NTRゲーに転生したはずなのに寝取られる気配がない件について   作:THE TOWER XVI

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 過去一長いです。私ごときの戦闘描写とか、果たして書くだけ迷惑なのでは、と思わないでもないですが、流れ的に必要だったので許してほしい。腹を切ってお詫びします。主人公が。



裏04 キミと逢えた奇跡に口づけ(祝福)

 視線が交錯(こうさく)する。

 

 (つや)やかに輝く金髪をなびかせた少女は、その端正な顔に笑みを貼り付けて、悠然と居城から姿を現す。

 

 融解(ゆうかい)した城壁。侵入者を拒む防壁だった、赤熱する液体が溶岩のように平野に流れ、地上の生命を焼き焦がした。

 

「前代未聞。初めてじゃよ。この城はこれでも、この世に二つとない最高位の魔導触媒器(アーティファクト)なのじゃがなぁ。修復できるとはいえ、ここまで破壊されるとはのう」

 

 少女──魔王の軽口に対し、勇者は剣を抜き、聖女は上空に展開している結界を変形させる。

 

 魔王の居城に照射されていた光が、地上を()め、土が融解する。熱で黒く結晶化した跡を残して魔王に迫り──

 

「おっと、それは危ないの」

 

 ──展開された魔法陣と共に転移した魔王が聖女の真横に出現。

 しかし、勇者に切り込まれ距離を取る。

 

 城壁を融解させた正体、上空に結界によって構築された超巨大レンズ。

 光の透過率と屈折率が制御されたそれは、この星が所属する惑星系の恒星の光を地上に収束させる。

 たとえ、恒星からすればほんの僅か、惑星に届く光、そのさらに一部を集めたものでも──天体と惑星上の生物。そもそもの格が異なる。太陽を例にとっても、たった一秒間に175兆kWものエネルギーを地球に放射する。矮小(わいしょう)な惑星上の存在に防御は不可能だ。この光に当たれば万物が溶け落ちる。

 

「しかし、ゴキブリのように動き回る相手には使いづらいですね」

 

 そう聖女は言うと、上空にあったレンズは、風景に溶けるように消えて行った。

 

「あのねぇ、防御用の結界ぐらい張りなさいよ。あなたを信頼していました~みたいな雰囲気、出すの辞めてちょうだい。鳥肌が立つから」

「ふふ、でも私がいなくなったら、魔王がアレン君を連れて逃げた時点で負けですからね。それに私もあなたがいないと、近接戦闘を挑まれて簡単にやられちゃいますし。それに戦闘の相性もいいと思いますよ、私たち」

「あーもう、それぐらいわかってるわよ!」

 

 騒ぎ立てる勇者と聖女を見ながら、魔王が口を開く。

 

「物騒な魔法を我の城につかいおって、あ奴が巻き込まれるとは思わぬか?」

「どうせあなたが守るでしょう? それに、そのためにこうして丁寧な挨拶(攻撃)をしてまで、あなたをここに呼んだのよ」

「そもそも外側の城壁しか狙っていませんしね」

 

 三人の共通認識として、彼は巻き込みたくない。それは一致していた。

 

「ちなみに、大人しく彼を渡してくれる気はあるかしら?」

「どちらにせよ、貴様(勇者)(魔王)を見逃す道理がなかろうて。よかろう。ここを戦場とするか」

 

 轟音。大地を揺さぶり、魔王城が動き出す。いまだ赤熱し、融解した城壁はそのままに、ゆっくりと、砂埃を巻き上げて、三人から遠ざかっていく。

 

「元より、我と独立した魔力源であの城は動いておる。認識阻害に人除けの結界もまだ機能しておれば、あの男の身を守るに十分であろう。それに今は眠らせておるしの──」

 

 魔王の瞳が輝き、二人に目を合わせようとして──只中で粒子が(きら)めく。魔眼の効果は、空中に設置された細かな結界に乱反射され、消失した。

 

