だぜ娘 本編外短編   作:元掃除道具

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3話の後ろの方を前回投稿してから少し書き直ししてるます。
もし見てなければ、よければそちらぜひ〜


妄想4 曇天だけど晴れ間も覗く現代あやマリ

 薄ぼんやりとした陽がカーテン越しに室内を照らし、時間の感覚もない部屋の中で私は目を覚ました。

 

 「……っごほ」

 

 のどの違和感と寝起き以上に頭が鈍く、意識がはっきりと覚醒しない感覚。

 ひとつ咳払いして違和感を拭おうとするが、微かな痛みになるだけで晴れることはなかった。

 

 いま、何時だろう……。

 ベッドの脇に敷かれた布団から身を起こし、時計を見ると6時を少し過ぎたあたり。

 普段よりも少し遅めに起きてしまったようだ。

 

 ひんやりとした室内は薄暗く静かだ。微かな寝息がより静寂を際立たせている。

 ベッド脇に敷かせてもらっている布団が暖かく、抗いがたい誘惑をしてくるがなんとかそれに打ち勝って身を起こす。

 来客用のお布団を使わせてもらって、随分長く時間が経った。

 いい加減もうひとつベッドを買おうかなんて声を掛けられて、いつ幻想郷に帰るかわからないので断ったのも随分前の事に感じる。

 普段よりも重い身体を引きずって抜け出し、ベッドで眠る文の様子を伺う。

 

 シングルサイズよりも少し広いベッドで、うーんと眉間に皺を寄せながら眠る文を見ていつも通り過ぎて笑いそうになった。

 毎朝見ている光景。文が目を覚ますまでの楽しみな時間。

 うーん、と寄った眉間の皺を指でつつき、穏やかになるのを見て少し笑う。

 

 そのまま音を立てないように注意しながらそっと掛布団の上に置かれた半纏を着こむ。

 手を擦りながら寝室を抜け出してリビングに向かい、エアコンのスイッチを入れて部屋を暖かくしておく。

 

 身支度のために向かった洗面室の鏡には、少し顔の赤い私が映っていた。

 うぅん。これは風邪を貰ってしまったのだろうか。

 やや体調の悪さを感じながら、冷水で頭を冷やしていく。

 

 簡単に身支度を整えて、朝ごはんの準備をしないといけない。

 文のお弁当の準備もして、そうするともうあまり時間はなくて……。

 

「っごほ」

 

 湿った咳が我慢できず、続けざまに何度も漏れていく。

 これはいよいよ風邪を引いたと認めざるを得ない。

 すぐに体調を崩してしまう自分に嫌気が差す。外の世界に来てからは風邪を引いていなかったのに。

 

 幻想郷ではもっと頻繁に風邪を引いていたっけ。

 そのたびに、誰かに心配を掛けてよく看病してもらっていた。

 ……あれ、誰に? 誰に、看病してもらっていたんだっけ。

 私は、ひとりで暮らしていた筈なのに……。

 

 ぼんやりとした頭が痛みを訴えだすので、体が動くうちにやれることをする。

 

 ごそごそと棚から風邪薬を取り出して、マスクも着ける。

 文に風邪が移ってしまったら大変だから、手も消毒する。

 半纏の前の方をしっかりと結び、靴下を履いて足の冷えもガード。

 いつもより少し遅い時間だから、着替えている暇はないのだ。

 

 そのままキッチンに向かい、冷蔵庫から昨晩仕込んでおいた昆布だしを取り出して火にかける。

 鰹節も入れて、煮えるまでに豆腐と葱を切ってお味噌汁の準備。

 予約炊飯していたお米は炊き上がっている。しゃもじで切り混ぜているとふぅふぅと少し息が上がっていくのを感じる。

 

 あとは昨日の煮物があるのでそれもあっためて、卵焼きと、アスパラベーコン巻……。

 やっぱりいつも通りには体が動かず、だんだんと重く鈍くなるのを自覚しながらなんとか準備だけは済ませていく。

 

