幸運薬オーバードーズ少女、ホグワーツに行く   作:天宮雛葵

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宿命なんてどうせ水物だけどね

 結局、ドラコたちは微妙な空気の中でコンパートメントを去っていった。ドラコは捨て台詞のひとつも吐かず、むしろ若干の同情すら含まれるような表情を浮かべていたし、そんな彼の背中にハリーやロンが憎まれ口を叩くこともなかった。

 

 すっかり静かになったコンパートメントの中で、ロンがぼそりと呟く。

 

「なんていうか……フェザリナといると、毒気ってやつを抜かれるよ」

「わーい褒められた! ありがとね☆」

「褒め……褒めてるのかなあ、うーん……」

 

 困り顔になるハリーとロンだったが、ちょうどそこに車内放送が響く。

 

『列車はあと五分でホグワーツに到着します。荷物は後程学校に届けますので、そのまま車内に置いていくようにお願いします』

 

「まずい、着替えなきゃ! えぇと、フェザリナは……」

「見てのとーり、ばっちり制服だよ! というわけでお先に失礼、ごゆっくりどうぞ~?」

 

 そう言いながらコンパートメントを出ていくフェザリナ。残された二人は無言で着替え始めたが、ハリーがふと思い出したように話し出す。

 

「フェザリナ、すごく自然に制服を着こなしてたよね」

「確かに。……でも、あれはマダム・マルキンの仕立てじゃないな」

 

 ロンの唐突な言葉に、ハリーは困惑の声を返す。

 

「マダム・マルキンじゃないって……なんで?」

「うちの家はいつも中古のローブ屋で制服を買ってるけど、元々はマダム・マルキンの店で売ってたやつなんだ。そもそも、ホグワーツの制服をマダム・マルキン以外で仕立てる人なんてほとんどいないんだよ。なのに、フェザリナの制服はところどころデザインが違ったんだ」

 

 ハリーにはホグワーツの制服事情などさっぱりわからなかったが、ロンが言うからにはきっとそうなのだろう。

 

「いや、そういえばトウィルフィット・アンド・タティングスがあったな……僕には縁がないけどさ。金持ち向けの礼服を仕立てる店なんだ」

「じゃあ、フェザリナはお金持ちなのかな」

「どうだろう、あそこは本当に礼服専門だってパパに聞いたことがあるし。いつも使うような制服を買う店じゃないと思う」

 

 フェザリナの制服姿を思い返すのに、ハリーはそこそこ時間を必要とした。しかし言われてみれば、仕立てたばかりにしてはローブが妙にオーバーサイズだったし、留め金は銀色のチェーンで、ちらりと見えた裏地には刺繍が入っていた気がする。自分たちが今着替えている制服と比べると、確かに違いが目立つ。

 

 ついでに付け加えるなら、フェザリナがコンパートメントの中で一度もローブを脱ごうとしなかった、ということにもハリーは今気付いた。

 

「まあ、フェザリナは制服なんて関係なしにめちゃくちゃ目立つと思うけど」

「それは同感だよ」

 

 融かした黄金のような金髪金眼だけでも気を惹くところに、しっかりと整った容姿。黙っていれば深窓の令嬢かもしれないが、フェザリナが黙って静かにしていられるわけがあるまい。彼女がいる以上、ホグワーツで退屈することはないはずだ。だが、ハリーは同時にこう感じてもいた。

 

 退屈どころか、フェザリナのせいで騒がしすぎる日々を送ることになるんじゃないだろうか?

 

 ────結論から言うならば、その予感は極めて正しいものだった。

 

 


 

 

 列車が駅に止まり、ハリーとロンはプラットフォームに降りた。狭いプラットフォームは生徒たちでごった返していたが、月明かりに照らされた金色のロングヘアを探せば、フェザリナとの合流は簡単に済んだ。

 

「お~、ハリーもロンも制服似合ってるね! わたしに負けず劣らずピカピカって感じ!」

「フェザリナには負けると思うけど……どうもありがとう」

 

 こうして他の生徒たちと並ぶ段に至ると、フェザリナの制服が他と微妙に異なるデザインをしていることがよくわかった。その制服をどこで仕立てたのかとハリーは聞こうとしたが、それよりも先に大きな声が聞こえてくる。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ! おお、ハリー! 元気か?」

 

 大きなランプを持ったハグリッドが笑いかけてきたのを見て、ハリーは笑顔で頷いた。制服のことは後でゆっくり聞けばいい。

 

