だぜ娘 本編外短編   作:元掃除道具

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妄想3 不穏な気配を感じる現代文マリ

 山々がちらほらと赤く色づき、冬の入り口を感じさせる空気と天の高い空。

 早朝の澄んだ空気の中、小休憩を挟むため停まった国道沿いにあるコンビニエンスストア。

 申し訳程度の囲いが設置されている喫煙所には人がいない。

 都会よりも空気が美味い気もするけど関係なく、咥えた煙草に火を点けてひとつ吸い込む。

 ジャケットに片手を突っ込みながら、スマートフォンに目を落とすと、電源の入っていない鏡面のそれには一瞬寝不足でしかめっつらの私の顔が映っていた。

 

 現代の神隠し。

 クラウドに共有された資料を改めて読み込む、大手新聞社に勤めている元上司が依頼したもの。各報道が取り扱わない厄ネタ。

 普段は一笑に付する話題を気にしたのは、失踪した大学生が残したメモにある『幻想郷』の文字。

 

「幻想郷……」

 

 我が家の魔法使いが零落した土地の名前。

 幻想郷という異世界の話を聞いた時、魔理沙は無意識に一度目を伏せ怯えを目に宿す。

 その後、それ以上にその土地で生きる妖怪や神、異能を持った人がいかに素晴らしいかを語る。

 キラキラの瞳を見ると魔理沙自身がその土地を嫌っているわけではないとは解る。

 ただ、なぜそこからこちらに来たのか。

 その話題にだけは口を閉ざすのだ。

 

「結局謎やったなぁ」

 

 ふうっと吸いきって煙を吐き出し、火を消して吸い殻入れに捨てる。

 空っぽのそこに、口紅の付いた吸い殻がからんと軽い音を立てた。

 

 アクシデントに見舞われ、泊まる場所も見つからず車で帰宅の途中なのだ。

 パンとコーヒー、ガムを購入して車に戻ると、助手席で眠る魔理沙が僅かに身じろぎした。

 

 私の車には撮影機材などもあり、物が多い為ゴチャゴチャとしている。

 さらに今回は箒まで載せているので普段よりも物が多いのに、帽子を胸に抱き目を瞑るその子の周囲だけはやけに整理されている。

 ちらりと腕時計に目をやるとまだ6時を過ぎた頃だ。

 昨晩は体を動かしていて、私も少し疲れている。

 しかし、久々に空を飛んだ魔理沙は楽しそうだった。

 最初に会ったのが8月下旬だから、もう2か月くらいは一緒にいるのか。

 

 なんだかそれ以上に年月を一緒に過ごしているような気がして、随分この魔法使いに絆されてしまったなあと実感する。

 穏やかなその顔に掛かった髪をさらりと指で払うと、つい悪戯心とそれ以上に穏やかな気持ちが湧く。

 

 はやく帰れたらええな。

 それまではゆっくりうちにおったらええよ。

 

 エンジンを点け、静かに私が運転する車はコンビニの駐車場を出た。

 今日は寝ていないしいつも以上に疲労感もある。だけど隣で眠る魔理沙が穏やかに眠れるよう気を付けて運転しているのは、すっかり母親にでもなったような気分だ。

 プルタブを開けて甘苦いコーヒーで喉を潤し、オーディオから流れる音楽が眠気を誘ってこないようにガムを噛んだ。

 

 ▽▲▽▲

 

「あれ、これ……幻想郷って書いてある?」

「うん、そう。うちの大学の先輩……あー。大きな新聞社で働いている元上司がね、少し面白い話を持ってきたのよ」

 

 夕ご飯の後、食器を片付けてからリビングに戻ると、文がソファで片膝を抱えながらノートパソコンを開いている。リビングで何か作業しているのは珍しい。梨を剥いたのでそれを持って近づくと画面が見えた。

 写真の中に手書きのメモだろうか。走り書きで『幻想郷』の文字。

 

「現代の神隠しって呼ばれているみたい」

「神隠し!」

 

 それってあれだな! 多分紫の仕業だな!

