NTRゲーに転生したはずなのに寝取られる気配がない件について   作:THE TOWER XVI

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裏03 システム(魔王)は人の夢を見るか?【魔王】

 おそらく最初は『興味』だった。

 

 

 この世界で自我を得てからずっと変わらない役割。初めからそれ以外持ち合わせていなかった魔王(人形)は、ただ同じことを繰り返した。

 

 人類の敵として現界し、勇者と戦って恐ろしさを見せつけて負ける。

 

 使命(役割)を生きる意味とした時期もあった。戦いに楽しみを見出した時代もあった。ただ、繰り返せば当然、既知が増えるばかり。飽きて、すべてがどうでもよくなって──今は惰性(だせい)でもって、自身の役割を果たすだけである。

 

 しかし、そこに怒りや悲しみのような、負の感情はなかった。知識はあれど愛を知らず、己を不幸とも幸せとも測る物差(ものさ)しを持たない彼女にとって、それが『普通』であったから。

 

 ただ一つ、問題があったとすれば、何の意図か──もしくは単なる手抜き(コピペ)か、人間を模倣(もほう)した身体・脳機能を持って(つく)られたということ。

 

 魔王は人形(システム)であるには、(ヒト)に似すぎていた。

 

 身体があって、世界に働きかけることができた。知覚があって、世界を認識することができた。

 

 二つの作用でもって外界に干渉するとき、それは一つの生命としての環世界(Umwelt)を持つ。そして、魔王の環世界(Umwelt)には、長らく、敵対者と自身の居城と迷い人しかなかった。

 

 こちら(魔王)側の龍も、城の外の娯楽も、青空も、知識として知っているが、体験として()らない。それでも、知識のみで本人は外の世界を知った気になっていたから、魔王の環世界は応接間で完結していた。

 

 

 そこに、一人の人間(未知)がやってきた。

 

 敵対者──それは勇者に限らない。ごく(まれ)に、それぞれの目的で、この場所を探し当て、魔王を倒しに来る人間がいる。しかし、勇者のスキルを持たない人間に勝ち目はなく、いずれの者も散っていった。

 

 迷い人──(たま)に、勇者と関係ない人間が迷い込んでくることがある。ただ、魔王を見ると腰を抜かして、悲鳴と共に逃げ出した。

 

 迷いのない足取りに、魔王を見て、待ち人来たりと言わんばかりに笑顔を見せる姿。この時点で魔王は初めて自分に笑いかける人間を見た。すわ狂人か。

 

 今までの二種類の人間に当てはまらない、存在(未知)

 

 笑顔を向けられて、初めての正の感情に心が動揺する。

 

 分からない。漠然とした未知への恐怖を解消すべく、魔王は原因である人間を排除することにした。

 

「こんにちは、お嬢さん。えーっと、魔王って──」

 

 二重の魔法陣。墨で塗りつぶしたような幾何学図形が数ミリ秒のオーダーで展開され、閃光。慈悲もなく、黒い雷が地上を穿(うが)ち、砂埃を巻き上げる。

 

 強烈な光に白飛びした世界が、色を取り戻し──そこに対象はいない。

 

「いや、まって、殺意高すぎない? あともしかしなくても君が魔王!? あ、ちょっとまってッ」

 

 左。カラクリがわからない。魔王は数秒の思考を挟んで、彼の上空に魔法陣を展開する。今度は一瞬黒く空間が切り取られ──瓦礫がパラパラと落ちる。

 

「話せばわかる! 文明人として、まずはコミュニケーッ」

 

 転移? 分身?......いや、身体強化の魔力の痕跡(こんせき)が線状に存在する......つまり物理空間上をこの人間は移動している。空間に関する(スキル)ではない。なら時間軸か。

 

 魔王は彼の能力にあたりをつけて、彼を囲むように、空間上の閉塞(へいそく)を狙った攻撃に切り替えようとして──

 

「そうだ! まずお茶しよう! うまいもん食おう!! スイーツとかどうよ!!」

 

 ──スイーツ。甘いデザート、主に食事以外の嗜好品として食べるもの。

 

 その単語が、数千年にして初めての固定観念の転回(パラダイムシフト)を魔王に引き起こす。

 

 知っているが()らない「うまい」とはなにか。他人に言われて初めて考えて──彼女の環世界(Umwelt)がその日広がった。

 

 曖昧(あいまい)さ。分からないことを減らしたがるのが知的生命体であり、魔王もその例にもれず、興味を抱いた。

 

「もしかして、会話できない系の──」

「スイーツとはうまいのか」

「あ、うん、そうね。好き嫌いとかはあると思うけど......」

「うむ、決めたぞ。そのスイーツを出すがよい。その代わりお主の話を聞いてやるのじゃ」

「交渉成立、でいいのかな? 食い物で魔王って釣れていいのか

 

