ソードアート・オンライン ー浅葱の剣聖ー   作:狂華翠月

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第十一話 別れ

「「ハッ!」」

 

 

 

 二人が地を蹴り、相手に向かって剣を繰り出す。それを躱し、防ぎ、流れるように次の攻撃へと繋いでいく。剣と盾がぶつかり合い激しい光と音を発する。互いに駆け抜けながらの高度な戦闘。誰もが息を飲んで戦局を見守る。

 

 一進一退の攻防が何十合も続いていく。キリトが秒間数発もの攻撃を撃ち込むがヒースクリフは正確に弾き返す。両者ソードスキルを放たない。いや、放てない。仮に放てば技後硬直で生じた隙で仕留められるからだ。キリトの動きが次第に加速していくが、ヒースクリフも置いていかれはしいない。動きから無駄を削って、激しい連撃が端から防いでいく。

 

 ──硬すぎるっ……!

 

 幾ら剣を打ちこもうとも崩れる気配のない堅牢さを誇るヒースクリフを前に次第にキリトは焦燥感に駆られていく。気持ちだけが先走り、剣技が追いつくことはない。

 

 そのとき、キリトの双剣がエフェクトに包まれた。《聖騎士》の硬さに焦ったのか、もしくは愛する少女のためかゲーム開発者である彼にソードスキルを放ってしまった。ヒースクリフは待っていたとばかりに機械のような無機質な表情から勝利を確信した笑みを浮かべた。27連撃数のソードスキルが、全て把握され弾かれる。そして突きを放ったキリトの左手の剣が十字盾に当たり、剣の耐久値が限界を迎えて儚く砕けた。

 

「さらばだ、キリト君」

 

 ヒースクリフの十字剣に光が宿る。大技が終わった硬直後のキリトにあれを避ける術はない。誰の目にも諦めの色が浮かんだ。その時

 

「キリト君……!」

 

 その瞬間、どうやって麻痺を解いたのか、ここにはいるはずのないアスナがキリトの前に腕を広げて現れた。しかし、このままではキリトを庇うアスナはヒースクリフに貫かれる。キリトも目の前で起こる事態を飲み込めないまま、それでも届きもしないと理解している手をがむしゃらにのばす。

 

 ──お願いだ、そんな顔をしないでくれ。俺は君にそんな風になってもらうためにこの戦いに挑んじゃわけじゃないんだ!

 

 覆りようのない悲劇が訪れんとしたとき

 

 ──キィィィーーーーーン!!

 

 今にもアスナを殺めんと唸りをあげて迫るヒースクリフの剣が同じ鋼に阻まれ勢いが殺される。キリトでもアスナでもない、ヒースクリフの動きを防いだのはこのアインクラッドにおけるもう一人の剣士であった。

 

「……なぜ君が?ソウジ君」

 

「ふふっ、なぜか気になりますか?そりゃ()()()に決まってるじゃないですか」

 

 《浅葱の剣聖》ことソウジであった。麻痺で動けなかった彼がなぜこの場に駆け付けれたのか納得がいかないヒースクリフにソウジはさも当然であるかのように告げる。

 

「ま、ホントのことを言うとボスを倒し終わった後に異常状態用のポーション飲んだので麻痺の効果が軽減されたんですよね。まぁ、後は気合いです。真剣勝負と同じで大体のことは気合いで何とかなりますから」

 

「しかし、アレはポーションでどうにかなるものではないのだが……」

 

 と、かなりアレ(脳筋)なことを言っているが実際事実であるので置いておこう。

 

「で、次は私と斬り合いをしていただけますか?」

 

「……まぁ、キリト君との対戦はまだ終わっていないのだが…いいだろう。では、始めようか」

 

 ヒースクリフは自身のHPを全て回復させ、全損決着のウインドウをソウジに送り、彼も了承する。周りが引き留めようとする頃には、再びSAOクリアを賭けた戦いの火蓋が落とされた。

 

 

 

 ──キイィィン/ギイィィン

 

 

「それじゃ、斬られてもらえますか」

 

「魔王の首をそう簡単にやるわけにはいかないのでね」

 

 

 絶え間なく鋼同士がぶつかり合う音が響き渡り、あたりに衝撃波が散る。互いの腕に残る重みは戦いの激しさを表していた。

 

