「勝者、チーム・紅!!」
急遽行われたビーチバレーの試合は、日影と焔のペアが圧倒的な強さを見せ付けて圧勝した。若干、焔は物足りなささえ感じているようだが、相手は完膚無きまでに叩きのめされて、心まで折れているようにも見えた。
試合は終始日影と焔ペアが主導権を握っていた。日影はいきなり強烈なサーブをMURASAMEの片方の顔面にぶちこんだ。顔面レシーブで辛うじて返ってきたボールを焔がトスして、日影がもう片方の顔面に叩きつけた。
既にその時点で勝負は決まっていたようなものだが、試合は3セット行われ、その間、日影と焔ペアのアタックはMURASAMEに対しての文字通りのアタック(攻撃)になった。
試合終了後のMURASAMEは満身創痍。全国6位の実力者がどこぞの女子高生に体だけでなく、心も自尊心もボコボコにされたのだ。平気でいられるはずがない。MURASAMEは痛む体を庇いながら、その場を立ち去った。
後に聞いた話だと、MURASAMEの二人組はビーチバレーをしている初心者に試合を申し込み、初心者達を完膚無きまでに叩きのめして、二度とビーチバレーをさせないようにしていたそうだ。全国6位という中途半端な実力が二人を間違った方向に進ませたのか、その理由は誰にもわからない。
「お待たせしました~」
陽は大量の買い物を腕にぶら下げて現れた。
チーム・紅の試合終了後。六人は昼食の時間にした。焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、そして、焼きそばの屋台のオジサンに頼んで、焼きそばのそばともやしの比率を逆転させて、特別に作ってもらった"焼きもやし"。オジサンも不思議そうな顔をしていたが、気分が良かったらしく、快く作ってくれた。あとは飲み物を人数分。
「それじゃあ、チーム紅の勝利にカンパ~イ!!」
「「「「「カンパ~イ!!!!」」」」」
六人は円形になり、それぞれの飲み物を中央に掲げた。
焼きもやしは当然詠の分だ。ソースの香ばしい匂いともやしの食感がたまらないようで、ご満悦だった。その隣でフルーツ牛乳を飲む日影。焔は丁寧に箸を使って、焼きそばを食べている。春花と未来はお好み焼きを半分に分けて食べている。
「あ……」
陽は自分の分を買うのを忘れていた。
「すみません。ちょっともう一回買い物に行ってきます。何か他に欲しい物ありますか?」
「この焼きもやしスッゴく美味しいです!!陽先輩も如何ですか!?」
「詠さん、興奮しすぎやで」
陽はそのやり取りに苦笑いして、自分の分を買いに出掛けた。屋台はいくつもあって、焼きそば以外にもいろいろ売っていた。しかし、自分だけ違うのを買うのは気が引けたため、焼きそばの屋台の列に並んだ。
「ちょっと、ええか?」
「うおぉい!?ひ、日影しゃん!?」
背後にいつの間にか日影が立っていた。気配が全く感じられないから、日影には何度驚かされただろうか。
「日影しゃん?」
「あ、いや、ビックリして噛みました……」
「すまんの。驚かせるつもりはなかったんやけど」
「いえ……それで、何か欲しい物でもあるんですか?」
「ああ、さっきのたこ焼きが食べたいんや。あれ、どこにあるん?」
「なら、僕が買って来ますから、皆さんの所で待っててください」
「あんた、並んどるやろ?離れてええんか?」
「また並びますから」
そう言って陽は焼きそばの列から抜け出して、たこ焼きを買いに向かった。
15時を過ぎた頃、ゴミやシートやパラソルの後片付けをして、五人は旅館に向かった。呼吸一つ乱れない無尽蔵な体力を持っていようと、そろそろ温泉も楽しみたいようだ。
「じゃあ、キャンセルがあったら、連絡お願いしますね」
「わかってるわよ」
ジャージを着て、旅館へと向かう五人。その後ろ姿を寝袋を抱えて見送る陽。寂しさが込み上げる。
「さて……どこで寝ようかな」
海岸から徐々に人が離れていき、押し寄せる波の音がよく聞こえる。
陽は寝泊まり出来そうな場所を探して海岸をさ迷った。下手をすれば不審者にも見えなくもない。そんな危うい雰囲気を漂わせながら、しばらく寝泊まり出来そうな場所を探して歩いたが、見当たらない。頼みの綱の春花からの連絡も無い。旅館は満室のようだ。