 なんだか随分久しぶりに幻想郷へ触れた気がして心が躍る。

 

「この学生はコンビニで見られたのを最後に、ぷっつりと行方不明。持っていた携帯のGPSも急に途絶え、財布も電子決済にも手は付けられていないから強盗の線は薄い……」

 

 ぶつぶつと資料を口に出して読み込んでいる文は、ライターじゃないと刑事さんみたいだ。

 ドラマで見たような姿が様になっている。

 

「魔理沙は幻想郷から来たのよね?」

「うん、そうだぜ。私は幻想郷の普通の魔法使いだからな」

「その幻想郷に人が訪れることはあるの?」

「ああそれは……」

 

 ……あれ?

 うーん、どうだったか。

 幻想郷には人間の里はあるけど、外から人が来ることなんてあるのかな。

 

「わかんないなぁ、多分聞いたことないぜ」

「ふーん」

 

 持ってきた梨をテーブルの横に置くと、つまようじを差しているそれをひとつ取ってかじる。

 強い甘みと果汁が口にじゅわっと広がる。同じ季節の果物の柿とは違う、爽やかな甘みだ。

 文もひとつ摘まんで口をもぐもぐさせながら飲み下して言葉を続ける。

 

「共通点が薄いけれど、この地域で起こっている行方不明は周辺に比べて僅かに多いらしいのよ。うちの元上司はこれに法則性を感じているらしいんだけど、ネタにしては弱いというか」

「へー」

 

 シャクシャクと小気味よい音が気持ちいい。

 幻想郷になにか関係がありそうだと思ったけど、なんだかよくわからなくなってきたな。

 

「ただ、もしこれが幻想郷に関係のあることだったら……」

「もしかして、私も帰れるのかな?」

 

 ぽつりと何気なく呟いた言葉だったが、思ったよりそれは真実味を帯びていた。

 文がこちらに向き直り、にっと人好きのする笑みを浮かべている。

 

「そう、これがもし手掛かりになるのなら魔理沙も帰れるかもしれない」

 

 思わずやったーと両手をあげて喜ぶと、それを見た文が穏やかに笑みを浮かべながら「じゃあ、明日行ってみましょうか」なんて言ってくる。

 

「行くって、どこにだ?」

「事件のあった長野よ」

 

 どこだろう?

 頭の中に日本地図が描けないのは幻想郷では必要ないからだ。

 世界地図ならわかるんだけど、そもそも幻想郷って日本のどこにあるかもわからないんだし。

 そうして私たちは、弾丸0泊2日長野ツアーに向かうのだった。

 

 ▽▲▽▲

 

 思えば、車に乗るのは初めてだ。

 前にはたてとお出かけしたのは電車だった。

 出発は早朝。私は念のために箒と八卦炉を手に支度を済ませて振り返る。

 

「よーし! 準備万端だぜ!」

 

 文は秋用の薄茶色っぽいセーター、黒いライダースジャケット、ベージュのパンツで動きやすそうな格好をしている。

 普段のスーツも格好いい女性って感じで素敵だけど、やっぱり文は可愛いな。

 大きな取材用の鞄を肩に掛け、眠そうに半分瞼が落ちている。

 

「子供は元気やねぇ」

「子供じゃないって。まだ眠い?」

「ああ気にせんで、勝手に目が覚めるわ。……それ、姫海棠が買ったやつ?」

 

 言われて、自分の格好を見下ろす。

 チェック柄のフレアロングスカートに首元がリボンになっている白いシャツ。

 幻想郷では常に三角帽子を被っていたので落ち着かなく、黒色のキャップもかぶっている。

 可愛い恰好のこれははたての趣味で、流行とかファッションに疎い私をよく連れ出してくれるのはありがたい。

 

「そうだよ、はたてが選んでくれたんだ!」

「そう。可愛らしくてよく似合ってるわね」

「あ、ありがとう……! 文も可愛いぜ!」

「あーはいはい」

 

 適当に流されて駐車場へ。

 文が手元のリモコンを押すと武骨にも思える大きめの車が挨拶するように目を光らせた。

 