 そうして、その人間、アレンは魔王を連れて、ファミレスモドキに向かうことになった。

 

 魔王にとって、道中、五感を通して感じられる外の世界は、すべてが新しかった。

 

 あちらこちらに興味を示しては道にそれる。犬の散歩をしているような気分でアレンは魔王の相手をしていた。

 

 そんな風にして、外の世界にも慣れて、新規性が薄れてきたころ、魔王の興味は、自分をあの応接間(無意識の鳥かご)から連れ出してくれた彼に向き始める。

 

 そもそも、自分という存在に(おく)しない彼は一体何者なのか。

 

 彼に微笑(ほほえ)みを向けられると、温かい気分になるのはなぜか。

 

 彼と言葉を交わして、一緒にいるとふわふわするこの気持ちはなにか。

 

 とはいえ、興味程度の感情止まりで、直接尋ねる程のものでもない。到着した店で、彼のお勧めするままにデザートを頼んで、アレンの相談を聞くことにした。

 

 初めて食べるデザートの美味しさに驚きと共に舌鼓を打ちながら、アレンの話を聞いて──彼の評価を変わった人間からただの馬鹿に格下げした。

 

 寝取られ、などという自身の子孫を残すことを目的とする、生命の生殖欲求と反するような意味不明な行為について、目を輝かせて語る彼は、それが失敗し上手くいかずに困っているという。

 何をとち狂ったら、それをほぼ無関係の自分(魔王)に相談しようと思うのか、という言葉は飲み込んで、考える。

 

 そもそも、そのエレナという幼馴染に対する彼の愛は存在するのだろうか。どう見ても、寝取られ(最愛)への想いで盲目を極め、存在しない好きな人(寝取られ)を追いかけている阿呆である。

 

 呆れて、思わず意味がわからぬと愚痴がこぼれる。ただ、彼の馬鹿さ加減にむしろ心を絆されたのか、口が軽くなって自分の役割や過去について、魔王は初めて他人に話した。ついでにアレンが転生者、この世界の人間でないからこそ、今まで見てきた人間と異なると、もっともらしい答えを得た。

 

 それはそれとして、不意に自分を可愛いとか言うのは辞めて欲しいと魔王は思う。

 こちらの心に無遠慮に踏み込んでおいて、そんなこと欠片も気づいてなさそうな呑気な顔がムカつく。さらに、その様子から本心だと分かるのがたちが悪い。

 

 モンブランモドキを切り崩しながら、魔王がそんなことを考えていると──アレンが話を戻して、寝取られる方法はないか聞いてくる。前提から(あやま)っている以上、答えも存在しないわけだが......ふと気づく。

 

 これはチャンスである。

 アレンの寝取られに脳を侵されている面はいただけないが──それを除けば、こんな人類の敵(人形)の相手をしてくれる人間は、今後、彼以外に現れるかも不明だ。

 それに、これで相談するだけして、さよならをするつもりなら、許せない話である。

 

 外の世界に連れ出して、言葉を共有すること、誰かと一緒にいること、その温かさや楽しさを教えておいて、用済みになったらまた孤独な世界に返却など、鬼畜(きちく)の所業である。彼には自分の面倒をみる責任があるのだ。

 

 そんなものはない、と言いそうになった言葉を止めて、彼に告げる。自分の下に来ればよいと。

 

 何やら自分で論理展開を繰り広げ、簡単にアレンは騙された。張っていた人除けの結界が壊され、当代の勇者が乗り込んできたりするハプニングがあったものの、彼を連れて、魔王は自分の居城に戻ることができた。

 向かうときは未知の場所であったために転移魔法が使えなかったが、勝手知ったる自身の居城が対象であれば、一息で飛べる。

 

 初めての人肌を堪能しながら、魔王とアレンの同居生活が始まった。

 

 転移当日の夜、魔王はお泊り会初心者の子供のように、徹夜する勢いではしゃいでいたが、耐えられなくなったアレンは寝袋に入って無視する姿勢を取った。これに不満を抱きつつも、魔王に一つの名案が浮かぶ。

 

 アレンの欠点といえば、やはり寝取られに脳を侵された馬鹿であることである。しかし、本人も冷静に考えれば、自分が求めている寝取られが虚像(きょぞう)であることは気づくはずである。場合によっては、無意識にその事実を認めたくなくて、目を背けているだけなのではなかろうか。

 

 どちらにせよ、一度冷静になって自身を(かんが)みてほしい、というのが魔王の考えである。そして今、アレンは寝袋に引きこもって魔王から逃げ切ったつもりだろうが......今のアレンはまな板の上の魚。魔法がかけ放題ということでもある。

