カードファイト!! ヴァンガード BraveBeyond 作:バビロン@VG
夕焼けの色が、鮮やかに街並みを照らしていた。
橙色に染まった道、穏やかな風。
うっすらとした雲が、断片的に空の姿を隠している。
人々の行き交う道を歩きながら――
「今日も一日、がんばりましたね~」
桃色の髪の少女――朔導ナヅキが、
誰に言うでもなく一人でそう呟いた。
夕暮れを見上げながら、ナヅキが身体を伸ばす。
「今日はヒトミちゃんの試合かぁ~」
スマホを取り出し、メールを確認しているナヅキ。
「んー」と悩ましそうに頬に手を当てる。
「応援しに行ってもいいんですけど、サヤちゃん先輩もミユキちゃんもいないですし~。うーん、どうしましょ~」
ゆるゆると喋っているナヅキ。
人の流れにのりながら、前へと歩き続ける。
灰色の雲が天を覆っていき、そして――
「……んー?」
空を仰ぐナヅキ。
何かに気付いたように、その目を細める。
ぽつぽつと、辺りに水滴が落ちて――
ザーッと音をたてて、激しい雨が降り始めた。
「あら~」
ゆるゆると話すナヅキ。
周囲のあちこちから、小さな悲鳴があがる。
「やだ、もー!」
不満そうにぼやく女子高生の声。
人々が足早に駆けだし、水の跳ねる音が響いていった。
灰色の雨が、視界を覆い隠していく。
「うーん、どうしましょう~」
のんびりとした口調のナヅキ。
濡れる事を気にした様子もなく、辺りを見回す。
道の先、こじんまりとした喫茶店が目に入った。
「うん。あそこにしましょ~」
迷うことなく決めるナヅキ。
鞄を頭の上にかざしながら、ゆっくりと歩き出す。
ぱしゃぱしゃという水の音が弾けて――
カランカランという、乾いた鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた渋い声。
カウンターの奥、燕尾服を着た老人の声が響く。
雨の音を背に、ナヅキが扉の前で佇む。
「あの~」
申し訳なさそうに口を開くナヅキ。
老人がすぐにナヅキの姿に気付いた。
「おや、通り雨ですか。少々お待ち下さい。タオルを出しましょう」
「あっ、いえ。座れれば大丈夫なんですけど~」
手を前に出しているナヅキ。
老人がさっと、清潔なタオルを差し出した。
「そうはいきません。どうぞ、遠慮なくお使い下さい。お若いレディ」
気取ることなく話す老人。
ナヅキがお礼を言い、素直にタオルを受け取った。
雫を垂らしながら、ナヅキが髪を拭う。
「どうぞ。席は自由に座って構いませんよ」
「はい、ありがとうございます~」
頭を下げるナヅキ。
老人が静かにカウンターの奥へと戻っていった。
「はへぇ~」
タオルで身体を拭きながら一息つくナヅキ。
きょろきょろと、店内を軽く見渡す。
落ち着いた雰囲気、コーヒーの香りが漂う小さな喫茶店。
カウンター席とテーブル席。まばらな客。
静かな空間の中、客達はそれぞれの時間を過ごしている。
ナヅキがぼんやりと視線を巡らし、そして――
「……あら」
小さく呟く声。
ナヅキがかすかに目を見開いた。
驚愕したような表情が、その顔に浮かぶ。
「…………」
考え込むように首をかしげるナヅキ。
そのままタオルを片手に、店の奥へと進んでいく。
コツコツという軽い革靴の音が響いていった。
ざあざあと振り続ける雨の音。
店内の静寂の中、音が混じり合って溶けていく。
喫茶店内の一番奥、テーブル席の前に立って――
「あの~、相席してもいいですか~?」
ナヅキがにっこりと微笑み、座っている客に声をかけた。
「あん?」という鋭い声。客が顔をあげる。
青みがかった黒い髪が揺れて――
「……なに?」
座っていた客の口から、声が漏れた。
ニコニコとしているナヅキ。客の言葉を待つ。
紺碧色の瞳を向けて――
「お前……"紅蓮の太陽姫"か?」
ほんの少しだけ訝しむように。
"雷鳴の帝王"――冴導ユヅルがそう訊ねた。
灰色の空の向こう、雷の音が低く轟いた。