 目まぐるしい高速戦闘の中、優勢なのはソウジであった。ハッキリと目で追えるかすら怪しい圧倒的な機動力と歩法による瞬発力を用いた、奇襲攻撃じみた戦い方を行うソウジを前にヒースクリフは後手に回らざるを得なかった。

 

「予想をしていたがこ……っく!」

 

「斬り合いの最中に随分と呑気なものですね、こっちです!」

 

 先ほどからソウジの動きに翻弄されているヒースクリフに対しソウジは加速をほぼ感じさせない踏み込みで剣にライトエフェクトを伴いながら迫る。

 

 本人の瞬発力も合わさって本来以上の速度で向かい来るソードスキルはシステムアシストへのブーストもあり、驚異的な威力となっている。そんな攻撃が一切の揺らぎなく自分のクリティカルポイントである首筋へと迫りくる。

 

 ヒースクリフは思考を挟む余地もなく本能的に同じくソードスキルでもって迎え撃つ。攻略組のトッププレイヤーである彼らの激突に激しい光芒と閃光が生じ、あたりに轟音と衝撃波をまき散らす。

 

 そうして、一瞬の拮抗ののち慣性と推進力が生み出す神速のソウジの剣がヒースクリフを押し返して弾き飛ばした。しかし、ソウジはなおも剣を構える。

 

 視線の先にはダメージエフェクトとして赤いラインを体に走らせながらも盾を構えるヒースクリフが存在した。ヒースクリフもソードスキルが生み出す斥力を利用しながら、盾を内側へと滑り込ませ衝撃を緩和しつつ体勢を立て直していた。

 

 しかし、ヒースクリフにはいつものような余裕は存在せず、口元は固く結ばれたままだ。ヒースクリフは決定打こそは防いでいたものの、脇腹には痛々しく赤いラインが迸っていた。ソウジの知覚外からの攻撃にも反応しうる規格外のまさしく()()じみた危機回避能力には舌を巻かざるを得ない。

 

「リアルを限りなく追求したもう一つの世界だと言ったが……これも経験の差といったものか…」

 

「ええ、私にはこれしかないので。舐めてもらっては困ります」

 

 そして何よりソウジの特筆すべき点はその卓越した戦闘技量だろう。実戦において人を斬るというその一点に特化した剣技はもはや剣から逸脱したなにかであった。

 

 相手の先を常に視るかの如く、その場での最善手を叩き出す勝負勘も合わさりヒースクリフは守勢を維持せざるを得なかった。一先ず距離を取ろうとしたヒースクリフに対して、ソウジは一気に間合いを詰め懐で連続斬りを叩き込み、少なくないダメージを与える。

 

「遅いっ…!はっ!」

 

「ッ⁉︎」

 

 緩急を混ぜた足捌き、合間を搔い潜って放たれる斬り返しもソウジの体を掠りもしない。その間もソウジの的確に急所を狙った剣撃が殺到する。ヒースクリフもそう簡単にはやらせんと次々とパリィしていく。

 

 二つの剣の軌道が重なる度に宙で強大な火花と強烈なインパクトが生じる。そして、機動力が劣るヒースクリフは、剣を引き戻すためにテンポは徐々に遅れていく。

 

 ソウジの手数が勝るにつれて捌ききれなくなった攻撃が頬や脇腹や肩などに赤いラインを刻み、無慈悲にHPを削り取っていく。

 

 目まぐるしく荒れ狂う円舞曲を前に、ヒースクリフ攻撃に転じる余地はなく、防御姿勢で耐え忍ぶばかりだ。あらゆる情を排し自分を道具と見立てるような動きでソウジは戦闘の主導権を握り続ける。

 

 

「コレは、中々厳しいと言わざるを得ないな……」

 

 緊張を感じさせずにそう告げるヒースクリフのHPバーは、とっくにイエローゾーンを下回りレッドへ迫ろうとしていた。

 

「そう言うあなたも中々しぶといですね」

 

 一方でそんなヒースクリフに対峙するソウジも挨拶を告げるかの如く口を開く。HPバーは始まってから殆ど減っておらず、彼の異質さを際立させている。

 

 この電子の牢獄からの脱出を賭けた戦いの中、気の緩むような会話を行う両者はどちらもニンゲンとして何かが致命的に欠落し歪んでいた。

 