 準備はなんとか済んだから、文を起こさないと。

 そのまえに、少し休憩……。

 鍋の火を止め、お水を飲んでソファーにどさっと体を沈める。

 息が若干荒くなった。落ち着いたら起こしに行こう。

 なるべく平気な顔を作って、見送ってから少しゆっくりしよう。

 

 いつの間にか滲んだ汗が髪の毛を肌に貼り付けていて気持ち悪い。

 右手の甲を額に当てると、手が冷たくなったからか、やけに温度を感じた。

 

「ふぁ~、おはよう魔理沙……」

 

 と、寝室のドアが開き半目の文が姿を現す。

 起こす前に起きるなんて偉いぜ。

 声を掛けようとしたんだけど、喉に引っかかって声が出せない。

 

「魔理沙……⁉」

 

 慌てた様子の文がソファの背から覗き込むようにこちらを見て、なにか言っている。

 ああよかった、起きたならごはんの準備はしているから、あとはお弁当を……。

 

 ▲▽▲▽

 

「……姫海棠、ありがとう」

 

『お互い様でしょ。魔理沙ちゃんにお大事にって伝えてね』

 

「ええ。……私、無理させているのかな」

 

『どうしたのよ。らしくないわねぇ』

 

「私は気が利かないし、細かな配慮もできないし。あの子の傍に、居るべきじゃないのかも……」

 

『あんたの気が利かないのはいつものことじゃない。それに今更、傍に居るべきじゃないって?』

 

「……」

 

『はぁ……。傍に居るのはあなたにしかできない事じゃないかしら』

 

「でも……」

 

『魔理沙ちゃんのこと、私が預かってもいいの?』

 

「……それが、魔理沙にとって良い事だったら」

 

『本気で言ってる? もう私は仕事行くから、あんたも少し頭冷やしなさい』

 

「あ……。そやけど、わからへんねんもん……」

 

 ▲▽▲▽

 

 幻想入りの反対、幻想抜けとでも言うのかしら。あなたの身に起こっているのは緩やかな消失。

 

 薄藍色の何もない空間で、私はパジャマのままフワフワと浮かんでいた。

 あ、夢だ。夢を見ている最中に夢を自覚する。

 

 最初にどこからか聞こえた声がお風呂みたいに反響している。

 グワングワンと意識と視界が揺れている。

 

 睡眠は自分の記憶の整理をする時間で、それに付随する夢は整理している記憶を脳が見せるものらしい。

 

 だから見覚えのない場所とか、知らない人に会うことはないらしいんだけど、夢ってやっぱり不思議なもので全部がそうとも言えないらしい。

 

 まっ黒なシルエットの少女が目の前に、カゲロウみたいにうっすらと現れた。

 その姿をきちんと捉えられない。けれど、きっとこの子を私は知っている。

 ナイトキャップを被っているのか、先端にポンポンが付いているのが可愛らしい。

 だけど、覚えていない。見たこともない。知っている筈なのに不思議な感覚だ。

 

「このままだとあなたは帰れない」

 

 全部の空間から声を出しているんじゃないかと思う程、反響した声がぼわんぼわんと脳を揺らす。

 

「あなたは、だれ?」

「今、それは重要じゃない」

 

 冷たくも聞こえるが、それだけ相手が切羽詰まっているようにも感じる。

 そういう焦りを含んだ声だった。

 

「幻想郷を探し続けて。幻想の存在もあなたを探している。だけどそれ以上に、もう外の世界のものに心を囚われないで」

 

 外の世界に……?

 なにを言っているんだ?

