閃乱カグラ -芽生えの少女-   作:影山ザウルス

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日影と決着 後編

陽はこんなに階段を上ったのは初めてだった。せいぜい学校の一階から三階まで昇るのが日常的で、それですら体力的に厳しいものがある。だが、今、彼はその限界を超えた階数を階段で昇っていた。この騒ぎで院内が停電になってしまい、階段の使用を余儀なくされた。

しかし、遂に体力的な限界に達した。医院長室は目前ではあったが、もう動けなかった。

陽は階数を確認した。医院長室まであと三階分ある。現在の階には薬品の保管場所がある。

 

「何かあるかな……」

 

陽は呼吸を整え、保管場所を目指した。先程の妖魔化した患者達の数からして、おそらく入院中の患者は全て妖魔化したのだろう。院内は耳が痛くなるほど静まり返り、下の方から戦闘の音が微かに聞こえてきた。

薬品の保管場所に到着するとドアノブに手を掛けた。こういった危険物や取扱いに注意が必要なものが保管されている部屋には大概鍵がかかっている。

 

「ダメ元ダメ元……」

 

陽はドアノブを捻った。ドアは開いていた。不思議に思いながら恐る恐るドアを開けて、中に侵入した。

中は暗闇だったが、一点だけ懐中電灯に照らされて明るくなっていた。そこには明らかに何者かによって用意されたであろう注射器と筋弛緩剤の小瓶が置かれていた。

 

「まるで、使えって言われてるみたい……」

 

陽は医者の息子だが、注射器の使い方は知らないし、筋弛緩剤の適量も知らない。だが、過剰に投与すれば人を死に到らしめることぐらい知っている。とにかく注射器に入るだけ筋弛緩剤を入れて、保管場所を後にした。

 

 

この時、陽は急いでいたために気付いていなかったが、保管場所のドアノブは内側から壊されていた。まるで、鋭利な刃物で斬り裂かれたように。

 

 

 

 

下からは爆発音。上からも大きい衝撃が複数回伝わってきた。それだけで戦闘の凄まじさが窺える。しかし、陽が最上階に到着する頃には静まり返っていた。既に戦闘が終了してしまったのだろうかと思案するが、見た方が早い。

陽は昇り終わった階段からすぐに医院長室に向かった。手に持った注射器を確認して、勢い良くドアを開けた。

 

「日影!!……さん?」

 

まず目に飛び込んできたのは身長が3メートルはあろう大男。いや、それ以上かも知れない。濁った青色の肌と肩には蒸気を噴き出す煙突のような器官がある。下で見た狐面の忍と比べて禍々しさも、帯びている雰囲気も違う。本能を忘れて久しいはずの人間だが、陽は大男を見た瞬間、全身に『逃走』の信号が走った。しかし、理性がその信号を実行に移させなかった。なぜなら、大男の足下に日影が横たわっていた。上着が半分破れて、水着に覆われた片方の胸が露になっている。ジーンズも同様に破れて、傷を負った脚が露になっている。

陽の脳が理性と本能の意思を総合的に判断して、弾き出した答を全身に信号として送った。答は『日影を助ける』。そのための行動は『注射器を使う』だった。それ以外に武器は無い。戦う技術も無い。

陽は大男に向かって突進し、注射器を射した。

 

「むっ?」

 

大男がようやく陽の存在に気づいたように振り向いた。紅い瞳が陽を捉えて離さない。

 

「ハハハハハハ!!!!これはこれは、王子様のご登場か!!」

 

とても人間とは思えないその容姿でハッキリと人語を話す大男。初めて見る顔だが、何者かは見当が付いている。

 

「あ、あんたが、道元か!?日影さんに何をした!?」

 

「ハハハハハハ!!この女は元々私の"所有物"だ!!何をしようと王子様には関係あるまい?」

 

 

陽が医院長室に現れる少し前のことだ。

日影は道元を倒したと思っていた。狂乱状態での秘伝忍法でトドメを刺したと油断しきっていた。しかし、ものの数秒で道元が立ち上がり、反撃に出たのだ。

自らに傀儡の術を施すことによって、思考と行動のタイムラグを極限まで"0"に近づけた。つまり、攻撃のイメージをするだけで勝手に体が動くのだ。そのイメージに合わせて道元の体内の妖魔が力を増大させた。容姿の変化はそのためだ。

道元は日影を痛め付けるイメージをして、それが実行された。巨大な拳を下から上に振り上げて、日影を殴り飛ばした。続いて、宙に浮いた日影に向かって突進して、飛ばされた先に先回りすると再び突進して吹き飛ばした。それを数回繰り返し、日影が力無く床に横たわったのを確認して現在に到る。

 

 

「安心しろ、この女はまだ生きている」

 

陽は日影に視線を向けた。虫の息ではあるが、確かにまだ息がある。相当な重傷のはずだが、まだ確かに息があるのは修行の賜物だろう。

 

「殺してしまっては"玩具"としての質が落ちるからな。ハハハハハハ!!!!」

 

道元が先の尖った無駄に長い舌で自分の唇を湿らせながら嫌らしく笑った。

脳裏に体の限界を超えて弄ばれる日影の姿が過った。ただのイメージでしかないが、煮えたぎる怒りを感じた。武器はもう無い。だが、陽は道元に再び突進した。自分の倍はあろう体格差がある。当然勝ち目は無く、突進した陽は道元に難なく掴み上げられた。