 そのままハグリッドの先導に従い、新入生たちは真っ暗な小道を降り、湖の畔に辿り着く。対岸の荘厳なホグワーツ城の姿が目に映るころには、ハリーはすっかりホグワーツへの期待で頭がいっぱいになっていた。岸辺の小舟に乗り込み、湖を渡り、洞窟の船着き場に着き、石畳を歩き……その全てがハリーにとっては新鮮で、一瞬の出来事だった。

 

 そして、一団は城のエントランスホールへと足を踏み入れる。

 

「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆さんです」

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 ミネルバ・マクゴナガルは、そう言ってから新入生たちの方に視線を向けた。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。新入生の歓迎会が間もなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」

 

 マクゴナガルは厳格な表情と口調で、ホグワーツにおける寮のなんたるかを説明する。だが、正直なところハリーの耳にはその半分も届いていなかった。決して聞き流していたというわけではない。隣にいるフェザリナがこの場で何かやらかさないか、不安で仕方がなかったのだ。

 

 しかしそれは杞憂だった。マクゴナガルを前にしたフェザリナは、列車での騒ぎようがまるで嘘のように大人しく、模範的な新入生のように振舞ってすらいた。

 

 逆隣のロンに視線を向けてみると、同じようにフェザリナのことを心配していたらしい彼と目が合う。意外だよな、という声が聞こえたような気がした。

 

「……まもなく組み分けの儀式が始まります。ここで待っている間、可能な限りで身なりを整えておきなさい」

 

 そこで言葉を切ったマクゴナガルは、制服の着こなしが雑な新入生の何人かに目を向けた。やがてその視線がフェザリナの方を向き、ほんの少しだけ不思議そうな顔をしたものの、それ以上のことは起こらなかった。

 

「静かに待っていてください。準備が出来次第、すぐに戻ります」

 

 そう言い残したマクゴナガルの後ろ姿が見えなくなったと同時に、フェザリナがハリーとロンに話しかける。

 

「ねぇねぇ、ロンはグリフィンドールに行きたいんでしょ? ハリーはどの寮がいいの~?」

 

 フェザリナの声は新入生たちの注目を惹いた。言うまでもなく、その大半はハリーという名前に反応していた。

 

「あー……いや、どの寮っていうよりも、寮を決める方法が今は気になるかな」

「試験みたいなものだと思う。すごく痛いって聞いたことあるけど、きっと冗談だ」

 

 話をそらしたいハリーの思惑を察して、ロンもそのまま話題に乗る。一方、フェザリナはそんな彼らの考えていることを一切気にすることなく、さらに問いかける。

 

「それならそれなら、わたしはどの寮に行くと思う? ふふ〜、遠慮なしで良いよぉ?」

 

 自分の行きたい寮を聞かれるよりもよっぽど難題かもしれないとハリーは思った。列車の中でロンからホグワーツの寮についてはいくらか教えてもらっていたものの、フェザリナの行くべき寮はさっぱり想像がつかない。

 

 フェザリナにグリフィンドールの勇気はあるだろうが、その勇気はむしろ蛮勇というか、ドン・キホーテの同類であるような気がした。レイブンクローのような機知も感じるには感じるが、とはいえ彼女の最たる特徴を差し置いて機知だけを取り上げるのも愚かしいように思える。ハッフルパフが尊ぶ資質と彼女の噛み合わせは悪く見えるし、スリザリンの適性に至っては皆無だろう。

 

「フェザリナの寮を当てるのは……難しいかな」

「ハリーもそう思う!? わたしもね〜、わたしがどこに組分けされるのか全然わかんないや!」

 

 ただでさえハリーの存在だけで注目されているのに、フェザリナのよく通る声はますます新入生たちの注目を集めていた。それを知ってか知らずか、彼女は突然ハリーとの距離を詰める。

 

 そして彼女らしからぬ小さな声で、周囲には聞こえないように囁いた。

 

「けれどね、貴方はきっとどの寮を選んでも宿命の道を往く。そういう星の下にいるもの」

「……え?」

「宿命が貴方と共にある限り、幸運も貴方と共に。ゆめゆめ忘れることのなきように……ね?」

 

 その言葉の意味をハリーが理解するのに先んじて、フェザリナは落ち着き払った動きでハリーから距離を取る。そして懐から小瓶……ではなく、いくらか大きいボトルを取り出し、なんとそのままラッパ飲みする暴挙に出た。

 

 ボトルの中身はまったく伺い知れなかったが、列車の中で飲んでいた小瓶の中身と同じに違いないという、奇妙な確信だけがハリーにはあった。

 

「んふふ、わたしはどこに組み分けられたって楽しくて嬉しくてラッキーになれるけどね☆」

 

 浮かれた笑顔でそう言い切ったフェザリナの瞳は、一際強く金色に輝いていた。

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