 周囲がその異様な空気を前に口が開くことはなかった。そして両社は再び剣を構える。

 

「…ただ斬り、ただ殺すのみ」

 

「……そうか、ならばやってみたまえ!」

 

 

 ヒースクリフはソウジの怒涛の勢いで押し寄せる連撃を必死に受け流すが、処理が追いつかず間を縫ったカウンターも、ソウジは圧倒的な危機察知と機動力をもって翻弄し、回避していく。

 

 そしてソウジは脇構えで一際剣を引き絞り、腰を低く落とす。強烈な剣気を察したのかヒースクリフも応戦しようと剣を振りかざし──

 

「グッ!」

 

「どこを見ているのです?こっちです!」

 

 単発水平蹴り体術スキル《水月》。僅かな綻びを見逃さず、青白いライトエフェクトを帯びた蹴りを胴に叩き込む。

 

 意識外からの攻撃に、ヒースクリフは体を宙に泳がせ地面に転がり落ちる。ソウジはそまま刀身を獰猛に輝かせながら追撃のため雷光のごとく疾走する。

 

 ──疾く、鋭く!

 

 ヒースクリフも受け身を取りながら、態勢を整えるが神速重撃ソードスキル《朧月》のランダムかつ緩急のついた攻撃で、姿勢が乱されていく。

 

 霞の如く捉えるのが困難なスピードから繰り出される無作為な攻撃。ヒースクリフでもこのランダム性には完全には対処出来ず剣撃が止むのを耐え凌ぐしかない。

 

「クッ、これは……」

 

「ええ、逃がしません!」

 

 そして、一旦反動で後ろに下がり距離を置いて硬直時間を消費しつつ、晒した隙は逃さんと続け様に神速32連撃ソードスキル《鏡花水月》を放つ。

 

 見えるのは白い残像のみであり、刀本体は捉えることも触れることも不可能なまさに絶技とも呼べる技は、それぞれが異なる軌道を描きながら十字盾の一点のみをひたすらに斬り続けていく。

 

 空気が震え軋んでいき、そして遂にこの世界において埒外の耐久性を誇る十字盾の耐久が限界を迎えた。

 

「これで──盾を穿つ!!」

 

 ──パリィィィン!!!

 

 《神聖剣》の象徴とも言える十字盾がポリゴン片となって消え去る。

 

「このまま勝負をつけさせて貰いますよ!」

 

「ふふ、それはこちらのセリフだ!この時を待っていた!」

 

 ソードスキルの僅かな硬直の時間でソウジが固まっている間に、ヒースクリフは盾が砕け今まで以上の素早さでこちらに駆け寄り、ソウジを切り裂かんと剣を振りぬく。

 

「ハァッ!!」

 

「ちっ…!」

 

 ソウジは薙ぎ払われる形となり、菊一文字則宗が吹き飛ばされる。このままソウジもキリトのように負けてしまうのか、と辺りのプレイヤーに緊張が走る。

 

 そんな中、ソウジは冷徹に殺気だけを含む目をヒースクリフに向ける。

 

「それはこちらも同じことです!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ソウジは同じセリフを返す。何も武器は刀一つだけではない。

 

 ソウジの手には腰に差している、菊一文字則宗を納めていた鞘が握られている。一体いつから自分は剣しか使わんと言ったとばかりに

 

「剣が折れたら鞘、鞘が折れたら素手、ですよ!」

 

「な、まさか君は!」

 

「ええ、カタナスキルを完全習得(コンプリート)すると鞘も武器として扱えるようになるんですよ!まさかGMである貴方がお忘れですか!」

 

「っ、まさか!」

 

 そして私の刀を吹き飛ばすため無茶な態勢を取っているヒースクリフに、それを躱す形で神速突進ソードスキル《孤月》を突き進みながら放つ。

 

「これで──終わりです!!」

 

 そうしてヒースクリフの胸に刀身が吸い込まれ──

 

「ぐはっ……!」

 

 HPバーは完全に底をつき、ヒースクリフは膝をついて崩れ落ちる。その場にいる誰もが消え去るかと思ったその時──

 

 ──………これでようやく…なっ!

