だぜ娘 本編外短編   作:元掃除道具

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※幻想郷に帰還END


妄想5 あるひとつの終わり

 熱されたフライパンがジュゥ~っと音を立ててバターを溶かし、食欲をそそる匂いと音が広がる。

 溶き卵を半分入れて、チーズを卵の上に載せてささっと形を整えたらひっくり返して完成だ。

 魔理沙のように凝った料理は面倒でやらないが、チーズオムレツくらいは私も簡単に作れる。

 サラダとベーコンを盛っているお皿に、そのままオムレツを乗せて完成。

 自分の分も適当に作り、ケチャップでハートマークを描いていると自然に口角が上がっていく。

 

「はぁ~い、ごはん食べよ~」

「わー! ありがとう文ー!」

 

 テーブルについて待っていた魔理沙が笑顔で出迎えてくれる気分のいい朝。

 パジャマから着替えたばかりの白いシャツに、黒いハーフパンツで太ももが眩しい。

 魔理沙は先日思いを遂げて私の彼女になった、異世界から訪れた魔法使いだ。朝だから髪の毛が乱れているのはご愛敬。

 今日は私の仕事が休みだったので、昨日の夜からはしゃいでしまい、すっかり遅くなった朝のご飯。

 

「チーズのオムレツと、カリカリのベーコン! レタスとトマト、ブロッコリー!」

「これくらいはね、ひとり暮らしも長かったし」

「あ! す、すごいハートマークだな……」

「ええ、そりゃあもう。なぁに、今更恥ずかしがるん?」

「い、いや……」

 

 些細なことで顔を赤くする魔理沙にこちらはついつい調子に乗ってしまう。

 んー? と顔を近づけると、照れながら顔を背ける様子が堪らない気持ちになる。だけど、本当にこれ以上は朝からはいけない。準備もできないから大変だ。

 自分を内心で諫めながら、パックの紅茶を淹れてマグカップを渡す。

 

「はい、じゃあ食べましょうか」

「うん、ありがとう! ヘヘヘ」

「どうかした?」

 

 マグカップを受け取り、にへらっと表情を崩しながら魔理沙が笑う。

 

「いや、なんだかいつもお茶を文が淹れてくれるなぁって思って」

 

 言う程私はごはんの準備を手伝っていただろうか。

 お茶の準備なんて自分でも気が付いていなかったけど。

 

「毎日淹れてあげるわそんなん。ほいじゃあさっさと食べて準備しようか」

「うん。今日は大きいお店に行くんだっけ?」

 

 焼きたてのトーストに何もつけずに嚙り付き「14枚目だぜ~♪」なんて嬉しそう。

 いい加減、セミダブルベッドでふたりが眠るには狭いと感じていた。

 狭くはないんだけどね。魔理沙は小柄だし。ただ広い方が良いというか大は小を兼ねるというか。

 とにかくせっかくのお休みなので、デートも兼ねて大きな家具屋に行く。

 

「通販が好きな文にしては珍しいよな」

「たまにはいいのよ、偶にはね」

 

 仕事がある日には外に連れて行くこともできないし、こちらの世界に知り合いのいない魔理沙が外に出るのは不安が大きい。

 結局閉じ込めるように部屋の中にいてもらうことが多いので、休みの日ぐらいは色々な所へ連れ出したいのだ。

 ベッドを買い替えたいと思っていたのも本当だし、これからの時期もっと、もっと楽しい場所が多くある。

 もっとたくさん、色々な場所に行きたいんだ。

 

 暫く前から、異常気象がニュースで取沙汰される程度の日々が続いていた。

 各地で発生する濃霧、時には異常な赤い霧の発生。頻繁に起きる地震、冬の異常な夏日、日本各地でUFOの目撃証言やY〇uTubeへの投稿。

 関係ないものもあるだろうが、誰もが今年の異常に何かを予感していた。

 

 ▲▽▲▽

 

 海外の家具を輸入している大型の家具屋は、初めて訪れた私たちにとってはテーマパークに来たのと変わらないような感動と驚きを与えてくれた。

 

「はじめて来たけど……」

「うん、これが異国情緒か……」

 

 まるで部屋のように展示されたおしゃれで可愛い家具の数々。

 すっかり夢中になってしまい、本来の目的であるベッドよりも抱き枕にもなるぬいぐるみをカゴに詰めている状態で、施設内にあるフードコートでようやく一息ついた。

 

「楽しいぜ……! ただ家具を眺めるだけなのに、なんでこんなに楽しいんだろう……!」

「それはね」

 

