窓から差し込む温かい朝日。レースのカーテンとそよ風が部屋の中で舞い踊る。
朝のようだが、柔らかいシーツの感触と包み込むようなベッドの感触から起き上がるなんて、彼には出来ない。薄く開いた目を閉じて、朝日に背を向ける。
ベッドの端が僅かに沈み、ベッドの軋む音が来客を知らせる。でも、誰だろうか。
来客は彼の肩を揺らす。彼は背を向けていた朝日の方を向き、薄く開いた目で来客を確認した。
色白というよりは青白い肌。無駄な筋肉も脂肪も付いていない細い体格。そして、胸元が大きく開いたワイシャツを着ている。開いたワイシャツからは今にも溢れそうな胸が、大きい胸が見える。だが、来客の顔はよく見えない。
来客の胸が彼の体に触れるか触れないかの所まで接近し、口元が耳に近づいた。
「早よ起きんと……遅刻するで」
「ウワッ!?」
夢から覚めた陽は薄明かりが差し込む見慣れた自室を見渡す。体にまとわりつく不快な蒸し暑さ。滴る汗。手が届く範囲にある扇風機の電源を入れて、風を浴びる。破裂しそうな脈拍と全身の細胞が貪るように酸素を求めた呼吸も次第に落ち着き、ようやくこれが現実だと認識した。
時間は午前4時過ぎ。もう一度寝ようと思ったが、蒸し暑さと汗のせいで眠れそうにない。それに目を閉じるとさっき夢で見たイメージがフラッシュバックする。陽と接点がある人の中で、夢に出てきた来客の特徴と該当する人は一人しかいない。そう考えると、ハッキリ見えなかった顔が"彼女"に見えて、脳内補正された上でフラッシュバックする。
「余計なことをするな……」
自分で自分に悪態をつく。
「今日から海に行くっていうのに……」
対面式の座席が連なるローカル線。窓を開ければ爽やかな風と共に、海の匂いが混ざっている。
車両の真ん中辺りで日影達がトランプで遊んでいる。ババ抜きをやっているらしく、焔はポーカーフェイスが使えず、未来と熾烈な最後争いを繰り広げている。ちなみに一番早く抜けたのは日影だ。日影は横目で駆け抜ける景色を眺めている。
一方の陽は同じ車両の隅で五人の荷物の番をしていた。幸い、電車は空いていて、座席を一角占領してしまっていることに文句を言う人はいないが、少し罪悪感がある。
「だぁ~!!またババがぁ~!!」
「ニャハハハ!!焔は本当にババに愛されているのね!!」
「汚いぞ、未来!!」
「汚いって、焔ちゃんババ抜きはこういうゲームなのよ?」
「くそ……くそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「焔さん!!他のお客様に迷惑ですわよ!?」
彼女達は夏休みの思い出を楽しんでいるようだ。その一方で荷物番をする陽。家族には友達と海水浴をすると言って、許可を得ている。潮風を感じながら読書するのも、こういう時も無ければ出来ない経験だ。だから、黒子だとしても、陽は現状をそれなりに楽しんでいる。
日影の視線が一瞬、陽の視線と合った。陽は慌てて視線を手元の本に戻す。瞬きの度に、今朝見た夢が余計な脳内補正をかけてフラッシュバックする。そのせいもあってか、若干、読書に集中出来ない部分もある。こんな調子で一泊二日の旅行は大丈夫なのだろうかという心配を他所に電車は目的地の最寄り駅に到着した。
「え?僕どうしたらいいんですか?」
6人が泊まる予定の旅館に着いて早々に春花から陽の分の部屋が取れなかったと告げられる。
「ごめんね~。急いで予約したんだけど、もう部屋がいっぱいで……」
春花は珍しく本当に申し訳なさそうにしている。それだけで悪ふざけではないことがわかった。
「なかなか言い出せなくて……だから、とりあえず寝袋だけでもと思って持ってきたの」
