クリスマス休暇のホグワーツは、普段と比較してずっと静かだ。理由は単純で、大半の生徒は帰宅して家族とのひとときを過ごすからである。
わざわざホグワーツに残る生徒は、帰宅という選択肢がそもそもないハリーや、両親が外国に行くため一家揃って残るウィーズリー家の面々など、とにかく少数に限られていた。そして、フェザリナもそのうちのひとりである。
「そういえば、フェザリナはホグワーツに残ったけど……ええと、屋敷しもべ妖精だっけ? 確かフェザリナの家にいるんでしょ? 折角の休暇なのに会わなくていいの?」
「ああ、シャムロックのこと? いーのいーの、シャムロックのために帰っちゃうとむしろびっくりさせちゃうし。それに頼んでる仕事もたっくさんあるからねぇ。屋敷しもべ妖精は労働こそ生きがいだから、邪魔しちゃったら主人失格だよ~」
屋敷しもべ妖精というものを直に見たことのないハリーにはその生態がよくわからなかったが、フェザリナが自分の家で休暇中ずっとじっとしているイメージもあまり湧かなかったので、とりあえずその場は素直に納得しておくことにした。
そして長期休暇ともなれば、生徒たちは当然朝から夜まで好き勝手にその時間を過ごすものである。家族の目がなく、教師陣の監視も普段より緩いホグワーツ居残り組は尚更だ。
ではフェザリナは貴重な冬休みの時間を何に使っているのか。その答えは実にシンプルで、しかし彼女と同じことをやっている生徒はほぼ存在しなかった。
「消失呪文を使いこなしたい、ですか」
そう言ったマクゴナガルは普段の授業中よりはいくらか柔らかい雰囲気だったが、それでも険しい顔を隠そうともしなかった。
「ダメかな〜? 独学よりもマクゴナガル先生に教えてもらう方がいい、そうでしょ?」
「それは決して否定しませんよ、アークライト。ですが消失呪文はO.W.L.試験の実技課題レベルです。5年生にもなれば扱えるべき呪文ですが、使いこなせる領域に持っていくのは5年生でも難題なのですから」
そしてなにより、変身術の授業におけるフェザリナの成績はそこまで良いものではなかった。物を変身させること自体はできるのだが、呪文の効果とは全く違う物に変身することばかり。1年生であればある程度仕方のないことではあるが、例えばハーマイオニーのような優等生とはとても比較できない。
「ん〜、でもねぇ先生。これくらいはできるんだよ?
故にマクゴナガルは驚愕した。いくらフェザリナが取り出した蛙チョコレートの箱という小物とはいえ、それが一発であっさりと消え去るとは思っていなかったからだ。
「グリフィンドールに15点、差し上げましょう」
グリフィンドール寮監として最大限の自制を働かせた結果、マクゴナガルは長めの沈黙の後にそう告げた。
「アークライト。消失呪文を使えるのであれば、そろそろマッチ棒を針に変身させる呪文程度は確実になったと考えても?」
「うーん、だいたい1割かな! 羽ペンになったりフォークになったりする方が多いからねぇ」
「……そうですか。いえ、構いません。消失呪文が使えて初歩の変身呪文が安定しない理由はさっぱり理解できませんが、貴女はそういう性質のようですから」
無論、フェザリナが幸運薬を常飲していることはマクゴナガルもよく知っている。しかし変身術に関して言えば、幸運でどうにかなるものではないのだ。あくまで理論に裏打ちされて、その上に乗せる才能と努力で出力が決まる。それが変身術というものだ。
「ですが、貴女の性質を言い訳にしていては教師失格でしょう」
「お〜、それじゃあ……」
「消失呪文を使える1年生が変身術の期末試験で落第しては、ホグワーツの教育方針を理事会に疑われます。貴女が通常カリキュラムの補習に取り組むのであれば、その合間により高度な呪文を試す機会があっても良いと私は考えます」
「んふふ、交渉成立だねっ☆」
要するにこれがフェザリナの長期休暇である。そしてこれはなにもマクゴナガルに限った話ではない。
