霖之助さんと早苗さんの話。
道具屋の店主は昔を語る
魔法の森の入り口にその店はある。
店主は半妖で、その店に寄るのはほとんどが店主の知り合いだそうだ。
落ち葉がすっかり散ってしまった冬の入り口の季節。肌寒さが身に染みる晴れ間の日に、カエルのがま口を持って、私はその店の前に降り立った。
「えーっと」
袖から魔理沙に貰った地図を取り出し、記された場所と目の前の看板を見比べて確認する。
飛びながら遠目にも確認していたが、改めて看板を見上げる。
『香霖堂』
間違えてはいなさそうだ。
森の入り口にひっそりと建つ和風の一軒家だ。
近くには桜だろうか、すでに葉は散り寒々しい見た目でありながら神社の桜にも劣らない立派な古木。
えいっと勢いを付けてようやく扉を開いて、室内に入ると少し埃っぽい空気。
室内が整頓されていないというより、古い建物や小物特有の匂いだ。
「……こ、こんにちは~」
ぎいっと古い木が音を立て、静かだった空気がようやく動き始めたような、そんな錯覚を覚える。
とにかくたくさんのモノがあふれている、そういう場所。
「おや、お客さんかい?」
奥の方から聞こえるのは静かな男性の声。青年のような若々しい声でありながら老人のように落ち着いた、深みのある声。
「あ、はい! 魔理沙に教えてもらって……!」
なんだか緊張してしまい、少し上ずった声で答えると、声の主が部屋の奥で動く気配があった。
「ああ、魔理沙の友達だね?」
暖簾の奥から姿を現したのは、銀髪とも白髪ともとれる髪色をした男性だった。
ひょろりと長い長身に、一本だけ跳ねあがった特徴的なくせ毛。
穏やかな顔立ちに黒縁の眼鏡を掛け、眼鏡の奥で落ち着いた色合いの金色の瞳。
黒と青が交互に混じった奇妙な和装で、首には黒いチョーカーを付けている。
「そうすると、君は早苗さんだ。魔理沙が世話になっているみたいで」
「あ、いえ! お世話なんて全然で、こちらの方がいつもお世話になっています、というか!」
「ははっ。なるほど聞いていた通り。どうぞ、良かったら上がっておいで。お茶位はご馳走させてくれ」
「あ、はい!」
男性は笑みを浮かべ、店の体裁を保っているカウンターの、傍にある椅子を引いてこちらを招いてくれた。
近寄りながら周囲を見回すと、たくさんの棚に数多くのモノ、物、もの。聞いていた通りに少し古い機械や、私から見ても何に使うのかわからないような道具たちが所狭しと並べられている。
「ああ、そうだ」
ポンと手を叩き、どこか魔理沙を彷彿とさせる金の瞳に喜色を浮かべて笑顔を浮かべたお兄さん。
「僕は
そう名乗った店主は、軽く手をあげながら声を掛けてくる。
「今は、そうだな。魔理沙の保護者の代わりも務めているのかな」
▽▲
霖之助さんは私が持って来た紙幣を感心したように見て、気に入ったようで何度も見ていた。
「いやぁ、外の世界の貨幣は見るたびに驚かされる。これなんて本当に、なんで顔の角度が変わるんだろうね。錯視を利用している? なんで魔法が発達していないのか、不思議でしょうがないよ」
「あはは」
その技術の説明をするほどに知識がない事を恥ずかしくも思い、曖昧に笑ってごまかす。
頂いたお茶で少し喉を潤して、問題なく買い取りは済みそうだと胸を撫でおろした。
次いで、なんとなく本人には聞けずにいたことを、覚悟を決めながら口にする。
「魔理沙の保護者代わりっていうのは、その……」
「ああ。なんで魔理沙がいないときにひとりで来たがるのかと不思議だったんだけど、それが聞きたかったのか」
見た目通りに理知的な人だ。思惑を言い当てられて、どきりと心臓が跳ねた。
「あの子は、人間の里にある実家では勘当されているから」
勘当。あまり耳馴染みのない言葉で、その重さを想像すると続く言葉を飲み込んでしまう。
私の様子を察したのか、千円札から顔を上げた霖之助さんが少しも気負わず続きを口にした。