春花は自分の鞄の中から寝袋を取り出した。五人の美少女と一晩同じ部屋で眠るなんて状況を期待していなかったと言えば、それは嘘になるが、野宿は想定していた悪いパターンの一つだ。幸い、この二日間の天気は晴れ。風邪に気を付ければ問題ないだろう。
「まあ、そういうことなら仕方ありませんね。その代わり、キャンセルがあったら教えてくださいよ」
陽は春花から寝袋を受け取った。
「悪いな、陽先輩」
「海にキャンプに来たと思えば大丈夫ですよ」
「よし、じゃあチェックインを済ませたら、早速海に行くぞ!!」
不思議なことにこの五人のリーダーは焔だった。まあ、他の四人には申し訳ないが、リーダーに向いていないと思う。
カラフルなビニールシートを広げ、日除け用のビーチパラソルを広げて、五人の到着を待つ陽。我ながら何でこんなことを引き受けたのだろうかとも思った。しかし、断る理由を考えてみるが、特に断る理由も見つからない。強いてあげるなら面倒だと言えるが、面倒というのを理由に、自分を頼った人達を無下には出来ない。
「お待たせ~」
春花の声がした。
振り向くと日焼けを警戒してか全員ジャージを着て、麦わら帽子を被っている。陽が準備していたビニールシートの上に貴重品とジャージを脱ぎ捨てると日焼け止めクリームを塗り始めた。
「だらしないぞ、お前達!!日焼けがなんだ!!」
焔はスポーツ用品店で買ったビーチバレーの選手が着る水着を着ている。どうやら本気でビーチバレーを使用としているらしく、サンバイザーとサングラスまで装着している。
「焔はもう日焼けしているからわからないだろうけど、日焼けしたら夜の温泉が楽しめないのよ!!」
未来は何故か学校指定の水着を着ている。バイト代はどうしたのだろう。
「もやしも大事ですが、お肌も大事なんですのよ?」
翡翠色の縞模様の水着を着ている詠が未来の日焼け止めクリームを塗るのを手伝っている。
その一方で一人黙々とクリームを塗る日影。
「陽~。私にもクリーム塗って~」
春花はビニールシートにうつ伏せになって、ビキニの背中の紐をほどいていた。焔は既に準備運動中。未来と詠は仲の良い姉妹のようにクリームの塗り合いをしている。日影は一人黙々とクリームを全身に塗っている。手が空いているのは陽だけだ。
「ほら、早く~」
「はあ……わかりましたよ、塗りますよ、塗ればいいんでしょ?」
春花からクリームを受け取り、必要な分を手に取って春花の背中に塗り始めた。
「ん……んあ……ちょっ……もう少し優しく……」
「春花さん、人をからかうのもいい加減にしてくださいよ」
「何よ?私の魅力的な体にクリームを塗れるのよ?光栄に思いなさい。それとも、私じゃ不満?」
「い、いや、そう言うんじゃなくて……」
「うふふ……からかいがいがあるわ~。ついでに脚と前もやってもらおうかしら?」
「いい加減にしてくださいよ!!僕だって男子高校生なんですよ!?」
顔を真っ赤にしながら、陽は乱暴にクリームを塗りたくった。
「ワシも頼めるか?」
日影がクリームを持って、すぐ隣に現れた。日影の水着は焔が着ている水着によく似ているが、胸元に四角い窓があり、そこから谷間を覗かせている。
「え?は、はい。どこですか?」
「背中や。手が届かんからな」
クリームを陽に渡すが、日影は陽を見つめて背中を見せない。
「どうかしましたか?」
「いや、ワシも春花さんみたいに脱いだら塗りやすいんやないかと思って……」
「そのままでいいです!!そのまま背中を向けてください!!」
今朝の夢のせいもあって、日影を直視出来ない陽。手にクリームを取って、柔らかい肌に塗り始める。