時計の針の音。シックな雰囲気の喫茶店内。
白いカップの上を、コーヒーの香りが漂っていく。
テーブルに向かい合って座りながら――
「…………」
不機嫌そうな表情を浮かべて。
冴導ユヅルが朔導ナヅキの姿を見据えた。
「……お前」
何か言いたげに口を開くユヅル。
ナヅキはニコニコと微笑み続けている。
さっと、その手をあげて――
「すみませ~ん、クリームソーダ下さい~!」
カフェのマスターに向かって、ナヅキが声をあげた。
「かしこまりました」とそつなく答えるマスター。
ナヅキがユヅルに向き直る。
「いやぁ~、こんな所で会えるだなんて、すんごい偶然ですねぇ~。びっくりですぅ~」
ぽわぽわとした口調のナヅキ。
嬉しそうに笑いながら両手を合わせる。
ユヅルが目を細めた。
「偶然だと?」
鋭い声。
ユヅルがフンと鼻で笑い、カップを手に取った。
「こっちはいい迷惑だ。アンダーグラウンドファイトの連中とは、こっち側で会うとロクな事にならない」
いかにも不機嫌そうに喋っているユヅル。
ナヅキが悪戯っぽく笑う。
「まぁまぁ、そう言わずに~。これもきっと巡り合わせかなにかなんですよぉ~。きっと、惑星クレイの導きです~」
ゆるゆると言うナヅキ。
ユヅルがますます不機嫌そうに顔をしかめた。
外を降る雨の音が、静かに響いていく。
「お待たせしました」
マスターがテーブルにクリームソーダを置く。
鮮やかな緑色。輝きを放つ白いアイスクリーム。
ナヅキが目を輝かせた。
「わぁ、ありがとうございます~!」
嬉しそうに言うナヅキ。
ウキウキとしながら銀色のスプーンを持つ。
バニラアイスを口に含み、ナヅキが歓喜の声を漏らした。
「ん~、美味しい~☆」
至福の表情。
嬉しそうに頬に手を当てているナヅキ。
ユヅルが呆れたようにため息をついた。
「おい、うるさくすんな。集中できねぇだろ」
鋭い声で告げるユヅル。
目の前のキャンパスノートに文字を書いていく。
ナヅキが視線を落とした。
「へぇ~。あなた、大学生だったんですねぇ~」
テーブルの上に置かれた参考文献と思わしき書物。
レポートを作成する姿を見つめながら、ナヅキが話す。
「そういうお前こそ、ちゃんと人間の言葉が話せたんだな。普段からボバボバ言ってるもんだと思ってた」
冷ややかな口ぶり。
視線を一切向けずに、ユヅルが口を開いた。
ナヅキが頬に指を当て、可愛らしく首をかしげる。
「えー、なんですかぁ? ひょっとして、ボバボバ言ってるナヅキちゃんの方がお好みだったりしますかぁ~?」
きゃぴきゃぴと訊ねるナヅキ。
ユヅルがその発言を完璧に無視した。
雨がしとしとと、降り続いていく。
「…………」
レポート作成に集中しているユヅル。
ナヅキは美味しそうにクリームソーダを食べていく。
雨の降る景色を眺めながら――
「ねぇ、聞いてもいいですか~?」
ナヅキが、静かにそう訊ねた。
「なんだ?」
不機嫌そうに訊ね返すユヅル。
かりかりと文字を書く音が響く。
ナヅキが微笑み、手を組んでその上に顔をのせた。
「あなた、どうしてアンダーグラウンドファイトで戦ってるんですか?」
普段よりわずかに低い声でナヅキ。
ぴたりと、ユヅルが文字を書くのを止めた。
ほんの僅か、辺りの空気が張り詰めていく。
「それを聞いてどうする?」
「え~、そんな怖い顔しないで下さいよぉ。ただの世間話じゃないですか~」
気の抜けた声で答えるナヅキ。
薄明かりの空間。辺りの空気が冷たくなる。
少しの間の後、ユヅルが顔をあげた。
「俺の答えが聞きたいなら、先にお前が答えろ。お前こそ、なぜあそこで戦っている?」
射抜くような視線。
鋭い気配がユヅルの身体から放たれる。
ナヅキがくすりと笑う。
「私が戦う理由ですか?」
穏やかな口ぶり。
ナヅキが「んー」と悩むような声を出す。
「なんでしょうねぇ~。正直な話、私は別にアンダーグラウンドファイトじゃなくてもいいんですよー。私の望みが叶うなら~」
「望みだと?」
聞き返すユヅル。
