だぜ娘 本編外短編   作:元掃除道具

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妄想6 現代で魔法使い曰く

 ニュースで報じられている異常気象の中に、紅霧による視界不良のものがあった。

 中継で繋がれた映像の中で、男性のキャスターが白い雨合羽を羽織りながら『ご覧ください! 数メートル先も見えないほどの視界不良の中で――』と大声で話している。

 それを見た時に唐突に、私は『霧雨 魔理沙』だったと思い出した。

 

 ――ついに来たぜ。

 あの日の決意と、そこに至るまでに過ごしてきた日々が、まるでドラマ冒頭のダイジェストみたいにバーッと頭を巡っていく。

 

「そうだ! 幻想郷に帰らないと……」

 

 なんでこんなにゆっくりと現代にいるのか。

 すっかり幻想郷のことが頭から抜け落ちていて、文との生活を楽しんでしまっていた。

 ソファーから立ち上がり、すっかり馴染んでしまった部屋の中でひとり大きな声をあげる。

 

「じ、自分でも恐ろしいぜ……!」

 

 なんて呑気なんだ!

 もうすっかり半年近くをこの場所で過ごしていて、きっと幻想郷にいる皆も心配している。

 

 いや、心配、してくれているよな?

 

 私が『魔理沙』ほどの影響を周囲に与えられているのか、いまいち自信が無いけれど、少なくとも霊夢は心配してくれているはずだ。

 友達だと言ってくれた皆、なんだかんだと世話を焼いてくれる皆、幻想郷の大好きな皆。

 

 最初はきっと誰かが迎えに来てくれる~なんて能天気に構えていたが、そうも言っていられず長野まで足を運んでおいて、なんで今は意識になかったんだろう。

 

 異変解決の最中に何も言わずに消えてしまうなんて。

 心配してくれているかもしれない皆に対して、こんな生活していたらあんまりじゃないか。

 

「能天気人間扱いされるわけだ……!」

 

 とはいえ、こちらにいる文のことも放っておけない。

 今は『この世界の文』とも、その……いい関係だし。

 

「……今更離れるなんて考えられないよなぁ」

 

 ぽつりと呟くと、驚くほどしっかりと固い意志が自分の中に存在する。

 私にとっては幻想郷は捨てられない故郷だけれど、それ以上に文のことを大事に思っている。

 そんな自分に驚くとともに、より深く考えを巡らせる。

 

 恋心の自覚をしたのは些細なきっかけだ。

 手を握ってくれた。冷えた手を温めてくれた。

 ひとりぼっちから助けてくれた。

 

 それが偶然のようなものだとしても、私にとって傍に居てくれた文の存在は大きい。

 きっと幻想郷に戻ったとしても、一生文の事を考えてしまうんだろう。

 そう思う程に、私ははっきりと文の事を……好ましく思っている。

 いや。好きだと思っている。

 

「……でも」

 

 だけど、幻想郷の皆の事も。

 比べられないふたつが私の中にあって、どちらも大事だと思っている。

 

 私は、いったいどうしたらいいんだ?

 

 ▲▽▲▽

 

 その考えの転機は、思ったよりも早く訪れた。

 

「魔理沙。……私の事は、覚えているかしら?」

「なんだよ、流石にこんな短時間で忘れるわけないだろ。紫」

「……っ!」

「うわわ!」

 

 紅霧を見た次の日に、ゴミ庫に袋を運んだ後の事。

 部屋に戻ろうとエレベーターに乗ると、音を立てて開いたエレベーターの中には見覚えのある、だけど記憶よりも少しだけ大人っぽい装いの紫が立っていた。

 久しぶりに見た知り合いから声を掛けられて「そうか、もう春かー」なんて思いながら挨拶を返す。

 紫は思わず、といった風にこちらを抱き締めてきて、私は後ろにのけ反りたたらを踏んだ。

 

「ゆ、紫?」

「よかった! ドレミー経由で事情を聴いた時には、どうなってしまっているかと!」

「じ、事情って言ってもなぁ」

 

