あと今回長めです。
「・・・・・・んん」
「兄ちゃん、風邪?」
朝餉を終え刀身の手入れをしていた伊織は喉をさすり咳き込んだ。
「ん・・・・・・今朝、起きてからずっと喉が痛くてな」
「大丈夫?今日一日看病しようか?」
「いや、移したら悪い。なに、寝れば治るさ」
「でも、兄ちゃん放っといたら風邪でも稽古するでしょ?」
「・・・・・・」
「兄ちゃん」
「・・・・・・今日は家から出ずに療養するよ」
「それなら安心!」
相変わらず頭が上がらない。
「それじゃあ今日一日寝ててね?激しい運動はダメなんだから!」
「わかっているさ」
小笠原の家に帰っていくのを見届けると、畳んでいた布団を敷き横になった。
「「ごめんください」」
「うん?」
横になってすぐ、戸口から二人分の声が響く。
「・・・・・・誰だ?」
「医者です。先程こちらから出ていかれた方が風邪だなんだと仰っていたので、立ち寄らせていただきました」
「ご安心を。自慢ではありませんが、かつては日本で一、二を争う名医と呼ばれておりました」
「うん・・・・・・そうか。それなら、入ってくれ」
「「失礼いたします」」
「!・・・・・・」
戸口から入ってきた医者は両手に木箱を持ち、首から上に二つの頭のある姿をしていた。
「・・・・・・」
「ああ、驚かせてしまいましたか。いえね、過去に色々あったもんですから」
「そ、そうか」
「案ずる気持ちもわかります。ですがご安心を。腕は確かと自負しております」
「そうか・・・・・・」
捲し立てるように話す自称医者に圧倒される。
「それでは、お名前と症状の方を・・・・・・」
「・・・・・・宮本伊織、喉の痛みと咳が出る」
「はいはい・・・・・・伊織さん。で喉と咳・・・・・・」
「伊織さん、それは風邪です」
左側の頭がそう言い切った。
「その喉の痛みもおそらくは咳によって痛められたものでしょう。漢方をお出ししましょう。そうすれば良くなります」
「そうか、やはり風邪か」
「いえいえ!違いますよ!伊織さん、それは虫が悪さをしているんだ!」
「虫?」
風邪だとまとまりかけていたところ、右側の頭がそれを否定した。
「伊織さん、良く考えてみてください。風邪なら熱も出るはずです」
「まあそうだが、鼻風邪というのも」
「ほらそうだ!熱がないならそれは風邪都は言い切れない!伊織さん、それは虫です。虫なんです。体の中にいる虫が悪さをするのです。薬草をお出ししましょう。煎じて飲めばたちまち治ります」
「虫が」
「ええそうです!ですからこの薬草を!」
「いいえ!騙されないで!伊織さん、貴方は風邪ですから。第一、虫ならば気持ちの悪さもあるのでは?」
「気持ちの悪さは無いな」
「ほうら。伊織さん、すいませんね。どうもこいつはこの世の全ては虫もせいにしないと気が済まない性分でね」
「何を言うか!伊織さん、落ち着いて聞いて下さい。こいつはこうも舌の達者なやつでね。どんな病だろうが、効くかもわからん漢方を飲ませるんだ。今まで何人悪化させてきたことか・・・・・・」
「なんだと?それは聞き捨てならないな!お前こそ薬草だなんだって言って、ただの雑草の煮汁を飲ませるだけじゃないか!ふざけるのも大概にしろよ!?」
「なんだとやるかこのヤブ医者!」
「上等だよやってやるよこのダメ医者!」
「落ち着け」
目の前の一つの体から始まる喧嘩を止める。
「伊織さん、僕ぁあなたの事が本当に心配なんだ。漢方ってのは一つのことに効くものだけじゃない。二、三効果のあるものだってある。漢方を飲めば、健康になれるんだよ」
「伊織さん、私ゃぁあなたの体を本当に案じているんだ。体の中の虫は一度居所が悪くなると戻るまでそりゃあ辛い思いをすることになる。そんな思いは、私ゃぁしてほしくないんだ」
「・・・・・・まあ、心配してくれているというのはわかった」
一応医者としての矜持よようなものは持っているようだ。
そう思えた伊織だった。
「とにかく!伊織さん、この漢方を!」
「伊織さん、薬草です。薬草で良くなります!」
「「さあ!伊織さん!」」
「・・・・・・」
前言撤回。
やはりどちらが選ばれるか競っているだけではないか?
