NTRゲーに転生したはずなのに寝取られる気配がない件について   作:THE TOWER XVI

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裏01 私の運命の人【クリス】

 リーデンブルク家は国一の大商会である。砂糖や酒、香辛料といった嗜好(しこう)品の輸送を一手に担い、成長してきた。

 

 そうして得た富を元手に、事業の多角化を推し進め、物流のみならず、金融、インフラ、手工業をも担う。その業態は異世界のコングロマリット企業だ。

 

 その華々しい栄華は、この家の役割にもよる。

 

 勇者の血。

 

 代々、勇者のスキルを持つものはこの家から生まれ──ゆえに、国の中枢との強い結びつきを持っている。

 

 そんな実質的な最高位の貴族であるリーデンブルク家の当代当主は愛妻家であり、頑なに妾を持たず、それを貫ける力を持っていた。もちろん、これで子供が生まれなければ流石に問題となったが、幸いリーデンブルク家には二人の子供がいた。

 

 ヴァイス・リーデンブルクとクリスティーナ・リーデンブルク。

 それぞれ兄と妹という関係であるが......ヴァイスにとってクリスは(ねた)ましい敵であった。

 

 ひとえに、忙しい両親が合間を()って、注いでいた愛が、年下の妹に奪われたこと。

 

 子供心に自分を見てくれない親への反発心と、その隙をついて彼の心に付け入る奸臣(メイド)の存在は、彼にとっての最大の不幸であろう。

 

 そこに愛はないからこそ、叱ることなく心地の良い言葉のみ並べる奸臣に、自身の臆病さをプライドに隠して、(おぼ)れてしまった。かつて彼が愛を求めた親からも、その心は離れてしまった。

 

 そして時が経ち、妹が優秀な才覚を発揮し始めると、当然、彼の劣等感を刺激した。

 

 彼の鬱屈(うっくつ)とした感情は強まる一方で、親の愛あるがゆえの心配や叱声は、彼との溝を深めるばかり。

 

 悪口ともに、次の当主はクリス様だな、なんて笑う使用人のうわさ話を聞いては、妹に対する嫉妬を強めていた。

 

 だから、彼はその提案を聞いて、堕ちた笑みを浮かべた。

 

 『妹の暗殺計画』──嫉妬と欲望にまみれた悪意。クリスが気に入らないヴァイスと、より御しやすいヴァイスを当主につけたい者たちの利害の一致。

 

 そうして、彼は、下り坂の一本道に、自ら身を投げて転がり落ちていった。

 

 別の世界では成功したそれは、異分子(転生者)の存在により破綻した。計画は未遂のまま露呈(ろてい)し、自ら勇者の血を減らすような醜聞(しゅうぶん)を、国が許すことはない。

 

 残った親心でかばうこともできず、彼とその奸臣は、不幸な事故によって行方不明となった。

 

 

 さて、そんな、兄の転落を見て、妹のクリスが感じることは少なかった。そもそも兄が自分を嫌っていたことは知っていたし、なにより──

 

 ──そんなことは、あの出会い(運命)に比べれば些事(さじ)であった。

 

 

 何不自由なく育ってきたクリスは自分が世界の中心であると疑っていなかった。

 

 血のつながりがある兄はそば付き(メイド)と部屋にこもってばかり。剣術では年上の子供にも簡単に勝てた。それだけ彼女は早熟であったし、周りの大人も、褒めて持ち上げた。

 

 大人がそんな態度を取れば、彼女が周りの子供と馴染めなかったのも当然だ。

 

 『あの子はみんなとちがうから、かかわっちゃだめだって』

 『リーデンブルク家の神童の邪魔をしちゃだめよ』

 

 だから彼女は独りだった。

 

 とはいえ、彼女は大して気にしていなかった。周りの大人は褒めてくれるし、無意識に見下していた他の子供とつるむ気もなかった。

 

 ただ、どこか、穴が開いたような欠乏感が彼女にはあった。

 

 

 そんなある日、仕事の関係で親に連れられ来た町。親が大人と話して、自分はたまにおべっかを聞かされるだけの、つまらない会合。目を盗んで無断で抜け出してきた彼女は一人の男の子をみつけた。

 

 優し気な眼差しで、広場で遊ぶ年下の子供を見守っている、可愛らしい少年。

 

 なぜか目が離せず──突然、落ち着いた雰囲気を霧散(むさん)させて、ショックを受けたかのように固まる間抜けな様子に気が抜ける。暇つぶしに、彼にこの町の案内をさせてやることにした。

 

 アレンと名乗った彼は、同年代のくせに、自分を子供扱いして、大人のように話す子供だった。

 

 彼女にとって、『リーデンブルク家の神童』ではなく、単なるわがままな子供として扱われるのは初めてだった。

 

 同年代の子供にそんな態度を取られているというのに、自分よりずっと大人らしい彼だからだろうか? 自分を見てくれていると感じるからだろうか? 不思議と対等な感覚が心地よく──そんな楽しい時間は、過ぎるのが早いものだ。

 

 無断で抜け出したことを今更(いまさら)になって後悔しつつ、彼とともに歩く彼女の前に、路地から人影が飛び出した。

 顔を隠した怪しげな男。手には刃物。

 

 クリスは腰の剣を抜こうとして、空ぶる。会場に入る際に預けたままであることを思い出し、歯噛みした。

 

 それを嘲笑(あざわら)う男は軽い口をたたいているようで、彼女に明確な殺意を向けていた。

 

 いくら神童と持ち上げられようとも、まだまだ子供であるクリスに、命のやり取りは早すぎた。

 

 怖い。死にたくない。

 

