「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! あ、別に見せるものはなかったや。わたしが見てあげる方だもんね!」
グリフィンドールのテーブルから聞こえてくる、いつにも増して騒がしい声。半径20メートル以内にいるだけで調子を狂わされる、厄介な幸運女。
「何の馬鹿騒ぎをしてるんだ、あいつは」
苦々しい声を絞り出したドラコの疑問に答えたのは、テーブルの向かいに座っていたダフネ・グリーングラスである。
「知らないの? 『フェザリナ・アークライトのウルトラハッピー占い屋さん・大広間出張版』に決まっているでしょう」
「何の何がなんだって?」
入学以来、他人を寄せ付けない雰囲気を纏い続けているダフネからは全く想像もできない単語の羅列に、ドラコは盛大に動揺した。手に持っていたフォークを取り落としかけたほどである。
「だから、『フェザリナ・アークライトのウルトラハッピー占い屋さん・大広間出張版』。貴方にしては情報を得るのが遅いわね」
「ぐっ……確かに僕は、アークライトのおふざけをわざわざチェックするほど暇じゃないが」
「あら、本当に知らないのね。おふざけどころか、ほとんど外れたことがないって評判よ。アークライトの占い」
「外れたことがない? そんなバカな」
大広間で食事を摂るたび、フェザリナの声が聞こえてくることにうんざりしていた──付け加えると、初対面で杖型甘草飴を口にシュートされたトラウマを思い出したくなかった──ドラコは、なるべく食事のピークタイムを避けて大広間に向かうよう心がけていた。
その甲斐あって、あの騒がしい幸運女と顔を合わせる機会は授業程度のものだったわけだが、今回はそのせいで流行りに乗り遅れているらしい。
「私が知る限りは事実よ。一度占ってもらうのに3シックル持っていくけれど、その価値はあるってリピーターが続出だもの」
「3シックル? たかが素人の占いにしては取るじゃないか」
無論ドラコにとっては、シックルもクヌートもはっきり言って誤差だ。とはいえ、シックル銀貨をドブに捨てるような真似はドラコとてやらない。『資産は使うべきときに使わねばならない』とは父の言である。
「その3シックルでアークライトに助言してもらったら、探してたお気に入りのハンカチがすぐ見つかったとか、何度やっても上手くいかなかった呪文があっさり成功したとか、次の日に日刊予言者新聞のクジで1ガリオン当たったとか、そんな体験談ばかりなのよ」
「グリフィンドールが好き勝手言ってるだけじゃないのか?」
「最初はそう思ってたけれど、レイブンクローやハッフルパフからもよく当たるって話がいくつも出てるわ。我らがスリザリンにも、堂々と活用する面々が何人かいるわよ。……ほら」
ダフネが視線を向ける先をドラコも見てみれば、そこにはフェザリナの座る方へずかずかと進むスリザリンの上級生がいた。
「アークライト」
「はいは〜い、3シックルどうも! ハッピーな今日のために聞きたいことひとつ、もしくはラッキーな今日を掴むアドバイスをあげる!」
物怖じしないフェザリナの前に立つのは、マーカス・フリント。ただでさえグリフィンドールとの仲が悪いスリザリン生の中でもとりわけ過激派な、クィディッチ・チームのキャプテンである。
「俺がお前に聞くことなんざ一個しかねえよ。クィディッチでお前らグリフィンドールに完全な敗北を与える方法だ」
仮にもグリフィンドールのフェザリナに話しかけておいてこの言い草である。当然周囲のグリフィンドール生からは敵意の視線を浴びるし、スリザリンのテーブルから注がれる視線もさほど好意的なものではない。大義名分を得ず、正面からただグリフィンドールに噛み付くのはスリザリンの流儀ではないのだ。
だが、フリントもフェザリナも周囲のことは全く気にしていなかった。