「午前中には着くと思うから、お昼は信州そばね」

「お蕎麦! 好きだぜ蕎麦! でも朝ごはんはどうするんだ?」

「遠出するときはね、必ず朝行かないといけない場所があるのよ」

 

 

 

 

 ドライブスルーで注文を済ませ、受け取った文が私の膝上に紙袋を置く。

 

「旅しているって感じー!」

「でしょう? 温かいうちに食べちゃいましょう」

 

 ドリンクを取り出して、文の方の飲み物入れに紙カップのコーヒー。

 私の方に氷のたくさん入ったお茶をいれて、包み紙に包まれたバーガーを取り出す。

 

「ほら文。あー」「?」

「あーってして!」「あー」

 

 包装紙を剥いたハンバーガーを文の口元に持っていき、両手が使えない文に食べさせてあげる。

 すこし戸惑いながら嚙みついて咀嚼する文。運転で両手が使えないんだからこれくらいのことはしないと。

 

「いや、片手で食べられますよ……」

「ポテトたべる?」

「……もらうわ」

 

 ハッシュドポテトは朝限定なんだけど、お昼にも食べたいくらい普通のポテトよりも好きだなぁ。

 外がサクサクしていて美味しいんだ。

 

 

 

 

 文が煙草を吸うために休憩で入った、高速道路の途中にあるお店があるところ。

 トイレと自動販売機だけだと思ったら、フードコートとお土産屋さんも併設されているみたいだ。

 今は時間的に早いのかと思ったけど、電気が点いていて数人お客さんもいた。

 

 ハンカチで手を拭きながら何気なくお土産屋さんをふらふらと見ていると、文が途中合流してソフトクリームを買ってくれた。

 

「変なの。達磨の顔みたいなお弁当とかあるぜ」

「こっちにはリンゴジャムが凄い数あるわ、ひとつ買っていく?」

「買うとしても、帰りにしようぜ」

 

 

 

 

「もう長野ね」

「おお、晴れて来たー!」

 

 ざあっと通り雨が降って一瞬外が暗くなっていたけど、長いトンネルを抜けるとすっかり晴れ上がって空青く遠出日和だ。

 

「まだ市街地までは結構かかるけど、疲れてない?」

「全然平気!」

 

 ういーんと助手席で窓を開けると、外の空気がバタバタと入ってくる。

 道路で排気ガスも多いけど、山の中特有の、なんというか湿気とか土の匂いを感じられた。

 懐かしい。そんな気持ちが少しだけ湧く。

 

「もしかしたら近いのかもなー」

 

 ぽつりと呟いた声は窓から入ってきた風で消えた。

 

 

 

 

 有名なお店だから、すこし混んでいるみたいだ。

 目深に被っていた帽子を取って、運ばれて来たお蕎麦を前に冷たいお水を一口。

 

「ふふ。魔理沙と遠出するのって初めてだけど、もっと色々なところに行けばよかったわね」

「私もそう思ってたぜ、遠出するのってわくわくするぜ」

 

 ニコニコと上機嫌な文が天ぷらとお蕎麦のセットを前に手を合わせ、私も同じように割り箸を割って手を合わせる。

 

「うん、おいしい!」

「天ぷらもすごいサクサクしているわ! やっぱり有名なところは旨いのねー」

 

 ▽▲▽▲

 

 観光を兼ねての取材と幻想郷探しは楽しみながら続いていき、諏訪湖を望む大きな公園に付いた頃には陽が西に傾きかけていた。

 

「すこし冷えるね」

「うん……」

 

 諏訪大社を出てから、疲れてしまったのか魔理沙は少し元気がない。

 

「……そろそろなにか食べに行かない?」

「……そうだな! あったかいものを食べたいなぁ」

 

 ――ここにいたのかな。

 

 諏訪大社を見ながらポツリと呟いた声が、頭に残った。

 

 

 

 

「じょうみね神社?」

「そう、最後の目的地ね。以前地震で倒壊して今は建て直しされているらしいんだけど」

 