「面倒じゃのう。もはや結界ではなく光を操る魔法と言われた方がわかりやすいわ」

「私、アレン君が教えてくれたことは全部覚えているので。あれは庭でガラス瓶を......」

「あーもう、黙りなさい!! あなたの妄想惚気(のろけ)話なんて、誰も聴きたくないのよ!! さっさとやるわよ!」

 

 勇者がそう叫ぶと、彼女の姿が一気に増え、聖女の姿が()き消える──地面を確認して──透明な結界と、その形状による全反射を利用した幻影か。

 

 魔王の足元を中心に魔法陣が広がり、特定。(すべ)てが虚像で、本物は真後ろ。素早く展開された防御魔法陣を叩き割って、勇者の剣が鼻先を(かす)る。

 

 カウンターで放った黒雷は、直線上の結界を(くだ)き──結界を蹴って後退した勇者には届かなかった。

 

「ちょっと!ばれてるじゃない!!」

「誤魔化せるのは視覚だけですからね。あと大声で(わめ)かないでください。計算の邪魔です」

 

 騒々しい二人を観察しながら、魔王は隠蔽(いんぺい)した魔法陣を展開していく。

 

 厄介極まりない。魔王は聖女の結界をそう評価する。

 そもそも聖女とは回復魔法や補助魔法でもって支援する役割であり、決して結界魔法なんて謂わばマイナーな魔法で戦う役職ではない。今まで見てきた聖女と、かけ離れた戦闘スタイル。

 

 もし、今代の聖女が結界魔法に特化した結果、形状や物質的特性まで自由に操作できるというのなら......それは伝説と(うた)われる、創造魔法の領域に踏み込んでいる。いや、燃費の悪い創造魔法に対し、あくまで魔力消費量も結界魔法の範疇(はんちゅう)ならば──戦闘における使い勝手は凌駕(りょうが)すらしていそうだ。

 

 どうせ今ごろ城で寝ているあ奴の影響に違いない。厄介なことをしてくれたものだと、ため息でも吐きたくなる。

 

 それに、聖女が厄介だという評価も、まだ勇者は何の手札も見せていないことによる。

 いまだ勇者が未知数。勇者と一口に言っても、時代ごとに固有の切札を持っている。それこそ、魔王にとどめを刺すための切り札を──

 

 隠蔽していた魔法陣に一斉に魔力を流し込み、魔王は尋ねるだけ尋ねた。

 

「そうじゃ。当代の勇者も神聖剣の召喚や強力な身体強化のような能力を持っておるのかの?」

「教えると思う?......と言いたいところだけど、そもそも私、そういう能力もってないもの」

 

 能力なしか? 意外な答えに疑問を抱きつつ、魔力充填完了──連鎖魔法陣八重奏(オクテット)──忽然(こつぜん)と出現した八つの魔法陣が同調し、数千RPM(発/分)に達する隙間のない弾幕を張る。

 

 結界の生成(クラフト)も追いつかず、砕かれ、魔力の残滓(ざんし)が空間を(いろど)る。そのまま、黒い弾幕が勇者側に押し込んで──

 

 斬ッ!

 

 結界を巻き込んで、横に一文字、空気が──世界がズレる。

 

 甲高(かんだか)い高音を立てて、切断された魔方陣が塵に(かえ)った。

 

 なるほど。

 魔王は心当たりがあった。過去に一人いたはずだ。スキルとして超常的な能力は持たないが、純粋なる肉体のみで隔絶した存在。シンプル故に最強。

 

「ああ、本当に、神がおるなら(うら)めしいのう。なぜ我が勝利を欲した時に限って......底意地の悪い話よのう」

 

 遅れて世界が斬られたことに気づいたように、風が吹き返す中、魔王は愚痴(ぐち)る。

 