 半年以上は音信不通だったんだもんな。色々な意味もあるんだろうけど、心配してくれていたのか。

 自分が思っていた以上に、きっと他にも心配を掛けていると思うと心が苦しくなった。

 ぎゅうぎゅうと抱き締められているが、苦しくない絶妙な配慮を感じてその背中を撫でる。

 普段は妖しく笑ってあまり感情を出さない紫が、こうして抱き着いてくるのは初めての事で戸惑ってしまう。

 

「その、帰り方がわからなくてさ。ごめんな、心配掛けたぜ」

「ううん、ようやく見つけ出せたわ。さあもう帰りましょう、皆心配していて……」

「あ! いや、ちょっとだけ待ってくれ!」

「……どうか、したの?」

 

 抱きしめられたまま持ち上げられたので、このまま隙間に入ってしまいそうな気配を感じる。

 思わず背をポンポンと叩いて制止すると、強張った声を出してぴたりとその場に立ち止まる。

 

「ま、まだ帰るわけにはいかないぜ! こっちで世話になった人もいるんだし」

「それは、いまの住まいの家主?」

「う、うん……。ねえ、なんか紫もしかして疲れている?」

 

 抱きしめられている状態ではその表情を伺い知れないけれど、ぴたりと足を止めてくれたのに顔がすっと俯いて、私の肩、というか首筋に息が当たる。

 疲れている時や冬眠するとき、それに寝起きなんかにも。なにかを抱き寄せて深く息を吸って、ため息みたいにながーく吐き出す癖を思い出す。

 その癖はたくさん頑張っているこの賢者が、弱音を吐く時に、誰も見ていない場所でしていたものだと知っている。

 

「……魔理沙、なにか酷いことをされていない?」

「大丈夫! だって、すごい親切にしてもらえてお陰様でこんなに元気だぜ!」

 

 見えていないだろうけど、むんっと力こぶを作ってこんなに健康なのだとアピール。

 気配だけで察してくれたのか、一度私を地面におろしてくれた。

 じっと見つめる視線が、こちらを伺う様に細められる。

 

「本当だって。なんか、その。……ありがとうな、心配してくれて!」

 

 心配してくれていた。その事実だけで私は心がフワフワと落ち着かなく、つい口角が上がってしまう。

 すこし照れ臭くなって、その肩を照れ隠しに叩くと変な顔をされた。

 

「い、いや。そうよね、それもそうなんだけど」

「そのー。それでさ! ちょっと話というか、あのー……ええい! 相談したいんだ」

 

 文と幻想郷について、自分一人では考えが纏まらない。

 そんな時に来てくれたこの賢者の知恵も借りようと思うのだけど、それには私の……そのー。

 文と、いい関係になったって事とかも……話をしないといけないわけで。

 

「……まさか幻想郷の外のものに持っていかれるなんて、考えもしなかったわぁ」

「お茶を出すぜ。その……ちょっと照れるんだけどさ。だけど紫にはちゃんと話を聞いてほしいんだ」

 

 一瞬、なんでだか少し暗い顔をした紫が、あきらめたように笑顔を作って頷いて誘いに応じてくれる。

 

「あ、だけど……。家に上げても良いか、文に聞いてみないと」

「……家に上がるとなんだかこれ以上にダメージを受けそうな気がするから、近くの喫茶店とかはどうかしら?」

「じゃあお小遣い持ってくる!」

「大丈夫よ、お茶代位は私に持たせて」

「外の世界のお金も持っているのか。って、そりゃあそうか。それじゃあお言葉に甘えるぜ!」

 

「まあ、なんというか。まずは、変わっていなくて安心したわ」

 

 ▲▽▲▽

 

 近所に喫茶店なんてあるのかも知らないくらい外に出ていなかった私は、お店選びも紫に任せっきりだった。

 一度着替えてロビーで待ってくれている紫に合流すると、あっという間になんだか雰囲気の良い喫茶店にいた。

 

「相変わらず便利な移動だなぁ」

 

 記憶にある通りの妖しい笑みを浮かべ、少しだけ外行きの装いをしている紫は嬉しそうだ。

 

「魔理沙と、外でこうして話をするなんてねぇ」

 