 手がかりとして残されていた写真の一部。解析した結果見えた神社の名前。

 

「失踪者のメモでは名前を間違えて記載していたから、すぐに結びつくとは思わないのよね」

「間違えた名前?」

「うん。その漢字を読み違えるとは思えないんだけどね」

 

 ごはんを食べてから車に乗り込み、最後の目的地に向かう。

 そんなに時間もかからないだろうから、終わってから帰れば夜中には家に着くだろう。

 

「へえ、そこで最後かー」

「また来ましょうか。私も一日で終わると思ってなかったし。予定が終わって、週末にでもゆっくり次はお泊りで……」

「そうだな! 次は温泉卵、蒸して食べたいな!」

「うん、もうすこしゆっくり見て回りましょうね」

 

 車は村の中の目的地に着き、エンジンを止めるとすっかり暗くなった。周囲には街灯しかない。

 ドアを開けて外に出ると、虫の声がリンリンと耳につく。

 

「思ったよりも小さな社ね」

「なにも無さそう、だな」

 

 出歩いている人もおらず、畑が広がる中にぽつんと社がある。

 再建されたというだけあって、鳥居も社も新しく清潔感のあるものだった。

 

「どうかしら、幻想郷に似たような場所は……」

「うーん……」

 

 ぐるぐると鳥居や社の周りをまわり、ふるふると首を振って残念そうに眉を下げている。

 

「まあ、もともと期待が薄い場所だから」

「あ、元々は山の方に建っていたんだな」

 

 立札のような案内板には倒壊前に建てられていた跡地の案内図もある。

 そう遠くない場所にあるようだ。

 

「せっかく来たんだし、行ってみましょうか?」

「そうだな。神社は山にあるものだぜ」

 

 適当に調子を合わせる魔理沙を連れ、すぐ傍にある山の方を上る。

 登山道は整理されており、大げさな山でもないのですぐにたどり着くだろう。

 

 

 

 

 おかしい。

 まだ目的地に着かず、足を動かしながら明らかな違和感を覚え始めていた。

 

 山を登る前に見た、案内板にあった約3分という文字を信じるのならば3倍の時間が経ったのではないだろうか。

 

「あ、文……。なんか、変じゃないか?」

 

 あたりはすっかり暗くなり、少し前までは街灯の明かりが見えていたのに今ではスマートフォンのライトだけが頼りだ。

 スマートフォンの時計を見るが、山を登り始めた時間から動いておらず、電波も圏外の表示。

 

「うーん、確かにヤバイ匂いがする。これは一度引き返して……」

「あ!」

 

 声をあげた魔理沙の視線をたどると、そこには斜面を切り開くように作られた石段。

 見上げた先は暗く、スマホの明かりでは見通すことが出来ない。

 

「……神社?」

 

 魔理沙から呟く程度の声が漏れる。その様子を伺う。

 ぼうっとしている視線の先は、石段の上を見上げていた。

 

「魔理沙!」

 

 肩に手を当てて揺すると、はっと意識を取り戻してこちらを見る。

 ほっと息を吐き、なんだか様子のおかしい魔理沙を心配してしまう。

 

「なんだかわかんないけど、やばいかも! 戻るわよ!」

「う、うん……!」

 

 手を引き、元来た道へ駆け出す。

 もしそこが幻想郷の入り口だというなら、進んだ方が良いのだろう。

 だけど何だか、魔理沙自身も不安そうにしているのを見て連れ出してしまった。

 

 

 

 

 しばらく森の中を走り、ようやく街灯の明かりが見えてくるころにはすっかり疲れ切っていた。

 何かから逃げるように急いだが、結局なにも追われることはなく、無事に戻ってくることが出来た。

 

 握っていた手を離すと、崩れ落ちながらぜえぜえと息を整えている。

 

「……大丈夫?」

「はあ、はあ。あ、ありがとう手を引いてくれて」

「いや、それはいいけど……」

 