「ん〜、そうだね。今からどうにかするなら、すばしっこい人を捕まえるといいかもねぇ。オススメなのは下級生の面倒をちゃんと見てあげること、今すぐ実らないとしても青田買いすると後々とっても有利!」
「要するに新しいシーカーでも探せって話か?」
「そこは先輩のお好きなように! あとはサービスだけど、今から急いで闇の魔術に対する防衛術の教科書を読み返した方がいいよぉ。近いうち、あなたの身を助けることになるからね!」
「は? 何言ってやがんだ、お前」
「ふふ、これ以上は追加料金になりま〜す!」
「……チッ」
露骨に舌打ちをしてフリントは去っていく。ここが大広間である以上、教員も含まれた衆人環視の場だ。望む答えが得られずとも、少なくともこの場では引き下がるしかない。
「あのぶんじゃ、グリフィンドール戦は厳しいかもしれないわね」
「どうしてそう言い切れる?」
溜息を吐いてから言うダフネに、間髪入れずドラコが問う。
「アークライトが無料で占いをおまけするときは、大抵最初の質問が上手くいかないときだって噂。その代わり、おまけの方は間違いなく当たるのよ」
「滅茶苦茶だ、偶然に決まってる。あんなのがやってる占いを信じるのか?」
「信じる人間が多いから成り立つんでしょう」
そうこうしているうちに、またフェザリナに占いを頼む者が現れた。今度はグリフィンドールの上級生だ。
「やあ、アークライト。僕も占いを頼んでいいかな」
「は~い、リピートありがと! 今日のウッド先輩は何が聞きたいの~?」
その上級生の顔をドラコは知らなかったが、たしかウッドはグリフィンドールのクィディッチ・チームでキャプテンを張っている生徒だ。丁度スリザリンのテーブルに戻ったフリントが、クィディッチ狂いなどと罵りながらウッドの名前を口にしていたような記憶がドラコにはあった。
「我がグリフィンドールが、クィディッチでスリザリンに決定的な勝利を得る方法さ。ああ、お代はこれで」
「ん、ガリオンね。ちょっと待ってねぇ、14シックルのおつり……」
「いや、そのまま取っておいてくれ。その代わり、アドバイスには多少の色を付けてほしい」
あまりにも潔すぎるウッドの言葉に、フェザリナはそのニコニコとした笑みをさらに深める。
「きっと待ち人はすぐそこにいる。あなたは導きを座して待つだけ。あとはそうだね、その待ち人にも、今いるみんなにも満足しないことかな。今のうちからマクゴナガル先生を言いくるめる方法を考えておくととっても役立つよぉ。ああ、箒は新調するだけムダだから気をつけて!」
「ふーむ、なるほど……他には何がある?」
「しばらく一人で行動しないこと、いつもブラッジャーに付け狙われてるくらいの気持ちでいること。そうしないとウッド先輩に災いが降りかかるかもね〜?」
「災いとはずいぶん大袈裟だな」
「クィディッチの練習時間がそこそこ削れるくらいの災いだよ」
「よしわかった、絶対にアークライトの言いつけを守ろう」
極めて真剣な顔で頷くウッドと、相変わらず楽しそうにしているフェザリナ。とりあえず傍から見ていたドラコが確信できたのは、クィディッチ狂いというウッドへの評価が、疑いようもないほどに正当だということだけだった。
「……どうとでも取れるような占いで、煙に巻いてるわけじゃないのか」
「3年生以上の先輩方からは、占い学の授業よりも余程占いをしてるって評判よ」
それは果たしてフェザリナの占いが的確なのか、ホグワーツの誇るまだ見ぬ占い学教授が無能なのか、なんとも判断に迷うところである。
「とにかく、疑う前に貴方も試してみればいいんじゃないかしら。貴方にとっては、3シックルなんて惜しくもないでしょう」
そう言って、ダフネは皿の上に残っているベーコンの方へ目を向ける。どうやら言うべきことは言ったということらしい。ドラコの方も、この場ではそれ以上に話題を広げようとはしなかった。