 

 ソウジが驚異的な動体視力と反応速度で身をよじりつつ受け身の姿勢を取りるが──

 

「カフッ!!」

 

 ボールのように吹き飛ばされ数回床にぶつかり跳ねた後、転げ回りながら地面に伏せることとなった。

 

「ほう、今の意識外からの不意打ちを避けるのか。本当に君は興味深い」

 

 そう言ってソウジたちの前に立ち塞がったのは、ついさっきHPを全て削り取られ死んだたはずのヒースクリフだった。

 

「な、お前は全部HPがなくなったはずじゃ!」

 

「ああ、私がユニークスキル持ちじゃなかったらそうなっていただろう。このスキルを使うことになろうとは……私が使用したのは神聖剣専用スキル《不死鳥の再誕》だ。このスキルは使用者がこのゲーム内で死亡した時に一度限りではあるが、HPが四割の状態で装備とともに復活、さらに一定時間のステータスの大幅上昇のバフも付与される」

 

「な、そんなのアリかよ……」

 

「このスキルを使わされてしまった時点で私は敗北したようなものだ。だが今ゲームを終わらせる訳にはいかないのでね、決着をつけようか、………神速は最もゲーム内で動体視力と機動力が高い者に与えられるスキル、二刀流が魔王である勇者を倒すためにある勇者だとするなら神速は差し詰め剣を極めしものといったところか……」

 

 そうしてヒースクリフは魔王の如き威厳を感じさせながらソウジに向き直る

 

「──さて、まだ戦うというのなら剣を取り、立ちたまえ。決着をつけようかソウジ君」

 

 

ーソウジsideー

 

 

 ──……これはマズイですね、さっきの攻撃視えはしたんですが完全には反応しきれませんでした。このまま斬り合いを続けていけば先に倒れるのは……さっきので結構持っていかれましたし。俊敏値や筋力値が上がったと言っても感知能力までは上がっていないでしょうが。

 

「ええ、もう一度貴方を倒せばいいだけです。速攻で片付けましょう!」

 

 吹き飛ばされた菊一文字則宗を回収し、再び刀と剣をぶつけ合っていきますが状況はあまり良くありません。

 

 ──何とか耐え忍んでいますが、筋力値が上がっているせいで受け流すのにもかなり負担が掛かります。菊一文字則宗の耐久値もそろそろ危なくなってきました。相手のバフによってこちらの攻撃もあまり入りませんし……

 

 長い間斬り合いが続いてきましたがダメージトレードや装備の消耗具合からこちらの方が不利となっている。この状況を打破するべく算段を立てていく。

 

「まさかこれほど粘られるとはね……君の劣勢には変わりないようだが」

 

「それをどうにかするため考えているんですよ!」

 

「考え事で手元が疎かになったようだ!」

 

「ゴフッ!!」

 

 突如投擲スキルによって投げられた十字盾に反応が遅れ、刀を体との間に滑り込ませますが吹き飛ばされてしまいます。

 

 ──やらかしましたね、レッドでもうHPもほとんど無いですし。これでは………

 

 

 

   「─た──け──き──」

 

 

 ──……それでも、私は、生きなければならない。この状況を覆すには、ここで放たなければならない……この一撃に私のすべてを賭ける

 

 再び足に力を入れ立ち上がる。平晴眼の構えを取り心を無の境地に至らせる。

 

「なんだ、もう諦めたのかい?」

 

 距離も離れておりヒースクリフも少し警戒を緩めている。私は全身に力を込め前へと踏み出します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──一歩音超え

 

 

 

      それは音すらも置き去りにして駆け行く

 

 

 

  ――二歩無間

 

 

 

       超絶的な技巧と圧倒的な速度が唸りを上げる

 

 

 

  ――三歩絶刀!

 

 

 

       一切のずれなく全く同時に放たれる()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『無明三段突き』!!

