魔法を学ぶと言っても、具体的には何をするのか。新入生たちの大半が抱いていたそんな疑問は、ホグワーツ入学からの一週間でおおむね解決することとなった。
変身術、呪文学、闇の魔術に対する防衛術、魔法薬学、薬草学、天文学、魔法史。どれもこれもただ杖を振っていればどうにかなるというものではないのだと、新入生たちは大いに思い知らされた。ハーマイオニーを除けば、最初の授業からすべてを要領良くこなしている生徒はいなかった。
「まあ、全体的に悪くはないよな? 魔法薬学以外はさ」
一年生は丸々休日の土曜日、大広間でのんびり朝食を摂りながらロンは言った。ハリーとしても異議なしだ。
魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプは、スリザリン贔屓であることが広く知られている。それだけでも他寮の生徒から好かれないのだが、魔法薬学の授業中においてハリーに対しての陰湿な発言と理不尽な減点を連発し、グリフィンドール生からはますます反感を買っていた。
「スネイプはなんで僕のことを憎んでるんだろう」
「思い当たる節、本当にないんだろ?」
「なんにもないよ。会ったことも名前を聞いたこともなかったから」
昨日の授業からずっと抱いている疑問をハリーは口にしたが、当然答えは出てこない。とはいえ魔法薬学以外はほぼ全員が横並びの状態からスタートすることがわかり、ハリーとロンはかなり安心していた。教科による向き不向きは生徒個々人であったものの、やはりハーマイオニーを除けば、ほとんどの生徒に劇的な違いはない。
「おっはよー☆ ふたりとも何の話してるの~?」
例外がやってきた。
「おはよう、フェザリナ。スネイプが嫌なヤツだって話さ」
「あ~、ハリーってば昨日ネチネチ言われてたもんねぇ。まあ大丈夫だよ、魔法薬なんて本に書いてる通り作ればいいんだから」
「それが上手くいかないからみんな困ってると思うんだけど……」
フェザリナは魔法薬学のことをきっちり予習してきたか、そうでなければ天賦の才があるに違いなかった。ハーマイオニーと同じ出来栄えで魔法薬を調合できたのは、ハリーが知る限りではフェザリナしかいなかったからだ。
しかしフェザリナはハーマイオニーとは違い、全ての教科で優等生というわけではなかった。変身術では大半の生徒たちと同じく、マッチ棒を針に変身させることはできなかったし、
つまるところ、フェザリナはどうにも教科ごとの向き不向きが激しいタイプであるようだった。
「魔法薬の調合って、油断とかケアレスミスとの戦いだからね~。落ち着いていつも通りの気持ちで、本に書いてる通り作れるようになるのがスタートライン。こればっかりは慣れるしかないだろーねぇ」
「僕、スネイプの前で落ち着ける気がしないや」
「というか、魔法薬学の授業中はフェザリナの方が落ち着きすぎだと思うよ。一回だけスネイプがすごい顔しながらフェザリナを睨んでたけど、結局注意されなかったし」
「わたしってば魔法薬学は得意だからね、ふふ!」
なお、正確に言えばスネイプはフェザリナのことを睨んでいたのではない。調合作業中、堂々と幸運薬の小瓶を口に流し込んでいたフェザリナの姿を見てドン引きしていただけである。ダンブルドアからの連絡を受けていなければ、小瓶を没収したうえで中身を確かめ、やはりドン引きしながらグリフィンドールにド派手な減点をプレゼントしていたことだろう。
「う〜ん、そうだなぁ。もしもふたりが魔法薬学で困ってどうしようもなくなったら、わたしに泣きついてきていいよ! 魔法薬調合をいろいろ教えてあげるから。でもどうしようもなくなったときだけね? わたし、もしかしたらスネイプ先生より上手く教えられるかもよ!」
「どうだろうな。スネイプより下手に魔法薬学の授業をする方が難しいかもしれないぞ」
「まあね〜、あの人は痛い目見て覚えろってタイプっぽいもん。間違ってないけど親切じゃないよねぇ」
そう言いながらフェザリナはトーストの上に目玉焼きとベーコンを乗せ、そのままそれを持って立ち上がった。
「もうどこかに行くの?」
「うん、今日はちょっと朝から忙しくって! それじゃあね〜!」
少々行儀悪くトーストにかぶりつきながら、フェザリナは足早に大広間を去っていく。
「フェザリナ、だいたいいつも忙しそうにしてるよね。たった一週間で寮の人気者だし」
「上級生に一瞬で気に入られてるのをさっきも見たよ。あれはもう才能さ」