 感慨深そうにつぶやく紫を見上げ、服の裾を握って店の中に入っていくのについて行く。

 お店の中は人がおらず、静かで聞いたことのないような音楽がうっすらと流れている。

 人がいないのに、どこかでカチャカチャと食器を動かす音は鳴っていて、見えないのに気配だけがそこかしこに在る。

 

 幽霊とか、神霊とか、そういう気配だろうか。

 ちょっと凄い場所だ。

 手に汗が滲んでしまいそうなので、紫のドレスから手を離すとその手を取られる。

 紫はそのまま何も言わず静かに店内を進んでいった。私も手を引かれ、黙ってついて行く。

 

「さて、ここで少しゆっくりとお話ししましょうか」

 

 観葉植物が陰になっているすこし奥まったボックス席。

 革張りのソファーが高級っぽい席で、ぴかぴかの木目のテーブルが鏡みたいに私たちの顔を映している。

 

「こ、ここって本当に近所の喫茶店なの?」

「うん? さぁ、ふふ。どうかしら?」

「あんまり高いと、申し訳ないんだけど……」

「大丈夫よ、ここは通貨や貨幣の無い場所」

「やっぱり近所じゃないんだ……」

「距離もないんだから、近いも遠いもないわ。誰にも聞かれず、静かで落ち着いた場所よ」

「紫の言う事は相変わらず難しいぜ」

 

 とりあえず立てかけられているメニューを開くけれど、文字のような羅列があるのに何語なのか想像もつかない。

 文字以外には写真も無く、早々にお手上げで紫にメニューを向けて渡した。

 

「甘いものと、苦くない飲み物がいいな」

「……お子様ランチみたいなものもあるけど?」

「別にお腹は減っていないし、私はお子様じゃない」

 

 ふうん。

 と笑いながらメニューを閉じると、いつの間にか紫の前には湯気を立てる黒い液体が。

 私の前には緑色のメロンソーダみたいな飲み物と、白いふわふわに焼き目の付いたケーキのようなものが置いてあることに気が付いた。

 

「私を驚かせて面白がっているんだ……」

「いいじゃない、久々なんだもの」

 

 にっこりと笑う紫には、一生揶揄われている気がする。

 

 ▲▽▲▽

 

 私は今日に至るまでの経緯と、すっかり幻想郷のことを忘れていたことまで話をした。

 それは博麗大結界の影響で、幻想郷を離れると存在や概念は長く姿を保てない。だから記憶からも消えてしまうらしい。

 私が特別薄情なやつだという謗りは受けずに済んで、むしろ忘れたり意識が消えるのはそういう超常の力が働いていたんだと少し納得した。

 その後も文とのことや、今私が考えている事なんかを伝えていると、眉間に皺を寄せながら顳顬(こめかみ)を抑えて紫が一言漏らす。

 

「えっと、話を纏めてもらうと……」

「うん。えっと」

 

 つまり。

 

「こっちで文と一緒になりたい……んだけど」

 

 それは私のエゴで、恋心の成就から想いの果てまでを一緒に過ごしたいという願い。

 

「だけど、幻想郷にも帰りたいんだよ」

 

 そして、我儘。

 

「どうしたらいいんだ?」

「……どうって」

「多分最初の話だと、私が幻想郷に帰ったら文は私のことを忘れてしまうのかなって思うんだ」

「そうね、間違いなく」

「それも文にとっては良い事だと思う。忘却は救いだと思う」

 

 だけど。

 

「でも嫌なんだ」

 

 これから先も。

 下らないことで笑い合いたいし、知らない景色を一緒に見たい。

 些細なことで言い合いしたいし、お互いに歩み寄っていきたい。

 文の傍でも。幻想郷でも。

 

「一緒にいたいんだ……」

 

 自分が只我儘を言っている自覚はある。

 だけどこんな夢のような素敵な世界にいるんだから、目一杯に欲張っていたいんだ。

 

「……そうね。3つくらい選択肢があるわ」

「えぇ! 3つも⁉」

「……ひとつはこのまま、幻想郷でいずれ忘れる心の傷を抱えて生きていく事」

「……うん」

「もうひとつは、結界の管理者になること」

「管理者って、霊夢みたいな?」

「そう。あれは特別な才能がないといけないけれど、方法が無いわけじゃない」

「そうなのか! それって……!」

「落ち着きなさい」

「ご、ごめん」

 