「やっぱりゴリラですよね。アレン君が言っていた通りです」

「アレンがそんなこと言うわけないじゃない! 捏造(ねつぞう)はやめなさい、このストーカー()女!」

 

 横一振りで魔方陣を叩き割った勇者は、聖女の言葉に怒りながらも、息を吐いて気を取り直す。

 

「じゃあ、とりあえずアレンとなにをしたか正直に吐きなさい」

「そうですね、内容によって対応が変わりますので」

 

 魔王の討伐──とは別の意味を秘めた、濁った眼差しに、魔王は挑発的に笑う。

 

 確かに、相手は歴代最強の勇者と聖女かもしれないが、戦いは経験も物を言うのだ。それに......彼を想い、目的を持った今、幾千年の過去で最高の状態(コンディション)といっていい。

 

「クフフ、小娘共が頭が高いわ。魔王の眼前と心得るがよい」

 

 爛爛(らんらん)と輝く瞳と共に、莫大な魔力圧が放たれ──

 

 跳躍。

 

 純粋(シンプル)に速度で距離を消し飛ばし、飛び込んだ勇者の一閃(いっせん)は魔王が居た地面を切断──眼前に出現した結界を()って半回転。後方の魔法陣が二つにズレる。

 

「ッ......ちょこまかと!」

 

 転移魔法で聖女の真上に出現した魔王は、十数ミリ秒の多重魔法陣の展開──結界ごと、空間をくり抜き──虚像。

 

 探知魔法を起動しようとするが、勇者が飛び込んでくる。探知範囲を示す魔法陣が展開しきる前に中断させられ、聖女を探知することができない。

 

「はぁ、厄介じゃのう。......ちなみに、アレンにはあーんをしてもらったぞ」

「はぁ?!」

「私だって!! 孤児院で熱が出たときに毎日してもらいました!!!」

「な──ッ!」

 

 声で大まかな方向が分かれど、探し出すのが難しい聖女は無視。勇者に狙いを定めて、ついでに、お望み通りアレンとしたことを述べる。

 

 対抗するように聖女が発言し──やりたい放題の二人に勇者が愕然とする。

 

 魔王は思わず愉悦を覚えながら、重ねた。

 

「あー、あとは寝ているアレンの寝袋に入ってやったわい」

「わ、私だって一度アレンと、い、一緒のベットで寝た──」

「私のほうが!! 毎日一緒の布団を被って寝て、アレン君の首筋に噛み跡だって付けました!!! 色々な場所の匂いもいっぱい嗅ぎました!!!」

「ッ......嘘でしょ?!」

 

 展開。攻撃。待機。展開。防御。転移。待機。

 

 空中の結界を蹴って、縦横無尽に飛翔する勇者の剣戟を(さば)きながら、時に掩蔽(えんぺい)した魔法陣を仕込む。

 

 聖女が一番勇者にダメージを与えている、そんなフレンドリーファイアを見ながら、魔王はタイミングを合わせる。転移して、誘導した地点。勇者が空中の結界を踏み込んで、魔王に直進し......進路上。

 

 ピンと、勇者に引っ掛かった不可視の魔力の糸が張って──切れた。

 

 古典的で単純だが、正確な仕掛け。

 黒い光を一拍挟んで、閃光に勇者が呑まれる。

 

 隠されていた数十の魔法陣による攻撃が殺到する中、黒雷の追撃を叩き込む。

 

「ちょっと、大丈夫ですか!」

「あー、あ奴の膝枕もよかったのう」

 

 魔法の直撃を喰らった勇者を見て、今度は、聖女もマウント返しを忘れて危惧する。

 

「もちろん逆もやったぞ。逃げるあ奴に膝枕をするのは苦労したがの」

 

 取った。魔王は勇者の戦闘不能を確信して──

 

 ──前触れなく、魔王の右耳を掠めて斬撃が飛ぶ。

 

 爆発の衝撃で(えぐ)られた土地。いまだ燻る煙を横に振り払い、人影が現れる。

 