 私もずっと幻想郷を探しているんだけど、なかなか見つからないんだよ。

 

「あまり時間がないの」

 

 声が届いていないことに気が付く。

 声が出ていない、口がない、存在が溶けるように消えていく。

 

「囚われないで、魔理沙。かえってきて――」

 

 ▲▽▲▽

 

 焦りを感じて目を覚ます。

 視界に広がるのはいつもの天井で、荒く息を吐くと自然に咳が込み上げて来た。

 横を向き手で口元を覆いながら思い切り咽込む。

 

「っごほっ! げほっげほっ!」

「ま、魔理沙……? 起きた、大丈夫?」

 

 ここは、文のベッドだ。

 自分のものではない匂いに気が付いた。

 傍にいた文が私の背を擦りながら声を掛けてくれる。

 

 涙がにじむほど苦しいけれど、滲む視界で文を見つけて少し安心した。

 息が落ち着くまで背を擦ってくれる手の温度が心地良い。

 

「……はぁっ、はぁっ。あ、あや……」

「うん、そうよ。大丈夫? お水飲む?」

 

 顔を覗き込んでくる心配そうな様子の文。

 起きてから感じている心に穴が開いたような、そういう寂しさ。

 文章でよく見るそれを、自分が実感して初めて泣きそうなくらい悲しい事なんだと知った。

 あまりにも辛くて苦しくなって、それを埋めるように文に飛びつく。

 

「……っ!」

「あや! ……うぅ」

 

 この広い世界で、私はひとりぼっちだ。

 それに気が付くと、途端に周囲が冷たいものに囲まれているように感じる。

 私は温度を探して両手を伸ばし、縋る様に文に抱きついた。

 

「う……うぅー……!」

 

 そのまま、子供みたいにぽろぽろと溢れる涙が止められなかった。

 傍にいた誰かが消えてしまった感じがするのに、それを思い出すこともできない。

 だけど抗うこともできない。自分が情けない。

 

「……大丈夫やで」

 

 不器用に背中を撫でる手を感じる。

 暖かな温度が伝わり、その手からじんわりと優しさが体に伝う。

 

「大丈夫。大丈夫やから」

 

 言い聞かせるような優しい文の声を聞きながら、そのまま意識を失うまで聞いていた。

 

 真っ暗闇の中で、その温度だけは私の近くにいてくれた。

 

 どこにもいかないで。近くにいて。

 弱々しく希望を伝えることしかできない。

 きっと聞こえないくらいの私の声が届いたのか、その温度はずっと私の傍に居てくれた。

 

 ▲▽▲▽

 

 熱がある様子で赤くなった頬、汗で張り付く乱れた金の髪。

 助けを求めるように必死に縋り付く弱々しい腕。

 普段から細いと思っていたけど、微かに震えるそれが酷く頼りないものに思えた。

 荒い息を吐いて弱っている様子に、心配する気持ちが間違いなく存在するのに。

 

「……」

 

 これは、そういうことなのだろうか。

 1日経ってすっかり体調が良くなったと上機嫌にキッチンに立つ魔理沙を、リビングのソファーからちらりと伺いながら煩悶とする。

 まだ無理しないでと伝えたのに、動かないと落ち着かないからと押し切られて心配をよそに細々と動いている。

 昨日の弱り切った様子と違い、すっかり元気だ。

 疲れが出たのだろうか。長野に行ったとき無理をさせ過ぎたのかしら。

 

 はたてに告げた弱音とは相反して、決してあの子を手放す気のない本心を自覚する。

 だって今更無理だ。というか、無理だと気が付いた。

 

 思えば遠出したとき、いやもっと前からなのかも。

 

 助手席で楽しそうにはしゃぐ様子。

 知らないことを知れて、嬉しいのだというキラキラの笑顔。

 魔法で空を飛び、誇らしげに箒を駆る姿。

 こちらを気遣う様子、ゆっくりと空を楽しむ姿に。

 眠らないようにしながら、限界が来て船を漕ぐ様子に。

 

 そういう何気ない姿と特別な様子をすべて覚えている。

 写真に収めたわけでないのに、しっかりと焼き付いている。

 

 これって、やっぱりそういう事なんだろうか。

 

 リビングの掃き出し窓を開けてバルコニーに出る。

 広めのバルコニーは物干し以外に椅子を置くスペースもあり、独立したスペースが確保されている。

 両隣に部屋があるけど、バルコニーは上下階だけ繋がっている各部屋で独立した造りだ。

 消防法の関係で避難梯子が床にあり、そこだけ塞がないように椅子を置いている。

 小さいその椅子に腰かけ、煙草を取り出して咥え、火を点けて一息。

 