「カーカカカ!さっきから黙って聞いてりゃ、馬鹿なもんだねえ!」
「誰だ!」
「何者だ!」
「・・・・・・なんだ一体」
突如、かつて隣の部屋だった場所から響く声に、この場の全ての意識が向けられた。
「やれ漢方だやれ薬草だ・・・・・・そんなもんで治りゃしないよ!アタシが原因なんだからね!」
一応壁が残っている空間から打ち抜かれているところまで歩いて現れたのは、みすぼらしい格好の老婆。
「いや本当に誰だ」
「ヒヒヒ・・・・・・失礼な物言いだねぇ・・・・・・隣人だってのに」
「は?隣人?」
「そうさ。あんたの風邪は挨拶代わり・・・・・・これからもっと苦しむよ・・・・・・」
「んん・・・・・・なんじゃさっきから騒々しい・・・・・・」
「爺さん」
「なんだ、この喋る書物は・・・・・・」
「もしや、これが病の原因・・・・・・?」
「阿呆。原因はアタシじゃて」
「うん・・・・・・なんじゃ、この婆さんは!」
「ヒヒヒ・・・・・・うるさい紙束だ。燃やしたろうか?」
「火を出そうとするな。人の家で」
「人の家だと!?へ!流石、壁を壊して二部屋独占するだけのことはあるよ。いいかい!今日からこっちはアタシの家だ!出ていくのはそっちだよ。ついでに壁も直しな!」
「なんじゃと?いい加減なことを言うでないわ!ここは伊織の工房じゃぞ!?出ていくのはそっちじゃろう!それにあたらしく入るものがいるなど聞いておらんわい!」
「はん!なんでアタシが人間の決まりを守るんだい?」
「い、言い切りよった・・・・・・」
「・・・・・・まあ、壁を直そうにも資材の調達のための金が無いからな・・・・・・」
「黙りゃ!直せったら直せってんだよ!聴き分けのない野郎だね!」
「このババア・・・・・・黙って聞いてりゃごちゃごちゃと・・・・・・!」
「お前!さっき自分が原因と言ったな!どういうことだ!」
双頭の医者がたまらず質問した。
「カーカカカ、アタシは一人が好きでね。まず風邪をひかせ、どんどん悪化させることで追い出そうって寸法よ!」
「陰湿がすぎる」
「お黙りぃや!テメェらには年長者を敬おうって気持ちが無えのか!えぇ!?」
「おめえみてえな身勝手ババアにはらう敬意は無え!」
「わかったら出ていけ疫病神!」
「カー!疫病神だあ!?おめえ事実は何より人傷つけんだよ知ってっか!?おぉん!?」
「うるせえー!病気の大元が何をいうかー!」
「・・・・・・外でやってくれないか」
「あぁん?良いぜ上等だよ表出ろやこのさくらんぼ野郎!」
「バカにすんじゃねえよこのババア!」
「奥歯ガタガタ言わせて消えねえトラウマ作ってやる覚悟しろよアァ!?」
そうして伊織の呟きを真に受けた医者と他称疫病神は長屋から出ていった。
「全くなんだったんだ・・・・・・んっ・・・・・・治ったな」
騒ぎの大元が出て行くと、伊織の喉から痛みは引き、咳も止まった。
余談であるが、この後外から男二人女一人分の汚い悲鳴が木霊した。
その声を聞いた伊織は家の中に置いたままだった医者の木箱を外に出すと、医者と婆が倒れているのを確認したという。
最初はどうもこうもという妖怪の話にしようと思っていましたが伊織を驚かせられるか微妙だったので別の妖怪を用意しました。
それはそれとしてどうもこうもは出しました。
追記
汚い悲鳴は「ギニャアアアアアアア!」を想像してください。