閃乱カグラ -芽生えの少女-   作:影山ザウルス

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日影と海 後編

何の脈絡も無く告白してしまったかも知れないと後悔した。きっと「後悔先に立たず」という諺を作った人もこんな気持ちだったのだろう。

陽は日影の横顔すら直視できなかった。男のくせに情けないと思われようと、彼は恥ずかしさと後悔で身動きが取れない。ましてや、相手は感情があるのかどうかも危うい日影だ。陽の告白が通じる可能性は低い。万が一通じていても、フラレる可能性がある。いや、むしろフラレる可能性しかない。だからこそ、陽は後悔している。

突然日影が立ち上がると何も言わずに岩場から歩き去った。日影を追うべきか、追わないべきか、一瞬迷い、追うことに決めて立ち上がろうとした時には日影の姿はなかった。

 

「日影さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。海岸近くのバーでは、MURASAMEの二人がやけ酒をしていた。全国6位とはいえ、この辺りでは無敵だった彼らが、女子高生に完敗したのだ。体もプライドもボロボロに痛め付けられたのだ。飲まずにはいられない。特に日影とかいう方はほぼ確実に故意に顔面を狙ってアタックをしてきた。それだけの精密なコントロールが出来るのならば、真面目に真剣勝負したとしても勝てたかどうか怪しい。

 

「だからって、顔面は無ぇだろ!?」

 

持っていたジョッキをテーブルに叩き付けた。

 

「荒れてるわね」

 

胸の谷間を強調した服を着た美女が大ジョッキを2つ持って現れた。つい今まで苛立ちを露にしていた二人のだが、美女を見た瞬間、その苛立ちがどこかに行ってしまった。

 

「ご一緒してよろしい?」

 

「「ええ!!もちろん!!」」

 

美女は二人の間に座り、持っていた大ジョッキは二人に差し出した。既に十分酔っていた二人は何の警戒心も無く、ジョッキを受け取った。

 

「お姉さんは一人?」

 

「ええ、そうね。……一人よ」

 

美女は少し悲しそうな顔をした。訳ありと判断した二人はその訳に付け入ることにした。

 

「なんか浮かないね」

 

「俺達で良ければ話、聞くよ」

 

「本当?優しいのね…………実は私、蛇総合病院に勤めてるんだけど、そこの仕事が忙しくて、彼氏と逢えないでいたら彼氏が……他の女と……」

 

美女の目には涙が浮かんだ。

 

「ソイツ、マジでムカつく……」

 

「こんな美人を捨てて、他の女作るなんて……」

 

「そんな奴のことなんか忘れようぜ!!ほら飲も飲も!!」

 

「あ、ありがとう。そうね。飲んで忘れちゃいましょ。貴方達も……」

 

「そうだな!!んじゃ、景気付けにイッキ飲み、イキますか!?」

 

「ヤっちゃいますか!!」

 

二人は立ち上がり、互いの腕を交差させて、ジョッキを口に当てた。

 

「その量を一気に飲んだら危ないわよ?」

 

「倒れたら優しく看病してね、看護婦さん」

 

二人はビールに口を付けた。その底に毒々しい紫色の"芋虫"のような生き物が入っているとも知らずに。ビールと一緒に口に入り、舌の上を通ったのにも気付かずに。"芋虫"は二人の体内に侵入した。

 

「ステキよ……この後、三人で"悪いこと"しましょ……」

 

美女は妖しく微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りに付こうとして目を閉じて、何時間くらい経っただろうか。すぐ近くで聞こえる波の音に耳を傾けても、日中の楽しい光景を思い出しても、全く関係の無いことに意識を向けても、陽は眠れずにいた。何かを考えれば考えるほど、頭が焼ききれるように痛む。逆に考えないように意識しても、自分が犯した過ちが自動的に脳内再生されてしまう。

とにかく、陽は眠れずにいた。

夜風を浴びようか。眠くなるまで歩こうか。しかし、どれも面倒くさい。

 

 

 

 

0時を過ぎ、1時を過ぎ、それでも眠れずにいたが、3時を過ぎた頃、ようやく意識が朦朧としてきた。

 

「ゲホッ……」

 

風邪を引いてしまっただろうか。喉が痛くて、体も暑い。重い瞼を開けて、辺りを見渡すと光源の無いはずの小屋が明るかった。朝日かと思ったが、日の出には早すぎる。それにその光源は小屋が囲むように広がっている。

 

「…………火?」

 

光源はゆらゆらと揺れていき、それが火だと気づいた瞬間には、もう遅かった。火が急激に燃え上がり、小屋を包み込んだ。

小屋から逃げ出そうと起き上がるが、寝袋に入っていることに気がつき、慌てて抜け出そうとする。しかし、気が動転してしまって寝袋のファスナーが外せないでいた。その間にも火の勢いは増し、煙と熱が肺を蝕んだ。体は酸素を求めるが、呼吸をすれば、肺が焼けるような感覚が襲った。さっきまでは、ようやく訪れた眠気で意識が朦朧としていたが、今は迫り来る酸欠で意識が朦朧としてきた。

意識が完全に途切れる瞬間、屋根を突き破って"誰か"が現れた。耳を刺すような音に陽は再び意識を取り戻して、現れた"誰か"に視線を向けた。胸に膨らみがあるから女性だと言うことはわかった。ダメージ加工されたジーンズを履いて、肩と腹部が大胆に開けた黒い縞模様が入った上着を着ている。手にはナイフ。顔は横一直線のゴーグルのような物で隠している。彼女はナイフで陽が入っている寝袋を切り裂き、陽を肩に担ぐと、現れた屋根の穴から飛び出して小屋から脱出した。