「いつも、いつもいつもそう! 羽虫どもが、(たか)って、好き勝手やって......私の、運命の相手なのに──ッ!!」

 

 咄嗟(とっさ)に左腕で庇ったのか、赤黒く重力のままに垂れ下がる左腕。銀髪を血で濡らして立つ勇者は、憤怒の形相で魔王を射竦(いすく)める。

 

 魔王は初めて怖気(おぞけ)を覚えて......一撃。

 

 二撃。展開。三撃。破壊。四撃。

 

 転移魔法は間に合わない──流れるような剣筋に、展開した防御魔法陣が負荷限界を超え──紙のように裂かれる。

 

 続いて魔王の肩口から胸にかけて剣先がなぞり、遅延をもって到着した風圧が、彼女の矮躯(わいく)を吹き飛ばした。

 

 視界が回転し、体を打ち付けて──起動した転移魔法陣による空中への転移で勢いを消す。

 

 よくない。よくない流れだと魔王は思う。

 勇者が危機に(おちい)った時......大抵ここから逆転されて(めっ)される。普通の人間なら一撃で消し飛ぶあの死地で、左腕だけで済ませる勇者の化け物ぶりに(なげ)きたくなる。

 

 だが、まだ、負けていない。斬られ打ち付けた箇所が痛みを訴えるが──補助魔法で誤魔化せる範疇(はんちゅう)だ。手足も使える。それに今度は右腕、次は足、一度でダメなら、動けなくなるまで叩き込めばいいだけだ。

 

 上空から降下しながら、再び魔法陣を展開していって──

 

「エレナァ!!あんた出し惜しみしてないでさっさとやりなさいよ!!」

「しかたないですね......。頭を酷使するので嫌なんですが......未来のためにも負けるわけにはいきませんしね」

 

 再び、大量の透明な結界。それぞれが全反射による像を作り、視覚情報が完全に意味を失う。

 

 悠長に探知魔法を使う暇はない。代わりに待機させていた魔法陣を起動し──結界ごと、斬撃が魔王を襲う。

 

 たった一手。されど一手。透明な結界に視界を歪められ、勇者が捉えられない魔王は、勇者が飛び込んでくるその時まで、予測が一手遅れる。

 そして、その遅れが徐々に大きな差となって、魔王を追い詰める。

 

 防御魔法陣の展開が遅れ、魔王の頬に赤い線が入り、血飛沫(ちしぶき)が上がる。

 

 無傷とは到底言えない体で、相当な負担が掛かっているはずなのに......勇者の速度は上がる一方だ。結界に血の跡を残しては足場にして、剣を振るう。

 

 いつの間にか、血が空中の結界に付着し、反射されたそれは彼岸花のごとく咲いた。

 

 聖女の計算......というのは(おそ)らく、勇者から魔王は見えるように操作しているのだろう。勇者の手数重視の攻撃も、魔王をこの場に固定するため。

 

 転移の時間さえ稼げれば、この結界の森から抜け出せる。そして、聖女の様子から負担が大きく、簡単に再度実行できる代物ではない。

 

 怒涛の連撃に、致命傷を避けながらも、全身を切り傷だらけにした魔王は、合間を()って魔力を流し込み──(ようや)く、完成した魔法陣が、強固な魔力の糸を吐き出す。

 

 結界を支点に蜘蛛の巣のように糸が張られ、魔王に切りかかった勇者を絡めとる。

 

 その間隙(かんげき)を突いて、転移。

 

 ──目論見通り。

 

 安堵する暇もなく魔王は、魔法陣を次々に展開する。

 

 展開、展開、展開、展開。

 

 作り上げた絶好の機会。数秒のうちに多重構造を成し、一つの円柱を(かたど)った魔法陣は──砲身のように、魔王が居た場所、そして勇者が(いま)だ居るであろう座標を指向する。

 妨害するように結界が生成(クラフト)され、壁を作っていくが......その程度で防げはしない。

 

 膨大な魔力に、空気分子が励起(れいき)され、青白く(またた)く。

 

 幾重(いくえ)にも重ねられた強化の魔法陣と火種である黒雷の魔法陣で成る、必殺の魔砲が放たれようとして......違和感。

 

 何故、結界は魔法陣の狙う先だけでなく、魔王を囲むように存在している?