 

「王子様は勇敢だな。それでいて愚かだ。だが、お前が来てくれたのは好都合だ。お前を傀儡にすれば、新薬の入手も可能だろう」

 

「無駄だ……いくら息子でも新薬の入手なんか出来ない。それに僕の誘拐の関与がハッキリしている時点で、あんたの敗けだ!!」

 

道元が新薬を手に入れようと、陽の誘拐の関与が公になるのは間違いない。そのため、道元は然るべき裁きを受けることになる。たとえ陽が死んだとしてもだ。裏工作をする暇も無いだろう。

しかし、道元は陽を嘲笑う。

 

「青いな、小僧。非合法を重ねながらも今まで咎められなかったのは何故だと思う?妖魔の力を使って、半分人体実験のような治療を行っていたのに、裁かれなかった理由は考えたか?裏工作?確かにそうだが、もっと重要なことを見落としている。"需要"だ。この業界で、私のビジネスは需要があるのだよ!!だから、咎められない!!誰も私を裁けない!!」

 

道元の手に力が入り、陽の体を締め上げた。

 

「お前には利用価値は無いだろうが、そうだな……お前の意識を残したまま置物にしてやろうか。毎晩、私があの女を弄ぶ様子の一部始終を見せ付けてやろう!!どうだ?惚れた女が自分以外の男に弄ばれるのを見れるんだ!!お前も高ぶるだろう!?」

 

締め付けがキツすぎて、陽には道元が話している内容はわからない。だが、ろくでもないことを言っているのはわかった。

 

「しかし、解せん。確かに日影は魅力的な女だ。見た目もそうだが、感情が無いこの女を調教する楽しみもある。だが、お前はこの女のどこに惚れた?やはり、たわわに実った胸か?」

 

道元の手から力が緩んだ。

 

「み、見た目に興味が無いって言ったら嘘だ……確かに……魅力的だ……でも、でもな!!感情が無いって言ってる割に、楽しそうにしてたり、嬉しそうにしてたり……嫌なこと言われて嫌な思いをしたり、焔さんの客引きに引っ掛かって嫉妬したみたいになったり……水着を脱ごうとしてからかったり、感情が無いって言ってるのに、感情が上手く表に出せない不器用さが可愛いんだよ!!"本人が聴いている"前で恥ずかしいこと言わせるな、バカ!!!!」

 

狂気に満ちた紅い眼光を放つ日影が、空中でナイフを用意していた。

 

「秘伝忍法・ぶっかけ!!」

 

陽にすっかり気を取られていた道元に向かって、容赦ない数十本のナイフが降り注ぎ、道元の背中にナイフが突き刺さった。

不意の攻撃を受けた直後、道元が陽を日影目掛けて投擲した。日影は何とか陽を受け止めることは出来たが、着地までは上手くいかなかった。

 

「こ、このガキ共が!!もう玩具にするのも止めだ!!消し炭にしてくれる!!」

 

道元が二人に向き直り、両拳を自分の胸の前で合わせた。体内の妖魔の力が両拳に集束していく。凄まじい力の奔流に床や窓に亀裂が走る。

 

「血界の盟約の下に!!喰らえ!!

デウス・エクス・マキ…………!?」

 

道元の視界が揺らぎ、集束していた力は分散して消え去った。

 

「よかった……ちゃんと効いてくれた」

 

陽が勝ち誇ったように微笑む。

道元は自分に何が起きているのか思い起こした。そこでようやく陽が現れた時が自分に何かしたことに気がついた。背中に手を回すとナイフに紛れて注射器が刺さっている。

 

「筋弛緩剤だ!!」

 

「き、きしゃまぁぁぁぁ!!!!」

 

どうやら筋弛緩剤の影響で発声の機能にも影響が出たようだ。陽が用いた量は常人ならば心停止を引き起こす量だ。それでも尚、筋力の弱体化しか起きないのはやはり妖魔の力だろう。効果もどれくらい持続するかわからない。

日影はナイフを道元に向けて歩み寄った。

 

「くりゅな……くりゅなぁぁぁぁ」

 

現状になってようやく道元の顔に恐怖が溢れた。

日影の体から紫色の光が溢れ、残っていたわずかな服も脱ぎ捨てた。忍装束を脱ぎ捨てることで、防御力を著しく低下させる代わり、攻撃力と敏捷性を格段に上昇させる術。その名も"命懸"。加えて、日影は現在狂乱状態でもある。その攻撃力は計り知れない。

 

「秘伝忍法!!」

 

日影はナイフと残っていた小型ナイフを持った。

 

「おおよろこび!!!!」

 

ナイフで竜巻を巻き起こし、道元はその中で全身を切り裂かれた。しかし、道元の体内の妖魔が日影の攻撃を治癒しようともがいていた。傷を負った瞬間から治癒が始まる。

だが、日影も敗けていない。狂乱に加えて命懸状態がもたらす体への負荷など構わず、渾身の力をナイフに籠めた。

 

「終いや!!」

 

道元の巨体がナイフの竜巻と共に天井を突き破った。

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