幸運薬オーバードーズ少女、ホグワーツに行く   作:天宮雛葵

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出会いはいつだって輝かしいものだから

 ハリーとロンの悲観的な予想に反して、フェザリナと過ごすホグワーツ特急の時間は決して悪いものではなかった。むしろ充実しているとさえ表現できるような時間を、彼らは幸運にも過ごすことになったのである。

 

 二人が予期した通り、フェザリナはすこぶる騒がしかった。しかしそれは、裏を返せば常に明るく溌溂としているということでもあった。特に暗い話題で場の雰囲気が重くなったときの彼女は、まさしく『ガリオン金貨も目を瞑る』ように輝いていた。

 

「へ~ぇ、ハリーってばひっどいところで育ったんだね? わたしとどっちがひどいか勝負できそうだね☆」

「……つまり、フェザリナも、その……ひどかったの? 住んでたところが」

「ん、まぁね! でも大丈夫、わたしは今こうやって笑えてるから! ハリーだってそうでしょ? ハリーがホグワーツにいる間はさ、なんだっけ、ダーズリー? その人たちと喋らなくてもいいんだよ! それってハリーにとってはラッキーなことじゃない?」

 

 フェザリナの言う通りだ。これからしばらくダーズリー家のことを考えなくて済むというのは、ハリーにとっては疑いようもなくラッキーだった。

 

 そう、幸運(ラッキー)。フェザリナがしばしば口にする言葉だ。彼女がその言葉を体現するような存在であるということを、ハリーとロンはごく短時間で散々思い知ることになった。

 

「そうだ、フェザリナは蛙チョコのカード集めてる? 僕、まだアグリッパとプトレマイオスがないんだよ。もう五百枚は持ってるのにさ」

「家にあるよ~、でもカードをちゃんと集めようと思ったことはないかなぁ。気付いたら全部揃ってたもん」

 

 信じられないものを見るような目で、ロンはフェザリナのことを凝視した。一方フェザリナは、ハリーが買っていた蛙チョコの山から適当にふたつを手に取って、そこからカードを取り出す。

 

「あっ、アグリッパとプトレマイオス」

「嘘だろ!? そんなピンポイントで……」

「ほんとほんと。ほら」

 

 差し出されたカードをロンは慌てて確認する。確かにそこには、彼がコレクションできていない二枚のカードがあった。

 

「ロン、欲しい~?」

「えっ、いや、くれるって言うなら……そりゃ、欲しいけど」

「じゃああげる。代わりにこれ貰うね!」

 

 その言葉と共にフェザリナが手に取ったのは、よりにもよってバーティー・ボッツの百味ビーンズである。百種類には収まらないだろう多様な味、当たり外れが大きすぎるランダムフレーバー。お菓子として味わうというより、度胸試しの道具として使われることの方が多い商品だ。

 

 しかしフェザリナは無造作にビーンズをいくつか摘まみ、躊躇わず口に放り込んだ。止める隙を与えない彼女の動きに、ハリーとロンは固唾を呑んで見守ることしかできない。

 

「んふふ~、美味し! 何味なのかなこれ、一緒に食べちゃったからわかんないや! あっ、でもバター味がしつこいのだけはわかるかも。いつだって百味ビーンズは楽しいよねぇ」

 

 にこにこと笑いながら言ったフェザリナは、いつの間にか懐から取り出していた小瓶の中身をまた流しこみ、ただでさえきらめいている金色の瞳をますます輝かせる。

 

「うん、わかった! 私が食べたのはラッキーな味で間違いないね☆」

 

 その後もフェザリナの幸運は続いた。ロンに促される形で彼女が開けた蛙チョコからはことごとく異なるカードが出てきたし、彼女がいくつか追加で選んだビーンズにもハズレの味は含まれていなかった。挙句の果て、三人で分け合ったかぼちゃパイには、彼女どころかハリーとロンの分にも当たりのシックル銀貨が入っていたのだ。

 

 これはもうまぐれでは片付けられないと、二人は認めざるを得なかった。フェザリナはとにかく運が良い……それも異様に。

 

 そもそも先程の出会いにしたって、普通なら列車の壁に叩きつけられて大怪我をするところだろう。ちょうどガラス窓の部分に突っ込んだだけでも幸運、それでまともな怪我をしていないのだからどうかしている。

 

「とりあえず、君が……ちょっとすごいことはわかったよ。ガリオンくじなんて買った日には、一等から三等まで全部引いちゃいそうだ」

「ガリオンくじね~、いつか引いてみたい気もするけどね? ああでも、引かない方が良いかも。今そんな気がしたよ、だから引かない!」

 

 ロンの言葉にそう返すフェザリナが、自らの感性と直感に基づいて今日までを生きてきたのは明らかだった。表現を選ばずに言うならば、理知的な人間には全く見えなかった。

 

 だからこそ、しばらく後にハリーとロンは今日何度目かの驚愕を味わう羽目になった。具体的に言うと、ハーマイオニー・グレンジャーが三人のコンパートメントを訪ねてきたときである。

 

「お陽さま、雛菊、とろけたバター。デブで間抜けなネズミを黄色に変えよ!」

 

 そう言ってロンは杖を振ったが、彼のペットであるスキャバーズには何の変化もない。

 

「その呪文、間違ってないの?」

 

 ハーマイオニーにそう問われても、ロンは答えられない。勿論ハリーも答えられない。しかしそこに口を挟む者が一人。言うまでもなく、フェザリナである。

 

「たぶん間違ってるね~。呪文って、だいたいラテン語から取らないと上手くいかないよ?」

「ラテン語……?」

 