 

 勘が警鐘(けいしょう)を鳴らし──

 

 上空。

 断熱圧縮により赤熱した小惑星が、自身から(こぼ)れる欠片を尾と()いて、迫り来る。

 

 火花を散らすように、側面が削られているのは、結界による干渉か。

 徐々に軌道を修正しながら、堕ちるそれは天の怒り。

 着弾すればここら一帯が纏めて吹き飛ぶどころか、気候すら一時的に変えてしまえそうだ。

 

 転移による脱出──不能。転移防止の結界か。結界を閉じることで完成し、結界から外への転移を(さまた)げる結界。ここにきて、結界本来の真っ当な運用法。

 

 この攻撃を何時から準備していたのかは分からないが......おそらく、これが本命。

 可能な限り時間を稼いで、最期は結界で閉じ込めた魔王を隕石で圧殺する。

 

 どちらにせよ、天体の重力を利用した純然(じゅんぜん)たる質量攻撃を前に、今更いくら防御魔法陣を展開しても意味はなく......予定通り勇者に攻撃を放って、ついでに結界を破壊したとしても、この魔法の拘束時間からして脱出する前に、隕石でお釈迦だ。

 ならば、既に手元にある魔法陣を使って、攻撃自体を白紙に戻せばいい。

 

 魔法陣は天頂、隕石を指向し──起動。

 

 黒雷が数百と重ねられた強化の魔法陣を潜り抜け、小惑星を直撃する。

 

 たとえ、運動エネルギーとして大量のエネルギーを持っていようと、その大部分は速度に由来し......物理的な性質を持たない魔法の雷撃の前では無意味である。

 奔流の只中で、隕石は表層から溶解──蒸発──イオン化し──

 

 天に(のぼ)った黒雷は、全てを呑み込み、雲を押しのけて空へと消えた。

 

 

 ──直後に襲う、脱力感。

 

 大量の魔法陣を維持し、行使した反動。

 魔王は気が抜けそうになって──視界の端に、疾駆(しっく)する勇者を捉える。

 

 そして、それは想定外の致命的な隙だった。

 

 いくら、魔王が無限の魔力を持つといっても、一度に無限の魔力を出力できるということを意味しない。タンクから水を流すための蛇口が存在し、当然、酷使すれば蛇口も摩耗する。

 

 勇者に仕掛けた罠と、超多重魔法陣。幾千年でも初めて本気を出して......二回の限界付近の瞬間的魔力出力により、魔王自身、知らないうちに疲弊していた。

 

 自身の一瞬の意識の空白を認識した時には、目前まで勇者が迫っていた。

 

 一筋の銀が(ひらめ)く。

 

 (かろ)うじて展開した、頼りない防御魔法陣は抜刀とともに切り捨てられる。

 

 上段に振りかぶられた剣が陽光を反射し──

 

 自身の未練か、久しく見ていなかった走馬灯(そうまとう)の中、何故か、その光の先に(アレン)を垣間見た。

 

 思わず、最期の間際にそんな幻覚(げんかく)を見てしまう自分に笑みが(こぼ)れる。

 

 別に、魔王はこれで死ぬわけではない。数百年もすればまた復活する。でも、その時にはきっと彼はいない。そう思うと、死にたくない。もっと一緒に居たい。そう、魔王の子供のような感情(こころ)は願ってしまうのだ。

 

