幸運薬オーバードーズ少女、ホグワーツに行く   作:天宮雛葵

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賢者の石
ホグワーツ特急との衝突はお控えください


 魔法界は刺激的で興味深いものに満ちている。言うまでもないことである。

 

 これまでの人生をマグルの家で虐げられながら育ってきたハリー・ポッターにとって、ハグリッドとの出会いやダイアゴン横丁での体験はそれだけで素晴らしかったし、親切さと奇妙さを兼ね備えた魔法界の人々と会話しているだけでもわくわくしてくるというものだ。

 

 9と4分の3番線などという奇妙なプラットホームも、ホグワーツ特急も勿論そのひとつだ。ダーズリー家の面々がハリーを置いて旅行に出かけたときですら、これより上等な列車に乗ったことがあるとはとても思えない。彼らはいつもバーノンおじさん自慢の車に乗って出かけ、帰宅してから渋滞にあれやこれや文句をつけるのがお決まりなのだ。

 

「渋滞? マグルの車はそんなのに悩まされるのかい?」

 

 ハリーの向かいに腰掛けるロン・ウィーズリーは目を丸くして言った。

 

「ああ、でもそうか……マグルの車は道を走るしかないから、しょうがないのか」

「魔法使いの車は道を走らないの?」

 

 ハリーにそう問われて、ロンは微妙な顔を見せる。

 

「普通の魔法使いは車なんて持ってないよ。箒があるし、煙突飛行ネットワークだって使える、それに大人だったら姿現しに姿くらましの魔法も……でもうちのパパはなんていうか、変わり者なんだ。マグルのおもちゃとか道具とか、よくわからないものを散々弄り倒して、いっつもママに叱られてる。そんなパパのおかげで、うちの車は空を飛べるようになってるってわけさ」

 

 空を飛ぶ車! なんてファンタスティックなことだろうか。いや、この場合は魔法的と言うべきかもしれない。

 

「ってことは、魔法使いはやっぱり箒で移動するの? その、煙突……なんだっけ、それはよくわからないけど」

「煙突飛行ネットワーク。便利だよ、暖炉がある場所ならひとっとびさ。箒は飛ぶのが上手い人と下手な人に分かれるけど、下手な人でも飛ぶだけならできるし、近場ならよく使われてるかな」

 

 ホグワーツにも飛行術の授業があるし、二年生からはクィディッチだって……と続けながら、窓際に置いていた蛙チョコレートに手を伸ばそうとするロン。しかし、その姿勢のまま彼は動かなくなった。より正確には、窓の外から見える青空の一点にじっと視線を向け続けていた。

 

「ロン?」

「……誰かが飛んでる」

 

 ロンの呟きに、ハリーも思わずその視線の先を追う。なるほど確かに、相当遠くはあったが空の向こうに人影が見える。シルエットからして箒に乗っているのは明白だ。

 

「おかしいな、こんなところを飛んでるなんて」

「何がおかしいの?」

「パパから聞いたことがあるんだ。ホグワーツ特急はマグルの土地のど真ん中を通るけど、マグルに見つからないような魔法がかかってるって。ここはまだロンドンからそんなに離れてないし、マグルに見られてもおかしくない。だから……いや、待った」

 

 ロンが言葉を切った意味を、ハリーもよく理解していた。

 

「ねぇ、ロン。なんだか……あれ、近づいてきてない?」

「僕もそんな気がする。このままもっと近寄ってきたら……」

 

 彼らが話している間にも、小柄な人影はますます列車との距離を詰めてくる。たなびく黒色のローブはホグワーツの制服、スカートということは女子か。陽光できらめく黄金のようなロングヘアも予想を裏付けてくれる。そしてついに、箒に乗っているその生徒の顔がハリーにも見える。

 

 少女は笑っていた。それはもうケチの付けようもないほどに、屈託のない満面の笑顔だ。ハリーとロンが自分のことを凝視しているのに気付くと、両手をぶんぶんと大きく振ってアピールする余裕すら見せている。

 

 しかしただでさえ箒のコントロールが怪しいような状況で、両手をこれでもかと振り回すような真似をしていたらどうなるか。ロンはもちろん、ハリーでもそのくらいは予想ができた。

 

 今までは一応列車との並走という体を保っていたその箒は、勢いよくハリーたちのいるコンパートメントの方へ突っ込んでくる。

 

「まずい、まずいまずい! 逃げろハリー!」

「逃げろってどこに!?」

「外、コンパートメントの外! 急げ!」

 

 ロンは立ち上がり、コンパートメント唯一の出入り口であるドアを開けながら言う。彼に続いて廊下に出たハリーがドアを閉めるのとほぼ同時に、箒に乗った少女が勢いよく窓ガラスを突き破りながら客席に転がり込んできた。

 

「……生きてると思う?」

「少なくとも、蛙チョコレートは吹っ飛んで潰れただろうね」

 

 肩を竦めながらそう返したロンは、ガラスの破片や箒だった木屑が散乱したコンパートメントへと改めて足を踏み入れる。ハリーもそれに続いた。

 

