今日もいい朝だ。ご飯を食べて勉強して、だけど今日はゲーム作りをする予定ではない。
毎日パソコンの前で座ってるのも成長期の身体に悪い。
しかしやることは運動でもない。
「えっと、まずこれから…………アメンボ紅いなあいうえお」
そう、発声練習だ。
僕の声を期待している人は世界中に居る。例え叫び声だけだったりモンスターの声だったとしても需要はある。
いずれ本格的に声優も兼ねることになった場合、確実に今のままでいるわけにはいかなくなる。
本当なら演技の先生を雇うことが一番なんだろうけど、男性の先生は忙しすぎて個人で雇うことは出来ず、かといって女性の先生を僕の前に立たせるわけにも行かないと大反対を受けた。
残念なことに、それが当然なのだ。
僕の精神は大人を経て熟しているが、身体は思春期真っ盛りの少年だ。
声変わりだってそろそろ始まるはずなのに訪れていない。
本格的なトレーニングを始める前でよかったのか、成長が遅いことに恐怖するべきか。
残された時間は少ない、声変わりして高いショタボイスが出ないようでは七色ボイスを手に入れた意味がない。
「ナメクジのろのろなにぬねの」
滑舌だって大事だ。声が良くても台詞が棒読みなんて論外にもほどがある。
そういった作品ほどボロが出た際は滅茶苦茶に叩かれる。同業者としてシステムは良くてもそういった部分をケチったせいで悲惨な目に合った会社を知っている。
僕は僕で初めての商品となるゲームを世に送り出す前に死んでしまったが、事前の勉強は大いに役立った。
決して侮れない部分だ、将来の為にも決して手を抜くことは出来ない。
「ら~らら~↑ららら~らら~↓」
高い声、低い声、順に出していき声がどこまで出るか確認し、そして限界が無いか調べつくす。
よし、今のところはいつも通り何十通りもの声が出る。
いつかは低くなる声に合わせて常に高い声が出るように喉を鍛えておかないと。
独学ではあるが、いろんなサイトや書物を買いあさって実践しているから知識だけは豊富だ。
動画サイトも多数見ているし、やり方を間違っていることはない。
それでもちゃんとできているかどうかは不安になってくる。
動画サイトでやっているのも、本に書いてある方法を実践しているのも女性だけだ。
『男性でもできる!』みたいな名目を立てているサイトもあったりするが、完全に売り文句で投げ出されているだけで実際のところ分からない。
効果は実際に聞いてもらわないと分からない。動画サイトだけでは限界もある。
よし、メイドさんに確認してもらおう。
一番身近に居るのはメイドさんだし、僕の細かい所を覚えてるって聞いたことがある。
こっそり話していたつもりだろうけど、僕には聞こえていたからね。
じゃあ何で変わったかどうかを確認しようかな…………
よし、歌だ。一つの歌でも声質が違えば大きく変わってくることはよくある。
思い立ったら実験だ。
好きな歌はあるから、それでいこう。
よーし、即興コンサート開催だー。
〜●〜●〜●〜●〜
「…………あら、何の音?」
スライ・ケイは帰宅したと同時に騒音を感じた。
誰かが大音量で音楽を流しているのか?そんな感じに思えたが、パソコンから流しているにしても大音量すぎる。
かと言ってスピーカーにしては音が電気っぽくない。いや、エレキギターの音も聞こえるから電気の音もあるが。
まるで生演奏が家中に響いているような感じだった。
「…………スウェン?」
誰かが歌っている。いや、聞いたことがないようで知ってる声。
子供の声であるが、間違いなく家に篭っているはずのスウェンの声だった。
大声で歌ってるにしては妙にライブ感がある音楽も流している。まだ音源から遠すぎるせいか歌詞はうまく聞き取れないが完璧ではなく、されど下手でもない感覚。
相当昔に友人と行った男装アイドルの生演奏付きコンサートに行った時のような音楽だ。
それに妙にメイドの姿も見えない。
不審がりながらも音源へと歩いて行き、スライは
「世に与えられたのは死だ!生は神により閉ざされ我々は分断された!空よ!大地よ!海よ!我々が生きるために何が必要か問われると一つしかない!それは何だ!?答えよ眷属ども!!!」
「「「「「「「f○ckーーーーー!」」」」」」」
「何をしているんだ、お前達ーーーーーー!?」
たくさん人が集まれる客室にてスウェンをボーカルに、ドラムのウェイル、ギターのロウル、ベースのルゥでヘビメタをしていた。
なんやかんやとケイ家は皆多才である。今歌っている曲もとあるヘビメタ系バンドがカバーした音楽ではあるが、それを再現しようとなると技量がいる。
音楽に関わる頻度は学校の授業や職場の忘年会等で行う一発芸程度の筈だが、ほぼ完璧に演奏している3姉妹と子供ながらデスボイスを奏でるスウェンと十分にデビュー出来る代物であった。
ただし、歌ってる曲が相当品がない。
さらに住み込みのメイドが全員観衆として集合しており、さらに品のない掛け声をあげているではないか。
「待って、待って?理解が追いつかない、何で?え?どういう状況?」
仕事帰りで若干頭が回っていないスライはさらに混乱した。
「あ、奥様!奥様も一緒に!」
ようやく家主の帰宅に気づいたメイドの1人がスライを呼び込み観衆の中へと引き込む。
「また、何でこうなっている?何があった?」
「まあまあ、今は何も考えず楽しみましょうよ!」
「お坊ちゃまが始めたことです!みんなで楽しみましょうよ!」
「スウェンが?何で?」
何も分からない、何故このようになったのか全く分からない。
なお、スウェンも同じであり、歌っていたらみんなが集まってきてアカペラライブ状態になり、姉達が帰宅したと思ったら楽器を持ち出して即興でバンドを組むことができた。
それで何故ヘビメタを歌う事になったかは分からない。
「Death!Death!Death!世に死をばら撒け!種をばら撒け!我々の世界は今ここで創造されるのだーーー!」
「「「「「「fuuuuuuuuu!」」」」」」
「ふ、ふー!」
ノリノリのメイド達と若干恥ずかしながらも参加するスライ。
熱狂した即興ライブは夜遅くまで続く。
皆のテンションが上がりすぎて、何よりもスウェンですらハメを外しすぎて碌な自制も無くなっていた。
男1人に女性が多人数。そして理性を失うほどの熱狂ぶり。
普段は枷があるのに外される。今、まさにその時だった事を誰1人として気づけていなかった。
冷静に、残酷に、幸福に、全てが後の祭りとなる翌日に各々が羞恥し後悔することになる。
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