 

 

 

 

 

 

 ──それはこの電子世界の魔王(茅場晶彦)血濡れの刃(ソウジ)に貫かれたこと意味した

 

 

 踏み込みの足音が一度しか鳴らない内に距離を詰めきり、風切り音を轟かせながら左手で標準を定めた後、音をも置き去りにしたまさに神速というべき三回の突きを放つ。

 

「な、何が起こったというのだ……」

 

 ──放たれたのは()()()0().()0()0()1()()()()()()()()()()()()()()

 

 全く同じ場所に放たれた三発を内包した攻撃のうち「壱の突き」は装備によってダメージを防がれた。しかし、「弐の突き」「参の突き」はシステム上存在しないものとしてプログラムが反応できず、装備やバフの判定が働かず貫通してそのまま体に突き刺さる。そうしてどんどんとHPバーは減っていき、やがて──

 

「そうか、私は負けたのか。………どうだい悪の魔王を倒した気分は?」

 

「……戦場に事の善悪なし……ただひたすらに斬るのみ、ですよ。私にとっては斬った以外の感想はありません」

 

 目に前の剣士の最後の灯と言わんばかりに赤く輝いていた数ドットの命もついに消え去った。

 

「そうか………」

 

 そう彼は言い残して穏やかな笑みを浮かべながら今度こそ美しい破片となって消えていきました。

 

 

 

 

『アインクラッド標準時 十一月 七日 十五時 二十分 七十五層において ゲームはクリアされました』

 

 

 

 

 

 

 ゲームクリアのアナウンスが全階層に行き渡る。そして、現在生存しているプレイヤー全員が、順次ゲームからログアウトされるとの通告がなされる。

 

 今頃は、アインクラッド全体で感動の嵐が巻き起こっていることでしょう。周囲のプレイヤーが次々、青白い光と共に消滅する中、遂に私も全く別の場所へと飛ばされる感覚が身体を支配してきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなかに絶景だな」

 

「……結局何人の方がなくなったんですか?」

 

 今私の視界に飛び込んできたのはどこまでも続く夕日に染まった夕焼け時の空とそれを反射する水晶盤。

 

「2451人だ、生き残った7549人は全員がログアウトに完了した」

 

「…キリトとアスナ、他の皆さんは無事ですか?」

 

 まさにエンディング(ゲームクリア)に相応しい景色が広がっていました。

 

「あの場に居た者のことなら安心してくれたまえ。全員生きている、現実世界へ戻れるだろう……それにしてもまさかキリト君があの階層で見破るとは………」

 

「あの74階層での決闘が痛手でしたね。まぁ、キリトならそんなことがなくともいつか気づいたでしょうが………」

 

 そんな場所ですでに存在しないはずの白衣に身を包んだ細身の男と言葉を交わす。

 

「そうか、だから君は「私はヒースクリフさんの正体を明かしません、その代わり貴方の正体が見破られたときクリアの権利を賭けて勝負をしてください」と言ったわけか」

 

「ええ、そうですね……」

 

「……キリト君とアスナ君なら向こうにいるぞ……話に行かないのか?」

 

「そうですね………ただ、先に終わらせなければいけないことがあります……」

 

「………」

 

「………」

 

 ──いつまでも逃げ回っていてはいけません、いつか向かい合わなければならなかったことです

 

「色々ありますが先ずはどうしても聞きたいことがあります。茅場晶彦さん………いや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()

 

「………その名で呼ばれるのも久しぶりだな。随分大きくなったじゃないか……」

 

「…そうですね、大分身長も伸びましたし。男子三日会わざれば括目して見よ、ですかね………それで、聞きたいことなんですが、なぜこんなことを」

 

 私の義兄である──茅場晶彦、彼がこの現実とは隔離されたもう一つの世界を作り出した理由、いわば原動力となるものを私は最後まで理解できなかった。

 

「何故、か………私も忘れていたよ。なぜだろうなフルダイブ環境システムの開発を知った時、いや、その遥か昔から私はあの城を、現実世界のありとあらゆる枠や法則をも超越した世界を創ることだけを欲してきた。そして、私は……私の世界の法則をも超える世界を見ることができた」

 

 そう述べる義兄の姿は長い間希求し続けた憧れに手を伸ばす少年のような笑みを浮かべていた。

 

「空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取りつかれたのは何歳の頃だったかな……。その情景だけは、いつまで経っても私の中から去ろうとしなかった。この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。私は、まだ信じているのだよ…どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと……」

 

 きっときっかけは大したことではなかったのだろう。子供が夢に見るような空想だったはずだ。

 

 しかし、義兄は現実に生きるものは総じてその法則に縛られる。その事に気づいた時点で、夢が埋もれていってしまったのかもしれない。

 

 それでも諦めきれなかったその夢が、胸の奥底に埋もれて尚義兄を突き動かしたんだろう。

 

