NTRゲーに転生したはずなのに寝取られる気配がない件について   作:THE TOWER XVI

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ある程度書きだめが出来たので投げていきます。


アイデンティティ・クライシス

 鈍い金属光沢を放つ、漆黒の壁。

 

 この世界における魔王の居城は、色違いのモンサ〇ミッシェルが近い。平野に突然現れるそれは、認識阻害に人除けの常時結界、機動能力を持つ、それ自体が巨大な魔導触媒器(アーティファクト)、らしい。

 

 転移魔法によって、俺が魔王と初めて出会って、戦闘を行った応接間──ゲームなら最終決戦の舞台となるであろう場所に到着していた。

 

「で、えーっと、目的地にはついたみたいだし、そろそろ離したり......?」

 

 抱き寄せていた魔王から手を離して、両手を上げる。

 しかし、当の魔王は抱き着いたまま、俺の腹筋の(あた)りをペタペタ触っていた。

 

「......」

「いや、聞いて...ッひゃん!! って何を男に言わせとんじゃぁぁコラァ!!!」

 

 弱い箇所(意味深)を突かれた俺は、自分の声とは思いたくない鳴き声を上げて、魔王(セクハラコアラ)を放り投げる。

 

「つれないのう。減るものでもあるまいし」

「俺の精神がすり減るよ?」

「しかし、お主、我にお礼をしたいと言っておったの......? はて?」

 

 近づいてきた魔王は、俺の顔を下から(のぞ)き込み──底の見えない万華鏡のような、紅緋(べにひ)の瞳と目が合う。

 

「そ、それは、うーん」

「......冗談じゃ。クフフ、時間はいくらでもあるからの」

 

 身をひるがえすと、鼻歌を歌わんばかりに愉快そうな魔王は、そのまま壇上に登って、豪奢(ごうしゃ)な椅子に深く腰掛ける。

 

 沈黙。

 

 何がそんなに楽しいのか、ニコニコして俺を見てくる魔王と、棒立ちの俺の間に静寂(せいじゃく)が広がる。

 

 いや、これ何の時間?

 

「なあ、寝室とか普段の生活どうしてるんだ? あと、部屋とか探検していい?」

「この部屋以外には別に使っておらぬが。他の部屋に()くなら我も同行しよう」

「え? この部屋しか使ってない?」

「ここで勇者を待つのが我の役目じゃからの。それに他の部屋を使う意味もあるまい。......あぁ、そういえばお主らには食べ物が必要じゃったの」

 

 当然と言えば当然か。魔王といったら魔族とかそもそも種族が異なるのが常識(テンプレ)だし、幾千年現界と消滅を繰り返した、って時点で人間とはまた別の生物、いや存在なのか。

 

 同時に、あのファミレスモドキでデザートの類を楽しんでいた姿もまた本当なのだろう。NTRの道筋を示してくれた恩もあるし、ここはひとつ、人間的な生活をサポートするか!!

 話している感じ、その物質的在り方が人間と異なっても、精神における大きな違いはなさそうだ。

 悪いお兄ちゃんがいろいろ仕込んでやるぜ!(無知シチュ)

 

「よーしわかった!魔王様の直属一号として、生活改善をお礼とさせてもらおうじゃないか!」

「その体を我に(ゆだ)ねてくれるだけでよいぞ」

 

 エ駄死!

 

「いきなり上司から部下にセクハラかますのやめようか? 訴えられても知らないよ?」

「なんじゃ、人間は面倒じゃの」

 

 まあ、この世界にはセクハラとかそういう概念はないだろうけど。

 

 ちなみに、NTR的には会社の上司が竿役シチュも(たしな)んでいるので、セクハラ万歳である(倫理観世紀末)

 いや~、愛する妻が会社の嫌な上司にあんなことやこんな──

 

「ほれ、気色の悪い顔を浮かべてないで、その生活改善とやらを見せるがよい」

 

 妄想に邁進していると、両肩に重み。ふわりと頭の上から垂れ下がった布が視界を(さえぎ)った。

 

 暖簾(のれん)をくぐるように片手で持ち上げる。

 

 どこか陶酔を誘う香りと、両頬に触れる柔らかい感触に、俺は状況を理解して──

 

 煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散、俺の心はNTRでできている、俺の心はNTRでできている、俺の心はNTRでできている。

