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辺りが沈黙に包まれていると一番に再起動を果たしたのかシルフ領主であるサクラさんが事情を尋ねてきます。
「すまないが……事情を説明してもらえるか?」
「ええ、勿論ですよ。私も話そうと思っていたところでしたし」
道中のサラマンダーの襲撃やそれに執行部のシグルド関与していたという裏切り、その情報提供者からリーファを経由して領主襲撃の企みを知ってここまで駆け付けてきたこと。最初から最後まで全てを説明し、その説明が終わるとサクヤさんは少し表情を曇らせながら溜息を吐きました。
「はぁ、そうか。ここ何カ月か、シグルドの態度に苛立ちめいたものが潜んでいるのは薄々私も感じていた。だが、独裁者と見られるのを恐れ合議制に拘るあまり、彼を要職に置き続けてしまった……これが仇となったな……」
「サクヤちゃんは人気者だからねー、そこんトコロが辛いヨね」
「苛立ち……というのは、サラマンダーの勢力拡大に対し、シルフが遅れを取っている現状についてですか?」
私の疑問に、サクヤさんは首を縦に振って頷きました。サクヤさんは自分の考えを纏めるように言葉を紡ぎます。
「その通りだ。かつてサラマンダーは、シルフ領主を討ち果たしたことで全種族の中で抽んでた勢力をもつに至った経緯がある。ただでさえ差が開いている現状にあって、向こうはグランド・クエスト達成に最も近いとされている。上昇志向の強いシグルドには、我慢できないものだったのだろう」
「成程………前領主のせいで自分の成功の道は閉ざされ、サラマンダーが自由に空を飛び回るのを指を咥えて眺めるしかないという状況は彼にとっては我慢ならないことだったんでしょう。だからといって一ミリも同情する気にはなりませんが」
「ああ、全くだな」
「ソウジ、ならどうしてシグルドは憎き敵であるはずのサラマンダーのスパイなんかしてたんだ……?」
「もうすぐ、《アップデート5.0》が更新されるんです。そのアップデートで、《転生システム》が実装されるらしいんですよ。シグルドはそれでサラマンダーに転生し、転生後のサラマンダーでの地位をモーティマに約束されたんだと思います。あ、モーティマはあのユージーン将軍と実の兄弟で尚且つサラマンダーの領主という人物です。まぁシグルドの約束を履行されるかは怪しい所ですが……」
私がキリトの質問に答えている間サクヤさんは口を閉ざし、何かを考えていました。
「アリシャ、確か闇魔法のスキルを上げてたな。シグルドに《月光鏡》を頼む」
「いいけど、まだ夜じゃないからあんまり長く持たないヨ」
「構わない。すぐ終わる」
アリシャさんは頭の上にある獣耳をぴこぴこと動かし、詠唱を開始する。
刹那、周囲が暗くなり、降り注いだ一筋の月光が、円形の鏡を形作り、波打った表面に景色を映しだします。そこはシルフ領主館の領主執政室で、鏡には本来なら領主が腰掛ける椅子に座り、両足を卓上に乗せて、ワイン片手に優雅に目をつむっているシグルドが居ました。
「シグルド」
鏡に向かって、サクヤさんが話しかけると、シグルドは驚いたように飛び上がり、目の前にある《月光鏡》に気づきます。
『さ、サクヤ!?』
「ああ、そうだ。残念ながら、まだ生きているよ。会談も無事に終わりそうだ。それに予期せぬ来客もあったしな」
『なぜ……いや………それに客だと…………』
シグルドは、しどろもどろになり冷や汗を垂れ流しながら訪ねます。
「ユージーン将軍が、君によろしくと言っていた」
『なっ!?』
そして弁明のため言葉をどうにか口にしようとするも、目線が私たちに合うと全てを悟った様子で腰を席に着けます。サクヤとアリシャ・ルーの二人の領主の生存に加え、ユージーンの来訪という情報。これらが意味することはシグルドの野望が潰えたことに他なりません。憎々しげに歯を食いしばりつつ、悪びれもせずこちらに聞き返してきます。
『……無能なトカゲ共め!………で、俺をどうするんだ、サクヤ?懲罰金か?それとも、執政部から追い出すか?だがな、軍務を預かる俺を追い出したらお前の政権だって……』
「いや、シルフでいるのが耐えられないなら、その望みを叶えてやることにした」
『なっ!』