「……そうですか…」

 

 だとしたら、あちらの世界で過ごす日々は兄にとって苦痛のだろうか。

 

「きっと義兄さんには小さすぎたんですね……あの世界は」

 

「……何だ?」

 

 果たして義兄はどちらの世界が自身を閉じ込める檻だと認識していたのだろうか。結局私は全く義兄を理解していなかった。何も見えていなかった。

 

「いえ……ただ私達じゃ……義兄さんが留まる理由には成り得なかったのだな、と」

 

「……すまないな」

 

「いえ、薄々感じてたことです。私たちにある程度の執着はあったのかもしれませんが、それ以上に熱中していたもの(ソードアート・オンライン)があるのは分かっていましたし」

 

 だからこそ私は義兄が心血を注いで作り出したSAOに興味を抱いたのだ。

 

「…………お前は出来れば巻き込みたくなかったんだがな」

 

「まぁ、それは私の問題ですし晶彦義兄さんが責任を感じる必要もありません……そもそも凛子さんじゃともかく「一つだけ言っておきたいことがある」……はい?」

 

「確かにこのゲームに夢中だった私が言えたことではないが…確かにお前は私の大切な家族だった」

 

「……そうですか」

 

 そう告げる義兄の顔は優しげで、なのに私はその顔を見ることができなかった。

 

「………何か凜子さんにも伝えておきたいことはありますか?」

 

「そうだな、現実に馴染めず浮世離れしていた自分を、何とか現実に繋ぎ止めてくれた君には感謝している。こんなことを言う権利もないのかもしれない知れないが今でも愛している。……そう伝えてくれ」

 

「分かりました。……そんなことを言える人がいるのは何か羨ましいですね」

 

「そうか…お前にもいつか隣にそんな人がいるさ」

 

 こんな私が兄が言うような未来を歩く姿をうまく想像できなかった。しばらくの間空間が静寂に包まれた後私は口を開く。

 

「……晶彦義兄さんが作ったこの世界は、幾千もの人の命を無慈悲に奪っていきました。それは許されざることなんでしょう……私が言えたことではないですが。ただこの世界が単純にどうしようもない、忘れ去りたい悪夢だったとは私は思いません」

 

「………」

 

「もしこの世界に来なかったら私はあそこで止まっていたままでしたから。キリトやクライン、アスナやエギルさんシリカ、リズベッド、ユイちゃん……色々な人に出会いました。彼らとの出会いがあったから今の私が形作られたんです。……間違いなくSAOは私にとっての一つの現実で大切な思い出です」

 

「そうか」

 

「どんな出来事も平等に私という一部を形成しているんです……ですから、討伐戦での戦いやその後の残党との抗争も全て私が背負うべきものです。ここで過ごした時間を全部引っくるめて今の私があるんです」

 

「お前は…………」

 

 そういう義兄の顔はどこか苦痛を含ませるような表情でした。

 

「別にこれはあなたの責任なんかじゃありません。すべて私が判断して斬ったことです。……そこに一切あなたという存在は介在していません」

 

 そんな義兄にあなたは一切関係ないということを突き付ける。

 

「そこに至るまで自分の意志で行ったことです。責任を押し付けたりなんかはしませんよ」

 

「それでもお前自身に……」

 

「気にしないで下さい、それ(気遣い)は私みたいなのには必要ないものですから。笑う棺桶も言っていたようにあの人たちと私には本質的にそこまで大きな隔たりはありません。どちらも人を殺すことを躊躇わない狂人のようなものなので」

 

「……だが」

 

「だがもくそもないですよ。実際私はどうしようもない破綻者(人斬り)です。実際、周りの方々の反応は正しいと思いますよ」

 

「……お前は人を殺したくて、愉悦を感じてそれを行ったのか」

 

「そういうわけはないですが……」

 

 義兄からの問いかけに言葉が詰まる。

 

「少なくともお前から望んで人を斬っていったようには見えなかった。お前は本当に殺人を望んでいたのか?」

 

「別にやりたくてやったわけじゃないですよ。人を殺すのが好きなんてわけじゃありません」

 

「なら「ですが──

 

「私に欠落している部分があるのには変わりありません。躊躇なく人を斬り捨てました。あなただって迷いなく斬りました。必要とあらば斬る……恐らくヒトとしてどこかしら欠けているんでしょう」