 (すが)れる武器すらなく、ただただ怯える彼女の眼に映ったのは、かろうじて捉えられる速度で突撃して、男を殴り飛ばす少年の姿だった。

 

 この日、欠けていた穴に何かが(はま)った音がした。

 

 少年と別れ、大人に連れられ家に戻って怒られながらも、頭にあるのはあの時の少年の背中だった。

 

 そこから、暇さえあれば彼に会いに行き、町を離れる際は初めて親を憎んだ。ただ、また会えるさ、と彼が自信を持って言っていたので、きっとまた会えるのだろう。

 

 

 そうして彼女は元の生活に戻ったが......離れていればいるほど、他の子どもと会えば会うほど、むしろ彼が際立(きわだ)って想いが大きくなった。アレンのほうが大人だったし、楽しかったし、いろいろなことを教えてくれた──

 

 自分を守ってくれた大きな背中。あの日のことを思い出しては、自分と彼を物語の姫と騎士に当てはめて妄想するのは、寝る前の日課のようなものである。

 

 布団の中で足をばたつかせ赤面していたクリスは、ついに、待ちに待った彼と再会した。

 

 当然のように勇者のスキルを得て、一人の自由(権力)を手にした彼女は、彼とともに旅することを夢見ていた。もちろん最後はハッピーエンド、二人は結ばれて幸せになるのだ。

 

 勇者として、他の伝説のスキル持ち(パーティメンバー)が現れるのに備え、スキル授与の日に合わせて各町を訪れていた彼女は、アレンの居る町に来て、真っ先に彼を探した。

 

 彼の近くに知らない女がいることは非常に不満だったが、彼の口から勇者(自分)を探している、という言葉が出て、やはり運命であると、再確認した。

 

 自分がこの日を待ち望んでいたように、彼も自分を待っていたのだ。

 

 

 男かどうか聞かれたり、エレナという女狐を気にかけていたり、むかつく場面もあったが、未来の妻として、そこは目を(つむ)ってあげようと、クリスは思う。

 

 あの女をかばって重症を負ったときは、心配した。なのに、宿で彼があの女へ告白まがいのことを叫んでいた時、クリスは頭がおかしくなりそうだったが、それも許した。

 

 彼にとってあの女は家族でしかない。逃げ出した自分を追いかけて、慰めに来てくれた彼が、そう言っていたから。むしろ、可哀想な勘違い女だと思うと、同情しないでもない。

 

 だから彼の唯一のパートナー(運命の相手)は自分だと、クリスは心の底から信じていた。

 

 しかし、魔王に彼が連れ去られた時、彼が魔王を守っていたのを見て、彼女は分からなくなった。

 

 なんで魔王と仲よさげなの? 

 

 なんで私から敵を守っているの?

 

 なんで私の邪魔をするの?

 

 なんで私の隣じゃなくてそっちにいるの?

 

 なんでなんでなんでなんでなんで──

 

 半ば狂乱するように突っ込み、視界に現れた結界を最後に、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 思えば、彼の心の(うち)は知らなかった。知ろうとしなかった、とクリスは思う。

 

 自分を色眼鏡で見ない、大人っぽくて対等な、初めて会うタイプの、自然体で一緒にいて楽しい相手──そして、恐怖で動けない自分を救ってくれた彼。あの時抱いた恋心は誰にも否定させないし、追いかけてきてくれたあの時も嬉しかった。

 

 だから、今からやるべきことは、愚直(ぐちょく)に知ろうとしなかった彼の奥深くを知ることだ。物語のお姫様は王子様を待つだけかもしれないが、彼女は勇者だ。勇者なら道は自ら切り開くものであろう。

 

 もし、彼の奥底が望まないものでも、今更気にすることはない。だって、あの時からクリスはアレンしか見えていないし、あの時の想いも、感情も、その裏が何であれ、事実(過去)は変わらないのだから。

 

 それに、あんなにも運命で繋がっているというのに、彼が『まだ』自分のことを好きでない──その時は、理解(わか)らせてやるだけだ。

 

 リーデンブルク家の人間として、彼女は知っている。

 

 この世界において、勇者の権力があれば物事はどうとでもなる。勇者や聖女のような特殊なスキルを持たず、一介の孤児でしかないアレンなど、彼の内心がどうあれ、好きなように調理できるのだ。

 

 育んだ純粋な恋心に、仄暗い愉悦(欲望)を隠して、クリスは(わら)った。

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 

 宿のベットの上、クリスは起き上がると同時に、目を閉じて(たたず)むエレナを視界に捉えた。

 

 お互いに気に食わない相手であるが、少し方向が違えど抱えている想いは相似(そうじ)だ。だからこそ、エレナの狙いもすぐに理解できた。

 

「どうせあなたのことだから、純粋な好意じゃないのでしょうけど、一応感謝はしておくわ。それで、取り戻しに行くんでしょう?」

「話が早くて気持ち悪いですね。非常に残念ですが、魔王に対抗するには勇者の力が必要ですから。非常に残念ですが」

「本当に減らない口ね。じゃあ、場所を教えてもらおうかしら、ストーカーさん?」

「......アレン君の前でそう呼んだら、豚の(えさ)にしてやります」

 

 エレナはクリスを一睨(ひとにら)みすると、クリスを先導する。そして、ある意味相性のいい二人は、お互いに言いあいながら、アレンのもと──魔王の居城へと駆け出した。

 

 

 

「あぁ、そういえば、勇者様の取り乱していた姿は本当に面白かったです♪ 是非またお願いしますね」

「ほんと、意地汚いわね! この腹黒女ッ!」

 

 

 

 

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