着地した砂浜で陽は呼吸をしようともがくが、思うように呼吸が出来ない。心臓は痙攣したように心拍が乱れている。その様子を見ていた彼女は落ち着いた様子で、陽の頭を両手で固定して、顔を急接近させ陽に人工呼吸を施した。続いて心臓マッサージ。数回繰り返すと、ようやく陽の呼吸と心拍が整った。

 

「ゲホッゲホッ!!あ"あ"あ"!!……ハァ……ハァ……ハァ……あ……ありがとう……ありがとうございました!!本当に……助かりました!!」

 

陽が危険を乗りきったのを確認して、彼女はその場から何も言わずに立ち去ろうとした。しかし、すぐに立ち止まった。

 

「ア~ア……シッパイダ……」

 

「ジャマスンナヨ……」

 

聞き覚えがある声がした。声がした方向に視線を向けると、昼間に日影と焔のペアが圧勝したMURASAMEの二人組が立っていた。だが、様子がおかしい。

小屋を燃やしている炎がMURASAMEの二人を照らした。全身、頭から爪先まで血液を浴びたように紅い。瞳は黄色く不気味な眼光を放っている。

 

「マッタク……"ウン"ガイイナ……」

 

「ダケド、ニガサネエ……」

 

二人の体が内側から風船のように膨れ上がり、血吹雪を上げて破裂した。いや、正確に言うならば、内側から"それ"が人間の皮の突き破ったという方が正確だろう。

一人は上半身が本人のままだが、下半身が巨大な蜘蛛の姿をしている。もう一人も上半身は本人のままだが、両腕が巨大なハサミで下半身に六本の脚がある。

 

「ば、化物……!?」

 

二体の化物は狂気を垂れ流した笑みを浮かべた。

 

「「ぶッ殺死てヤる!!!!」」

 

二体の化物が3メートルはあろう巨体に似合わない俊敏な動きで陽と彼女に迫った。怯える陽に対して彼女は冷静だった。彼女は蜘蛛と蟹を引き付けて、襲いかかる瞬間に陽を抱えて跳躍した。砂浜が跳躍力を減衰させるが、蟹の肩に飛び乗り、蟹を踏み台にするには十分過ぎた。彼女は蟹を踏み台にして、十数メートルもの距離を陽を抱えた状態で跳躍してみせた。踏み台にされた蟹はバランスを崩して、砂浜は上を転がり、蜘蛛も脚がもつれて、上手く方向転換出来ないでいた。

彼女は着地したその場に陽を下ろし、ナイフを構えて蜘蛛と蟹に視線を向ける。最初はゆっくりした動きで歩き、蜘蛛の体制が整う直前、一気に間合いを積めた。その動きはまるで蛇が獲物を仕留めるような俊敏で、一瞬で蜘蛛の懐に潜り込んだ。蜘蛛は体制を立て直す直前の不意の攻撃になんとか反応して、前脚で応戦するも、彼女は紙一重で蜘蛛の攻撃を避け、関節部をナイフで切り落とした。

黒板を引っ掻いたような蜘蛛の奇声とともに紫色の毒々しい血液が脚から噴き出す。彼女はそのまま脚を数本切り落とし、蜘蛛が自力で立てないようにすると蜘蛛の頭上から体を回転させながらナイフで切り付けた。両断こそ出来ないものの、傷は致命的な深さと出血をもたらした。

蜘蛛が絶命する直前、蟹がようやく起き上がった。仲間を殺されたことで興奮していたかと思えば、横たわる蜘蛛には見向きもしなかった。

 

「フン!!ヤク立たズメ!!」

 

彼女はナイフの血を振り払い、蟹に攻撃を仕掛けた。直線的に走らず、縦横無尽に走り、相手を翻弄した。しかし、蟹は不敵に笑う。

突然、彼女は跳躍し、腕や脚に仕込んである小型のナイフを投擲した。しかし、そのナイフは蟹の強固な甲羅に弾かれた。

 

「無駄!!ムダムダムダムダ~!!!!」

 

蟹は巨大なハサミを振り回し、彼女に対して反撃の隙を与えなかった。しかし、蟹の甲羅の前に彼女のナイフが通じないように、蟹の攻撃もまた彼女の機動力の前では当たらなかった。彼女を狙っているようだが、ハサミが重すぎて攻撃に隙が出来てしまっている。

その隙を彼女は見逃さなかった。小型ナイフを蟹の目に狙って投擲し、狙い通り蟹の目に刺さった。苦痛の叫びを挙げ、ナイフを抜こうともがくが、ハサミでは上手く抜くことが出来ない。その隙に蜘蛛同様に脚や腕の関節部数ヶ所をナイフで切り落とした。毒々しい血液が切り口から大量に噴き出し、蟹も絶命した。

ほんの僅かな時間で決着がついた。巨大な化物は異臭を放ちながら蒸発してしまった。辺りには血痕も残らず、化物が走り回った跡が僅かに残っているだけだった。気付けば彼女の姿も消え、辺りには陽だけが朝を待つ静寂の中に取り残されていた。

 

 

 

 

その様子を遠くから見ている者がいた。狐の面を被り、太刀を帯びた忍だ。

 

「所詮、勝負を諦めた人間ではこの程度か……まあ、いい。道元様からの指令は挨拶のみ……」

 

忍は朝から逃げるように闇に消え去った。

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