幸運薬オーバードーズ少女、ホグワーツに行く   作:天宮雛葵

10 / 13
少女の軌跡は飛び散る火花のように

 迷いなく突き進むフェザリナが一体何を目印にしているのか、そもそもトロールのいる場所を知っているのか、ハリーにはさっぱりわからなかった。

 

 しかし今はフェザリナの直感に頼るしかないのもまた事実であり、ハリーとロンは彼女の後に付き従うほかなかった。そうこうしているうちに彼女が少し足を緩め、同時に妙な悪臭がハリーたちの鼻をつく。下水道のヘドロと良い勝負、もしくはそれを超える強烈な臭いだ。

 

「うげぇ、臭い……」

「でも、これってつまりトロールの臭いってことなんだよね?」

「きっとその通り! それにふたりとも、よーく耳を澄ませてみて?」

 

 フェザリナの言葉に従って音を聴いてみれば、確かに何やら低い唸り声が遠くから響いている。これこそトロールの発する声に違いなかった。

 

「行こう」

 

 今やフェザリナの先導は必要なかった。三人は駆け足で唸り声のする方に向かったが、その最中に新たな音が聞こえてくる。

 

 派手で破滅的な破壊音。そこに混じる人間のかん高い悲鳴。その声の主が一体誰で、今どのような状況に置かれているのか、最早その答えは明らかだ。

 

「ハーマイオニーだ!」

「すぐそこだよ、その角を右!」

 

 いよいよ全力疾走になって、ハリーたちはついに目的の女子トイレに辿りついた。

 

 体長4メートルはあろうかという醜悪なトロールが、これまた巨大な棍棒を引きずっている。トイレの個室を仕切る壁は既にあらかた破壊されていて、ハーマイオニーは洗面台の下で隠れるように縮こまっていた。

 

「こっちに引きつけろ!」

 

 ほとんど怒鳴るように言いながら、ハリーは周りに何か投げられるものがないかと探す。しかし彼がそれを見つけるよりも早く、フェザリナがさっと前に進み出る。

 

「ま~かされたっ! ヴェーミリアス(赤き火花よ)!」

 

 フェザリナの杖から眩い赤色の火花が散った。しかしトロールの様子には何ら変わりがない。

 

「ダメだフェザリナ、効いてないよ!」

「今から効かせるの! ヴェーミリアス、ヴェーミリアス、ヴェーミリアス!」

 

 幾度も火花が散り、トロールの身体に衝突しては消えていく。傷は負わずともそれを不快に感じたのか、トロールがその視線を火花が飛んでくる方へと向けた。

 

「やっとこっち向いたねぇ? ほらほら行くよぉ、ヴェーミリアス!」

 

 ニヤリと笑うフェザリナが再び杖を振ると、これまで雑に放たれていた火花がトロールの顔面に見事クリーンヒットした。

 

「じゃあ時間はわたしが稼いどくから、あとはそっちでよろしくね☆」

「よろしくってそんな急に────」

 

 ロンの言葉が途切れる。完全に怒り心頭のトロールが、自分たちめがけて……より正確にはフェザリナめがけて、棍棒を今まさに振り下ろそうとしていたからである。

 

「危ない、フェザリナ!」

 

 ハリーが叫ぶも、止める手立てはない。ハーマイオニーが恐怖に目を見開き、ロンも硬直して動けない。しかし当の本人だけが、相変わらず余裕の笑顔でそこに立っていた。

 

「だいじょーぶ。()()()()()()()()

 

 フェザリナがそう言い切るのとほぼ同時、棍棒が勢いよく振り下ろされる。しかしトロールが目測を誤ったか、あるいは狙いが定まらなかったか、棍棒は空を切り、そのまま床に敷き詰められたタイルを砕き散らせた。

 

「ヒィッ……!」

 

 ハーマイオニーが声にならない悲鳴を吐いたが、それも仕方ないことだろう。なにせ粉砕されたタイルはフェザリナの真横、わずか数センチの距離しかない。もし直撃すれば、今頃彼女はペシャンコのミンチだったのだ。

 

 しかし、肝心の本人だけがその事実をまったく気にしていなかった。どのくらい気にしていないかと言えば、この状況で懐からいつもの小瓶を取り出し、飲み干すまでの動作を完了させている程度には気にしていなかった。

 

「よ~しっ、ヴェーミリアス! あなたはちょっとお早いダンスパーティーがお望みかな〜?」

 