 

 NTRを想い、心を(NTR)にした俺は、魔王を肩車したまま、お部屋探検に出発した。

 

 

 

 

 

 

 生活改善を(こころざ)してから、数日。魔王と一緒に転移魔法で家具等を買って帰ることを繰り返し、いつの間にか、応接間の裏側にあった部屋は生活感あふれる部屋になっていた。

 

 埃をかぶっていたが、調理室も存在しており、俺の自炊スキルを日々振るっている。

 

 前世では、パソコンとペンタブ相手に戦う孤高の戦士として、満足のいく作品(NTR)を描き、(なが)く消費するために、健康に気を使っていた。そして今世の孤児院では、料理担当を引き受けていた俺に死角はない。

 

 魔王に飢餓の概念はないようだが、魔王が良くても俺は食べないと死ぬ。かといって、魔王を放置して一人で食べれば、暇を持て余した魔王にダル絡みをされて邪魔されるのは目に見えている。結局、俺は魔王と二人で食卓を囲んでいた。まあ、一人分作るなら二人分作っても大した差はないので特に問題はない。

 

 ちなみに、魔王も料理に興味があったようだが、魔力式加熱調理器(コンロ)の許容限界を超える魔力を叩き込んで、フライパンと食材を火柱で包んでいた。

 

 完成したのは融解した鉄による炭の包み焼き。繊細な魔力操作以前に、吸われるように魔力が流れ込んでしまうようだが──おそらく、この世界の調理器具は魔王の利用を想定していないので、諦めてもらうほかない。完全に、無限に近い魔力量が仇となっている。

 

 

 無駄にでかい、対面に座る相手と距離が異常に遠いタイプの高級そうなテーブル......の隣の庶民的な円形のちゃぶ台で二人、食事をとる。

 

「あ奴らのことは見に行かなくてよいのか? 寝取られがどうこう言っておったじゃろ」

「ああ、それは......もういいかな」

 

 俺の右肩下がりの声音とは対照的に、期待に満ちた顔で俺を見る魔王。

 

 隙あらば謎の魔法で平行移動して肩を密着させようとする魔王vsそれを阻止したい俺の攻防は、魔王側の攻撃停止により終了し──俺は現実を受け入れた日のことを思い出していた。

 

 

 

 転移してきたばかりの夜。夜ふかしモードの魔王にちょっかいを掛けられながら潜り込んだ旅用の寝袋の中。不意に今まで(いだ)いていた情熱が沈静化し、思考が冴えわたった。気づけば俺は、冷静に自分を見つめなおしていた。

 

 当初は『リアル幼馴染NTRを味わうため』なんて言って勢いのまま邁進していたが、落ち着いて過去を振り返ってみれば──俺は一体何をしていたのだろう。

 

 現在、七大龍が倒され、既定の物語としては魔王を倒せば終わり。魔王にホイホイついて行ったものの、裏切り宣言をできたわけではなく、突然、俺が勝手に蒸発しただけ。これのどこがNTRなのか?

 

 わざと前に出て糞雑魚男の振りをしたあの日もだ。

 自分が突っ込んで自爆したところで、クリスもエレナも、共に積み上げた過去があり、彼女たちが仲間を簡単に見捨てるわけもない。もし、好感度が下がったとしても、クリスとエレナが恋人関係になるわけでもなければ、そもそも何が奪われたというのか?

 

 俺が愛したNTRとはそんなものだっただろうか?

 

 もっと、こう、あの頃の愛していた存在が全く別の存在に変わってしまった絶望感。弱い自分の惨めさ。そして、仄暗い興奮。

 

 形だけ寝取らせを(かた)ったとして、俺は......あの時のような絶頂を、脳がかき混ぜられるような感覚を味わえるのか?