「管理者になるには『八雲』になる事」

「やくも?」

「ええ。私の式として、外の世界で結界の維持と保持を行う役割を担うという事」

「それって……」

「人間ではなくなるという事よ」

 

「……もうひとつは?」

「その思い人を幻想郷に連れて行くことね」

 

「……」

 

 ▲▽▲▽

 

「人間じゃなくなるのかぁ……」

 

 深夜。

 隣で魘されている文の頭を撫でながら、カーテンの隙間から空を見る。

 深夜になっても明るい地上では、月の明かりも見えない。

 見覚えのない空の下でも、この部屋の中だけは心を落ち着けてくれる。

 

 日中に話をしてくれた紫は来週、迎えに来るのでその時に答えを聞くと言って去っていった。

 なんだか眠りが浅く、早々に寝たはずなのに遅い時間に目が覚めた私は、寝室で手持ち無沙汰に空を見上げていた。

 

 紫は最大限、私の事を考えてくれた。

 普通、望んだって成れないような存在にするだなんて、そんな簡単じゃないだろうに。

 なんでもない事のように選択肢として提示し、あなたが選びなさいとこちらに委ねてくれた。

 

「優しいなー……」

 

 じっと隣に眠る文の顔を見る。

 私が人間じゃない存在になってしまった時に、同じようにこの人を愛おしいと思えるのだろうか。

 

「うーん……」

 

 悩み、悩み……。

 気が付けば眠りについて、ふわふわと漂う世界の中で、私は色々な人と話をした気がする。

 

 夢は無意識の集合で、人間の無意識は常にどこかに繋がっているらしい。

 だから浮き上がった意識は知らぬ間に悩みを軽くして、答えを持って帰るのではなく、心を軽くするために夢を見るのだ。

 

「よし!」

 

 目が覚めた私は、カーテンの隙間から漏れる太陽の光を見つめながら、文を起こさないように小声で気合を入れると、そっとベッドを抜け出した。

 

 ▲▽▲▽

 

「霊夢!」

「……っ!」

 

「あいったー……。あはは、ただいま……」

「……おっそいのよ! どれだけ、こっちが心配したと……!」

「ご、ごめん……」

「……良かった、無事で……!」

「うん、ごめんな心配を掛けたぜ」

 

 ▲▽▲▽

 

「『八雲になるしかない』なんて極端な話、私らしくなかったかしら」

「そうですね。それがあの子に火を点けたのかもしれません」

「……まあ、新しい目標が出来たのは結構なこと。ただそう簡単に許可を下ろすわけにはいかないわ。安全性と結界への影響までを考えて……」

「ええ、そうですね。私たちは厳しい目で見ないといけません」

「そうよぉ。幻想郷全体に関わることなんだから、少しの妥協も許さないわ」

「ですが紫様。そう遠くない未来に魔法は完成すると思います」

「あら、それは人間を贔屓しすぎじゃない?」

「ふふ。元々あの子は戦闘の魔法以外には適性があるのですよ」

「だとしても、そう簡単ではないでしょうに……」

 

 ▲▽▲▽

 

「……魔理沙」

「霊夢、来てくれたんだ」

「ええ。しばらくは、向こうで?」

「うん。……きっと私の事は忘れていると思うから、1から関係を築くんだろうなぁ……。あー、怖い……」

「大丈夫よ」

「うう、簡単に言ってくれるぜ……」

「ううん、私は魔理沙を知っているから。だから、絶対に大丈夫って知っているの」

「……霊夢」

「もしフラれたらすぐに戻ってきなさいよ!」

「あはは……。できれば、フラれずに偶に戻ってきたいんだけど……」

「ふふ、きっと大丈夫よ。……それじゃ、私は行くわ」

「うん、ありがとうな! また帰ってくるし、次は愚痴に付き合ってもらおうかな!」

「そうね」

「それじゃあ行ってくるぜー!」

「……これが今生の別れでもなし。そうよ、幼馴染は私だけなんだからね」

 