 ますます怒りを増したらしいトロールの横薙ぎに二歩引き、続く頭上からの振り抜きには再び前に一歩。飛び散る木材とタイルの破片すら完璧に避け続けながら、フェザリナは合間合間に火花を飛ばして攻撃……というより、ひたすらにトロールを挑発し続ける。

 

 フェザリナが恐怖心のネジをどこかに落としてきたであろうことは疑いようもない。一撃即死の攻撃を紙一重で避けながらにこやかにステップを踏むその姿は、率直に言って常軌を逸していた。

 

「……ハーマイオニー、今のうちだ!」

「あ……そ、そうね。今ならそっちに……」

 

 呆気に取られているハーマイオニーに声を掛けつつ、ハリーは再びトロールの方に目を向ける。フェザリナの呪文がダメージを与えている様子はない。そしてハリーにはトロールを倒す手段の心当たりが全くない。

 

 ハーマイオニーさえこちらに来てくれたなら、四人揃って逃げ出すことが一番賢明だとハリーは感じた。しかし彼女はトロールに気取られないよう身を屈めながらゆっくりこちらにやってくるしかないし、ハリーとロンがトロールの気を散らそうとしても、下手なことをするとフェザリナの邪魔になってしまう。

 

 ロンもおおよそ同じ考えに至ったらしく、杖こそ構えているが何か唱える様子はない。むしろトロールの物理的脅威とフェザリナの狂気じみたステップに圧倒されているようだった。

 

「あと少し……!」

 

 洗面台と配管の下を辿るようになんとかハーマイオニーがこちらへやってくる。ほんの数秒すればもう全員で逃げ出せる。そう確信した、次の瞬間。

 

「まだまだ、ヴェーミリアス、ヴェーミリ────痛っ!」

 

 飛び散ったタイルの破片がフェザリナの頬を掠めた。たかがそれだけのことではあるが、彼女は呪文の詠唱を途切れさせてしまう。

 

 結果、放たれた火花は金色に光りながらその場で暴発。むしろフェザリナにとっての目眩しになってしまった。そのままボコボコの床に足を取られ、彼女は一気に姿勢を崩す。

 

「わわっ……!?」

「フェザリナ!」

 

 先程とは違い、今度のハリーは一切躊躇わなかった。今まさに転倒したフェザリナを庇いに走る。しかしいくら鈍重なトロールと言えど、敵対者のそんな隙を見逃すはずもない。

 

 大きく振り上げられる棍棒。ハリーはなんとかフェザリナを助け起こそうとするが、傍目から見ても間に合うとは思えない状況だった。

 

「クソッ、何か……ああもう、どうにでもなれ!」

 

 そう叫ぶロンに、何か策があったわけではない。ただ無我夢中で、今日の授業中に学んだ呪文を唱えようとしただけだった。

 

ウィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊せよ)!」

 

 結果的に、それは最善の選択だった。

 

 棍棒が突然トロールの手から離れ、一気に空中を上がっていく。その事実に遅れて気付いたトロールが天井を見上げるのと同時、棍棒は重力に従って落下し、怪物の頭を直撃した。

 

 トロールがふらついて勢い良く倒れるまでの時間で、ハリーとフェザリナは充分な距離を取ることができた。ハーマイオニーもさっと洗面台の下から抜け出してくる。

 

「これ……死んだの?」

「いや、ノックアウトされただけだと思う」

 

 極限状態の興奮から一気に頭が冷えていくのを感じながら、ハーマイオニーとハリーは眼前のトロールを見つめていた。一方のロンは、自分が成し遂げたことをまだ理解しきれていないようだった。授業では軽い羽根すら浮かせられなかったのに、こんなに巨大な棍棒をぶっつけ本番でどうにかできてしまうだなんて。

 

幸運(ラッキー)だ……」

「うーん、それはどうだろ〜ねぇ?」

 

 ただ呆然と呟くロンに対して、先程まで命の危機に瀕していたとは思えない笑顔のフェザリナが言葉を返す。

 

「幸運が味方をするのはそうすべき人にだけ、そうできる人にだけだよ。ロンにはちゃんと実力があったんだよ〜、そこは忘れないようにねぇ?」

「いや、そりゃまあ……そうだといいけど」

「ふふん、幸運薬(わたし)が言うんだから間違いないよ☆」

 

 フェザリナの言う『わたし』のニュアンスに一同が首を傾げるのと同時、バタバタという足音が聞こえてきた。間を置かずマクゴナガルがその姿を見せ、スネイプとクィレルがそれに続く。

 

 教員たちは揃って唖然としていた。何故かここにいるグリフィンドールの四人に対して、そして突っ伏したトロールに対して、なにより設備という設備が粉砕されて床も散々に耕された女子トイレの光景に対してである。