 お互いに汗だくでひどい状態だ。あの場所の異様な雰囲気にのまれて心から恐怖を感じていた。

 ゆっくりと歩きながら道路に降りる途中、再び手を握ってきた魔理沙の気持ちもよく理解できる。

 ぎゅっと強く握って、私たちは車を停めている場所まで戻ってきた。

 

 ハンカチで汗を拭いながら、もう一度山の上の方を見る。

 大きな山ではなく、林と呼べる程度の樹木に覆われている小高い丘のようなものだ。

 あんなに歩くような場所ではないし、その先が見えないほどの石段があるはずもない。

 

「不思議な体験してしまったわ……」

 

 はたてが好きそうな話題だ。

 スマートフォンを見るとすっかり夜中の時間。

 

「1時過ぎているわ……」

 

 確か夜ご飯を食べたのは18時過ぎ。

 神社に向かったのはその後だけどそう時間は経っていない筈なのに。

 不思議な体験と時間を跳躍してしまったような感覚に恐怖を覚え、思わず自分の体を抱く。

 魔理沙の様子を伺うと、腕を組んで考え事をしている。

 

「ねえ、もしかしてあそこって……」

「もしかしたら幻想郷だったのかもしれない」

 

 なんだか釈然としない顔で魔理沙が首を傾げながら、私と同じ考えを口にした。

 その割には見覚えがなさそうで、恐怖さえ感じている様子だったのだけど。

 微かに全身がまだ震えているのは、山の中を走った為だけではないだろう。

 

「いつもは空から行くし、鳥居の向こう側には行ったことがないんだ」

「鳥居の向こう側……って、こっち側のことよね」

「うん。鳥居の向こうは結界の外の方に近くて、危ないって聞いていたから」

 

 言いながら魔理沙が車のドアを開け、中に積まれている箒を取り出していた。

 

「もう1回、行ってみる。もしかしたら帰れるのかも」

 

 怯えを隠しながら、ぎゅっと箒を握って強く言い聞かせるように。

 そのくせ、手足を震わせながら。

 

「……そうね。もちろん私もついて行くから」

 

 そんな様子がなんだか放って置けないのだ。

 元々厄介なことに首を突っ込む性分ではあるけど、私は引き際を心得ているつもりだ。

 今は引き返すときかもしれない。だけどそれ以上にこの子を1人にしてはいけないと強く思う。

 

「危ないかもしれないぜ。幻想郷って普通の人間には危ない場所なんだ」

「それは魔理沙も一緒でしょう? というか、あんなに怖がっておいて……」

「こ、怖がってないぜ……! あれはビックリしていただけで」

「はいはい。もし危ない場所なら守ってよ? 魔法使いさん」

「……ああ! 任せてくれ!」

 

 ぎゅっと拳を作り決意を込めた瞳で真剣に見つめられる。

 思いの外しっかりとした決意が返ってきたのを聞き、むず痒い決意を受け取って意図せず口角が緩んだ。

 

 

 

 

 あっけなく神社跡地に辿り着き、道中通ったような不思議な場所には巡り会わなかった。

 

「おかしいなぁ、気のせいじゃないよなー」

 

 キョロキョロと辺りを見回して、釈然としないものを抱えながら私たちは残された鳥居だけの敷地に入る。

 

「道路の灯りも見えるし、やっぱり全然違う場所よね」

「おかしいぜ……」

 

 しきりに首を傾げ、何の変哲もない神社の跡地で辺りを見回す。

 木々が周囲を覆うが厚く覆うのでもなく隙間から遠目に街灯の明かりも見える。広場のような場所だ。

 鬱蒼としていたあの場所とは明らかに違う。石段もなければ不穏な空気も流れていない。

 

「もしかして、偶然だったのかも」

「も、もう1回……!」

「そうね、タイミングとかが重要なのかも」

 

 その後。

 何度か往復してみたけれど、結局あの不思議な場所にはもう着くことはなかった。

 

「はあ、はあ。なんだか、悪いなあ、付き合わせて……」

「ぜえ、ぜえ。くそ、チャンス1回だけやったんか……」

 

 何度目かの往復でようやく諦めがつき、ふたりして神社の跡地で息を整える。

 汗を拭い、せっかく持ってきたのに……と箒を重たそうに抱えている魔理沙。

 残念なような、安心したような。

 もしあそこが幻想郷だとして、たどり着けたとして。

 魔理沙はもう帰ってしまうのだろうか。

 

「……?」

 

 当たり前のことなのに、なんだか胸にモヤっと不満が漂っている気がする。

 なんで私がそれに不満を持つのかしら?

