「最初の顔合わせがリモートね…………念入りなんだか、直接顔を合わせた方が話が早いのに」
ヤノ・マルリータはパソコンの前でわずかではあるが憤りを感じていた。
ケイ・カンパニーからの仕事であるゲームの脚本の助手を任されたのはいいが、初めての会議が直接会わずパソコン越しという礼儀にかけているのではないかと感じていた。
一応ではあるが、ヤノの方が雇われている身であるため呼び出しがあれば出向くつもりではあった。
しかし、一方的に連絡が来たと思ったらこれである。
こちらの日程に合わせてくれただけマシか、そう思いながら会議が始まるのを待っていた。
ピポン、と軽快な電子音と共にケイ・カンパニー系列のゲーム開発会社の役員が入室した。
『どうもヤノ・マルリータさん、私はケイ・ゲームズ所属のリンタッタ・アキホです。本日はどうかよろしくお願いします』
「ええ、あと何人集まるんでしたっけ?」
『あと3人です』
「…………まあ、予定時刻の10分前なので大目に見ましょう」
『す、すみません』
既にどことなく弱腰なリンタッタと名乗る人間に、本当にこのプロジェクトを成功させるつもりがあるのかと思わざるを得なかった。
それもそのはず、リンタッタも急に仕事を割り振られて困っている方だった。
ケイ・ゲームズは、はっきり言ってゲーム業界では弱小の方である。
たまに中堅として売れるゲームを作ることはあるが、他は正直言って微妙なものばかりである。
そんなケイ・カンパニーの中でも地味な役回りだったゲーム開発会社にまさかの大仕事が舞い込んでくるとは思いもしなかった。
リンタッタはそのプロジェクトの主任を強制的に任され、聞かされたのは『スリップ工房』が主導でゲームを完成させること。
その後の細やかな指示も会社を通じてリンタッタに飛ばされており、プログラムも不備がないかデバック作業ばかりしているためやる気が薄いのは仕方ないだろう。
だが、かの有名な『スリップ工房』が作るゲームに興味がない訳ではない。
覇気がないのは気にしていないが、期待だけはその胸にあった。
ピロンピロンと人が集まり、そして時間ギリギリになってもまだ最後の1人が現れない。
「…………いいのかしら?もう直ぐ時間よ」
『後ちょっとだけお待ちを…………』
リンタッタがヤノを宥めようとした瞬間。
ピロン。
『こんにちわ、そして初めまして』
明らかにボイスチェンジャーを使って、しかもビデオ通話にもせずに最後の1人が現れた。
「…………ふざけてるの?」
『申し訳ありません、こちらで色々と調整していた結果、僅かに遅れてしまいました』
「そこじゃない。わざわざ会議にボイチェン使う人がいる?」
『ここに居ます』
「冗談じゃないわ!」
だん!とヤノが机を叩く。
その音は大きく、担当となっているケイ・ゲームズの面々が肩を震わすほどだ。
舐められていると思っている、実際そうとしか思えない謎の人物に怒りを示すのは当然だろう。
何故なら間違いなくメインとなる脚本家であろう者であり、姿を見せようとしないのだから。
『これも色々と事情が…………ぼく、じゃなくて私としても不本意ではあるんですが』
「だからって顔も見せない、声もまともなものにしない。本気で言ってるなら私は降りるわよ」
相手は大企業の1人である事は理解していても、一流としてのプライドが許さない。
ボイスチェンジャーを使っている相手は『うーん、どうしようかな、どう?』と誰かと話しているようだった。
他に誰かいるのか、ノイズしか聞こえないが発言を聞いているようで謎の人物は『よし』と一つ咳払いをした。
『先に言います。私のことについて今回のプロジェクトにおいて最大の機密に当たる事になります。一度知れば引く事はできなくなる、そういう覚悟をしておいて…………だそうです』
誰かの言伝か、最後が曖昧だったがヤノはゴクリと生唾を飲む。
薄々察していたとはいえ念押しをされたら身構える。
画面端にミュートマークが付き、しばらく沈黙が訪れる。
『あれ、私たちも巻き込まれて…………?』
謎の人物の紹介はされていても不穏さを拭えないリンタッタ達も冷や汗をかく。
そしてミュートマークが消えて咳払いが聞こえる。
今度はボイスチェンジャーを使っていない、低い声の咳払いだった。
『さあて、これでいいだろ?』
「…………!!!!????!?!!???」
そこから聞こえたのはワイルドな声だった。
乱雑さを出しながらも色気があり、それでいてきっちりと低いヤンキーのような声。
そして、それはヤノの中のあるイメージを強固にするものでもあった。
「ま、ままま、待って?え?男?え、え?キューリュー君の?え?」
『おかしいですね、私が聞いていた話では喚いたりすることは無いはず』
「声が、変わっ、へ?」
キューリュー君というのは今まさに作ろうとしているゲームのメインヒロイン的存在であり、重要な役回りを持つヤンキーもどきの存在である。
その次に出る声は設定こそ十分に固まっていないが高慢で冷静沈着なイケメンを想像させる。
『もう、そんなに慌てたら決まるものも決まらないぞっ☆』
さらに高めで人懐っこく影を見せないような幼い声も画面から飛んできた。
物理的に耳に入る音であるはずなのに、顔面を殴られたような衝撃が襲い掛かる。
ヤノだけでない、ケイ・ゲームズの面々も面食らっている。それどころか泡を吹きそうになっている。
『…………これで、証明にはなったでしょう』
再びボイスチェンジャーを使った謎の人物が呆然とする皆に声をかける。
状況を正しく理解できていないのか、画面から消えていたり硬直していたりで声が出ない。
このままでは会議が進まないと考えていた謎の人物は、ふとある事に気づいた。
『あ、僕の名前が出てない』
テレビ通話で自分の名前を表示する場所がゲストのままになっていた。
カタカタとキーボードの音が鳴り、ゲストから変更される。
そこにはこう表示されていた。
『改めて、初めまして。スリップ工房です』
スリップ工房、と。
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