ファンアート、公式ではない者が特定作品の絵を描いて公表する総称である。
純粋なファンとして絵を描くこともあれば、人気にあやかって描いたり、ものによっては性欲を満たすために描く物もある。
SNSではスリップ工房から排出された男性キャラクターのイラストがわんさか出回っている。
肝心の本人は喜んでいるのだが、彼の周囲の人間からしたらやや気に食わない物になっている。
本人を知らない癖にスケベな絵にしやがって、存分に使い倒してやるからな!とお世話になっていたりする。
それはさておき、1人のファンアートが物議を醸している。
件のファンアート、それは『悪霊の館』に登場するキャラが悪霊に捕食されているシーンであった。
悪霊の霧かかった触手に捕まれ、小さな粒子に身体を削られ血を流し取り込まれているという何ともグロが混じった絵であった。
確かに『悪霊の館』はホラーゲームであり、悲鳴だけのボイスとはいえ人が死ぬタイプのゲームオーバーを見せつけてくる。
だからといって、性的に襲うものは多々あれど明確に悪霊に襲われて死にそうになっているシーンを描写した絵はかなり少なかった。
何度でも言うが、性的に襲うことは多くても物理的に傷つくのは解釈違いだ。
だが原作もこんな風になっているのではないか?実際、捕まった時は死亡していると公式が明言しているのだからこういうこともある。
意見は二分された。この論争は理想と現実という自身が信じるモノのために戦う者で溢れかえっていた。
そして、この絵は誰が描いたかも問題とされた。
では一体誰が描いたのか?
「んふんふ」
1人の男性であった。
ペンタブと呼ばれるパソコンで絵を描ける道具を駆使して電子的な絵を描いていた。
何度も何度も練習してきたかのように、流れるようにそれを描いてきた。
かつて、ただの子供だった頃を思い返す。
自分は何者だったかまだ分からなかった頃、自分は何者にでもなれると信じていた。
テレビで映るドラマの役者、雑誌に写るモデル、あの頃輝いていた絵本を描いた人…………
何者にもなれると思い込んでいた。
自分が欲しいものがあると職員に言ったら『ああ、そういえばそういう時期だな』という顔をして、ある場所へ移動させられた。
そして女に抱かれた。
初めてだったというのに抵抗するのもいいという女であったため乱暴にされたのだ。
それが何度も行われて次第に心身ともに摩耗していった。
声が出なくなったのはいつからだろうか。
もっと摩耗していた時期はあったが、今はそこそこマシになってはいる。
だが、やはり声が出なくなったというのはかなりきつい事であった。
物が喋れないという事は筆談や身振り手振りで伝えないといけない。それが上手く伝わることが少ないためストレスは付きまとう。
発散方法自体が少ない昨今、ゲームや会話等で発散するしかなく、代り映えしない施設で過ごしていると吐き出すのも吐き出せなかった。
あの日、変わった男性を見るまでは。
ケイ・カンパニーのお偉いさんのところに遊びに行くキリシアの取締役代表が連れられて行った時の事。
滅茶苦茶破天荒な少年が居た。
自分達よりも幼く世間知らず、それでいて『自由』。
好きなものを作り、好きなだけ遊び、そして今に満足している。
女に抱かれると言うよりも逆に抱いてると言っても過言ではないイカれた少年だった。
憧れた。
何でああなったのかは分からない。だけど間違いなく『自由』に生きている。
例え上辺だけでもマネできたらいいな。そう思っているものの、声は出ないわ女に抱かれる際に強気に出るどころか気づけば心が虚無になって終わってる。
そんなことが続くとやるせない怒りが湧いてくる。
しかし、それを発散することは出来ないに等しい。
だが鬱屈とした気分はどう晴らすのか?
レスバは試してみたがあまりにも不毛すぎてやめた。誹謗中傷と暴露系はその末路が一番恐ろしいので出来ない。
どうにかして合法的にぎゃふんと言わせる手はないのか?
あるではないか、その少年が女性たちの心に大きな傷を残した方法が。
男の子がひどい目に遭うというのは心苦しいものはあるが、物は試しと言うもの。
「んふ、んふ」
とはいえ流石にゲームや物語をポンポン作れるわけはない。自分で作ろうとしてもゲームの知識は全くなく、物語は読み返すと「ん?」となるようなものが出来上がる。
クリエイターってすごいな、と思いながら手を出していったのは絵である。
これなら写すだけでも手軽な練習になるし、幼いころから遊びの一環としてたくさん描いてきた。
そして、何度も練習した結果コツを掴んで描けるようになり、SNSに投稿できるまで自信は付いた。
投稿した絵は先述した通り、ショタいじめなグロ入り画像であった。
特に悪霊の方は滅茶苦茶に念を入れた。
『悪霊の館』設定資料集に載っていた悪霊は女性から被害を受けた男の怨霊が集まった姿とされており、常に同胞を求めてるのだとか。
自分達じゃん、と思いながら悪霊を描いていたら、どんどん入れ込んでいって、結果入れ込み過ぎた。
自分でもいろいろな恨みつらみが募っていたんだなと思い、自分達もこうなんだぞという意を込めて主人公たちにじっくり痛い目に遭うように描いた。
「んふ…………」
その結果、滅茶苦茶悲鳴がSNSから上がっており、悪霊が自分達の業で産まれたという設定を知っているが故に苦しむその姿を拝むことが出来る。
無論、批判はあったがその程度がどうした。嫌々ながら抱かれてきたことに比べたら顔も知らぬ奴の悪口などへでもない。
「んふんふ…………」
「なあ、あいつ何で悦に入ってるんだ?」
「さあ、知らないね」
「いい事でもあったのかな?」
同じ施設で暮らす男たちが、彼のやらかしに気づくまでまだ時間がかかるのであった。
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