フェザリナに魔法薬調合を教わる機会があるかはわからないし、恐らく教え方はさほど上手くないのだろうが、それでもスネイプに教わるよりはよっぽど楽しいだろうなとハリーは思った。
ホグワーツ城には、ほとんどの生徒に知られていないような通路や隠し部屋というものが数えきれないほどに存在している。そのうちのひとつに、必要の部屋と呼ばれる部屋があった。
8階に位置するその部屋は、廊下を歩く者が『必要とする場所』を強く念じることで姿を現す。何か物を隠すための場所を探しているなら、過去に同じことを願ったホグワーツ生たちの物品だらけの部屋が姿を現すだろう。トイレを探して切羽詰まっているなら便座やおまるだらけの部屋となるだろうし、誰にも見つからない自分だけの秘密基地が欲しいと願うなら、必要の部屋はそれを叶えてくれる。
そのような性質から、必要の部屋は多くの場合偶然に発見され、そして二度と見つけられないことの方が多い。必要の部屋を意識的に活用できるホグワーツ生は、知識と幸運に恵まれたごく少数である。
「えーと次はなんだっけ、ラピスラズリを砕いて、その後は……」
フェザリナの場合は、ダンブルドアからの知識が役に立った。幸運に関しては言うまでもない。彼女が欲した必要の部屋の中には、魔法薬を調合するための大鍋や作業台、材料棚がしっかりと揃っていた。魔法薬学や呪文学に関する様々な書籍も山積みになっているし、彼女が休憩するためのスペースも広々と確保済だ。
そんな部屋の中でフェザリナが調合するのは、当然ながら幸運薬……では、あるのだが。正確に言うと、それだけではなかった。
「むぅ、これはあんまり上手くいってないなぁ……」
そう言いながらフェザリナが覗きこんだ鍋の中には、ドロドロとした黄緑色の液体が鎮座していた。本来であれば薄い青色の『急速鎮静薬』となるはずだったものである。その他にもフェザリナは、幸運薬に限らず様々な魔法薬の調合を試していた。
そもそも、幸運薬の調合は一筋縄ではいかない。極めて複雑な調合過程、半年もの時間を要する調合期間、そして入手が難しいいくつかの材料。これだけでも呆れるほどに面倒なのだが、幸運薬の継続的な入手と服用を必要とするフェザリナの場合、ますます余計な問題が増えるのだ。
まず幸運薬は長期間の保管ができない。適切な措置を講じずに放置した場合、幸運薬はやがて悪臭を放ち始める。それを飲んでしまえば、服用者には幸運ではなく数多の災難が降りかかることになる。
そして幸運薬の過剰摂取には毒性が存在する。即刻影響が出る類の毒ではないものの、積み重なれば取り返しがつかなくなるほどに身体を蝕んでいく。具体的には、対策しないとフェザリナはホグワーツを卒業できなくなる可能性が高いのだ。
さらに幸運薬の副作用であるところの自己過信・傲慢さ・無謀さ。これらについては幸運薬を飲み続けている限りはある程度リスクを軽減できるが、積み重なりすぎればいくらフェザリナであろうが人間としての信用を失うだろう。
要するにフェザリナは、完成時期をずらした幸運薬を複数同時に調合しつつ、幸運薬の毒性や副作用の対策になるような魔法薬も用意しなければならないのだ。彼女が幸運薬と共に飲んでいる魔法薬は、種類で言えば間違いなく片手の指に収まらない。それだけ魔法薬を飲めば未知の副作用も出てくるし、そうなれば魔法薬以外での対処も考えなければならなくなってくる。
幸運薬を飲み続けるために解毒薬や対抗薬を大量に用意し、そのせいでますます不健康を招くいたちごっこ。それがフェザリナの現状、魔法薬をオーバードーズすることで得られた、無茶な幸運の代償だった。
「……一旦休憩っ! お休み! 疲れた!」
しかし、フェザリナはそんな自分の現状を悲観していない。一人きりの部屋で高らかに宣言しつつ、彼女は山積みになっている呪文学の本を一冊手に取った。
休憩とは言ったが、調合の手を休める間にもできることはある。魔法薬に頼らない、呪文などでの症状緩和も探っていかなければならないのだ。魔法薬の材料もタダではない。家族が遺してくれたガリオン金貨は減っていくばかりだし、屋敷しもべ妖精にいくらか材料を調達してもらうにも限度がある。
「お~、これとか試してみてもいいかも。フリットウィック先生に頼んじゃおっかなぁ?」
心配事ばかりが積もりに積もっていたし、現状を改善するための糸口すら見つからない。それでも、本のページを捲るフェザリナは普段通りの笑顔を浮かべていた。