 ▲▽▲▽

 

 茹だるような日中の暑さが、陽が沈んでもまだ続くオフィス街。

 高いビル群の中にポッカリと開いた緑地には、申し訳程度にベンチが設えられており周囲に人影はない。

 傍には寂し気に街頭が灯り、LEDの明かりに寄り付く虫も少ない。パンツスーツに汚れが付くことも構わず、遠慮なくベンチへ腰掛けてガサリとコンビニの袋を揺らす。

 

 地球がぶっ壊れてしまったのか、年々気温が上がっているような気がする暦の上では秋の8月下旬。

 ガサガサと袋を漁り、ケースを無遠慮に開けて6缶束のうちのひとつを手に取って、ぷしゅっと炭酸の抜ける音を立てる。そのままぐぃーと缶を呷って一気に中身を飲み干した。

 カラカラの喉に音を立てて炭酸が染み込み、今朝から何も食べていなかった胃がアルコールに反応して熱くなる。

 昔からお酒は強い方だ。大学の頃から覚えたアルコールの味は、今の精神安定とストレス緩和に役立っている。子供の頃は父のような吞んだくれになりたくなかったのに。今ではすっかりその様へと成り果てていた。

 空になった缶を、誰も座っていない隣に叩きつけるように置くと軽い金属音が周囲に虚しく響いた。

 

「ほんま腹立つわー!」

 

 誰も聞いていないだろうから、独り言も自然と大きく口を出た。

 もう一本袋から取り出し、続けざまにそれのも一口。

 ぬるくなる前に全部飲み干してしまおうと、無造作に破った元6缶束ケースをちらりと見て、周囲に人がいないのを良いことに足なんかも組んだりして。

 

 なんだかここ数年、心にぽっかりと穴が開いたように寂しさを覚えている。

 その寂しさに心当たりがなく、精神性の不調なのかと病院に行っても、結局なにも見当たらずカウンセリングの意味も為さない。

 仕事もこのところ不調で、愚痴も大きくなっていく。昨年は謎に好調だったのに。

 なんでこんなに気分に左右されて、好不調の波が激しいのか。

 

 フリーランスの記者なんて仕事、どうして選んでしまったのだろう。ため息を零しながら人恋しさが募り、誰かに愚痴を零したくなる。

 姫海棠(ひめかいどう)には普段から弱音を吐いてばかりいるので、もういい加減真面目に聞いてくれない。

 他に思い浮かぶような候補がいない、自分の交友関係の狭さにも嫌気が差す。

 

 ビールと一緒に買った未開封の煙草を袋から取り出して封を切る。

 新鮮な煙草葉の匂いを感じる。開封する時の匂いが一番良いので、私はこの銘柄を気に入っていた。

 鞄からライターを取り出して火を点けようとして、やっぱりそれを吸えずに仕舞い込む。

 

「は~ぁ」

 

 オフィス街のじめっとした空気の中に、煙の代わりにため息が溶けて消えた。

 なんだかんだで禁煙し続け、結局1年くらいは続こうとしている。

 

 なにか信念を持って禁煙しているのではないのに、きっかけだってとっくに忘れているのに。

 なんでか、今日はやめておこう。そう思い続けて、禁煙が続いていた。

 

 もう一缶に手を付け炭酸を抜く。

 小気味よい音を聞きながら、再びそれに口を付けてぐいっと呷っていく。

 既に3本目。速いペースで空っぽの胃に注ぎ続けた結果、流石に頭にアルコールが回ってきた。

 ふーっと息を吐き、なんだか気に入っている白と黒のゴシック調のジッポライターを手の中でクルクル回す。

 

「みじめやわぁ」

 

 結局煙草を吸わないのに、喫煙可能のお店だけは探してしまうのが元喫煙者の性か。

 煙草も買って、今日は吸うぞと思ったのに店を探す気力はなく、朝から駆け回り草臥れた体を引きずってたどり着いたのがこのベンチ。

 周囲に人気もないビル街で虫の声も聞こえない整備された緑地の中。

 なんだか世界にひとりだけ取り残されたように感じるのは、決して大げさな表現ではないだろう。

 

