「伊織よ、本当に直してしまうのか?」
「いつまでも放っておくわけにもいくまい」
この日、伊織は紅玉の書を連れて木材の調達に出向いていた。
「もったいないのう・・・・・・」
「そう言うな爺さん。元の形に戻るだけだ」
「そうは言うがのう・・・・・・」
「・・・・・・む?」
長屋の修理を惜しむ紅玉の書をなだめていると、伊織は道に蹲る母娘を見つけた。
「大丈夫か?」
「ああ、お侍さん・・・・・・」
「お兄ちゃん、おっ母を助けて!」
「こら!お侍さんに向かって・・・・・・」
「いや、良い。気にするな」
「ああ、そんな、お優しい・・・・・・」
「お兄ちゃん、おっ母、
「そうか。では、少ないが、これだけあれば薬師に頼めるだろう」
「ああ!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「お兄ちゃん、ありがと!」
「気にするな」
「伊織よ、その金は・・・・・・!」
「・・・・・・まあ、壁はいつでも直せる」
とっさに懐に隠れた紅玉の書は、瞳を輝かせる。
壁を直すための釘などを買うための金を、伊織が母娘に渡したからである。
「伊織よ、わしはお前を誇りに思うぞ」
「喜ぶべきか、どうするべきか・・・・・・」
「ありがとうございます・・・・・・そうだ。これ、お礼です。どうか使ってください」
「これは・・・・・・」
伊織の手には小さい紙切れが握らされる。
「汽車の切符です。ほら、あそこの駅で使えますから・・・・・・」
「お兄ちゃん、ばいばい!」
そう言うと母娘は小走りで去っていった。
「・・・・・・」
「伊織よ、それはどうするつもりじゃ?」
「どう、と言われてもな・・・・・・行ってみるか?」
「怪しいがのう・・・・・・」
切符や駅という聞き慣れない単語に僅かばかりの好奇心を抱いた伊織は、指さされた場所に向かう。
「・・・・・・」
「なんと・・・・・・」
「見たことがあるのか?」
「ううむ、いや、見たことは無い。しかし、雰囲気がどことなく、昔を思い出させてな・・・・・・」
「昔?」
「うむ、この国にいなかった頃じゃ」
「そうか」
唸る紅玉の書を懐に隠し、駅に入っていく。
駅は家のようなものと壁に覆われ、人が二人通れるほどの通行口が一つだけある。
通行口から中に入ると、丁度汽車が停まっていた。
「これが、汽車というものか」
「お客さん」
「む」
汽車の出入り口であろうところの前まで行くと、西洋の服装のようなものを着込んだ男に声をかけられる。
「切符を拝見させてください」
「切符・・・・・・これか?」
「ああ・・・・・・これですか。本日乗り放題です。駅から出て、もう乗らないならその切符は破ってくださいね。残してもどうともなりませんから」
「そうか」
男に通され、汽車の中に入る。
中には椅子が一直線に並び、幾人かの人影がある。
「・・・・・・」
伊織は汽車の中を少し進み、丁度車体の真ん中の席に腰掛けた。
すると、汽車は進みだした。
「ほう・・・・・・なかなかおもしろい」
「この感覚は、慣れんな・・・・・・」
線路の上を進む汽車に、紅玉の書は楽しみ、伊織は戸惑っていた。
「おや、士族の方ですか?」
「?」
しばらくすると、隣にこれまた西洋風の出で立ちの男が座った。
「士族・・・・・・とは?」
「・・・・・・ああ、そういうことですか。失礼、こちらの話でした。失敬失敬」
「?」
「私は、渡辺といいます。この汽車には今まで三度程乗っています」
「そう、何度も乗れるものなのか?」
「へ?もしかして、初めてですか?」
「ああ」
「そうですか・・・・・・慣れたら、楽しいものですよ」
「・・・・・・また乗るかも分からんが」
「ははは、乗りますよ。これはそういうものですから」
「そういうもの?」
「ええ・・・・・・そのうちわかるでしょう」
要領を得ない説明に眉をひそめる。