サクヤさんは領主専用の巨大なシステムメニューを操作していく。すると、怪訝な顔をするシグルドの目の前に青いメッセージウインドウが出現します。一通りメッセージに目を通したシグルドは血相を変えて立ち上がりました。
『貴様ッ………!正気か!? 俺を…………この俺を、追放するだと……!?』
「ああ、至って正気さ。
『ふざけるな!こんなのは不当な権力行使だ!GMに訴えてやる!』
「好きにしろ。さらばだ……シグルド」
サクヤさんのその言葉を最後に、抵抗を試みていたシグルドの姿は消えました。アルンを除くどこかの中立都市にランダム転移したのでしょう。そこで、アイシャさんが発動していた《月光鏡》を解除しました。辺りを包み込んでいた暗闇が徐々に薄れていき、元の夕陽が照りつける赤へと戻ります。
「………私の判断が間違っていたか、正しかったのかは次の領主投票で問われるだろう。礼を言う、リーファ。それに、そちらの2人も。救援に来てくれたのは有り難かった。それとアイシャもシルフの内紛に巻き込んで危険に晒してしまって済まなかった」
「生きていれば結果オーライだヨ。それと私は、アリシャ・ルー!知ってると思うけどケットシーの領主だヨ!改めて助かったよ、ありがとうネ!」
「私は何もしてないもの。お礼なら、このソウジ君とキリト君にどうぞ」
「そうだ。そういえば、君達は一体……」
「ソウジです。余り気にしないでください。こっちのにもちょっとした考えがあってのことなので」
「キリトだ。まぁ今回は殆どなにもしていないが」
自己紹介を終えると、アリシャさんが私に近づきます。
「ところでさ、ウインディーネとスプリガンが同盟って本当なの?」
「まさか、出鱈目言っただけですよ」
あっさりと嘘であることを認めますと、アリシャさんとサクヤさんは口を開いて驚く。
「まさか、あの状況で大法螺を吹くとは………」
「あの状況だとそう言うのが一番サラマンダーを追い返しやすいと判断しただけです」
「一切動揺も見せずにはっきり言い切る君の胆力には驚かされちゃったヨ。それにしても、キミ、結構強いね。ウインディーネの秘密兵器だったりする?」
「う~ん、どうでしょう。それと私、御二人にお願いしたいことがあるんですよ。私は今フリーなのでで出来ることが限られちゃってるんですよね」
私はそうぼやきつつ二人の方に眼を向けます。
「「……な、本当か!是非とも聞かせてくれ/一体何なのかナ」」
──ん、反応は上々といったところですね。
「今回の同盟の究極的な目標は世界樹攻略のためですよね」
「ああ……まあ、そうだなな。二種族共同で世界樹に挑み、双方ともにアルフになれればそれで良し。片方だけなら、次のグランド・クエストも協力してクリアする、というのが今回の条約の骨子だが」
「私とキリトは世界樹を目指しているんですよんね。出来ればその攻略に同行させて貰えますか」
「同行は構わない。というより、こちらから頼みたいくらいなのだがな……」
「同盟を締結したとはいえ、まだまだ課題は山積みなんだヨ。装備や人材を揃えるのにも、時間がかかるしネ」
「成程。やはり部隊を動かすとなったら大量のお金が必要となりますよね」
そう言うと私はキリトに視線を送ります。私の言わんとすることに気づいたキリトは軽くため息をつきつつウインドウから大きな革袋をオブジェクト化させこちらへと歩いてきました。
「今回俺はついてきただけだからな。これを資金の足しにしてくれ」
キリトが差し出した袋を受け取ったアイシャさんはその重さに一瞬ふらきつつも中身を覗きます。すると眼を丸くして
「さ、サクヤちゃん、これ…………」
「な、これら全てが十万ユルドミスリル貨………いいのか?一等地にちょっとした城が建つぞ」
「構わない。俺にはもう必要ないものだからな」
キリトは何の躊躇もなく頷きます。サクヤさんとアイシャさんは頭の中で概算を見積もりつつ顔を上げます。
「……これだけあれば、殆ど目標金額に達したようなものだヨー」
「これだけの金額があるなら1日もあれば準備が整いそうだ。至急装備を揃えて、準備が出来次第連絡させてもらう」
二人とも満足そうな表情を浮かべています。