ナヅキが「はい!」と元気よく答える。
異様な気配がその背中から這い上がって――
「燃えたいんですよ、心の底から」
凍てつくような低い声で。
大きく目を見開きながら、ナヅキがそう答えた。
狂気にあてられたように、辺りの空気が歪んでいく。
「…………」
黙り込み、目を細めているユヅル。
ぴりぴりと、空気が張り詰めていく。
冷たく濁る瞳を向けて――
「そうか」
たったの一言。
全く動じずに、ユヅルがそう呟いた。
一瞬、ナヅキが驚いたように目を丸くする。
張り詰めた空気が急速に萎んでいって――
「それだけですかぁ? リアクション薄いですねぇ~」
ナヅキが、ぽやぽやとしながら不満そうに言った。
ユヅルが「ふん」と短く声を出す。
「別に、面白い理由でもないだろ」
ばっさりと切り捨てるユヅル。
ナヅキが「ぐぬぬ」と悔しそうに唸った。
コーヒーカップを傾けて――
「ただ、そうだな」
静かな口調。
かちゃりと、カップの置かれる音が響く。
抜けるような紺碧色の瞳が、ナヅキを見据えた。
「お前、俺と似てるかもな」
空気を切り裂く声。
2人の間から音が消え、静寂が訪れた。
周りの景色がぼやけ、雨の音が響いていく。
「……似てる?」
不思議そうに訊ねるナヅキ。
ユヅルが鋭い目を向けた。
「お前、心から燃えたいと言ったな。俺はその地点を通り過ぎた、とっくの昔にな」
淡々と語るユヅル。
ぼんやりと、遠くを見つめる。
「俺はもう燃え尽きた。この世界のなにもかもがつまらない。俺にとって、この世の全ては灰色なんだよ」
静かに話しているユヅル。
訝しむように、ナヅキが目を細めた。
ゆっくりと、ナヅキが口を開く。
「なら、どうしてですか?」
「なに?」
「さっきの質問の答えです。どうして、あなたはアンダーグラウンドファイトで戦うんですか?」
訊ねるナヅキ。
ぴりぴりと、空気が張り詰めていく感覚がする。
ユヅルが息を吐く。
「俺が戦う理由だと?」
氷のように冷たい声。
鋭い響きが、その場に流れ落ちる。
重苦しい気配を漂わせながら――
「お前なら分かるだろ。何もかもが退屈な、色のない世界。そんな世界でなお熱が欲しいと思ったのなら――」
言葉を切るユヅル。
青白い威圧感が這い上がって――
「――戦い、勝つ以外に手段はない」
ユヅルの声が、辺りに鋭く響き渡った。
向かい合っているナヅキとユヅル。赤色と青色。
2人の視線が、空中でぶつかり合う。
遠くで雷の音が轟き、そして――
「なるほど~。確かに、ちょっと似てるかもしれませんね~」
ナヅキが穏やかな口ぶりでそう話した。
ごそごそと、鞄の中に手を入れるナヅキ。
にっこりと、その顔に笑みが浮かぶ。
「なら、やることは1つしかないですね」
ナヅキが赤い色のデッキケースを取り出した。
沈んでいく空気。異様な気配が溢れていく。
「あぁ、そうだな」
無表情のまま答えるユヅル。
その手が青色のデッキケースを掴んだ。
鋭い視線を向けて――
「どこでやるかは関係ない。これがクレイの導きって言うなら、のってやろうじゃねぇか」
ユヅルの身体から、凄まじい殺気が放たれた。
激しい威圧感。辺りの景色が歪んでいく。
ナヅキが微笑み、そして――
「本当、素晴らしいですねぇ」
不敵な笑みを口元に讃えて。
ナヅキが心の底から楽しそうに、そう呟いた。
テーブルの上に、カードが並べられていく。
流れるような所作。美しささえ感じる動き。
2人が無言のままに、戦いの準備を進めていく。
それぞれの前に最後の1枚が置かれ、そして――
「さぁ」
重なり合う声。
赤黒い殺気と青白い威圧感が放たれる。
互いの瞳にそれぞれの姿が映り――
「燃える準備はできてますか?」
「俺を愉しませろ」
2人の言葉が交差し、響き合った。
向かい合うナヅキとユヅル。その手がカードを掴む。
雨音が響き、そして――
「スタンドアップ・ヴァンガード」
大いなる運命の導きの下で。
宣言と共に、互いのカードが表になった。