 訝しげに問うハーマイオニーに対して、フェザリナはすらすらと言葉を並べる。

 

「全部がそうってわけじゃないけど、だいたいラテン語! いろんな言葉を混ぜると、それだけ難しくなるし……それに、今のは呪文じゃなくて文章でしょ~? 呪文なんて長いと噛んじゃうよ! ネズミを黄色にするだけの呪文でそんなに長いのは嫌だなぁ」

 

 ハリーとロン、そしてハーマイオニーすら、その説明には納得と共に頷くしかなかった。

 

「でも、ちょっと待って。『基本呪文集』には発声が長い呪文も載っていたわ。例えば……」

「浮遊呪文とかでしょ? しょーがないよ、あれ便利だもん。しかも危なくなくて、わたしたちがこれから学ぶのにぴったり! 大人のひとたちってば、しっかり考えてるんだろーねぇ」

 

 若干オーバーな身振り手振りと共に呪文学の何たるかを語るフェザリナは、百味ビーンズの食レポをしていたときと何も変わらない笑顔だった。

 

 彼女は常に浮かれた口調で、ふわふわな雰囲気を纏っている。しかしそれらから妙にかけ離れた機知を持ち合わせてもいる。少なくとも、ハリーにはそう感じられた。

 

 そして極めつけは、ハーマイオニーが去った後。列車もまもなくホグワーツに到着するという頃合い、ハリーたちのコンパートメントに足を踏み入れたのは、青白い顔をした少年とその取り巻きたちだった。

 

「本当かい? このコンパートメントにハリー・ポッターがいるって、どの車両でもその話でもちきりなんだけど。つまり、君なのか?」

 

 少年──ドラコ・マルフォイの問いかけに、ハリーは「そうだよ」と短く答えた。

 

「僕はマルフォイ、ドラコ・マルフォイだ。後ろにいるのはクラッブとゴイル」

 

 マルフォイという名前を聞いて、ロンは笑いをごまかすかのように軽く咳払いをした。当然、ドラコがそれを見過ごすはずもない。ウィーズリー家などという誇りの欠片もない魔法族を小馬鹿にしようと、ドラコは口を開く。

 

「君が誰だか聞く必要は────もがっ!?」

「まあまあ怒らないで? すごく美味しいでしょ、それ! わたしのイチオシだよ」

 

 ドラコの口めがけてフェザリナが放り込んだのは、まだ余っていた杖型甘草飴だった。

 

「ごほっ、な、何をするんだ!」

「ん~、何って言われるとなんなんだろうねぇ。でもさ、折角のラッキーな出会いを無駄にするべきじゃないよ! 他に何か食べたいものある? ここにあるお菓子はわたしが奢ってあげるよ、つまりはこのお菓子を買ったハリーの奢り!」

「待ってフェザリナ、ちょっと待って!?」

「せめて僕にもわかる言語で説明をしてくれないか!?」

 

 勝手にお菓子を奢る羽目にさせられたハリーと、出会うなりお菓子を口に詰め込まれたドラコのツッコミが重なる。しかしフェザリナは彼らに構うことなく、その視線をドラコの取り巻きであるクラッブとゴイルの方に向ける。

 

「蛙チョコいる~? カードはないけどさ、余らせて捨てちゃうわけにもいかないし。あ~っと、その百味ビーンズはやめた方がいいよ! 残ってるのはヘドロ味とかばっかりだからね☆」

 

 クラッブには余っていた大鍋ケーキを差し出し、ゴイルには蛙チョコの山をどさりと渡す。フェザリナに躊躇というものは存在しなかったし、クラッブとゴイルに差し出されたお菓子を断るような謙虚さは存在しなかった。

 

「待てゴイル、クラッブもだ! 僕の言うことを聞け!」

「甘味の魅力には誰も抗えない、ってね! だから二人を責めないであげて?」

「元凶が口を出すな! そもそも誰なんだ君は!」

「ん~? フェザリナ・アークライトだよ! マルフォイさんとこのドラコならきっと知ってるでしょ、ふふ!」

 

 フェザリナの名前を聞いても、ドラコにはピンと来なかった。出発前に父から言い含められていた人脈を築くべき相手の中に、アークライトという苗字は存在しなかったはずだ。

 

「……すまないが、君の名前には心当たりがない。父上と関わりがあるのか?」

「あると言えばあるし、ないと言えばない! でもマルフォイさんはわたしの名前を知ってるはずだよ。まあそんなことはどうでもいいの、それよりパーティーしよパーティー! わたしたちがめでたく出会えました記念パーティーの幕開けしようよ、しないの?」

 

 首を傾げるフェザリナの視線からドラコが顔を背けると、そこにはハリーとロンの姿があった。ほんの少し前までの敵対ムードはどこへやら、彼らはすこぶる微妙な表情をしていたし、ドラコもそれは同じだった。期待に満ちた表情のフェザリナ、それからお菓子に夢中なクラッブやゴイルとの落差は言うまでもない。

 

「その、なんだ。君たち、付き合う友人は選ぶべきじゃないのか?」

 

 嫌味というよりも、子供心から来る純粋な心配の方が優るような声色でドラコが言った。

 

「……そのくらいは自分でもちゃんと選べるって、言いたいところだけど」

「この有様を見せられるとそこそこ自信がなくなる、よな?」

 

 勢いに欠けるハリーとロンの返答こそ、フェザリナが如何にして『ガリオン金貨も目を瞑る』ような芸当を実現してみせるのか、これ以上ないほどの証明だった。

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