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此処は新エリー都。
ホロウと呼ばれる超自然災害によって壊滅してしまった世界において、現代文明の最後の光となった『奇跡の都市』である。
そんな新エリー都には様々な想いと信念を持った者達が集い、都市は大きく豊かになっていった。
だが、そうやって都市が大きく豊かになればなる程に、なってしまう程に、歪みや闇というものもまた比例して大きく豊かになってしまうのは、世界の摂理と言うべきか。
財閥に暴力団、陰謀家。果てには狂人さえも。都市の内部勢力の衝突は水面下で激しくなっていす。
そんな街の中、しかし己が仕事に奮闘する者達は存在する。逞しく、強かに、己の仕事に全力を尽くすエージェント達が居るのだ。
「はっ、はっ……!」
照明の光も十分ではない廃墟の中を、何人かの人間達が駆け抜けている。
彼等もまた、この新エリー都で活動するエージェント達だ。
今回は、この廃墟に逃亡して立て篭もったと言う、組織の脱走者を捕まえてボスへと差し出すという内容の仕事を請け負っていた。
報酬は気前が良く、一週間もの間遊び呆けても十分に過ごせる程の大金だ。捕まえなければならない脱走者はたったの一人。あまりにも都合が良い仕事だった。
彼等は大はしゃぎしながら廃墟へと向かい、そして―――仕事に失敗していた。
「くそっ、どうなってんだ!?
「違う、逆だ! 仕事が被ったんじゃない、対立してふんだ! 此処がどっかの富裕層の私有地だったんだ、新しい会社やら家やらを建てるつもりだったんだろ! そこに俺達が紛れ込んだ、鼠は俺達だったんだよ!」
男達は廃墟の中で、自分達を追っているであろう『蜘蛛』から逃げながら、自分達がどれだけ窮地に陥っているのかを再認識していた。
―――『ヴィクトリア家政』。
自社の従業員を派遣し、家事の代行を行う文字通りの家事代行派遣会社。
掃除・洗濯・炊事の様な雑用や従者としての身の回りの世話に限らず、ホロウを含む私有地内での個人的なトラブルをクライアントに代わって対応・処理する事もあるプロ集団である。
依頼料は高いが、そのサービスは極めて優秀だ。富と災いが表裏一体となっているこの都市において、その両面の管理に秀でているヴィクトリア家政は、非常に頼もしい存在と断言出来る。
そのヴィクトリア家政の裏の顔―――エージェントとしての側面において、新エリー都で名が知れ渡る者が居た。
「まぁまぁ、お待ちになってください、お客様。まだサービスは始まったばかりですから」
穏やかな声色が、暗闇の中で木霊した瞬間。
「がっ!?」
ひぅんひぅんひぅんひぅんひぅん―――――――――――――――と、空気が裂かれる音が劈く。
それと同時に、逃げている最中だった男達の仲間の一人が動きを止める。
首、手首、足首、関節。それらの部位全てが、まるで何かに引っ掛かってしまったかの様に停止して、其処から先へと進まない。
「おいっ!? くそっ、捕まったか! 待ってろ、今切ってやるからな!」
「止まるなッ! 止まったらお前も餌になるぞ!?」
「でも置いていけねぇだろ!?」
「彼奴の糸はどうやっても切れないんだ! 諦ぐっ!?」
一人、また一人。
次から次へと動きが止まり、そして釣り上げられる様に天井に引っ張られて暗闇の中へと姿を消していく。
遂には―――ただ一人だけが、その場に残されてしまった。
「くそっ!」
「ご安心くださいませ、命の安全は保証致します。子供の手前、そんな惨い事は出来ませんので」
暗闇の中、姿を表す事なく穏やかな声だけが語り掛けてくる。
上下左右、何処を見ても暗闇ばかりが広がっている。人の姿など、文字通り影も形も見当たらない。
「まぁ、それはそれとして手足の一本や二本、或いは舌か目の一つは取らせていただきますが。また繰り返されては、ご主人様に負担を掛けてしまいますので」
ひぅんひぅんひぅんひぅん――――――――――――。
波打つソレは、幾千無数の糸だった。
「うそだろ……アレは、都市伝説じゃなかったのかよ―――!?」
鋭くも柔らかく、しなやかな糸。それが一本、二本、三本、四本、五、六、七、八、九、十…………とにかく、目にも見えない無数の糸が闇の中で蠢いていた。
風に乗り、音に乗り、波打ち蠢くそれはまるで生き物の様だと錯覚させ、そして恐ろしいと恐怖を抱かせた。
そして――――――
「一先ず、おやすみなさい」
糸が重なって、男の首を一気に締め上げて血流を停止させる。
がくり……と、意識を失って体の力が抜け切った男は、仲間達と同じように天井へと釣り上げられる様に引っ張られた。
「依頼完了ですね。わざわざお越しくださったのに、出番を無くしてしまい申し訳ありません、カリンさん」
「い、いえ! 仕事が無事に終わったなら、全然大丈夫ですから!」
「お詫びと言ってはなんですが、賄いは私が出しましょう。リクエストがあれば、何なりと申し付けください」
「そ、そんな悪いですよ! 何もしてないのに……」
「そうなってしまった原因は、私にありますから。どうか、ここは後輩に先輩へ花を送らせてください」
「うぅ…そ、そこまで言うなら……態々すいません、アランさん」
「そこはありがとうですよ、カリンさん」
「うぅ……あ、ありがとうございます」
「ふふ、いえいえ。さぁ、それでは仕上げて帰ると致しましょう」
新エリー都には、かつて『暗闇蜘蛛』という都市伝説があった。
常に闇の中、影の中に身を潜めて巣を作り、縄張りを作る。
そして、意図の有無も、性別も年齢も、果ては生物の是非すら無関係に、その縄張りに侵入したあらゆる全てを捕獲して殺すという殺人鬼が居ると。
その殺人鬼は必ず糸を使い、そしてその糸は誰の手にも切る事は叶わない究極の糸なのだと。
ヴィクトリア家政に所属する執事が一人―――アラン・プリンジ。
かつて、『暗闇蜘蛛』の名で新エリー都の裏世界を恐怖させた男である。