「今回は本当に助かった。ありがとう、ソウジ君、キリト君、リーファ。私がサラマンダーに討たれていたら奴らとの格差はいよいよ決定的なものになっていただろう。今後のことがなければ是非とも領内へ招いて礼をしたかったんだが………」
「コッチにも是非寄ってほしかったんだけどナー」
「お気持ちだけ受け取らせて頂きます。それとお礼は同じくフリーのキリトの方にしてあげてください。彼程の協力者がないとここにたどり着けたかも危うかったですし」
すると、悪戯っぽい笑みを浮かべ、アリシャさんがキリトの右腕に抱き付きました。
「へぇ、ユージーンをけちょんけちょんにしたキミがそれ程高く評価するんだ………フリーならキミ、うちで傭兵やらない?3食おやつに昼寝付きだよ」
「へっ?」
「おいおいルー、抜け駆けはよろしくないぞ。」
そう言って、今度はサクヤさんが左腕に抱き付いていきました。
「彼は元々シルフの救援に来たんだ。優先交渉権はこちらにあると思うがな。キリトと言ったかな………どうかな、礼を兼ねて攻略後、スイルベーンで酒でも……」
「あー!サクヤちゃん、色仕掛けはんたーい!」
「人の事言えた義理か!密着しすぎだお前は!」
ワイワイと騒ぎながら、キリトを引き抜こうと揉める領主と、その間で引っ張り合いにされるキリト。
──うーん、顔を真っ赤にして満更でもなさそうです………またアスナへ伝えないといけないことが増えましたね
こんなキリトが聞いたら即座に取り下げを願うようなことをソウジが考えていると、リーファが顔を真っ赤にしながらキリトの服の袖を引っ張りながら叫びます。
「ダメです!キリト君は私の………」
三人の視線が集まると同時にリーファが固まります。
「え、いや、これは………あの、その……ええと」
適切な言葉が出ずにしどろもどろになっているリーファを見て、軽い笑いを滲ませながらキリトが口を開きます。
「お言葉は有り難いのですが……すみません。俺は彼女にアルンまで連れて行ってもらう約束をしているので」
「いや、キリトそこで「全くコイツは……しょうがないなぁ」みたいな雰囲気出して話そうとしても、さっきまであんな表情してた人が言うだけカッコ悪いですよ」
「な、ソウジ!それに、俺はデレデレなんかしてないぞ!」
「私はデレデレしたなんて一言も言ってないですけど自覚があって何よりです。「……」御二人とも私たちはそろそろ世界樹へと向かうので引き抜きは世界樹攻略後にお願いします」
「む……そうか、それは残念」
「ソウジ君はガードが高すぎるんだよナ、キリト君だったらいけそうだと思ったのに………」
二人とも残念そうな表情を見せつつ、サクヤさんはリーファに視線を向けます。
「アルンに行くのか、リーファ。物見遊山か、それとも……」
「領地を出るつもりだったんだけどね………いつになるか分からないけど、スイルベーンに帰るって約束するわ」
「そうか。ほっとしたよ。必ず戻ってきてくれよ……出来れば彼らと一緒にな」
「途中でウチにも寄ってね。大歓迎するヨー」
両種族は合図されると会場を片付けていきます。
「何から何まで世話になったな。君たちの希望に極力添えるように努力することを約束するよ、ソウジ君、キリト君、リーファ」
「役に立てたのなら光栄です」
「連絡、待ってるぜ」
サクヤさんと互いに握手をしていきます。
「ソウジ君、攻略が終わったなら是非ともシルフ領に来てくれ。礼をしなくてはならんからな」
「うーん、考えておきますね。キリトにも言わなくて良かったんですか?」
「あっちはリーファがご執着みたいでな………それに君は個人的な興味もある」
そんな会話をしているとキリトがアイシャさんとの挨拶で慌てふためいています。リーファも頬をひくつかせていますし……
「ま~た何かやってますよ……」
「ふ、そうだな。君には世話になった。また会おう」
そうして二人の領主を先頭に翅を広げて光を帯びながら、夕日に染まる西の空へと飛び立っていきました。配下のプレイヤーたちも綺麗に纏まりながらこの地を去っていきます。彼らの姿が見えなくなるまで私たちは無言で見守っていました。
何やらリーファとキリトが良い雰囲気を醸し出していますが、アスナのことを考えると如何するのがいいんでしょうか……そんな風に私が考えていると、ユイちゃんが飛び出してきて
「まったくもう……浮気はダメって言ったです、パパ!」
「わっ!」