 残念そうに息を吐く魔理沙を見ながら、箒を目に留めて最初に出会った時の事、ビル街で飛ぶ魔理沙を思い出す。

 

「あ、ねえどうせこの辺だと誰も見てないから……」

「うん?」

 

 家の近くだと誰に見られているかもわからないけど、この辺だときっと大丈夫だ。

 自由に空を飛ぶ魔理沙を私の家に閉じ込めているようで、罪悪感もあったことだし。

 

「私も空を飛んでみたいわ!」

 

 だけど、この場所ならすこしだけ自由に空を飛んでも、誰も気にしないだろう。

 ついでに私も、幼い頃アニメ映画で見たような『箒で空を飛ぶ』という、空想でしか叶えられない夢を見たくもあった。

 

 ▽▲▽▲

 

「空の旅にご招待、だぜ!」

 

 わぁーっ!

 箒の後ろで文が感嘆の息を吐き、回された腕がぎゅーっと背中から強く抱いてくる。

 少しくすぐったく感じるのと、車を運転したりパソコンを格好よく使っている文のその腕が、私を頼ってくれているのが嬉しい。

 

「不安定すぎて怖い!」

「だ、大丈夫だぜ。魔法でバランスも取りやすくしてるし……」

 

 ぎゅーっと全身で抱き着いてくる文の、柔らかい身体が無遠慮に背中に当たってくる。

 ムニムニと押し付けられるそれに、ワイヤーの固さと自分にはない膨らみを感じて意識しないように魔法に集中する。

 最初は緊張していたけど、文はすぐに慣れて「すごい、確かに安定している」なんて感心しながら腰を掴むだけになった。

 背中のぬくもりが無くなったことで少し残念な気持ちになるけど、頭を振って邪な考えを振り払う。

 

「よ、よーし! もう少し高く飛ぼうかな」

 

 慣れてきたその様子に、神社の跡地の生えている木々よりも高く飛んで遠目に人口の明かりが見えるくらいまで上昇する。

 ゆったりとスピードを絞りながら周辺をクルクルと回り、段々上昇を続けていく。

 

「ほら、あんなに星が近い! 飛んでいけばそのうち掴めそうだ!」

 

 久々に自由に空を飛び、自分が魔法使いであることを思い出したような気分だ。

 爽やかな風が臆病心を吹き飛ばして、気分良く魔法を使っていく。

 幻想郷とは違う空だけど一緒に楽しむ人がいる。安心感をくれる。

 

 幻想郷はどこにあるんだろう。

 私は帰れるんだろうか。

 

 先ほどまで抱えていた不安の数々が、どんどん小さくなっているのを感じた。

 文が私の不安を持っていってくれる。不安が小さくなった分、文のことを考える心が大きく膨らむ。

 

 『幻想郷の文』じゃない『現代の文』は、頼り甲斐のある大人の女性だ。

 少しだらしない所があるけどそれが放っておけない感じもするし、なにより優しい。

 私を頼ってくれる。私をこの場所で生かしてくれる。私を受け入れてくれている。

 

「凄いわねー、さすが魔法使い!」

「へへへ!」

 

 嬉しい気持ちで心を温めてくれる。

 不安な気持ちを包んで小さくしてくれる。

 

「……ありがとうな」

「こちらこそ、素敵な空の旅をありがとうね!」

 

 色々な思いを込めた感謝だけど。

 伝わっているのか、簡単に返答をくれる文になんだかモヤっとする。

 もう少し、色々なことが伝わって欲しくて、腰に回された手に私の手を重ねた。

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