「何で私は掃除をしてるんですか」
「仕事以外無いでしょ」
「坊ちゃまの食事に付き添う予定だったのに…………」
「ここの担当が産気ついたんだから仕方ないでしょ。ただでさえ敷地が広いんだから1人や2人担当が交代しても仕方ないわ」
ケイ家の敷地と外を繋ぐ境界線、高めの塀に防犯も一見するとセンサーくらいしか見えないが登ろうとするなら電気が通ったりするような過剰とも取れる装置が取り付けられている場所の入り口に2人のメイドがいた。
本来なら今日は内勤であったが、外回り担当が長期休暇を取ることになり急遽回されたメイドが愚痴を溢しつつもせっせと竹箒で通路となるレンガを掃き掃除する。
「絶対に機械とかに任せた方がいいですって。何で手動なんですか」
「機械はほら、変な装置を組み込まれたら危ないでしょ」
「ここってそんな恨み買ってるんですか」
「坊ちゃまが産まれる前までは、ね」
お腹を大きくしつつもベテランのメイドがため息をつきながらそう言った。
一体、前は何をしていたんだろうかと思っていても聞く勇気はない。
藪から蛇というやつだ、触れてはいけなさそうな話題は触れないのがいい。
何よりも愛する御曹司であるスウェンに会えなくなってしまうからだ。
「ところで、来客とかありましたっけ?」
「いいえ、今日はアポが無いはず」
「じゃあ、前から来る集団は?」
「奥様に連絡入れて、私が足止めする」
掃除しながらも前方の道からやってくる黒塗りの車が見えてきて即座に報告、連携、相談を繰り出すあたり富豪のメイドとして優秀ではある。
ただし、性癖は拗らせているが。
ぶろろん、と高そうなエンジンを鳴らしながら黒塗りの高級車が門の前に止まる。
黒塗りの車から降りるのは黒スーツの女性。明らかに格の高そうな風貌を醸し出し、カツカツとレンガと靴で音を鳴らしながらメイドの方へ近づいてくる。
「こんにちは、本日は面会の予定はありませんがどちら様でしょうか」
箒を片手に相手を止めようとするメイドの前で立ち止まり。
「…………貴女、妊娠しているのに働いてるの?」
「何か問題でも?」
初手からすごく失礼な事を聞かれたが上品に流すベテランメイド。お腹が膨らんでいるのは事実であるため否定もしない。
それよりも急に来て何者かも名乗らずこのような質問をする相手に無表情で睨みつけているでは無いか。
なかなかの強者であることは理解して、それでも自分たちの方が上と確信を持っているような黒服が自身の身分証明書を取り出そうとしたその時だった。
「優秀ね。誰もが私たちが来ると怯えるのに、こうも凛々しく立つなんて」
また1人が車から降りてきた。
ブランドの髪をたなびかせながらハイヒールを鳴らして歩く美女がメイドに向かって堂々と歩いてくる。
メイドの表情は変わらないものの、新たに降りてきた女性の事はよく知っていた。
男性管理委員会副委員長が1人、タルラ・カイザー。
ヌルっと現れる不思議な雰囲気とは裏腹に男性絡みの不正をこと細やかに摘発する恐怖の象徴ともされている。
一度目をつけられてなお不正を行っていた場合、そのグループおよび組織はあっという間に解体されてしまうと噂されている。
無論、個人でそのようなことは出来ない。様々な根回しや組織力を十全に回して清く正しく男性を隠している者たちから巻き上げていったのだ。
男性を隠して囲い込むことは罪ではあるが、男性が少ないこの世界で少しでもあやかりたいと願う者は少なくない。
奇跡的に男児を産むことが出来ても取り上げられるという悲劇は多々起こる。下心と親心の狭間で行方不明になり、どこかの地下組織で匿われる、この世界で金がない男児の親がこういった行動をとることは少なくない。
それを摘発し男性を『保護』するのが男性管理委員会。非道外道と呼ばれようと世に混じらぬよう遺伝子を送り届ける役目を担う必要悪。
「私が誰かは知っているわよね?」
「偽物の可能性があるため名乗っていただきましょう」
「思ったより図々しい?まあいいでしょう、男性管理委員会副委員長、タルラ・カイザー。これでいいかしら?」
ついでと言わんばかりに身分証明書を提示する中、ベテランメイドは雇い主であるスライに早く連絡が付かないか願っていた。
確かにベテランメイドは数々の客人を招き入れもてなしてきた。客人と称しながら裏で暗躍しようと潜伏するモノをあぶりだすこともあった。
だが、今回ばかりは勝手が違う。
最初から敵意がマシマシの黒服相手に1人でどうこう出来るものか。
しかし逃げるわけにもいかない。男性管理委員会の目的は基本的に男性を『保護』するため、つまり御曹司であるスウェンを奪い取ろうとすること。
ならば逃げるわけにはいかないし、簡単に通すわけにもいかない。
「責任者を呼んでいるのでしょう?いいわ、時間はたくさんあるの」
暇という訳ではない、家宅捜索という形でいくらでもしつこく追及してやるぞという意である。
とんだ強敵が現れた、無表情を湛える背中で冷汗を流す。
早く奥様と繋がってくれ、と全て丸投げしたい気分だ。
それでも愛しのスウェンと離れ離れになるのも嫌である。ここで離れてしまえば二度と会うことがないだろう。
そんな緊迫した空気が流れる中、スウェンはというと。
「すやぁ…………」
「坊ちゃまのよだれ…………ぺろぺろ」
よだれを垂らしながらガッツリ爆睡していた。
緊張感が天と地との差があるが、全てがどう転ぶかはいまだに分からなかった。
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