「……」

 

 ふぅっとため息と一緒に煙を吐き出し、落ち着きを取り戻した内心で取り留めなく浮かぶ思考を纏める。

 

 今までお付き合いをした経験がないのを気にしたことはない。

 学生の頃から言い寄ってくる輩は男女問わずいたけれど、どれにも興味を惹かれなかった。

 そういう作品も好きになったことがなく、そもそも興味がないのだと思っていた。

 

 煙草だって人除けの為に始めたひとつだ。

 勝手に期待した人が離れていくのが都合良いので、気が付けば手放せなくなっていたもの。

 

「……」

 

 遠目に見える道路を車が横切り、遠くでブーンとエンジンの音。

 午後の空気、平日の静寂がゆっくりと心に染みてくる。

 

「……好きなんかな」

 

 ぽつりと漏らした本心がじわっと周囲に溶けて消え、やがてなくなるまで目で追うとそのまま煙草の火を消した。

 

 弱っている様子を見たから自覚したっていうのが、なんだか変態的で嫌なんだけど。

 今更になって、そういう経験も積んでおけばよかったと置き場のない心を持て余して思うのだ。

 

「あ、ベランダにいたのか」

 

 もう一本吸おうかと持て余していると、ガラリと音を立てて窓を開け魔理沙が顔を出した。

 

「ご飯できるけど、すこしゆっくりする?」

 

 言いながらスリッパを突っ掛けてパタパタと寄ってくる魔理沙に、以前まで感じなかった胸の高鳴りを感じてしまう。

 長い髪を一纏めで後ろに縛っている姿が、普段の三つ編みよりも新鮮に感じてそんな姿も可愛いと思う。

 自分の煙草のにおいが気になり、寄ってくるのに少し距離を取ると、むっとした顔をしてぐいっと距離を詰められた。

 ぐぅっ……!

 

「なんだよ」

「い、いや……。煙草くさいやろ」

「うん? いつものことじゃん、気にしないぜ」

「い、いつも思ってたんか……!」

 

 それはそれで少しショックだ。

 今更過ぎるけど、乙女心が衝撃を受けている。

 落ち込む私に気が付かず、魔理沙はそのままぴったりと体を寄せながら笑う。

 

「ヘヘ、別に気にしないぜー! 好きだよ、文の匂い!」

 

 照れ笑いを浮かべながら、それでもまっすぐに伝えられる好意。

 心がきゅーんと甘く締め付けられた。

 

 あ。

 好きだ。

 

 近寄るその肩に手を置いて、抱き寄せてみる。

 

「なら存分に嗅げや~!」

「うわぁ~! うふふ!」

 

 じゃれてその頭を抱き寄せ頭を胸にぐいぐい押し付ける。

 笑ってくれるその姿に一旦心を落ち着けて冷静を装う。

 つい、頭以外にも手が伸びて擽ってしまうのは疚しい気持ちからではない。

 

「あはは! くすぐったいぜ~!」

「まったく、大人をからかうもんやないで」

 

 きゃっきゃと戯れるその子に、邪な思いを抱く前に手を引いてこちらも笑う。

 笑いが引くまで少し待ち、やれやれと肩を落としながらもう一本煙草に火を点けた。

 

「はぁ……まったく」

「あ……」

「うん?」

 

 ちらりとその顔を見ると、なんだか残念そうにしているように見えるのは私の欲目だろうか。

 

「なんなん、もっとじゃれたかったん?」

 

 口に煙草をくわえながら、へらへらと笑って右手を魔理沙に差し出す。

 残念そうにするから、そういう風に言われるのだ。

 言葉の通り、あまり揶揄わないでほしいものだ。

 

「……うん」

 

 一瞬呆けてしまい、意味を理解する前に右手をそっと両手で包まれた。

 