 一方で、大人のような感情(りせい)は、穏やかに受け入れていた。

 安堵(あんど)アレン(人間)自分(魔王)に付き合わせるという、究極のエゴ。身の丈に合わない夢を見て、彼と生きる未来を思い描いたが、結局、魔王が滅ぼされて、アレンは人の社会に戻る。それが『正しい』から、自分の我儘が叶わず──彼の(せい)を歪めずに済んでよかったと。

 

 振り下ろされる(つるぎ)。幾千年、何度も見てきた一つの終着点。

 

 安らかに、(わず)かに微笑んで、魔王は目を閉じた。

 ほんの数日。しかし一生で最も楽しみに溢れていた日々の想い出を、大事に胸に抱えて。

 最後の最後に残ったのは、奇跡への感謝だった。

 

 

 彼と逢えた奇跡に──

 

 

 そうして、終幕を待って、待ち続けて......。

 

 

 ──唇のやわらかい感触に思わず目を見開く。

 

 

 そこには、居るはずのない人が居て。優しく微笑んでいた。

 

「──」

 

 きっと、己の未練が創り出した幻覚だと──そう決めつけて......口づけ──そんな幻を望んだ自身の浅ましさに思わず笑う。

 

 そのまま、どうせ夢ならもう一度抱きしめて、もっとディープなやつをしてやろう──そう背中に手を回して──(ぬめ)るような感触。

 

 

 真っ赤に染まった手のひら。

 

 

 思考が止まって──力なく、彼が撓垂(しなだ)れ掛かってくる。

 

 

 重力のままに、押し倒され、血に濡れた背中を少女の手は彷徨(さまよ)った。

 

 

「ぇ、な......なんで? ちがう、わ、私は......! 私は......!」

 

 持ち主から拒絶された刀身が地面に転がる音。

 

 大切な人(アレン)の体を容易く斬った感触が手にこびりついて離れない──そんな恐慌に(まみ)れた勇者の声に......魔王は(ようや)く、これが現実であることを認識した。

 

 

 自分に(もた)れ掛かる、重くて、生暖かい体。

 

 

「嘘じゃ......。なあ、嘘じゃろう? 起きよ、起きておくれ......」

 

 震える声で、覆い被さる彼を()する。

 自分を包むように、彼から流れ出る血が、止めどなく彼の生命が(こぼ)れ落ちているようで......。

 

「なぜ......なぜ我をかばうなど......ッこれは!」

 

 そして、気づく。彼の指先。

 何度も見た、自分が滅ぼされるときのあの光景。

 

 徐々に、彼の体の端から半透明になって、白銀の粒子が立ち昇る。

 

「まさか!!」

 

 金縛りにあったように固まっていた体が動く。

 

 一回転して、彼を仰向けに寝かせると、魔王は(うずくま)って嗚咽を漏らすだけの勇者に目を向ける。

 近づいて、乱暴に髪を掴みあげて目を合わせると、叫んだ。

 

「勇者ッ! 今我はどう見えるッ!!」

 

 蒼褪(あおざ)めて、生気のないクリスはびくりと体を震わせると、(おび)えるように答える。

 

「ひっ、ぇ......魔王、じゃ、ない?」

 

 驚愕に目を丸くする。勇者が恐る恐る口を開こうとして──

 

「二人で、なに......を......」

 

 遅れて、姿を現したエレナは......視線の先に赤黒い人形(ひとがた)を捉えて、絶句する。

 

「ッアレン君!! そ、そんな、なんで、どうして」

 

 一目散に駆け寄って、回復魔法をかけるが、微笑んだまま閉じられた目が開くことはない。

 彼の左手を握って──しかし、虚空に粒子となって消えた手はやがてすり抜ける。

 

「城で眠ってるって!!! どうして、アレン君が......こんな......こんな風に、なって......ここにいるんですか!!!」

 

 初めて見せる憤怒(ふんぬ)の形相で、行き場のない怒りを魔王に向ける。

 しかし、その感情も直ぐに喪失感と絶望に押し潰されて、長続きはしない。

 ただ、なんで、なんでと、泣き崩れるだけだ。

 