「フリットウィックせーんせ! 保存呪文のレッスンしてほしいな、ガラスの瓶に掛けたいの!」
「ほう! 個人授業を希望、それも保存呪文ですか? 勿論歓迎ですとも、ミス・アークライト! 実に便利、それでいて応用が効く呪文ですが、どうにも地味で生徒受けが悪いことが悩みの種で……おっと、これは貴女には関係のない話でしたね」
「スプラウトせんせー、満月草と新月草の質を落とさずにいっぱい育てる方法を知ってたりしない? 呪文で促成栽培しちゃうとやっぱり質が悪い気がするの」
「貴女、1年生で満月草と新月草を枯らしていないだけ立派よ! その言い方だと室内で育てているのよね? 土壌の魔力と光の栄養、どちらのバランスを欠いても質は落ちてしまうし……沢山欲しいなら、尚更ちゃんとした薬草畑を用意すべきよ」
「ねえスネイプ先生、ベゾアール石の解毒作用って強力な魔法薬相手だと効果が薄いよね? なんとかその効果を増幅させる手段はないかなぁ? この際お手軽じゃなくてもいいんだけど」
「教師に対する不躾で無遠慮なその態度に、グリフィンドール1点減点。……ベゾアール石は正しく天然の解毒薬であり、その作用の強弱は個々によってすら大きく異なる。よって画一的で手軽なアプローチは当然存在しない。つまり……」
「シニストラせんせー、金星の位置と魔法力の増幅にちゃんとした関係があるって話を前にしてくれたでしょ? あれをもうちょっと詳しく聞きたいの!」
「ベクトル先生は数占い、数秘術をずっと教えてるんでしょ? ぶっちゃけ数秘術から見た占い学、カップ占いとか水晶玉とかね、ああいうのってどこまで信用できるのかなって」
「ケトルバーンせんせっ、明日の出張はやめといた方がいいよぉ。腕がまた吹っ飛んでっちゃうからねぇ、残ってる腕か義手のどっちかはわかんないけど! だからさ、代わりにドラゴンとの触れ合いかたをわたしに教えてほしいな☆」
教師たちのもとに突撃し、普段の授業や図書館だけでは得られない知識を積み上げる。これほどに効率的な手段があるのに、自分以外の誰も同じことをやろうとしないことがフェザリナにとっては不思議だった。幸運薬の囁きが聴こえないことがどれほど不便なことなのか、彼女は全く想像できもしなかった。
ともかく、こうしてフェザリナは教師たちを訪ねる日々を過ごしていた。彼女にとっての学び、もしくは見えない幸運への導きがある限り、そこに例外はない。
つまるところ、それは必然だった。
「こーんばんはっ、先生!」
「こんばんは、ミス・アークライト。こんな夜更けにどうしたのかな」
クリスマスを過ぎたある日の深夜。当然ながら寮の門限をとうに越えている中、図書館に程近い空き部屋でフェザリナとダンブルドアは再び相対した。
「ふふん、最初はなんとなくお散歩してただけ! でもねぇ、ハリーがこっちの方から歩いてきたんだもん。なんだか面白そうだと思ったの!」
ハリーをどうやって見つけたかという疑問をフェザリナに対してぶつけるほど、ダンブルドアは愚かではなかった。彼女がハリーを見つけているわけはない。よしんば本当に勘づいていたとしてもそれは『なんとなく』なのだろうし、重要なのは彼女がその事実をダンブルドアに突きつけたことの方だ。
「きみが望む何かしらは、この部屋にあったかね?」
「あるけどないし、ないけどあるよ。本当にあるかどうかは先生次第なの、そうでしょ? ……ところで〜、おっきな鏡だねぇこれ。わっすごい、さてはただの鏡じゃないんだね?」
空き部屋の中央に鎮座する、随分と古びた大きな姿見をフェザリナは覗きこむ。鏡面の上部には何やら文字が彫られ、どことなく神秘的な雰囲気を醸しだしていた。
「もしきみが構わないのならば、きみがこの鏡の中に何を見ているのか、教えてほしいのう」
「ん、い〜よ? じゃあちゃんとわたしのことを見ててね? 今の先生はだいぶ浅いもん、遠慮してるんでしょ? 何が浅くって何を遠慮してるのかはわたしも知らないけどね!」
「……きみがそう望むならば」