それは、小さなころに母親を亡くした女の子の話。
元々体の弱いお母さんと、笑顔が可愛い皆から愛された女の子。
お母さんを病気で亡くしてから、訪れた孤独に寄り添うことが出来なかった周囲。
亡くすことを恐れた女の子が、同じ思いをする人が現れないように精一杯努力を続けている話。
「僕たちはあの子が好きに生きるのを応援しているんだ。勘当した親父さんもね」
その言葉には思いやりが溢れていて、最初から抱いていた印象が間違いではないと確信する。霖之助さんの心からの言葉だと思うし、思えば魔理沙の名前を出したときから声色には優しさが滲んでいた。
勘当されたことで家に縛られず、姿を隠しながらでも人間の里に来ることが出来るようになった魔理沙。
連れ戻されるようなこともなく、自由に訪れることができるのは父親の気遣いか。
「し、知りませんでした……。人間の里で暮らさないことに、なにか事情があるんだろうとは思ってましたけど」
「うん。そうか、早苗さんは最近幻想郷に来たばかりだったか」
「はい。けど流石に、ひとり暮らしは危ないと思うんですけど」
「あの子もなかなか強情だから。泣き言は言っても、一度も帰りたいとは言わなかったよ。魔法も使えるし、僕にできることは自衛の手段として魔道具を揃えてあげるくらいだ」
霖之助さんも自分が魔理沙にできることを考えたのだろう。
用意していたように、よどみなく答えて一口お茶に口を付ける。
「そうして作ったミニ八卦炉っていう魔道具があるんだけど、今は他の魔法使いたちの知恵も入れて、最初の頃よりも随分見た目も変わったなぁ」
ミニ八卦炉は魔理沙がいつも持ち歩いているので、私も見たことがある。大事な宝物のひとつだと聞いた。
魔力を増幅させ、使う人が使えば『山1つを消し飛ばす威力の魔法』を放つ増幅器。
過剰とも思える力なのに、未だに使いこなせていないと眉を下げながら製作者に申し訳ないと言っていたのを思い出す。
「ああ、そうだ」
言って、一度奥に引っ込んだ霖之助さんが大きなスクラップブックを手にまたカウンターへ戻ると、どさりと重たい音を立ててそれを台に乗せた。
「最初の方、これは、『文々。新聞』……。天狗の新聞は知っているかい?」
「ええ、文さんの新聞ですよね」
「そう。あれで魔理沙がコラムを持っていたことがあってね」
スクラップブックには丁寧にその切り抜きが張り付けられており、時系列順に並べられたそれは一目で愛情にあふれている記録だと解る。
新聞の切り抜きよりも前にあった写真の方が気になるのだけど、遮っては悪いかとそのまま覗き込んだ。
「……文さんから、紙面を譲ってもらったことがあります。その時には発行部数が伸びたって聞いていましたけど、霖之助さんもしっかり保存しているんですね」
少し笑って見上げると、肩を竦めて恥ずかしそうに視線を逸らされる。
「……ここからは、他の新聞も混ざっていくけど」
言いながら開いたページ。そこで最初に目に映る『紅霧異変』という大きな文字。
「これが……」
「ああ。魔理沙が最初に関わった幻想郷の異変だ」
紅霧異変。幻想郷に来たばかりの吸血鬼が起こした、日照を奪い去る大異変。
日差しを遮る赤い霧の影響で、人間の里でも農産物に被害が出たり体調を崩す人間もいたようだ。
にとりさんから聞いた当時の様子では、妖怪の山でも山まで迫ろうかという霧を宣戦布告かとあわや一触即発の緊張状態。妖怪たちも穏やかではなかったらしい。
そしてそれを止めたのが、人間側の調停者である博麗霊夢と、魔法使いの霧雨魔理沙、となっている。
「これは当時、心臓が飛び出るほど驚いたよ」
真面目な顔で冗談を言うものだから、もしかして本当に心臓が飛び出したんじゃないかと思ってしまう。
「僕の作ったミニ八卦炉が、まさかあの子を危険な場所に運んでしまったのかと後悔した」
ミニ八卦炉は『山1つを消し飛ばす威力』を放つ増幅器。