 

 そうして、しばらくして、アレンの体が完全に空へと消える。

 

 ゆらりと、幽鬼のごとくエレナは立ち上がり、魔王の足元で縮こまって震えるクリスを()めつける。

 

「......刃物で斬られた傷でした。脊椎を真っ二つ。これ、魔王じゃないですよね?」

 

 深淵のように暗い目。

 喪失と憤怒、絶望が裏返った、破滅的で攻撃的な破壊衝動。

 

「黙っていても分からないのですが? ねえ、なにが──「お主は落ち着け」

 

 魔力の(こも)った、堅い怜悧な声が響く。

 

 思わず、エレナは反発しようとして......その炎を氷で閉じ込めたような、そんな瞳に押し黙る。

 

「我を庇ってアレンは(たお)れた。それだけじゃ。犯人捜しをするなら、我ら全員に責があろう。彼が見れば止めようとすることなど、分かりきっておった。

 ......そしておそらく、アレンは死んではおらん」

 

 どういう、エレナがそう言葉にする前に、魔王は一息挟んで続ける。

 

「体が消える現象。目の前で見ておったじゃろ。あれは人ではなく魔物(龍や魔王)の消え方よ。どういう原理(わけ)か、あ奴、我の代わりに魔王になったようじゃ」

 

「つまり、私は......魔王(アレン)を討伐したことになっていて、そして、勇者に倒された魔王(アレン)は、また復活する」

 

 勇者がよろめきながら、立ち上がる。

 彩度を失ったその眼に、僅かに(希望)が戻っていた。

 

「でも、それは、数百年とか......いったい、何時になるのか分からないはずで......」

 

「お主らの前にいる我を誰と心得る。魔王でなくなったが故にこうして普通に話せておるが......誰よりも魔王に詳しい元魔王がここに()るじゃろ」

 

 敵意もなく会話していたことに今更気づいて、エレナは黙り込む。

 こいつ(魔王)を倒さねばならない──常識のように考えていた事柄。

 今思えば何故、そう思ったのか。理由が分からないことに不気味さを覚えた。

 

 そんなエレナを置いて、魔王は話を進める。

 

「魔王の現界には条件が存在する。世が荒れかけた時、興味を惹いたとき......。だが、我らが狙うべきは、強引な現界。我が住んでおった魔導触媒器(アーティファクト)の城があったじゃろ。魔王でなくなった今、我の手を離れているが......何処かに隠れているアレを探し出して、使えばよい。

 あの城が魔王を現界させる機能を持っておるからの。本来は来るべき時に行われる城への魔力供給を、我らで行えばよいだけじゃ。幸い、我が失ったのは魔王という役目のみ。それが可能な魔力は持っておるからの」

 

 ある意味、役目というタグのみを入れ替えたことによるバグ。本来魔王のみに許されている無限の魔力を持つ存在が、魔王以外に存在している。

 魔力さえあれば、魔導触媒器(アーティファクト)である以上、城の主導権を奪うのは容易い。

 

「......なぜ、それを私達に話したんですか? あなたなら、明らかに弱っているそこの勇者を殺して、近接戦闘で劣る私を倒してから、一人でそれを実行できるはずです」

 

 ()いておきながら、エレナにはある程度彼女の返す言葉は予測がついていた。それは一種の確認作業。

 

「我が魔王でなくなった今、お主らと戦う理由もなかろう。むしろ今は目的を同じくする仲間といえるのではないか?」

 

 ちーむというのも面白そうじゃ、そう何処かこの状況を楽しんでいるように(ささや)く。

 