ほんの少しだけ間を置いて、ダンブルドアは静かに頷きながら言った。
「んふふ〜、それじゃあ……あ〜、パーティかな? いろんな人がいる、ううん違うね、あらゆる人がいる。みんな心から笑ってる、幸せそう! でもちらつきがちなのはわたしの知ってる人たち。わたしが見たいものを映してくれる鏡なのかな? ……あれ、ってことはわたしの感じてる世界ってちゃんと主観が入ってるんだ?」
「それは何も不思議なことではないじゃろう。きみは産まれたその瞬間から幸運薬に浸かっていたわけではないのじゃ」
「ん〜……わたしと
「今のところは不可分ではあるかもしれん。しかしそれが完全に同一であることを意味するわけではない。そしてきみがひとりの人間である事実は揺らがない。きみなら理解できるじゃろう」
「……先生、この鏡がここにあるのはハリーのためだけじゃないんだね? わたしにも、わたしにこそ見てほしかったんだ」
ダンブルドアは何も言わなかったが、悪戯を成功させたような微笑みが全てを物語っていた。
「も〜、わかったよ。これに関しては先生の勝ち、わたしの負け!」
「いや、きみの勝ちじゃ。自分自身の主観と相反する事柄を素早く冷静に受け止め、正しく分析するきみの柔軟さは、この老いぼれの予想を遥かに超えておった」
「な〜に言ってるの、先生。ちゃんと受け止めるべきだってわかるのは
「その通りじゃ。率直に言うならば、わしはきみのことが少し恐ろしかった。教育者にあるまじき振る舞いであったことは疑いようもない」
その言葉を聞いて、今度はフェザリナの方がにこりと笑ってみせた。
「それじゃあ今日はあなたのことを先生って呼ばないであげるね、アルバス?」
「おお、きみがそう呼びたいのならば、いくらでもそうしてほしい。わしとしても、親しく名を呼んでくれる者が増えるのは喜ばしいことじゃ」
「どうかなぁ、あんまり喜ばしいことじゃないかもよぉ。だってわたし、今日はアルバスに譲ってほしいんだもん」
場がしんと静まり返った。そもそも二人の話し声以外に音を発するものなどこの場に存在しなかったわけで、会話が途切れてしまえばそれも当然のことだった。
「ミス・アークライト。譲ってほしい、とは?」
「ハリーたちがニコラス・フラメルのことを調べてた。どうしてかは聞くのを忘れちゃったから、聞かない方がよかったってこと。たぶんハリーたちは隠したがってる。ニコラスさんといえばなんでしょ〜か、正解は錬金術と賢者の石! そういえば夏にグリンゴッツへ強盗が入ったんだよね、新聞で見たけどわたしと同じくらい向こう見ずだよ。結局そこまでして何が欲しかったのかなぁ? ところでアルバスとニコラスさんってとっても仲がいいらしいね、もしもグリンゴッツに預けた物が盗まれるかもって不安なら、それより安全な場所なんてもうアルバスの手元くらいじゃない?」
ダンブルドアにじっと見つめられる中、フェザリナはさらに続ける。
「でもね、こんなにふわふわした話がなくたって、アルバスの手元にはニコラスさんが作った賢者の石があるってわたしは思ってるよ。アルバスは先生であろうとしてる。生徒の未来を真面目に考えてるでしょ? 他にもっと大事な、みんなをハッピーでラッキーにするための何かに夢中だったとしても。わたしとか、あとは
ここまで畳み掛けられても、ダンブルドアは微笑みを崩さない。
しかしフェザリナには確信があった。ダンブルドアを前にこう言えばいいと彼女は知っているし、口に出しながらその推論が妥当なものだと当たりをつけることもできた。そして何より、長い時間と行動の正しさでしか積み重ねることができない信頼というものを、フェザリナはつい5分前に荒技でどっさりと積んだばかりだった。
「どうかな、アルバス? わたしにはまだあなたより時間があるの、知識は足りないけどねぇ。先生としてのあなたにも、個人としてのあなたにも、メリットになる提案だと思うけどな〜? あ、全部欲しいなんてことは言わないからね☆」