 

 そう語るソウジには何の動揺も存在せず、有り体のままであった。それが猶更抜身の刀の如き非人間性を浮かび上がらせる。そんなソウジに茅場は思わず押し黙る。

 

「殺し合いでの主張・主義は無価値、無駄でしかなく生死が全て。大義なんて斬り合いじゃ一文の得にもなりませんし。……それに、ヒトらしい感性なんて斬り合いでは邪魔にしかなりませんし」

 

 こんな価値観や死生観を持っているんです。大衆から弾き出されるのも当然でしょう。

 

「晶彦義兄さんは……」

 

「…………」

 

「こんな手の汚れ切った私を見てどう思います?()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう考えていたのに思わず口から滑り落ちてしまった言葉(気持ち)

 

「それは……」

 

 義兄の悔恨で歪んだ顔を見て自分の言動を振り返る。

 

「すいません、変なこと聞いてしまって……」

 

 なぜこんな言葉が口から出てきたのかも分かりません。

 

「……ソウジ」

 

 当たり前の反応が返ってきただけ。だから、何も感じるようなことはない。

 

 

 

「それで、晶彦義兄さんはもう……」

 

「……ああ、もうすぐ私は消え去る。死者となった者は例外無く死ぬべきだ。私は使用していたVRマシンを使って脳のスキャニングを実行している。精神をデータへと変換し終わったところだ。肉体はそれに耐えきれずもうすぐ死亡するだろう」

 

「……そうですか」

 

 何か言おうと思いながら、それでも、そう言うしか無い自分が嫌になる。

 

「……お前は泣いたりしないのだな」

 

「そんな偽善じみたことはしませんよ。自分の手で殺したんですから……そんな資格なんてありませんし」

 

 私の言葉に顔を翳らせながら義兄は目を閉じる。

 

繋ぎ止めれなかったのは私も同じか……

 

「……どうしました?」

 

「いや、何でもない……とうに過ぎてしまった過去のことだ」

 

 そうして話し合う間にも刻一刻と時間は過ぎ去っていく。どこまでも広がる空を鮮やかに照らしつける夕日が終わりを示している。

 

「もう時間ですかね」

 

「…そうだな」

 

 ──私は現実へ戻るのでしょう、この義兄の亡骸を鋼鉄の城が浮かぶこの世界に残したまま

 

 そう感じた瞬間、自分でも理解できない何かに体が突き動かされる。このままでは彼を置いて行ってしまう、と。

 

「………晶彦義兄さん、私はどんな形になったとしてもいつか、義兄さんの夢の果て(100階層)に絶対行きます。これが私と義兄さんとの約束です」

 

 何をどう読んだらこの返しになるのかもわからない、支離滅裂な勢いだけの口から零れ落ちた約束

 

「……ああ、了解した。その時を楽しみにしておこう」

 

 私の言葉に一瞬驚いたのか目を見開いた後、顔を少し緩ませながら義兄は頷いた。

 

「……そろそろ別れの時だ」

 

 私の体が先ほどと同じように粒子に包まれる。長きに渡って牢と化していたこの世界から私は解き放たれようとしていた。

 

 結局私は義兄とは分かり合えないまま斬り合いの果てへと行き着いた。もうすぐ別離する目の前の義兄に何を伝えたいのか、聞きたいのか自分でも思考が纏まらない。

 

 

 

「貴方には……この世界がどう映りましたか」

 

 それでも口から出てきたのはこの言葉だった。製作者(義兄)が私たちが過ごしたこの世界(もう一つの現実)をどう感じたのか。義兄はこの世界に何を見たのだろうか。

 

「道半ばで終わってしまったが、ヒトという存在の可能性の一端を垣間見ることができた。……それに、ここでの生活やお前という弟と過ごした時間も決して悪いものではなかった。

 

 

 

 

ゲームクリアおめでとう、ソウジ、いや()

 

 ──そう小さな笑みを浮かべて告げられた言葉を向けられような価値は私にはない。込められた言葉の意味が理解できるからこそ、私は同じだけの気持ちを返せない。

 

 そう言い残して義兄は消え去った。義兄(死者)(生存者)は互いにあるべき場所へと還る。もうこの先境界を越えて交わることはない。一人となったこの世界で別れを告げる。

 