そうでした、ユイちゃんがいましたね。胸ポケットにから頬を膨らませながら飛び出した彼女は、キリトの頭の周りをぐるりと飛ぶと、左肩に乗りました。それに驚いたリーファは、咄嗟にキリトとの距離を取ってしまいます。
「領主さんたちにくっつかれたときドキドキしていましたね」
「男ならしょうがないだろ!第一ソウジが余計なことを言ったからだろ!」
「人のせいにするのは感心しませんね。そもそも貴方がいないとユイちゃんのナビゲートが機能しないでたどり着けなかったというのは事実ですし。それに貴方も役得って喜んでたじゃないですか」
「………………………」
微妙な空気が漂い始めたところでリーファが我慢できなくなったのかユイちゃんに訪ねました。
「ね、ねえ!ユイちゃん、私はいいの?」
「リーファさんは大丈夫みたいです」
「な、何で………?」
「うーん、リーファはあんまり女の子って感じがしないんだよな……」
遂、本音が漏れたようなキリトの台詞……
「キリト、それはあまりにもデリカシーに欠ける発言じゃ………」
「ちょ……な……一体それどういう意味よ!?」
案の定リーファが剣に手を遣りながらキリトに詰め寄ります。
「あ、えーと………いい意味で親しみやすいってことさ。そ、そんなことより早くアルンまで飛ぼうぜ!日が暮れないうちによ!」
「そんなことって………ちょっと失礼過ぎませんかね……」
「あ、こら、待ちなさい!!」
一目散に世界樹を目指して加速していくキリトを、私とリーファは後ろから翅を震わせて追いかけます。
ーアスナsideー
ALOの中心に聳え立つ世界樹の頂上には捕らえたものを逃がさないための牢獄にも見える、金色に輝く鳥籠が存在した。その中に置かれたベッドの上に、一人の少女が横たわっている。天頂に固定されたままかと思われた偽りの太陽も地平線に沈みつつある様子をじっと見つめていた。
──そろそろかしら………
日の傾きを見るに、前回のオベイロンの訪問から五時間以上経過したのは間違いない。現実世界での時間は恐らく真夜中過ぎだろう。
加えて、ごく一部の部下と共に秘密裏に違法研究まで行っているのだから、自由に行動できる時間は非常に少ないことが容易に想像出来る。また、変なところでこだわりのある須郷は自分から決めた一日の予定を崩すことを非常に嫌がることもこの部屋を訪れた際の愚痴から把握していた。あの男の本性を見抜けないどころか重役に取り立ててしまった自分の父親を少し残念に思ってしまう。
──ここには気が遠く成程閉じ込められたけど、それも今日で終わり。
状況を分析し今日須郷がここに訪れることはないと判断し、監視の目がないことを祈りつつベッドから起き上がり、タイルに足をつけドアを目指す。
ドアへたどり着くと、この鳥籠から脱出するべく暗証番号入力板へと指を滑らせ数字を打ち込んでいく。この暗証番号は、無論オベイロンに教えてもらったわけではない。オベイロンが立ち去る際、暗証番号を入力するところを鏡を利用して覗き見して覚えたのだ。
この世界の鏡は物理法則に従ったものではなく、プレイヤーに配慮されたものとなっており鏡を通して見れば現実世界以上にくっきりと視認することができたのだ。一つ一つを口にしながら慎重に指を動かす。ボタンを押し込む音しか聞こえない状況に緊張感が高まっていく。
「……3……2……9」
やがて祈りながら最後の一つを押し込むと同時に、扉が一際大きな金属音を響かせながら開いた。その拍子に愛してやまない彼の仕草が咄嗟に出てしまった自分に苦笑しつつも、巨大な幹へと曲がりくねりながら伸びる枝を力強く見据える。他の世界でもそうしたように確かな決意を持って足を進める。後ろを振り返ると扉は自動で閉まり、新緑の葉に覆い隠され殆ど見えなくなっていた。
「和人君……私、頑張るからね」
世界樹の枝は想像していた以上に長大で数百メートルは歩いただろうにようやく半分進んだかどうかの距離だった。あの性格からしてログアウトに使用するシステムコンソールも鳥籠の外のそう遠くない場所に設置しているに違いないと踏んだのだが当てが外れた。
セキュリティの面からも厳しい戦いになりそうだがもう囚われの姫となるわけにはいかない。今もここを目指しているであろう想い人のことを思いを馳せながら前進を続けた。