 どかっとベンチの背もたれに身を投げて、缶に口を付けながら見上げたビルの窓にはまだぽつりぽつりと明かりが点いている。

 何気なくボーっと見上げていると、ふと明かりの中を影が泳いでいるのに気が付いた。

 それは偶然。その影がビルの明かりを遮ったときに、やけに特徴的なそれを異物として捉えることが出来た。

 寂しいビルの光を遮るシルエットは、箒に跨る三角帽子を被った魔女に見えたのだ。

 

 なぜかその瞬間デジャブを感じ、疲れとアルコールがこんなにはっきりと幻覚を見せるのかと驚き目をこする。

 再び顔を上げた先でも、幻覚の筈の魔女が輪郭を残して残っている。すいーっと音もなくゆっくりと飛び、近づいているのか遠ざかっているのかもわからない。それはどこか戸惑う様に、なにかを探すように浮かんでいる。

 気が付けば草臥れた体は走り出していた。

 緑地を囲む車止めをハードルのように一足で飛び越えて必死になって影に向かう。

 

 頭で考えるよりも体が先に動くのは何度も経験している。

 だけど今日は、それを超える必死さで体が動いていた。

 

 肺が引き攣り、痛みを訴える。

 目の奥が熱くなって、視界が滲む。

 動く。追いかける。視界に捉える。必死に縋る。手足を止めることだけは体中が拒絶した。

 

 それは高くない位置でふらふらと、ゆっくりと飛んでいた。

 だんだん近づいてはっきりとその輪郭を捉え始める。私の足でも捕らえられる。

 黒い三角帽子からはみ出した髪は金色。背中からしか見えないがその姿は小さく見え、走り寄る私に気が付いていない様子だ。

 酔っているのか酸素が足りないのか、頭は真っ白なのに私はそれに駆け寄らなくてはいけないと本能だけが体を動かす。

 きっと不格好な姿だ。いつも冷静沈着、品行方正、清く正しいライターを自称する身がなんていう様だ。

 

「止まってください!」

 

 強烈にデジャブを覚える。

 私はその影を知っている。この景色に覚えがある。その子を知っている。

 

「……魔理沙ぁ!」

 

 振り返った影は、ひどく驚いた顔をしてこちらを見ていた。

 見覚えのある顔、世界で1番私が求めていた、安心できる顔。

 魔理沙が振り返って、箒の上からこちらを見下ろして驚いている。

 

「……っ⁉ あ、文? なんで、覚えていない筈じゃ……」

 

 重たい手足を動かして駆け寄り、浮かぶその子のスカートの端を掴む。

 

「ま、まって……! もう、いかないで……!」

「ちょ、ちょっと待って! スカートだから、中見え……!?」

 

 無理やり引いてしまったためか、バランスを崩して落ちてくる魔理沙を抱えようとして保てず、一緒に地面へ転がる。

 

「いったぁ……!」

「ご、ごめん……」

「いや、それよりも!」

 

 そう高くない位置だったのが幸いか、ふたりとも怪我はない様子だ。

 鈍い痛みが、これが夢ではないと自覚させてくれる。

 愛しい彼女が、驚きを顔に貼り付けながら目を見開いてこちらを見ている。

 私は息が詰まりそうになりながら、震える手でその体を捕まえる。

 

「……文。私の事、わかるの?」

「わかるわ……。なめんな、彼女の事やで」

「……! うん、そうだな……!」

 

 帰ってきた。忘却し消えてしまった心の中心が、ぴったりと重なり体中に血が巡る。

 震える手で頭を撫でる。

 私の魔法使いが腕の中で嬉しそうに笑った。




「私はふたつとも諦めないぜ」

▲▽▲▽

前話で終わっている世界もあるのでしょう。
こちらもう一つのエンディングでは幻想郷かどこかで何かしら異変起こるだろう終わりです。

紅魔館も独自のルートでワインとかチーズとか外の何かしらを仕入れているらしいので…

霊夢の結界を学び、魔法を求道しているときっと博麗大結界を抜ける移動術を!
できらぁ!

え!? 才能のないだぜ娘で大魔法を!?
できらぁ!

愛じゃよ
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