それを見て渡辺はにこやかに笑うまま。
しばらくすると、もう一人、西洋風の服装の男がやってきた。
「お、渡辺さん。ご無沙汰です」
「田口君」
「そちらの方は?随分古い格好をしているが・・・・・・」
「たぶん、江戸時代の方だよ。君からすれば、百年は前だ」
「そうですか・・・・・・」
「・・・・・・?」
「どうも。田口三郎といいます。南方より乗車してまいりました」
「は、はあ・・・・・・ああ、俺は宮本伊織という」
「宮本伊織・・・・・・」
「すごい人が乗ってきたな・・・・・・!」
伊織の名を聞くと、二人は驚いたような反応を示した。
「宮本伊織というと、やはり天寿を全うしたのですか?」
「は?」
「では、病ですか?」
「いや、俺はまだ死んではいないが・・・・・・」
「なんですって?」
「伊織さん、貴方、何で乗ったんですか?」
「これだが・・・・・・」
手に持つ切符を見せると、二人は苦虫を噛み潰したよう顔をした。
「伊織さん、やられましたね」
「は?」
「悪いことは言いません。次の白川で降りてください」
「そうですね。終点まで行っては戻れませんから」
「何を言って・・・・・・」
「伊織さん、これは貴方のためなんです。白川で降りて、逆向きの汽車に乗って、浅草で降りてください。いいですね?」
「あ、ああ。わかった」
「宮本伊織ぃ・・・・・・」
「!」
渡辺と田口の二人に降りるよう言われていると、奥から見覚えのある男が姿を現した。
「地右衛門・・・・・・!」
「どうやら、無理にでも乗せ続けるつもりらしいですね」
「宮本伊織イイイイイイイイイ!!!!!」
「くっ!?」
地右衛門は炎を放ち伊織を襲うが、伊織は刀で炎を切り裂く。
「なぜ地右衛門が・・・・・・!」
「伊織さん、これは貴方の記憶だ」
「記憶?」
「そう。貴方の頭の中に焼き付いたもの。それが貴方の降車を妨げている!」
「だから、ただ戦うんじゃ駄目だ。それこそ乗り過ごしてしまう!」
「ではどうしろと言うんだ!?」
「思い出すんだ!なにか、自分の心に、記憶に焼き付いた、別のものを!」
「焼き付いた・・・・・・別のもの・・・・・・」
目の前にかつての敵。
炎を放ち、今にもこの汽車を焼き尽くさんと燃える光景。
自分の心に焼き付いたもの?
記憶から離れぬもの?
・・・・・・忘れるわけがない。
あの夜、自分の前に現れた者。
ともに、駆け抜けた者。
美しき、剣を持つ者!
「セイバー!」
「おおおっ!」
気づけば、叫んでいた。
目の前に立つ、剣士へ。
かつてと変わらぬ剣。
水を纏う刃。
幼さをわずかに残す出で立ちは、何ら変わっていない。
「うぅ・・・・・・うあああ・・・・・・」
セイバーの水に炎を消され、地右衛門も消えていく。
「伊織さん!白川についた!」
「降りるんだ!それでこの汽車とは逆向きの汽車に!」
「急いで!」
「お、おお!?」
渡辺と田口に押され、伊織は無理矢理駅に出された。
振り向くと、汽車の出入り口には、見慣れた二人が立っていた。
「・・・・・・カヤ?」
「伊織、急ぐものではないぞ」
「あ、待てセイバー!」
伊織の声も虚しく、汽車は進んでいった。
「セイバー・・・・・・」
「伊織よ」
「爺さん」
「とにかく、あの二人に従い、浅草に戻ろう」
「ああ、そうだな・・・・・・」
逆向きの汽車はすぐにやってきた。
そこからは何事もなく、汽車は浅草に停まった。
「お兄ちゃん」
「む?」
駅に降りると、そこには先程自分が金を渡した母娘の娘がいた。
「お兄ちゃん、なんでもどってきたの?」
「・・・・・・わからん」
「へ?」
「だが、まだいくわけにはいかないらしい」
「・・・・・・」
娘は俯いて黙ったまま。
そんな娘を置いて歩き出す。切符は歩きながら破いた。
どこからか舌を打つ音が聞こえたが、もはやどうでもよいことだった。
不思議な話が書きたかった・・・・・・