 結局、魔王が恐れたのは、アレンが自身(魔王)から離れて、人間のもとに帰ること。しかし、今はむしろ魔王であるのは彼であり、自分は人間側に立っているのだ。

 魔王というシステム上の壁が取り払われた彼女たちに、命を賭して戦う理由は既になかった。

 そして、アレンを取り戻すことを考えるなら、協力したほうが早い。魔王は取り戻す(すべ)を持っていて、そして勇者と聖女はこの世界の勝手を知っている。

 

「......そうですね。彼を失うぐらいなら、自分以外に二人ぐらい我慢できます。それに、これ以上彼に負担を掛けないためにも、今回に限らず、今後含めて協力すべきかと」

 

「それは同意じゃな」

「私も......それで、いいわ」

 

 三人はお互いに目を合わせて、ここに協力関係を結ぶことにした。

 

 

 そもそも孤独な過去(ゆえ)に人懐っこく、純粋な魔王は、勇者や聖女に悪感情を特に持っていない。彼の周りに他の女が居ても気にせず......ただ、自分の手元から彼が離れる要因があれば、必ず潰す。それだけだ。だから、その提案に異論はなかった。

 

 とにかく、彼女は彼に聞きたいことが沢山ある。どうやって自分を魔王という役割から解放したのか、なぜ代わりに魔王になって、そして自分を庇ってしまったのか。

 ふと、指先で唇に触れて思い出すのは、あの口づけの感触。あの時の続きを、今度は深く味わい尽くしてやろう。召喚したときは覚悟しておれ、そう未来を想像してほくそ笑むのだ。

 

 

 エレナもまた、自分たちが争うことをアレンが望んでおらず、戦えばこうして巻き込むことになると理解している。

 

 相手が特に何の力を持たない小娘なら躊躇(ちゅうちょ)なく排除しただろうが、相手は勇者に元魔王である。彼女たちを相手にして無事で済むと考えるほど、彼女は自惚(うぬぼ)れていない。

 むしろエレナにとって最も大事なことは、誰かの一人勝ちにならないように、三人で囲い込んでアレンの傍を絶対に保つこと。

 

 気づいたら血濡れで斃れていた彼の姿が忘れられない。そして、彼女は自分を大切だと言ってくれた彼の言葉を信じ切っている。

 彼を想えばこそ、物理的に手が届かなくなるような結末は認められない。自身の独占欲は抑えてでも、彼と共に居れる選択肢を取るべきだ。

 

 

 そして、クリスの精神状態は、一見立ち直ったように見えて、その実酷いものだった。

 

 彼の背中を滑るように、あっさりと斬り裂いた、あの時の光景と感触が、網膜に、手に、焼き付いて離れない。

 剣を握れば、それが強烈に思い出されて吐きそうになる。たとえ客観的には、クリスではなく割り込んだアレンに原因があったとしても、自分の手で彼を殺したという事実(結果)が彼女の精神を追い詰めていた。

 

 だが、アレンを取り戻すことができる──やり直せると知って、彼女の心は壊れずに済んでいる。

 アレンを可能な限り早く取り戻したい。それが出来るのなら、協力でもなんでもする。それが今の彼女の想いである。

 

 

 ()くして、勇者と聖女と元魔王は、唯一人(ただひとり)を取り戻すべく動き始めたのだった。




 最初は、ギスギス修羅場ハーレムで、少しでも主人公への愛を感じられたら……それで十分でしたの。でも、ここまで来て……わたくし、やっぱり真実の『愛』を諦めることはできませんでしたわ! 今日、こうして主人公の背骨を真っ二つにして、わたくしの長年の夢に少しだけ触れることができましたわ~~!
 本来なら、ずっと前に未完の書きだめの供養で終わっていた作品ですけれど、ここまで来れたのも、温かい感想や高評価をくださいました優しきお方のおかげですわ。感謝感激雨あられですの。

 どうでもいいですが、今後も協力すると言っておきながら、全員自分が彼の傍に居れることが最低条件なので……個別√に入った場合は協定破棄の血祭確定です。頑張れNTRIQ3(他人事)

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