約50km。数は……、恐らく10~20隻程度だと思われます』
「もっと正確な距離と数は分からんのか?」
『申し訳ありません、レーダーの調子が悪くて……』
「いや、いい。方角と速度は?」
『方位300から一直線に突っ込んできています。速度は、恐らく26ノットかと』
「分かった。引き続き動向に注意せよ。逐一報告するように」
エルトメンガーはアルテンブルクと顔を見合わせる。
「航海長、方位300から10~20隻の艦隊が急速接近中らしい。私はどうやっても味方には思えん」
「同感ですな。上から警告されていたソ連海軍のお出まし、ですか」
「あぁ」
「どうします?」
「どうもこうもない。船団を守る為に行動する、それだけだ」
「はい。では私は戦闘指揮所に降ります」
「頼む」
航海長が指揮所に降りるのを確認してから艦長は艦橋に詰める士官に下令する。艦内放送で告げる。
「総員、第一種戦闘配置」
「はっ。総員!第一種戦闘配置!」
そしてその命令を受け取った通信兵が艦内放送で命令を届ける。
『総員第一種戦闘配置、繰り返す。第一種戦闘配置』
命令を受けた艦内は慌ただしくなり、砲術から水雷といった戦闘部門だけでなく、機関兵も慌ただしく駆けていく。
手隙だった炊事兵は弾薬運びを手伝い、砲塔や機銃に弾薬を集積していく。
「今日は大荒れだ、砲弾をしっかり固定しておけよ!でないと崩れて大爆発、俺達は海の藻屑だ!」
「そこ、固定が甘い!しっかりしろ!」
「ウィースラー、何やってる!」
「すいません!」
ものの30秒で配置に付いた各部署から次々に配置完了の報告が上がって来る。
最初のころは5分も掛かっていたのが懐かしい、と状況には合わない考えを艦長はしていた。
「全艦配置完了」
「宜しい。船団と護衛艦隊に警報を出す」
各輸送船、各護衛艦に無線で艦長自ら告げる。
「総員傾注。こちらエルトメンガー少佐。船団全艦、護衛艦隊全艦に警報を発する。たった今、我が艦のレーダーが招待不明の艦隊を捉えた。方位300、距離凡そ50km。恐らくソ連海軍の水上艦隊と思われる。護衛艦隊は輸送船団を守る為に行動する」
「輸送船団はトロンヘイムに向けて全力で逃げるように。第3護衛駆逐隊は船団護衛を継続。フロイラインをエスコートして差し上げろ」
『こちらシュマイザー。Einverstanden』
『ルーブレヒト・シュルツ、Einverstanden』
『ツェツィーリア、Einverstanden』
『こちらエデルガルト、Einverstanden』
船団が反転していく。
それを見届けて敵、と目される艦隊へ接近していく。
「さて、どんな連中かな」
「お嬢さん達と楽しくやっていたのに邪魔してきたのです、無粋なのは変わらないでしょう」
「違いない」
横にいた当直士官に問うと、無粋な連中だ、と帰って来る。
「レーダー、敵の艦種は分かるか?」
『こちらレーダー。えぇっと……、反応を見る限り大型艦が4隻以上いるのは間違いないようです。それと敵味方識別信号も発していません』
「了解した。詳細が分かり次第すぐに報告するように」
さて……。
とエルトメンガーは考える。
敵味方識別信号を発していないという時点で敵艦隊、というのは確定した。
少なくともドイツ海軍においては航海中の場合、誤射を防ぐ為に敵味方識別信号を発している。
これは専用の送受信装置が無ければ送信することも受信することも出来ないので、それを発していないと言う事は、黒で確定というわけだ。