 普段の仕事で知識としては知っている受け売りとして『単に家具のレイアウトだけでなくその先の生活までをイメージできる作り』が正解だと思うのだけど。

 

「私と一緒に見ているからかも?」

「そ……そうかも」

 

 いちいち照れるんだから、もう。

 今日の服装は冬の装いだ。藍色の細かなチェックの入ったプリーツスカートが可愛らしく、白いシャツで胸元に赤いリボン、すっぽりかぶれるベレー帽。

 可愛い私の恋人が、目立つくらい輝く金の髪を帽子の鍔を掴んで深くかぶり直し、顔を隠した。

 その様子を見ながら満足して、中にベリーのソースが入っている固いチーズケーキをフォークで崩して口に運ぶ。

 我が家は魔理沙が和食中心だから、こういう洋食を連続で食べるのは久々な気がする。たまには良いけど、普段は家のご飯が1番だ。

 

「そういえば、ベッドはどう? なにか気に入った?」

「気に入った物って、文が使うんだから文が選んだらいいんじゃない?」

「何言ってんの、ふたりで使うんだから魔理沙も考えてよね」

「お、おお……」

 

 展示の中にあった物だと、あの背もたれが付いている物は上にぬいぐるみも飾れて可愛かった。

 落下防止で木の柵が付いているものも可愛かったけど、分割して2つになるからあれは無しにしておく。

 

「あー、それじゃあ……あの……」

「なあに、煮え切らない態度ね。気に入ったものがあったの?」

「い、いや……あのー」

「なんでも言ってみてよ、なるべく期待に添いたいんだから」

「……笑わない?」

「……笑わない」

「今迷った! 絶対笑う!」

「わからないから! 聞いてみないとまだわからないから!」

「うう……それじゃあ、ああいうのが良いかも……」

 

 言って指し示している指の先を追う。

 いくつか候補がありそうなその指先の中で、最も面白いものを探す。

 

「もしかして、あの天蓋付きのベッド……?」

「う……やっぱり笑う……」

「い、いや……」

 

 笑う以上に、わかっていた事だが、少女趣味の憧れみたいなものがあるのだなと思うと愛らしさが先に来る。

 思わず想像するのは、天蓋を開けた先に下着だけの姿でこちらを誘う姿。

 

「いや全然ありだわ」

「違うって! あの、背もたれのソファー部分にこの子たち載せてるのが可愛いかなって! ねえ聞いてる?」

 

 ▲▽▲▽

 

 店を出ると外はすっかり夕方になっていた。ベッドは思いのほか早く搬入可能だそうで、今週中には到着予定だ。

 

「あら、雪?」

「本当だ、降ってきたなー」

 

 せっかくなのでと駅前に車を停めて外へ出ると、視界にちらりと白が混じり始めていることに気が付いた。

 ちらほらと降る程度で、積もらないだろう微かな白色。

 ふたりで信号の手前、止まりながらほうっと空を見上げる。

 街角ではテレビの取材だろうか、街頭でカメラを向けている人、マイクを持ってインタビューする人が一角に賑わいを作っている。

 

「こっちも雪が降るんだなー」

 

 何気なく魔理沙がそれを口にするので、幻想郷でもどうやら雪が降るらしいと知る。

 信号が青になり、周囲の人も動き出した。

 

「幻想郷も降るんやね」

「うん、そりゃあもう凄い雪が降るぜ。初夏くらいまで雪が降っていたこともあるんだ」

 

 楽しそうに笑いながら歩き出し振り返るその顔が、少しだけ遠く感じる。

 思わず歩み寄り、ぎゅっと手を握りながら歩いていく。

 

「うちの地元も雪降るときはすごい降るで。そうや、今度帰った時には一緒に行こうな。夏は暑いし冬は寒いし最悪な場所やで」

「そ、そうなのか……なんだか行きたいって感じじゃないなぁ」

 

 あはは、と笑う顔を近くに感じる。

 胸を撫でおろし、先日から感じる予感をより強く自覚する。

 

 ――幻想の存在。

 

 魔理沙はこの世界の異端だ。

 ふとした瞬間に感じる違和感が、こんなに近いのに遠く感じる瞬間がある。

 

 先輩が言っていたことを思い出す。

 

 大学の頃からオカルトに傾倒している妖しい先輩だが、しっかりと大手の新聞社で良いポストに収まっている。噂では、そのポストを手に入れたのも怪しい呪術によるものなのだとか。まあ、やっかみを言われるくらいには優秀な人だ。