「さようならです、義兄さん」

 

 ──私はそんな感情を向けられるべき存在ではないですから

 

ーキリトsideー

 

 

 茅場と話している間にも時間は進み最終フェーズの実行を待つだけとなった。アスナとこの景色を眺めていると突然茅場が口を開く。

 

「ソウジ……沖田怜は私の義弟だった」

 

「「……!」」

 

 意識外から放り投げられた爆弾に頭がショートしそうになる。

 

「……ということはソウジ──怜は義兄さんと……そんなことって」

 

「……ああ、そういうことだ」

 

 アスナがそんなことは認められないと顔を顰める。

 

 ──あいつはあの状況で義兄を……俺ならば出来ただろうか、直葉に手をかけるなんてことを

 

 そして何より義兄に向けていたあの殺意……ソウジがどういう人間なのか分からなくなってくる。

 

「……できるならでいい、あの子を支えてほしい」

 

 相変わらず唐突に放たれる言葉に追いついていくので必死になる。

 

「……一体どういうこと?」

 

「あの子は守るべきものも信じるべきものも失って、いや……」

 

 茅場は過去を省みるように言葉を紡ぐ。

 

「ともかく、私はそれに気づけなかった……いや無視していたのかもしれない。その歪みを、見間違いだろうと」

 

「「………」」

 

「それでもあの子は進み続けた。余分とするものを切り捨て、削ぎ落し、投げ捨てて……」

 

 茅場はそこで言葉を止めこちらに向き直る。

 

「だから、どうか彼を引き留めてくれ。……こんなことを言えた立場ではないが」

 

 そんな言葉を投げられた。正直思うところがないわけではない。

 

 ──ソウジのことがあるならこんなことをするな、だとか何をすればいいのか具体的に話せだとか

 

 それでもそんな気持ちはいったん置いておく。

 

「ソウジは今でもどんな奴なのか俺には分からない。……それでもあいつは確かに俺の親友だ。見捨てたりなんか絶対しない」

 

「……そうか、礼を言う」

 

「勘違いするな、あんたに頼まれたからじゃなくソウジが友達だからすることだ」

 

「……そうか、余計な言葉だったな」

 

 茅場は俺の返答に珍しく笑みを浮かべながら別れの言葉を告げる。

 

「もうじきこの世界は終焉を迎える。……最後に──ゲームクリアおめでとう。キリト君、アスナ君」

 

 それはかつて憧れていた人物からの賞賛であり、この長い旅路の終わりを示す言葉でもあった。

 

 それと同時に言葉を残した茅場はそっと笑んで、白金色の光となって消えていった。

 

 

 

 

 この世界に入れるのも僅かな時間だろう。2人だけの静寂が訪れる。

 

「思いのほかあっという間だったな。二年間って」

 

「そうだね。……でも、ここで君と出会えたことは私は一生忘れられない」

 

「そうだな、俺も君とここで過ごしたこの二年間はずっと記憶に残るものだ……」

 

 そうして二人で体を寄せ合いながらこの世界の思い出に浸る。

 

「ソウジ、怜のことも頼まれたしな」

 

「……きっと、君となら大丈夫」

 

 お互いの手を握り合い目をまっすぐ向け合う。

 

「そうだな、また会おう明日奈」

 

「うん、またあおうね和人くん」

 

 確かに自分の手の中に存在する温かみを感じながら別れの言葉──そして出会いの言葉を交わし合う。

 

 そして視界は白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──アインクラッド編完結──

 

 

 next  ──フェアリー・ダンス編──

 

 

 

 




主人公は必要とあらば冷徹な人斬り()へと変貌し、例え親しい人であろうが斬り捨てる。戦いの中では己も含めて死というものに関して極めてシビア、生まれ持った非人間性と一般的で人間味のある感性が入り混じり、もがき苦しみながらも前に進んでいく。そんな人間です。


茅場さんはこの回で人間味をつけたかったな、と。自分の夢を捨てきれずに走り切っちゃった人だけど後悔や未練も残っている。不器用だけど優しい親戚のお兄さん。そんな感じで描写してみました。


あと元々の人の必殺技はあんな感じとなりました。矛盾や違和感があるかもしれませんがどうか御勘弁を。




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