ヒロイックな出来事が起きたところで、ホグワーツの日常はつつがなく続いていく。少なくともフェザリナにとっては、つつがなく過ごすべき日常が続いていた。
必要の部屋で幸運薬を煮詰め、ウィーズリーの双子に新たな悪戯のタネになりそうな話題を提供し、頼まれるがままに少し先の幸運を言い当て続け、寮の垣根を無視して友人関係を広げていく。
とにかくフェザリナの挙動はなんとか一般的変人の範疇に収まっており、おおむね凪いでいた。その事実に人知れず胸を撫で下ろしていたのは何を隠そうダンブルドアであったのだが、無論それが知れ渡るわけもなく。
そんな日常の中、もうクリスマス休暇も近づいてきたある日のことである。
「ねえフェザリナ、ちょっといいかな」
ハリーに声を掛けられて、フェザリナはくるりと振り向く。そのまま彼の後ろにロンとハーマイオニーが揃っていることまで確認してから、フェザリナは相変わらずの笑顔を振り撒いた。
「勿論、いつでもい〜よ! うーんと、それじゃあねぇ……」
そう言いながら彼女はもう半回転ターンを重ね、今まで話し込んでいたフレッドとジョージに殴り書きのメモを差し出す。
「レシピはそれで全部だから! 再現性は保証しないけどねぇ、んふふ!」
「感謝するよ。これでも充分すぎるくらいだぜ」
「ブツが完成したら、いの一番に見せてやるさ」
揃ってフェザリナにウインクを飛ばしつつ、一秒が惜しいとばかりに寝室への階段を駆け上がる双子たち。その様子にハリーとロンは首を傾げ、ハーマイオニーは眉を少し上げてみせた。
「今度は何をしていたのかしら?」
「なんかねぇ、顔色がすっごく悪くなるだけの魔法薬がこの前できちゃって。その話したら、ふたりがレシピくれ〜って言うからあげたの! 次は何でみんなを楽しくさせてくれるんだろーね☆」
フェザリナの物言いにハーマイオニーはいかにもけしからんと言いたげな顔を見せたし、ロンは相変わらずだと呆れていたが、ハリーは内心少しワクワクしていた。去年も一昨年もフレッドとジョージの悪戯小僧ぶりと来たら大したものだったらしいが、フェザリナという知恵と幸運の泉が入学して以来、その技術にはますます磨きがかかっているという。
つい昨日も、双子たちは悪戯グッズを駆使してフィルチを際限なくおちょくり倒していた。その悪戯グッズの使い方や厄介なミセス・ノリスの撒きかたについてフェザリナがアドバイスしているというのは最早周知の事実であり、しかしその現場を抑えられた試しがないために、フェザリナは悪戯に対する罰則を受けたことがなかった。今や彼女は双子たちと並んでフィルチの最重要警戒対象である。
「それで、今日のみんなはわたしに何を求めるの? 楽しくお喋り? ラッキーな占い? それとも勉強を教えてほしい?」
「まあ……全部っちゃ全部だよな」
ロンの言葉はおおよそ正しかった。なにせ今のところ、ハリーたちの抱えている悩みは解決の糸口すら掴めていないのだ。半ば神頼みの心境でフェザリナに声を掛けたというのが現状だった。
「フェザリナ、ニコラス・フラメルって人のことを知ってる? ……もしくは、フラメルが何者なのか知る方法を知ってる?」
「うん、知ってるよ?」
「だよなあ、いくらフェザリナでも……待った、知ってるって?」
三人は目を見開く。フェザリナの言うことが嘘でなければ、三人の悩みは一瞬で解決したも同然だった。そして今のところ、フェザリナの言葉がどこまで与太話のように聞こえたとしても、的外れだったことはない。
「そ〜だよ〜、しっかり知ってるの! あとね、わたしがその答えをあなたたちに言えないことも知ってるかな。ちょうど今知ったよ」
三人は顔を見合わせた。フェザリナの与太話は今に始まったことではないし、いずれは役に立つときが来る。だからこそ、その理不尽さが浮き彫りになるのである。
ハリーはつい最近のことを思い出していた。寮対抗クィディッチ杯の開幕戦、グリフィンドール対スリザリンの試合を間近に控えていたころ、チームのキャプテン同士で決闘騒ぎが起きたのだ。
結局のところはグリフィンドールとスリザリンの双方減点、そしてオリバー・ウッドとマーカス・フリントは両者軽傷で医務室行きというホグワーツではよくある結末に落ち着いたのだが、翌日の放課後にウッドはチームメイトにこう語っていた。
『まったく、アークライトの占いがなかったら開幕戦に出れたか怪しいところだ。ずっと気を張ってて正解だったよ』
『本当に? 今回ばかりはあの子も外したと思ってたのに』
アンジェリーナ・ジョンソンの反応に、ウッドは難しい顔をしながら返す。
『これでフリントの方もアークライトに占われてなかったら大喜びだったんだが……あいつがご丁寧に
『じゃあ、なんで貴方は無事だったのよ』
『いわゆる後の先ってやつさ。咄嗟に
当の本人たるウッドが満足気だったので、ハリーはその場で指摘しなかったが、どうにもフェザリナの占いによる盛大なマッチポンプが発生しているような気がしてならなかった。あるいは、これがウッドとフリントの双方にとってそこそこ幸運な結末だったのだろうか。