「……もっと触ってほしい」

「んなぁっ……!」

「や、やっぱ何でもない!」

 

 いってぷいっと顔を背け、魔理沙がパタパタとスリッパの音を立てて部屋に戻っていく。

 

「ご、ご飯の準備しておくから!」

 

 一瞬で受けた衝撃が抜けきらず、私はその背を見送ってしまった。

 

「な、なんなん……あつぅ!」

 

 手に落ちた灰を慌てて払い、現実感が戻ってくると同時に心が悲鳴を上げた。

 甘い痺れが心を擽り、物理的に胸が苦しくなって思わず抑え込む。

 

「……んぁ~!!」

 

 く、苦しい……! 苦しい……!

 胸から湧いてくるむず痒い感じで胸が詰まりそうだ。

 声にならない叫びが漏れて、さっさと灰皿に煙草を押し付けて胸を抑えた。

 

 どんな顔してそんなこと言うんや!

 

 鼻息荒くガラリと窓を開け、大股でキッチンに向かう。

 これはやり返さないといけない。

 あまりに無防備なそいつに、ひとこと言わないと気が済まない。

 

 後から考えると、その時は脳みそが良い感じに茹ってしまっていた。

 冷静さを装っておきながら、しっかりと不埒な考えに脳みそが蕩け切っていた。

 

 リビングからキッチンを覗き込み、そこで顔を赤くして息を整えている魔理沙が見上げてくるのを見た時に。

 堪らない気持ちが溢れて、そのままぎゅーっとその体に覆いかぶさるように力いっぱい抱きしめる。

 

「あ、文? ……っ」

「……っ!」

 

 耳がその声を捉えた時には、既に私は事に及んでいた。

 

「……」

「……」

 

 長い沈黙。

 逸った行動に後悔が溢れる。

 あまりにも自分らしくない行動に、沈黙の分だけ心にずんと重く後悔が圧し掛かる。

 

「にが……」

「……ごめん」

 

 小さく呟かれたそんな声に、思わず口を吐いたのは謝罪だった。

 すぐに離れようとしたのに袖を掴まれ、弱く握られた手に、縛り付けられたように体が動かなくなる。

 

 体を震わせている、腕の中で魔理沙の強がりを感じる。

 顔を背けるようにして逸らしているのに、私の服の裾を掴んで離さない。

 耳まで赤いその姿から目が釘付けで離せない。

 

「……えと」

「……あの」

 

 声が被さり、お互いに顔を見合わせる。

 真っ赤な顔で涙目の金色が、驚いたようにこちらを見ながらその目を開いた。

 茹った頭が冷静にならない。

 謝らないといけないということ、嫌われたくないという自分勝手な考えが頭を占めている。

 

「……文、そんな泣きそうな顔しないでくれよ」

 

 そんな言葉で笑みを零す顔が、やけに自愛に満ちたものだった。

 服を掴む手が、たどたどしく背に回される。

 回されたそれが私を許すようにゆっくりと撫でてくる。

 

「……その」

「……きちんと、言ってからしてほしいんだけど」

 

 大きな塊を飲み込んだように喉が鳴り、今までに感じたことのないほどの緊張で手足が冷えていくのを感じた。

 ぐるぐると言葉が湧いて出て、全部が喉からは音にならない。

 

「あ……あの、その……」

 

 思わずぎゅーっとそのまま抱きしめると、腕の中の小さな生き物がこちらをからかう様に、こちらの力に合わせるように強く密着してくる。

 愛おしさが湧いて仕方がない。いや、ちがう。今は言葉を探す時だ。

 ライターだろ、言葉の仕事だろ。しっかりしろ、人生で一番頭を振り絞る。

 

「あ、その……好きです! 好き……なんです」

「ふふっ! な、なにそれ……」

 

 振り絞って出たのはそんな言葉で、陳腐なそれは間違いなく本心だった。

 だけど伝え方は今までの人生経験の無さが如実に出てしまい、やっぱりそういう経験を積んでおけばよかったと心から後悔した。

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