 先輩は以前、私の相談を聞いてくれたことがある。その際に真剣な様子で、念を押して伝えて来た。

 

『それを手に入れたいと願うのなら、それらに感づかれてはいけない』

 

 珍しく真剣に伝えられた言葉は、実感を伴って今になっている。

 自身が既に後悔しているように強い口調で、どこか遠くを見ている様子だった。

 先輩は一度それらに深く関わったのだろうか。

 表情から後悔と自責のようなものを感じ、今の自分にもそれは心当たりがある。

 

「そうなんよ、最悪やろ? だけど良いところもあるし、一緒に行ってほしいんや」

「あはは! そっか、文が育った場所だもんなぁ、行ってみたいぜ!」

 

 私があんまりな剣幕で迫るものだからか、おどける様に魔理沙が笑うのを真剣に見つめる。

 

「……」

「……」

 

 握った手からは体温が伝わり、じんわりと優しい暖かさが甘く心まで染みていく。

 伏せた顔からは表情はうかがえないが、耳まで赤くしているその様子が決して悪い感情ではないと思う。

 

「一緒に、両親に会ってほしいなー……なんて」

 

 最後におどけてしまうのは私の悪い癖だが、真剣な様子は、伝わっていると良いな。

 

「……うん、ありがとう」

 

 耳まで赤いその様子では、表情まではうかがえないのに。

 なんだか私も顔が熱い。

 

「いつがええかな、そう遠くない方がええやろな。来月、は無理か。いや春くらいには少し長めに休み作って……」

「は、早いなぁ……」

 

 なんでこんなに気が逸るんだろうか。

 自分でも不思議に思いながら、どんどん将来の予定を詰めていく。

 そうしないといけない気がする。

 

「あれ、桜……?」

「うん? いま冬なんやから、桜なんて……」

 

 どこか遠くで、ちりーんと鈴の音が鳴った。いや、そんなはずは無いのに。

 人込みでにぎわう街の中で、鈴の音だけを拾うなんてそんな。

 

「本当だよ、ほら、あっちに桜の花びらが……」

「……!」

 

 手を握り、なにかを追おうとする魔理沙を留める。

 後ろの方では信号が再び変わり、車の往来が再開していた。

 

 私達だけがその場にとどまり、魔理沙は困惑したようにこちらを見る。

 

「文? どうかしたか?」

「……桜なんて、咲いてないで」

「うん? でもあっちに……あれ、本当だ」

 

 小さな手をぎゅっと握り、温度を確かめるように指を絡める。

 

「なんだろ、変なの見たなぁ。……文?」

「……今日は、もう帰ろか」

「え、うん……。大丈夫か? なんか、怖い顔してるけど」

 

 言われて、表情が強張っていることと魔理沙の手を強く握り過ぎていることを自覚して慌てて緩める。

 

「あ、ご、ごめんな! ちょっと、変なこと言うもんやから怖なって!」

「ふふふ、怖いのか! 大丈夫だぜ。もしお化けとかが出ても私が守ってあげるからな!」

 

 帽子を深くかぶっている魔理沙が、悪戯っぽく笑う。

 それを見ながら私は内心の恐怖を誤魔化せただろうか、うまく笑い返せていただろうか。

 

 ▲▽▲▽

 

『本日は濃霧注意報が出ています。見通しが悪くなることによって交通障害の恐れがあり――』

 

 適当に付けたテレビからはニュースキャスターが原稿を読み上げており、画面上部では注意報が発令している地域がアナウンスされている。

 家の住所も含まれており、どちらにせよ早く帰ってきてよかったと胸を撫でおろした。

 

「天気よかったのに濃霧だってさ。帰ってきてよかったなー」

「せやねぇ。やっぱり家が一番ってことね」

 

 手荒いうがいをしてリビングに戻ってきた魔理沙が、隣に座りながら一緒にニュースを見る。

 心がようやく落ち着いていくのを感じ、ぐいーっと魔理沙を引き寄せながらその首筋に顔を埋めて目一杯息を吸った。

 甘い花のような香りが鼻腔を擽り、今日一日の疲れと心に燻る不安を癒していく。

 

「あ、ちょっと……! や、やめろー! 汗かいているからダメだって……!」

「あ~、いい匂い……。同じシャンプーの筈なのに、なんでこんなに違うんやろ……」

 

