カードファイト!! ヴァンガード BraveBeyond   作:バビロン@VG

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♯5 Heat Haze/Ⅱ

 

夕焼けの色が、鮮やかに街並みを照らしていた。

 

橙色に染まった道、穏やかな風。

うっすらとした雲が、断片的に空の姿を隠している。

 

人々の行き交う道を歩きながら――

 

「今日も一日、がんばりましたね~」

 

桃色の髪の少女――朔導ナヅキが、

誰に言うでもなく一人でそう呟いた。

 

夕暮れを見上げながら、ナヅキが身体を伸ばす。

 

「今日はヒトミちゃんの試合かぁ~」

 

スマホを取り出し、メールを確認しているナヅキ。

「んー」と悩ましそうに頬に手を当てる。

 

「応援しに行ってもいいんですけど、サヤちゃん先輩もミユキちゃんもいないですし~。うーん、どうしましょ~」

 

ゆるゆると喋っているナヅキ。

人の流れにのりながら、前へと歩き続ける。

 

灰色の雲が天を覆っていき、そして――

 

「……んー?」

 

空を仰ぐナヅキ。

何かに気付いたように、その目を細める。

 

ぽつぽつと、辺りに水滴が落ちて――

 

ザーッと音をたてて、激しい雨が降り始めた。

 

「あら~」

 

ゆるゆると話すナヅキ。

周囲のあちこちから、小さな悲鳴があがる。

 

「やだ、もー!」

 

不満そうにぼやく女子高生の声。

人々が足早に駆けだし、水の跳ねる音が響いていった。

 

灰色の雨が、視界を覆い隠していく。

 

「うーん、どうしましょう~」

 

のんびりとした口調のナヅキ。

濡れる事を気にした様子もなく、辺りを見回す。

 

道の先、こじんまりとした喫茶店が目に入った。

 

「うん。あそこにしましょ~」

 

迷うことなく決めるナヅキ。

鞄を頭の上にかざしながら、ゆっくりと歩き出す。

 

ぱしゃぱしゃという水の音が弾けて――

 

カランカランという、乾いた鈴の音が響いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

落ち着いた渋い声。

カウンターの奥、燕尾服を着た老人の声が響く。

 

雨の音を背に、ナヅキが扉の前で佇む。

 

「あの~」

 

申し訳なさそうに口を開くナヅキ。

老人がすぐにナヅキの姿に気付いた。

 

「おや、通り雨ですか。少々お待ち下さい。タオルを出しましょう」

 

「あっ、いえ。座れれば大丈夫なんですけど~」

 

手を前に出しているナヅキ。

老人がさっと、清潔なタオルを差し出した。

 

「そうはいきません。どうぞ、遠慮なくお使い下さい。お若いレディ」

 

気取ることなく話す老人。

ナヅキがお礼を言い、素直にタオルを受け取った。

 

雫を垂らしながら、ナヅキが髪を拭う。

 

「どうぞ。席は自由に座って構いませんよ」

 

「はい、ありがとうございます~」

 

頭を下げるナヅキ。

老人が静かにカウンターの奥へと戻っていった。

 

「はへぇ~」

 

タオルで身体を拭きながら一息つくナヅキ。

きょろきょろと、店内を軽く見渡す。

 

落ち着いた雰囲気、コーヒーの香りが漂う小さな喫茶店。

 

カウンター席とテーブル席。まばらな客。

静かな空間の中、客達はそれぞれの時間を過ごしている。

 

ナヅキがぼんやりと視線を巡らし、そして――

 

「……あら」

 

小さく呟く声。

ナヅキがかすかに目を見開いた。

 

驚愕したような表情が、その顔に浮かぶ。

 

「…………」

 

考え込むように首をかしげるナヅキ。

そのままタオルを片手に、店の奥へと進んでいく。

 

コツコツという軽い革靴の音が響いていった。

 

ざあざあと振り続ける雨の音。

店内の静寂の中、音が混じり合って溶けていく。

 

喫茶店内の一番奥、テーブル席の前に立って――

 

「あの~、相席してもいいですか~?」

 

ナヅキがにっこりと微笑み、座っている客に声をかけた。

「あん?」という鋭い声。客が顔をあげる。

 

青みがかった黒い髪が揺れて――

 

「……なに?」

 

座っていた客の口から、声が漏れた。

ニコニコとしているナヅキ。客の言葉を待つ。

 

紺碧色の瞳を向けて――

 

「お前……"紅蓮の太陽姫"か?」

 

ほんの少しだけ訝しむように。

"雷鳴の帝王"――冴導ユヅルがそう訊ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰色の空の向こう、雷の音が低く轟いた。

 

時計の針の音。シックな雰囲気の喫茶店内。

白いカップの上を、コーヒーの香りが漂っていく。

 