「少年よ」
突然、誰かに呼び止められた。振り向くと立派な髭を生やした老人が立っていた。釣りをしていたようで、クーラーボックスと釣具を肩から下げている。随分重そうな荷物だが、老人は平気な顔をしていた。
「少年よ。見たところお困りのようじゃな?どうしたんじゃ?」
「えっと……野宿する場所を探していました」
「野宿?君のような少年が野宿とは珍しい」
「ええ、そうですよね……アハハ……」
「少し離れておるが、あっちの方に小屋がある。古いが、一晩明かすことはできるじゃろう」
「え?本当ですか!?あ、ありがとうございます!!」
「いいんじゃよ。では、元気での」
老人は手を振り、歩き去った。歩き去る老人の後ろ姿を見送ると、クーラーボックスを下げている方の肩が上に傾いていた。どうやら釣果は上々だったようだ。
陽は老人に言われた方に向かって歩くと、海岸から少し離れた場所に古い小屋が見えた。ちかづいてみると、その古さ見てとれた。扉は壊れ、壁や屋根には穴が開き、今にも壊れそうだ。
「ま、背に腹は変えられないか」
陽は寝袋を小屋の中に入れて、辺りを散策に出掛けた。そのついでに、どこかで夕御飯を買って食べるつもりだ。
たった半日だが、なんだかいろいろあったような気がする。電車の中で楽しそうに遊んで、海は海で遊び、ビーチバレーでは、全国6位の実力者に圧勝した。あとは野宿でなければ尚良かったが、これはこれで楽しい思い出でもある。海の方に視線を向けると、太陽は水平線の向こう側に沈もうとしていた。
「あそこなら、夕日が見れるかも」
陽は近くの岩場に向かった。そこは遮る物も無く、夕日を見るには絶好の場所だった。しかし、先客がいた。
日影だ。
日影は水着の上にジャージを羽織って、夕日を眩しそうに見つけていた。潮風が吹き抜けると日影は全身に風を纏うように目を閉じた。その姿が綺麗で陽は見とれてしまっていた。
風が止むと日影が振り向き、視線を陽に向けた。どうやら、最初から陽の存在に気づいていたようだ。
「あ、えっと……」
「あんたもこっち来んか?」
「……はい」
陽は滑る岩場に気を付けながら日影の隣に座った。
「綺麗……ですね」
「ワシには、ようわからんけど、そうなんやろな」
「いつも学校でも見てるようですけど、夕日が好きなんですか?」
「好きっちゅうのも、ようわからんけど、昔、日向に会った日のことを思い出すんや」
「日向」「会った」という気になるワードが出てきたが、聞きたい気持ちを飲み込んだ。
「それで、夕日を見てるんですね」
「まあ、そんなとこや。…………ワシもあんたに聞いてええか?」
「聞きたいこと?」
「あんた……なんで野宿させられてまで、荷物番したん?」
「え?なんでって言われても……う~ん……」
陽は返答に困った。
「あんた、ほとんど遊んでへんやん。そんなんで楽しいんか?」
「楽しいですよ。確かに遊んでないですけど、皆、楽しそうにしてて、僕も楽しかったです」
「…………感情っちゅうんは、ほんまに不思議なもんやな」
日影は無表情なままだが、どことなく陽の言葉に感心しているようだった。
「もう1つ聞いてええ?」
「はい。いいですよ」
「あんた、今朝からよそよそしいんとちゃうか?」
心臓をナイフで刺されたような感覚がした。図星だった。今日は日影のことを避けている。そんなつもりはなかったのだが、無意識に避けてしまっていたようだ。それもこれも今朝見た"あの夢"のせいだ。いや、夢を含めて自分自身のせいだ。あんな夢を見る理由もわかっている。野宿をさせられてまで、荷物番に付き合っている理由もわかっている。
陽は視線を泳がせた。日影の口元。手。脚と足。そして、再び目を見る。
「すみません。そんなつもりはなかったんですけど……」
違う。言いたいことはこう言うことではない。
「ええねん、別に。ワシと違って、あんたには感情があるんや。ワシにはわからんこともあるんやろ?」
日影は視線を再び夕日に向けた。その横顔がどこか寂しげに見えたのは気のせいではないと思う。
「……日影さん…………
好きです」
波の音がやけに大きく聞こえた。