「おい、アークライト」
「ん〜? あっドラコ、なんだか話すの久しぶりじゃない? たぶん入学式前ぶりくらい!」
大広間から廊下をいくらか歩き、生徒たちの影がちょうど途切れるような場所で、ドラコはフェザリナのことを待ち構えていた。
「用が無ければお前に話しかけるなんてするものか。これでアドバイスが聞けるんだろう?」
「あらら、3……ガリオンじゃないよぉ、シックルだよシックル。それともまさか、ウッド先輩の上を行きたいの?」
「グリフィンドールのクィディッチ狂いと一緒にするな。それに占いが聞きたいんじゃない」
ドラコの物言いに首を傾げるフェザリナ。その答えはすぐに本人が口にした。
「父上から手紙が届いた。アークライト、お前のことを……いくら純血とはいえ理解に苦しむが、父上は相当に重要視しているようだ。つまり……」
「例のあの人にわたしの家族がずしゃーってされちゃった理由がマルフォイさんにはわかんなくって、だからとにかくわたしと関わりを持っておきたいとか、そういうこと? じゃあこのキラキラガリオンはドラコのポケットマネーだね、やりかたがマルフォイさんっぽくないもん!」
ドラコはもうこの時点で閉口していた。フェザリナの思考速度がどうこうという話ではなく、一族郎党皆殺しにされた最後の生き残りとしてはあんまりすぎる彼女の発言に、である。
「ふふーん、じゃあ奮発してくれた3ガリオンに免じて大サービスしてあげるね! まずはマルフォイさんに伝えておいて。わたしとあなたはしばらく言葉を交わさないけれど、代わりにあなたが必要とするとき、あなたは決断に値する情報を得る。一度目は屈辱、二度目は愛情と共に」
「……予見者気取りか?」
「未来の霧を晴らすのは無理無理、わたしはいつでも五里霧中の先に幸運だけを視るの。とにかくちゃんとマルフォイさんに伝えてね? 伝えないとねぇ、それはもうねぇ、すごくすごいよぉ!」
「伝えるべきことが何も伝わってこないな」
トロールと良い勝負な学習能力しかないクラッブとゴイルの勉強をわざわざ見てやっているときですら、ドラコがここまで精神的に疲弊したことはなかった。
「ここからはパパのためにポケットマネーだって出しちゃうドラコに、本命の占いをあげちゃうよ! 何を教えてあげるのが良いかなぁ」
「だから占いなんていらないと言ってるんだ! そもそもお前に教えてもらうことなんて……」
「あ、そうだ! あなたは運命の人にもう出会ってるみたいだね☆」
フェザリナの言葉に、流石のドラコも再び黙り込むほかない。
「でも今のホグワーツにはいないっぽいね? これは、うーん、ちょっと待ってねぇ。もうちょい
「ちょっと待て、本当に何を言っているんだ」
「ガリオンボーナスで解説してあげるね! ドラコと運命の人をラッキエストに結びつけるなら、わたしは今からダフネにちょっかいかけないとダメだからだよ!」
「何ひとつとして解説が成立してないだろう今までの全部が!」
やはりこいつはただのイカれ女に違いないのだ。3ガリオンでやっと得られた高すぎる教訓を、ドラコはまだ受け入れられずにいた。
「あとは……そうだね〜、今言うべきときではない! ってことにしておこっかぁ。今年中にもうちょっと占ってあげる、3ガリオンから引いて1ガリオン7シックルぶんね!」
「おい待て、話はまだ……」
「あ、今のうちに追加でひとつ。さっさとここを離れないと、ドラコにとってろくなことにならないよ! たぶんわたしとのお話、有る事無い事が全部大っぴらとか? じゃあね〜☆」
そのままバタバタと走り去っていくフェザリナ。彼女を追いかける体力も精神力も、これ以上に口を開いて彼女を呼び止める気力すら、今のドラコには残っていなかった。