(こちらの戦力は駆逐艦12隻。対して向こうは少なくとも戦艦と重巡が4隻以上。多分、戦艦は2隻を下回ることは無さそうだ。たった12隻の駆逐艦で戦艦と重巡を4隻以上含む艦隊の足止めか。とんでもない貧乏クジを引かされたものだ)
どうやって戦えば輸送船団を無事にトロンヘイムへ送り届けられるか。
そして序でに自分達も助かるか、と考える。
そしてふと、思い付く。
(確か諜報部が手に入れた情報によるとソ連海軍の艦艇は開発の遅れだとか技術不足だとかでレーダーを搭載していなかった筈……。もしこれが事実なら、この天候で有視界での探知距離はかなり低下している筈だ。上手く行けば奇襲して一撃を入れられるかもしれん)
この考えは正しかった。
ソ連海軍に限らず、ソ連は電子技術に於いて大きく後れを取っており、艦艇搭載用のレーダーの開発は始まったばかりで現時点では搭載されていなかった。
「魚雷戦用意。距離は6000mに設定」
「Jawohl」
エルトメンガーは1万mからの魚雷戦を行おうとしていた。
ドイツ海軍が用いる魚雷はG7a型音響魚雷である。
この魚雷は今年になって配備が始まったばかりの新鋭魚雷で、音響探知によって敵艦に誘導される音響追尾魚雷だ。
直径53.3cm、全長7m。独英共同開発で作られたHBX爆薬を400kg充填しており水中破壊力はずば抜けて高い。射程は30ノットで10000mとなる。
HBX爆薬は水中破壊能力に特化させた爆薬開発計画で開発された水中用爆薬だ。
音響探知装置を搭載しており、信管は磁気信管となる。この音響探知装置は10ノット以上の速力で航行する敵艦を探知することが出来、今回のように26ノットで急速接近する大型艦相手ならば、十分に追尾可能だ。
磁気信管も十分な性能を有し、帯磁金属の塊である軍艦や輸送船相手には大きな効果を発揮出来る。
これを各駆逐艦は5連装発射装置を1基づつ装備し、そして次発装填装置に5本の魚雷を収めている。
なので各駆逐艦は10発の魚雷を装備していることになるが、再装填には5分は掛かる。
一度の発射で60本を放つことができ、合計120本の魚雷を発射出来る。
この気象条件を考えれば命中率は2~3割、と言ったところだろうか。
荒波で魚雷が海面に飛び出てしまわないことを祈るしかあるまい。
(とは言え、仮に魚雷攻撃が上手く行ったとしても船団の位置からトロンヘイムまでは60km。到着するまでに6時間は掛かる。それまでの間、足止めをするのは至難だな)
船団の速度は6ノット。
一番遅い船に合わせる必要がある為かなり低速だ。
「艦隊、魚雷戦用意。敵の横っ腹にデカいのを食らわせるぞ」
魚雷の信管は既にセット済み。計算も済ませた。
あとは射程に収めれば良いだけだ。この天候であれば有視界距離は精々2000mか、3000mぐらいだろうから魚雷を放てば気が付かれずにそのまま上手く離脱出来るかもしれない。
ただ、それまでに気が付かれてしまえば戦艦や重巡から一方的に撃たれて、挙句敵駆逐艦にも袋叩きにされる。
(あんまり考えたくはないが……。だが、魚雷戦が成功したとしても6時間は時間稼ぎをしなければならない。魚雷だけでそれだけの時間を稼げるとは到底思えん。結局艦隊戦をやらねばならんか)
「艦長、敵艦隊との距離15000m」
「敵艦隊の進路、速度に変化は?」
「ありません。輸送船団に向けて一直線です」
「宜しい。では進路を330に変針。敵の側面を上手く突く」
「Jawohl」
エルトメンガーは放った魚雷が上手くソ連艦隊の側面、横っ腹を突く形になるように2回、変針を行った。
「魚雷発射位置の最適点まで、10秒!」