 

 魔王の口角が上がる。

 

 残念ながら、脳のような複雑で精密な臓器を魔法で(いじ)ろうとすれば廃人必至であり、洗脳のようなことは不可能である。一方で、単にチル(chill)らせる、麻酔のような化学物質による鎮静効果等は魔法でも再現可能である。

 

 思考加速・瞑想・心理抑制・集中──戦う際に補助魔法として用いられるあらゆる精神系魔法を、その膨大な魔力で寝袋ごとアレンに使用して──魔王の目論見(もくろみ)通り、自称NTRIQ180は自分がNTRIQ3の雑魚だと認めるに至った。

 

 そうして、寝取られからアレンを寝取ることに成功した魔王は、しかし、アレンがこのまま自分とずっといてくれる、と信じるほど楽観的ではなかった。

 

 ともに食事をして過ごせば過ごすほど、今までの(ひと)りで当たり前の日常が、彼と時間をともにする日常に塗り替えられていく。その幸せのような日々に水を差すように思い返されるのが、あの黒髪の女が転移直前に言っていた、なるべく早く帰ってきてくださいね、という言葉。

 人間の女なら、アレンじゃなくても相手はいくらでも選べるだろう。自分にぐらい彼を(ゆず)ってくれてもいいじゃないか。気に食わない。

 

 けれど、結局のところ、彼は人間で、自分は(ヒト)の形をしたシステムである。人間は人間のもとに帰るべきだし、あの黒髪の女の言葉は正しいのだ。

 

 最初は、純粋な他人の温もりへの興味であったアレンへの過度なスキンシップの試みも、今はそうした不安を誤魔化すため。そしていつか来る別れへの名残惜しさ。

 

 幾千年繰り返した使命の重み、そして理性でもって、魔王はアレンが去って行って、また魔王として滅ぼされることを受け入れていた。責任を取れとは言ったが、アレンを一生、自分に付き合わせるつもりはなかった。

 

 再び人類の敵としての役目を果たすだけの装置に戻るのであれば、そもそもこんな幸せを知りたくなかった──そう考えたこともある。

 

 しかし、この先不幸になるとしても、この幸せを知ることができて良かったと魔王は思うのだ。不幸も幸せも知らず、単調な繰り返しを生きるよりは、それが過去の記憶だとしても、幸せだった日々の想いを胸に(いだ)いて生きるほうがきっといい。

 

 そう、割り切っていたのに──

 

 一緒にいて楽しい。いてくれて助かった。それは駄目(だめ)だろう。

 あくまでも、自分だけが彼を求めていて、人間である彼は別にどちらでもいい。だから、人間である彼は人間のもとに帰るべき。そう考えていたのだ。

 感謝されてしまったら、自分が彼にとって必要だと勘違いしてしまう。自分の気持ちを抑えずにすむ大義名分ができてしまうじゃないか。

 

 ──我慢するのはもう辞めじゃ。

 

 

 鳥かごの中しか知らなかった人形(システム)は、連れ出されて外を知り──存在理由を捨てて、(ヒト)の夢を見た。

 

 

 魔王の切札。魔眼。勇者と戦う時にも使ったことのない、『勇者以外に負けてはならない』という役割上の都合を(まっと)うするための対イレギュラー兵装。目を合わせた対象を意のままに夢の中に閉じ込める『夢幻の螺旋回廊(スウィート・スパイラル)』。

 

 紅緋(べにひ)の瞳。万華鏡(カレイドスコープ)が造る、鏡合わせの無限に囚われて、アレンは眠る。

 

 

「さて、我を創った者には悪いが、勇者を消さねばの」

 

 

 勇者を倒す。魔王には生きていたい理由が出来た。

 

 もし自分を創った存在が現在(いま)も観ているのなら、邪魔だてしてくるかもしれないが......もう彼女は止まれない。

 

 あの黒髪の女も排除しよう。それでアレンは自分だけの物になる。

 

 彼を夢の中に閉じ込めて、その間にすべてを処理してしまおう、彼がそれを悲しむのなら、自分がその心の隙間に入って、(なぐさ)めればいいだけだ。

 

 

 魔王はアレンを奥の部屋に寝かせた後、応接間の豪奢(ごうしゃ)な椅子に腰を沈めて、肘をつく。

 

 レストランでの邂逅(かいこう)で見た、彼に向けるあの目。帰ってこないアレンに(しび)れを切らして、彼女たちは必ずここにやって来る。魔王はそう確信している。

 

 

 役割ではなく、己のために。今、魔王は勇者を待っているのだ。

 

 

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