 

「……一体全体、貴方がたはどういうつもりなのですか」

 

 マクゴナガルの声はあくまで冷静だったが、怒りに満ちてもいた。彼女の背後に控えるスネイプが、ハリーに鋭く視線を投げかけていた。

 

「殺されなかったのは幸運なことでした。寮にいるべき貴方がたが、何故ここにいるのですか?」

「マクゴナガル先生。聞いてください……三人とも、私を探しにきたんです」

 

 小さな声で、しかしはっきりとハーマイオニーが言った。

 

「私は、トロールをひとりで倒せると思って……でも、全く敵わなくて。それで危なかったところを、三人に助けてもらったんです」

 

 その発言を聞いてロンは杖を取り落とした。ハリーもそこまで露骨ではないものの、大いに驚きはした。あのハーマイオニーが先生に嘘をついてまで、自分たちを守ろうとしているだって?

 

「誰も来てくれなかったら、私は今頃死んでいました。フェザリナがトロールの気を逸らしてくれて、ハリーは私に声をかけながらフェザリナのことも庇って、ロンが浮遊呪文でトロールをノックアウトしてくれたんです」

「……ミス・グレンジャー、なんと愚かしいことを。一人でトロールを倒そうだなんて、どうしてそんなことを考えたのですか」

 

 ハーマイオニーは項垂れて、それ以上何も言おうとはしなかった。

 

「グリフィンドールから10点減点です。……さあ、怪我がないのならば寮にお帰りなさい。ハロウィンパーティーの続きが談話室で行われています」

 

 ハーマイオニーは静かに頷き、女子トイレから去っていった。それを見届けてから、マクゴナガルは残る三人の方に向き直る。

 

「先程も言いましたが、貴方がたは幸運でした。成体のトロールと対峙して、生きて帰れる一年生は稀です。一人につき10点、その幸運に差し上げましょう。寮に帰って構いません。ああ、ミス・アークライト。頬に切り傷がありますから、貴女は医務室に寄ってからの方が良いでしょう」

 

 ハリーたちは顔を見合わせてから、無言で頷いて足早に女子トイレを去った。フェザリナが珍しく真面目な顔を大人たちの前で作っていたので、そうした方が良いのだろうとすぐ理解できたのはありがたいことだった。

 

 そのまま三人は無言で誰もいない廊下を歩き続けた。そのまま教職員棟との分かれ道に差しかかったタイミングで、フェザリナがようやく口を開く。

 

「じゃ、わたしは医務室寄ってくるね〜。このまま帰ったのがバレちゃったら、今度こそ先生にすっごく怒られそうだし!」

 

 軽い口調でそう告げるフェザリナの様子はあまりにも普段通りすぎて、頬のわずかな切り傷さえ無ければ、単なる日常のひとコマだと言われても納得してしまうほどだった。

 

「ねえ、フェザリナ」

「どしたの〜? あ、パンプキンパイはわたしのぶんも確保しといてねぇ! あとアイスも、フレーバーはどうしよっかなぁ?」

「ああうん、それはちゃんと取り分けておくよ。でも、そうじゃなくて……」

 

 ハリーはゆっくりと息を整えてから、改めてフェザリナの方を見据えた。

 

「あのとき、どうして笑ってたの?」

「……ふふん、そっか。わたしってば笑ってた?」

 

 その曖昧な返答からやや遅れて、ハリーの言いたいことをロンも理解する。

 

「つまり、なんだ? 君、トロールの真ん前でずっこけながら笑ってたって? あの状況で?」

「ん~、どうなんだろうねぇ。たぶんハリーが言うならそうしてたのかも。自分の顔をみんなにどう見せるとか、わたし気にしてないし。ま、でも……」

 

 ハリーとロンの視線を浴びる中でフェザリナがローブから取り出したのは、いつもの小瓶。しかし珍しいことに中身は空だった。どうやら先程飲み干したぶんらしい。

 

「わたしは視えてたから、別に怖くなかったよ? ふふ、じゃあまた後でね☆」

 

 そう言い残し、バタバタと駆けていく少女の後ろ姿はすぐに見えなくなる。

 

「……どう思う?」

「……フェザリナにヤバいものが見えてるのは、まあ間違いないよな」

「幸運とか、未来とか?」

「あいつがそういうのを見てたとして、今更驚く奴がホグワーツにいるか?」

 

 半ば匙を投げたようなロンの見解だが、ハリーは同意せざるを得なかったし、それは恐らくグリフィンドールの、そしてホグワーツ共通の見解としても相違ないものだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。