「9、8、7、6、5、4、3、2、1、……最適点!」
「魚雷発射始め!」
各駆逐艦から次々と53.3cm音響追尾魚雷が放たれる。
調定深度は6mとしたが、海面から飛び出てしまわないかが心配だ。
「面舵反転120度!魚雷、次発装填!艦隊反転、敵艦隊を追うぞ!」
大きく弧を描いて、荒波に上下左右に揺られながら進む。
艦橋に打ち付ける雨と風の音がより一層不気味に感じられる。
艦首は波を切り裂きながら、大きく派手な白波を立てている。
下手な舵取りをすれば波に襲われて転覆してしまいそうだ。
荒波の中、水雷員が再装填装置から魚雷発射管に再装填を必死になって行っている。いつ波に攫われて海に投げ出されるか分からない。
「速力30ノット!敵艦隊の前に出るぞ!」
敵艦隊を追い越さないとこの距離で雷速30ノットだと命中はどうやっても期待出来ない。
ならば追い越してから発射する必要がある。
「ソナー、魚雷の命中は確認出来るか?」
「命中まであと10秒ほどです。……5、4、3、2、1
「ソナー、魚雷命中は確認出来るか?」
『いえ、嵐の影響か雑音が多くて……。あっ、恐らく炸裂音です』
駄目か、と思いつつ魚雷炸裂音がするという。
期待を込めて乗り出して聞く。
「数は!?」
『えぇっと……。多分、5~7本だと思います』
「どの敵艦に命中したか?」
『そこまでは分かりません。天候が良ければ目視で判断出来たかもしれませんが……』
「分かった。引き続き耳を澄ませておけ」
『Jawohl』
5~7本の命中か。
混乱させるぐらいは出来るだろうが、敵の戦艦や重巡にバラけて命中した場合だと撃沈することは出来ないだろう。与えた損害は小破か中破が精々だな。
『こちらソナー』
「何か?」
『艦体の破断音らしきものを確認』
「どの敵艦だ?」
『分かりません』
「よろしい。こちら艦長。戦闘指揮所、応答せよ」
『こちら戦闘指揮所。どうされました』
「魚雷戦をもう一度仕掛ける。雷速40ノットでの最適な射点と距離を割り出してくれ」
『Jawohl』
一度目の雷撃で敵は速度を上げるとか、回避行動を取りつつ進んでくる。
流石にそのまま一直線に突っ込んでくるとは思えんが……。
「レーダー、敵艦隊の進路は?」
「一直線にこっちに向かって来ています」
「一直線?間違いないのか?」
「はい。間違いありません」
「クソッ、この戦力差で力押しで来られるのが最も厄介だ。魚雷装填急がせろ!」
駆逐艦しかいないドイツ艦隊からすれば、戦艦や重巡で力押しされるというのは敵が採って来る戦術の中で最も嫌な戦術だ。
だからこそ可能性のある魚雷に賭けるしかないのである。
「砲炎確認、敵艦発砲!」
敵艦隊との距離は1万mを切っている。
数秒後、砲弾が落着するまで10秒もない。
「敵弾、弾着!」
この嵐の中でも分かるほどの大きな水柱を立てて砲弾が落ちて来る。
「やはり40cm砲クラスだな」
「それに重巡級の砲弾も多数飛んできております」
「この距離で当てて来てないなら恐るに足らず!魚雷の準備はまだか!?」
「あと2分頂ければ装填完了します!」
「各艦、射撃は控えろ!敵はこちらの位置を正確に分かっていない!その有利を捨てるな!」
魚雷の再装填を急がせ、装填完了と同時に発射出来るように位置を取る。
「魚雷装填完了!」
「魚雷発射!」
「了解、魚雷発射!繰り返す魚雷発射!」
再び60本の音響追尾式磁気信管魚雷が敵艦隊に向けて一斉に放たれる。
しかしこれで唯一対抗出来る魚雷は撃ち尽くした。あとは主砲である両用砲と機銃、機関砲しかない。