テーブルに向かい合って座りながら――

 

「…………」

 

不機嫌そうな表情を浮かべて。

冴導ユヅルが朔導ナヅキの姿を見据えた。

 

「……お前」

 

何か言いたげに口を開くユヅル。

ナヅキはニコニコと微笑み続けている。

 

さっと、その手をあげて――

 

「すみませ~ん、クリームソーダ下さい~!」

 

カフェのマスターに向かって、ナヅキが声をあげた。

「かしこまりました」とそつなく答えるマスター。

 

ナヅキがユヅルに向き直る。

 

「いやぁ~、こんな所で会えるだなんて、すんごい偶然ですねぇ~。びっくりですぅ~」

 

ぽわぽわとした口調のナヅキ。

嬉しそうに笑いながら両手を合わせる。

 

ユヅルが目を細めた。

 

「偶然だと?」

 

鋭い声。

ユヅルがフンと鼻で笑い、カップを手に取った。

 

「こっちはいい迷惑だ。アンダーグラウンドファイトの連中とは、こっち側で会うとロクな事にならない」

 

いかにも不機嫌そうに喋っているユヅル。

ナヅキが悪戯っぽく笑う。

 

「まぁまぁ、そう言わずに~。これもきっと巡り合わせかなにかなんですよぉ~。きっと、惑星クレイの導きです~」

 

ゆるゆると言うナヅキ。

ユヅルがますます不機嫌そうに顔をしかめた。

 

外を降る雨の音が、静かに響いていく。

 

「お待たせしました」

 

マスターがテーブルにクリームソーダを置く。

鮮やかな緑色。輝きを放つ白いアイスクリーム。

 

ナヅキが目を輝かせた。

 

「わぁ、ありがとうございます~!」

 

嬉しそうに言うナヅキ。

ウキウキとしながら銀色のスプーンを持つ。

 

バニラアイスを口に含み、ナヅキが歓喜の声を漏らした。

 

「ん~、美味しい~☆」

 

至福の表情。

嬉しそうに頬に手を当てているナヅキ。

 

ユヅルが呆れたようにため息をついた。

 

「おい、うるさくすんな。集中できねぇだろ」

 

鋭い声で告げるユヅル。

目の前のキャンパスノートに文字を書いていく。

 

ナヅキが視線を落とした。

 

「へぇ~。あなた、大学生だったんですねぇ~」

 

テーブルの上に置かれた参考文献と思わしき書物。

レポートを作成する姿を見つめながら、ナヅキが話す。

 

「そういうお前こそ、ちゃんと人間の言葉が話せたんだな。普段からボバボバ言ってるもんだと思ってた」

 

冷ややかな口ぶり。

視線を一切向けずに、ユヅルが口を開いた。

 

ナヅキが頬に指を当て、可愛らしく首をかしげる。

 

「えー、なんですかぁ? ひょっとして、ボバボバ言ってるナヅキちゃんの方がお好みだったりしますかぁ~?」

 

きゃぴきゃぴと訊ねるナヅキ。

ユヅルがその発言を完璧に無視した。

 

雨がしとしとと、降り続いていく。

 

「…………」

 

レポート作成に集中しているユヅル。

ナヅキは美味しそうにクリームソーダを食べていく。

 

雨の降る景色を眺めながら――

 

「ねぇ、聞いてもいいですか~?」

 

ナヅキが、静かにそう訊ねた。

 

「なんだ?」

 

不機嫌そうに訊ね返すユヅル。

かりかりと文字を書く音が響く。

 

ナヅキが微笑み、手を組んでその上に顔をのせた。

 

「あなた、どうしてアンダーグラウンドファイトで戦ってるんですか?」

 

普段よりわずかに低い声でナヅキ。

ぴたりと、ユヅルが文字を書くのを止めた。

 

ほんの僅か、辺りの空気が張り詰めていく。

 

「それを聞いてどうする?」

 

「え~、そんな怖い顔しないで下さいよぉ。ただの世間話じゃないですか~」

 

気の抜けた声で答えるナヅキ。

薄明かりの空間。辺りの空気が冷たくなる。

 

少しの間の後、ユヅルが顔をあげた。

 

「俺の答えが聞きたいなら、先にお前が答えろ。お前こそ、なぜあそこで戦っている?」

 

射抜くような視線。

鋭い気配がユヅルの身体から放たれる。

 

ナヅキがくすりと笑う。

 

「私が戦う理由ですか?」

 

穏やかな口ぶり。

ナヅキが「んー」と悩むような声を出す。

 

「なんでしょうねぇ~。正直な話、私は別にアンダーグラウンドファイトじゃなくてもいいんですよー。私の望みが叶うなら~」

 

「望みだと?」

 