それが無ければ、こんな場所には行かなかったのではないか。そういう後悔が少しだけ伺えた。
「それくらいのモノじゃないと、あの子の自衛には足りないと思っていたんだ」
それによって起こった、異変解決の立役者という肩書。
「魔理沙は弱くないですよ。それに、たとえ魔道具が無くても変わらないと思います」
「……そうか。そうかもね。でもたとえ弱くないとしても、本当に戦いが苦手なんだ」
はっきりと口にした霖之助さんは、しかし欠片もそれを馬鹿にする様子もなくそのまま続ける。
「いまはすっかりそういう雰囲気がないけど、少し前までは幻想郷も、もっと血生臭い争いが絶えなかった」
「え。でも、人間を襲うのは禁止されているんじゃあ……」
「そう。だけど妖怪が人間を襲うの本能だ。言い換えると、妖怪は生きるために人間を襲う。恐怖されないと、生きていけない」
「……神様が信仰を得るように、妖怪は恐怖の象徴でないといけないんですね」
「どちらも精神の生き物だからかな。だからこうして幻想郷にいるんだし」
外で消えかけてしまった諏訪子様の事を思う。
忘れられることで消えてしまう、幻想のもの。
今はこうして楽園と呼ばれる閉じた世界も、どろどろとした過去が、本当にほんの少し前まではあったのだ。
「そういう血生臭い世界で僕らは生きていて、あんな小さい子がひとりで生きていくなんて言うんだ。山を消し飛ばすくらいの自衛手段は過剰じゃないだろう?」
「あ、あはは……」
冗談を言っているのか、本気なのか。いまいち掴み辛い人だ。
「紅霧には悪意があったし、実際に被害も出た。だけど以前のように主犯を排除する方向ではなく、反省を促して共生していくようになったのは、あのふたりの影響だろうね」
スペルカードルールによる決闘方法。それによるはじめての異変解決。
人間を襲うことを禁じられ、力を減らしつつあった妖怪たちが。気軽に戦いが出来るようになり、その力を人間は改めて恐れるようになる。
「その主犯たちも、結局なんだかんだ魔理沙とも仲良くしている様子でね」
「ふふっ。かつての敵と仲間になるって、少年漫画みたいです」
また開いたページで、写真には、主犯とみられる吸血鬼と一緒に宴会をしている姿。
「コラムを見た時から、色々な妖怪たちは気が付いている。魔理沙が守りたいのは人間だけじゃない。この幻想郷にいるすべてがその対象なんだと思うよ」
変わり者の人間が危険を冒して交流を図り、怯えながら手を伸ばして、齧らないでくれと懇願しながら握手しようとしている。
それはばかばかしくも映るのだろうけど、異変解決で力を示した前と後では印象が変わったのだろう。
「スペルカードもルールが結構わかりやすいしね。霊夢が力で、魔理沙は心で周囲に理解させているんだ」
すこし喋り過ぎたかな。と小さく言って、霖之助さんはまたお茶に口を付けた。
「いえ、こちらが聞いたことですし。すみません、たくさん聞いてしまって」
「いや、構わない。良かったら、これからも魔理沙をよろしく頼むよ」
「はい! それは、もちろん!」
「ははっ。よかった」
柔らかく微笑んだ霖之助さんの顔が、金色の瞳も相まって少しだけ魔理沙に似ている気がする。
じっと見つめてしまったのでそれに気が付いてか、なにか? と声を掛けられ慌てて、いえいえ! と手を振って顔を逸らした。
「その、魔理沙に笑い方が、似ている気がして……。親子みたい? だなー、なんて」
「僕と、魔理沙が? あはははっ! ああ、けど僕は昔からあの子を知っているから、そうだなぁ。親族……姪っ子がいたら、きっとこういう気持ちなんだろうな」
嬉しそうに笑う霖之助さん。やっぱりその笑い方は、魔理沙に似ている気がした。
昔は男が出ただけで発狂する人もいましたけど、霖之助さんなら大丈夫。
昔持ってた香霖堂を買い直して久々に読みました。
霊夢も魔理沙もめちゃめちゃ幼い! ちっちゃかわいい!