陽は視線を日影の頭の方に向けると、日影が振り向いて陽を見ているのに気がついた。
「なっ……なんでしょう?」
「終わったんか?」
「あ、はい。終わりです。お待たせしました」
クリームを返して、手に残ったクリームを自分の腕に塗った。
「日影!!あたしとビーチバレーで勝負しろ!!ババ抜きのリベンジだ!!」
「ああ、今行くで」
「私達も行くわよ、詠お姉ちゃん!!」
「はい!!」
四人は早速ビーチバレーを始めた。春花はパラソルの下でその様子を微笑ましく見ていた。
「あなたも行ってきたら?荷物は私が見てるわよ」
「いや、いいですよ」
「金槌?」
「いや、泳げますけど……」
視線が自然と日影に向いてしまう。
「とにかくいいですよ。春花さんこそ行ってきてください。この旅行だって、春花さんと日影さんのための旅行なんじゃないですか?」
五人にどういう繋がりがあるのかは知らないが、来年の3月には二人は卒業するのだ。
「……それもそうね。じゃ、私も行ってくるわ」
春花も日差しの下に飛び出し、四人の中に入った。陽は若干、目のやり場に困りながらも弾ける少女達の姿を微笑ましく眺めていた。
その後、五人はビーチバレーをしたり、砂遊び始めたり、水鉄砲で水を掛け合ったり、体力が続く限り遊び尽くしていた。むしろ、体力があり過ぎるとさえ感じた。全力で遊び尽くしているはずなのに、たまの水分補給では息一つ乱れていない。
「よう!!兄ちゃん!!」
突然背後から男の声がした。振り向くとバッチリ日焼けした肌と筋肉質な体が眩しい二人組の男がいた。
「な、なんでしょう?」
「兄ちゃん、あそこの可愛い娘ちゃん達のお友達?」
「ええ、まあ……今、荷物番やってました」
「荷物番?じゃあさ、俺達が荷物番換わってやるからさ、兄ちゃんもどっかで遊んできな?」
「いや、遠慮します」
「ハァ?せっかくの海だぜ?兄ちゃんも遊べよ」
相手の表情が曇った。
「いや、いくら親切でも、見ず知らずの人に迷惑かける訳にはいかないので……」
「いいから、換われよ」
少し前にも感じた冷めた空気が包んだ。特別騒ぎを起こした訳ではないが、海水浴場のど真ん中である。若干、周囲の視線も気になった。
「どないしたんや?」
音も立てず、日影が現れた。滴る水滴が太陽の光を反射して、日影が煌めいて見える。一瞬見とれてしまったが、状況はそんな場合じゃない。
「ええと、いや、その……あ!!飲み物ですか!?」
「いや、そうやのうて……あんた、絡まれてるんちゃうかと思って……」
「違うよ、お嬢ちゃん」
「俺達も君たちと遊びたいなって思ってね。それでこのお兄ちゃんに仲間に入れてって話しかけてた所」
「そうなん?そりゃちょうどええわ。今、焔さんがビーチバレーの相手を探しとったとこや。あんさんら、ビーチバレー出来るか?」
二人組の男は笑う。
「いいのかい、お嬢ちゃん?」
「俺達、去年の全国ビーチバレーボール大会で6位入賞したんだぜ?」
「そりゃまた中途半端な」
「まあ、全国はそんなんでも、ここいらじゃ敵無しだぜ?」
「そりゃええわ。焔さんは強い奴と戦うんが好きやからな。ほな、行こか?」
日影に誘われて、二人組はビーチバレーのコートに向かった。全国6位とはいえ、この辺りではかなりの有名人らしい。次々とコートに人が集まり始めた。
「おい、"また"アイツ等だってよ」
「"また"かよ?」
どこからか意味深な内容が聞こえてきた。陽はその内容に不安を感じながらビーチバレーのコートに視線を向けた。
コートでは日影と焔のペアが二人組と対峙している。
「ええ、では、今からチーム・MURASAME対チーム・紅(クレナイ)の試合を行います。よろしくお願いします!!」
ゲーム開始。