同じ駆逐艦や軽巡洋艦ぐらいなら戦えるが、重巡洋艦や戦艦の相手は逆立ちしたって出来ない。
しかし船団を守るにはどうやっても自分達を盾にしなければならない。
「艦隊、砲戦用意!」
「戦艦や重巡洋艦と真正面からの殴り合いですか。心躍りますな」
「あぁ。こんな機会は滅多に無い。思う存分楽しもうじゃないか」
にやり、と不敵な笑みを浮かべる。
ドイツ艦隊は距離7000mで砲撃を始めた。
各艦4基8門の両用砲に片舷40mm連装高射機関砲2基、20mm対空機関砲が一斉に火を吹く。
ソ連戦艦や重巡も次々に巨大な砲弾を撃ち込んでくる。
この距離での砲撃戦は殆ど水平射撃に近く、たとえ戦艦同士でもお互いに大損害は免れない距離だ。
勿論駆逐艦が喰らえば一撃で跡形も無く吹き飛ぶだろう。運良く過貫通を起こして敵の砲弾が炸裂しない事を祈るぐらいしか出来ることはない。
「敵戦艦に多数命中弾!火災を確認!」
「味方駆逐艦に敵弾命中、爆沈しました!」
味方の最後が、見張り員の悲鳴のような報告で知らされる。
「射撃しつつ回避!時間を稼げればそれで良い!」
「敵巡洋艦及び駆逐艦、増速!突っ込んできます!」
「早めに決着を付けるつもりだな。敵艦隊との距離を取りつつ戦闘続行!」
嵐の中の砲撃戦は熾烈を極めた。
次々に敵弾が命中し、落伍したり爆沈、轟沈していく味方を尻目に戦い続ける。
少しでも長く戦えば、それだけ輸送船団が逃げる時間を稼ぐ事が出来る。
「アウグスト、敵弾命中!爆沈しました!」
「あと何隻残っている?」
「我が艦を含めて6隻だけです」
「半分か」
厳しい。どう計算しても、長く持ちそうにない。
まだたったの二時間しか稼げていない。輸送船団は大した距離を稼げていない筈だ。
敵艦隊が27ノットも出せば一時間か二時間で追い付かれて射程に捉えられてしまう。
こうして考えている間にも、敵の砲弾が雨霰と降り注ぎ、今また一隻が爆発四散してしまった。
それでも彼らに出来るのは、少しでも長く敵艦隊を引き付ける事だけだった。
「長くは保たんな……」
「むしろ良く戦った方です。戦艦、重巡含む強力な敵艦隊相手に二時間半も時間稼ぎをしたのですから勲章ものでは?」
辛うじて荒れる洋上を漂う艦上で、煙草を吹かす。
戦艦の砲弾を艦尾に喰らい、航行出来なくなったのである。一撃で爆発四散しなかったのは運が良いとしか言いようが無かった。
「乗組員達は?」
「総員退艦命令が出ましたから、脱出準備中です」
「良かった。通信室はまだ生きているか?」
「我々の地点を打電しているところです」
「それなら輸送船団に打電して欲しい事がある」
「なんでしょう?」
「各輸送船乗組員は護衛駆逐艦に移乗。無人の輸送船を囮にして逃げるように命令を出して欲しい」
「しかしこの嵐です、上手く移乗作業が出来るかどうか……」
「敵艦隊に蹂躙されるよりはマシだろうさ。頼む」
「……はっ。では通信室に伝えて参ります」
「ありがとう」
敬礼して、艦尾から傾く艦内を駆けていく。
輸送船は失うが人は助かる。我らが閣下は人命を最優先とせよ、と仰られたそうだし咎められることは無かろう。
あとは撃沈された駆逐艦の乗組員達の事がどうしても気掛かりだ。
あんな沈められ方をしたんだから生存者が居たら奇跡だし、こんな嵐の只中に放り出されてボートも無く漂う訳だから普通に考えたら波間に呑まれていってしまうだろう。
「司令、全乗組員ボートに乗りました。あとは私と司令だけです」
「本当に皆、もう艦内には誰一人いないな?」
「はい。誰一人おりません」
「よし、行こう」
