「ミス・アークライトの疑問は、考えを巡らせる価値のあるものじゃが……それよりも先に、きみがこうしてホグワーツへやってきてくれた幸運に感謝しなければなるまい」
ダンブルドアの言葉にフェザリナは首を傾げる。
「何も感謝されることはしてないよ〜? 許可証が届いたから入学しただけだしねぇ」
「それこそが感謝すべきことなのじゃよ。……昔話をしなければならない。きみには少々辛い話となるかもしれんが、よいかな」
フェザリナは頷いた。こうしてダンブルドアと話すことが最も正しい道だということを、彼女は既に理解していた。
「きみのご家族……アークライト家の一族がヴォルデモートの手に掛かり、そして殺されたのは、君が生まれてまだ数ヶ月のことじゃった」
「そうらしいね〜、わたしは全然覚えてないけど! でもそれがどうかしたの?」
あまりにも他人事すぎるフェザリナの反応にも、ダンブルドアは動じない。
「当時、ヴォルデモートに与する者たちによる殺人は数多かった。しかしヴォルデモート自身が念入りに特定の一族郎党……それも純血であるとされる一族を探し出し、その全てを自ら殺して回ることは極めて稀じゃった。そして奇妙なことに、ヴォルデモートが偏執的な徹底ぶりを以てそのような所業に及んだ理由は、終ぞ明かされなかった。アークライト家という魔法使いの血筋が途絶え、生まれたばかりの赤子が行方知れずとなった結果だけが残ったのじゃ」
「……あ、わかった! 先生ってば、わたしが変な人のところで悪いことばっかり教えられて育ったのかな~って不安なんでしょ! わたしだけ殺されないまま、どこかに消えちゃったもんね?」
ダンブルドアは薄く微笑む。
「きみが聡い子であることにも、わしは感謝すべきであるようじゃな。まさしくその通りじゃ。きみの居場所は優秀な魔法使いですら長らく掴めなんだ……幼いきみが如何にして姿を隠していたのかは、わしにも思い当たる節がある。しかし問題なのは、きみが誰に育てられてきたのか。そしてどのようにして学校からのふくろうを受け取ったのかということじゃ」
黄金色に輝くフェザリナの瞳を、ダンブルドアはじっと見つめていた。
「え、それだけでいいの? わたしはね~、シャムロックに育てられた……っていうとちょっと怪しいかもだけど、まあシャムロックかなぁ。あ、シャムロックはうちの屋敷しもべ妖精ね!」
「……なるほど」
「それでねぇ、普段はだいたいシャムロックがなんでもやってくれるの! お金は家にたくさんあってね~、何か足りなくなったらシャムロックが買ってきてくれるから。わたしも家の外に出たかったけど、門の外には出ちゃダメなんだって
そう語るフェザリナの言葉に嘘はない。それどころか、そもそも彼女には嘘を吐こうという意思がないのだろうとダンブルドアは確信した。
「ありがとう、ミス・アークライト。では、ふくろう便もシャムロックが受け取っていたということじゃな」
「そうそう! 学校のふくろうって賢いんだねぇ、誰もわからないはずなのにうちの近くまでは来れたんだもん。しかもわたしじゃなくてシャムロックに手紙渡してくれたし」
「実を言うと、ご家族の思惑通りにきみが匿われていた場合の住まいには、随分と前から見当が付いていたのじゃよ。しかしそれでもきみの居場所が掴めなかったという事実こそ、きみを護る魔法に思い当たった原因でもある」
忠誠の術。『秘密の守人』となる生きた人間に秘密を封じ込め、情報を隠す魔法。
たとえばフェザリナを秘密の守人として、彼女が暮らす場所を秘密としておけば、彼女が口を割らない限りはその場所が知られることはない。彼女の世話役であるシャムロックは秘密を知っているわけだが、秘密の守人でないシャムロックは秘密を他者に伝えることができないのだ。
