原神ヤンデレ短編集 作:バーバラ親衛隊第12号
この感情を一言で片付けるのならば。醜い嫉妬、で終わる話なのだろう。
結局、私は選ばれなかった。家の事情であるとか、剣の実力であるとか、国での立場であるとか。そういう諸々を抜きにして、ただ一人の女の子、"バーバラ"として、お姉ちゃんに負けた。ただ、それだけのこと。
それ自体に文句はないし、お姉ちゃんが幸せになることは、本来であれば純粋に喜ばしい。私としても剣ばっかりのお姉ちゃんが結婚できるのかどうかはずっと心配していたことだし。まあ、いざとなればお母さんたちが無理やりにでも見合いをさせていたんだろうけど。
「おめでとう、お姉ちゃん!」
「ああ、ありがとう、バーバラ」
教会。純白のドレスに身を飾るお姉ちゃんは本当に綺麗で、可愛くて。これが普段前線で魔物をバッタバッタ切り倒しているなんて、妹である私ですら信じられないぐらい。足も細く腕も細く。でも確かに鍛えられている特有のしなやかさがあり、美しい。
そうして、その後ろで幸せそうに佇むタキシードを着た彼も。また、あの日の記憶と変わらない、無邪気な笑みを浮かべていた。
「君も、おめでとう!」
「ありがとう、バーバラ」
一つ違うとすれば、あの優しさを向けられる先が今後私ではなく、お姉ちゃんになる、ということだろうか。無論彼に限って対応が悪くなるわけではないだろうが、それでも、唯一無二の感情を向けられることはもう、二度とない。
寂しさが。虚しさが、キュッと胸を締め付ける。
今日の私は神職者。二人の幸せを祝福するための、大事な役割を持った人間。こんな邪念を抱くことなんて、許されるはずがないのに。新婦に醜い感情をぶつけることなんか、許されていいはずがないのに。
「それでは二人とも、誓いのキスを!」
あくまでテンションを上げ、絶対に内心を悟られないように。"アイドル''として、作り上げられた仮面を全力で顔面に押さえつけ。思い浮かべることすら悍ましい、そんな単語をなんとか口にする。
キャーキャーと騒ぐ外野を他所に、二人は顔を見合わせ、そして───。
まるで、私が立つ地面だけ一時的に別の世界に隔離されたかのように。私はあくまで蚊帳の外なのだと、そう決定づけられるかのように。
時間にして、僅か数秒。爆発的な歓声が上がる中、私はただ一人、別の世界で佇んでいた。
☆
聖職者としての私は、意外に忙しい。日々の教会の業務に、元素を利用しての負傷者の治療。アイドルとしての活動。
他のシスターさんたちも十分頑張って働いてくれているけれど、私にしかできない仕事が多い以上、負担が集中するのも仕方がないことなのだろう。
実際、この忙しい日々は私にとってちょうど良かった。少なくとも仕事に忙殺されている間は、あの人たちのことを忘れることができる。西風騎士の鎧を見るときだけは、どうしても醜い感情を抱いてしまうのだけれど。
「バーバラさん、急患です!!」
ヒルチャール、アビス、トリックフラワー。神の目を持つ者ならまだしも、普通の騎士が一人でかかれば大怪我を負うことも、あり得ないわけではない。
実際、そう言った大怪我をした人間を治療した経験も、豊富とは言えないまでもありはする。
故に、今まで通り。マニュアル通りの治療を行うのだろう、と。そう思っていた。
「……!?」
彼だった。身体は酷い霜焼けに襲われており、所々に焼け焦げたような痕がある。担ぎ込んできた西風騎士曰く、アビスの詠唱者3体相手に大立ち回りを演じ、見事に勝利。しかし、その代償として大怪我を負ってしまったのだと言う。顔も焼け爛れており、彼に近しい人間でなければ気づくことはできないであろう。
非常にまずい。これは、治療の一瞬の遅れが命に直結しかねない。
騎士を外に出し、治療を開始する。一心不乱に、神に祈ることすら忘れながら。私の全力を以て。
結果として、治療は成功した。彼の命は繋ぎ止められ、浅いながらも呼吸は安定している。身体中に傷の痕は未だ残るものの、一生物ではない。放っておけば、いずれ消えることだろう。
……。……。…………。………………。
☆
「バーバラさんへのプレゼント、ですか……」
「はい、何を渡せば良いのか……」
「そう、ですね。私が思うに、大事なのは物ではなく心だと思います。特に、バーバラさんのような方であれば余計に」
「心……」
モンドでは最近、バーバラが拾ってきたという記憶喪失の青年が良く話題に上がっている。誰に対しても親切であり、剣の腕も良い。尚且つ酒癖が悪いわけでもなく、かと言って全く飲まない訳でもなく。
誰に対しても付き合いがいい。青年の評判が上がるのに、そう時間は要さなかった。
「バーバラさんとの進捗はどうですか?」
「……中々」
「んだよ、頑張れよ坊主! 俺たち親衛隊もお前ならってことで見守ってやってんだからよ!」
「あはは……」
敵意はどうしても隠せていないが、彼らが直接妨害行動に出ないだけで青年への信頼度の高さが見て取れる。
マージョリーと話を進める青年の周りにはどんどん人が集まっていく。エンジェルズシェアにて昼間から酒を飲んでいる男、以前彼にヒルチャール集落で助けられた西風騎士、重い荷物を運んでもらったゲーテホテルのオーナー、彼と仲のいい冒険者のジャック。そして。
「あれ、皆? なんでそんなに集まってるの?」
「ば、バーバラさん!?」
「あれ、マージョリーさんのお店でなにしてるの?」
「え、えーっと、それは……」
ここにいるのは、彼女が愛した少年ではない。彼は青年へと成長する過程で彼女の元を離れ、他の女の元へと旅立っていった。彼が自分を愛することはない。それはバーバラも理解したし、諦めもついている。
恋は一度終わり、そうしてまた、始まる。それが、どんな形であろうとも。
モンドの守護者は立ち直り、過去に別れを告げ、再びその歩みを進めた。聖職者は新たな恋を見つけた。男は過去を忘れ、新たな人生を歩み出した。その身体が再び傷つけられることは、もうない。
これは、紛れもないハッピーエンド。誰一人不幸にならない、理想的な終わり、そして、始まり。
影からその様子を見守る不真面目な聖職者は一つ息を吐く。
いつか必ず崩壊が訪れる仮初の幸せ。日常。平和。
それから、目を背けるかのように。せめてもの安息が、青年と、そして。壊れた一人の少女に訪れるように。少しばかりの願いを込めて、手を組んだ。
ハピエンです!めでたしめでたし!