 

 寝取られで寝取らせに目覚める描写は定番だ。しかし、寝取らせは結局、寝取られの絶望感を超えることはできないし、見方を変えれば、寝取らせは寝取られのダメージを寝取らせという主体的な行動で『俺が意図してそうした』と尊厳を慰めて回復させる行為、屈折した自慰行為ともいえる。

 

 たとえ、愛する者が汚されることに興奮するという癖だとしても、それは俺が求めた脳破壊とは異なるものだ。

 

 NTRが世界に寝取られたことを自覚した──脳のシナプスがハジケるあの感覚(快感)を、俺は覚えているはずだ。

 

 

 あれが俺のNTR(寝取られ)最高到達点。

 

 

 実に、今更であるが、NTRとは、寝取らせようと思った時点でダメなのだ。そこに愛が、砕かれる想いの矢印がいるのだ。

 

 絶対に失いたくないのに、失った。

 好きだったのに、汚された。

 信じていたのに、裏切られた。

 守りたかったのに、守れなかった。

 

 その落差が、差分が、絶望となって脳を(ふる)わせる。

 

 

 どうNTRを体験しようとあがいたところで──そこに裏切られる愛がなければ──単なるごっこ遊び。空虚な贋作(がんさく)だ。

 

 それに、世界の強制力を信じていたが──バタフライエフェクト、その言葉の意味を考えれば、『原作通りに強制する力』なんて、途方もない超常的な力であることは明らかだ。都合のいい妄想の産物でしかない。

 

 ファッションNTR好きよりもひどい。俺は何一つ最愛(NTR)のことを理解(わか)っていなかった。

 

 俺はNTRIQ3の雑魚(ピエロ)だったわけだ。誰もお前を愛さない。

 

 

 現実と向き合うことを避け、痴態を晒してきた俺は、気づけば崖の端まで追いつめられていた。

 そうして、目を背け、逃げてきた現実と直面し──俺は折れた。

 

 

 追い求めていたNTRが虚像(まやかし)であったことを悟り、俺は生きる意味を失った。

 

 魔王の世話を焼いているのも、目的を失った俺の代償行動といえる。

 

 

「うむ。我は今のお主のほうが好ましいがの。ほれ、慰めてやろうぞ」

 

 ちゃぶ台を指先でふわりと魔法で退()けると、魔王は手を広げて催促してくる。

 

「......いや、泣きつくほどじゃないよ?」

 

 確かにNTR(寝取られ)は俺の生きる目標であった。しかし、夢を失ったからといって、即座に死にたくなったり鬱になったりするわけでもない。

 

 ただ、意思とかそういうものが、宙ぶらりんになってしまっただけだ。

 

 それに前世NTR一筋の喪男がロリの胸で泣けるわけないだろ。まだそこまで(すた)っていないし、事案だわ。

 

「遠慮はせずとも良いぞ。なに、お主が来ぬならこちらからゆくだけじゃ」

「お前が抱き着きたいだけじゃねぇか、このセクハラ魔王!」

 

 時間を止めてはテーブルの周囲を逃げ回り──スキルのクールタイム限界を迎えて捕まる。

 

 四肢を使って俺にしがみついたまま、ついでにお主の手で食べさせてほしいのう、と肩に顎を載せて(さえず)る魔王は無視。さっさと残りを食べた後、食器を片付ける。

 

 とはいえ、少し気が紛れたのも事実。

 

「まあ、なんだ、ありがとな。お前が居てくれて助かったよ」

「......どういうことじゃ?」

「感謝してるってだけだぞ? 一緒に居て楽しいのはそうだし、今の目的を失った俺には十分ありがたい......って、恥ずかしいから無しな! 今の!」

 

 誤魔化すように足早に調理部屋に向かう。

 

 背中の重みと体温がするりと抜けて、静かな違和感に俺は背後を振り返った。

 

「良くないのう」

 

 (うつむ)く魔王が顔を上げ、微笑む。その笑みは言葉と裏腹に晴れやかだ。

 

(魔王)お主(人間)は本来交わらぬ身。いずれは、元の役目に戻ろうと考えておったが......もう己に嘘はつけぬ。つく必要もあるまい」

 

 なにか決定的に選択を誤った──だがそれがナニかがわからない。

 

 漠然とした未知に、脳髄(のうずい)を刺されたように目が逸らせない。

 

「我慢するのはもう辞めじゃ」

 

 魔王の瞳、紅緋(べにひ)の眼が輝き──

 

「『夢幻の螺旋回廊(スウィート・スパイラル)』」

 

 ──万華鏡のような宇宙が(ひら)く。

 

「クフフ、しばし待っておれ。すべてを片付けてくるゆえ」

 

 (たの)しそうな魔王の声を最後に、俺の意識は消失した。

 

 

 

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