 件の少女は座席のシートに突っ伏していた。驚くべきことに、ここまで派手な事故を起こしておきながら、彼女は大きな怪我をせずに済んだらしい。

 

「あいたた……ひどい目に遭っちゃったなぁ、わたしってば……」

 

 少女は小さくそう呟いた。まるでその『ひどい目』を呼び寄せたのが自分自身ではないと思っているかのような、気軽で他人事のような声だ。

 

 そして、彼女が香水でもつけているのだろうか。あざやかで少し甘い花のような香りが、コンパートメントの中にふわりと広がっていることにハリーはひっそりと気付いた。

 

「……なんで生きてるかわかる?」

「さあ……」

 

 小声で言葉を交わすハリーとロンに見つめられる中、少女は突然がばりと起き上がる。二人の存在を認識して、それからひとしきり周囲を見回して、ようやく現状を把握したらしい。

 

「いやぁごめんね~、まさか手を離したらあんなに箒が暴れると思わなくって。でもみんな生きててオールラッキー! 今日も今日とてツイてるね☆」

 

 たぶん危ない人だ。ハリーの直感がそう言っていた。

 

「あっいけない、このままだとあなたたちまで怒られちゃうね? レパロ(直れ)!」

 

 杖を取り出した少女がそう唱えると、粉砕された窓ガラスがみるみるうちに元の姿へと戻っていく。しかし木屑と化した箒が元に戻る気配はない。

 

「あっれ~、おかしいなぁ。まいっか、オンボロだったし。どうする? 薪代わりにでも使いたいならあげるよ? 欲しい?」

「い、いや、僕はいいかな……」

 

 間違いなく危ない人だ。直感に頼るまでもなくハリーは理解した。

 

 それでもなんとか言葉を絞り出したハリーの顔をまじまじと見てから、少女は「そっか。残念」とだけ言って、杖の一振りで箒の残骸を座席の隅に追いやった。

 

「それでなんだっけ、ああそうだ! わたしたちってば初対面だよね、うんきっとそう!」

「まあ、うん。君みたいなのと会うことがあったら当分忘れられないのは間違いないさ」

 

 ハリーと同じくらいに驚きと呆れが同居した表情でロンは言った。一方、少女はペンダントのように身に着けていた小瓶を手に取り、そのまま掲げてみせる。

 

「それなら新しい出会いに乾杯できるね☆ わたしはフェザリナ、フェザリナ・アークライト!」

 

 少女──フェザリナの自己紹介に、ハリーとロンは顔を見合わせた。いきなり乾杯とか言われても困るんだけど、などという常識的な抗議をしてみたところで、恐らくこの少女には通じまい。

 

「……あー、ロン・ウィーズリー。よろしく」

「ハリー・ポッター。よろしく、フェザリナ」

「ロンとハリーね、ばっちり覚えたよ! それじゃかんぱーい!」

 

 案の定フェザリナは二人の困惑をまったく気にすることなく、小瓶の中身をぐいっと一気に飲み干した。

 

「あの……フェザリナもホグワーツ生なんだよね?」

「そ~だよ~、ピッカピカでキラキラな新入生とはわたしのこと! ガリオン金貨だってわたしの前では目を瞑るだろうね!」

「じゃあ、なんでホグワーツ特急に乗らなかったの? 乗り遅れたってこと?」

 

 ハリーの質問に対して、フェザリナは腕を組んで考えるような様子を見せる。

 

「なんで乗らなかったのか。難しいね、すっごく難しいよハリー。だってそれは当たり前のことだから、なんでって聞かれても困っちゃうなぁ」

「当たり前って、じゃあ君は箒でホグワーツまで行こうとしてたのかい?」

 

 横から口を挟んだロンの言葉に対しても、フェザリナの返事は煮え切らない。

 

「ん~、まあわたしが箒で出発したときはそう思ってたかもねぇ。でも急にホグワーツ特急がどんな見た目してるのか見に行きたくなってさ。それでちょっと寄ってみたらこのざま! そういえばわたし、箒の練習なんてしたことなかったからね☆」

 

 にこにこと笑いながらそう言ったフェザリナは、先程の小瓶と全く同じものをさらに懐から取り出し、やはり先程と同じようにその中身を口の中に流しこんだ。

 

 ハリーとロンは再び顔を見合わせる。魔法界の知識が薄いハリーとて、この少女が魔法界の平均だとは流石に考えていない。ロンからしてみてもそれは同じだったし、むしろこれが魔法使いのスタンダードなどと思われてはたまったものではなかった。

 

「んふふ~、楽しみだねぇホグワーツ! わたしはいつでもどこでも楽しくて嬉しいけど、ホグワーツに行ける子たちはみんな喜ぶんでしょ? だったらわたしだってこれからもっともっと喜べるってことだし! ね、そう思うでしょ?」

 

 無邪気に浮かれるフェザリナと、眼前の劇物をどう扱えばいいのかわからず途方に暮れる二人。ホグワーツ特急での旅路は、まだまだ始まったばかりであった。

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