 はふぅ。息を吐き出して再び吸い込む。まるで麻薬のようだ。

 ガンガン脳内が幸せに占領されていき、言葉の割に強く抵抗しない魔理沙へ甘えてしまう。

 

「全然聞いてくれないし……」

 

 スキンシップに一々反応を返してくれるのが可愛くて仕方ない。

 後ろからは耳しか見えないけれど、赤く染まったそれが愛おしい。

 へらへら笑みが浮かび、そのまま腕の中でぎゅうぎゅうと抱きしめて息を吸う。

 

 昨日の夜にも散々愛情を伝えあっているのに、朝から我慢を続けていたような気分だ。

 これ以上は買って来たごはんも冷めてしまうし、外に出慣れていない魔理沙も疲れが溜まっているだろう。またお預けだ、我慢しないと。

 

「さて、ごはん食べましょうか」

「ぇ」

「うん?」

 

 腕の中の魔理沙を開放すると、捕まえていた腕に手が重ねられる。

 

「……しないの?」

 

 肩越しに振り返った顔は赤く、期待に濡れた瞳はひどくこちらの嗜虐心を煽るものだった。

 

 ▲▽▲▽

 

 これは夢だ。

 私は、夢を見ている。

 

「初めまして、私は幻想郷の管理者のひとり。八雲紫と申しますわ」

「これはご丁寧にどうも。私は射命丸文。しがないライターをしている者です」

 

 雰囲気の良い古風な喫茶店。地下にあるその店内では静かにジャズが流れている。

 LEDではないようなオレンジのゆらゆらと揺れる照明、コーヒーの匂いと微かに茶器の音。

 しかし店内には人はおらず、音の発生原はどこにもない。

 

 いつの間に訪れたのだろうか。しっかりと意識はあるのに前後の記憶がない。

 

「どうぞ、おかけになって。射命丸さん」

「はは、いやあ。恐縮ですね、どうも」

 

 豊かな金髪に中華風のドレスを纏った胡散臭い女性。

 八雲という性に紫という名前。なぜか意識しないと忘れてしまいそうになるが、女性は確かにそう名乗った。

 

 女性が座るボックス席の対面に私も腰を落ち着けると、瞬きの間に目の前にはコーヒーが湯気を立てて置かれている。

 明らかな異常。思わず作った顔が強張るのを感じる。

 

「そう身構えないでくださるかしら。私はお話をしにきただけですわ」

「……」

 

 妖しく笑うその女性が毒はないと示すように、同じように置かれたコーヒーに口をつけた。

 

「要件を手短にお願いします」

「そうね。といっても、わかっている筈」

 

 八雲紫の瞳が、妖しく光った気がする。

 こちらを見るその目が鋭くなるのに、細められた瞳からは感情が伺い知れない。

 

「あの子は幻想郷の存在なの。長々と話をすると少し複雑な事情があるのだけれど、返していただきたくて参りました」

「……追放したのは、そちらでは?」

「それも誤解さ。好奇心の赴くままに行動させていた結果があれだから、私達も強く言えないけれどねぇ」

 

 いつの間にか、八雲紫の隣にこちらも明らかな異形。

 大きな二本角を生やした女性。いや、少女と呼べるほどの年齢だがその存在感の大きさが見た目以上の大きさに錯覚させる。

 なぜだか敬服せざるを得ないような威圧感を放つその少女は、先ほどまで明らかにその場にいなかったはずなのにまるで最初からその場にいたように、ごく自然にその場に発生した。

 

「なにも知らないのではこいつも不幸だ。紫、すこしくらいは話をしても良いじゃないか」

「……知らなくても良いことも、あるのですけど」

 

 

 

 ある科学的で人工的な物質を通じて幻想郷と外の世界が繋がり、偶々外の世界に出た魔理沙。

 これが通常であれば、その原因が無くなった時点で自然に世界に帰るもの。

 しかし幻想郷に住む普通の魔法使いを自称する魔理沙には、ある特殊な事情があった。

 

「彼女は生まれも育ちも幻想郷の人間。だけど、幻想郷のものではない異邦人」

 

 その魂は幻想郷でも外の世界でもなく、もっと遠い世界から訪れたものであるという。

 限りなく近縁の世界で、違和感のない程度のもの。それを知るものは限られているのだけれど。

 ただその世界は幻想郷とは違い、幻想郷の外の世界に酷似したものだそうだ。

 

「だから彼女は迷い込んだ」

 

 迷い込んだ先で私に出会い、縁を結ぶことで、そしてその繋がりが強くなるにつれて幻想郷との繋がりが失われていった。

 