聞き返すユヅル。

ナヅキが「はい!」と元気よく答える。

 

異様な気配がその背中から這い上がって――

 

「燃えたいんですよ、心の底から」

 

凍てつくような低い声で。

大きく目を見開きながら、ナヅキがそう答えた。

 

狂気にあてられたように、辺りの空気が歪んでいく。

 

「…………」

 

黙り込み、目を細めているユヅル。

ぴりぴりと、空気が張り詰めていく。

 

冷たく濁る瞳を向けて――

 

「そうか」

 

たったの一言。

全く動じずに、ユヅルがそう呟いた。

 

一瞬、ナヅキが驚いたように目を丸くする。

 

張り詰めた空気が急速に萎んでいって――

 

「それだけですかぁ? リアクション薄いですねぇ~」

 

ナヅキが、ぽやぽやとしながら不満そうに言った。

ユヅルが「ふん」と短く声を出す。

 

「別に、面白い理由でもないだろ」

 

ばっさりと切り捨てるユヅル。

ナヅキが「ぐぬぬ」と悔しそうに唸った。

 

コーヒーカップを傾けて――

 

「ただ、そうだな」

 

静かな口調。

かちゃりと、カップの置かれる音が響く。

 

抜けるような紺碧色の瞳が、ナヅキを見据えた。

 

「お前、俺と似てるかもな」

 

空気を切り裂く声。

2人の間から音が消え、静寂が訪れた。

 

周りの景色がぼやけ、雨の音が響いていく。

 

「……似てる?」

 

不思議そうに訊ねるナヅキ。

ユヅルが鋭い目を向けた。

 

「お前、心から燃えたいと言ったな。俺はその地点を通り過ぎた、とっくの昔にな」

 

淡々と語るユヅル。

ぼんやりと、遠くを見つめる。

 

「俺はもう燃え尽きた。この世界のなにもかもがつまらない。俺にとって、この世の全ては灰色なんだよ」

 

静かに話しているユヅル。

訝しむように、ナヅキが目を細めた。

 

ゆっくりと、ナヅキが口を開く。

 

「なら、どうしてですか?」

 

「なに?」

 

「さっきの質問の答えです。どうして、あなたはアンダーグラウンドファイトで戦うんですか?」

 

訊ねるナヅキ。

ぴりぴりと、空気が張り詰めていく感覚がする。

 

ユヅルが息を吐く。

 

「俺が戦う理由だと?」

 

氷のように冷たい声。

鋭い響きが、その場に流れ落ちる。

 

重苦しい気配を漂わせながら――

 

「お前なら分かるだろ。何もかもが退屈な、色のない世界。そんな世界でなお熱が欲しいと思ったのなら――」

 

言葉を切るユヅル。

青白い威圧感が這い上がって――

 

「――戦い、勝つ以外に手段はない」

 

ユヅルの声が、辺りに鋭く響き渡った。

向かい合っているナヅキとユヅル。赤色と青色。

 

2人の視線が、空中でぶつかり合う。

 

遠くで雷の音が轟き、そして――

 

「なるほど~。確かに、ちょっと似てるかもしれませんね~」

 

ナヅキが穏やかな口ぶりでそう話した。

ごそごそと、鞄の中に手を入れるナヅキ。

 

にっこりと、その顔に笑みが浮かぶ。

 

「なら、やることは1つしかないですね」

 

ナヅキが赤い色のデッキケースを取り出した。

沈んでいく空気。異様な気配が溢れていく。

 

「あぁ、そうだな」

 

無表情のまま答えるユヅル。

その手が青色のデッキケースを掴んだ。

 

鋭い視線を向けて――

 

「どこでやるかは関係ない。これがクレイの導きって言うなら、のってやろうじゃねぇか」

 

ユヅルの身体から、凄まじい殺気が放たれた。

激しい威圧感。辺りの景色が歪んでいく。

 

ナヅキが微笑み、そして――

 

「本当、素晴らしいですねぇ」

 

不敵な笑みを口元に讃えて。

ナヅキが心の底から楽しそうに、そう呟いた。

 

テーブルの上に、カードが並べられていく。

 

流れるような所作。美しささえ感じる動き。

2人が無言のままに、戦いの準備を進めていく。

 

それぞれの前に最後の1枚が置かれ、そして――

 

「さぁ」

 

重なり合う声。

赤黒い殺気と青白い威圧感が放たれる。

 

互いの瞳にそれぞれの姿が映り――

 

「燃える準備はできてますか?」

 

「俺を愉しませろ」

 

2人の言葉が交差し、響き合った。

向かい合うナヅキとユヅル。その手がカードを掴む。

 

雨音が響き、そして――

 

「スタンドアップ・ヴァンガード」

 

大いなる運命の導きの下で。

宣言と共に、互いのカードが表になった。

 

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