潔く死んでやるつもりは更々無い。
何があっても、意地汚いと言われようと部下達と共に生き延びて、再戦の機会を望む。自分の命の捨て場所は今では無い。生きていれば次があるのだから。
二人が救命ボートに乗り、離れると今まで浮いていた乗艦はこんな嵐の中であるにも関わらず、静かに波間に消えていった。
彼らの無事を見届け、安心したかのように。
この戦いで、輸送船29隻が沈められ、5隻大破の後に修理不可能でして解体処分。
駆逐艦12隻撃沈、2349名戦死という結果に終わった。
輸送船乗組員は駆逐艦に移乗したので誰一人として死ぬ事は無かったが、38隻もの輸送船を一度に失ったのはドイツを始め、同盟各国には大きな痛手である。
ーーーーーーーーーーーー
ノルウェーに向かった輸送船団がソ連海軍の襲撃を受けて壊滅した。駆逐艦乗組員の被害も甚大だ。
輸送船が丸々30隻以上を沈められ、運んでいた物資も殆ど失った。
「既に次の輸送船団を編成済みです」
「護衛は?」
「今回の一件を受け、敵艦隊の襲来に備えて護衛艦隊の他に戦艦2隻、空母2隻、重巡洋艦6隻、軽巡洋艦3隻、駆逐艦16隻を加えました」
「良かろう」
輸送船団の規模は問題では無い。
その輸送船団をしっかり守ることが出来るかどうかが重要なのである。
本来なら空母だけで、と行きたいところだが北海やノルウェー海は荒れやすい。
海が荒れてしまえば程度にもよるが艦載機の運用は出来なくなる。その時に戦艦や重巡洋艦が必須となる訳である。
今現在就役し、実戦配備状態にある戦艦はビスマルクとティルピッツの2隻のみ。
だから確認されているソ連海軍の戦艦4隻が全部出てくれば2:1という不利な戦いを演じざるを得ない。それを補うのが重巡洋艦6隻らしい。
ともかく先の船団が壊滅し、物資が軒並み海底に補給された以上、この船団での補給が失敗してしまうと前線で物資欠乏が発生する事態になる。なので何としてでもこの船団以降は無事に送り届けなければならないのである。
でなければ北方戦線が丸ごと戦線崩壊を起こしかねないレベルの状態にあるわけである。
それでも一か月は戦えるだけの物資を備蓄してはいるが何が起こるか分からないというのが戦争だ。
「船団が敵艦隊に捕捉されたとのことです」
「海域の天候は?」
「雨は降っておりませんが、強風と波が高く艦載機による敵艦隊攻撃は望めないそうです」
「敵兵力は?」
「戦艦四隻、巡洋艦四隻、駆逐艦十八隻となります」
「艦載機が天候で使えないなら、古き良き戦艦同士の殴り合いしかあるまい」
「そうですな。ならば倍の数が相手でもドイツ海軍には敵わないことを思い知らせてやりましょう」
ニヤリ、とデーニッツ君は不敵に笑う。
レーダー元帥は今回、船団護衛艦隊を指揮している。
カナリス君は習熟訓練の為、フェロー諸島、ケルト湾を経由して大西洋を航海している。
なので今は居ない。
二時間後、敵艦隊と交戦状態に入ったとの報告が届く。
ビスマルク、ティルピッツの二隻は敵戦艦四隻を同時に相手取る。しかし有利なのは我が海軍であった。
乗組員の練度だけで無く、レーダーや測距儀などの装備の差が如実に現れたのである。
最初からレーダー射撃を実施したビスマルク、ティルピッツの二隻は初弾から2発づつの命中弾を叩き出したのである。
続く第二射、第三射でも2〜3発の砲弾を次々に敵戦艦へと命中させ続けた。敵1番艦と二番艦の行き足が止まるのに30分も掛からなかった。
続いて敵3番艦、4番艦に目標を変えて射撃を始める。