この例に限らず、占いというよりも未来予知や予言といった領域に首を突っ込んでいるのではないかというフェザリナの発言はいくつかあったし、それが完全に間違っていたことは今のところまだない。
入学から早数ヶ月、特にフェザリナと接する機会の多いグリフィンドール生たちは、フェザリナの扱い方を徐々に心得てきていた。
「ええと……フラメルのことを僕たちに言えないのは、今知ったんだよね?」
「うん! じゃあ考えてみよっか、わたしがどうしてそれを言っちゃいけないのか」
教え諭す側がわざと知らないふりをしているような物言いのフェザリナだが、決してそういうわけではない。先の発言は彼女の純然たる直感であり、彼女自身も他人を納得させられる根拠なしに喋っているだけなのだ。
「ひとつめ、あなたたちはフラメルのことを知るべきじゃない。……ううん、わたしはそう思わないよぉ? だって図書館を調べたら、名前が載ってる本はあるはずだもん」
「本当に!? あれだけ調べても全く出てこないのに……」
「ほんとほんと。確かめたことないけど、逆に載ってなかったらびっくりだよ〜?」
この情報だけでもハリーたちにとっては僥倖だった。ニコラス・フラメルなる人物が何者なのかさっぱりわからない以上、ホグワーツの図書館で名前を見つけられない可能性は大いに覚悟すべきものだったからだ。
「それに〜、あなたたちがフラメルのことを知るべきじゃないなら……わたしも知らないって嘘を吐くべきだよねぇ? そうした方が、あ〜、なんだっけ? そう、関係性! あなたたちとのそういう概念を良く保てるでしょ?」
フェザリナの物言いに三人揃って二の句が告げずにいるうちに、彼女はさらに続ける。
「でもそれは良い選択じゃないんだって
「……私、貴女のことが時々怖くなるわ」
「ハーマイオニー、そりゃ遅すぎるぜ。フェザリナは最初っから割と怖い」
「ふふーん、お褒めをありがとね!」
「これは多分褒めてないよ、フェザリナ」
若干引き気味の三人を気にすることなく、フェザリナはにこにこと笑いながら懐から何かを取り出す。いつもの小瓶かと思いきや、今回は百味ビーンズの小さな箱だった。片手で軽く箱を弄びつつ、彼女は再び口を開く。
「ふたつめ、あなたたちはフラメルのことを後から知るべき。もしくは今のわたしから教えられてはいけない。ま、多分こっちだよねぇ? タイミングが良くないのかな、それともあなたたちが自分で見つけることが大事? どう思う?」
「僕らが見つけることに意味がある……っていうのは、見つけるまでに何か学びがあるとか、そういう意味なのか?」
「もしかしたら、ニコラス・フラメルとは関係ない事実を発見できるのかもしれないわ。タイミングの問題じゃない気がするの、この件自体は早ければ早いほど良いに決まっているもの」
「う〜ん……フェザリナ、もう少し詳しく……占えたりしない?」
そう言いながらハリーが3シックルをきっちり差し出してきたのを見て、フェザリナはますます笑みを深める。
「おっけ〜、じゃあちょっと合わせてみよっかぁ」
フェザリナが言うところの『合わせる』というのが何を意味するのかは未だによくわからなかったが、彼女なりに感覚を研ぎ澄ませているのか、この発言が出た後のアドバイスは普段にも増してピンポイントかつ意味不明なことが多かった。
「……フェザリナ? どうかしら、占えそう?」
「ごめん、ちょ〜っと待ってて。これ解いて選んで話すの大変だなぁ、あなたたちってばどういう運命してるの? 厄介すぎだよ!」
「え、もしかしてこれ僕らが怒られてるのか? なんで?」
ロンの率直な疑問にはハリーもハーマイオニーも同感だったが、その答えがフェザリナから出てくることはない。百味ビーンズを無謀にもノールックでつまみながら、彼女は微妙に焦点の合わない眼を空中に向ける。
「あ、うん、多分これ! んも〜、どうなっても流れを揃えに動くからややこしくなるじゃん。本気だな〜?」
「えっと、流れっていうのは……?」
「ううん、こっちの話! それでね、結論なんだけどぉ……今は探すだけ無駄だね! もうめちゃくちゃに無駄! あっ辛い、これ胡椒味だ」
「無駄? でも図書館の蔵書には間違いなく載っているんでしょう?」
「そーだよ? だから無駄なの、慌てたところでいいことないよぉ。手段は待てば転がってきて、そのときこそ探究すべき時間。あんまり急ぎすぎると、むしろ後々ハリーたちの破滅を招くかもねぇ。まあまあ可能性あるよ」
フェザリナはそう断言してから、口の中に残る胡椒の味を洗い流すように小瓶の液体を飲む。
「ちなみに、その破滅っていうのは……」
「好きに解釈していいよぉ、破滅にも色々あるから! ある人にとっての救いなき破滅が、ある人にとっては至上の幸福だったりすることもあるでしょ〜? そういうものだもん、運命ってば」
「それは……そうかもしれないけど」
「あ、でも安心して? ハリーはねぇ、宿命と共に歩む限りは幸運も共にあるから! たしか前に言ったよね、ふふ☆」
フェザリナは相変わらずにこにこと笑っていたが、ハリーはとてもそんな気分にはなれなかった。彼女の言う宿命が一体何なのかについても、知りたいという好奇心と知りたくないという忌避感が、ハリーの脳内でちょうど釣り合っているような感覚だった。