フェザリナが自覚しているかはともかく、彼女が忠誠の術によって護られていたことはまず間違いなかった。
「それじゃあ、先生の話はこれで終わり~? それとも心配なことがまだあったりする?」
「きみが好んで口にする魔法薬のことを除くなら、他の心配事はないと言えようぞ」
「ふーん。知ってるんだ、先生?」
フェザリナはあくまで笑顔だったが、ほんの少しだけ目を細めてみせた。
「きみのひいおばあさんとわしは古い知り合いでの、彼女もきみと同じ問題に煩わされておったのじゃよ。わしの知る限り、彼女はあらゆる手を尽くし、周囲に助けを乞うことも厭わなかった。自分の子孫がいつか自分と同じ問題に直面することを、彼女は最も心配しておった」
昔を懐かしむように、ダンブルドアはゆっくりと語る。
「リディアは若くして亡くなった……幸運薬を飲み続け、その毒性に身体を蝕まれた。きみがバニラアイスに幸運薬を垂らすのと同じような気軽さで、彼女は自らの寿命を縮め続けたのじゃ」
「ん~、わたしはあんまり長生きとか興味ないよぉ? そんなことより、みんなのこともわたしのこともラッキーでハッピーにしたいかなぁ」
「きみの望みは素晴らしいものじゃ。しかし、きみはまだあまりにも若い。幸運薬を服用せずとも良くなるように、方々の手を借りるのも……」
「あ、それはもっと興味ない! だって幸運薬を飲まなくなっちゃったら、わたしはもうフェザリナじゃないもん」
今度はダンブルドアが目を細める番だった。
「きみがきみでなくなる、とは?」
「だってわたしはずっと幸運薬を飲んできたんだよ? この前知ってびっくりしたけどさ~、普通の人は幸運薬を飲んでないから、
「そのように言う者も、少なくはないじゃろうな」
「だとしても、わたしにとってはこうじゃないほうがおかしいの。あなたたちが幸運薬の囁きだって言うものは、わたしそのもの。あなたたちはわたしのことを幸運薬に動かされてるって言うけれど、それならわたしは幸運薬こそわたしだって言うよ。先生はどう?」
明るい青色に輝くダンブルドアの瞳を、フェザリナはじっと見つめる。
「勿論、きみの意思を尊重するとも。ただ、他の道もあるということを知っておいてほしかっただけじゃよ」
「んふふ、それならよかった! ありがとね、先生!」
「きみが幸運薬を口にせねばならないことは、わしから先生方に話しておこう。ただし、幸運薬を他の者に与えてはならぬ」
「クリスマスプレゼントとかでも?」
「残念ながら。あくまできみの事情に配慮してのことじゃからのう。……ああ、それから」
ダンブルドアは微笑みながら、上の階に繋がる階段を指差した。
「もしもきみの探し物が『他の誰かに見つかることのない場所』であるならば、8階をじっくり探すとよい。じゃが、今日はもう寮に帰りなさい」
「はぁーい」
ダンブルドアが言うべきことを全て言ったのだと察して、フェザリナは素直に返事をする。
「あ、そうだ。先生、ひとついいこと教えてあげる! わたしの探してた場所を教えてくれたし、そのお礼にね!」
「ほう、聞かせてもらってもよいかな?」
にこやかなダンブルドアに対して、満面の笑顔と共にフェザリナは言った。
「先生がやってること、きっと正しいよ!」
「……ふむ」
「わたしがそうなのか、みんながそうなのかはわかんないけど……わたしが先生の助けになれば、もっとラッキーでハッピーになるってわたしは言ってる。だったら、先生はきっとみんなをハッピーにしようとしてるんでしょ!
それだけ言って、フェザリナはさっさと走り去ってしまった。彼女を呼び止めることもできただろうが、ダンブルドアはそうしなかった。
「ミス・アークライト……わしが正しいことを為していると、きみは言うのじゃな」
静まり返った深夜のホグワーツ城で、ダンブルドアの独り言を聞き届ける者は誰もいなかった。