こちらも四〇分ほどで行き足が止まり、無力化されると敵巡洋艦に目標を変えて次々に、先の船団の仇打ちと言わんばかりに葬っていった。
この海戦は第二次ノルウェー沖海戦と呼称されることになる。
我が海軍は駆逐艦と巡洋艦が二隻づつ大破するに止まる。
ソ連海軍の損害は戦艦四隻、巡洋艦四隻、駆逐艦一〇隻の沈没となった。
途中、天候が回復して艦載機運用が可能になった為、攻撃隊が発艦し敵駆逐艦や漂流していたソ連戦艦にトドメを刺した。
これにてソ連海軍は壊滅したのである。
建造中の艦艇もあるが、出てくる前に叩き潰してやる。
北の海の戦いがひと段落した頃、オランダが同盟に参加する旨の回答があった。
それに伴い、オランダは海軍増強及び近代化計画の為にドイツに巡洋艦二隻、空母一隻の建造を発注。
空母の方はグラーフ・ツェッペリン級をそのまま建造し、艦名は『クルト・クリストフ・フォン・シュヴェリーン』となった。
毎回思うが、欧州海軍は何故やたらと長い名前を付けたがるのだろうか?どこか1ヶ所か二ヶ所抜き取って命名すればいいのに。
話を戻そう。
空母の方は特に何ら変わらないものだが、巡洋艦の方は事実上の巡洋戦艦、所謂ポケット戦艦に分類されるものとなった。
色々要求を聞いて、あれやこれやで形にした結果こうなったのである。
建造費はアドミラル・ヒッパー級の2倍である。だったらアドミラル・ヒッパー級を4隻揃えた方が良い気もするが彼らが満足しているなら良いか。こっちとしては儲けられるからな。
建造はキール海軍工廠の第一、第二ドックで行われる。
この巡洋艦は12インチ砲、すなわち30cm砲を背負い式に三基12門搭載している。
この砲はクルップ社でこの大型巡洋艦の為に新しく設計された新型砲だ。性能は良く、ビスマルク級戦艦には敵わないがそれ以外の艦艇ならば敵わない防御力と攻撃力を誇る。
艦艇の諸元は以下の通り。
マールテン・トロンプ級大型巡洋艦
1番艦 マールテン・トロンプ
2番艦 ヤン・ピーテルスゾーン・クーン
主武装
50口径30cm三連装砲 3基12門
前部2基 後部1基
副武装
10cm連装両用砲8基16門
対空火器
40mm4連装高射機関砲8基
同連装高射機関砲を6基
20mm連装高射機関砲16基
20mm単装高射機関砲24基
対水上レーダー2基
対空レーダー2基
ワーグナー式重油専焼高圧型水管缶 8基
ブラウン・ボーベリー式ギヤードタービン 4基4軸推進
機関最大出力
標準蒸気圧時出力 93000hp
高加圧時出力 100000hp
最高速力 31ノット
航続距離 18ノット/9400海里
搭載燃料 重油3600t
装甲
舷側 (上部):240mm
舷側 (下部):135mm
甲板:130mm
船内隔壁:280mm
砲塔前面:340mm
砲塔後面:135mm
砲塔上面:205mm
砲塔側面:135mm〜155mm
バーベット:290〜350mm
司令塔 (側面):280mm
司令塔 (側面):135mm
搭載機 三機
航続距離 16ノット/8000海里
乗組員 2029名
ざっくりとした性能は以上である。
主砲の性能はかなり高く、大抵の艦艇ならば貫通出来るし戦艦も無事では済まない。
発射速度は自動装填装置を用いて毎分6発の射撃が可能であり、戦艦主砲の2倍ほどの射撃速度を有する。
自動装填装置が故障した場合に備えて、手動装填も可能だが30cmクラスの砲弾を手動装填だ、察して欲しい。
徹甲弾の貫徹力は垂直の装甲に向けて撃った場合、330mmの貫徹力がある。
戦艦相手でも十分にやり合える性能だ。