「私たちが彼女を連れ戻すのに、邪魔で不確定だったのは」

 

 そのきれいな指がぴっと私を指さして、昏い瞳がこちらを映す。

 

「あなたと外の世界にいる神霊たち」

「し、神霊……?」

「ええ。正確には、あなたを護る神霊たち」

 

 神霊と聞いて思い出すのは、自身が幼い頃から聞いていた実家の信仰や祖母の話。

 先祖の話。

 

「あなたは強く神霊に護られている存在。下手に手を出すと、こちらとそちらでの争いになってしまいます」

 

 どこか遠くで、鴉と狼の鳴き声が聞こえる。

 

「最後にはあの子に選んでもらうのですけど、それまでの猶予をお伝えに」

「そんな、勝手な……」

「勝手なのは、どちらなのかしら」

 

 カップがかちゃりと音を立ててソーサーに置かれ、向けられた瞳に初めて感情が見える。

 

「いい様に手籠めにしようとしたのは、あなたの方じゃない?」

「……っ!」

「紫。落ち着きなよ」

 

 自身がどこにいるのか一瞬見失う程、強烈な威圧にくらくらと眩暈がする。

 頭を抑え、俯いて顔を伏せてしまった。

 

「……あと1週間で迎えに来ます。それまでにお別れを済ませて、どうか未練のないように」

 

 言葉が頭に嫌に残り、顔を上げた先には既にふたりとも姿を消していた。

 

 ▲▽▲▽

 

 カーテンの隙間から漏れた朝日が瞼を煩く叩くので、そうっと目を開けた先にはいつも通りの自室。

 その夢を見た日から、思い出すように何度も見ている。

 いや、夢は既に朧になり思い出すこともできない。

 

 ベッドの隣には体温がなく、大きめのベッドを一人で占有して目を覚ます。

 考えもまとまらず、アラームが鳴る前の充電中のスマホを手に取る。

 時間は午前。締め切りに追われる仕事は少し前に余裕をもって仕上げたはずだと、未覚醒の頭が焦りを打ち消す。

 それなのに、どうしてか不安感が拭えない。

 上体を起こし、周囲を見回す。

 なんの代り映えもない自室。5畳未満の部屋に、大きめのベッドがどーんとひとつ。それに申し訳程度の作業机がひとつ。

 カーテンが閉め切られた部屋は薄暗く、しかし勝手知ったる部屋に違和感はひとつも存在しない。

 もそもそと布団から抜け出して、寝室からリビングの扉を開く。

 

 カーテンの閉め切られた暗い部屋では、しんとあたりまえの静寂が広がっていた。

 

「……あれ?」

 

 今朝はなんの夢を見たのだったか。

 なんだか不安を覚える夢で、とても寂しくなって目が覚めた。

 

 すこし広く感じる部屋の中、せっかく早起きをしたのだからとキッチンでお湯を沸かす。

 

「……?」

 

 なんで、色違いのマグカップなんて置いているんだろう。

 来客用にしては取り出しやすい位置に置かれているそれに、何だか違和感を感じてしまう。いつも通り私は青いマグカップを取ってそこにインスタントコーヒーを満たした。

 

 あまり使っていないにしては綺麗に片付いたキッチンで、なんだか物足りなさを覚える。

 この部屋、こんなに広かったっけ。

 マグカップをもってリビングに戻ると、相変わらず暗い部屋で寒々しい印象が拭えない。

 

 リビングのカーテンを開けると、久しく見ていなかった晴天が眩しく室内に飛び込んでくる。

 うわぁ……! と目を細めて片手で目の前に影を作り、ひとつ息を吐き出した。

 

 そのまま思い立ってバルコニーに出てみることにする。

 からからと軽い音を立てて窓が開き、まだ午前の冷たい空気が身に染みた。

 

「……はぁ」

 

 吐いた息が、白く痕跡を残してすぐに消える。

 ……そういえば禁煙、していたんだっけ。

 口寂しさを覚えたけれど、灰皿は片付けられている。

 

 コーヒーをすすり、寒くて寒くて、嫌なのにわざわざバルコニーから外を見てみる。

 

「……晴れてんなぁ」

 

 青い空には眩しく輝く太陽。

 なんだかそれを近くに感じて何気なく手を伸ばす。

 当然それは掴むことも叶わず、少しだけお日様の暖かさを感じながら手は空を掴んだ。




後日、現代で文マリENDも投稿します。

なんとなーく、こっちがTrueっぽい
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