弾種は徹甲弾、徹甲榴弾、対空対地榴弾の三種になる。
なんだか知らんが史実の『アラスカ級大型巡洋艦』みたいな艦になったのは偶然だろうか。
建造期間は2年となり、空母の建造期間よりも長い建造期間だ。就役は1943年末から1944年初頭にかけてとなる。
オランダ海軍向けの空母が1943年2月頃には就役する予定だからかなり時間が掛かるし、マールテン・トロンプ級大型巡洋艦が就役する頃には戦争の趨勢は決しているだろうからどれだけ役に立つか分からない。
海よりも、陸軍を増強して欲しいところだ。
オランダは割と人口が多く、1940年時点でざっくり870万人を抱えている。
それぐらいの人口であれば数十万規模の陸軍や空軍を編成することも十分に可能だ。
正直オランダ植民地からの資源はまだしも、オランダ本国は碌な資源も無いので期待出来るのは兵力捻出ぐらいである。
それに加えて植民地から徴兵すればより沢山の兵力を捻出出来る。
あちこちの植民地から徴兵すればオランダ本国と合わせて最低でも二〇〇万は下らないだろう。
だからさっさと兵士を寄越せ、というのが我がドイツを含めた同盟各国の意見なのである。
とりあえずオランダ本国から陸軍8個師団、空軍より三〇〇機ほどの作戦機が派兵されることになったが問題は山積みだった。
まず陸軍。
対空火器が一次対戦の時にドイツ帝国軍から鹵獲したオンボロポンコツ対空砲ばかり。
照準は目視、レーダーや光学測距儀なども勿論無いし連動なんて以ての外。
装甲戦力もミソッカスみたいなものしかない。
ドイツを始めとした我々同盟各国は数十万輛の戦車や装甲車、対空戦車、トラックを有している一方で、オランダ軍は作戦行動不能なフランス製のルノーFT-17軽戦車を1輛、それと39台の装甲車と5台の豆戦車だけである。
砲兵戦力も対戦車砲など全て合わせて1362門しかなく、ドイツ陸軍基準の編成を薄めた編成で8個師団か9個師団をなんとか編成出来る程度しか無く、大砲兵戦の権化みたいな状況の対ソ戦線には到底投入出来ない。
しかもこれら榴弾砲や野砲が用いる炸薬は殆ど黒色火薬で爆発力が低い。
歩兵装備も旧式のものばかりで碌な戦いを期待出来ない。
次に空軍。
155機ある作戦機の内、74機が複葉機。実に半分が複葉機である。この世の終わりである。
装備の質に加えてオランダ兵の練度は低く、戦闘に投入出来るかというと全く無理な話であり、装備や兵器の状況もあって機動戦などというものからはまるで取り残されている。
病院船は30隻ちょっと、兵員輸送に使える列車は僅か15輛。
こんな状態では戦線に送り込むことは出来ない。いくら指揮権がドイツ軍にあるとは言えこのザマではソ連軍相手なら一週間保てば良い方だ。
正直、日本軍の方が全くマシであった。
というわけでテコ入れをしなければならなくなったのである。
装甲師団の編成は間に合わないし数を揃えるのも難しい為、戦車は各歩兵師団に一個連隊づつを配備し、最優先生産供給に指定されたのは歩兵装備と砲兵装備、そしてトラックである。
戦車が無くても歩兵装備と砲兵戦力が揃っていれば戦えるし、トラックがあれば補給もなんとかなる。
そういう訳で、ライセンス生産を許可してKar98kやMG34と言った小火器からパンツァーファウストなどの個人携帯用対戦車火器、手榴弾、榴弾砲を生産させる。
戦車や高射砲、高射機関砲は生産設備がオランダには無い為ドイツで生産し売る、という手筈だ。
「味方が増えるのは喜ばしいが、役に立たない味方が増えるというのはどうもな……」
一人、執務室でぼやいた。